第陸歩・大災害+100Days
一年前、二年前に、思いつくままに書き散らした設定に、其れらしい、尤もらしい意味づけをするんは、中々大変でありまする。
皆様何卒、計画は御利用的に!(平身低頭)
初歩的なミスをしていました!!
鬼火が飛んだ先は、「東の空」ではなく「南西の方角」でした!
謹んで訂正致します、あーしくじったー!(2016.12.10)。
あ、「巽」やのーて「坤」でした。慌てて訂正致します……(2016.12.10)。
レオ丸が確信らしきモノを得たのは、<紫暮廷文庫>に篭り始めてから三週間目の事であった。
読書三昧の最中、手に取り頁を繰った書籍は延べ数にして、一千冊余り。
毎日五十冊弱の本に目を通せば到達するという、気が遠くなるような数字である。
しかし、其れとて。
弧状列島ヤマトに住まう大地人達が代々受け継いだ叡智が、惜しまれずに集約された文庫の蔵書総数を分母とすれば、ほんの一握り程度でしかないのだが。
正確な総数など見当するだけ無駄に思える大量の書籍の中から、<スザクモンの鬼祭り>に関する記載を探すのは存外、骨の折れる作業であるのは自明の理。
キチンと分類されているとは云い難い書架の森を、彷徨いながら望む書を選び出すのは、幾ら読書好きのレオ丸であれ苦役に近しいものがあった。
「せめて、日本十進分類法でもありゃあなぁ?」
因みに。
紐解いた書籍の過半数は、<スザクモンの鬼祭り>とはほぼ無縁のモノであったのは、御愛嬌である。
偶々開き、披見するに値する価値があったが故に、言い換えれば何となく興味を引かれたので、ついついレオ丸は乱読してしまったのだった。
要約すれば、単なる自業自得。
さて、レオ丸が読み散らかした主な書名を列挙すれば、次の通りだ。
欠損巻と欠落箇所だらけの『風土記』のような、各所の地誌である『爵領記』。
眉唾に思えるが然もありなんとも思える説話の集大成本の嚆矢、『日本国現報善悪霊異記』っぽい内容の『王朝志異記』。
ウェストランデ皇王朝期に端を発する、各家名族の氏素性を詳らかにした『新撰系譜録』。
国語辞典であり百科事典でもある、『真名類蒐抄』。
皇王朝時代の栄華を懐かしく思う作者の手によるモノであろうと推察出来る、編年体物語風史書の『月宴物語』。
大地人の貴族社会を赤裸々に記した、紀伝体形式の歴史物である『奥鏡』。
執政公爵家の威令により編まれた、『古今詩歌葉』。
三代前の斎宮家当主が俗謡を気の向くままに採取した、『氷人碑抄』。
宮廷演舞に関する芸道論であり美学論でもある、『封詞家伝』。
権力に阿らず“破格”と渾名された孤高の<星詠み>が残した詩集、『風狂集』。
神代にあったとされる、ある兄弟の仇討ち伝説を題材にした軍記物語、『ソワレ物語』、などなど。
日本をモデルとした弧状列島ヤマトらしく、そこはかとなく日本的な書物ばかりであったが、其れがレオ丸の琴線に触れ、興味を甚く刺激したためである。
皇王朝時代から神聖皇国ウェストランデ成立初期の間に収集、収蔵された膨大な書籍群は当に眠れるお宝の山であった。
されど、お宝の山であったとて、全てに等しい価値がある訳ではない。
今のレオ丸にとって最も知りたい事柄の、<スザクモンの鬼祭り>について言及されている書物はさほど多くはなかったからだ。
しかも、眠れる場所は林立する書架の彼方此方に散らばっており、幾冊かは背表紙の文字が掠れて読めない有様だった。
寝る間も費やし、それらを丹念に掘り起こしては内容を逐一確認する。
レオ丸が使用する読書用机の上には、其の成果である書物が小山を成し、或いは広げられたままで置かれていた。
閲覧した書物の中で最大の成果だったのは、<スザクモンの鬼祭り>についての事柄だけが詳細に記された、実に貴重な一冊の軍記物である。
其の『平安記』に曰く。
“松明を十四、五同時にばつと振り上げたる、其の閻炎、獄門の牙城を立ちぬ。
妖しの焔、虚空を北西へと天翔けし後、地に墜ち一里四方を焼けりと聞く。
不吉の証し確かむるべしと、公儀重職の御方、将と兵数百を出だせり。
彼の地にて、将、数多の不審に遭い給う。
其の際たるは由縁判別ならずの、いと高き廃塔なるか。
将、遥かに見上げたれば、いと高き廃塔より湧き立つたる雲の中に、十余りの鬼ども、珠の御輿を担ぎ捧げたり。
其の次には屍竜、火車を懸けて随従し給う。
骸、三千余騎にて先陣に進み、魍魎は、ひた冑数百騎にて後陣に支えらる。
また虚空遥かに引き下がりて、亡霊、紺地鎖の冑直垂に、黒鋼の冑着て、頭の七つある大蛇にぞ乗りたりける。
此の他、数多の擾乱に討たれし者ども、東国との争いに滅びし輩、近比、南西の戦にて亡びし兵ども。
人に知られず、名を顕わす程にも非ざる者ども、皆朽ちたる身に甲冑を帯し、錆びし剣を携えて、虚空十里ばかりが間に、透間も無くぞ見えたりける。
此の有様、ただ防人の将がのみならず侍りし者ども皆に見えて、些かも幻に非ず。
将、左右を顧みて、「あれをば見ぬか」と云わんとすれば、忽ちに陣風に従う砂礫の如く、漸々として攻め寄せたり。
然れば闇の中、ただ叫喚ばかりぞ、残りける”
また、『王朝志異記』の後継と言える『今昔伝聞物語』に、次のように記された部分がある事をレオ丸は見逃さなかった。
“今は昔。
<符術師>の頭に、セイマン=アーヴェイという者ありけり。
古にも恥じず、やむごとなかりける者なり。
幼の時、師に従いて、昼夜に此の道を習いけるに、些かも心許なき事なかりける。
然るに、セイマン若かりける時、師が赤の砦にて、遥かキョウの方より闇を突き、百鬼の夜行するを御覧ずるに倶せり。
師、うかとして台の内にしてよく寝入りけるに、セイマン見けるに、えも云わず恐ろしき鬼火、天を焦がし月を喰らうが様にて出でたるなり。
セイマン、此れを見て驚きて、台に登りて、師を起こして告げければ、其の時にぞ師驚き覚めて鬼火飛びたるを見て、術法を以って忽ちに後を追わし給う。
鬼火、西へと消え失せ給い、術法功無しとや。”
他の書物にも良く似た記載があった事で、レオ丸が得られた確信はと言えば。
「<スザクモンの鬼祭り>の最中、<ヘイアンの呪禁都>から鬼火が出現する。
鬼火は北西から南西を含む、西の方角へと飛んで行き、ランダムに着地する。
着地点には必ず、塔のようなモノが建つ。
塔が濁った……ヘドロみたいな煙を噴き上げる。
其の煙の中から、別働のモンスター軍が現れる……ですか?」
「そーゆー事や、“ゼルやん”」
「……変な呼び方をしないでくれませんか、レオ丸学士」
「せやかてエエ加減、呼び捨てにするんもどーかなー、ってちょい反省してな?」
「別の呼び方にしてくれませんか?」
「ほな、“デュスやん”か?」
「………………」
「言い難いしさぁ、もう“ゼルやん”でエエやろ?」
「……御勝手に」
「其れは、否定的意味合いが強い肯定的返答って事で、OK?」
「どうとでも!」
「ほな、そーゆー事で……したらば話を戻させてもらうで?」
「……ええ、どうぞ」
「実も蓋も、立つ瀬も取りつく島もない言い方したら、まるで何かのゲームか、どこぞのコメディホラー映画の、演出みたいやろう?
せやけど文献に拠れば、そーゆー確信に集約されてしまうんやわさ」
「其れで、確信から得られた結論は、どうなのですか?」
「……結論、やのうて推論でしかないんやけどねー」
レオ丸は、グラスに満たされたハーブティーをゴクゴクと飲み干し、口内の嫌なぬめりを洗い流す。
「先ずは、何で常に“西の方”なんか?
恐らくやけど、“征夷”って事やなかろーかな、と」
「私達<冒険者>が、東の野蛮人だと?」
「いや、魔道帝シラミネに服さぬモン全てが……<冒険者>も<大地人>の御貴族さん達も、ぜーんぶマルっとひっくるめて、“順わぬ者”って事やな。
ほいで昔から……坂上田村麿公以来、討ち滅ぼさなならん“順わぬ者”は、みーんな東方在住の輩やん。
処がギッチョン。
<ヘイアンの呪禁都>の位置はイコマやヨシノの真北で、ミナミよりも北東にあるやんか。
するってーと、“征夷”するにゃー少なくとも、ミナミよりも西をスタート地点にせぇへんかったら可笑しな事になりよるやん。
詰まり、……そーゆー理で動いてるんや、ないかなーって考えたんやけど」
「“南蛮”でも“西戎”でもなくて、ですか」
「古代大和朝廷なら隼人に蝦夷が主な敵やったけど、大和朝廷にとっての敵は常に身内と東夷やわさ。
『撰集抄』に曰く“東夷のあらけなき心に、かくまで侍りけるぞや”……とか何とか。
ワシとしては“鎮狄将軍”でも、“征西大将軍”でも、“鎮守府将軍”でもエエんやないかって思うが、世間的なネームバリューじゃ“征夷大将軍”にボロ負けやし」
「そうでしょうね」
「其れはワシらの世界だけやのうて、ワシらの世界と良く似た“此の世界”でも一緒なんと違うかな?」
「逆らう者は“夷狄”なり、“夷狄”を討つは“征夷”なり、だと?」
「序でに言うたら、“夷狄”には“人外”ってな意味合いも含まれとりまっせ?
まぁ実際、<ロマトリス>で実体験したけど、<大地人>の特権階級からすりゃワシら<冒険者>は“人外”以外の何モンでもないわさ」
「其れは……否定し辛い事実ですね。
<スザクモンの鬼祭り>の本隊から分かれた別働隊が、ミナミよりも概ね西の方に出現し、東の方へと針路を取る理由は、まぁ納得しておきましょう。
其れで、其の別働隊とやらは、いつ頃に現れるのですかね?」
「今晩くらいと違うかな?」
「……其の根拠は?」
「質問返しするけどや、……<ヘイアンの呪禁都>から溢れ出たモンスター達は順調に撃退出来とる?」
「ええ、勿論ですよ」
「モチベーションは落ちとらへん? PTSD対策はキチンとしとるか?」
「当然ですとも」
「身体能力は無敵で無双でも、中の人はメンタル弱いパンピーやからな!
“月月火水木金金”で攻めて来るモンスター相手に、二十四時間戦えるんか?
……いやいや、そんなん無理やろう?」
「今更、何を言うのやら。
奴らは、“夜の狩人達”じゃないですか」
「『マウンテン・サンダー』にあるようにか?」
「ええ、其の通りです。
冬至祭の夜に聞こえる風の音、犬の吠え声、そして姿を見せるのは、目から火を吹く黒い猟犬を連れ、黒い馬に跨った軍団の首領と、其の配下達……」
「詰まり……そーゆーこっちゃ」
「キーワードは……“夜”、ですか」
「半分、正解や……。
ほな改めて言うけれど、<ゴブリン王の帰還>と<スザクモンの鬼祭り>は似ているようで、全然違うコンテンツやん?
片っ方は、積極果敢に攻めかかる迎撃戦オンリー、もう片っ方は、進攻戦の前半と防衛戦の後半の二部構成になっとるんは、既に御承知の通り。
前者は攻めるも休むも、此方側の都合次第や。
せやけど、後者は攻められるも休ませてもらえるかどーかも、全部お任せで相手の都合次第。
だもんでゲームやと、前者は二十四時間プレイが可能で、後者はそーやなかったわな」
「日没から夜明けまで……夕方六時から翌朝五時まで、でしたね」
「例え天気が曇りや雨でも、日中には一切出ぇへんのが御約束やったわ、な?
♪黄昏時に現れて~、彼は誰時に去って行く~♪ ってな」
「『THE MOON MASK RIDER』ですか?」
「其れが、もう半分の答えや」
「えっ?」
「奴らは、“百鬼夜行”は名前の通り“夜に行動する百鬼”や。
夜ってゆーたら、お月さん、やろう?」
「……確かに夜行性のモンスターは、<人狼>に代表されるように、月の支配下にあるモノが多いですからね」
「んで、さっきの話に戻すとな。
<スザクモンの鬼祭り>の後半戦は、やらずぶったくり式に殴りかかってくるバケモノ共を、防戦一方で漏らす事なく撃退せなならん。
ホンマ、難儀な戦いやけど!
約半月間を凌いだら……コンチキチンから五山の送り火までを堪えたら、丸一日やのうて毎日を夕方から翌朝までの時間耐え切ったら、ハッピーエンド!
終わりがあるから、どないかなる戦いやん?
夜更かしが好きでも、半月間も夜勤で過激な肉体労働すんのは、しんどいけどな。
其れでも、キッチリとシフトを組んで、精神的な休息を得られるんなら何とかなるやろうさ。
さて、ワシらは。
精神的には脆弱すぎるくらいに貧弱でも、無敵な体を持ってるやん。
だが残念ながら、夜行性動物の特長までは兼ね備えていいひん」
「私達はアイテムに頼らないと、夜目が利きませんからね。
猫人族、狼牙族、狐尾族は多少のボーナスがあるようですが……、……そうか!」
「せや、月明かりがありゃ、心細うても何とかする気を奮い立たせる事が出来るけど」
「“朔”、あるいは“新月”……月の出ない夜は危険が増大する」
「時代劇の脅し文句風にゆーたら、“月夜の晩ばかりじゃねーぞ”ってな?」
グラスではなく、持参した水筒に直接口をつけ喉を潤すゼルデュスの耳に染み込んで行く、レオ丸の流暢な解説。
やや得意気に語る其の内容は、ゼルデュスからすれば所有する知識の再確認程度でしかないが、其れを口にするほど野暮ではない。
知っている事を理解する作業は、何度繰り替えしてもし過ぎる事はないからだ。
「古来から、月の満ち欠けが地上に及ぼす影響は計り知れないって考えられとるわな。
其の影響が増大するんは、満月と新月の晩や。
んで、昨夜の欠け具合からやと、今夜が“新月”……お先真っ暗な夜になる。
更に言うたら、ば。
ワシの計算が間違ってなきゃ、そろそろ御盆の入りの日や」
「……偶然だとすれば、絶望的なぐらいですね」
「ホンマになー……自分も大変やな?」
「……何を他人事のように」
「だって、ワシは<Plant hwyaden>の一員やないもん。
<スザクモンの鬼祭り>は、<Plant hwyaden《自分ら》>の占有案件なんやろ?
ほなワシは関係あらへ……」
「供出された“身代金”では、些か“不足”ですから。
レオ丸学士には、キッチリと“満額分”働いてもらいませんと」
「……ちょっとくらいオマケしてくれても、エエやん?」
「貴方が提示なされた“確信”とやらを、“実証”してもらわなければ。
約束手形を渡されて安閑としていられる、そんな殿様商売を<Plant hwyaden>はしていませんので、ね!
不渡りになるかもしれぬ証券を有難がるほど、私は甘くはありませんよ」
「……そんなにカツカツなんか?」
「さて、どうでしょう?
……と、誤魔化した処で直ぐにバレるでしょうから正直に申告すれば……、決して左団扇だと豪語出来る状態ではありませんね」
「解決策は講じとるんやろう?」
「先ほどレオ丸学士が仰った事くらいしか、手当ては出来ていませんよ」
「へ?」
「モチベーションを低下させぬよう、PTSDを発症させぬよう、適度な休息が取れるようにローテーションを組んでいます。
……使い捨てて良い者など、<Plant hwyaden>には居りませんので」
「人材は資源なり……あるいは所属者数は組織力なり、ってか?
せやけど夜勤は……連荘でアンデッド系と夜戦するんは、キツイやろうなぁ?」
「<スザクモンの鬼祭り>の、開始当初はそうでもなかったのですよ。
<人食い鬼>が主体で、次に多かったのは<牛頭大鬼>、其の次が<土蜘蛛>と<魍魎>。
大型で生身のモンスターが大多数で、<動く骸骨>や<動く死体>などは数えるほどだったのですが……」
「今は違うん?」
「最初は誰も気づかなかったのですよ。
目の前に溢れる敵を撃滅する事に精一杯で、誰が何を倒したか?……そんな事は本当にどうでも良かったのです。
其れが、其の事が、誰の目にも明らかになったのは、七日前だったと思います。
モンスターのレベルの平均値が下がり、替わりに総数がドンと増大しておりました。
観測要員の報告書、日報を並べて見比べれば、変化が如実に表されていましたよ。
日々の細々とした書類に紛れており、斜め読みし過ぎた所為かもしれません。
……もっと早く気づくべき事でした」
自嘲の笑みを浮かべるような可愛げを持ち合わせていないゼルデュスは、淡々と言葉を積み重ね、レオ丸は相槌を打ちながら黙々と受け入れる。
「あの嫌な響きの鐘の音が鳴り響いてから此の方、体験した事象は紛れもない“災害”でした。
今の状況を例えるのなら、押し寄せる荒波に毎日少しずつ削られて行く岸壁の如し。
貴方が仰ったように、確かに“キツイ”状況ですよ。
連日の夜間戦闘。
暗闇から襲い来るのは、見慣れたモンスターであったとて、どれもこれも“化物”でしかありません。
“化物”だと認識してしまったら……見慣れる事が中々出来ず、ただただ恐怖心だけが累積します。
累積した恐怖心は克服する事が容易ではなく、心理的な疲労感にも転化します。
心理的な疲労は、最前線へと出陣する所属員達の中で加速度的に蔓延し、増大する一方で。
MPを回復させたとて、精神的な回復には結びつきませんから、手当てに頭を痛めるばかりです。
ゲームならば徹夜で遊んでも何ともない者達も、其れが逃れられぬ“現実”となれば、別の話。
サバイバル・ゲームや体感型アトラクション、鄙びた遊園地のお化け屋敷や肝試し、人間は恐怖を快楽に変える事が出来るそうですが、其れは“安全だろう”という思い込みがあるからでしょう。
何れは私達も、そう思い込んで対応出来るのでしょう。
否が応でも経験値が蓄積すれば、そうなれるのかもしれません。
ですが、今はまだ……無理です。
不規則に出現する不特定の化物の群れは、言い換えれば“悪夢”ですよ。
ですが其れも後数日、そう、後数日だけ堪え切れれば……」
「ホンマに……カツカツなんやな、自分ら。
フェイル・セーフは……現状やと難しいわなぁ」
「想定が立たないのですから、“起こり得る障害”を予測して“安全装置”を設計するだなんて、今の私達にはとてもとても。
毎日毎日、反省会を開いては対処法を講じる、トライ・アンド・エラーの繰り返しですよ」
「そら、しゃあないわ。
軍人さんと民間人は、戦闘行為に対する恐怖心への耐性の有無、や。
ワシらは職業軍人やない、いたって普通の民間人なんやし。
自分が言うたように、戦い続ける事に確かにいつかは惰性が身に着くやろう。
ほいで、後数日耐える事が出来りゃ、<スザクモンの鬼祭り>にも『螢の光』が流れてシャッターがガラガラっと閉まるんは確かや。
日々精進、日々訓練で、騙し騙しやるしかねーやな。
せやけど努力だけじゃあ、ビビリは直らんで。
……怖気づくんに一番の特効薬が何か、教えたろか?」
「お聞きしましょう」
「ドッシリと構えた指揮官の、ブレへん指示や」
「……なるほど」
「各所からの聞いた話を集約したら……」
「各所から?」
「各所は各所であって、情報ソースには秘匿権と黙秘権を行使するさかい、内緒や。
ほいで……集約したらば、カズ彦君と其の直属が北条綱成公と黄地八幡の軍勢ばりに奮闘しとるさかいに、最前線は維持されとるんやろう?
前線指揮官が頑張ってるんやから、後方司令部の自分は大槻合戦の時の小田原城みたいにドッシリと構えて、瑣末な事柄に右往左往せんかったらエエだけや。
ほな、閑話休題……話を元に戻すで」
レオ丸は右手で弄んでいた空のグラスをテーブルに置き、顎をポリポリと掻いた。
「昨夜の時点での“百鬼夜行”の内訳は、どないやったん?」
「肉体系が全体の六割強、残りは幽体系でした」
「<亡霊>、<幽鬼>、<彷徨う悪霊>、<燃えさかる悪霊>、<幻影悪鬼>、<吸精屍鬼>、って処か?」
「肉体系には、<食屍鬼>や<死肉の巨兵>が混ざり始めました」
「♪ Oh, when the DEAD go marching in ♪ってか?」
「<死霊術師>の貴方なら、鼻歌混じりでしょうけどね」
「誰が根暗なダンサーやボケ……って遣り取りも、飽きたなぁ」
レオ丸は苦笑いを浮かべつつ、<彩雲の煙管>を懐から取り出して咥えた。
吐き出された五色の煙はフワフラと宙を漂い、名状し難い形を取る。
「ワシかて慣れとらへんで、別に」
「でしょうね」
「何が“でしょうね”や、スットボケ野郎が。
んで其のスットボケが……其処までブッチャケした理由は、何なんや?」
「良きにつけ悪しきにつけ、貴方が“部外者”だって事ですよ」
「ほほぅ?」
「“私が浅墓でした、御免なさい”だなんて言えるはずがないでしょう、今の<Plant hwyaden>の中で。
下っ端なら兎も角、幹部が弱音と受け取られても可笑しくない愚痴を吐く事が許されるような組織じゃないんですよ、今の<Plant hwyaden>は。
揚げ足を取られるだけではなく、肩を叩かれ、鎖に繋がれるのがオチですから」
「もしくは頭にリモコンの受信機でも捻じ込まれるってか?」
「そんな処です」
「そいつぁ何とも剣呑剣呑」
「貴方のアドバイスに従うならば、私も後顧の憂いをなくす方策は思いついた端から素早く吟味して、可ならば早速に着手施行せねばならぬようですね。
クヨクヨするのに時間を費やす愚は、避けねばなりませんから」
「♪ 兵隊さんはかわいそうだね また寝て泣くんだよ ♪
って旧帝国軍で歌われてたけれど、司令部の御偉いさんも辛いやなぁ」
「♪ 進めや進め 皆々進め! 出て来る敵は 皆々殺せ! ♪
……などと、ラッパ手に吹かせるだけが仕事じゃありませんから、ね」
「ご要望があるんなら、弔意ラッパをエイトビートで吹いたんで?」
「私の人生はイェリコの城壁よりも脆いので、謹んで遠慮申し上げます。
さて、其のような訳で。
立場上、レオ丸学士の事も“パクリ手形”には、出来ないんですよ」
「なるへそ」
然も当然といった風情で頷くレオ丸を冷たく見据えたゼルデュスは、スッと右手を高く挙げた。
すると一瞬の間を置いて、重々しい金属音が室内に響き渡る。
「お呼びズラ?」
「レオ丸学士を、所定の地へと案内して差し上げろ」
「予定通りで良いでおじゃる?」
「ああ、予定通りに」
<紫暮廷文庫>内の人口密度を急に倍増させた二人の冒険者は、背後から挟み込むようにしてレオ丸の両肩に手をかけた。
「一応聞いとくけど、拒否権発動はオッケーなん?」
「戦勝国でもあるまいに、貴方にそんな権限がある訳ないでしょう。
其れに、貴方は私の要請を断る事は絶対に出来ない事になっていますが?」
「へいへい、ハチマンで署名した契約書のB面第二項な。
って事は詰まり、今回の事案は“格別の用”って事態なんやな?」
「左様です」
椅子に背を預け、目を閉じるゼルデュスを見据えながら、レオ丸は渋々腰を上げる。
序で、井出乙シローとColossus-MarkⅡの手を振り解くや、凝りを解すように両肩をグリグリと回した。
「そんで、ワシは何処へ行ったらエエんや?」
「淀川……ヨド大運河の向こう側まで」
「ふーむ、にゃるほろ」
「仔細は現地の者にお聞き下さい」
「へいへい」
そう気のない返事を残すや、レオ丸は捗らない足取りで歩き出す。
歩き出したものの、凡そ三週間振りに外界の空気を味わう直前で躊躇するレオ丸。
つと振り返れば、草臥れ果てたゼルデュスが、其処に取り残されていた。
「ゼルやん」
「……何ですか?」
「順番を違えたらアカンで」
「どういう意味です?」
レオ丸の方に顔を向ける事なく、問い返すゼルデュス。
「泳いで走って漕いでやから、トライアスロンは完走出来るんや。
漕いで走って泳いで、の順番やったら出場選手は恐らく全員が溺れ死ぬよってに。
手順を間違えたら、目的が幾ら崇高でも結果は大惨事やからな」
「何が言いたいかは理解し辛いですが……御忠言、留意しましょう」
「ほなねー」
「宜しく頼みましたよ」
金色に輝く豪華過ぎる錠前が外された扉を潜り抜けたレオ丸は、大きく深呼吸をしてから、首をコキコキと鳴らした。
「あ~~~あ、折角<スザクモンの鬼祭り>が終了するまでずっと、余裕ぶっこきながら安全圏で文字の世界に耽溺したろう! って思ってたんやけどなー。
冒険者は、気楽な稼業ときたもんだ!ってな、事は夢のまた夢かいな。
まぁ、世の中そんなに甘かぁねーか、チキショーめが!!」
「どういう意味でおじゃる?」
「はい?」
「トライアスロンの例えズラ」
「ああ、其の事か」
不信感を隠さない井出乙シローと、警戒心を露にしているColossus-MarkⅡに前後を挟まれながら歩くレオ丸は、咥えたままの<彩雲の煙管>から五色の煙を立ち昇らせる。
「自分らは、ワシがゼルデュスと昔馴染みやって事は知っとるん?」
レオ丸は二人が頷くのを見て、更に言葉を繋げた。
「んで、カズ彦君とは親しい仲やし、ナカルナードとはぶっとい腐れ縁があるんやけどね。
だもんでワシは、外様の更に外様やねんけど。
<Plant hwyaden>の上の方とは密に接してたりしとったんやわ、カッコ過去形で。
ほいで、な。
もう一ヶ月以上も前から、<スザクモンの鬼祭り>について警鐘を鳴らし倒しててんけどさぁ。
あいつら全然、聞く耳持ってへんねんもん!」
「そんな事はねぇズラ!」
「準備は怠りなしだったでおじゃる!」
「ほな聞くけど。
何で肝心要な時に最大戦力であるバ……ナカルナードが居らへんねん?
元々戦闘系ギルドに属しとった、バリバリの喧嘩上等連中が出払っとるんや?」
「「…………」」
「嵐を吹き荒らせるんなら、コップの中でだけにしときゃエエのに。
戦争ごっこをするんなら、ポケットの中でだけにしときゃエエのに。
他の阿呆共が調子こいてブイブイ言わせた結果が、今の体たらくなんと違うか?
もしアイツらが、もうちょい協調性なんぞを持って、謙譲の精神とやらを発揮しとったら、自分らも大分楽出来てたんと違うか?
カズ彦君と一部の有志が孤軍奮闘してくれてたみたいやけど、意思決定の大元が重たい腰を上げなきゃ、蟷螂の斧でしかないわな。
まぁ其れでも、徒労で終らんかったんは、彼らの功績やわ。
戦闘慣れしとった御仲間さんが、ゴッソリとナカスくんだりまで遠征にお出かけしよったのに、最前線を崩壊させとらへんのやから。
もしも脳天気で脳筋連中が遊びに出てへんかったら、自分ら留守番組のモンも安心出来てたはずやろうに。
玄関先に、借金取りが押し掛けて来たかて、大童にならんで済んだのにな!
一万円払えって督促状が間もなく来るんが判ってながら、場外馬券売り場へ考えなしに駆け込んで、なけなしの大枚五千円を注ぎ込むやなんて、どんだけ自己中心派なギャンブラーやねん?
財布の中にゃ、残金が八千円しかあらへんがな。
せやから、手順が違うってゆーたんや。
勢力拡大? 結構結構大いに結構。
権力争い? 結構毛だらけ猫灰だらけ、や。
元の現実とは全く違うとは言うても、須らく全てが中途半端に地続きなんが今のワシらの、“ In This Corner of the World ”や。
誰憚る事なく其々が、遣りたい事を、好き放題やったらエエがな。
ワシにはソレを止める権利もなきゃ、力もあらへんし。
大体にしてからに、ワシ自身が好き勝手に好きな事をしとるんやモン。
せやけど、何事にも順序があるやん?
学生さんの立場やったら、権利多くして義務少なしでもエエやろう。
学生さんは、未成年やなくても扶養されとる限りは、“お子ちゃま”やねんから。
処がギッチョン。
社会人やと、そーは問屋が卸しまへん。
社会人は、義務を果してからやないと、権利は得られへんのや。
其れが、“大人”であるって事や。
せやのにまぁ、ゼルデュスもナカルナードもその他の社会人プレイヤーの冒険者達も!
揃いも揃ってエエ歳こいてからに、まるで成長し損ねた“ガキんちょ”やないかい?
エエ加減にワシかて、“ I Can't Bear How Sad It Is ”と言いたなるし、歌いたなるわ!
『ヘビに喰われて死んでゆく男の悲しい悲しい物語』すら、ハッピーエンドに思えるくらいにウルトラスーパーデラックスな、バッドエンドしか見えへんわ!!」
暴言を吐き捲くるレオ丸に対し、井出乙シローもColossus-MarkⅡも終始黙り込み、俯いたままで歩き続ける事しか出来ないでいる。
「処で自分らは幾つや?
因みにやけど、靴のサイズやコーヒーに入れる砂糖の数を聞いてるんやないからな。
もし、ボーリングのアベレージなんぞを答えよったら、チンチンに尖らしたスパイクシューズで膝カックンを御見舞いしたるさかいに」
「麻呂は、十八歳でおじゃる」
「オラも、同じズラ」
「……ギリギリセーフの、間一髪アウトって処やな、二人とも。
センチメンタルなジャーニーをするにゃあ二歳余分やけど、自分らが女子高生なら担任の先生と結婚出来る年齢やさかいに、な。
其れはさておき。
実に残念な事ながら、子供以上大人未満の自分らの前にも横にも後ろにも、実に残念な大人共しか居らへんけど、ソレもソレとて仕方なし。
精々、反面教師とでもしときなはれ。
ああ勿論。
ワシかて立派な反面教師やさかいに、敬おうが媚びへつらおうが好きにしてくれてエエけどな?」
無責任に高笑いする中年冒険者の言い草に、若い冒険者達は益々深刻な表情と相成った。
「ハッハッハーの、ケッケッケー!!
クラーク博士は“Boys, be ambitious”と申され、西城秀樹氏は“Young Man Can do Anything”って言うてはる。
悩んで悩んで悩みなはれ、如何にすれば真っ当な大人とやらになれるんかを!
ソクラテス御大もプラトン御大も、ニーチェ御大もサルトル御大もゲーテ御大も、誰も彼もが悩んで悩んで、大成しやはってんから。
せやけど、安心してくれてエエで。
こう見えても、ワシかて自称“大人のよーな者”や。
ちゃーんと義務は果たすさかいに。
金額に換算すりゃ、二千と五円分くらいは、な!」
「其の端数は、何でおじゃる?」
「所謂、“御縁任せ”ってヤツやん♪」
「だ、駄洒落ズラ!?」
先ほどまでの陰鬱な雰囲気を軽口で攪拌しながら、三人はセカセカと足を動かし続ける。
西北西へと、進路を取りながら。
其の日の深夜。
<栖裂門>から黒々とした火焔が一塊、何の前触れもなく吐き出された。
吐き出された火焔は鬼火と変じ、月明かりのない闇夜に禍々しい光跡を刻みつけつつ、南西の空へと飛び去って行く。
飛び去るソレは、多くの者達に目撃された。
聞く者は誰しもが耳を覆いたくなるような雄叫びと、仲間を励まし合う声が入り混じる、激しい闘諍の場に身を置いた多くの者達に。
裸眼でもハッキリと視認出来る明るさと大きさをした鬼火は、苦痛にのたうつように渦を巻きながら坤の方角へと飛び続けるかと思いきや、突如、急激に高度を下げる。
そして。
断末魔の如き怪音を立てて、彼の地へと墜落した。
其処は、“此の世界”での地名で呼ぶならば、ドルンバウムと言う。
元の現実では、平安時代初頭に坂上田村麿が創建し、楠木正成が遷座したもうたと伝わる、古式ゆかしい神社の境内地であった。
さぁ、次からは再び、戦闘のお時間ですよ。
どーしたもんじゃろのー(苦笑)。