第陸歩・大災害+101Days
恐らく、いや確実に、年内最後の投稿になるかと思いやすので、ちょいと長めでござんす。
コロッセオ様、こんな感じで如何でしょうか?
ほいで。
luckwell様にも飛び入り参加させて戴きました、御免なさい(平身低頭)。
色々と訂正致しました。更に訂正が……(2016.12.30)。
Dr.コーギー・ペンブローク氏の台詞を少し変えました(2017.02.02)。
限りなく細い、糸のような月が一切の光明を失くした、真夜中の事。
レオ丸達の下に、<栖裂門>が鬼火を吐き出し、<スザクモンの鬼祭り>という戦塵が最終段階に移行したとの一報がもたらされた。
「シュピーゲル隊八名、準備OKだワン!」
「ホーク隊六名、準備出来たズラ」
「ポインター隊六名、準備完了でおじゃる」
武器・防具・アイテムなどを整え終えた冒険者達の報告を受けたレオ丸は、駐留部隊の指揮官に向き直る。
「ほな、行って来まっさ」
「偵察任務、宜しくお願いします」
「へいへい」
口調は砕けていたが、表情と身に纏う雰囲気は真剣そうな感じに見えるレオ丸。
「集められるだけの情報を、余さず収集しておいて下さい」
「……威力偵察して来いってか?」
「ええ、其の通り。
何なら玉砕して来て下さっても結構ですよ」
「やなこった」
レオ丸がアカンベーをした場所は、ミナミの街の真北、ヨド大運河の向こう側に聳え立つ堅固な城郭、<新武衛郭>の大門前であった。
<新武衛郭>とは、<六傾姫の大乱>の最中に大地人が築いた、所謂“星型要塞”である。
中世の終り近世の始まりであるルネサンス期のイタリアで生み出された稜堡式城郭は、戦場の主力武器が剣や弓矢から火砲に変化した事に対応するために生み出された、新機軸の城郭だった。
ルネサンス期は、火薬が世に普及した時代である。
戦場の至る所に火砲が出現した事で、其れまでの標準的な高い城壁を備えた円形城塞は、脆弱さが露呈してしまったのだ。
火力に勝るブルボン王朝の軍隊が行った度々の侵略に対し、イタリア半島北部の諸国家は稜堡式城郭を競うように築城していく。
其の特長は、角が突起部となった複数の稜堡を構築し、其々が交互に攻守をカバーするべく設計されている事だ。
更に改良が加えられ多様な発展を遂げた結果、半月堡、角堡、王冠堡、掩郭などの外塁が付属した複雑な幾何学模様の建造物と成り果てる。
さて、元の現実では日本の東西を繋ぐ大動脈の基点である巨大な駅舎は、“此の世界”においては実にシンプルな設計となっていた。
東西南北の四方へと稜堡を突き出した、四稜郭形式である。
四稜郭の代表例を挙げるならば、バルト海を眼下に望む位置に建つ、デンマークのクロンボー城であろうか。
西暦1397年、デンマーク王国とノルウェー王国とスウェーデン王国の三ヶ国間で締結された物的同君連合、所謂“カルマル同盟”の盟主となったデンマーク王エーリク七世が十五世紀前半に築いた砦を前身とする城郭。
因みに、“ボー(borg)”とはデンマーク語で“城”を意味する。
付け加えるならば、クロンボー城はシェイクスピアの戯曲『ハムレット』の舞台としても世界的に有名であった。
せやけど、そないなデザインが“此の世界”で何処まで有効なんやろうか?
レオ丸の頭上に、見えない疑問符が二つ三つと浮き上がる。
ま、デザイン重視で、機能は二の次三の次……やろうな。
刹那的な自問を、瞬間的に自答するレオ丸。
上空から見下ろせば大地に置かれた十字手裏剣のような、更に高みから鳥瞰すれば地図に記された方位磁石の如き、特異な形の城郭。
オランダにある幾何学の極みと言っても過言ではないブルタング要塞と比べれば、対極にあるシンプル・イズ・ベストの四稜郭形式の<新武衛郭>の大門を見上げ、レオ丸は軽く頭を振った。
剣と魔法という火力と、モンスターという暴力を前にすれば、どれだけ巨石を積み上げたとて安心感など得られようはずもない。
「ま、今はそんな事を悠長に考えてる場合と違うわな」
「どうかされましたか?」
「うんにゃ、別に」
「もしや、怖気づかれましたか?」
「せやねぇ、心の中じゃ正直ビビリまくっとるわ……何て事は口が裂けたら言われへんけどな」
「死霊術師のくせに?」
「……ああ、せやせや、仰る通りでごぜぇますだよ、ノンポリめ。
死霊術師の名はとっくの昔に返上したけど、チキンハートまでは返上出来ひんかったさかいにな!
出来りゃ、今すぐお布団被って安眠したいくらいに、ビビッとるわ。
トリプルロック教会のジェイムス・ブラウン師が、歌って励ましてくれりゃちっとは心に勇気の灯が点されるんやけど、ねぇ」
「与太は其の辺で」
「へいへい、そないに急かさんでも。
したらば諸君。
M・R・ジェイムス大先生の御言葉を引用するにゃらば、“若者よ、笛吹かばわれ行かん”ってなもんで。
ほな、イントロン君。
ワシらが妖気なピクニックへ出かけてる間に、キャンプファイヤーしたりして小火出したりすんなよ」
ゼルデュス派閥内で実戦担当を受け持つ、戦闘系ギルド<甲殻機動隊>の元ギルマスであったイントロンは、ニヒルな笑みを顔に貼りつけた。
「<新武衛郭>の指揮官として、命じます。
さっさと行け!」
こうしてレオ丸達は勇躍、とは言い難いスタイルで、新しい戦場となるであろう現場へと出撃したのだった。
知り合って間もない仲間と共に、今は未だ仲間とは呼べなさそうな者達と共に。
其の両肩には、責任の二文字が重く圧し掛かっていたが、其れも背負う荷物ほどではなかった。
<アオニ離宮>へ隔離される間際に一度取り上げられたものの、出立の際に返却された背負子其のもののアイテムの中には、<スザクモンの鬼祭り>を生き残るための生命線が詰め込まれているのだから。
所々が捩れている、赤錆びたレールのような鉄製の枠で補強された、差し渡し十メートル幅の苔むした砂利道。
元の現実であれば東京駅から新大阪を繋ぐ大動脈の鉄路も、“此の世界”では今しも草叢に埋もれそうな古道でしかない。
怠りなく管理されているならばまだしも、今の状態であれば馬車はおろか軍馬であっても難渋しそうな具合であった。
だが其の上を、<神異的公共汽車・窮奇>は苦もなく駆けて行く。
温い微風やぽっかりと夜空を漂う雲を追い越し、世界の果ての果てまで突き進みそうな勢いで、軽やかにしなやかに。
そして約十五分後。
レオ丸達が到着したのは、昔々は小規模の町であった廃墟群の一角。
崩れかけたコンクリート製の三階建てのビルの傍に、降り立った。
「あ、ねこば……」
「違うワン!」
「お約束はもうエエし」
都市部の市役所よりは、田舎の町役場然とした建物らしき所から出て来た冒険者達とYatter=Mermo朝臣との遣り取りに、レオ丸はツッコミの手つきだけを投げかける。
「<新武衛郭>の方から来たモンやけど」
「「「「「お待ち致してました!」」」」」
計六名からなる少年少女達で構成されたパーティが、実に頼りなさげな様子で敬礼するのを見たレオ丸の肩が、微かに落ちた。
「ホンマに、カツカツやないけ」
<淨玻璃眼鏡>越しに見る六名は、大戦末期のドイツ軍が徴用した少年兵か、墜落した米軍機のパイロットに小銃を突きつけるベトコンの少女のようだ。
声の雰囲気からすれば、高校生になるかならずであろう。
「リーダーは誰なん?」
「妾です」
レオ丸の前に一人進み出て来たのは、やや小柄な少女であった。
小袖に単を重ねた上に、袿を纏った所謂“壷衣装”姿で、御丁寧にも市女笠まで携えている。
「コロナ!」
「兄様!」
突然に背後から突き飛ばされたレオ丸が、蹈鞴を踏んで転倒を免れようとしている間に、二人の冒険者が抱き合っていた。
「何故こんな所に居るでおじゃる!?」
「私も兄様の役に立ちたくて」
「危ないでおじゃる」
「……傍から見てたら、おじゃる君の方が危ないように見えるけど?
自分らは知り合いなん?」
「実の妹でおじゃる」
「妾の兄様です」
「兄妹か……そいつぁ良かったやら良くなかったやら」
頼るものが少な過ぎる“此の世界”において、身内が居るというのは本当に有難い事だろうが、そもそも身内共々<大災害>に巻き込まれている状況は喜べる事ではないだろう。
判断に困り眉を上げ下げするレオ丸に、壷装束の少女が狩衣姿の青年に肩を抱かれたまま、肩まで切り揃えた濡烏の禿をペコリと下げた。
「<金護鳳凰の砦>派遣部隊所属監視班、コロナ=マークβです」
「こりゃこりゃ、お嬢さん御丁寧に。
ワシは陰険眼……もとい、ゼルデュスの命令を嫌々ながらも聞かなならん不幸な身空の配下の使いっ走りチームのリーダー……っぽいポジションの、西武蔵坊レオ丸や。
取り敢えず、指揮権の優先順位はこっちにあるよーやさかいに、スマンがこっちの指揮下に……ってゆーか、自分らはおじゃる君の指揮下に入ってくれるか?
何処の誰やら判らんナイスミドルなジェントルマンの御言葉に“御意!”って答えるよりも、そっちの方が安心出来るやろう?
って訳で、おじゃる君!」
「Colossus-MarkⅡでおじゃる」
「うん、コロサマ君、妹さん達の事はヨロシコ!
君は今夜から、“はじめてのお使い”小隊のリーダーや!
現場指揮官の命令やさかいに、異論は認めんさかいに、オッケーなりや?」
「了解でおじゃる」
「さて、そんで」
廃墟から直線距離にして僅か百メートルほどしか離れていない場所を指差しながら、レオ丸は少年少女達に問いかける。
「アレが、例の鬼火かいな」
「そうです!」
「ドーンっと飛び出して!」
「ギューンって飛んで!」
「カクンって墜ちて!」
「グモーンって地面に潜りました!」
「違うよ、グワーンだよ!」
「ええっ!? ギュルーンですよ!」
「其れで、ズボボボって煙だけに!」
「違うよ、グモモモだよ!」
下ろした背負子に跨りながら<彩雲の煙管>を一口二口と喫している内に、少年少女達は意見を集約する事に成功した。
「えっとですね、<栖裂門>をチュドーンって飛び出した鬼火を、妾達は必死のパッチで追いかけました。
鬼火はスッゴイスピードでバビューンって飛んでたんですけど、急にキュイーンって軌道が変わって、チュドーンって墜落して、グリグリッと潜っちゃったんです。
そして今はあそこで、モアンモアンと燻ってるんです」
「……なるほろ」
関西人特有の擬音だらけの説明で全てを納得したレオ丸は、口から外した<彩雲の煙管>の吸い口を兄妹へと向ける。
「自分らに命令する。
<金護鳳凰の砦>派遣部隊所属監視班は全員で<新武衛郭>へと赴き、駐留部隊指揮官に口頭で監視内容を、仔細余さず過大に伝達せよ。
伝達後は、指揮官の指揮下に入るべし。
ポインター隊は、彼女ら彼らが無事に<新武衛郭>へと到着出来るように、護衛したってんか。
ほいで、此処から重要やねんけど」
レオ丸の言葉に対し、最初は安堵の、次に不服そうな表情をしたColossus-MarkⅡだったが、直ぐに真剣な目つきとなった。
「イントロンの野郎の尻を蹴飛ばすなり、上手い事懐柔するなりして、何人でもエエから援軍を連れて戻って来てくれへんか?
手練ればかりやなくてエエさかいに、兎に角、少しでも多めに連れて戻って来てくれへんかな?」
「其れでは命令違反になってしまうでおじゃる」
「後方からの指示と、現場での判断が異なるんは当たり前や。
……って言い方だけやと関東軍になってしまうけど、今のワシらは北京に駐留する柴五郎中佐の部隊みたいなもんや。
此処から見える範囲での情報から判断しても、アレは高々二十名ほどでどーにかなるよーには見えへんし。
……ま、其れは最初から判りきってた事やけど」
「其れなら何故、出立前に意見具申しなかったズラ?」
「イントロン君に聞く耳がなさそーやったからや」
「なるほどズラ」
口元を僅かに歪めるレオ丸に、井出乙シローは素直に引き下がる。
「法師が言う事は正鵠を射てても、信を置くのは難しいのだワン」
「Yatter=Mermo朝臣君、事実は時に人を傷つけるもんやし、ワシかて結構ピュアなガラスのハートやねんから……」
「御免なさいだワン」
「まぁ、そんな感じで。
ワシが調べた文献資料でも、アレは戦力を小出しにして対処出来るかどうかは判らへんし、小火を小火の内に鎮圧するにゃあ、最初からガンガンと水をかけるんが最良の方法やわ。
現場を見た自分の感想が、何よりの傍証になるやろうし。
取り敢えず、何とかお願いするわさ」
「……了解でおじゃる」
「さて、ワシは此れから間近まで行ってアレを観察して来るわ。
さりとて、独りやと心許ないんで……聖カティーノ君、一緒に行こうか?」
「アイサー!」
「井出乙シロー君は、残りの皆を指揮して此の廃墟をもう少し何とか陣地っぽく整えといておくれよし。
今のまんまやと、お粗末なゲリラ兵の立て篭もりにしかならんし。
せめて……“アパッチ砦”程度にしといてんか?」
「“アパッチ砦”が何かは理解不能ズラが……了解ズラ」
「ほな、各々方、万事抜かりなく!」
「「「「「了解!!!」」」」」
一分後。
レオ丸と聖カティーノは、現場を歩いていた。
直径二十数メートルになんなんとする陥没孔の縁は、捲れ上った地面がガラス状に結晶化している。
「何や、“閃電岩”っぽいなぁ」
「何ですか其れは?」
「砂漠に落雷するとな、珪砂……石英の粒子が程好い感じで配合された砂のこっちゃけど、そいつが高熱で融解して後に冷えて固まったモンやねんけどね。
すると雷が通った後が筒状になってな、天然のガラス管になるんやわさ。
別名“雷の化石”ってゆーんやけど」
「其れにしちゃ、太過ぎませんか?」
「隕石落下による出来立てホヤホヤのクレーターとか、火山噴火でも似たようなんは形成されるんやけど……ッオオッ!?」
不意に起こった不穏な音色の地鳴りは、レオ丸と聖カティーノの心胆を寒からしめるものだった。
「何事です!?」
「ワシが知りたいわ!?」
大地を揺るがす振動は小刻みに、やがて激しくなっていく。
同時に。
埋没していた鬼火が立ち上らせる煙の勢いが、ユラユラとした湯気のようなものから、徐々に竜巻の如く激しい螺旋を描いて天へと吹き上がり出した。
鉱物性のオイルに、濃淡其々の緑色顔料を大量に溶かし込み、粉上の石炭を振りかけたような、濃密なスモッグにしか見えぬ煙が夜空に舞い上がる。
月の姿が見えぬ満天の星空を、ドロドロと汚すように。
やがて、風がビョウビョウと鳴り出した。
局所的に、気圧が激変した所為だろう。
風が夜気を強引に掻き混ぜ、切り裂く度に悲鳴のような音が混じり出す。
否、其れは本当に悲鳴であるようだった。
レオ丸と聖カティーノの目の前で、渦巻きながら噴き上げる異質な煙が、夜目には明る過ぎる青黒い炎を薄っすらと纏い始める。
其の炎は、ただの炎ではない。
目を凝らさずとも、其れはメラメラと業火に焼かれる者達の姿であるのだ。
<ヒューマン>が、<エルフ>が、<ハーフアルヴ>が、<ドワーフ>が、<猫人族>が、<狼牙族>が、<狐尾族>が、<法儀族>が。
<緑小鬼>が、<小牙竜鬼>が、<醜豚鬼>が、<人食い鬼>、<灰斑犬鬼>、<水棲緑鬼>が、<蜥蜴人>などが。
何れもが等しく、悶え苦しみながら火焔に包まれ、炙られていた。
更に言えば。
一つ一つの名を挙げ連ねれば限がないほどに、幾千万のモンスター達の姿も見え隠れしている。
ありとあらゆる種族と怪物達が全て、生きながらに焼かれていた。
より正確に言えば。
其のようにしか見えぬシルエットを形作りながら、燃え盛る炎は吐き気を催さずにはいられない色をした煙と絡み合い、天を目指す。
キラキラと光輝く夜空の星々を、一つ残らず喰らい尽くそうとするかのように。
「何事です!?」
「ワシは知りたくないわ!!」
人類種族である“善の八種族”が、“悪”に分類される<亜人間>やモンスターと共に、業火の旋風となり果てて行く。
其の地獄の如き有様に背を向けた二人は、<幻獣憑依>していた契約従者の肉体を使い、即座に撤退を図った。
普通の鳩と変わらぬサイズの、<太陽冠の聖鳩>は大慌てで翼を動かす。
大鷲よりも巨大な蝙蝠と化した<吸血鬼妃>は、滑空しながら其の後を追った。
二体のモンスターが文字通りに飛び込んだ先は、てんやわんやの状態である。
周囲に散乱する、一抱え以上もある岩石やコンクリート片を掻き集めては積み上げ、最も原型を留めている建物を中心にしてバリケードを構築している真っ最中だ。
誰一人経験した事のない大がかりな土木作業、やっつけ仕事の陣地の建造。
ストーンヘンジの方が未だしもまともに見えてしまうのは、素人工事のなせる御愛嬌だろう。
だがしかし。
急造粗製の防衛線であっても、今は其れが最善の生命線なのだ。
日曜大工すら苦手のレオ丸には、不恰好なDIY陣地を笑う事など出来ないし、そんな余裕も持ち合わせてはいない。
出来得る事といえば、バリケードの影へと飛び込むや否や<幻獣憑依>を解除し、恐々と防壁の透間から彼方を観察する事だけだ。
「怯え過ぎじゃありんせんか、主殿?」
例によって例の如く、契約主の襟元に忍び込んだアマミYが皮肉めいた吐息を洩らし、レオ丸の背中へ直に寄り添えば。
「百聞は一見に如かず、とは言うけれどや。
間近で見てエエもんかどーかは、ホンマに見てからやないと判断出来ひんし。
……アレは、文字の描写だけで充分やわ」
“桑原桑原”と口遊む契約主に、<吸血鬼妃>はやれやれと嘆息した。
其の背後と周囲では、一通りの作業を終えた冒険者達が一様に腰を落とし、ひっそりと息を潜めている。
彼らの視線の先では、噴煙が耳障りな硬音を鳴らす度に全体を淡く発光させ、少しずつ形状を変容させて行く。
SCREECH! SCREECH! SCREECH!
SHINY! SHINY! SHINY!
北部イタリアの中核都市、パルマに大聖堂がある。
正式名称は、<サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂>。
通称“パルマ大聖堂”には、其の名称の通り中央祭壇の上部に『聖母被昇天』図が描かれている。
ルネサンス期の画家コレッジョの手によるフレスコ画は、聖母マリアが天国へと向かう姿を重層的描いていた。
渦巻きのように上へ上へとうねるように上昇する気流の周囲には、天使や聖人や数えきれない人々が居り、昇天する彼女を祝福している。
しかし。
レオ丸達の眼前で繰り広げられている光景は、其れとは真逆の凄惨な地獄絵図であった。
地獄へ墜ちた無数の魂達が、我先に業苦から逃れようとしている浅ましい姿であり、其処には神々しさもなければ祝福もない。
あるのはただ、おぞましさだけだ。
非業の死を遂げた者達の荒れ狂う朦朧とした姿は、次第に硬質な何かへと徐々に形を定めて行く。
瞬きする間に、鬼火と噴煙は一個の物体へと変化した。
数えきれぬほどの、写実的で躍動感溢れる彫像が外面を飾る、異形の塔。
苦しみ藻掻いた姿の魂達が作った塔が一基、其処に屹立している。
「……ボーっとしとる場合やないな」
ギクシャクとした動きでレオ丸は立ち上がり、覚束ない足取りで置き去りにしたままのアイテムへと駆け寄った。
「開けゴマ!」
背負子の天板に両手をつき、呪文を唱えたレオ丸の視界にアイテムリストが展開する。
ザッとスクロールさせ、リストに記されたアイテム名の一括りをタップ。
漂う緊張感を掻き乱すように、無粋な音を立て落下しながら現れたのは十五本の棒状アイテムであった。
「全員集合!」
レオ丸の号令に、おっとり刀で集まる冒険者達。
未だ僅かに茫洋としている彼らを覚醒させるために、レオ丸は語気を強める。
「悪夢を見た気分やけど、残念ながらアレは現実や。
せやから、しゃんとせんかったら死ぬで、ワシらは!
しかも有難い事に、どないな風に死ぬかは未知数やから、な?
稀有な死亡事例第一号になりたなかったら、ワシの言う事をちゃんと聞けよ!
攻撃職は全員、此のアイテムを使え!!
こいつぁ、対アンデッドに特化したアイテムや」
直ぐ右手に居たニッポン公白蘭に、レオ丸は棒状アイテムを一本手渡した。
「名前は、<妖術秘伝桃仙棒>!
自分の冒険者レベル以下のアンデッドには、持って来いのアイテムやねん。
しかも有難い事に、物理攻撃が通り難い幽体系相手でもコイツでぶっ叩けば、イチコロな超便利アイテムや!
付け加えりゃ、コイツは白兵戦用打撃武器で、分類は“杖”やから<武闘家>以外は誰でも使える安心設計や。
幸いにして此処に残ったシュピーゲル隊とホーク隊は、全員使えるさかいに!
まぁそーゆーても……ゲームの頃にゃ、超不人気アイテムやったけどな!」
「何故ですか?
聞いている限りだと、最高に便利なチート・アイテムじゃないですか?」
首を傾げる白蘭に、レオ丸は笑いそびれた笑顔を作ってみせる。
「レベル20を倒そうが、レベル50を倒そうが、得られる金貨が常に一枚で、得られる経験値が常に冒険者レベルの数値だけやねんで?
詰まり、や。
例えば白蘭さんがな、レベル60の<死霊王>をコイツを使うて簡単に成敗するとするやん?」
「はぁ」
「したらば洩れなく、金貨一枚と経験値80ポイントが貰える訳やねん。
プレイヤーとしてゲームしてる時に、そんなん嬉しいか?」
「いえ……全然……」
「其れがまぁ、捨てる神ありゃ拾う神ありやねぇ、全く!
中国サーバで入手した屑アイテムも、後生大事に持ってたら貴重な必需品に早変わりって事やわさ!」
「何でそんな物を、こんなに持ってるんです?」
「ユキダルマンX君、其れは誰にも判らへん深遠なる秘密やし」
「もしかして、若気の至り、とか?」
「……正解や」
右のコメカミ付近をポリポリと掻きながらレオ丸が立ち上がれば、手に手にアイテムを携え戦闘態勢を取る冒険者達。
「魔法職の皆は、此処で派手にぶちかましたってや!
Yatter=Mermo朝臣君、音頭取りをヨロシコ!」
「了解だワン!」
「魔法職の支援は、若葉堂颱風斎君に頼むし!」
「オーケイです!」
「魔法が打ち洩らしたんは、其れ以外で一掃すんで!
切り込み体長は、井出乙シロー君や!」
「了解ズラ!」
「各々方、粘れるだけ粘るで!
但し!
ヤバイと判断したら、ソッコーで逃げるさかいに!」
「「「「「応!!!」」」」」
勇ましく気勢を上げた冒険者達の眼差しの先で、スモッグがうねったままの異形の塔の上層部が、ドロリと溶け出した。
青カビと黒カビとが混ざり合ったような霧が撒き散らされ、塔の融解した部分が濃緑色のヘドロとなり、怪しく明滅しながら飛沫を飛ばす。
其の一滴一滴が、<亡霊>に、<幽鬼>に、<幻霊>に、<彷徨う悪霊>に、姿を変えた。
死から逃れ損ねたモンスターが次から次に形を持つや、世界へと溢れ出す。
虚空を彷徨い、大地を汚しながら続々と。
「砲撃準備!」
「構えるワン!」
レオ丸に、Yatter=Mermo朝臣と他二名の<妖術師>が魔法杖を前方へと突き出す。
「スリー、ツー、ワン!」
「「「<サーペントボルト>!!!」」」
眩い光を放つ三本の雷撃が、青紫色に輝く大蛇の如く宙に身を滑らせ、正面に居た獲物へと喰らいついた。
寸暇を置かず、電撃の大蛇は電光の蜘蛛の巣と化し、周囲の敵を広範囲で包み込みダメージを与える。
「行くズラ!」
<妖術師>の二名を残し、井出乙シローがホーク隊の面々を率いて飛び出した。
遅れじと、白蘭を先頭にしたシュピーゲル隊が戦場へと躍り出る。
<妖術秘伝桃仙棒>を両手に携えたモゥ・ソーヤーは、当たるを幸いに敵を叩きのめし、ユキダルマンXと駿河大納言錫ノ進は<禊の障壁>や<護法の障壁>を展開させて全体支援を行っていた。
橘DEATHデスですクローはアクロバティックな動きで敵を撹乱し、若葉堂颱風斎は<妖術師>達の魔法を強化するべく横笛を吹き鳴らす。
契約従者が全て物理攻撃主体であるレオ丸は、<召喚術師>の役割を果たせぬ故に仕方なく、バリケードの防衛ラインで近寄る敵を片っ端から叩き落としていた。
聖カティーノもレオ丸と並んで<妖術秘伝桃仙棒>を振り回していたが、浄化系魔法が使える<左扉の天使>と<右扉の天使>を上空に展開させている。
まるで、テレビの特番で行われる罰ゲームの出場者の如く、冒険者達は雲霞の如く群がる敵を叩き潰し、殴り飛ばし、焼き滅ぼし、撃ち落し続けた。
深夜一時頃に始まった十五人対無数の戦闘は、断続的ではあったが一時間を優に過ぎても終わりを見せない。
其の間、致命的なダメージを受ける者は一人も居なかった。
HPゲージが半分を切る事はなく、MPゲージが三分の一を割り込む瞬間は一度として訪れる事もなかったが、疲労度は否が応にも蓄積していく。
更に十五分ほど戦い続けた時。
突如、塔の方から割れ鐘を打ち鳴らす音が一つ、夜空に響き亘った。
何がしかの合図であったのか。
レオ丸が額に滴る汗を袖で拭いながら前方を睨めば、塔が低くなっている。
余程の迂闊者でなければ、誰しもが気づく位にだ。
全体の五分の一が、消滅している。
「此れで終り!!」
モゥ・ソーヤーが最期の一体を一枚の金貨に変えた瞬間、全力で戦い続けた冒険者達は一斉に、へたり込んだ。
無言のままウンザリとした気分で、グッタリと過ごす十分間。
「ああ、疲れたデス!」
漸くにして全員の心境を端的に表したのは、橘DEATHデスですクローの一声。
「暫く……幽霊は、見たくない!」
拾う者もない大量の金貨が散らばる草原に、若葉堂颱風斎は大の字に寝転がった。
「こっちは見たくないってゆーても、あっちはメッチャ見せたいよーやで」
レオ丸の呟きは、そよとも風が吹かぬ夜の四十万に深く浸透する。
冒険者達が頬を引き攣らせながら顔を上げれば、塔の上部が再び嫌らしいスモッグを吐き出し、ヘドロを発生させていた。
「……今度は、<餓鬼>と<動く骸骨>の大軍ら?」
「<動く死体>も居るズラ……」
駿河大納言錫ノ進は頭に手をやり宗匠頭巾をクシャリと潰せば、井出乙シローは足元へペッと唾を吐く。
「やらな、しゃあないよーやな……全員、HPとMPは満タンか?」
「「「「「応……」」」」」
「何や何や、元気がないなぁ皆の衆!
今度は物理攻撃も通るさかいに、思いっきしシバキ倒したれ!!」
「「「「「応!!!」」」」」
レオ丸の足元から、契約従者達が一斉に飛び出した。
<煉獄の毒蜘蛛>が<捕獲の網>で足止めをし、<蛇目鬼女>は矢を連射する。
<首無し騎士>は剣と馬蹄で敵を蹴散らし、<暗黒天女>と<喰人魔女>が周囲を全て薙ぎ倒す。
聖カティーノは二体の<狛犬>と、東南アジアサーバでしか契約出来ぬ<踊る森聖獣>を召喚し、野に放った。
契約従者である特異なモンスター達が暴れ回る周囲では、ヤケクソ気味の冒険者達が獅子奮迅の活躍をしてみせる。
少数ながらオーバーキル気味の戦闘力を見せつける冒険者側に対し、数に任せての波状攻撃を止め処なく仕掛けるアンデッド系モンスターの大軍。
戦況は拮抗していた。
「敵後方に<白骨の巨兵>、二十体!
同じく、<死肉の巨兵>が二十体!!」
ユキダルマンXが、悲痛な声で報告を上げる。
膠着状態であった戦況が一変し、あっという間に土俵際へと追い詰められかねない、絶望的とも思える空気が冒険者達の側に漂い始めた。
其の時。
「ハーイ毎度―、援軍でーす♪」
あっけらかんとした、何とも場違いな声が空から降って来た。
地響きと土煙を立てて着地したのは、一体の<鉄鼠大王>。
第二次大戦中のドイツ軍が開発した怪物戦車<マウス>に匹敵する大きさのネズミ型モンスターは、ボーンゴーレムを数体纏めて圧し潰し、木っ端微塵に粉砕して光の粒子へと変える。
其の背に跨る<召喚術師>は優雅に両手を広げ、新たな召喚魔法陣を宙に展開させた。
「<百猫の王>、ヒア・ウィー・ゴー!!」
金色の魔法陣からヒラリと出現したのは、猫人族に良く似たモンスターである。
違いは身長が一メートルほどで、黄金の冠と真紅のマントのみを身に着けている事だけか。
両手に携えたサーベルを華麗に捌き、フレッシュゴーレムを瞬く間に切り裂いていく。
「BLACK楽運大佐!」
「ハーイ、レオ丸和尚、御無沙汰―♪」
レオ丸が笑顔で呼びかけたのは、全てがゲームだった頃に参加していたオフ会主体のサークル、<僕のパジェロ!友の会>の仲間であった。
「法師! 慣れ親しんだアンデッド相手に、何を苦戦してますん?」
シュタッ!という擬音と共にレオ丸の隣に現れたのは、やはり昔馴染みの顔である。
「<GHOST MASTERS>……やなくてビートル隊、お手伝いに参上!」
「自分も来てくれたんかッ!」
「アンデッド如きにはアンデッドを、いやいやわてらの<眷属>でいてこますんが一番ですやん♪」
そう言いつつ、Dr.コーギー・ペンブロークは死霊術師ビルドの仲間達と、空かさず召喚魔法陣を草原に刻みつけた。
展開された魔法陣 は不気味な電光を放ちながら、複数の異形を世に顕現させる。
<吸血貴族>、<闇の主人>、<不死なる紳士>などの特定種と称される<吸血鬼>達。
青い燐光を身に纏い、剣や槍や戦斧を掲げた<死せる海賊>の一団。
全長が十メートルにも達する、<滅せぬ死体の王>。
目から火を吹く黒い猟犬を連れた、<影の狩猟者>達。
「“Oh,well”“Oh,well” George Orwell♪
ペルシダー隊も『動物農場』宜しく、パッと派手に行こうぜー!」
エルフにしては珍しく褐色の肌をしているBLACK楽運大佐は、グルグル眼鏡型ゴーグルの奥を光らせ右手を振り上げる。
隊長の掛け声に隊員達は、契約従者達を惜し気もなく戦場へと投入させた。
<半人半馬>、<猿王>、<獅子頭王>、<象頭公子>、<青銅の巨兵>、<双頭の魔犬>、<蒙古蟲>、<獅子頭鷲>などなど。
自陣と敵陣の間は百メートルしかない戦場に、種々雑多なモンスターが一気に出現したため、場は渾沌とした状況となった。
僅かな休息を得ただけで、ずっと戦い詰めであったシュピーゲル隊とホーク隊の面々は、混乱した状況に頭がサッパリついて行けなくなってしまう。
どうにも堪え切れず、苦笑いを浮かべるレオ丸。
其の背後で、風が小さく鳴った。
「遅くなり、申し訳ないでおじゃる」
「おお、Colossus-MarkⅡ君……お帰りなさいのお疲れ様でした。
ホンマおおきに、有難う!
此れで今夜は、何とかなりそうやわ♪」
「取り敢えず供出してもらえたのは、<召喚術師>だけでおじゃったが……良かったでおじゃる?」
「ああ、まぁ……良かった……と思うわ……多分」
どれが敵のモンスターで、どれが味方のモンスターなのか?
攻撃対象を完全に見失ってしまったらしく、ニッポン公白蘭とユキダルマンXの元にシュピーゲル隊が集まり、ゾロゾロと戦場を後にし始めた。
井出乙シローもホーク隊を参集させ、レオ丸達の方へと向かい出す。
どちらも全員が、ゲッソリとした顔をしている。
「戦いはまだまだ此れからやし、……肉体的にも精神的にも今、潰れる訳にゃいかんし、こーゆー戦いも冒険者らしくて……エエんと違うかな?」
明後日の方向を見上げながら、レオ丸は他人事のように感想を口にした。
「そうでおじゃるね……」
Colossus-MarkⅡもまた、同じ方向を見詰めて同意する。
そんな二人の鼓膜を、人ならざる雄叫びと人ならざる咆哮が劈き、人ならざるモノ同士の激戦の音が殷々と木霊し続けた。
子供の頃から映画を沢山観て育った私は、大画面で観たい映像が脳裏に描けなければ、中々キーボードが進まないのですよ。
今じゃテレビばかりですが(苦笑)。
さて、其れでは。
今年も一年間、お付き合い下さいまして皆様誠に感謝感謝。
来年はもう少し投稿頻度を上げるべく、のほほんと努力致しますんで、皆様はんなりとお待ち下さいませ。
来年が皆様にとり本年以上に最良の年であります事を、ぼんやりと祈念申し上げまする(三跪九拝)。




