第陸歩・大災害+79Days 其の壱
調子に乗って書いたら長くなりましたんで、二分割してお届けさせて戴きやんす。
因みに、レオ丸の現在月日は、7月22日でござる。
前日に居眠りをし過ぎた所為か、日の出よりも随分と前に目覚めてしまったレオ丸は、タバコスズメガの幼虫のようにモソモソと起き上がる。
寝所にしたのは、<ナゴヤ闘技場>のバックスタンド上層部。
ベッド代わりに使用した厚めの木の板を敷いただけの座席に腰かけ、大きく深呼吸をし、澄んだ黎明の空気を胸一杯に吸い込む。
そして、細く長くゆっくりと肺に溜まった、澱んだ二酸化炭素を吐き出した。
其れを数度繰り返し、脳へと新鮮な酸素を送り込むと、レオ丸は座席の上に正座するや、朝日が昇り来たる方へと合掌する。
最近はサボり気味であった朝の勤行を低い声で行うレオ丸は、特に大地人三名の供養を丁重に勤めた。
「……今頃はとっくに、魂が転生されてるやろうけど、まぁ気は心やし、コレはワシのためでもあるし、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「今朝はまた、何とも辛気臭い朝でありんすね、主殿?」
「そりゃ、しゃーないやん、アマミYさんよ。
ワシは一応、坊主の端くれやねんから、辛気臭くて抹香臭いんが当たり前やし」
「生臭くもありんすがねぇ、はぁ~あ」
就寝中のレオ丸をひっそりと警護していた<吸血鬼妃>は、契約主の襟の中から面倒臭げに欠伸を洩らす。
「さて、はんかくさい事しとりゃーせんと、ちゃっちゃと仕度でもすっぺか」
「わっちは一眠りするでありんすよ」
「はいな、お疲れさんでした、御休みやす」
夜の住人であるアマミYを労うと、よっこらせーと立ち上がったレオ丸はスタンドの其処彼処に設けられた入退場口へと歩み出した。
「どんだけの準備をしたらエエんやろうか?
水と食料に関してはどーとでもなるけれど、消耗品アイテムに特殊アイテムは過分に準備しといた方がエエやろーなー。
今までは如何に上手に戦わないで過ごせるか、が主題やったけど。
此れから当分の間は、如何に上手に戦うか、が主目的になるやろーしなー。
此処の“銀行システム”でどんだけ引き出すか……はリスト見ながらの要相談やわなぁ。
長期戦確実の現場で、補給ゼロは“ぼっけぇきょうてい”やし。
其の前に、大問題が一つか二つか沢山。
ワシの所有アイテムで使える……不便やないヤツって、どんだけあったっけ?」
レオ丸のブチブチとした呟きは朝まだ早き透明な空気へと拡散し、アマミYのまどろみを邪魔する事なく、融けていく。
そして再び、スタンドに静寂が訪れた。
あーでもないこーでもないと散々に迷い倒し、どうにかこうにか仕度を調えたレオ丸は、西天取経のために唐を出た僧侶の背負子そっくりのアイテムを背負い、グラウンドへと顔を出したのは凡そ一時間後の事。
「あーどっこいしょ……と?」
目が眩みそうな鋭い朝日が、スタンドの上層部を白く照らし、其の余光が降り注ぐグラウンドには、多くの冒険者が群れ集っていた。
「こりゃまぁ、皆さん、早起きさんで」
レオ丸の見る限り、冒険者達は二つのグループに分かれているようである。
少人数のグループと、大勢のグループとに。
全体の三分の二以上を占める冒険者の一団は、山ノ堂朝臣を中心に纏まっているようである。
昨日と変わらぬ姿の、元<A-SONS>のギルマスが目敏くレオ丸を認め、手招きをした。
「山ノ堂朝臣君、皆さん、お早うございます」
「「「「「お早うございます!!!」」」」」
深々とレオ丸が頭を下げると、<ナゴヤ闘技場>に冒険者達の挨拶が木霊する。
「昨夜は歓待してくれて、おおきに。
ホンで仮寝の場を給してくれて、助かりましたわ、サンキューなり」
処で、とレオ丸は御礼の言葉もそこそこに、首を傾げた。
「早朝から皆さんお集まりやけど、いつも此の時間に全員集合でブレックファースト・タイムなんかな、ビバノンノ?」
「ビバノンノ、って何ですか?」
「おー、いっつあじぇねれーしょん・ぎゃっぷ!
まぁ、ソレはソレとして……何でそっちの自分らはラフな平常スタイルやのに、こっちの人らは重装備なん?
もしかして、此れから“ひと狩りすっぺ!”的な食材ハンティングに行くん?」
「朝食の準備なら、もう直ぐ出来るはずなのなの」
SHEEPFEATHER朝臣が指差す先をレオ丸が見遣ると、以前、三塁側ダグアウトであった場所前に簡易テーブルが十台も用意されており、茶碗や箸がセッティングされている。
「“ひと狩り”と言えば、強ち間違いでもないでしょうが、狩る対象は“食材”向きじゃないと思いますぜ」
「ほい?」
シュヴァルツ親爺朝臣の思わせぶりな言い回しに、レオ丸は如何にもな鈍い反応で口元に微妙な皺を作ってみせた。
「法師のキモ……サベ? とかの志願者だそうです」
「いやいやいや、其の切り方やと語弊だらけやで」
MIYABI雅楽斗朝臣の胸を軽く裏拳で叩くと、レオ丸は数名で固まっている冒険者の方へと首を廻す。
「ソレで、そんな旅支度なんや、自分ら?」
「だがね」
「みたいな」
一番近くに居たモゥ・ソーヤーと聖カティーノが、代表者然として頷いた。
(……ホンマ、素直やな自分ら)
口中でひっそりと呟いたレオ丸は、精一杯の渋面を作る。
「ワシの行き先は安閑としてへん場所やで?
安心安全は程遠く、優雅も長閑も千々と切れた所やねんで?」
「法師の行き先は常に、ひと悶着じゃ済まないって事くらい……」
「判りきった事だやん」
若葉堂颱風斎のセリフを横取りした駿河大納言錫ノ進が、勇んだようにレオ丸の方へと一歩足を踏み出した。
しかし、更に踏み出されようとした二歩目は、グラウンド内に轟き渡った現実的な一言に阻まれる。
「其の前に、飯だし!」
ドラム缶サイズの寸胴鍋を抱えたYatter=Mermo朝臣と、盥と間違えそうな深底皿を頭上に掲げたユキダルマンXを従えた、多岐音・ファインバーグ朝臣の一言に。
「何れの場所でも、胃袋を掴んだ者が“絶対無敵”とはコレ如何に」
「泣く子と地頭と<料理人>には、“元気爆発”状態でも勝てる気しねーし」
九鳴Q9朝臣と@ゆちく:Re朝臣が、空きっ腹を摩りながら肩を並べて歩き出せば、他の者達も釣られてゾロゾロと動き出す。
「二人とも、早くしないと座席しか残りませんよ!」
最初に食卓に着いた橘DEATHデスですクローが大袈裟に手招きするのに、掌をヒラヒラとさせて返事をするレオ丸は、山ノ堂朝臣に肩を竦めて見せた。
「腹が減っては軍は出来ぬ、ですか」
「此の世の真理、やねぇ」
ナゴヤに留まり続ける者と、ナゴヤを通り過ぎる者。
立場も考えも異なる二人だが、空腹には勝てぬ存在なのは同等であった。
仮設の食卓にズラリと並べられた献立は、炊き立ての白い御飯、炙った骨とアラで出汁を取った潮汁、数種類の野菜を使ったサラダ、黄身が半熟の目玉焼き、カリカリでジューシーな鶏の唐揚げ、以上。
「「「「「戴きます!!!」」」」」
綺麗に唱和された言葉を契機に、グラウンドの一隅は楽しい茶の間と化す。
「やっぱ、味のある食事は美味しいなぁ……」
噛めば噛むほど甘みの増す銀舎利を頬張るレオ丸は汁椀を取り、程好く煮られた白身魚の切り身を咀嚼した。
絶妙な塩加減が口中に広がり、幸せで満ち溢れた顔全体が綻ぶ。
しかし。
其の頬の緩みが、次第次第に引き締まり出した。
美味しいんは美味しいんやけど、塩味オンリーやなぁ。
まぁ、しゃーないわなー。
日本の調味料の“さしすせそ”の内、“酢”と“醤油”と“味噌”がないんやし。
“砂糖”は、サトウキビやテンサイの汁やサトウカエデの樹液を濾過して不純物を除去して、濃縮すれば大体完成やし、何なら蜂蜜で代用出来ん事もない。
“塩”は海水がありゃ作れるし、岩塩を見つけたら問題はない。
せやけど“すせそ”は、“醗酵”ってな化学変化が必要や。
素人にはそないなモン作られへんわ、少なくともサブ職が<醸造職人>やないと。
せやけど、もし、サブ職はスキル持ちでも、中の人がド素人やったらどないやろうか?
<冒険者>として“戦闘”するんに習熟が必要やったよーに、素人が知識のないサブ職を使いこなすんは、ホンマに難しいやな。
目隠しされて手探りで、100ピースのパズルを完成させるみたいに。
ワシかて偉そうに<学者>の札をぶら提げとるが、ホンマモンの学者やあらへんし。
僧侶資格をウチの宗派じゃ“教師”ってゆーとるが、別に教員免許を持っとる訳やあらへんし。
せやけど御狐さんが化けるみたいに、<学者>でございとしとるんは、元の現実でしとった“学者ごっこ”の御蔭やもしれんなー。
ソレと、オタクの習い性かね?
オタクってのは好きなモンを好きであり続けるために、グッズやデータなどの“情報”をセコセコと収集し、ネチネチと分類し、ウダウダと果てしなく考察し、グダグダと講釈垂れるんが生き甲斐やねんから、さ。
所謂、“数寄こそモノのJAWSの成れの果て”やなー。
そー考えたら。
<料理人>ってサブ職って、実に理想的で、無難な選択やわな。
それ以外の、実務的なサブ職を選択したら大変や。
運転免許を持ってへんのに、スーパーカーを与えられた状態やねんから。
アマチュアの入り口程度の知識で、プロの真髄に至らなならんねんもん。
……岐阜の山ン中で出会うた、〈月光〉の面々は……特にユストゥス君は、そないな事はなかったやな。
ブイブイと首都高を爆走出来るくらいの、技量持ちやった。
なんせ、“醤油”を作りよったんやもん!
いや、“醤油”だけやのーて、“清酒”もや。
“醤油”も“酒”も作れるって事は、“さしすせそ”は完全に掌中の珠にしとるって事やし、“清酒”が作れるって事は“味醂”も作れるんやし。
ああ、しかし。
日本が“出汁文化”の国で、ホンマ良かった!
イノシン酸もグルタミン酸も、<料理人>のスキル範囲内で再現出来るんやし。
味にとっての大事な“旨味”は、<料理人>の腕で何とかなるし!
“ソース”かて、何やかんやをグツグツと煮込んだら、作れん事ないし。
せやけど、醗酵が必要な食品・食材はそーもいかん。
<醸造職人>ってサブ職のスキル、<峻別の慧眼>と<採取の鑷子>が必要やわ。
相手は肉眼では絶対に見つけられへんし、見分ける事も出来ひん細菌が相手やねんし。
……もしかしたら、やけど。
<醸造職人>の技能って、戦略兵器にも戦術兵器にもなるんやなかろーか?
ワシの御腰につけたキビダンゴ……やのうて<鞍袋>には、ユストゥス君から進呈された“醤油”と“清酒”が入っとるわな。
あん時のワシは“莫大な価値を生み出す、金の鶏”やとしか思わへんかったが。
ユストゥス君は確か、
“何しろ、発酵食品に関してはもうしばらくの間、我々の独占状態ですからね?
サンプルの試供権利を競売で釣り上げて、レシピを更に競売で釣り上げる。
で、うちで生産した物をこちらの言い値で卸す”
“くはは。ルールないうちしかできないですから。
ぼろ儲けすぎてもうウッハウハですよ”
って、ゆーてたよ……な。
アレって、考えよーによっては、“此の世界”において、“俺は、エドワード・テラーになる”宣言なんと違うやろか?
“水爆の父”に比べりゃ随分と平和的やけど、其の破壊力たるや熱核兵器よりもよっぽど破壊力があるで?
其れをワシは、一升瓶で二本分持っとるって事か……。
「どうしたのですか、難しい顔をされて?」
猫舌ゆえにフーフーと息をかけて冷ました唐揚げを一つ、ゆっくりと味わいながら食べ終えた北田向日葵朝臣が、レオ丸の眉間に刻まれた深い皺に対面席から問いかける。
「“セレンディピティ”について、考えててんけどなー」
冷めてしまった潮汁を飲み干し、“御馳走様でした”と手を合わせたレオ丸は腕を組み、溜息を吐いた。
「“セレンディピティ”って何ですか?」
「うーん、っとな……和訳したら“素敵な偶然”とか“予想外の発見”になる、十八世紀のイギリスで生み出された造語やねんけどね」
「へー、そうなんですか」
「誰が造ったんですか、ワン?」
食後のお茶で口を漱いだYatter=Mermo朝臣が、興味津々な表情でレオ丸の右側から首を振り向ける。
「イギリスの初代首相、ウォルポール卿の息子で、政治家にして小説家のオーフォード伯爵ホレス卿が幼少期に読んだ『セレンディップの三人の王子』って童話に着想を得て、造ったらしいんやけど。
因みに“セレンディップ”とは、“スリランカ”の事や。
精神科医の中井久夫先生の著作では、“徴候的知”とも訳されとったっけ」
「……何が何だか、さっぱりだ……」
左隣に座すMIYABI雅楽斗朝臣が、頭を抱えた。
「そーやなー……例を挙げるとすりゃ、アレクサンダー・フレミングの“ペニシリンの発見”が一番有名かな?
知ってる人は知ってる、有名な話やねんけど……知ってる人は?」
すると、北田向日葵朝臣の背後を通りかかった<料理人>が、素早く手を挙げる。
「フレミングは感染症治療の研究をしてた時に偶々、見つけたんだし。
いらなくなったシャーレを捨てようとしたら、黄色ブドウ球菌が生えた培地にアオカビが生えてたんだし。
汚部屋だった実験室に、偶然迷い込んだアオカビが、偶然生えたんだし。
アオカビと言っても、種類は沢山居るんだし。
でも、一番効果的な抗菌作用を持っているのは、フレミングの汚部屋に偶然迷い込んだ、其のアオカビだったんだし」
「ブラボー!」
レオ丸が感動したように大きく拍手すると、多岐音・ファインバーグ朝臣は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「因みにリゾチームって抗菌性酵素を発見したんも実験中に、うっかりクシャミした恩恵らしいんやけど。
余談をゆーたら、現代日本の優秀な外科医さんが江戸時代にタイムスリップしても、ペニシリンを意図して作り出すんは不可能に近いって事や。
例え其れが、“わて、絶対に失敗しまへんねん!”って豪語する天才外科医でもな。
個人レベルの幸せやったら、観察力やら注意力やらを高めて日々過ごしたら、三百六十五歩も歩かんでも見つける事が出来るやろうさ。
“よかったさがし”ってのは別に、ベルディングスビル在住のポリアンナ嬢の専売特許やないからな。
せやけど、世界に広く波及し歴史に巨大な影響を与える“セレンディピティ”は、意味の通りに“素敵な偶然”がなきゃ、見つからへんねん。
其処に、個人の意図が介在する余地はあらへん。
当に、“神の配剤”ってヤツや。
ワシは“此の世界”に来てから、仰山の人に会うた。
<冒険者>にも<大地人>にも、<モンスター>にも、な。
出会うべくして出会うた者も居るけれど、意図してたら邂逅する事もなかった者にも、いっぱい出会うたわ。
……自分らも、意図せずに出会うた者達やわな」
「俺達、ナゴヤの者にとっては、法師が“神の配剤”でしたけどね」
「いやいやワシはエエトコ、“髪が廃材”やで、山ノ堂朝臣君。
まぁ、ソレはさておき。
シリア系アメリカ人として生を受けた男の子が、ジョブズ夫妻の養子になってへんかったら、彼はどーなっていた事やら。
少なくとも敬虔なムスリムとして成長したやろうから、ヒューレット・パッカード社に“バイトしたい”って電話する事はなかったやろう。
何せ優秀なムスリムは、イスラムの神学校に入るんが当然やねんし、バイトするなんざ考慮の範疇外やから。
ホンで、バイト先で同じ“スティーブ”って名前のウォズニアック君に会う事もなかったやろうし。
終生の同志に出会うてからは、本人の意図する事の積み重ねやが、生まれてハイハイしてる頃の事は、“神の気まぐれ”としか思えへんわな。
所謂“奇跡”か“奇蹟”があったればこそ、ワシら二十一世紀に生きるモン達は其の恩恵に与り倒して、ゲームしとったんやん?
まぁ結果として、<大災害>とやらに巻き込まれてしもうて、“鬼籍”に入りかけとるんやから、難儀なこっちゃでホンマ」
「其れで、此れからどうされるのかワン?」
「どう……って?」
「何処に行こまい?」
「何処って、そら、禁忌な近畿やん?」
「近畿の何処だら?」
Yatter=Mermo朝臣、モゥ・ソーヤー、錫ノ進に次々と問われたレオ丸は、再び眉間に皺を寄せて考え込む。
「何処って……何処やろう?」
肝心要な目的を決めていなかった事が露呈してしまい、レオ丸以外の冒険者達は拍子抜けしたように溜息を一斉に漏らした。
「はてさて……一体何処に行けばエエんや?
“Go to HELL”なんか“Go to HILL”なんか……ってな!?」
不意に、レオ丸の脳内にいつもの鈴の音が鳴り響く。
「ちょいと皆さんゴメンなさい、話の途中やけど“携帯”に“電話”や。
はい、もしもし、お早-さん。
昨日は……まぁアレがナニで失礼致しやんした。
へいへい……、ほーほー……、なるへそ……、あっはっはー……、そりゃそりゃ……、……マジか! そいつぁ大助かりや!」
誰と話しているかは判然とせずとも、レオ丸の声の調子で余程親しい人物と会話している事は、周囲には理解出来た。
しかも、声が一段以上も跳ね上がった事は、山ノ堂朝臣達にとっての朗報であるようにも感じられる。
「委細りょーかい、おおきに有難う!
……此の御礼は何れ利息込みで精神的にさせてもらうわなぁ!
いやいや、嘘やないし……ワシは嘘はつかへん……ゴメンなさい、嘘ついてました……堪忍堪忍……許しておくれよし。
はいな、物理的にもきっちりと、ホンマおおきに、したらば!」
明後日の方向を拝むようにして念話を終えるや、芝居がかった仕草で両手を広げて宣言をするレオ丸。
「子曰く“故きを温ねて新しきを知れば、以て師となるべし”とか何とか。
如是我聞、如是我聞。
れでぃーす・あーんど・じぇんとるめーん、ミーの行く先が決まったざんすヨ、ネチョリンコンでハベレケレ!」
目に見えぬ算盤を高らかに掻き鳴らしたレオ丸は、現実世界では嫌われ忘れ去られたヴォードヴィリアンのように振舞った。
「我が征くは星の大か……やのうて、奈良市や!」
ビシッと伸ばされたレオ丸の右手の人差し指が、<ナゴヤ闘技場>の壁を越えた遥か彼方を指し示す。
「正確に言えば“此の世界”やと、<アオニ離宮>と呼ばれとる場所や!」
ポルトガルの首都をかすめて海へと至るテージョ川の河岸に据えられた、『発見のモニュメント』の先頭に立つ人物の気分に浸る、レオ丸。
因みに、だが。
俗に“航海王子”と呼称される初代ヴィゼウ公は、大航海時代の幕開けをした人物として名高いが、“大航海”をした訳ではない。
精々がジブラルタル海峡を渡り、アフリカ北岸の一部を征服したくらいだ。
更に言えば。
モニュメントの石像は、両手で帆船のミニチュアを抱えているのであり、遥か彼方を指差したりなどはしていない。
「あのー、法師、ひとつ宜しいですか?」
「うん、何かね、若葉堂颱風斎君?」
「其方は……南の方角なんですが」
当然の事ながら、名古屋市の南にあるのは伊勢湾と知多湾である。
全方位的に間違ったレオ丸の立場は、哀れ難破船の如く藻屑と消えてしまった。
「棟方志功曰く、“融通念願”“融通不生”」
「其の心はコレ如何に?」
九鳴Q9朝臣が素朴な疑問を投げかけると、ユキダルマンXはダビデ像のように姿勢を正して、厳かな口調で答える。
「法師のマネをしただけで……特に意味はない」
“Un ange passe”。
グラウンドに仮設された食卓の上を、天使が群れをなして通り過ぎて行った。
さて、レオ丸の独白は、『剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク』の原作者さんに監修をお願いさせて戴きました。
古典に曰く、「腐女子成り易く、醗酵の美少女は成り難し」ですよ。