第零歩・大災害+12Days 其の弐
加筆訂正致しました(2017.08.18)。
更に加筆修正致しました(2017.11.18)。
その鐘の音をレオ丸が聞いたのは、陽が中天へと昇る中途の時分。
ミナミの街の西の大通りである、ミドー条路を<獅子女>の背に揺られながら、ビラを撒いている最中の事であった。
「お、トライアル開始の合図やな」
「左様でございますね。おおよそ巳の刻にてございますゆえ」
「情報収集した範囲では、特に問題無く粛々と進行してるようやし。重畳重畳」
「主様は、広場に居られなくて宜しゅうございますか?」
「本部の運営も、大会の進行も、手馴れた人らにしてもろてるしな。下手に素人が手を出さんと、任せとくほうがエエわ」
「左様でございますか」
「アヤカOちゃんも、参加したいんかな?」
「いいえ、左様な事は。主様を背に乗せて歩く今のほうが、よほどの大事でございますゆえ」
「明眸皓歯に言われると、すっごく照れるなぁ」
「お褒め戴き、誠に恐悦にて」
例え首から下が有翼のライオンで、契約従者の召喚モンスターであっても、美人にはからっきし弱いレオ丸。
煙管から盛大に煙を吹き上げながら手に持つビラで、逆上せた頭を扇いだ。
スフィンクスを召喚モンスターにするには、西欧サーバの<アクロポリスの大神領>で<光を失いし王の追放>のクエストを達成し、<イオニア讃歌集第一の断章>を手に入れて、更に<神聖隊の消えし山>にて過酷なクエストを達成しなければならない。
引き摺られて行った“ギリシャ殴り込み道中”で、レオ丸はそれを達成した。
同行者の、カナミの思いつき行動の被害者達の、手助けがあったからこそだ。
高レベルの貴重なモンスター達と、召喚契約を結べたのはある意味、カナミのお陰だと、レオ丸も一応は感謝している。
そして、多大な助力をしてくれたカズ彦達には、それ以上に感謝していた。
そのスフィンクスの背に揺られながら進む、<ギルド会館>と<大神殿>を繋ぐミドー条路に、見える範囲で人影は無い。
但し、その道沿いに並ぶ神代からの古い建物の並びからは、人の気配が幾つも感じられる。
この道筋に大地人の住居は、一つとして存在しない。
少なくともゲームでは、そう設定されていた。
「隠れているプレイヤー達が、出て来てくれるとエエんやけどなぁ……」
「天岩戸を開けるのは、至難ですゆえ」
「……いっそ、脱いで踊ったろか?」
「お止め下さい。更なる疑心暗鬼を呼びますゆえ」
「これでも、脱いだら酷いんやで?」
「尚更、お止め下さいませ」
<PK>の嵐に心を折られた、未熟な冒険者達。折られた心は、恐怖や悔恨等の様々な感情により凍りついている。
自分以外の冒険者は、信用出来ない。冒険出来ない自分も又、信用出来ない。
その上、ミナミの街を離れる、勇気も無い。
レオ丸は、そんな彼らが外に出る切欠になればと思い、張り出されたポスターの縮小コピーであるビラを、盛んに撒き散らしていた。
そよと吹く風が、ビラを巻き上げ無人の路上の隅へと、再び散らす。
風に舞い踊るビラを、拾い上げる者は何処にも居ない。
誰かの為に何かをする、という事は難しいものだと、レオ丸は思う。
誰かとは、誰だろう?
不特定の顔の見えぬ誰かの為に何かをしていると、いつしか誰の為に何をしているか判らなくなってくる。
結局は自分の為に何かをするんだろうなぁ、とレオ丸は結論付ける。
ビラ撒きなど、自己満足と自己欺瞞に過ぎないと。
「何かをすれば、必ず他者の評価を受ける。無私の慈善、私欲の偽善……」
「“君子必慎其独也、小人閑居為不善”」
「君子は独りでいる時に必ず慎み深く、小人は他人の目がないと悪い事をする、ってゆー事か?
どー考えても、ワシは君子や無いなぁ」
「“子曰、君子貞而不諒”」
「やっぱ、君子で生きるんは、ワシには無理やなぁ。大義なんか知ったこっちゃあらへんしなぁ。
……処で、聞くけど。アヤカOちゃんって、ギリシャ出身で間違い無いよな?」
「ギリシャが何処かは存じませんが、ちゃきちゃきのエラス半島っ子にて。
生まれも育ちもボイオティアですゆえ」
「……ワシの身の回りって、なんで予想の斜め上を行く個性派揃いなんやろ?」
「“近墨必緇、近朱必赤”」
「ワシが悪いんか……? さて、それはそれとして。ビラも尽きたし、ピャーッと空飛んで行こか」
「どちらまで?」
「セントラル大路を越えて、大会運営本部のあるビルの裏まで、ゆっくりと急いで移動しよう。
小人らしく、小事をしに行くとするわ♪」
「承りました」
スフィンクスは翼を広げ、召喚契約主を背に乗せたまま、力強く地を蹴るや軽々と翔び立った。
アッパーノースの高層建築群の間隙を擦り抜け、主従は元検非違使分署だったビルの裏へと軽やかに降り立つ。
「現実やったら駐禁必死の所やけど、今となっては取り締まられる事も無いし、此処ら辺でもエエか。
アヤカOちゃん、悪いけどしばらく此の辺で、昼寝でもしといてな」
「承りました。『隷従への道』について、思索してますゆえ」
「……今度はハイエクかいな。『第七書簡』の方が、お似合いやねんけど?
まぁ、好き好きやし……エエか」
ビルの裏口から崩れた階段を攀じ登り、大会運営本部のフロアに至る。
そこは別の意味で、戦場であった。
次から次ぎに生み出される書類が、うず高く積み上げられていく。
積み上げられた書類は、別の机へと場所を移し、また別の机へと移動した後、決済の判子を押され、“処理済み”と記された大きな木箱に納められる。
決済の判子を押されなかった書類は、“再検討”と記された大きな木箱に直ぐさま投げ込まれる。
書類を抱えた者が、書類を生み出す者と書類を捌く者の間を右往左往していた。
凄然とした大会本部は、フロアの約半分を占めている。
フロアの間仕切りとなっているのは、横長のカウンター。
ダンジョンに挑戦した最初のパーティーが、その上に戦利品を積み上げていた。
面映そうに立つ<黒頭巾>所属の6名を前にし、集計担当者が金貨を数え、アイテムを別の鑑定者に押し付けている。
ミナミでは生産者ギルドの雄である彼ら<黒頭巾>の戦果は、制限された活動時間の割には存外に多かった。
三つ編みのドワーフの女の子が、金貨の山を手早く集計し、一割を布袋に詰め、確定したポイントを書き付けた紙と共に連絡係に渡し、残り九割の金貨を<黒頭巾>に返却する。
幾つも肩掛けした鞄を揺らして働く年端もいかないその姿は、健気というより鬼気迫るものがあった。
その横では、眼鏡をかけたハーフアルブの美女が、素材アイテムを一瞥しては紙に書き付け、仔細に鑑定しては紙に書き付けている。
中世ヨーロッパの学者を連想させる、厚手のガウンのようなローブの袖を捲くり、カウンターで小山を作るアイテムに片っ端から価値を付けていた。
一瞬立ち竦んだものの、邪魔にならぬようカウンターの端から回り込み、運営本部の部屋に入るレオ丸。
壁にへばり付きながら、奥へ奥へと進む。
一番奥の一番大きな机には、やはり一番多くの書類が積み上げられていた。
その机では、ファンタジー世界には全然馴染まないスーツ姿にネクタイを締めた男が、猛然と書類を処理していた。
ゆっくりと近づいたレオ丸は、如何にも事務屋といった感じのサラリーマンの肩を、叩こうとするも躊躇する。
懐から手拭いを取り出し、徐にゴーグルを磨き、改めてステータスを確認し、再びゴーグルを磨く。
サラリーマンはレオ丸をちらりと見て、直ぐに書類へと視線を戻し、ボソボソと言った。
「お久しぶり、レオ丸さん。ご無沙汰してました」
「……え~~~っと、ストレンジ君? 久しぶりやねぇ? ……で、君は誰なん?」
「ストレンジですよ」
「ああ、そうなんや……」
「……」
「……」
「……」
「……えらい雰囲気が変わったねぇ、ストレンジ君?」
「色々ありましたんで」
「……ああ、そうなんや」
「ええ、そうなんです」
「……」
「……」
「ほな、邪魔したらアカンし、また後でな」
「はい、お疲れ様です」
約二ヶ月前、ナカスにて開かれた<野獣の結社>の会合で会った時、ゲーム画面に現れたストレンジは、パンクファッションであった。
決して、かっちりとしたサラリーマン・スタイルでは、無かった。
「“蒙曰、士別三日、即當刮目相待”ってか?」
ストレンジを観察しつつ、部屋の隅に身を引いたレオ丸は、首を捻る。
そんなレオ丸を、大きく張り出したバルコニーから手招きする者が居た。
軽い挙手を返事代わりに、レオ丸は壁際を伝って、バルコニーへと這い出る。
「相変わらず“ニュルンベルグのマイスタージンガー”が、似合いそうな笑顔してんね、ゼルデュス学士」
細い眼鏡を冷たく煌かせ、薄い唇に皮肉気な笑みを讃える、細面で長身の青年。
<施療神官>のビルドの一つ、<癒し手>らしく飾り気の無いすっきりとしたエメラルド色の金属鎧の上に、緻密な刺繍の施された銀色のローブを纏っている。
レオ丸はその隣に並び、バルコニーの手すりに顎を乗せた。
「もっと早く来てくれないと困るじゃないですか、レオ丸学士。
仕事配分が決まった後に来るなんて、卑怯ですよ?」
「だから、わざわざ遅刻して来たんやんか、ワシは♪
こういった実務は苦手やし、プロの邪魔したらアカンやろ?」
「そうですね。私も得意ではないですから、此処に避難しています」
「うっそつけ。面白い作業だけして、面倒くそうて面白無い仕事だけを、ストレンジ君に押し付けたくせに」
「否定はしません」
座り込んで、大神殿の壁に張り出されたスクリーンに見入る冒険者達は、クロストライアングル広場を埋め尽くし、バルコニーの直下にまで及んでいる。
スクリーンの前は簡単な舞台が設えられ、自称 “遺跡荒らし”の冒険者を解説者役にして、邪Qが軽妙なトークを繰り広げていた。
地上部分と地下ダンジョンでは、同一地点でもゾーンが異なる。
スクリーンに映されている画面は、違うゾーン間での中継の為に、更に粗くなってしまっていた。
深夜番組にて、心霊スポット探索をする売れない芸人が撮影した画面並である。
違いは此方が、カラーである事と、無音である事だ。
さすがに音声まで中継してくれるような便利なアイテムは、存在していない。
同じサーバ内であれば何百km離れていようと、念話で簡単に会話出来るのが<エルダー・テイル>である。
もしかしたらセルデシア中を探せば、何処かにあるのかもしれないが、例え存在していたとしても、使い道に悩むアイテムだろう。
しかし、無声映画を本当に無音で流しても、観客は退屈なだけである。
無声映画を楽しむ為には、解説が必須。字幕や、弁士や、オーケストラ等による効果音が必要なのだ。
スクリーン前の舞台にて、邪Qは弁士となり画面を見ながら、解説者から言葉を引き出し、即興でコメントを付け加える。
舞台袖には<グランドルミネ>のメンバーが、サブ職<ちんどん屋>集団の面目躍如、三味線・太鼓・ヴァイオリン・タンバリン等それぞれが得意な楽器を奏で、BGMを担当している。
演奏している曲は、ダンジョン挑戦をライブ中継されているパーティーから、事前にリクエストされた曲だ。
現在挑戦中のパーティーは、イントロン率いる<甲殻機動隊>の精鋭達。
出撃の際には、超有名なファンタジーRPGのテーマ曲。
モンスターと戦闘が始まるや否や、ハードロックの名曲に変わる。
最も使われている楽器が楽器の為に、観衆の笑いを誘う結果になっていたが。
「適材適所。ミナミが人材豊富で良かったわ」
「レオ丸学士、貴方も大事な人材ですよ」
「<悪魔の辞典>に褒められるとは、光栄やね?」
「<幻獣辞典>の通り名の如く、精進を重ねられて更なる高みに昇られたそうじゃないですか?」
「ヒラノキレ庄でお披露目した、アレの事かいな?」
「ええ。……アレって、フェイクでしょう?」
「……バレたか」
「情報を集約して、貴方の性格と行動原理を元に分析すれば、朧気ながら答えが見えました」
「そう言う自分も、このイベントを利用して、中々愉快な事をしてるんやね」
「さて、何の事でしょう?」
「このフロアに来た時、吃驚してん。何でこんなに書類が多いんやろ? ってな。
さっき、ストレンジ君の扱っている書類を見たけどや、ミナミに居る冒険者達の情報を事細かに集めているやん、必要以上に」
「レオ丸学士の提案を、実行しているだけですが?」
「ワシが言うたんは、トライアルに挑戦するギルドの情報を、どういう目的で結成されて今に至り、ギルマスの人となり等と併せて改めて広く知らしめて、大手ギルドに対する不信感と不安感を払拭し、弱小ギルドやソロプレイヤーがその傘下に入り易くし、中小ギルドが連携し易くしよう、って提案しただけやん。
その開示される情報の受け取り手たるソロや大手やないギルドの、個人情報まで収集しようとは、言うてへんで」
「ご存知の通り、情報って集め出すと際限無く、集まるもんなんですよ」
「集められる、やろ? 物事は正しく言わなアカンで、自分。
ほんで、紳士録を作るって訳や、ないんやろ?」
「ちゃんと別の業務に活かす、つもりですよ」
「別の業務ねぇ。人材って貴重な資源やけど、素材アイテムやないで?」
「似たようなもんだと思いますが。まぁ、レオ丸学士の言わんとしている事は、元より承知していますので、ご安心を」
「“結果さえ良ければ、手段は常に正当化される”」
「マキャベリの言葉ですね」
「自分のしている事が、良い結果に結びつけば、エエがな。
こんな言葉も残してるで、マキャベリさんは。
“ある人物を評価するに際して、最も簡単で確実な方法は、その人物がどのような人々と、付き合っているかを見ることである”」
「誰の事を言っているのか、さっぱり判りませんが?
マキャベリ語録で一番好きな言葉は、“私は断言しても良いが、中立を保つことは、あまり有効な選択ではないと思う”ですね、私は」
「残念ながら、仏教の根本思想は“中道”やわ」
<大災害>に巻き込まれた唯二人の、<大英知図書館学士院>の<ROR>メンバーは、視線を合わせて異なる笑みを見せ合った。
レオ丸は、諦観に浸りながら、苦々しそうに。
ゼルデュスは、酷薄に諧謔を加味しながら、楽しそうに。
永遠に続きそうな二人だけの冷え冷えとした世界を、突如打ち破ったのは、実に現実的でホットな台詞だった。
「サボってないで、仕事をして下さい。大会本部長も、そこのオジサンも!」
窓口を担当していた三つ編みのドワーフの女の子、アイクが部屋からバルコニーへ身を乗り出し、目くじらを立てて怒鳴る。
「カエサルも言っています。“指示を与える者には責任があり、指示を受ける者には義務がある”って。
私達は義務を果たしています。貴方達も責任を果たして下さい!」
「……ようそんな言葉、知ってんな自分?」
「誰に教わったのやら?」
「先月、社会の授業で習いました! 文句ありますか!」
レオ丸とゼルデュスは再び視線を合わせた後、ゆとりから脱した最近の学校教育に対して、平身低頭するしか無かった。
ナカルナード、カズ彦、ミスハに続き、ゼルデュスを出させて戴きました。
〈Plant hwyaden〉に参加する前の、爛れる前の彼らはどんなんやったのか?を想像しながら書くのは、とても楽しいです。原作のイメージ破壊になっていなければ良いのですが。他にもloghorizon @ ウィキから、幾人か。
恐らく、主人公は次話の末尾でミナミの街から出ます。その予定です。