第陸歩・大災害+78Days 其の弐
さて今回も、前回同様に、新キャラ追加です。
そして、山ノ堂朝臣氏をはじめナゴヤ残留組が、再登場です。
<スザクモンの鬼祭り>に関しては、拙著の捏造のお浚いでありんす(平身低頭)。
「はっはー! アレから半月ほどで、こーなるかー!」
口元を大いに綻ばせたレオ丸は、石壁にもたれたまま満足気に幾度も頷く。
場所は、<ナゴヤ闘技場>のグラウンド上、天然芝風に刈り込まれた雑草で覆われた外野と、荒い赤土が敷き詰められた内野の端境辺り。
「野球を続けるには、些か厳しくなりましたんでね」
レオ丸の右手横、凡そ人ひとり分の空間を空けた場所に陣取る山ノ堂朝臣は眉尻を下げて頭を掻いた。
夏の日暮れは遅く、グラウンドは未だ充分な明るさを宿している。
佇む二人の眼前では十人の冒険者が、足元を転がるボールを追いかけ回すのに夢中となっていた。
「まぁベースボールよりは、こっちの方が消耗品が少のうて、エエわな。
せやけど、何でサッカーやのうてフットサルなん?」
「そりゃ、随分と人数が減ったからですよ。
法師が念話をしてこられた理由が主たる原因ですが、……何か?」
「……徴兵令でも発動されたん?」
「国家総動員法……じゃないだけマシですけどね。
御蔭で此処には、ジモピーしか居なくなりました」
「地元民ピープル以外の渡来系は皆、ミナミに帰還してしもうたか」
「民、はいらないでしょう?
其の地元ピープル、だけに戻って気楽になったのは確かですが」
「賑わい失くしたシャッター商店街一歩手前感、が漂ってるんは御愛嬌ってか?」
「まぁ、そんな処です」
頭上を過ぎった、ねぐらへ帰ろうとする鳥の群れを“閑古鳥”と言い差しても何ら違和感のない、実に閑散とした<ナゴヤ闘技場>。
夏真っ盛りの今時だが秋の虫の鳴き声が似合いそうなほどに、喧騒とは無縁となっているグラウンドに木霊するのは、フットサルに興じるプレイヤー達の喚声と喊声だけだ。
「仕方ないワン」
いつの間に現れたのか、ビア樽よりも大きい寸胴鍋を両手で提げたYatter=Mermo朝臣が、首を傾けながら呟く。
「五十名ほどが半分以下になって、五倍以上に膨れ上がってから五分の一になったのだから……ワン」
「無理に語尾を調えんでもエエんやで、自分?」
苦笑いを浮かべたレオ丸が顔を向ければ、Yatter=Mermo朝臣の肩越しに、山ほどの薪を担いだ多岐音・ファインバーグ朝臣が額の汗を拭っている。
更に其の背後に続くのは、左右の肩に食材が顔を覗かせた籠を引っかけている冒険者が二人。
「減る前は、独立採算方式だったから良かったけど……」
「減る前より労力が増えるのは、コレ如何に?」
「サブ職<農家>はアンタだけだし、仕方なし!」
「ウチの<設計士>じゃ食糧増産は無理やしねー」
「愚痴を言っても、口減らしにならないのは、コレ如何に?」
<農家>の九鳴Q9朝臣が籠を背負ったまま草臥れた風に吐息を洩らし、@ゆちく:Re朝臣は倦怠感を漂わせた顔をしながら籠を二つとも、多岐音・ファインバーグ朝臣の足元に投げ出した。
「食材は大切だし!」
壁から背を離した山ノ堂朝臣は、<設計士>にチョップを叩き込もうとする<料理人>から目を逸らし、両手を口元に添えながらグラウンドへと向き直る。
「飯だぞ!」
其の一声に対し上げられた歓声は、ひとっこ一人居らぬ観客席に跳ね返り、眩さを湛えた日暮れ時の空気に溶け込み消えた。
「……ってな訳で、テイルザーン君達は無事にアキバへ向かい、幸せに暮らしましたらいいなと思いましたとさ、めでたくもありめでたくもなし」
アキバ方面への逃避行の件を無駄な情報量を加味して語り終え、一仕事を終えた気分のレオ丸は、雲も疎らな星空へと五色の煙を吹き上げる。
聴衆であるナゴヤ残留の冒険者達は揃いも揃って、やれやれといった風に首を振って溜息らしきモノを吐き出した。
「……何か不本意な反応やな?」
「ええっと、其れで、そんなに苦労してまでアキバの近在まで行かれたのに、どうしてナゴヤに戻って来られたんです?」
「あれ、言ってへんかったっけ」
「“後でさぁ、ちょいと野暮用でそっちに行くさかい、晩御飯食わせて”しか、聞いてやいませんが、何か!?」
「そりゃまた、失敬」
空々しく呵呵と笑い、<彩雲の煙管>を咥え直したレオ丸は鼻から洩れた五色の煙を手で払い、思わせぶりに天を仰ぐ。
「……察しはついてるんやろ?」
「ナゴヤが、こうなってる理由で、ですか?」
「まぁ、そーゆーこっちゃ」
「それじゃあ、法師も“お祭り”に参加するんで?」
バーベキューに使った焚き火の残骸を掻き回していたシュヴァルツ親爺朝臣が、器用に右眉だけを上げて問いかけた。
「せや、其のつもり、や」
「お独りで、ですか?」
“鮨”と大書された湯飲みを両の掌で抱えた北田向日葵朝臣が、猫舌を冷ましながら猫人族特有の六本髭を揺らす。
「そりゃまぁ、そいつがソロの特権であり、欠点やからなぁ」
「寂しいっすね、ダイダラボッチは……」
「ダイダラは不要だし!」
串にこびりついた肉片をしがんでいたMIYABI雅楽斗朝臣の脳天に、多岐音・ファインバーグ朝臣のチョップが空かさず叩き込まれた。
「『ローン・レンジャー』にも『相棒』が居ると言うのに……」
「まるで堀江謙一みたい」
ユキダルマンXが結い上げた角髪を揺らしながら首を横に振り、聖カティーノは憂鬱な表情で狐尾族の特徴である尻尾を波打たせる。
「ワシにも“キモサベ”は居るで!……多分、きっと何処かに!
其れにワシが帆船で乗り出したんは、太平洋やなくてヤマト近海やし、ひとりぼっちやなかったさかいな!」
如何にも心外、全く以って言われなき指摘だと、アタフタと慌てて立ち上がり遺憾の意を表明する、レオ丸。
だが其の姿は、他の冒険者達全員の目には、レオ丸が血の涙を滂沱としているようにしか見えなかった。
「大丈夫ですよ、此処には俺達が居るじゃないですか」
今にもオロロンと叫び出しそうなレオ丸の肩を、橘DEATHデスですクローが右手を伸ばして優しく叩く。
本人はポンポン程度のつもりだろうが、橘DEATHデスですクローの右手は、親指以外の四本の指に鋭利なナイフを装着したグローブを嵌めているため、効果音はザクザクであった、が。
「そんな、棒読みで慰められたらホンマに泣くぞ、ワシは!」
わざとらしく、しょんぼりと背中を丸めるレオ丸の布鎧の裾を、SHEEPFEATHER朝臣が強めに引っ張り注意を引く。
「ねぇねぇ、法師法師。知っていたら教えて欲しいんですけどけど」
「ん? 何ぞね?」
「<スザクモンの鬼祭り>って、一体全体どんなイベントフェストなのなの?」
「え!? ……もしかして、知らんの?」
「そーいや、わしもよー知らんがや」
フルフルと首を横に振るSHEEPFEATHER朝臣に倣い、隣で体育座りをしているモウゥ・ソーヤーもブンブンと激しく首を左右に振った。
「え~~~っと、ほな皆さんにお尋ねしまっせ。
此の中で、<スザクモンの鬼祭り>に参加した経験のある人、手ぇ挙げて」
レオ丸が見渡す範囲には、三十名以上の冒険者が居た。
其の内の十五名はレオ丸と共に野球大会をした者で、残りの者達はレオ丸が此の場を去ってから来訪した者達である。
ほぼ半分の月を隠す雲は薄く、淡い月影を浴びながらレオ丸は回答を待つも、誰一人として挙手する者は居なかった。
期待していただけにガックリと肩を落とすレオ丸に、冒険者の過半数側から一人がひょろりと立ち上がり、おずおずと口を開く。
「あのー……、<スザクモンの鬼祭り>って戦闘系の大規模ギルドしか、参加出来ないんじゃないんですか?」
「へ?」
これっぽっちも予想だにしていなかった質問に、レオ丸の口が丸くなった。
夜目にも鮮やかなオレンジ色の金属鎧姿の<守護戦士>は、エルフがエルフである証左の長い耳を弄りながら、時間が止まってしまったレオ丸へと、更に言葉を投げかける。
「去年、私は仲間と共に<スザクモンの鬼祭り>に参加しようと<赤封火狐の砦>まで行ったんですが……大手ギルドが幅を利かせていて、何処にも入り込む隙がなかったんです。
結局、其の周辺で<動く骸骨>とちょこっと戦っただけでした」
女性冒険者の、愚痴にしては明確過ぎる述懐に鼓膜を弾かれ、レオ丸の意識が再び起動をした。
「そいつぁ誠に、申し訳ない」
「え!? 何でレオ丸さんが謝られるんですか?」
「自分らが不遇を託った遠因に、恐らくワシが居るからや。
あのアホルナードが……ホンマに、全く!」
深々と下げた頭を一気に引き上げたレオ丸の表情は、苦虫を数百匹は噛み潰した如く、実に人目を憚り倒すようなモノ。
「……処で、お嬢さんは?」
歯軋り交じりの問いに、引き気味の笑顔で自己紹介をする女性冒険者。
「ええっと~~~、私は……、ニッポン公白蘭と言います。
<FIGHTY100>というギルドのマスターをしています……いました」
「はじめまして、白蘭さん、何卒宜しく。
さて、ほいじゃあ仕方ない、……山ノ堂朝臣君」
「何でしょう?」
「此処にいる全員がゆっくりと過ごせる、大部屋はあるかいな?」
「控え室で良ければ、幾らでもありますが」
「ほな、一つ貸して頂戴な」
「いいですが……何をされるんです?」
「ちょいと“白熱教室”ごっこでも、しよっかな、ってな♪」
凡そ、三十分後。
四十畳はありそうな大きな部屋の中は、煌々とした明かりに包まれていた。
<施療神官>、<森呪遣い>、<神祇官>ら回復職お得意の照明魔法、<バグスライト>が計十二個も焚かれている所為だ。
昼よりも明るい室内には、冒険者達は誰一人欠ける事なく集合している。
正座する者、胡坐を掻く者、体育座りをする者、手枕で寝そべる者。
各自、思い思いの姿勢を取る聴衆を前にして、レオ丸は楽しそうに手を叩いた。
「ほな、“そーだったのか? 西武蔵坊レオ丸の喋くるニュース”を始めまっせ。
今夜のテーマは!!」
素早く懐から取り出した<大師の自在墨筆>で、滑らかな白い石壁へ墨痕鮮やかに、“<スザクモンの鬼祭り>”と書き殴るレオ丸。
「あ、後で消しとくさかいに、勘弁してな」
最前列にて、立てた片膝を抱えて座る山ノ堂朝臣に片手拝みをしたレオ丸は、威儀を正し、咳払いをする。
「さて先ずは、お断りをさせといてもらおうか。
今から説明するんは、あくまでもワシ視点、ワシ主観の内容やさかいに。
思い込みや勘違いの事実誤認があるやもしれん。
あったら、空かさずツッコミいれて頂戴な。
此の世で一番肝心なんは素敵な『シャイニング』と、より正確な情報やし。
だもんで、何卒宜しく御協力を!
さてさてほんなら、初歩の初歩から、話を始めよか」
そう言うなり、レオ丸は“2002年7月11日”と書き記した。
「此の日、ワシらにとって画期的な事が起こったわな。
其れは何か?」
レオ丸は石壁から聴衆へと向き直り、思わせ振りな笑みを浮かべる。
「アフリカのチャドで、人類の祖先としては最古の、猿人の化石が発掘されたんや!
年代は大体、六百万年から七百万年前。
名称はサヘラントロプス、霊長類属で、サヘラントロプス・チャデランシスの一種しかおらへんねんけど。
さぁ此れが、何で画期的かとゆーとやな。
霊長類が進化していく最中、こっから先は人間とチンパンジーに分岐しまっせってトコら辺の種やねんってさ!
せやから、人類の祖先としては最古の猿人、って事らしい。
頭骨にガツンと開いた大後頭孔が、位置的にはやや下方にあるんやて。
ほいで此の孔は脊髄が貫通しとる孔やさかい、こいつが下方にあるって事は脊髄が真下に真っ直ぐ伸びていた証拠。
詰まりや。
直立歩行で生活しとった可能性が、メッチャ高いんやて。
しか~~~し、残念ながら。
頭骨しか見つかってへんよって、ホンマにワシらの御先祖さんの、オロリンやアルディピテクスなんかの化石類人猿の直前世代かどーかは、意見が四分五裂しとるんは御愛嬌やけど。
脊椎や下半身の化石が見つかりゃ、論より証拠やねんけどねー。
もしかしたら、人とチンパンジーが分岐する前の種かもしれんし、ゴリラを含めたヒト亜科の祖かもしれん。
因みに。
発見された頭骨は、現地のチャドの言葉で“Toumaï”って呼ばれとる。
日本語に訳すと、“生命の希望”やとか。
さて、其れは其れとして……」
呆気に取られる聴衆を置き去りにしたレオ丸の弁舌は、尚一層滑らかに。
「今、話題沸騰中の、此の、七月十一日に、や。
『エルダー・テイル』の二番目の拡張パックたる、<決闘者の栄誉>が満を持して発売されましたわな。
はてはて、何で、こないな中途半端な日に?
ホンマやったら春の初頭、三月の終わりには発売される予定やったんやと。
其れがまぁお定まりの業界あるあるの、“大物のバグ発見!”でてんやわんやになって、どーにかこーにか発売に漕ぎつけたらしいわ。
生徒諸君待望の夏休みが始まる七月下旬に発売してもよかったんやが、営業サイドがせっつき倒して、遅ればせながらのフライングってゆー“後の先”っぽい感じになったそーやわ、知らんけど。
既にプロモーションも派手にしてるし、ライバルの『ソード・アクト・オンライン』が新作を出しよるし、負けてられるか!……ってな。
さて、そんなこんなで導入された拡張パック!
騎乗システムが追加され、戦闘システムも大幅改訂……表示される情報量が一気に増えるし、戦闘手順も全く違うし、慣れるんにホンマ難儀したなぁ、全くもう!
そいで、待望の<ミナミの街>が誕生やで、ヤッホー! ラリホー! イヤッハー! やったぜ、ベイビーキティ!!
そんで、新たなレイドコンテンツが三つも導入されたげな。
一つは、『騎士王の試練』!
隻眼の聖堂騎士、サニー=ジュウベイルと共に呪われた剣の達人を何人も何人も退治し捲くる、果てしなきキャンペーン・シナリオ!
……まぁ所謂“転生”ブームの先駆け的な、って違うか、まぁ、山田風太郎大先生の名作をパクったっぽい、実にビミョーなシナリオでもあったけど。
そしてお後に控えしは、どでかいクエストがダブル盛り!
皆さんご存知の、『ゴブリン王の戴冠』と『スザクモンの鬼祭り』、や。
さて、此処で質問です。
イースタル圏内が舞台の<ゴブリン王の戴冠>と、ウェストランデ圏内が舞台の<スザクモンの鬼祭り>は、『エルダー・テイル』やとビッグイベントの代名詞としては、双璧やんか?
銀河帝国で例えたら、“疾風”と“ヘテロクロミア”か?
処がギッチョン、ホイサッサ。
此の二つのレイドコンテンツは全く様相が異なるんやね、コレがまた。
内容が根本的に違うねんけど、其の違いとは一体全体何ざんしょ?
正解者には、ジャンピングチャンスを洩れなくプレゼント♪」
ニヤニヤしながら見回すレオ丸に比して、聴衆達は、ある者は眉間に皺を寄せ、またある者は腕組みしながら首を捻る。
其の中で。
ブツブツと呟きながら宙を睨む者と諦めたように俯く者の、調度狭間に居た冒険者が何かに気づいたように、カッと眼を見開いた。
「あ……多分だら……」
「ハイ、其処の……駿河大納言錫ノ進君!」
鶯色の宗匠頭巾を被り、利休鼠色の小袖の上に木蘭色の道服を着た、何処からどう見ても茶人にしか見えぬ<神祇官>に、レオ丸は筆先を向ける。
指名された駿河大納言錫ノ進は、目を細めつつ穏やかな口調で答えた。
「内から外へ、外から内へ、の違いだら。
例えをこくなら、富士川を境に東は50Hzで西は60Hzみたいな、違いじゃんねぇ」
「えーっと、其の例えには共感を覚えへんけど、一先ず正解!
<スザクモンの鬼祭り>は、敵地への侵攻の後に侵略軍の迎撃戦。
<ゴブリン王の戴冠>は、侵略軍の殲滅戦の後に敵地の攻略。
順序が違うたら当然、勝利条件も違うわな。
前者は防ぎ切れたら勝ち、後者は発生源を断てば勝ち。
ただ、まぁ……どっちも“グランド”って冠がつくキャンペーン・シナリオやさかいに、大手戦闘系ギルドの独擅場……いや、我が物顔での独占になるわな。
ひが~~しぃ~~~なら、<D.D.D>に<黒剣>に<シルバーソード>。
にぃ~~しぃ~~~なら、<キングダム>に<甲殻機動隊>に……<ハウリング>やわなぁ。
ああ、せや。
白蘭さん以外にも、此処に居るモンの中には<赤封火狐の砦>で、ごっつぅ嫌な思いをした人が居るんとちゃうか、な。
既に知っとる人も居るやろうけど、残念ながらワシは<ハウリング>のギルマスしとるナカルナード、……あの脳筋野郎の先輩格やねん。
現実世界でも、此の世界でも、な。
せやさかいにアイツがやらかした事に、責任……ってゆーか、何てゆーか、……まぁ勝手に罪悪感を感じている訳やねんな。
他人事のよーに“誠に遺憾に存じます”の一言で終らすんはどーか、って気持ちな訳でありまして……」
レオ丸は、其の場に居る冒険者に対し、深々と頭を下げる。
「ホンマに御免なさい」
しかし、下げた頭は余韻を残さず即座に上げられた。
「まぁ、ワシの五分刈り頭をナンボ下げた処で、何の意味もないんやけど。
……ワシの自己満足を充足させる、くらいの意味はあるか、な?
何れはアイツの首根っ子を引っ掴んで、地面に擦りつけたるさかいに、其れまでは勘弁したってな、ホンマ堪忍」
苦そうに、寂しそうに微笑むレオ丸を見た冒険者達は、一様に沈黙を保ったまま僅かに顎を引き、肯く事で続きを促す。
「皆さん、おおきに有難う。
さて、ほなまぁ、話しを説明を再開させてもらうわな。
錫ノ進君が答えてくれたように、此の二つの超絶クエストであるレイドコンテンツは、全く真逆のシナリオになっとるやんか?
ワシら冒険者……いや、ワシらが“画面の向こうのプレイヤー”やった頃にゃらば、単にシナリオのネタ被りを避けただけやん、で済む話やねんけど」
そう言いながら、<マリョーナの鞍袋>に手を突っ込んだレオ丸は、一冊の古びた薄い綴じ本を取り出し、頭上に掲げた。
「こいつは、“此の世界”に来てから偶然に全く以ってひょんな成り行きからゲットした、古文書や……」
黒い表紙を指で撫で摩るレオ丸の口の端が、墓標についた瑕疵の如く微かに引き攣るが、其れに気づく者は誰も居ない。
「どこぞのサークルがコピーで作った“薄い本”やない此の書物は、“此の世界”の時間軸なら約二百年前の物でな、クロード=カンレンって名前のお貴族さんが記し遺した、手記やねん。
ちょいと特殊な文体で筆記されとるさかいに、実に読み難いモンやったけど。
さて其の中身をザックリと開陳するとな……」
レオ丸は、黒い冊子を胸の前でヒラヒラとさせた後、勿体ぶる事なく<マリョーナの鞍袋>にさっさと収納した。
「<スザクモンの鬼祭り>の所謂“縁起”が記されてんねん。
“オーメン”って呼ぶ方が正しいやも、な?
“When”、“Where”、“Who”、“Whom”、“Why”、“What”、“How”。
いつ? 何処で? 誰が? 誰に? 何故? 何を? どのように?
“How much”の“なんぼや?”がビミョーやさかいに、所謂“6W2H”は不成立やけど、“物事を正確に伝える際に用いる八つの確認事項”は確かめとるさかいに、御安心を。
ほいで、っと。
さっきの古文書に書かれとった“縁起”にな、<スザクモンの鬼祭り>の本質が記されとったんやねぇ、コレがまた。
其の事についてお話しする前に、<ゴブリン王の戴冠>について皆が知ってるよーで知っている事柄から、先に説明しとこーか。
<ゴブリン王の戴冠>の設定を、ザックリとお浚いすると。
イースタル圏内の北の方、オウウ地方でブイブイ言わせとった<緑小鬼>達の代表的な六氏族が、ある日突然に、
“そうだ、<七つ滝城塞>に行こう!”
って思い立ったら吉日的にオフ会かコンペを開催して、其処で、
“おら、ゴブリン王になるってばよ!”
ってな具合で、六匹の氏族の長が『バトルロワイヤル』か『フルーツバスケット』かは知らんけど、ガチンコで王様ゲームをしよる。
んで、最後までリングに立ってたヤツが親の総獲りで、全氏族の頂点に立ちよる。
無事是ゴブリン王、の誕生や。
王様になったゴブリンは……いやコレは別にゴブリンだけに限った事やないけど、近代以前の人間社会の仕組みもせやったな、自然界は基本的に生存したものが適者やねんけど、未成熟な社会の中では強者生存になりよる。
詰まり、強者は常に強者であり続けなアカンのやね。
王様となった強者は、強者のみに許された特権として分配を宰領せんとアカン。
しかし高々、猿に後れ毛が生えた程度の脳みそしかあらへん、ゴブリンや。
役割はあっても、多少の工作技術は持ってても、所詮は原始人レベル。
ムカついたらゴン!とやって、やられたらドテチンって倒される、石器時代世界の住人やわな、園田俊二大先生ゴメンナサイ。
んで。
分配するための物資を自分らで生産するんやのーて、手っ取り早く有る所から略奪しよう!って短絡思考しよる。
要約するとや、ね。
ゴブリン王と其の手下共は、物欲を充足するために<大地人>を襲い、<大地人>の生存圏と生産物を強奪するんが目的やねん。
したらばコレを、大逆転させた視点にしてみて、大地人の立場から見てみよか?
大地人からすりゃゴブリンは、まぁ実際にはゴブリンを含めた亜人共は、絶対に共存出来ひん“人類共通の宿敵”や。
例えるにゃらば、H・G・ウェルズ御大の『タイムマシン』に出て来る“イーロイ”と“モーロック”みたいなもんか?
<亜人>は“捕食者”で、<大地人>は“被食者”やな。
詰まり、<ゴブリン王の戴冠>は“此の世界”、弧状列島ヤマトにおいては、食うか食われるかの実に切実な“自衛戦争”って事や、ね。
ワシら<冒険者>にとっては、ゴブリン狩りとゆー実に安価な経験値大量獲得イベントでしかあらへんが、<大地人>と<ゴブリン>にとっては生存圏と生存権が懸かったリアルバトルって訳や」
其処までを、澱みなく語り終えたレオ丸は、大きく深呼吸をする。
しかし休息は、其の一瞬だけであった。
レオ丸の独演会は、まだまだ続く。
「一方、<スザクモンの鬼祭り>は、どないなクエストかと言うとやな。
実に食えない、恐ろしーモンやでホンマ。
しかし其れは主に、プレイヤーにとっては!ってな但し書きがつくんやけど。
神聖皇国ウェストランデの、心臓部とゆーても可笑しない首都の間近でモンスターが軍集団規模で大量発生してしまう、ってな無茶な設定のシナリオや。
よーよー考えたら、コレって無理ゲーやで?
モンスター軍団の中核は<人食い鬼>やけど、軍勢の九割九分は死に損ない共。
カワキモン代表のスケルトンから、ナマモンの代名詞の<動く死体>まで、貴重アイテムをドロップするリッチな<死霊王>も居るし。
一々挙げたら限ないけど、挙げてみましょーアンデッド。
<亡霊><ファントム>、<幽鬼>の擦り切れ。
<食屍鬼><彷徨う悪霊>の、<滅せぬ死体>まつ、<幻影悪鬼>まつ、<吸精屍鬼>まつ。
<帰参鬼>ころに、<燃えさかる悪霊>。
<殭屍>こうじの、<白骨の巨兵>。
ぱいぽぱいぽの<死肉の巨兵>……って、もうエエか。
さて、こっちは……」
<マリョーナの鞍袋>から別の冊子を引っ張り出したレオ丸は、先ほどと同じように頭上でヒラヒラさせてから、其れを最前列の聴衆へと投げ渡した。
厚さ二センチもない革表紙の羊皮紙本を受け取り、ページを繰ったものの、『太平記』にも似た素人には読み辛い文章に、山ノ堂朝臣はお手上げのポーズを取る。
「出だしに曰く。
“蒙窃採古今之変化、察安危之来由、覆而無外天之徳也。明君体之保国家。載而無棄地之道也。良臣則之守社稷。若夫其徳欠則雖有位不持”云々かんぬん。
<ロマトリスの黄金書府>でガメてきた本やけど、……万引きやないで、強いてゆーたら無断拝借やで、……其れは原本やのうて後年の写しやわさ。
同じ写本は、<赤封火狐の砦>の文書庫にもあるはずやから、あっちに行く機会があったら手に取ってみ。
……せめて、『土佐日記』や『源氏物語』くらいの文体なら、慣れてへんモンでも読めるやろうけど、ね。
んで。
其の中身を掻い摘んでゆーたらば……」
古の都ヘイアンは、ウェストランデ皇王朝時代には永久不滅の都城であった。
王朝の皇統が絶え、弧状列島ヤマトが五つに分かれた後も精神的な象徴首都として存在し続けたが、“此の世界”の暦で百九十二年前に其の歴史は永遠に閉ざされる。
シラミネという名の男が、冥府魔道に身を落とした事で。
生前、大した力を持たなかった彼の人物が、何故に単なる<大地人>から“人に非ずモノ”へと変質する事を望んだのか?
「其れは、<大地人>のままで生きて行くには、“此の世界”があんまりにも優しくないから、や。
力なき矮小な存在は、権力を持つ者に虐げられるし、モンスターに脅かされるし、<冒険者>頼みでないと安寧を得られへんし。
エエ事なしや、どーしよう?
そや! “超人”になったらエエんや!
……どーやら、シラミネってヤツはそんな風に思考をワープした……らしいねん。
ほしたら設定ミスで、“超人”やなくて“魔人”にワープアウトしてしもーたんやね、とっぴんぱらりのぷぅ」
ワザとらしく肩を竦めたレオ丸は、善人には出来ぬ笑顔を見せる。
「ってな事は、実はイベントの解説に一個も書かれてへんねん。
今言うた事は、“此の世界”で語られる史書、古文書、伝承にしかあらへんねんわ、さ。
山ノ堂朝臣君に渡した革表紙は、此方の正史に準ずるモンや。
ほいで、さっきチラ見させた黒い薄い本は、其の裏づけとなる過去の証言やわ。
ワシが覚えている<スザクモンの鬼祭り>の解説には、何故にアンデッドが大量に湧き出すんかは、さっぱり説明されてへんかった。
出て来るって事実と、其れを倒せって事だけやった。
先ずは最初の、所謂ゲーム時間でゆー処の七十二時間で、蓋の開いた地獄の釜の中へ突撃してオーガ討伐をしなさい。
そんで次は、クエスト期間内ずーっと掛け湯温泉みたいに溢れ出すアンデッドを、出来る限り撃滅しなさい。
ゲーム時間で五百五十二時間経つと、イベントは正規終了します。
其の合図として、<送霊紋山>に五芒星マークが輝きます。
しかし、<赤封火狐の砦>や<金護鳳凰の砦>が陥落したら、イベントは強制終了します。
皆さん頑張って下さいねー、ってな感じやった。
処が実際にイベント参加してみりゃ、予想外の隠れシナリオがビックリ箱みたいに飛び出して来よるやん?
在来モンスターの大暴走って言う追加が、さ。
一番最悪やったんは、前々々回の時や。
元の世界でゆーたら三田市辺りに、<牛頭大鬼>の軍勢が現れててんやわんやの上に、シッチャカメッチャカになってしもうた。
同時に、三木市にはスケルトンの軍団がわんさか、と。
何で、そないな事が起こったんや?
ワシもプレイヤーやった頃には、さっぱり皆目判らんかった。
せやけど、“此の世界”に来て歴史を知ったら納得出来たわ。
アンデッドはな、シラミネの意志が憑依したモンやねん。
権力者が憎い、モンスターが憎い、そんで冒険者が憎い!
せやからこそ、大地人の権力者が居る街を狙うし、冒険者の街である<ミナミ>へと襲いかかろうとするんや、ね。
<赤封火狐の砦>も<金護鳳凰の砦>も、目標を襲うんを邪魔する障害物でしかない。
ほんで。
大暴走が起きる理由は、攻撃対象にされた在野のモンスター達が身の危険を感じて集団疎開をしてる、って事やねんね。
ゲームやと連動しとる、って思うてたけど実際は、連動させられとるんやわ。
補足すると。
此の<スザクモンの鬼祭り>ってクエストが……いや、こっち視点なら期間限定の“災厄”やな、其れが実に性悪な処は、な」
聴衆達一人一人の目を覗き込むように腰を屈めたレオ丸は、不意に背筋を伸ばして石壁をゴツンと殴りつけた。
「アンデッド共が湧き出す場所が、一ヶ所やないって事や!
<ヘイアンの呪禁都>に設えられた、<栖裂門>だけにしといてくれりゃエエのに、“畿内”の何処かにな、給湯パイプの漏水箇所が出来よるんや!
其れも、必ず二ヶ所も!
しかも、其れは毎回毎回ランダムで出来よるんで、事前予測が立てられへんねん。
ホンマ勘弁して欲しーわ、全く!
因みに。
“畿内”ってーのは、日本の旧国名……律令制度の国名でな、大和・山城・河内・和泉・摂津の五ヶ国を意味するカテゴリーや。
判り易くゆーたら、奈良県全部・京都府南部・大阪府全部・兵庫県東部に相当する一帯やから、意外と広い範囲やわ。
んで、三田市は昔、摂津国の一部やった。
三木市は播磨国の一部やけど……誤差の範囲なんかね?
三田市のミノタウロスと三木市のスケルトンには、因果関係があると思うんやけど、答えは全部“藪の中”やから何とも言えんけど。
とはゆーても、ある程度の法則はあるよーで。
少なくとも。
アンデッドが漏れ出すんは、人里離れた山間部の在野モンスターが多数棲息しとる場所に、限定されとるみたいやが。
“其れが何処やねん!”って言われてしもうたら、答えようがないんやけど。
まぁ、希望的観測だと恐らく。
地獄の釜から灰汁が噴き零れる処には、デッカイ泡立ったー煮え立ったー的な判り易い、予兆があると思うんやけどなー。
さて、皆さん。
此処までで、疑問や質問はおますやろか?
なけりゃ御清聴、誠におおきに有難さんやねんけど……」
レオ丸が、そう言い終える前に、幾本かの手が挙げられる。
「ほな、其処の……若葉堂颱風斎君!」
神妙な顔つきで立ち上がったのは、商人や旅人の守護神の如く、雄鶏の翼を生やした銀色の布兜を被った青年だ。
広い室内の、レオ丸から最も遠い位置から発せられた声は、<吟遊詩人>らしく澄んだボーイソプラノであった。
「先生の話された内容は、全て“事実”として受け止めて良いんですか?」
「おお、実にエエ質問やね!」
<大師の自在墨筆>を懐に仕舞い、パンパンと拍手をするレオ丸。
「今、ワシが喋った全ては、ワシが知る処の“真実”や。
最初にゆーた通り、思い違いや勘違いが混ざっているやもしれへんけど、嘘や偽りは一片たりとて混じってへんさかいに。
信じるか信じひんかは自分ら次第やけど、騙すつもりなら最初に一言断りを入れてからペテンにかけるさかい、虚言空言は申してまへんで♪」
聞きようによっては、ふざけているようにしか聞こえないレオ丸の回答に納得したのか、若葉堂颱風斎は神妙な顔つきでペコリと頭を下げて座る。
「他にはおまへんか?」
「はい!」
「お、錫ノ進君!」
「一つ教えて欲しいべ」
「何やろか」
「ジャンピングチャンスって、一体何だら?」
「いつでも好きな時に、飛び跳ねてくれてエエって事や、ユー・コピー?」
「アイ・コピーだら」
周囲の者は唖然と見詰める中、<神祇官>は唐突に跳躍を始めた。
まるで、草原での物見を買って出たマサイ族の勇者のように、淡々とした無表情で。
「全く……素直過ぎるやろ、自分ら?」
不条理漫画のオチを見せつけられた気分のレオ丸は、人知れずボソッと呟く。
「欺瞞や偽証と、秘匿や掩蔽は、全然違う“別モン”やねんから。
元の現実でも今の現実でも、事実は、真実の行間に潜んでいるんやで?」
レオ丸の喋り方は、私ならこう話す、ってな書き方をしましたんで、読み辛いかと存じます。
謹んでお詫びすると共に、訂正しませんので良からず悪しからず♪
「詰まり」とか「そんで」とか、多用し過ぎやなぁ……。