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第零歩・大災害+12Days 其の参

天災地変応難横死殉難物故者一切諸霊追善菩提

天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起 国豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 務修礼讓

一日遅れですが、全ての被災者の安寧を祈念して、合掌。

加筆訂正致しました(2014.08.18)。

更に加筆修正致しました(2014.11.19)。

 <ウメシン・ダンジョン・トライアル>は、次々と挑戦者を受け入れ、問題無く進んでいた。


 エントリーしたパーティーは、十組。

 <円柱の斜塔>の一階に設けられた受付で、タイムキーパー役のミスハと参加者全員がフレンドリスト登録を行い、<玉造神のコンタクトレンズ>を受け取り、パーティー・メンバーの一人が装着する。

 ミスハをリーダーとする受付嬢達の声援を受け、トライアルのスタート地点であるダンジョンの入り口へと勇躍して飛び込んで行くのだ。

 ミスハはそれを見届けると、受付横に置かれた<砂妖精の時計(サミアド・タイマー)>のボタンに触れる。

 <砂妖精の時計>には赤色のボタンが十二個付いていた。

 一つ押せば五分間、砂が落ちる仕掛けになっていて、全て押せば一時間を正確に計る事が出来る。

 一見便利なように思えるが、<サミアドの砂時計>のサイズは、高さ二m・胴回り二m・重量三百kg。どう考えても、ポータブルでは無い。

 所謂、残念アイテムの一つである。


「やっと使い道が見つかった!」は、レオ丸の正直な感想だった。


 ミスハが押した六個のボタンは、五分経過毎に一つずつ色が青く変わる。

 色が五つ変わった時点で、ミスハはパーティー・リーダーに念話を掛けた。


「お時間、五分前です。延長なされますと、ペナルティーが発生致します。延長なされますか?」


 <帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>は、詠唱を終えるまでに数分を要する。

 三十分しか与えられない持ち時間で、<ウメシン・ダンジョン>制覇を成し遂げるのは、ほぼ不可能な為に、ミスハからの念話を合図にして、パーティーは探索途中で帰還せざるを得ない。

 せっかく稼いだ金貨を、罰金として徴収されては割りが合わないからだ。

 ゲームオーバーを宣言したパーティーは、事前に決められていた通りに<大神殿>前の舞台へと帰還を果たす。

 舞台では、満面の笑みを浮かべた邪Qが、<残響の宝石杖>をマイクよろしく突き出し、早速に始まるヒーローインタビュー。

 舞台隅にて、中継内容を速記していたサブ職<筆写師>から回されたメモ書きを片手に、面白おかしく感想を聞き出し、戦評を軽く述べ、最後に“真の冒険者達”への賞賛の声を求めて、観衆が造る花道へと送り出す。


 広場での喧騒をBGMにしながら、ミスハは再び赤く色付いたボタンを三つ共に押して、インターバル・タイムを計る。

 理由はダンジョンに、内部のリセットをさせる為だ。

 退治されたモンスターも、その間にリポップする事となる。

 十五分後、受付のミスハ達に見送られて、新たなパーティーが挑戦を開始した。


 カズ彦の役割は、会場警備の現場責任者である。

 統率する<壬生狼>のメンバーに浅黄色の襷を着けさせ、クロストライアングル広場とミナミの街の全ての門に配置した。

 今回のイベントを開催するに当たり、運営側は観衆として集まる冒険者達に対しては、特に問題視していない。

 パブリック・ビューイングというシステムには、慣れているだろうと。


 問題なのは、大地人の方だった。

 <大地人>は、<NPC>という無機質な存在とは異なる、人格を持った一己の人間である。

 冒険者の間では既に広く、そして朧気ながらも認識されていた。

 多分そうなんだろう、といった程度で。

 現時点において明確に認識していたのは、レオ丸達などの、ほんの一握りの者だけである。

 カズ彦も又、認識を深くした者の一人として、何がしかの対策を講じる必要性に迫られた。

 <大地人>も<人間>である以上、好奇心を抑える事は出来ない。

 絶対に、<冒険者>の多くが集まる場に顔を出すはずだ、と。

 興味本位で集まる大地人は、冒険者に対して恐怖心よりも、好奇心の方が確実に上回っている。

 怖いもの見たさで来る者が、間違いなく現れるに違いない。

 更にウェストランデの貴族達が、数多くの冒険者が一堂に会し何をしているのかを探るために、幾人もの密偵をミナミに派遣するに違いない。

 猜疑心と警戒心を持った大地人の有力者達の、命令を受けた者達が。

 そして多くの冒険者達は<大災害>以降、久々のお楽しみに浮かれ騒いでいる。

 此れで、トラブルが起きない訳が無い。


 <壬生狼>メンバーは、八つの門に配置されていた。

 イコマへと通じる<東の青大門>は最重要ポイントとして、出入りする全ての大地人を監視し、得られた情報を運営本部に逐一報告していた。

 運営本部からカズ彦を通じ、クロストライアングル広場周辺に配置された<壬生狼>メンバーに指令が飛ぶ。

 恐る恐る広場へと近づいて来た大地人は、出来る限り丁重に、誘導する。

 あるいは、近隣のビルに隠れ潜む者を捜し出し誘き出すや、有無を言わさぬ対応にて、一応丁重に移動を即す。

 集められた大地人達は、運営本部ビルの近くに、観覧場所を提供された。

 やはり浅黄色の襷を着けた者達が、その周囲で警戒に当っている。

 カズ彦自身は広場の外れで、大地人が営業する果物屋の側に居た。

 現在のヤマトで、嗜好品にまで昇華した食材は、現在唯一の甘味である果物類。

 当然ながら果物屋は、大地人が経営する店舗で最も人気があり、今回も運営側の依頼で屋台を出して貰っていた。

 客として群れをなす、飢えた冒険者達が粗相をしないように、カズ彦が用心棒の如く仁王立ちする。


 <ウメシン・ダンジョン・トライアル>は、問題無く運営されていた。



 七番目に挑戦したパーティーも、ダンジョン制覇を達成出来ず、現在は舞台上でインタビューを受けている。

 運営本部に居る全ての者が、バルコニーにてその音声を何となく聞きながら、それぞれ束の間の休息をしていた。

 アイクは、フロアの中へと連れて来られたスフィンクスに抱きつき、モフモフを堪能している。

 レモン・ジンガーは、アイテム鑑定のし過ぎで疲れた目を、<金瞳黒猫(グルマルキン)>の御腹に埋めて癒していた。

 ストレンジは、カズ彦から差し入れられたリンゴを齧り、ゆっくりと噛み締め、目を細める。

 ゼルデュスは、手際良く運営本部内を整頓する割烹着姿の<家事幽霊(シルキー)>を、興味深げに観察していた。

 そしてレオ丸はと言えば、その他大勢に混じりながら、煙管を咥えている。


「どうやったら、ウメシンを攻略出来るんでしょうね?」


 レオ丸の横でオレンジを剥いていた、凡庸な外見の<盗剣士(スワッシュバックラー)>が疑問を呈した。


「あれは、どうやっても無理だよ」


 <付与術師(エンチャンター)>の少年が、口を尖らせる。


「シバリが多いし、どう考えても費用対効果が悪い」


 レオ丸は、若者達の言葉を聞くうちに楽しくなり、つい口を滑らせた。


「そうでも無いで」


 その発言に、アイクは顔を上げ、レモン・ジンガーは身を起こし、その場に居る全員が視線の集中砲火を、レオ丸に浴びせる。


「ゼルデュス学士も、攻略法の見当はついているやろ?」


 “只今、休憩中”の札が立てられた、カウンターの留守番をしている二匹のモンスターに気を取られていたゼルデュスは、レオ丸の問いかけに眼鏡を閃かせた。


「そうですね。ですがその方法では、私には攻略は出来ませんけどね。

 レオ丸学士ならば、可能性があるのでは?」

「いやぁ、出力が足りんわ♪」


 二人だけにしか通じない会話に、アイクが焦れる。


「何なんですか! 知っているなら教えて下さい!」


 パフパフと胴を叩かれ、スフィンクスは微かに眉を顰めた。


「答えは言わへんよ。万が一にも不正が起こったら、アカンからな」

「そうですね。トトカルチョにも影響しますしね」


 二人の言葉に、何人かが残念な顔をする。


「ただし、ヒントは言うたろ。今のダンジョンは、ゲームの頃とは別モンやで」

「そうですね。全く違うモノです」

「迷路は迷路にして、迷路に非ずや」

「壁は壁にして……」

「ストップ! ヒント出し過ぎや」

「おや、私とした事が」


 顔を見合わせ、チェシャ猫のように笑うレオ丸とゼルデュスに、周囲の者は不満気な表情を隠さない。


「ま、考えてみ。ポアンカレ予想でさえ解けたんや。ちんまいミクロな視点で考えんと、雄大なマクロな視点で考えてみぃや♪

 “想像力は知識よりも大切である”ってアインシュタインも言うてるし」

「“思索の放棄は、精神の破産宣告である”、とシュバイツァーも言っています。

 さて、そろそろ業務を再開しましょう。休憩終わり」


 モヤモヤとしながら、それぞれの担当部署に戻る冒険者達。

 レオ丸は、カウンターの上で翼を休めていた一際大きな<誘歌妖鳥(ハーピー)>と、カウンターの前で寝そべっていた<蛇目鬼女(メデューサ)>を連れてフロアに出る。

 カウンターから少し離れた場所に置かれた机に着くや、“苦情受付”と記された札を起こした。



 夕日が街を照らし出した頃。

 突如それが、スクリーンに映し出された。

 その時、大会本部の人間でスクリーンを注視していたのは、一人だけだった。


「ああ! そういう事か!」


 手が空いた序でに、バルコニーで一休みしていたストレンジ。

 彼の叫びに、モヤモヤを抱えたままだった本部要員達は、業務を全て放り出して窓際へと駆けつけた。


「嘘だろ!?」と、<盗剣士>のテオドアが身を乗り出し、声を荒げる。

「こんなの、思いつく訳ないよ……」と、<付与術師>のマーク=ロウが頭を抱え込んで呟いた。

 揃って目も口も丸くし、呆然とするアイクとレモン・ジンガー。


 スクリーンには、<鉄躯緑鬼(ホブゴブリン)>ごとダンジョンの壁を両断し破壊するナカルナードが、大きく映し出されていた。


「ゲームの時と、今との大きな違いの一つは、“背景”が実在するか否かです」


 職務を放棄した本部要員達の後ろから、ゼルデュスが説明を始める。


「廃墟も、街に散乱する残骸も、樹木も、岩も、何もかもが、ゲームの時は単なる背景の一部でしかありませんでした。

 何かの条件づけ、あるいは設定がなされていない限り、障害物でしかなく、触る事さえ出来ない物もありました。

 しかし今は、全ての物質物体が現実化し、実在する物となりました。

 当然、全てに“当たり判定”が、存在するのです」

「付け加えるとや」


 真面目に受付対応をしていたレオ丸も、苦情主を伴って、ゼルデュスの横に並ぶ。


「<ウメシン・ダンジョン>の壁は、固定された壁と、稼動する壁とで構成されとるやんか?

 言い換えたらや、岩盤と一体化した分厚い壁と、間仕切り程度の薄い壁で、出来とるっちゅう訳や。

 薄い壁って言うても、ワシらみたいな非力では引っかき傷程度しか、ダメージを与えられへん。

 ナカルナードみたいな馬鹿、……もとい戦闘バカの振り回すごっつぅ破壊力の高い武器か、<武士(サムライ)>の鋭い刀による気合の一閃か、<武闘家(モンク)>による豪腕パンチか必殺キックか、でないとな。

 つまり、“ゴエモン斬り”か“ストツーパンチ”を、するかどうかって訳やね。

 既成概念に囚われている限り、アレは絶対に完全攻略なぞ出来ひんねん」


 レオ丸は、己の不甲斐なさに至らなさに唇を噛む苦情主の肩を、軽く叩いた。


「ま、普通は気付かんて。今のんかて、ナカルナードが壁際のモンスターを攻撃したら、偶然に壁まで一緒に斬ってしもうただけやし。

 それはそれとして、先ほどのクレームやけどな、<練武衆>総長さんや。

 レモン鑑定士の鑑定結果に対し、運営本部は“すこぶる適正”としか言えへん。

 此方が把握している限り、このミナミにおいて彼女以上のマジックアイテム鑑定士、彼女以上の<魔具工匠>は居らへんさかいな。

 よって、“持ち込んだマジックアイテムに対しての評価が不当である”って自分の申し立ては、不受理と判断すんで。

 ポイントは先ほど窓口で申し渡した通りで確定、変更は一切無しや。

 それでエエかな、大会本部長? <練武衆>御頭?」


 ゼルデュスは鷹揚に、“金狼”のマダラは阻喪として、頷く。

 調子に乗り、愛用の武器<人外王の大剣(ベルセルク・クレイモア)>を振り回し続けるナカルナード。

 行く手を遮る壁を片っ端から破壊する蛮勇が、彼らの視線の先に大きく映し出されていた。


「まぁ所謂、馬鹿と刃物は使いよう、ってこっちゃな」


 嬉しそうに目尻を下げる、レオ丸。


「怪我の功名、とも言えますがね?」


 外した眼鏡のレンズを拭きながら、ゼルデュスが真実を告げた。

毎度毎度の事ながら、文章が膨れてしまいましたので、分割しての投稿をさせて戴きます。

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