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第陸歩・大災害+94Days

 今回を御読み下さいます前に、櫻華様の御作を何卒御読み下さいますよう願い上げまする(平身低頭)。

 『ログホラ二次創作短編集』-『結果報告 ◎』(http://ncode.syosetu.com/n5065cf/5/)。

 『天照の巫女』-第七話『テンプルサイドでの攻防−守る者と戦う者−』(http://ncode.syosetu.com/n0622ce/8/)。


 前回のコラボの際に、櫻華様には多大なる御迷惑をおかけ致しましたので、今回は其の轍を踏まぬように留意致しました。

 櫻華様、大変お待たせ致しました(平身低頭)。

 其れから、瞬く間に十数日の時間が過ぎた。



“予、ものの心を知りしより此の方、四十あまりの春秋をおくれる間、世の怪異災禍を見る事、やや度々になりぬ。

 過ぎし或る年の夏、旱天続きし頃かとよ。

 俄かに瘴風烈しく吹きて、静かならざる悪しき夜半となりぬ。

 京の東より、盛んに鐘が陰々と鳴り響きたり。

 鐘、鳴り果てるに及び、数多の異形ども道々に溢れ、官人武人市井の別なく襟裾を乱し逃げ惑うと聞けり。

 都城の御門、大学寮、民部省など軒を連ねし官衙、一月の内に塵灰となりにき”


“また、古老の語りし事。

 何れの頃かは定かならずと申す由。

 鐘、鳴り止みし後、若干の日が経ちし。

 おびただしく大地鳴動し事侍りき。

 其の様、世の常ならず。

 山は崩れて川を埋み、川は傾きて陸地を浸せり。

 土裂けて水湧き出でて、(いわお)割れて谷にまろび入る。

 杣人(木こりの意)山に迷い、白水郎(漁師の意)波に漂い、道行く馬は足の立ち土を惑わす。

 都城のほとりには在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。

 或いは崩れ、或いは倒れ、塵灰立ち上りて、盛りなる煙の如し

 正に地獄の有様なりと思えしが、左にあらず。

 荒廃せし所に、真の災厄の者共雲霞の如くに襲い来たりぬ。

 生者と死者の多寡、全く判別ならずと聞けり”


“伝え聞く。

 太古の賢き御世には、憐れみもちて国を治め給うよかや。

 即ち、殿に朽ちやすき板を並べて屋とするも、石を調える事なし。

 煙の乏しきを見給う時は、限りある御調物をさえ許されき。

 此れ、民を恵み、世を助け給うによりてなり。

 然るに今の世の有様、昔になぞらえて知りぬべし。

 宮殿官衙の楼門天を突き、門扉甚だ厚くなれど、市井旧態として変わらず。

 地獄再来すれば、何れか儚くなるらん”



 “世界で最も美しい図書館”と多くの人に讃えられている図書館がチェコ共和国の首都、プラハに存在する。

 プラハは、中欧有数の世界都市であり、中世以降の様々な歴史的遺物がモザイクのように散りばめられた街だ。

 “賢者のように生き、愚者のように死んだ”という墓碑銘を自ら刻んだ事でも知られる天文学者、ティコ・ブラーエが天体観測を行ったとされる天文塔。

 プロテスタント運動の先駆者であり、コンスタンツ公会議で有罪を宣告され火刑に処せられたヤン・フスが説教を行ったとされるベツレヘム教会。

 市はヴルタヴァ川、所謂モルダウ川で東西に二分されており、西側が新市街、東側が旧市街であった。

 旧市街の中心には“ドイツ語圏最古の大学”であるカレル大学が、共和国内の最高学府として未だに多くの学生を集めている。

 其のカレル大学からヴルタヴァ川を渡るべくカレル橋を真っ直ぐに目指せば、カレル橋に至る手前の右手にある巨大な建造物が“世界で最も美しい図書館”こと、クレメンティヌム図書館だ。

 十六世紀後半、プラハにカトリックを定着・発展させるために建てられたイエズス会の寄宿学校を前身とし、今でも幾つもの教会の複合体となっており、図書館は其の一部分として存在していた。

 石造り、レンガ造りの尖塔が立ち並び“百塔のプラハ”と称される首都のほぼ中央部にある図書館は、外観からは(いかめ)しさしか伝わらないが、内部に入れば其の評価は必ず一変する。

 バロック様式の図書室の天井には美しいフレスコ画で彩られ、室内は二階建てとなっており、手すりのついた回廊は豪勢なテラスとなっていた。


 弧状列島ヤマトが、ウェストランデ皇王朝の統治下にあった頃。

 首都は悠久の都、<キョウ>であった。

 約三百年前、所謂<六傾姫(ルークィンジェ)>による大乱で廃墟寸前にまで追い込まれ、統一国家は四分五裂する。

 約二百年前、皇王朝の衣鉢を継ぐ国家として名乗りを上げた<神聖皇国ウェストランデ>により再興された<キョウ>に今度は、<スザクモンの鬼祭り>が襲いかかった。

 二つの世界大戦と、動乱に見舞われたものの奇跡的に大打撃を受けなかったプラハと異なり、<キョウ>は首都機能を完全に喪失する。

 <大災害>発生後の現時点において。

 神聖皇国ウェストランデの名目上の首都は<キョウ>のままであったが、国家を運営する中枢は三つの枢要都市に分割されている。

 世俗権力の長である執政公爵家が率いる元老院派が本拠地としている、元の現実では吉野町に相当する<古都ヨシノ>。

 国家の祭祀権を掌握する斎宮家の御在所、元の現実では伊勢市に相当する<宗教都市イセ>。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>と共同歩調を取る大地人貴族と軍部の支配下にある、元の現実では生駒市に相当する<山岳都市イコマ>。

 三つの都市は何処も、権威と権力を武器に微妙なバランスで鼎立しており、其の安定が最もつり合う場所が、元の現実では奈良市に相当する<アオニ離宮>であった。

 ウェストランデ皇王朝の皇太子が、鍛錬と実学とを身につける育成の場として設けられた宮城である<アオニ離宮>は、言わば其処全体が桁外れな規模の東宮御所なのである。

 屋外には広大な馬術訓練場、屋内施設としては最上級品に囲まれた豪奢な居住空間はさる事ながら、最高の養育と教育を施すべく豪勢過ぎる図書館も併設されていた。

 <紫暮廷文庫(シグレテイ・ライブラリー)>が、其れである。


 幾重にも絡まり合った蔦模様、美しく咲き誇る薔薇や百合の花飾り、吉祥をもたらす聖獣紋様などなどがプレス加工された、重厚な革表紙。

 背表紙の飾り文字は、金で記されている。

 あるいは、薄くスライスされた貴金属や、小さな破片に砕かれた宝玉が螺鈿のように散り嵌められた物もあった。

 ページを捲れば、手触りの良い上質の紙が惜しげもなく使われている事が判る。

 丁寧に細く編まれた彩絹糸で綴じられた、手書きの紙片など。

 いつ頃に記されたのかも知れぬ、竹簡に木簡。

 貝葉経の如く南洋の大きな葉を加工し綴じた書籍に、最高の手技でなめされた羊皮紙を繋ぎ合わせた巻物。

 古書マニアならば際限なく舌なめずりをするか、滂沱と涙を流し脱水症状を起こしてしまうやも知れぬ、典籍の数々で埋め尽くされた書架。

 平均的な男性よりも高く、最上段には手を伸ばせども届かぬほどの書架が、壁を全て埋め尽くしている。

 図書館の大きさは、一般的な小学校の体育館二つ分はあった。

 其の天井を見上げれば、“神代”の伝承か、ウェストランデ皇王朝の建国神話を描いたと思われるフレスコ画が施されている。


「ホンマ、クレメンティヌム図書館みたいやなー……ネット検索した画像でしか知らんけど……」


 図書室内の中央部分はホールのようになっており、モノトーンのタイル張りの床には読書のための机と見台、クッションの効いたソファがセットで二十組、等間隔で据え置かれていた。

 其の一つに陣取り、フカフカの背もたれに上体を預け、だらしなく足を投げ出したレオ丸は、焦点を定めずに天井を見上げる。


「さて、お次はどれにしようかね?」


 読み終えたばかりの随筆、クリサンセマーム=ダユーという百年ほど前の元神官が記した鬱屈だらけの日々を愚痴で塗して綴った手記を小脇に、ブラブラと歩き出すレオ丸。


「『小さき庵の記』なぁ……、鴨長明さんみたいな偏屈モンは、いつの時代にも何処にでも居るんやねぇ」


 十二段の書架に納められた、“此の世界(セルデシア)”における貴重な文献を眺める事、暫し。


「ああ、ホンマ……幸せやなぁ……」


 若大将の名台詞のようなモノを呟いたレオ丸には、東方聖典叢書やプレイヤード叢書が全巻揃いで並んでいるようにも、オーレル・スタインが持ち帰った所謂『敦煌文書』が積み上げられているようにも、見えていた。

 衣食住が最低限でも用意されていれば、恐らく一年ならば引き篭もれる自信がフツフツと、レオ丸の心に沸き起こるが。


「いや、ソレは流石にアレやし……」


 レオ丸は、『小さき庵の記』を元の場所へ戻すと、其の横に並べられていた『シーナ=サラーの半生記』と手書き文字が刻まれた少し薄い目の書籍と、『キィ=アーコクソーの旅行記』と銘打たれた函入りの書籍とを取り出し、其の場に座り込んだ。


“また聞けば

 悪鬼の災禍甚だしきに、東宮侍従の伯爵家の御娘亡くなりたまいぬなり。

 殿君の中将のおぼし嘆くなるさま、我がものの悲しきおりなれば、「いみじくあわれなり」と聞きたまいぬ。

 悪鬼荒ぶれば、屋敷に篭れる堂上の公卿も、芦原に起居せし棄民と同じく塵芥の如しとはまことなるらん”


“夏の盛り、スワの湖畔市に下るに、男なるは添いて下る。

 紅の打ちたるに、萩の襖、紫苑の織物の差貫着て、太刀佩きて、後に立ちて歩み出づるを、其れも織物の青鈍色の差貫、狩衣着て、廊のほどにて馬に乗りぬ。

 ののしり満ちて下りぬる後、こよなう徒然なれど、いといとう遠きほどならずと聞けば、先々のように心細くなどはおぼえであるに、送りの人々、またの日帰りて、「いみじううきらきらしうて下りぬ」など言いつる。

 また、「此の暁に、いみじく大きなる塔、北西の方に現れ立ちて海松色の怪しき煙を盛んに吐く」と語れり。

 ゆゆしきさまに思いだによらむやは”



 少し薄い目の書籍を繰り、無心に文字を追っていたレオ丸の口が不意に歪む。


「ふむふむ……気になる記述やねぇ?」


 袂から一本の紙縒りを取り出したレオ丸は、其れを挟み、書を閉じた。


「気になる……って言やぁ、昨夜の“お電話”の結果もやなぁ」


 レオ丸はゆるゆると立ち上がるや、先ほどまで使用していた読書用机まで立ち戻り、積み上げた本の小山の頂上に二冊共載せるや、ゆるゆると図書館を後にする。

 本来の主を失い、保守管理を担当する者も何処へかと退散した建物は、ひっそりと静まり返っていたが、荒れ果ててはいなかった。

 どうやら、今は失われてしまった何がしかの魔法が、此の建造物全体に仕掛けられているようだと、レオ丸は推察している。

 ファンタジーにありがちな清掃魔法のようなモノか、劣化の速度を極端に低下させる呪文か、あるいは其の両方か。

 ともあれ。

 図書館に収蔵された数多の文書も、外観や内装に施された様々な装飾も、廊下に敷かれた上等過ぎる絨毯に至るまで、新品とは言えずとも中古品にはなっていないのだ。

 レオ丸が爪先を滑らすように歩けども、紫紺の絨毯からはほとんど埃が舞い上がらない。

 図書館の所蔵室内部にも外部にも、火を使わないランプが数え切れぬほどに設置されているため、一つ一つの灯りは淡くとも充分な明るさが確保されていた。

 もし、埃が空気中を舞っていれば明らかになるほどに、だ。


「……此の仕組みも気になる処やねぇ?」


 エドワーディアン・スタイルの女官が静々と行き交うのに相応しそうな廊下の突き当たりにある、硬質な一枚板を用いた木製の扉を押し開けたレオ丸は、雨がそぼ降る表へと足を運んだ。

 其のまま少し歩き、幾つか置かれたベンチの一つに腰を下ろす。

 天を見上げれば、どんよりとした黒雲が空全体を暗く閉ざしており、細い刃の如き雨粒が間断なく振り続けていた。

 だが、降り頻る雨は一滴たりとてレオ丸の体を濡らす事はなく、全てが無色透明のガラスで弾かれている。

 <紫暮廷文庫>は、建物全体が二周り以上大きな外装で覆われているのだ。

 1851年、ロンドンで開催された第一回万国博覧会において、ガラスと鉄骨のみで建造された、通称“水晶宮(クリスタルパレス)”。

 外装は、プレハブ建築物の嚆矢とも言われる近代文明の象徴に良く似ていた。

 本物の“水晶宮(クリスタルパレス)”は、万博終了後に移築されたが1936年に火事により消失し、元の現実世界では名のみしか残っていない。

 されど今の現実世界では三百年以上の風雪に耐え、瑕ひとつ曇りひとつなく、優美さ秀麗さを保ち続けていた。

 また、ロンドンにあったモノとの相違点を更に挙げるなら、床面も全てガラスである事であろうか。

 密閉された屋内の気温は外気に左右される事なく、年中通して一定の摂氏二十℃が維持されており、湿度も快適に過ごせる最適値になっている。


「……ホンマ、換気はどないなってんのやろーねー?

 魔法、ってヤツだけは何だかよー判らんわ!」

「主殿も、魔法を駆使する者の、端くれでありんしょう?」

「せやねんけどねー」


 襟の中から発せられた“眷族(ファミリア)”のツッコミに、“家族(ファミリー)”の長は乾燥しきった苦笑いを空々しく上げる他はなかった。


「“Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.”」

「そは、何でありんす?」

「訳したら、“十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない”。

 軍人としては索敵技術の向上に貢献して国家存亡の危機を救い、現実的な空想物語を書かせたら世界で三本の指に入る、偉大なる大賢者にして大作家の御大。

 “十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない”ってのは、御大が残さはった“クラーク三原則”の一つ、実に蓄溢れる言葉やわ」


 因みに、三原則の残りの二つは、次の通り。

“高名だが年配の科学者が可能であると言った場合、其の主張はほぼ間違いない

 また不可能であると言った場合には、其の主張はまず間違っている。”

“可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされる事までやってみる事である”


「まぁ、ワシには“可能性の限界を測る唯一の方法は”ってのが、一番心に響くけどな。

 前なら怖ぁてよーせんかったけど、今なら安心して出来るやな」


 穏やかな空気に包まれながら雨空を見上げ、レオ丸は呟く。


「何せ、やり直しが何度でも出来る世界やからな、此処は」


 レオ丸は、自嘲混じりの薄ら笑いを浮かべた口の端に、懐から取り出した<彩雲の煙管>を挟み込んだ。


「さて、此方は此方として、あちらはどーなったんかいな?」


 モヤモヤと五色の煙を吐き出しつつ、レオ丸は視界をステータス画面に切り替え、フレンドリストを呼び出す。


「八雲君、八雲君……の名前はどこかいな……と」


 目当ての相手の名前を見つけ、レオ丸はチェシャ猫のように笑いながら、其の名を楽しそうに突ついた。


「八雲君、首尾はどないな感じや?

 結界、上手くいったかいな?」


 やや芝居がかった、関西弁ちょい盛り気味にレオ丸が問いかければ、念話の受信相手である<アキバの街>の住人、八雲は滔々と語り始める。

 全てがゲームでしかなかった頃からの知己であり、元の現実では同じ業界で法務に勤しむ関係でもある八雲は、其の気安さからか、あるいは疲労の限界がもたらしたハイ状態からか、やたらと多弁であった。

 レオ丸が一言喋れば二言返し、やがて八雲の発言は止め処なく流れる愚痴の大河へと変化して行く。

 労いの言葉と賛同の言葉を織り交ぜつつ会話を続けていたレオ丸は、何気なく発した質問に対し、八雲が聞き捨てならぬ一言を口にした事に顔だけを強張らせた。


「……ほお~。御前さんも、<口伝>を持ってはるんやな」

「そうみたいですね。

 御前の<口伝>の詳細は知りませんが……ベルセルク殿の話では、二つ持ってらっしゃるそうです」


 “読後消滅(ユア・アイズ・オンリー)”級の機密情報を濡れ手に粟で入手してしまったレオ丸は、思わず苦笑いを洩らしてしまう。

 其の苦笑は、二つの理由が生み出したモノだった。

 一つは、判断能力が最低値になるほどまで精神力を消耗し尽くしている、八雲への同情心から。

 もう一つは、“御前”こと八雲の仕える上役の為した規格外の能力への、驚嘆である。


「御前さんは相変わらず、敵に回したらおっかない人やな」


 レオ丸が殊更におどけた声を出せば、八雲も心の澱を全て吐き出す事が出来たのか、苦笑いで返すだけの余裕が生まれたようであった。

 そして互いに相手を気遣いながら、奈良県と東京都の間で結ばれた念話は、些かの課題を残して終了する。

 発言した側にとっては単なる話題の一つでしかなかったが、聞かされた側からすれば其れは紛れもなく、課題であった。


「<口伝>、<口伝>、<口伝>なぁ……」


 世に“口伝”と称するものは数多あるが、其れらが詳細に語られる事はほとんどない。

 そもそも“口伝”とは、あからさまな形を持つモノではないからだ。

 そういう意味では“秘伝”とイコールで結んで良いモノなのやもしれない。

 “口伝”にしろ“秘伝”にしろ、正しく相承する者がいなければ一代限りで消滅してしまうモノであるのだから。

 特定の流派(グループ)内でだけ守られ、其の流派(グループ)を率いる者が選ばれし後継者にのみ伝えるモノ、其れが“口伝”である。

 処が“此の世界(セルデシア)”には、“口伝”ではない<口伝>が存在していた。

 <口伝>とは、冒険者が習得した技能(スキル)について段階を踏んで習熟し、更に昇華させた果てに習得する特技である。

 <口伝>を得るまでには、<会得>をスタートにして、<初伝>、<中伝>、<奥伝>、<秘伝>の五段階を先に習得せねばならない。

 言い換えれば、誰かに伝授されずとも熱意と独創性を維持し続ければ自然に到達出来る境地、其れが“此の世界(セルデシア)”における<口伝>なのだ。

 同じ単語であっても世界が違えば、“理(システム)”も異なる。

 そして其れは、元の現実では“魔法”と言うのが妥当だと、レオ丸は思う。

 あるいは、高度な“手品”であるとも。

 独自性の塊でしかない<口伝>について、もう少し丁寧な扱いをしなければならないのでは、と考えるレオ丸。

 “此の世界(セルデシア)”における<冒険者>とは、単なる“好奇心旺盛な冒険家”ではなく、純然たる“軍事力”なのだから。

 であるならば、<口伝>とは新規開発され、実戦配備状態の“秘密兵器”であるとも言えるのだ。

 斯様な“軍事機密”を軽々しく吹聴して良い訳がない。

 レオ丸が<ミナミの街>でウダウダと、とぐろを巻いていた時に迂闊にも軽々しく吹聴し、あまつさえ自慢タラタラと人前で披露した事があった。

 其の時は、其れが問題行動であるとは、欠片も思い至らなかったのだが、今では軽率であったと後悔している。

 其の時は其れが、必要であると思い行ったのであるが……。

 結果として。

 レオ丸が為した行動は、レオ丸自身の行動を大いに制限する事となってしまった。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>という、レオ丸が不信感を持つ組織に利する結果となってしまったのだから。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>にとってレオ丸とは、使い勝手の悪い有害な存在で、使いでのある有益な存在である、という認識を持たせてしまったのである。

 更に言えば。

 <大災害>が発生してから此の方、レオ丸のやらかしたアレコレが其の裏づけとなっていただから、どうしようもない。

 其れ故にレオ丸は今、此の場に居るのだ。

 己の希望をいけしゃあしゃあと要求し、強引な手法で認めさせる、有害な存在として。

 されど最終的には、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>に恩恵をもたらす、有益な存在として。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>を運営する上層部にとって、自分は“鶏肋”のようなものなのだと自覚しているレオ丸は、ケケケと嘲るしかない。


「鴨長明御大の曰く、“すべて、世の中のありにくく”とか何とか。

 ……『硝子の檻の中で』、何をゆーやら、ぬかすやら、ってな♪」


 自嘲すべき現状を、五色の煙と共に宙へと吹き上げる、レオ丸。


「……別に記憶喪失でもあらへんし、どこぞの浜辺に漂着もしてへんけどねー♪」

「主殿の申す事は、訳が判らぬでありんすよ」

「記憶は確かやけど、気は確かやないから安心しなはれ」

「あい、……いつもの事でありんす」

「ま、そーゆーこっちゃ」


 ガラスで隔てられた墨色と灰色がうねる空を、レオ丸はつくねんと見上げる。


「“同じ字を (あめ)(さめ)(だれ)と (ぐれ)るなり”、は『誹風柳多留』やったっけな?

 “本降りに なって出て行く 雨宿り”ってのも、あったなぁ。

 まるで、泥縄式なワシの人生を図星した川柳みたいやけど?」


 天井のガラスで爆ぜた雨粒は、傾斜に沿って離散集合しながら無数の筋となり、庇で再び雫となっては地に吸い込まれていく。

 雨が姿を変えつつ消えていく様を、レオ丸は口を噤んで見詰めた。

 吐き出された五色の煙は、遣る瀬なく辺りに漂う。


「……と、まぁワシの事情はさて置いて、あちらの事情を尋ねてみるか。

 <口伝>や“魔法”を如何に理解すべきか、のヒントももらえるやもしれへんし」


 一定の過ごし易い湿度に保たれた屋内と違う、ガラスの向こう側にステータス画面を重ねたレオ丸は、今一度フレンドリストを展開させた。


「菅原孝標女刀自みたいに、“いづこにおはします神仏にかは”ってなツレない返しは、しはらへん事を期待しつつ……」


 レオ丸がフレンドリストから選び出した相手は、念話が接続した瞬間に声を発する。


「法師!?」


 驚きの色を帯びた其の声に対し咄嗟の対応が出来なかったのは、相手のリアクションがレオ丸には余りにも意外過ぎたためだった。

 いつも泰然自若、常に冷静さを失わない人物の、やや慌てたような声。

 滅多と聞かぬ吃驚の様子に勝手が狂うも、其処は長い付き合いの相手である。

 向こうの相手が戸惑いを隠さずに言葉を続けた事で、此方のレオ丸もやや挙動不審気味に会話を繋げる事が出来たのだった。


「……もしもし?

 法師、私に何か御用でしょうか?」

「いやぁ〜、お忙しい処誠に申し訳なしです。

 八雲君から、<テンプルサイドの街>に結界を張った旨を聞きましたんですけど……、御前さんは今、どちらにおられますん?」


 一度口を開けば、レオ丸はいつものレオ丸となる。

 敢えて探るような問いかけをすれば、“御前”こと<放蕩者の記録>(デボーチェリ・ログ)のギルマス、朝霧は至極あっさりと明言した。

 <テンプルサイドの街>に居ると。

 ならばとレオ丸は、居直り強盗よろしく更に踏み込んだ質問を投げかけた。

 “結界”を張る“魔法”は、如何なる効能を発揮したのか、と。


 今から凡そ二ヶ月前、レオ丸は<ニオの水海>の近郊にて“此の世界(セルデシア)”には存在していなかった“魔法”を、“此の世界(セルデシア)”に存在する(ルール)に従い、実現させた。

 実際に実現させたのは、別の人物であったが。

 其の人物が実に丁度良く、“結界”を張るに打ってつけの人物であったために、其の“魔法”はレオ丸の想定通りに発動した。

 発動が成功した理由は、二つある。

 サブ職<学者>の知識と経験に裏打ちされたレオ丸が、作法のレシピを書き、尚且つ下拵えを整えたからだ。

 そして、メイン職<神祇官(カンナギ)>の冒険者がレシピ通りの作法を滞りなく完遂したからである。

 謂わば、元の現実での本職が仏教僧であるレオ丸と、神道に関する知識を豊富に持つ<神祇官>が共同作業したからこそ成立した“魔法”なのだった。

 “結界”とは、仏教においても神道においても、其の他全ての宗教に共通してある概念であり、形や手順は違えども其れを張るための作法が全ての宗教にあるものなのだから。

 況してや、仏教と神道とは親和性が高い。

 元の概念を理解している者が、其の作法を正しく“翻訳”したからこそ転用された(ルール)は、正しいモノだとして“此の世界(セルデシア)”に馴染んだと言える。

 では、其の(ルール)は他の者が行ったとしても、“此の世界(セルデシア)”において成立するものだろうか?

 果たして?


 約三十日前の事。

 朝霧からの念話を受けたレオ丸は、耳を疑った。

 内容は御意見拝聴であったが、其の内容がとんでもないモノであったからだ。

 抄訳すれば、“街を守るには、どうすれば良いですか?”

 唐突に聞かされた予想外に大き過ぎる難問に対し、様々な齟齬をきたしたレオ丸の思考は瞬間的にオーバーフローしてしまう。

 だが其の状態でも会話を成立させた事で、レオ丸の思考は直ぐに正常に戻す事が出来た。

 そして思考能力を再起動する過程で、レオ丸の頭の中に一つのアイディアが浮かぶ。

 其れが、“結界”であった。

 朝霧が今居る<テンプルサイドの街>の特性を活かせば、レオ丸が行った“魔法”の再現実験が出来るのではなかろうか?

 幸いにして、朝霧の配下には其れを可能とする、正確に言えば“可能とする事が出来るのかもしれない”であったが、人材が揃っていた。

 早速に、脳内で“結界”構築のためのレシピを組み上げ、念話で申告される情報を元に手直しをしながら、レオ丸は朝霧の望む回答をする。

 人づてに遠隔地において再現実験を他者に依頼する、そんな本心を隠しながら。


「説明は簡潔で宜しいでしょうか?」


 僅かなタイムラグを置いて、朝霧は語り出す。

 相槌とチャチャを交えた返事をしながら、レオ丸の思考回路は猛烈に働き出した。

 朝霧と彼女の仲間達が行った“魔法”の効果は、レオ丸が想定していたモノと違っていたからである。

 レオ丸が画策し、最大限に助力した“結界”は、“排除”を意図したモノであり、目的は十二分に達成された。

 しかしレオ丸が提案し、後は丸投げした“結界”は、全く別の効果を発揮したのだと朝霧は告げる。

 其の効果とは、“加護”と“封印”の二種類。

 街を守る意志を持つ者には“加護”、即ちステータス上昇の効果を。

 街に仇為す意志を持つ者には“封印”、即ちステータス低下の効果を。

 何故に其のような違いが生まれたのか?

 現時点では答えを導き出すための材料が少な過ぎるため、レオ丸は其の事を考える事を放棄する。

 今は其の事について、考えるべき時ではないからだ。

 ただし、違いはあれども“魔法”が正常に作動した事に、心の中で喝采を上げるだけに留め、レオ丸は朝霧との会話を続け、更なる情報を引き出す事に成功する。

 ……尤も其れは、お互い様であったのだが。

 朝霧だけではなく、微妙にハイになったレオ丸もまた無意識の内に、新規情報を提供していたのだから。

 古人の言に“情けは人の為ならず”とあるが、其のような意図を持たぬままAはBに、BはAに語らずとも良い事を口にし合った。

 やがて、情報交換の名を借りたお喋りは、時間切れと相成る。


「法師、お身体に気をつけて下さいね」

「御前さんも、何卒御自愛下さいませ。

 したらば、いずれまた、良き日佳き時に♪」


 念話を終えたレオ丸は、雨垂れを眺めながら暫くの間、<彩雲の煙管>を吹かした。

 細く棚引き、塊となって漂い、宙に留まり続ける五色の煙。


「……そーいや“結界”の役割って二つやったよなー。

 禁止か、制限か、の二つが。

 仏教的には大体にして、清浄なる空間に不浄が入り込む事を、拒む。

 神道的には概ね、厳重なる閉鎖空間を作り上げて、内包するパワーを閉じ込める。

 ……せやのに、人工的に作り上げた神域の方じゃ、侵入禁止の効果が発動し……」


 咥えていた<彩雲の煙管>を懐に仕舞い込んだレオ丸は、大きく伸びをしながら立ち上がり、両肩をグルグルと回した。


「人工的に作り上げた仏法護持の方は、力を制御するバランサーを生み出した?」


 首をコキコキと鳴らしつつ、腰の辺りで後ろ手を組んで歩き出す、レオ丸。


「 “Will depend directly your attitude and my mood”。

 “此の世界(セルデシア)”の“魔法”ってのは、“お前の態度と俺の気分次第”何かねー?

 其れとも“多即一、一即多”の境地には、未だ届かずって事かいな……」


 “多即一、一即多”とは、華厳経の真髄の一つである。

 “多即一”を解釈すれば、全体図を把握するには縮図を知らねばならず、“一即多”を解釈すれば、縮図を理解するには全体図を見なければならない、であろうか。

 因みに。

 “多即一、一即多”を立体で表現している存在は、日本全国に建立された国分寺の中心、“総国分寺”と位置づけられた寺院に安置されている。

 華厳宗の大本山である“金光明四天王護国之寺”こと、東大寺の御本尊、毘盧遮那仏の仏像が其れであった。

 所謂“奈良の大仏さん”は、“宇宙”を体現する存在なのだ。

 此の場合の“宇宙”とは、此の世と彼の世を総合した世界を、意味している。

 詰まり、“奈良の大仏さん”を拝せば“宇宙”を体得出来、“宇宙”について学ぼうと思えば“奈良の大仏さん”を知れば良い、という事。

 別の言い方をすれば、マクロはミクロであり、ミクロはマクロである、という事なのだ。


「“魔法”を自在に駆使出来りゃ、(ルール)を完璧に会得すりゃ、“此の世界(セルデシア)”が理解出来るよーになるんかね?

 其れとも、“此の世界(セルデシア)”を須らく把握したら、“魔法”も(ルール)も思うがまま、って事なんかね?」

「主殿はまた、訳の判らぬ事を……」

「ホンマ、訳が判らん事やねー」


 テクテクとトボトボの合間くらいで歩むレオ丸は、俯いたり仰いだりしては嘆息する。


「先達もすなるニッチといふものを、未熟もしてみむとてするなり。

 アレな年の、真夏の初めあたり独りの日の、何れの時にか蟄居す。

 そのよし、いささかものを申しつく」


 紀貫之を気取りながら視線を横に振れば、ガラスの建造物に唯一設けられた出入り口が見えた。

 無色透明なガラスの宮殿の中で唯一、数種類の色ガラスがふんだんに使われたモザイク画の如き扉。

 複雑な魔法陣のようにも見える、ステンドグラスにしては贅沢過ぎる扉のドアノブには、金色に輝く御大層な錠前が取りつけられていた。

 其れに気を取られた途端。

 陰陽師が行う反閉、傍目には千鳥足にしか見えぬ姿となるレオ丸。


「ひさかたの~、雨の降る日を、ただ独り~、山辺に居れば、いぶせかりけり~」

「今度は何でありんす?」

「昔の官人でな、名門の武人の家に生まれて、出世して左遷されて出世して追放されて、死後も罪に問われて刑罰受けて、二十三年後に許されたって御方が作った歌やわさ。

 後世まで名を残した詩人で、卓越した編集者でもあったんやけどね」

「陰気な歌でありんすこと」

「そらまぁしゃーないわ、“雨ってホンマ鬱陶しいねー”って歌やもん。

 ほな、気分転換に明るい歌でも歌おうか?」


 そう言うなりレオ丸は、然して長くはない足でリズムを取り、微妙なステップを踏み出して小刻みに飛び跳ね始めた。


「♪Sur le pont d'Avignon,

  L'on y danse, l'on y danse,

  Sur le pont d'Avignon

  L'on y danse tout en rond.

  Les beaux messieurs font comme ca

  Et puis encore comme ca. ♪」


 口遊んだのは、フランスに伝わる古い古い民謡である。

 歌詞を抄訳すれば、“田舎町に架かる石橋の上で、紳士も淑女も軍人も赤子も其々が其々の振りで、一緒になって踊りましょう”となる。

 至高の位に就く者が世俗権力に囚われ軟禁された歴史を持つ田舎町、其処に架かる橋の上で、さぁさぁ楽しく皆で踊りましょう、と。


 大地人は大地人なりに、モンスターはモンスターなりに、其々が必然的に履かされた“赤い靴”で、死ぬまで踊り続ける“舞台(セルデシア)”に、今では冒険者も強制的にキャスティングされてしまっていた。

 押し合い圧し合いし、足を踏み合い、肘をぶつけ合い、時には舞台の外へと突き落とし合いをしながら、皆が皆、必死で踊り続けている。

 レオ丸もまた、其の一人だ。

 己で舞台の台本を書きつつも、幾度となく他人に演出と振付をさせながら、いつも不器用に歌い、不恰好な仕草で踊る。

 演出家と振付師に支払う手間賃は、己の利用価値であった。

 もし手間賃が払えなくなれば?

 利用価値がなくなった、と判断されれば?

 其の時は、己が消されるだけではなく、レオ丸が関わった多くの者達の命運にも影響が及ぶだろう。

 そうならぬように、レオ丸は踊り続けるしかない。

 アンデルセンの物語で、赤い靴に執着する少女へと、(いかめ)しい表情の天使が告げたように。

 いつまでも、いつまでも、ずっと、ずっと。

 少女は、青白くなって冷たくなる前に、身体がしなびきって骸骨になってしまう前に、己の両足を切断する選択をし、最後は天に召されて平穏を得た。

 だが、冒険者には其の選択をする事は出来ない。

 “此の世界(セルデシア)”では、冒険者に“死”は許されてはいないのだから。

 例え両足を失おうと、大神殿で蘇れば五体満足の元通りとなる。

 しかも冒険者には、天国も地獄も用意されてはいない。

 冒険者は全員、誰も彼もがジャック・オー・ランタンのように現世に留まり続ける事が“此の世界(セルデシア)”での掟であり、定めだと科せられている。

 いつになるやも知れぬ結末とやらが訪れるまで、ずっと、ずっと。

 其れ故に。

 レオ丸は調子っ外れの歌声を上げて、クルクルとフラフラと踊り続けた。

 ジーン・ケリーの域には程遠い有様を、笑う者は此処には居ない。

 代わりに。

 天が地上を哀れむかの如く、ただ雨が降っていた。

 久々に古典を読むと、面白いですねぇ♪

 今回は『方丈記』『更級日記』『土佐日記』をテキストと致しましたが、『蜻蛉日記』『徒然草』『枕草子』『今昔物語』も次回に活かせたらエエなぁと思ったり思わなかったり(苦笑)。

“この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ」”も面白いし♪

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