表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/138

第陸歩・大災害+79Days 其の弐

 分割の残りは、久々に「あの人」の登場です。

 レオ丸との、ビーンボールの投げ合い的な会話を書くのが楽しくて、長くなっちゃいましたの事よ。

 あちらこちらに誤記がありましたんで、訂正致しました。(2016.10.30)

 半ば気絶状態から気を取り直したレオ丸が出立の刻限を迎えたのは、其れから凡そ一時間後の事。

 <ナゴヤ闘技場>の前に集まった冒険者達は、見送られる者八名と其れ以外とに分かれていた。


「処で自分ら、移動手段はあるん?」


 八名の一員であるレオ丸が、東京から飛騨へと人捜しに行くぐらいの身支度しかしていない他の七名に問うたが、回答は全く別の場所から出された。


「勿論だワン」


 見送り側の冒険者達を分けて進み出て来たのは、付け髭も凛々しい一人の猫人族の青年。


「え? Yatter君も行くん?」

「そうだワン」


 雪山登山に挑むかの如き装備を背負ったYatter=Mermo朝臣は、腰に装着した<ダザネックの魔法鞄>から取り出したのは笛型アイテム。

 胸いっぱいに息を吸い込み、通常の二倍は大きいひょうたん笛(フルス)を通して吹き出し、雄雄しい音色を吹き鳴らす。

 出港する客船の汽笛のようにも聞こえる重厚な音量が轟き亘り、其の場にいる者達の中には耳を押さえる者も居た。


「……景気づけにしちゃ、派手過ぎひんか?」


 小指で耳の穴をかっぽじるレオ丸に、Yatter=Mermo朝臣はしてやったりといった感じの笑みを見せる。


「景気づけ、だけじゃなくて、出陣の合図だワン!」


 すると何処からか、風通しが良くなったレオ丸の耳に重低音が聞こえて来た。

 重低音はやがて様々な要素が混ざった騒音となり、振動さえ伴いだす。

 そして、遂に。

 騒音と振動の発生源が、レオ丸達の前にドタドタと現れたのだった。


「此れが、移動手段だワン!」


 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の視界全てを埋める巨体を、レオ丸はポカンとした表情で指差す。


「ねこば……」

「違うワン!! 絶対に違うワン!!

 此れは“竜猫巴士”じゃなくて、<神異的公共汽車・窮奇>だワン!!

 中国サーバへ遠征した時の課金ガチャで手に入れた<召喚笛>で呼び出した、騎乗専用の特殊モンスターだワン!!」

「いや、そやかて……」


 よくよく見れば、額には“王”の字に似た文様があり、全身にも縦縞が入っていた。

 足も左右六本ずつの十二本足ではなく、五本ずつの十本しかない。

 だが全体のフォルムは誰がどう見ても、世界的に有名なアニメ映画に登場する、主人公の幼い姉妹が入院中の母親に会いに行くために乗車した、アレであった。


「やっぱ、ねこば……」

「重ねて言うけど、<神異的公共汽車・窮奇>だワン!!

 見かけはボンネットバスでも、背中に生えた両翼を見れば間違えようがないワン!!」

「翼……って何処や?」


 路線バス並みのモンスターが大あくびをし、体をブルブルと震わせると、玩具凧サイズの翼が其の背中でチョロッと広げられる。


「納得したかワン?」

「流石はメイド・イン・ほにゃらら……ってのは、納得したわ……。

 せやけど<窮奇(きゅうき)>って、なぁ?

 確か『春秋左氏伝』の記載やと、舜帝の御世に登場する四柱の悪神、<渾沌(こんとん)<饕餮(とうてつ)<檮杌(とうこつ)>とセットになって所謂“四凶”って呼ばれる、大災厄(ディザスター)級の怪物と違うん?

 其れが……何で騎乗モンスターに成り下がってるんや?」

「そんな事は知らないワン!」

「まぁアレに似ていても良いじゃないですか?

 其れよりも乗りましょうよ、子供の頃から憧れたねこば……」

「<神異的公共汽車・窮奇>だワン!!」


 狐尾族特有のフサフサした尻尾を盛んに揺らす聖カティーノは、Yatter=Mermo朝臣の怒声も気にせず、いそいそと特殊なモンスターへと駆け寄るや、さっさと乗り込んでしまった。

 つられたように、他の者達もウキウキした足取りで後に続く。


「まぁ、エエか」


 波打つ口元と下げた両肩だけで気分の一端を表現したレオ丸は、苦笑いを浮かべていた山ノ堂朝臣へと向き直り、右手を差し出した。


「前回に続き、今回もお世話になり、誠におおきに。

 自分にも皆にも、“長寿と繁栄を”」

「法師にも皆にも、“理力が共にあらん事を”」


 そうしてレオ丸は、前回と同じく仲間達を道連れにして<ナゴヤ闘技場>を後にし、前回とは違い“東”ではなく“西”へと旅立つ。

 目的地までは、元の現実ならば直線距離で約百十キロ、“此の世界(セルデシア)”では其の半分の道程であった。

 前回は海路であったが、今回は陸路である。

 果たして、如何なる危難が其の途上に待ち受けているのか?



「いや、安全至極やねんけどね」

「何でそう断言出来るんだら?」

「道筋にゃあ高レベルのモンスターが出る処も、彼方此方あるがね」

「うん? 自分ら覚えてへんか?

 <スザクモンの鬼祭り>が発動したら“コンチキチン”が鳴り響いてる間、詰まりゲーム時間で最初の七十二時間の事やけど、モンスターはポップせぇへんよーになっとるんやで」

「運営の温情だワン」

「まぁ、そんな感じや。

 プレイヤーが<スザクモンの鬼祭り>に積極的に関われるよーにな、ウェストランデ圏内は<ヘイアンの呪禁都>以外は安全地帯になんねんわ。

 其の分、後のぶり返しが……えげつないけどな!

「本当ですか、法師?」

「多分やけどって、但し書きが付属するけどなぁ」

「はて?」

「詰まりな、もし道中が危険極まりなしやったら“此の世界(セルデシア)”はワシらの知ってる『エルダー・テイル』とは乖離してるって事や。

 ほんで、もしも無事平穏やったら……」

「ゲームでの理屈が通用するって事でしょうか?」

「ざっつ・らいと……そーゆーこっちゃ」



 結果として。

 “此の世界(セルデシア)”では、平地から山岳部を貫く荒れ果てた道、元の現実で言えば、明治時代から存在する関西本線の路線に沿って進む事、数時間。

 名古屋市を出て、桑名市、四日市市、鈴鹿市、亀山市、伊賀市を順調に通過したレオ丸一行は、大事は何一つ遭遇せぬままに笠置町へと到った。

 此処まで来れば、奈良盆地は指呼の距離である。


「<イガの隠れ里>近辺じゃ緊張感バリバリやったけど、……やっぱ“隠れ里”ゆーだけあんなー、ホンマ。

 隠れてて、さっぱり見えねーんでやんの」

「名所が見られず残念至極」


 フワフワでモコモコした<神異的公共汽車・窮奇>の体内、もしくは車内。

 観光バスや電車のような座席は用意されていないものの、柔らかな毛並みに覆われた床面は座り心地は快適で、仰臥するにも調度良い塩梅だ。

 冒険者達は其々、壁にもたれて胡坐を掻いたり、寝そべったりとダラけた姿勢で居る。

 大型の馬車が余裕で擦違える幅は確保されているため、鬱蒼とした山林の中であっても陽光さえあれば、ライトなどは必要とはしない。

 故に、車内も照明などなくとも御互いの顔を明確に判別出来るほどには、明るかった。

 行儀悪く足を投げ出したまま、窓枠のような穴に肩を引っかけながら、ボンヤリと流れ行く代わり映えのしない風景を眺める、レオ丸。

 視線をやや下方へと向ければ、手頃な大きさの石を乱雑に敷き詰めただけで、石畳とは到底呼べぬ代物の山道が、前後に延々と続いている。

 補修される事なく荒れるがままの路面は、前も後ろも瓦礫が散乱し、窪みは放置されて穴となり、生え放題の雑草と伐採されぬ潅木だらけだ。

 車輪走行の乗り物、例えば馬車や荷車などであれば、障害物に乗り上げたり嵌ったりして、車軸が簡単に折れてしまうに違いない。

 そんな、以前は道であった道の残骸を、モンスターは軽快に走り続けていた。

 九人の冒険者と多少の物資を積載している事など、痛痒とすら感じていないような、底なしの体力である。

 <ナゴヤ闘技場>を離れてから経過した時間は、凡そ五時間。

 凸凹道を駆け続けるのに、十本足のモンスターは実に最適な乗り物と言えた。

 乗り心地は快適ではないにしても、<神異的公共汽車・窮奇>の体内はクッション性に優れており、冒険者達の三半規管を狂わすほどではない。

 安穏とし過ぎた、旅路。

 其の所為で、レオ丸もユキダルマンXも、いつしか物見遊山気分に浸り切っていた。

 もっとも其れは、他の“乗客”達の気持ちを代弁したものでもあったために、誰一人として批判する者など居ない。

 だが、運転士は別だ。


「法師、間もなく山を抜けるワン!」


 ハンドルのような突起物を両手で握り締め、特殊な騎乗モンスターを操縦しているYatter=Mermo朝臣が告げた一言は、レオ丸に緊張感を取り戻させる。


「いよいよ、“敵地”か」

「“故地”じゃないんですか?」


 這うようにして“運転席”へと近づいたレオ丸に、同じ動作をしたニッポン公白蘭が肩を並べる位置で小首を傾げた。

 怪訝な顔で覗き込む<守護戦士(ガーディアン)>のエルフに対し、<召喚術師(サモナー)>は面白くも楽しくもなさそうな笑顔を作って見せた。


「檀家さんが何軒かあるさかい、リアルの時は月に二度は来てたけどな。

 今のリアルは、ワシのよく知るリアルやないし……。

 Yatter君、そろそろ停止して頂戴な」

「了解だワン!」


 どのような操作が行われたのかは、運転席の背後で寝そべるレオ丸からは判らなかったが、兎も角、<神異的公共汽車・窮奇>は速度を徐々に緩める。

 時速に換算すればママチャリの全力疾走よりも少し速いくらいであったため、急ブレーキをかけずとも巨体は穏やかに停止した。


「さて、ちょいと偵察すっか……Yatter君」


 慣性の法則を感じずに止まったモンスターのフサフサした側面に、人ひとりが屈まずに潜れるサイズの穴が開く。

 ヨッコラショと身を起こしたレオ丸は、車内に荷物を残したまま、徐に其れを通り抜け地上へと降り立った。

 一際大きく枝を伸ばした大樹に両側から挟まれた道は、僅かに日差しが遮られ最前よりはやや薄暗くなっている。

 とは言え、枝葉の重なりにはバラつきがあるため、頼りないなりにも木洩れ日が所々に落ちていた。

 手前は明瞭なれど、全てが見通せるほどには明るくない森林地帯の中。

 久しく誰も通っていないのだろうか、路面には其の証左として広葉樹の落ち葉が層を為して積もっていた。

 警戒する素振りを見せず、サクサクと落ち葉を踏み締め<神異的公共汽車・窮奇>の鼻先まで、歩みを進めるレオ丸。

 頭上からは微かに小鳥の囀りが聞こえてくるし、風の通り道があるのか過ごし易い空気が体を優しく撫でて行く。

 せせらぎが幽かに聞こえる事から、然程離れていない所を川が流れているようだ。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>越しの風景に、危険らしきモノは何一つ見えない。

 見えるのは此れより先、凡そ五十メートルほど進んだ所で森が途切れている事のみだ。


「平和だねぇ?」

「主殿……」

「気配が剣呑やなきゃねぇ」


 レオ丸は、頭の天辺から爪先まで気楽な雰囲気を纏わせながら、のほほんと足を運び続ける。

 陽光が溢れ過ぎた所為で、真っ白に塗りつぶされてしまった方へ、ゆっくりと。

 サクサク、サクサク。

 一定のリズムが刻まれる空間に、ザクザクと多重音が混じり出した。


「悪いけど、自分らは其処でステイしときや!」


 振り返る事なく、背後へ鋭く警告を飛ばしたレオ丸は、落ち葉を踏み分ける音が止むと同時に、貼りつけていた笑みを深くする。


「さてさて此の先、鬼が出るんか蛇が出るんかねぇ?」

「好き好んで藪を突いているんでありんしょう、主殿は?」

「ほな、出るんは蛇やな……さて、と」


 不意に立ち止まったレオ丸は、後ろに組んでいた手を解いて腰に当て背筋を伸ばし、大きく口を開いた。


「お迎え誠に忝し!

 ワシの名は、西武蔵坊レオ丸や!」


 すると、山道の終点である白い世界に、二人の人影が染みのように現れる。


(しか)と相違ないでおじゃる?」

「相違おへんのなら、早う此方へお越しやす」


 二つのシルエットに促され、レオ丸は一歩踏み出そうとしたが、寸前で止めた。


「其の前に、一応確認させてもらうわな。

 ワシは“とある人”のお膳立てに従うて、此処に来たんやけど?」

「聞いているでおじゃるよ」

「せやよってにウチらが此処まで迎えに来たんえ」

「ほな、其の証拠を見せてもらえへんか?」

「四の五の五月蝿い御仁でおじゃる」

「小うるさい(おのこ)はモテまへんえ」

「ひとが名乗りを挙げとんのに、名刺交換も出来ひんヤツはモテるモテへん以前に、人としてどーかと思うでホンマ。

 太宰先生の作品並みに失格なんか、自分らは?」

「其処までにしておいてくれませんか、レオ丸学士!」


 行き先を遮る人影の間に、新たな人影が追加される。


「……相変わらず含み笑いが似合うなぁ、自分?」

「さっさと進むズラ」

「へいへい」


 いつの間に現れたのか、レオ丸の後背には一人の冒険者が立っていた。

 大袈裟に溜息をつき、面倒臭そうに首を振りながら歩き出す、レオ丸。

 第四の冒険者が突きつける、鋭利な刃先を背中の中心に感じながら。

 頭上ではザワザワと樹冠が微風にざわめき、足下ではサクサクと落ち葉が踏みしだかれる音がする。


「よぉ、ひっさしぶりやなぁ?」


 やや背が低いが酒樽の如き体格と、やや背が高く柳のような体型との間に立つ、細身の人物の前に辿り着いたレオ丸は、ワザとらしく歯を見せた。


「またお会いするとは、ね」

「気が合うなぁ、ワシも其の意見に一票を投じるわ。

 さて、其れで……多忙極まりなしの自分が、何で此処に居るん?」

「案内人の手配を、ミスハに依頼したでしょう?」

「おお、条件つけて頼んだで」

「其の条件とは、大地人貴族達の私文書……日記の類を披見する権限を持った人物である事、でしょう?

 其れがまぁ、私だと言う事です」

「ふん、なるへそ」

「幸せも探しモノも、遠くではなく以外と身近にあるって事ですかね?」

「ワシが“チルチル”で、ミスハさんが“ミチル”、自分は“青い鳥”ってか?

 メーテルリンク大先生があの世で聞いてたら、世を儚んで首括りはんぞ。

 今直ぐ死んで、詫び入れた方がエエんと違うか?」


 レオ丸が足下へ唾を吐くと、背中に刺さりかけていた刃が、首元へと移動する。


「刎ねるズラ?」

「いいえ……下がりなさい」


 冷たく硬い感触がなくなった箇所に、レオ丸は右の掌を押し当てた。


「物騒な時代やなぁ、ホンマ。

 “How are you?”に“Could be better”って返しただけで、首チョンパされたら多頭竜(ヒュドラ)でも路頭に迷うてまうで。

 次からは内田裕也先生みたいに、“I can't speak fuck'in japanese”って言うた方が……」

「戯言は其の辺で」


 三人の冒険者を従える細見の男は、襟を高く立てたローブを翻し歩き出す。

 フンと鼻を鳴らしたレオ丸も、薄暗がりから光差す世界へと身を投じた。

 ゆったりとした足取りの<施療神官(クレリック)>の横に並ぶ、早歩きの<召喚術師>。


「其れで、大地人貴族の私文書などを読んで、一体何をしたいんです?」

「おや、ミスハさんから聞いてへんの?」

「彼女が私に寄越す連絡はいつも端的で、……端的過ぎるくらいですから」

「はっはー、ざまぁカンカンカッパの屁ってな♪

 “上に政策あれば、下に対策あり”って事か、違うか?」

「強ち、遠からず……でしょうね。

 “間もなく法師が其方へ行くので、<紫暮廷文庫(シグレテイ・ライブラリー)>に案内せよ”でしたから。

 全く、どっちが上位命令権を持っているのやら」

「まぁ別に隠し通さなアカン訳やないし、もし自分が手伝うてくれるんやったら、其れは其れでワシが楽出来るさかいに有難いんやけどな。

 ワシが其処で探したいんは、“此の世界(セルデシア)”における<スザクモンの鬼祭り>に関する記述、や。

 勿論、伝聞や伝承も含めてやけどな。

 どーやら“此の世界(セルデシア)”にゃ、『エルダー・テイル』には設定されとらへん歴史が仰山あるよーやわ。

 其れこそ“神のみぞ知る”、ってヤツやもしれん。

 せやけど、どないな事象もそいつが記録されとらへんかったら、存在しなかったってのと同じ事やんか?」

「偽証や偽史かもしれませんよ?」

「嘘なら嘘でも構へんねん」

「積み重ねられた虚偽には、真実が宿るですか?」

「イワシを釣ったら、鯛を釣ったって言い張れるけどな。

 丸坊主やったら、或いは釣りにすら行ってなきゃ、つける嘘は限られるからな。

 嘘をつくには嘘をつくだけの理由と、状況が必要ってこっちゃ。

 つかれた嘘が一つ二つなら判断に困るが、両手両足を指折り数えるくらいに嘘があるにゃら比較出来るし、比較出来りゃ嘘の嘘たる所以が判るし、な」

「詰まり……埃っぽい書庫に篭り、(うずたか)く積み上げられた埃っぽい書物の文字を只管追って、埃に塗れた事実を探し当てたい、と?」

「せや、嫌になるほど読書に耽溺出来るまたとない機会やで?」

「残念ながら、私は遠慮させてもらいますよ」

「“私は”って事は、ワシはOKなんか?」

「ええ、藁の山から縫い針を探し出すような仕事は、貴方に丸投げしますよ。

 私には、うんざりするような書類仕事が、ヤル気をやや下回る程度に山積みですからね……グッタリしないだけまだマシですが」

「そりゃまぁ……おおきに?」

「では、次の議題について討議しましょうか」


 不意に立ち止まるや、額に法儀族特有の印を痣のように入れた冒険者は、インテリヤクザっぽい眼鏡をクイッと人差し指で押し上げる。


「私がミスハから聞いたのは“法師が其方へ行く”で、“法師達が”ではありませんでしたが?」

「ああ……彼らは、色々あって同行して来た“義勇軍”や」


 同じく足を止めて振り返ったレオ丸は、森林地帯からゾロゾロと出て来た冒険者達を雑に紹介した。


「まぁ、一人一人名前を挙げんでも、自分は既に詳細なスペックも把握しとるやろうけど、引率者として一応紹介しとこーか。

 左から、Yatter=Mermo朝臣君、モゥ・ソーヤー君、ユキダルマンX君、聖カティーノさん、橘DEATHデスですクロー君、駿河大納言錫ノ進君、若葉堂颱風斎君、ニッポン公白蘭さんの八名や。

 何の因果か悲しい事に、全員が<Plant hwyadenプラント・フロウデン>所属やねんわ、ああ可哀想に。

 って訳で、ワシと違うて余所モンやなく、ギルドに関しては自分の身内やで?」


 二十名を超える<ミナミの街>から派遣された冒険者達に取り囲まれ、両手を挙げてトボトボ歩く<ナゴヤ闘技場>からの冒険者達。

 元の現実であれば木津川市政の中心部に当たる場所、今の現実では人気のない廃墟がチラホラと建っているだけの場所に、招かれざる者と其の他大勢が群れ集う。


「なるほど……詰まり彼らの生殺与奪権は私にある、言い換えれば、彼らはレオ丸学士の代価になるって事ですか」

「アホ言え、違うわボケ、ド頭悪い事言うな、チンピラ眼鏡が!」


 味方よりも明らかに敵の方が多い状況で、レオ丸は敵の親玉に容赦なく罵詈雑言を浴びせかけた。

 一斉に戦闘態勢を取る、ミナミの冒険者達達。


「「「「「法師! 穏便に穏便に!!」」」」」


 語尾の“ワン”すら忘れたYatter=Mermo朝臣も含めたナゴヤの冒険者達は声だけではなく、顔色を青ざめるのも綺麗に揃えた。


「まぁまぁ、そないに慌てんと」

「「「「「危急存亡の(とき)に、落ち着いてられるかッ!!」」」」」

「へいへい、りょーかい、ほな、言い方を変えるがな」


 レオ丸は咳払いをして居住まいを正し、足元に唾を吐く。


「……エエからよー聞けよ、陰険眼鏡。

 誰かを身代わりにして個人的な趣味に没頭出来るほど、こちとら人格者やないわ。

 眼鏡だけやのーて、水晶体まで曇ってんのか?

 目ン玉抉り出して、過酸化水素水で洗浄したろうか、アホンダラ。

 ってな訳で、……ワシが、彼らの、質草や。

 さっきゆーたよな、彼ら八名と、ワシは等価交換出来るって?

 ホンなら堂々と要求させてもらうぞ。

 間もなく始まる<スザクモンの鬼祭り>のB面において、彼らが後ろからの攻撃で“死に戻り”せぇへんように処遇したってくれや。

 モンスターとのチャンチャンバラバラで落命するんはしゃーない、其れは本人の未熟がもたらした結果やねんし。

 せやけど、余所モンとして味方であるはずの自軍からの攻撃で死亡ってのは、持っての外やさかいな!

 余裕ぶっこいて、しょーもない事しくさりやがったら、鼻の穴にロケット花火詰め込んで火ぃ点けたるさかいな。

 ほしたらヒョロヒョロのお前なんざ、ピューッと飛んで、パーンやからな!

 判ったか、ゴルァッ!?」

「……フォックスターAO、お前に彼らのサポートを命ずる。

 所用の処置が不足の際は、私の名前を用いて善処せよ」

「…………了解しましたえ」

「井出乙シロー、Colossus-MarkⅡ……二人には質草の管理を命ずる。

 質草……いや、レオ丸学士が“快適”に過ごせるように、気を配れ」

「………………合点ズラ」

「………………承知でおじゃる」

「レオ丸学士、此れで宜しいですか?」

「ああ、エエよ」

「しかし、よくもまぁ此の状況で悪態をつけたものですね」

「いやいや、そないに褒めんでも」

「賞賛など、コレッぽっちもしちゃいませんが!?」

「……だってなぁ、此処で自分の命令でワシらをズタズタにしても、自分に何の得もあらへんやんか?

 此処で犬死したとて、ナゴヤへ“振り出しに戻る”だけの事やし。

 そんでワシらがナゴヤに死に戻りしたら、困るんは自分の方やろうが?

 ワシ、スタートに差し戻されたら、向こうで“地下鉄道”を作ったり、“パルチザン”ごっこに血道を上げたり、野山で“マキ”っぽい事もするしな。

 ただでさえ<スザクモンの鬼祭り>でクソ忙しいのに、背後で便所バエみたいな鬱陶しいンにブンブンと好き勝手にされたくはなかろう?

 詰まりは、どないやっても自分はワシを殺さへん。

 殺さへんで目の届く範囲においといて、ワシを活用する方が損せぇへんからな。

 ってな事を自分が考えるやろうと、ワシが思うやろうと、自分は思うたから、自分が思うたように振舞ってやったんやけど?」

「自分の価値を私が知っている事を知っていた上での、振る舞いだと?

 ……だから私は貴方が嫌いなんですよ」

「せやろうな、ワシが自分やったら、ワシもワシが大嫌いやわ」

「……まぁ何れにしても、貴方が“カルボナリ”にならないのなら、其れで結構!

 彼らにも働いてもらう場所は、幾らでもありますから。

 <スザクモンの鬼祭り>が始まった今、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>に余剰戦力はありませんのでね。

 慢性的な人材不足に陥る寸前の現状だと、猫の手であれ何であれ、使えるモノは全て活用させてもらいます」

「ホンマに欲しいんは“猿の手”やけど、ってか?」

<動く死体(ゾンビ)>と化した息子が戻って来るようなアイテムなんぞ、今此の時点では一番欲しくはありませんがね?」

「アイテムは使い方次第やねんけどなー」

「馬鹿とハサミ、ですか?」

「其の話の流れやと、ワシが馬鹿かハサミみたいやな?」

「馬鹿になったハサミじゃ、使い物になりませんがね」

「“シザーハンズ”か“バンボロ”に寝首を掻かれんように、気ぃつけや?」

「御忠告、痛みいります」

「ほな、口約束の契約完了やな。

 ってな訳で、生徒諸君!

 思う存分に<スザクモンの鬼祭り>を満喫しなはれ!

 オヤツは金貨三百枚まで!

 そんで一ヶ月経ったら、皆で一緒にナゴヤへ帰りまひょ♪」

「ちょっと待って下さい」

「何分待ったらエエんや?」

「いや、そうではなく……“ナゴヤへ帰る”って処です!」

「うん? お出かけしたら家に帰るんは当たり前やん……何か問題でも?」

「易々と許すとでも?」

「……思い違いをしてもろうたら、困るなぁ。

 最初にワシは言うたで、彼らは“義勇軍”やってな!

 “義勇軍”の滞在期間は、“義勇軍”の都合で変更自在ってぇーのが常識やろうが?

 其れとも何か?

 ベルリンの東に留まったソ連軍みたく、“駐留軍”に看板を架け替えた方がエエんか?

 其れならそうと、“特権付フリーパス”を交付してくれへんと、な?」

「誰が発行するもんですか、そんな物!

 ……いいでしょう、<スザクモンの鬼祭り>が終了したら即座に全員、出て行って下さい。

 其の代わり、身代金なら身代金らしく代価を……埃に塗れた過去の山から、現在でも価値のある“真実”とやらを発掘してもらいますので!」

「……改めて、契約成立ってか?」


 レオ丸が差し出した右手は、渾身の力で握り締められた。


「是非とも、成果を!」

「そっちも約束を違えんなや、ゼルデュス学士?」

 新規に「お気に入りユーザ登録」をして下さいました皆様、如何でしたでしょうか?

 kogi様、古白川 蘭子しららん様、山岡4郎様、あお☆きつね様、皆様方に於かれましては、異論苦情がございましょうが、曲げて御寛恕下さいませ。

 御不満がございますれば、何卒御一報をお願い致します。急ぎ、善処させて戴きます(平身低頭)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ