第陸歩・大災害+104Days 其の壱
今回も又々、試行錯誤。
だもんで、読み難かったら御免なさい。
しかも今回は、読んでいるだけの人様と【検閲】さんにアドバイスを頂戴致しました。
お二人の御意見には誠に助かりましたのですよ、感謝なり(平身低頭)。
誤字を訂正し、雀の涙ほどの改訂を致しました(2017.02.02)。
アンデッドについての考察を、一部訂正致しました(2017.02.14)。
今は体制も国名も変わってしまった大国に、“赤いナポレオン”と湛えられた将軍が居た。
“赤軍の至宝”とも湛えられた彼の軍人は卓越した頭脳で、机上の空論ではなく現実的な理論としての戦術を詳らかにする。
残念な事に其の卓越した頭脳は、戦場で見えた敵からは賞賛され、祖国の独裁者からは嫉妬と憎悪の対象とされてしまったのだが。
さて。
彼の軍人が開陳した基本原則には、正しい“人海戦術”も含まれていた。
一般的に“人海戦術”とは、実に非合理的で前近代的な方法だとされている。
しかし本来は、膨大な戦力を複数の集団に分割し、間断なく波状攻撃を行う事により、防衛側に圧力をかけ続ける戦術なのだ。
いつ終るか判らぬ敵の攻勢に、防衛司令部は予備戦力を手元に保持し続けなければならず、前線は後方からの援軍を与えられる事なく、左右の友軍もまた敵の攻勢を支える事に手一杯で連携を取る事も侭ならない状況。
圧力を受け続ければ受け続けるほどに、防御線には必ず綻びが生じる。
更に、生じた綻びへと圧力をかけ続ければ、綻びは何れ致命的な破損となり、防衛側は敗走を余儀なくされ、下手をすれば全滅の憂き目を見る事になるのだ。
“人海戦術”の前提とは、相手よりも遥かに戦力が勝っている側が、惜しむ事なく戦力を戦場へ大盤振る舞いする事により、成立する戦術である。
其の要旨は、相手より戦力的優位に立ち続ける事で相手の対応力を奪い、継戦能力を喪失させる事だ。
雑な言い方をすれば、過剰なプレッシャーを与え続ける事で、相手に過失を作らせる戦術なのである。
そして、相手へ徹底的に“恐怖”を植えつけられれば大成功なのだ。
事後、相手の思考も意志も、怯懦の穴に篭り続ける事になるのだから。
今もある大国の建国者が “人民の海に敵軍を埋葬する” と豪語したように、敵を線から点へと分断し面で制圧する、本当は恐ろしい戦術なのだ。
<大災害>が発生してから百日を越えた、今日の“此の世界”。
其の一部分である弧状列島ヤマトに住まう<冒険者>達の過半数は、其の“人海戦術”への対応に追われていた。
災厄と称すべき恐ろしい事態は、最悪と呼んでも差支えない状況。
だが、アメリカの小説家、エレナ・ホグマン・ポーターが執筆した作品の主人公に由来する心理学用語、“ポリアンナ症候群”患者的視点で見れば希望的観測が出来ない訳でもない。
少なくとも誰しもが、絶望的だと悲嘆する一歩手前で踏み止まれていた。
ヤマトの東側で発生した<ゴブリン王の帰還>は、<緑小鬼>の大軍を蹴散らしてイースタル圏内に安寧をもたらす事が、勝利条件のイベントである。
ゴブリンとは、モンスターの範疇に入ると定められてはいるが、<亜人>の一種だ。
亜人とは、人間に似て非なる存在である。
此処で注意すべき点は、“非なる”ではなく“似て”の箇所だ。
亜人が人間に似ている点は、多々ある。
言語を用いて会話を行う、社会を構成している、文明はなくとも文化を持っている、そして何よりも、個々に自我があるのを自覚している事、であった。
言い換えれば。
亜人とは、人間と同じく状況を判断する思考を持ち、感情や意志の欲するままに行動する、生き物の一種なのだ。
ゲームの頃であれば、<冒険者>へと襲いかからんとする<モンスター>は、倒すか倒されるかの戦闘が解決するまでは、立ちはだかり続ける。
ゲームの頃の亜人もまた、モンスターと同じルーティンで動いていた。
処が、全てが現実となった今の亜人は、全く異なる。
不利だと自己判断をすれば、もしくは恐怖に駆られれば、冒険者との戦闘を中断して逃走を図る事もあるのだ。
戦争、あるいは戦闘における勝敗の分かれ目は、継戦意志が継続するか否か。
勝っている側が、もう止めたと言えば争いは終結するし、負けている側がまだまだ戦えると思っている間は、争いは続くのだ。
逆説をすれば。
冒険者が相見える今の亜人は、戦う意志を挫かれれば尻に帆をかけるが如く、何とも呆気なく敗走してしまうのである。
<ゴブリン王の帰還>という災厄が発生するや、オウウ地方最深部にある<七つ滝城塞>を進発したゴブリン族の軍勢が、イースタル圏内各所に溢れ出した。
軍勢の規模は、数千単位の師団レベルや連隊レベルの大軍であったり、数匹から数十匹からなる小規模な部隊と様々。
其れらがイースタルの彼方此方で跋扈し、猛威を奮った。
大地人貴族の姫君の懇請を承りアキバを出撃した冒険者達は、勇ましくも果敢に各地へと展開。
小規模な軍勢には、数人編成もしくは十二人編成の戦闘単位で当たる事で、一匹残らず確実に殲滅する事を期す。
大軍には、四十八人編成以上の人数で敵の主要部と主兵力を叩く事により、敵を軍という集団から烏合の衆へと強制変換する事を主眼に置いていた。
全滅させられなくとも、壊走させる事に徹しさえすれば、数がもたらす暴力を無力化する事は、実は容易なのである。
戦場で勇躍する冒険者達と、討伐されるゴブリン達とのレベル差が、其れを可能にしたのであった。
悪貨が良貨を駆逐する事なく、高品質高性能が粗製乱造を一掃する。
当に、所謂“無双ゲーム”を行うが如くに。
多少の誤算はあれども、アキバの冒険者達は続々と南下して来るゴブリンの軍勢を、各所で撃退する事に成功していた。
其の成果は、イースタル圏内に住まう大地人に取っての恩寵であるのと同時に、<円卓会議>に取っての福音でもある。
各地での戦闘を思いの侭にする事で、弧状列島ヤマトの東半分で発生した戦争全体をコントロールする事さえ可能だと思える状況だったのだ。
戦いたい時に戦い、戦いたくない時には戦わずとも済むように出来る、戦争。
アキバをホームタウンにする冒険者達が遭遇した災厄は、冒険者達の活躍により、概ね<円卓会議>が意図する通りに推移したのであった。
ヤマトの西側で発生した<スザクモンの鬼祭り>は、ウェストランデ圏内の枢要を護り切る事が勝利条件の、イベントである。
<ヘイアンの呪禁都>から湧き出すモンスターの大軍勢を如何に効率良く排除出来るかが、肝であった。
敵の九割以上がゴブリンで占められている<ゴブリン王の帰還>と違い、襲い来たるモンスターが雑多に群れを成して来るのであるから、其の効率を良くするための最適値は複数あり、組み合わせは複雑怪奇となる。
但し、雑多であれども襲来するモンスターを分類すれば、全体の九割五分がアンデッド系だ。
残る五分は、<人食い鬼>である。
ほんの一部の例外を除き、アンデッド・モンスターは人間とは非なる、より正確に述べれば生物とは異なる存在である
端的に言えば、そもそも生物ではない。
魔法的な何だか理解出来ぬ力をエネルギーにして動く、何だか良く判らぬ存在。
もしも生物であるとするならば、擬似的な存在なのだろう。
一応は“魂”と“魄”を所有しているものの、意識や自我を持ち合わせているかどうかは定かではない。
例え所有していたとしても、其れは昆虫並みであると推定出来る。
何かに定められたように徘徊し、生きとし生けるモノ達を襲うだけの存在。
まるで“生命”ある存在に恨みでもあるかのように、ただただルーティンワーク的に攻撃する存在。
もしかすればアンデッドとは、<人造巨兵>や<不定形物体>などと同じカテゴリーに分類すべきなのかもしれぬ。
誠に判断に苦しむ、理解しようとすればするほどに理解し切れぬ存在、其れがアンデッドというモンスターなのだ。
其れに引き換えれば。
オーガは<亜人>種に分類される、立派な生物であった。
しかも、<亜人>と呼ばれる種族の中で最も好戦的で凶暴な、怪物の中の怪物である。
自我なく意志もなく攻撃する事のみが唯一の行動理由であるアンデッド軍団と、HPが尽きるまで絶対に戦意を喪失しないオーガの群れ。
其れらが休む間を与えてくれずに、波のように攻めかかって来るのだ。
しかも、後背に守るべきモノがあるが故に戦場は限定させられてしまう。
アキバの冒険者達にとっての福音は、何一つとしてミナミの冒険者へと囁かれる事はなかった。
<ヘイアンの呪禁都>と<赤封火狐の砦>の間にある死の舞台で出演させられ続ける冒険者達にとっての一縷の希望は、時間だけ。
やがて訪れる、戦闘終了の合図だけなのだった。
同日、深夜。<赤封火狐の砦>。
「時間観測班! 刻限まで後、どれくらいだッ!?」
「既に零時を回りました! 残りは五時間前後かと!」
「全員に告ぐ! 最後のひと踏ん張りだ! 明日の朝ではなく、今日の朝まで頑張れば、ゲームエンドだ! 奮闘せよ、奮闘せよ!!」
同日、同時刻、<ドルンバウム>。
「時刻測定班、後何時間ですか!?」
「確か此の時分は五時過ぎですから、後四時間半くらいだと!」
「全員に告げます! 終りは近いですが、油断せぬように!
連携を意識して下さい、隣の仲間への目配りを忘れないように!」
「はっはー! <ウメシン・ダンジョン・トライアル>の頃に戻ったよーやな、自分?」
「ちゃかさないでくれませんか、レオ丸学士。
今の私は、かなり、一杯一杯なんですから」
「ああ、コイツは失敬失敬。
其れはそうと、あっちの方は大丈夫やろーか?」
「今の処は順調のようです」
「そりゃー何より♪」
同日、同時刻、<ディープグラス修道院址>近郊。
「物見班、現状報告!」
「物見班班長ロシナーヤ・ナーシロ、報告しまッス!
敵勢、第十波、完全撃破を確認しましたッス。
味方の損害は、三割強の百四十六名ッス。
原隊復帰には約一時間は必要かと推察しまッス」
「新たな敵勢は?」
「現在までのインターバルは、三十分間隔が堅持されていまッス。
でッスが、敵勢のレベルは五段階ずつ上昇中でッスから、次は平均がLev.55になるものと類推出来まッス」
「……忌無芳一!」
「お呼びですか、局長?」
「待機組の様子はどうだ?」
「HPもMPも完全回復状態ではありますが……」
「戦意が万全じゃないか?」
「はい」
「仕方がない……、今の内に諸隊の再編成を行うか。
戦う気があるヤツだけを選抜すれば、何隊編成出来る?」
「十二人編成が三隊ってトコでしょうか」
「魔法職はどうだ?」
「轟轟連隊も、百獣連隊も全員、問題ありません。
彼らは全員、後衛からの攻撃ですからアンデッドを間近で見ずに済む分、精神的な疲労は少ないようです。
天装連隊は、五星連隊と超力連隊と同様に結構ヘバってますね。
近接からではく、中距離からの支援に苦労が多いようです
救急連隊は、大丈夫です」
「レベルによる“戦闘小隊”形式じゃなく、職種分けによる慣れぬ編成がもたらす弊害が、見えぬままに蓄積しているのかもしれんな」
「ですが、集団VS集団の戦闘ですから、ヘイト管理も何もあったもんじゃないってのは此の数日の戦闘で立証出来ました。
クラス分けした兵科式の編成で、此のまま押し切るしかないかと」
「屍鬼来寇の時間切れまで後、数時間。
こっちが崩れるのが先か、夜を一掃する朝日が此の戦いを強制終了してくれるか、我慢比べだな」
「太陽が待ち遠しいッス」
「ないもの強請りしても仕方がない……出来る事をやるだけだ。
……少し早いが、次の敵襲にはバリスタを使うぞ」
「でしたら、再編成の三隊は交互に金貨の回収役ですね」
「今の内にも、拾えるだけ拾うとするか。
……地獄の沙汰は金次第だと法師なら大笑いする処だな、全く!」
「お金で解決出来るなら、万々歳ですよ」
「出来れば、元の世界で言いたかった台詞ッス……」
「違いない。
何せ“此の世界”じゃ、金貨一枚の価値は……金貨一枚の価値すらないんだからな」
「では、全員に指示してきます」
「ああ、頼む。
ロシヤーナは<赤封火狐の砦>まで急ぎ戻り、増援を引っ張って来てくれ」
「はいッス!」
「持つべきものは金ではなく、蒙を啓いてくれる得難い友人……って事か。
非常識なる友人が示唆してくれなければ、“想定外”を言い訳にした総崩れだったな、全く!」
二十九日前、正午頃、あっちとこっちで。
「何もかもが想定外やねぇ、ホンマ」
「本当に」
「そんで、どーすれば防備し易くなるか、ってか?」
「此のままでは早々に手詰まりになりそうで……」
「ふむふむ、なーるへそ。
……ふと思ったんやが、自分らの苦戦の主たる原因ってな、<赤封火狐の砦>の直近で戦ったから、なんと違うか?」
「……どういう事です?」
「<赤封火狐の砦>ってさ、最終防衛ラインやんか?
開戦初っ端からドン詰まりで戦ったら、そら苦労するわいな。
其処で提案なんやけど、……新たな砦を築いたらアカンのか?」
「新たな“砦”、ですか」
「せや。
敵の進軍路は、凡そって冠つけんでも判り切っているやんか。
何せ、敵のアンデッド軍団は脳みそが空っぽか、腐った奴らばっかやろーが。
詰まり、“考える頭”ってのを持ってへんって事やん?
ゲームの頃と変わらず、飽きもせずに判で押したように毎回毎回同じルート。
言い換えりゃ、常に“最短距離”で攻めて来ると想像出来る。
頭の悪いカーナビが示す順路みたいにな!
其の進軍路を“京都市の地図”に当て嵌めたらば、東大路を南下する道筋やわ。
ほな、其の途上の何処か適当な所に、妨害工作が出来るモンこさえて食い止めたらエエんと違うかな。
となると、紅葉狩りで有名な京都五山の第四位に当たる古刹の辺りが、適当になるんかな?
元の世界みたいに大伽藍はあらへんけど……確か小高い丘の上に<ディープグラス修道院址>やったかな、まぁ巨石がゴロゴロとしとった廃墟があったはずや。
ワシの記憶が確かなら、背景画像で描かれてたで。
そいつをさ、ガサッと無断拝借して新規の防衛線をバシッと造営したったら、どないや?」
「そんな事をしても良いんでしょうか?」
「ん? 何でアカンの? 誰に憚るんや?
そもそも論でゆーとやな、自分ら未だに“ゲーム感覚”で戦うてへんか?
今は全てが“虚構みたいな現実”なんやで。
“ゲーム”なら背景で風景で触る事すら出来ひんオブジェクトかて、“此の世界”じゃ立派な“物体”でしかあらへん。
邪魔なら壊して取っ払ったらエエし、必要ならパクッたらエエやん。
其れに、や。
“神は天に座します”やらどーやら判らんし、“運営”さんかて何処で何して屁ぇこいてるんかも、さっぱりやん。
気にせんと、健全な精神を宿すべく、必要最大限の環境破壊活動に従事したらエエんと違うか?」
「ですが、俺達には陣地を造営するノウハウなんて……」
「一昨年に、公共放送で大人気を博した歴史ドラマがあったやん。
大坂冬の陣に際して急ピッチで造営した、出丸がさ!」
「ああ!」
「あの出丸の肝は何かとゆーたらば、敵の進軍を食い止めるための仕掛けと、敵への攻撃を容易にするための高さやんか?
堀やら落とし穴やら障害物やらで敵の進撃を阻害する、ってのは防衛陣地を構築する上で必須やん。
ほいで、敵と同じ目線やなくて敵を見下ろす高さがあれば、敵の全容が把握し易いし、高低差って安心材料は防衛側には充分な鎮静効果が得られる。
ってな訳で、落ち着いた心地で迎撃戦が出来る、ってゆーこっちゃ。
防衛戦闘を優位に進めるにゃ、常に心理面での防備を固める事が何よりも重要やねん。
……カズ彦君も脳筋やないにしろ、戦闘バカルナードよりの人間やねんなぁ、やっぱ!
戦場で頭切って刀振るうんが、戦闘の全てやないさかいに、な?
ワシらみたいな魔法職や支援職は、安全を確保してからやねーと安心して戦闘なんざ出来やしねーから、さ!
ほなまぁ、具体的にゆーさかいに、メモの準備をしてや。
先ず、岩を横にどけて丘の上を平に均す。
どかした岩は、其のまま投擲武器にしてもエエし、適当な大きさに砕いて陣地を堅固にする用材に流用してもエエし。
ホンで、化け物共がやって来る辺りに広がる森林を、可能な限り手当たり次第に切り倒す事。
此れも二つの用途に使用するためやし、実利の面でも不可欠や。
切り倒した樹木で木材に加工し易そうなんは、丘の上の防壁や簡易施設の建材として流用する。
加工し難いのんは、積み上げるなり街道に満遍なく並べてもエエ。
積み上げといて<退魔の護符>の類でも貼りつけたら進撃路を狭める障壁になるし、貼りつけんで道端に転がしとくだけでも充分なバリケードとなりよるわ。
んで、木材加工の際に出る木切れやおが屑を、ソレらに塗しとけよ。
敵が障害物引っかかって団子状態になったら、火炎系の魔法やアイテムで障壁やバリケードに火ぃ着ければエエ。
荼毘に付して上げりゃ、安心してアンデッドも昇天出来るやろ」
「<ウメシン・ダンジョン>の時と、状況は一緒って事ですか?」
「そーゆーこっちゃ。
物理的な“障害物”は、簡単に破壊出来る。
ゲームの頃は永久不滅なオブジェクトやったけど、今の“此の世界”じゃ思うが侭に排除出来る。
アニメ的な演出でゆーたら、背景画に描かれた崖っぷちの岩は絶対に動かへんけど、セル画で描かれたヤツは所謂“待てーい、其の岩に触っちゃイカーン!”って事やわさ。
其れに、大地人が絶対に住まれへん危険地帯の木々を千本二千本と切り倒したかて、文句言うヤツも居らへんやろう。
人類の歴史とは、自然破壊の歴史でもある。
人間が他の動物と違う理由の一つは、他の動物が環境に適応して生存圏を確保した事に対して、人間は環境の方を変えるってな生存権を行使した事や。
更に肝心なんは、丘を陣地化するに当たり、堀も絶対に拵えなアカンで?
出来りゃあ深さ五メートル以上で、幅十五メートル以上のんを」
「……大仕事ですね」
「なーんのために、其処に大勢でこもってるんや?
別に特殊な技能がなくても、ワシら<冒険者>は体力と馬鹿力が有り余っているやんか?
重機がない時代に、真田信繁公らはソレをひ弱な人力でやり遂げたんやで?
ワシら<冒険者>は全員が一騎当千やないけど、十人力くらいなら発揮出来るやんか?
<召喚術師>にゴーレムを呼び出させたら、もっと効率的やで。
<土妖精>に掘り起こしを手伝ってもらえや、更に効率良くなるやろう。
ああ、せや。
堀の其処は、ノームに耕せて<水妖>の出す水でドロドロにしといたら、更にベリーグッドやね♪
ホンマは、人工的に粉塵爆発を起こさせたら、尚更に結構なんやけど、爆発は素人には至難の業やしなぁ。
<風乙女>を使うたら出来るんかもしれへんけど、当てには出来んし。
<液状金属体>や<時計仕掛け怪物>が稀にドロップする壷入り油が、ガソリンみたいな揮発性の高いヤツなら最高やねんけど。
でもまぁ、戦場予定地に散布した木っ端や倒木に着火してから、壷入り油を投擲しても充分やろう。
燃え難い油も、煮滾らせたら勝手に燃えてくれるさかいに。
んで、シルフを総動員して風を阿呆ほど送り込んで、火災旋風を起こすってのもアリやもしれへん。
死体系には効果抜群やし、もしかしたら幽体系にも多少は効くやろう。
燃やせ、燃やせ、真っ赤に燃やせ、至る所に火を着けて焼いてまえ!
鬱蒼とした鬱陶しい森林も、其のままやったら視覚的障害物でしかあらへんけど、切り開いて適当に間引いて見通しを良くすりゃ、此方の利点に早変わりや。
<退魔の朱御柱>も、在庫を全部吐き出して効果的に配置しいや。
使えるモンは出し惜しみせずに、パーッて使うんが吉やさかいに、な。
戦闘ってのは、相手と同じ戦場で戦う事やない、相手を此方の戦場に引きずり込んでボッコボコにボコる事やで。
ワシらは<冒険者>である前に、悪知恵を駆使して氷河期や大災害を生き延びて来て、二度も世界大戦を起こしたりしても地球上に七十億以上に人口を増やし倒した人類、って凶悪至極な生物種や。
幸いにして今回の戦う相手は、只ただ数がちょいとばかし此方より多いだけの脳足りん共なんざ、ケチョンケチョンに蹴散らしたれ!
別に絶滅危惧種でも特別天然記念物でもないんやし、力尽くで昇天させたるんが一番の供養やわ」
「……判りました、早速土木作業を開始します」
「血塗れになる前に、泥まみれになりなはれ、人間汗まみれになって何ぼやさかいに♪
ああ、そうや。
カズ彦君達が楽出来るように、ちょいと良きモンを幾ばくか進呈させてもらおうか。
必要かもしれんと銀行から引き出して持って来たはエエけど、今のワシには無用の長物的なアイテムやさかいに、そっちで活用したってくれるか?
とは言え、ワシは此処から動けんさかいに、誰ぞ此方まで引き取りに来てくれると有り難いんやけど」
二十九日前、昼過ぎ、<アオニ離宮>。
「<赤封火狐の砦>から来た者ッス!」
「此れは此れは、遠路はるばる御遣い誠にお疲れさん。
ほな早速、アイテムを渡すとするとして……、先ずは小物から」
「此のゴワゴワで使い勝手が悪そうな、トイレットペーパーは何なんッス?」
「ソレは、<五芒星紙垂>の御徳用ロールタイプでな、五芒星マークが中央になるように千切って貼れば、対アンデッド専用の簡易結界になる。
但し効果持続時間は……どんくらいやろう?
多分、一時間あるなしと違うかな。
まぁ取り敢えず、二十ロール渡しとくさかいに、適当に使い切っておくれよし。
せやけどコレで尻拭いたら、どーなるか知らんで?
んで、<冥王府の蝋燭>もあるだけ持って来たさかいに、全部持って行ってくれてエエわ、五十ダースあるし」
「……此のデッカイ弓は何ッス?」
「コイツの名前は、<錬金術式錬銀弩>。
ワシが提供出来る最大の目玉アイテムでな、北欧サーバの中心都市<ロンデニウム>で不定期に発生するイベントで入手出来る、限定アイテムやねん。
<死者と不死者の世紀>イベントに付随する、王室の姫君を守護するって内容のクエストを達成したら、ゲット出来るんやけどね。
此処の穴に金貨をジャラジャラと投入して、此処のメーターが満杯になったら、対アンデッドにボーナスダメージを与える銀製の杭を撃ち出す事が出来る。
百枚で単発で、千枚なら十連発、最大で一万枚まで投入可能や。
但し、撃ち出された杭は消滅するんで回収は不可能。
銭形平次親分よりもインフレしたった、紀ノ國屋文左衛門並みの御大尽アイテムやわ。
因みに使用時の制限は、<守護戦士>専用の特化武器で、固定せなならん据え置き型アイテムで、持ち運んでの使用は出来ひんねん。
まぁ拠点に篭っての防衛戦には、最適やろう」
「何で、<スザクモンの鬼祭り>では今まで使用されてなかったッス?」
「其れはやな、ゲームの頃の<スザクモンの鬼祭り>は防衛戦やのうて、攻略戦やったからやろうな。
<赤封火狐の砦>はイベント攻略の出撃地点でしかなく、防衛拠点ではなかったからなぁ。
処が今じゃ、我が身可愛さで引き篭もる消極的戦術の最後の砦と化してしもうとる。
かとゆーて、レベル差で大きくアドバンテージがあっても、半端ねー数で押し寄せる敵勢を遮る物のない野っ原で迎撃出来るほど、メンタルは強くないし。
そんな自分らなら、有効に使うてくれるやろ」
「そんな激レアアイテムが、どうして八つもあるッス?」
「昔々の些細な大失態や、……気にしたら負けやで?」
七日前、早朝、<ミナミの街>。
「……結果として、昨夜もまた被害甚大ですか。
もう此れは、失態でしたと言う良い訳も出来ぬ状況です、ね」
「はい、此方と相手では、相変わらず圧倒的な差で此方の方がレベルも火力も勝っていますが、こと、戦意に関しては……」
「此方の方が下ですか……、尤も相手に“戦意”とやらがあるかどうかは些か疑問ですが。
言うならば、自己学習能力のないAIがプログラミングされた通りに、敵と定められた存在に襲いかかるようなもの」
「例えるなら、最低限の機能だけが搭載されたロボット掃除機、ですか?」
「良い例えですね、全く以って其の通りだと思います」
「我々は、部屋に舞い散るホコリですか」
「今回のイベントを無事にクリア出来なければ、執政公爵家以下の大地人貴族共は我々の事を、塵芥同然の扱いをするでしょうね。
<冒険者>は頼むに足らず、と」
「……しかし、戦意を喪失してしまった者達の首に縄をつけて、引っ張り出す訳にもいきませんが?」
「其れは、其の通りです。
今、我々がすべきは済んだ事を悔やむのではなく、済んだ事を検証して同じ失敗を起こさぬ手段を講じる事です。
イントロンは、昨夜の惨敗に近い防衛戦闘は何が原因だと思いますか?」
「報告書を読む限りは、特に過失はないと思えますが。
強いて言えば、此方の想定を上回る敵の兵力だったかと」
「其れ、が主たる敗因でしょう」
「其れ、とは?」
「想定、です」
「想定、ですか?」
「我々は、<スザクモンの鬼祭り>の発生を予想し、其の対策を万全だと思えるまで考え抜いて計画を立てました。
ですが、其れが良くなかったのですよ。
我々が考え立てた事前の作戦は、全てがゲームだった頃の経験や発想を元にしたものでした。
処が今回の<スザクモンの鬼祭り>は、いつも通りの、ゲームの頃と同じものではありません。
少なくとも、体感としては全然違うものです。
では、どうすべきか……」
「我々は戦闘にはどうにか対応出来ました……一部の者達は未だに適応出来ずに居ますが……、しかし<スザクモンの鬼祭り>は戦闘ではなく、“戦争”ですから」
「そう、此れは“戦争”なんです。
我々日本人がすっかりと忘却してしまった、“戦争”なんです。
非日常のルールが罷り通る“戦争”に対して、“ゲーム”の定石で対応したのが間違いであったと、考え直すしかないのでしょう。
基本原則を根本から見直さねば、なりませんね」
「では、どうすべきだと?」
「“戦争”であるならば……兵科の区分でしょうか」
「へいか、とは何です?」
「判り易く言えば、歩兵・騎兵・砲兵・工兵・輜重兵などと兵隊を職種によって明確に区分する事です。
報告書を見て気づいたのですが、様々なクラスが渾然となった今までの……“ゲーム”の時と同じパーティ編成ですと、タンク役・武器攻撃役・回復職・魔法職のいずれかがロストした途端に、其のパーティは戦力として当てに出来なくなります。
其処で思いついたんですが、パーティを解散しクラスごとに編成し直しては如何でしょう?」
「…………」
「タンク役をズラッと並べて敵勢を食い止め、武器攻撃役には四方八方から斬り込んでもらい、回復職は担当を決めて支援を適正に行い、魔法職は後方から長中距離からの攻撃で敵を撃滅する。
個々の集まりでパーティを構成するのではなく、塊と塊とでグループとなす」
「ヘイト管理は、どうするのですか?」
「ヘイト管理? 忘れましょう、そんなもの。
集団相手に、しかも一撃二撃で倒せるレベルの群れに、ヘイト管理など必要ないと私は判断します。
敵が強大な一体ならば、ゲームの頃と同じく有効かもしれませんが、ね」
「了解しました、では早速に前線へ指示します」
「しかし<ディープグラス修道院址>とは、今にして思えば、カズ彦も実に良い所に目をつけたものです。
……ああ、カズ彦ではなく、あの人のアイディアでしたね。
全く、腹立たしいほどに良いアイディアですよ!」
同日、深夜+三十五分、<ディープグラス修道院址>近郊。
「上段、炎神連隊赤組、斉射!
轟轟連隊は敵、左右を集中攻撃、散らばった敵勢を中央へ追い込め!
下段、炎神連隊青組、三十秒後に斉射せよ!
他の者達は、金貨の回収に回れ!
但し無理はするな、身の安全を第一にせよ!」
同日、深夜+一時間、<ドルンバウム>。
「ほな、法師、行って来まっさ♪」
「へいへい、宜しゅうに……って、指揮官はワシやのうて、ゼルデュスやで?」
「そない言いはっても、指揮官さんの作戦でわてらの直属は法師ですやん」
「“Oh,well”“Oh,well”、そう言う事だぜレオ丸和尚。
味方の撤収タイムだし、敵につけ入る隙を与えちゃあ、愚の骨頂だぜ、ハハン?
さぁさぁ、其れじゃあ俺達が、景気良く露払いさせてもらうぜ。
出でよ、<死を誘う乙女>達!
<足枷>よ、<棘>よ、<沈黙>よ、<勝利>よ、<残酷>よ。
眼前に居るのは、ヴァルハラへと誘う価値もない腐った魂共ばかりだ!
片っ端から蹴散らしちまえ、やっちまえ!」
「わてらも負けてられへんで、<魍魎火車>、ヒア・ウィー・ゴーや!」
「主殿、わっちらも行くでありんすよ」
「はいなアマミYさん、くれぐれも無理しなや。
ほどほどに大暴れして、機嫌良うお帰りしてな、ほな行ってらっしゃい」
「只今ですワン」
「皆さん、お疲れ様でした。
暫くはワシらの“家族”がアンデッド共をいてこますさかいに、ゆっくりと休息したってや」
「アンデッドVSアンデッドの同士討ち再びびびび……」
「チッチッチッ! そいつぁ、違うでモゥ・ソーヤー君」
「へ?」
「何がどう違うんだら?」
「アンデッドってのは自我を持たぬ、ただの死に損ないの化け物や。
せやけど、アマミYさん達は違うんやで、錫ノ進君。
驚く事に彼女達は、考える頭と感じる心を持っとる。
当にアッと驚くタメゴローやで、ホンマに!
ワシらと同じ人間……とまでゆーたら言い過ぎやけど、少なくともそんじょ其処らのモンスターなんかと一緒にしたらアカンし、個人的にゃあして欲しいないんよ。
もしかしたら彼女達は、学習機能ありの人工知能みたいなモンかもしれへん。
其れがファジー機能なんか、サポートベクターマシンみたいなパターン認識モデルなんかは知らんけど。
ああ、其れでゆーならば……」
「言うならば?」
「ユキダルマンX君に質問返しを、……いや、コレは此処に居る皆へのちょいとした質問やけど。
<冒険者>と、記憶と思考と感情を持った<モンスター>と、“此の世界”の本来の住人たる<大地人>との差異ってなんや?
そもそも、人間が人間たる存在意義ってなんや?
“此の世界”が仮想空間やのーて、平行世界やとしたら、果たして大きな違いがあるんやろうか?
生物種としての違いはあるやろうけど、存在としての大いなる違いは果たして何やろうか?
元の現実の<プレイヤー>は確かに人間やったけど、何度死んでも蘇る“此の世界”の<冒険者>は、果たして生物と言えるんやろうか?
今は亡き、伊藤計劃先生の御作を拝借させてもらえば、今の<冒険者>全員が『屍者の帝国』の住人になってんのやもしれへんで?
ってな戯言は、……暇になってからでも間に合うわな、ケケケ♪
まぁ其れまでは!
精々『虐殺器官』を逞しゅうして、元の現実の半分しかあらへん『つぎはぎの王国から』『侵略する死者たち』を駆逐するとしよか、なぁ、皆の衆?」
<スザクモンの鬼祭り>は後1回か2回くらいで終了の予定。
いやもう手探りしながらの自転車操業なんで、事故だらけですわ……。