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第陸歩・大災害+77Days

 原作の方も順調に更新なされている事に、安堵し捲くりの今宵にて♪


 此方は順調に、物語が進展しておりませんが……懊悩?

 最後の行に「」のミスを見つけましたので、修正致しました(2016.08.01)。

 地名を変更致しました(2018.08.27)。

 元の現実であれば、幅二百メートルに渡り岩盤から湧出し、二十メートルの落差を誇る、“日本の滝百選”にも選ばれた土地。

 “此の世界(セルデシア)”では<ホワイティ・フォールズ>と名づけられたゾーンを離れたレオ丸とタクミは、丸七日をかけて<霊峰フジ>ゾーンを一周した。

 “半分の世界(ハーフ・ガイア)”規模の距離を、冒険者の健脚で回れば二日とかからぬ道程に七日もかかった理由は、概ね三つである。


 一つ目の理由は、茂みを切り開き、倒木を押し退け、道なき道を進むのが、予想外に難事であった事。

 冒険者の体をもってしても、実に草臥れる作業であったのだ。

 もしレオ丸が<妖術師(ソーサラー)>ならば、<オーブ・オブ・ラーヴァ>などの火炎系の魔法で焼き払うなり、<フロストスピア>などの氷結系魔法で凍らせるのと同時に粉砕する、といったやや強引な障害物除去方法が使えたかもしれない。

 だが、レオ丸は生憎<召喚術師(サモナー)>である。

 しかも土木作業に適した<土精(ノーム)>を召喚出来るアイテムを、一ヶ月前にハチマンの社に奉納してしまっていた。

 呼び出せるのは精々、火力に乏しい<火蜥蜴(サラマンダー)>や、水力の弱い<水妖(ウンディーネ)>くらいのもの。

 頼みの契約従者達も、力仕事は出来たとて土木作業を任せられるほどではない。

 故に、前進するための道造りは、“人力”に頼るしかなかったのだった。


 二つ目の理由としては、時も場所も選ばずに襲いかかるモンスター達に、幾度も進路を阻まれた事。

 尤も、Lv.30~50程度のモンスターなど何するものぞ、の二人であったが如何せん襲撃頻度が度重なれば、精神的に疲労が蓄積してしまう。

 攻撃力だけではなく防衛力にも優れた技能を発揮する<武闘家(モンク)>のタクミ。

 契約従者を繰り出しては、タクミの支援に徹したレオ丸。

 連携プレイにより大過なく障害(モンスター)を排除出来たものの、戦う度にHPとMPを消耗し、神経を擦り減らせ続けたのだった。


 三つ目の理由は、消耗状態からの脱却を図るために、戦闘よりも回復に割く時間がどうしても多くなってしまった事。

 大地人と比べれば超人である冒険者とは言え、無敵でもなければ不死身でもなく、其の中身は元の現実では一般人である。

 道を造り、戦闘をし、回復を図るを繰り返せば、精神の休まる暇などあるはずもなく、行動を開始した初日の夕方に、グッタリとした二人は一つの合意に達した。

 確実に倒せる敵のみを、倒す。

 休める時は無理をしてでも、休息を取る。

 其の結果が、七日という日数に反映されていたのだった。


 七日をかけて二人が歩み進めたルートは、<霊峰フジ>を中心に据えた時計回りの道筋である。

 長針のようなタクミの健脚と、短針のようなレオ丸のコンパス。

 二人の足跡を、大雑把に記せば以下の通りとなる。

 <ホワイティ・フォールズ>を北上し、<モータル・ホロウ>、<ウィンディ・ホロウ>を通過し、続く<フジ樹海>を北限として東へ大きく迂回してから、<プレアデスの古苑>と<ハイランダーの廃園>へ。

 神代の遊技場跡である二つの廃墟ゾーンを通過すれば、<マウンティン溜水>を内包する<ザ・サード・パレス>からは南下だ。

 <霊峰フジ>に隣接するゾーンの中で最も広大な<ザ・サード・パレス>の南端を右折し、隣接するゾーンの中で最小ゾーンである<ブラッキィ墳墓>を抜ければ、大地人の村落が点在する<フジ=シャーン>。

 <フジ=シャーン>の北に隣接するのが、<ホワイティ・フォールズ>である。

元の現実でルートを説明するならば、国道139号線と138号線と469号線で構成された、縦長に歪んだ楕円形であった。


 レオ丸とタクミは、<ザ・サード・パレス>で遭遇した数体の<蜥蜴人(リザードマン)>との戦闘で得た金貨と、大した価値もない幾つかのドロップアイテムを山分けした後に、とある大地人の村へ腰を落ち着ける事にした。

 其処の村長に一袋の金貨を提供する事で村外れの空き家を借り受けたレオ丸は、呼び出した<家事幽霊(シルキー)>に屋内の掃除を任せると、庭先で門番然として身を伏す<獅子女(スフィンクス)>の右脇腹に上体を預ける。


「レオ丸さん、ちょっと其の辺を歩いて来ます」


 タエKが揮う床掃きの箒に家を追い出され、所在なげにしていたタクミが不意に空を仰ぐや、一言を残して何処かへと駆けて行った。


「はいな、行ってらっしゃい」


 片手を振って其れを見送ったレオ丸は、ひと呼吸を置いてから含み笑いをする。


「主様、如何なされましたので?」

「いやはや、可愛いモンやなぁ、って思ってな」

()は如何に?」

「一生懸命に腹芸をしているんが、な」


 タクミが足早に去って行った理由を正確に見抜いたレオ丸は、実に楽しそうな笑みを浮かべながら、<マリョーナの鞍袋>からアイテムを二つばかり取り出した。

 一つは、“此の世界(セルデシア)”において本来は存在していないインチキ物品の、<大学者ノート>。

 もう一つは、<大師の自在墨筆>だ。

 背表紙に『私家版・エルダー・テイルの歩き方』と墨痕鮮やかに記された、<大学者ノート>を徐に開き、空白ページに筆先を舐めつつ記憶を文字にしていく。


「主殿、年若の背伸びを笑うのは失礼でありんすえ?」

「まぁ確かに……ワシかてそんな時期もあったさかいに、其れを思い出したら何とも面映うてなぁ、いや堪忍堪忍」


 襟元から発せられた<吸血鬼妃(エルジェベト)>の窘める声に、悪びれた様子が欠片も感じられない返答をするレオ丸。


「さっきのタクミ君の仕草やけどねー、空を一瞬仰いだんは念話がかかって来たからで、其の相手の名はワシの耳には入れたくない人物なんやろーな、と。

 ほいで、其れは誰かと考えたらば、タクミ君とゆー監視役をワシに宛がうた人物なんやろう。

 数日前のタクミ君との遣り取りで、ワシはある人物の名を口にしたった。

 ってゆーても、其の人物の名をバラしたんは、タクミ君の方やけどね」

「……主殿がバラさせた、のでありんしょう?」

「主様の口車に乗せられたのでは、と推察出来ますゆえ」

「はっはっはー、ザッツ・ライトやわ、アマミYさん、アヤカOちゃん」

「……主様とは、時を長く共に致しておりますゆえ」

「……主殿よりも、性根の捻くれた“冒険者”とやらは、存じぬでありんす」

「とっほっほー、……家長に対して酷い物言いやな、自分ら。

 ハーグの常設仲裁裁判所へ訴えでんぞ、ホンマにもー!」


 いつもと変わりない無駄口の応酬をしている間も、筆先は止まらない。

 <霊峰フジ>の周辺をひと廻りして得られた、アレやコレやを時系列に即して順序良く書き込んでいく、レオ丸。

 意識すればするほどに強化され出したサブ職の、<学者>のスキルである<学術鑑定>と<精密真写>。

 <学術鑑定>とは、視界に対象のデータを詳細に表示し、尚且ついつでも好きな時に思い出そうとするだけで何度でも再表示するスキルだ。

 研究するつもりで観察した事柄は全てが記憶され、例え数年前に視界を掠めた程度のモノであろうとも、思い出そうすれば即座に記憶した事柄を生情報として再現出来る。

 サブ職<学者>にとっての記憶とは、記録と同義語なのだった。

 <精密真写>スキルは、実在する事柄から想定出来る範囲内の事は、研究の一環と規定され記録を残す事が出来るモノである。

 一つ一つは些細な取り止めのない情報であっても、其れらをパズルのピースとして扱う事で予想図を描く事を容易とするのだ。

 但し、明らかな空想や妄想を描く事は出来ないために、集めた情報に“抜け”や“欠け”が多過ぎれば、全く役に立たないスキルでもあったが。

 全てがゲームでしかなかった頃は、何一つ利点と感じなかったスキルではあったが、<大災害>以降に研鑽を重ねた結果、レオ丸はそれらを何不自由なく使いこなせるようになっていた。

 故に、今のレオ丸の中で二つのスキルは同期(シンクロ)しており、数日前の些細な事柄は余す事なく文字情報として顕現され、其処から導き出された事柄も“解答”として書き込まれて……。


「いやいや、そーは問屋が卸しまへんわ……な」


 箇条書きの項目を連ねれば連ねるほどに、情報が全然足りない事を自覚してしまい、レオ丸の筆先が段々と走らなくなる。


「<大災害>の前と後とで、大きな違いはないよーな気がするけど……。

 ワシが此の辺をうろついたんは、十年は前の事やしなー」

「主様、()は些か御記憶違いでは?」

「うん? ああ、せやな、こっちでは“百二十年”前になるんやった、な。

 まぁどっちゃにしても、随分と前の話やわ。

 アレからコレまでの間に、どんだけ変化(アップデート)があったやら。

 そーいや、アップデートゆーたら……」


 記すべき事を記し終えた『私家版・エルダー・テイルの歩き方』を閉じ、<大師の自在墨筆>と共に鞍袋へと仕舞い直すや、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥えて俯くレオ丸。

 無言で五色の煙を鼻から漏らしながら、脳内では昨夜の念話を再生し始めた。


 遡る事、凡そ十二時間前の事である。

 交代で務めた野営の見張り番。

 深夜の担当をしたレオ丸は、周辺警戒を闇よりも暗い無数の小さな影に変化したアマミYに、野営地の見張りを<家事幽霊(シルキー)>のタエKにそれぞれ頼み、其の場を離れた。

 寝袋に篭るタクミを起こさぬよう、足音と気配を消せる猫科のモンスターの一種でもある、アヤカOの背に跨りながらだ。

 ほど良く距離を保てる場所まで移動してから、レオ丸はイースタル圏内に潜伏中の人物に連絡をしようとした途端、予想外の人物からの念話を受ける。



「アップデート?」

「ええ、そうです」

「アップデート、アップデートなぁ……まぁ確かに、<ノウアスフィアの開墾>導入の際に追加されたパッチの影響は、考慮に値するわな」

「追加パッチが施されてから<ノウアスフィアの開墾>導入まで、タイムラグは余りありませんでしたから」

「つまり……追加パッチの詳細を知るモンは居らへん、ってか?」

「イベントにクエスト、モンスター」

「アイテムもせやな」

「あるいは……」

「仕様にも何がしかの更新がなされているやも、ってか?」

「残念ながら、憶測でしかありませんが」

「いやいや、実に良き推測、示唆だわさ。感謝感謝!」

「では、夜中に申し訳ございませんでした。

 ふと思いつたんですが、思いついたらもう居ても立ってもいられなくて、時間を弁えず失礼しました」

「また何か思いついたら、教えて頂戴な!

 此方も何か気になるモンを見つけたらば、連絡させてもらうさかいに。

 ほいで、適当に……」

「ええ、加減を見計らいつつ流布させてもらいます。

 新参者が場所を確保するには、“使える奴”って評価が必要ですので」

「ま、其の辺は相身互いやね。

 ワシは自分に、自分はワシに、相互に価値があると思うてるさかい、納得ずくで利用したりされたりしとるんやもん。

 まさか、出会って一月も経たへん内に、そないな関係が結べるとは思いもせぇへんかったけどな?

 ホンマ、人との(えにし)って面白いやねー。

 ほな、そんな感じで♪」

「では、お休みなさい、法師」

「はいな、お休みやす、大アルカナのぜろ番君」



 一つ大きな息を満天の星空へと吐き出したレオ丸は、今度は自分から念話をかけた。



「ぐっどいーぶにんぐ、ミスハさん♪」

「今日は安眠妨害ですか、法師?」

「ああ、お肌のまが……いや、何でもない何でもない!」

「……今更、法師の軽口に腹を立てても仕方ないですが、……次にお会いした時はヒドイ目に遭わせますよ」

「いや、御免なさい。

 そいでやね、此方の現況を伝えさせてもらおうかと思ってな」

「拝聴しましょう」

「<霊峰フジ>をグルリと周ってみたんやけど、進入口になりそーな場所はおまへんでしわ、残念残念。

 どっかに結界の綻びでもありゃ“ラッキー!”やってんけどなー、ホンマ。

 やっぱ、今年の大晦日を待つしかなさそーやねー」

「ですか」

「夏風も爽やかで風光明媚な場所ばかり、って言いたい処やけど……ちぃーっとばかし物騒過ぎたし。

 後、可能性があるとしたら、<フジ樹海>の何処かにあるって噂の、隠しルートやろーかねぇ。

 スナック菓子のオマケのカードで、当たりを引くよりも確率は低そうやけど」

「運良く探し当てられて、入り込めたとしても、凶暴なモンスターの巣窟でしょうに。

 今の法師じゃ、“悪即斬”で<大神殿>行きなんでは?」

「まぁねー」

「其れに元々、法師に潜入行為など無理な話ですから」

「何でや?」

「悪目立ち過ぎ、だからです」

「そりゃまぁ、“栴檀は双葉より芳し”やもんなー」

「はいはい、そういう事にしときましょう!

 では、此方からの報告ですが」

「はいな……何やらそっち(イースタル)のお貴族さんから使者が来て、<円卓>の若い人らがワタワタしてるんやったよな」

「ええ、……高が、大地人貴族が発した書状ごときで、情けない」

「エライ説得力のある発言やなって、そりゃそーか」

「フフフ……」

「そんで?」

「未だに擦った揉んだしてますが、小田原評定の一歩手前で踏み留まっているようです」

「ふぅ~~~ん」

「<円卓>の参加者は、考え過ぎと考えなさ過ぎと、積極的行動派と消極的慎重派がマーブル模様を描いていますが、纏め役の仕事が宜しいようですので」

「クラスティ君かぁ、一面識しかあらへんけど、まぁ伊達に<D.D.D>のリーダーしてへんわな、彼も」

「ええ。彼の指導宜しく現在の処は“上手に”運営出来ているようです」

「ほいで、イースタルの人らは何を通達してきたん?」

「<円卓>の“非公式発表”……壁新聞以下の張り紙でしたが、まぁソレによれば、<自由都市同盟イースタル>は<アキバの街>と“交渉”とやらがしたいようですね」

「ほほう……ほいで、ミスハさんは、どのように考えたん?」

「其れは、どちらの思惑についてでしょうか?」

「イースタルの御貴族さん達の思惑は、此の際さておこうや。

 向こうさんからすりゃ、<大災害>前までは碌に会話も出来ひんかった輩が大挙して現れて、気がつきゃ大地人の第一村人やパンピー市民と交流を持ち出した。

 貴族である支配階級を差し置いて、庶民と交流を持ちよった。

 まぁ、アキバには貴族階級が居らへんのやから、其れはしゃーないとしても。

 問題なんは、ワシら<冒険者>は、<大地人>が束になっても敵わん武力の持ち主ばかりや、って事やん。

 言わば、一騎当千の(つわもの)揃いって事やん。

 そんな<冒険者>が、大地人貴族達の領地の直ぐ傍に、万人単位で居座り出した。

 そりゃー気になるやろうし、戦々恐々の思いやろう。

 敵か味方か、どっちなんや?ってな。

 過去を基準に考えたら、<冒険者>は<大地人>の味方やん?

 せやけど、<大災害>後に顕現した<冒険者>は過去の基準に照らし合わせてみたらば、敵対的な行動を取る粗暴な奴らが其処彼処に見受けられる。

 果たして<冒険者>は、本当に<大地人>の味方なんやろうか?

 そう考えて情報収集しとったら、どーやらアキバに支配階級が生まれたらしい。

 ま、<円卓>の事やけど。

 其の支配階級の下で、<冒険者>達の狼藉も収束したよーや。

 そんな報告を受けた<大地人>の御貴族さん達は、考えに考えた。

 “<冒険者>と交渉してみる必要性があるんじゃないか?”ってな。

 敵ではないと思うけど、味方であるとは言い切れない<冒険者>達との第一次接触(ファースト・コンタクト)が、今回の使者派遣やないんかな?

 デビルズ・タワーに降りてきた巨大UFOの搭乗員がワシらで、巨大なパネル通信設備を用意したプロジェクト・チームが彼ら、って事で。

 至近距離からの目視による“第一種接近遭遇”と、周囲に何かしらの影響を与えている事を観察した“第二種接近遭遇”の段階は終了した。

 お次は、遂に直に触れ合う“第三種接近遭遇”や、ってな。

 今回の使者さんは、“パ・パ・パ・パ・パ・パー・パー”ってな具合に音と光でアキバに、“はろー・えぶりばでぃ?”って言いに来たんやろうさ。

 “何だか判らない貴様らと、我々は話し合いを持ちたい!”って通告やん?」

「そうでしょうね」

「“話し合い”に乗ってくれたら、味方未満の存在と認識出来るし。

 乗ってくれへなんだら、敵確定の“通知書”が届いたわけや。

 さて、ほんだらば。

 <円卓>の方は、今回の黒ヤギさんからのお手紙を、どー受け取ったんやろう?

 読まずに食うて、なかった事にしたいんか?

 其れとも、お返事を書く気があるんやろうか?」

「そうですね、熟慮の真っ最中ですから憶測でしか言えませんが……。

 恐らくは“前向き”に受領して、交渉の場に代表を送る事になるのでは、と」

「其の理由は?」

「<大地人>達のルールに対して、<アキバの街>の立ち位置を確立させたい、と考えるのではないか、と」

「ほほぅ?」

「今回の通告者達は、<大地人>の“貴族”達です。

 翻って私達<冒険者>は、一人残らず“平民”です。

 GHQが占領統治し、其れまでの日本社会にあった既存の価値観を解体するまでは、日本は階級制度……身分制度がありましたし、其れが当然でした。

 でも戦後生まれの私達は、階級制度のある暮らしを知りません。

 “貴族”と言う“支配階級”がどのように考え、どのように行動するかは、想像出来ても、其の本質を理解する事が出来ません。

 ですから、情報収集するためにも、<アキバの街>に居る<冒険者>達を理解してもらうためにも、<大地人>と同じテーブルにつく必要性がある、と<円卓>は考えるのではないか、と思います」

「まぁ、そーやろうねぇ」

「ええ、そうでしょうね」

「そりゃー、大事な事、のようやねぇ」

「ええ、大事な事、のようですね」

「上手く行くと、エエねぇ」

「上手く行きます、でしょうか?」

「さーてなー、……でもまぁワシらみたいなド素人でも、ロマトリスの黄金書府で何とかなったんやから、何とかなるんやないか、な?」

「ああ、……そうでしたねぇ。

 <大地人>の貴族との接触に関しては、彼らよりは私達の方が一日の長がありますよね……大変でしたが。

ま、他人事ですが、頑張って欲しいですね……でないと」

「既に<大地人>貴族を摂り込んでしもうとる、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>の独り勝ちになってしまうもんな」

「ええ、その通りです」

「まぁ其れでも、クラスティ君やエンちゃん達の親分とか、生産系ギルドも大物や曲者が居るんやし、其れに……」

「シロエ……ですか?」

「ああ、せや。<円卓>設立の脚本家が居るんやし……。

処で、シロエ君とやらは、そないに素晴らしい手腕の持ち主なんかいな?」

「そのようですよ。

 色々と探ってみましたら、一般レベルではほとんど知られていませんが、幹部クラスには名を知らぬ者なし、のようですから」

「へぇ……って、どーやって聞き出したん?」

「私は元々、マスコミの端くれですよ」

「取材するんはお手の物、ってか?

 せやけど、ミスハさんは<Plant hwyadenプラント・フロウデン>の……」

「いえ、私はもう、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>所属ではありませんよ」

「へ!?」

「アキバに入る前に、“退会処分”になりましたから」

「“なりました”って?」

「正しくは、“便宜上”と冠がつきますが」

「ギルマス権限による“退会処分”か、なるほど」

「残念な事に、私以外にも同じ処分を受けた者がおりますが」

「何人くらいおるん?」

「さて……方々に散らばってしまいましたし、後続もいるでしょうから……」

「う~~~む、ホンなら尚の事、<円卓>には頑張ってもらわんとなぁ」

「明らかに出遅れてますからね……」



 また数日後に連絡を取り合う事を約束して<念話>を終えたレオ丸は、野営地への帰路につくアヤカOに身を任せながら、夜空へと五色の煙を棚引かせる。

 元の現実では見られなくなってしまった天の川を、幼少期には生活圏で見る事が出来ていた其れを、心と記憶に焼きつけるようにして。

 天空を横断する無数の星が群れ集い出来た長大な帯は、半分の明るさしか持たぬ月を差し置いて、眩く瞬いていた。

 主役は時として、移ろうものだ。

 “此の世界(セルデシア)”の主役は、誰なのか?

 そう問われれば、今のレオ丸ならば即座に、<大地人>であると答える。

 レオ丸が“プレイヤー”の立場であれば、“自分やけど、何か?”であろうが。

 しかし今は、ゲームではない。

 レオ丸も己を主役とする“プレイヤー”ではなく、“此の世界(セルデシア)”に飛ばされて来た何万か十何万人かは居るであろう、<冒険者>の一人でしかないのだ。

 現在のレオ丸の立場は、夜空の中心を統べる“月”ではなく、天の川を構成する無数の星の一つでしかない。

 更に考えを進めれば。

 元々“此の世界(セルデシア)”には、大地人とモンスターしか居なかった、と設定されている。

 其処に、<亜人>というモンスターが加わり、大地人が占めていた大地を蚕食し、モンスターの蔓延る土地へと変えてしまった。

 次に<冒険者>が招来せられ、大地人の土地を間借りしながら、亜人を含めた対モンスターの防波堤や土塁となり、国土回復の尖兵となる。

 “此の世界(セルデシア)”の歴史では、そうなっていた。


 モンスターは大地人の敵で、冒険者は大地人の味方である。

 其れが、全てがゲームであった頃の摂理であり、決まり事であった。


「せやけどなー……」と、続きを口篭ってしまうレオ丸。


 何故ならば、<大災害>の発生前と後では、摂理は覆り、法則は敢えなく崩れ去ってしまっているのだから。

 モンスターは大地人の敵のままだが、冒険者は大地人の味方であるとは決して言えないのが、今の現実である。

 “此の世界(セルデシア)”において、冒険者と大地人とモンスターとが保っていたバランスは、見事に引っ繰り返されてしまった。

 スポ根アニメの卓袱台の如く、あっさりと。

 そして。

 万事において都合良く参上する正義の味方は姿を消し、後には危険極まりない悪と、気まぐれな無双者達だけが残されたのだ。


 斯く言うワシも、其の気まぐれモンの一部やが……此の状況をどないな感じで受け止めるんが、ホンマの在り方なんやろうか?


 頭を抱えるべきか、其れとも腹を抱えるべきか?

 戯曲の主人公であるデンマーク王子のように、眉間に眉を寄せたレオ丸は燦々と降り注ぐ陽光の下で、昨夜と同様に呻吟する。


「that is the question……、どっちかにせん事には……手が足りんしなぁ」


 うんうんと唸るレオ丸の体重を受け止めながら、静かに伏せていたアヤカOが耳をそばだてるや、微かに身動ぎをした。


「主様」

「う~~~む……うん?」

「戻られたようでありますゆえ」

「ふむ……ほなまぁ、此の問題は暫し棚上げやな!」

「其の内に棚が重みに耐えかねて崩れぬか、心配でありんす」

「あっはっはー、大丈夫大丈夫!

 象が踏んでも壊れへんし、百人乗ってもダイジョーブな、棚やもん!」


 よっこいせー、と立ち上がったレオ丸は、腰を叩きながら会心の笑みを浮かべる。


「其の根拠なき自信が、わっちは心配でならぬと思いんす」


 レオ丸は、襟元から聞こえる溜息を朗らかな笑いで包み込み、遠くから駆け戻って来るタクミを、貼りつけた笑顔で出迎えた。



「アキバへの帰還命令を受けました」


 息も切らせずにそう告げたタクミは、直立の姿勢から九十度腰を曲げて頭を下げる。


「ほほう……そりゃまた急な話やね」

「ええ、まぁ」

「ギルドの方で、何ぞあったん?」

「間もなくアキバの中でも大々的に広報されますので……レオ丸さんに先んじてお伝えしても問題ないだろう、とヴィシャスさんも言ってましたので……」

「うん? ヴィシャス氏からの<念話>やったん?」

「いえ、レザリックさんで……」


 言い差したタクミが、慌てて口元に両手を当てた。


「ふぅ~ん……、やっぱりレザリック氏からの<念話>やったんか。

 ホンで、ワシに言うても無問題(モーマンタイ)な内容って、何なん?」

「え~~~っと~~~……」

「まぁ別に、レザリック氏の名がバレた処で、大した事やあらへんし。

 もし其れが、自分の失点になるんなら、ワシが其れを言わんかったらエエだけやし」


 タクミは暫く口をモゴモゴさせた後、観念したように語り出した。


「<円卓>からの発案で、低レベルの冒険者達に経験を積ませる機会を作る事になったようでして」

特訓(パワーレベリング)か?

 “虎の穴”でも作って、覆面レスラーを大量生産する心算なんかねー」

「いえ、其処までは流石に……一応“合宿”だそうです」

「って事は、運転免許取得目的の、アレみたいなもんか?」

「多分」

「対象は何処まで広げるん?」

「何処まで、とは?」

「例えば、<円卓>に加盟しとる主要ギルドの構成員のみなんか?

 或いは、<円卓>の下に入った中小零細ギルドの構成員も含めるんか?

 其れとも、ソロも含めた<アキバの街>に住まう全ての<冒険者>なんか?」

「最後のヤツです」

「オール・オッケーの、参加制限なし、か。

 そりゃー大変やろうな、レザリック氏も」

「え?」

「だって、そーやん。

 参加人数を区切らへんでオールフリーにしたら、どんだけの人数が参加するやら判らへんやんか。

 もし仮に、百人が参加するとしたら、どーなる?」

「え? どう、とは?」

「百人を引率するには、十人から二十人くらいの付き添いを配置したいやな。

 つまり、<円卓>の各ギルドから一人ないし二人の人員を出さんとならん。

 参加者全員が、手ぶらで行けるはずはないし。

 付き添い全員が、手弁当って訳にもいかん。

 って事は、さ。

 <円卓>が言い出した事にゃら、ある程度の必須で必携の物資を<円卓>側で提供するんが筋やろう。

 低レベルって事は、<冒険者>として持っておきたい各種アイテム……ポーションの類やとか、野宿セットやとか、特に消耗品を最初から補填しといたらなアカンやん?

 高レベルに(とみ)……アイテムや金貨が集中し、低レベルには其れが足りてへん、ってな。

 ローレンツ曲線で描いたら実に見事な、極端な斜線になるんは自明の理やん?

 だからこその“合宿”なんやろう。

 で、あるが故に、多少の補填が必要なんやわな。

 さて、ココで問題です!

 今回の<円卓>による新たなる試みで、大変な思いをするんは誰でしょう?」

「……其れは、事務局です」

「はい、正解!

 ……其れが、自分がアキバに戻る理由なんやろう?」

「……はい」

「<円卓>が忙しくなると、アキバが手隙になってしまう。

 ウェストランデと繋がりを持っていて、尚且つアキバにも知己が多いワシみたいな、……<円卓>からすりゃ胡乱なヤツには体制が整うまでは、知られたくない不都合な事実やもんな。

 そりゃあレザリック氏も、出来るだけ情報は制限したかったやろうに♪」

「でも、いつかはお知りになられる事でしょう?」

「いつかは、いつかであって、決して今やないんやな、コレが。

 体制が整う前に知られる事と、整った後に知られる事とでは、全然違うし。

 今の現実だろうと、元の現実だろうと、情報の隠匿と公開のタイミングってのは判断が難しいでな。

 とは、言え。

 もし過失があるとしたらば、自分が口を滑らせた事よりも、<円卓>を構成する幹部達の方と違うかなー。

 情報取り扱いのプロとしての訓練を受けた事もないやろうに、多くの人間が関わる情報を秘匿し、コントロール出来るって思うた事やわさ。

 ワシもそーやし、自分もそーやし、<冒険者>の誰も彼もがそうなんやけど、みーんな素人やん?

 せやのに、済し崩し的に選んでしまった立場に付随する権限を、己の実力と勘違いし出してるんやないか、って思うねんわ。

 中身が人生経験の浅い少年少女のギルマスが、組織のリーダーをし続けるには過大な無理をせなならんやろうし、ギルメンの多大な協力があらへんかったら、舐められてギルドは瓦解してしまうやろう。

 <円卓>にしても、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>にしても、行政の素人にしてはよー頑張ってるとは思うが……頑張るほどに何れは破綻してしまうんやないか、って危惧すんねんけどね?

 破綻する前に行政の“プロ”になれたら、エエんやけど……ね?

 ワシがまぁ、ソロでプラプラしとる理由は、自分の尻は自分で拭かなしゃーないけど、他人の尻まで拭く余裕は、心にも行動にも全然まったくコレっぽっちもないからや。

 自分も、レザリック氏も、その辺をキッチリと理解した上で、事を運ばんとエライ目に遭うかもしれへんさかいになぁ?」

「…………」

「まぁ、案じよう御気張りやす♪」



 其れから暫くして。

 レオ丸は、<帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>の光に包まれるタクミと、手を振り会釈し合い、お別れの儀式となす。


「旦那様、お待たせしました。お連れ様も……」

「彼なら、今さっき帰ったで」

「あら……では夕御飯は粗食で宜しいですね?」

「何でや、くぉらぁッ!!」



 そして、其の夜の事。

 ほどほどの内容の夕食を済ませ、のんびりと寛いでいたレオ丸の脳内に、鈴を転がすような音が鳴り響いた。

 食後に襲われた眠気で意識をぼんやりとさせたまま、名前もろくに確認せぬまま<念話>を受けるレオ丸。

 だが、其の虚ろな意識は、相手の一言で一気に覚醒させられる。


「法師に御注進! <鬼祭り>が始まりました!!>」

 さてさて、今年も間も無くお盆です。

 『剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク』は予約投稿出来やすが、こっちの方は毎度毎度の自転車操業ですので……来月は一回投稿出来れば万々歳かと思いまする。

 さて、アマ作家モードから、プロ僧侶モードに切り替えねば!


 タクミ・ワンピース氏は一旦お別れでやんすが、何れまた御出演戴ければって思っています。

 そして。

 大アルカナのぜろ番氏の再登場は、先にお書き下さいました大きな愚様の感想に感銘を受けたからでした。

 創手カケラ様ともども、御助力と御示唆を頂戴致し誠に感謝です!(平身低頭)

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