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第陸歩・大災害+70Days

 今回はちょいと息抜きみたいな話にて。

 間が空き過ぎて誠に申し訳ないです(平身低頭)。

 誤表記を訂正致しました(2016.07.10)。

 記録上に残る最古の登山者とされるのは、修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)

 別名を<役行者(えんのぎょうじゃ)>と称される人物である。

 平安時代初期に編纂された勅撰史書である、『続日本紀(しょくにほんぎ)』に曰く。

 文武天皇三年に伊豆大島へ流刑となった役行者は、毎晩毎晩海を歩いて渡り、登山をしていた、との伝承が記されている。

 外国人初の登山者となったのは、大英帝国の初代駐日総領事として赴任したラザフォード・オールコック。

 時は万延元年の秋、安政と文久に挟まれた幕末動乱期の初頭であった。


 記録上における初見は、意外にも『万葉集』である。

 『万葉集』の第三巻に、

“天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者”とある。

 詠み人は、山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)だ。

 他にも高橋連虫麿(たかはしのむらじむしまろ)が詠んだ、

“布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒”など、『万葉集』には其の偉大さ神々しさを讃えた歌が数首ある。

 だが何故か、『古事記』『日本書紀』は其の存在を徹底して無視し、其の理由を黙して語らない。

 しかし、其れでも。

 人間という矮小卑近な存在とは比べ物にもならぬ、悠久な時間と莫大な質量を備えた厳然たる事実として、其れは其処に存在していた。



♪ 富士の湖水も 晴れた日にゃ

  高いあの嶺 映すもの

  あなたの誤解が 晴れたなら

  映してください この胸に

  トコ そうづら この胸に ♪


 レオ丸は、『お座敷小唄』の元歌とされる『吉田小唄』の一節を鼻歌で一くさり奏でる。

 特に急ぐでもない歩みは軽く、元の世界であれば国道139号線、山梨県を経由して静岡県富士市と東京の奥多摩町を繋ぐ一般道路を、ブラブラと北上していた。

 最も、“此の世界(セルデシア)”には“国道”などという御大層な道など存在せず、半ば草むらに埋もれかけた敷石がある御蔭で、漸く“道”であると判別出来る程度であるが。

 世界遺産に登録される前の熊野古道ほどではないにしても、此のままでは数年の内に草原の中に消えてしまうだろう。

 ローマ帝国滅亡後に、省みられなくなった幾多の枝道の如くに。

 道とは、人や獣が定期的に通行するが故に、機能を果たすものである。

 “此の世界(セルデシア)”がゲームであったならば。

 マップ上の設定が消されぬ限り、道は道として画面にドットを刻み続けられたであろう。

 全てが現実ではなくゲームであったのならば。

 至る所に出没する何千何万といった冒険者達が危険因子(モンスター)を排除するが故に、道は安全圏と安全圏を繋ぐ架け橋としての役割を果たせたであろう。

 だが、今は違う。


 “此の世界(セルデシア)”は、ゲームではない。

 “此の世界(セルデシア)”には、限られた数の冒険者しかいないのだ。


 荒ぶるモンスターは、其処彼処に溢れている。

 もしかしたら、<大災害>発生から現在に至るまでの二ヵ月半の間に、人知れず消滅した大地人の村落や町があるのかもしれない。

 大多数の冒険者にとっては、レベル上げの対象にもならず、小遣い程度の金貨すらドロップしないモンスターであっても、ほとんどの大地人にとっては脅威でしかないのだから。

 極端な例を挙げるとすれば。

 十軒ほどの集落ならば、レベル上限に達していない平均的な<棘茨イタチ(ブライアウィーゼル)>一匹で、全滅してしまうかもしれない。

 そこそこレベルの狩人でも居れば別だろうが、職業が農家しか居なければ、まともな抵抗すら出来ないかもしれないのだ。

 野生の獰猛な獣よりも、モンスターは実に恐ろしい存在なのだ。

 其の理由は?

 基本的に自然界の生物は絶滅させる事が出来るのに対し、モンスターは絶滅させられないからだ。


 モンスターや亜人達は、リポップした際に、元の成長した状態で湧き出て来る。

しかし。

 大地人達は普通の生物種としての“人間”なのだから、赤子の状態でしか産まれて来ない。

 詰まり。

 成長過程を必要としない種と、必要とする種では、どちらがより生存に適しているのかは、自明の理である。

 更に言えば。

 人間という生物は、卵胎生の生物や、大多数の哺乳類とも異なる生物だ。

 残念ながら、人間という生物は。

 ある程度成長した状態で卵の殻を割って此の世に産まれ出て、自発的に捕食活動が出来る卵胎生生物ではない。

 残念ながら、人間という哺乳類は。

 其の他多くの哺乳類種のように、此の世に産まれ出た直後から立って歩けるようには出来ていない。

 元の現実でも社会という保護なしに、生きて行く事が出来ない、生物としては脆弱な種、其れが人間なのだ。

 災害を含む自然の脅威、捕食者として襲いかかって来る野生生物達、栄養源である食料の確保、怪我や病気などなど。

 人類の歴史において、生存圏を脅かす諸問題は、巨大な山脈の如く、見上げても先が見えぬほどの分厚い壁の如し、だ。

 だが人類は其れを、蓄積した“知恵”と“工夫”で乗り越えて来た。

 此れからも、乗り越えて行くのだろう。

 もし、乗り越えられなくなったら?

 其の時が、人類滅亡の瞬間なのだろう。

 生物としての種が生存するとは、実に過酷なものなのだ。

 では“此の世界(セルデシア)”の、大地人という生物種を取り巻く環境は、どうであろうか?

 元の現実には存在しない過酷な環境が、間近にある。

 直近に存在している大問題、其れがモンスターだ。

 大地人の多くは、モンスターに対抗する術を持っていない。

 『エルダー・テイル』における世界のバランスは、モンスターを討伐する役割を負っていた冒険者達によって成り立っていた、とも言えるのだ。

 されど、『エルダー・テイル』が<セルデシア>と成り代わった今では、其のバランスが大いに狂い出している、はずである。

 レオ丸は、そう考える。

 今の世界において、大地人は“絶滅危惧種”なのだ、とも。

 

「年々歳々化物相似たり、歳々年々大地人同じからず……」

「さっきから、何を呟いてるんですか?」


 周辺警戒を買って出ていたタクミが、右手をブラブラとさせながらレオ丸の元へ、大股で戻って来た。


「所謂一つの、リアル・ツイートってヤツやから、気にせんといて。

 其れよりもそっちは、どないやったん?」

「何というか……変な感じでしたよ」

「変な感じ?」

「ええ……実体がないのに、妙な手応えがあって……」

「まるで、妖怪“塗り壁”みたいやったか?」

「え? “塗り壁”ってカッチカチの奴でしょう?」

「うんにゃ、ホンマの“塗り壁”って妖怪は……妖怪にホンマも嘘もあらへんけど、其れはさておき。

 文献上の初出やと、昭和十三年……今から八十年前に日本の民俗学の草分け的人物の柳田國男がある雑誌で発表した『妖怪名彙』の記事や。

 其の十八年後に刊行された著書、『妖怪談義』ってぇので世に広まった妖怪、其れが“塗り壁”やねん。

 ホンで、其の記述を要約するとな……」


 懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥えたレオ丸は、五色の煙を大きくプカリと頭上に浮かべる。


「夜道を歩いてたら、いきなり目の前に透明の壁が現れてな、其れ以上先へ進まれへんようになってしまうんやと。

 ほいで、其の壁は上にも横にも無限に続いてるんやて。

 殴ろうが蹴ろうが、どーしょーもない壁がズーッと、な。

 ほな、どーすりゃエエか?

 適当な棒で下の方を払うたら、あっさり消えるらしいんやけどね」

「判りました!」


 嬉々とした表情で、妖怪薀蓄を垂れ流すレオ丸の傍から駆け出したタクミは、勢い良く地へと身を沈めるや、<武闘家(モンク)>の代表的な特技を何もない空間へと繰り出した。


「<ワイバーン・キック>でも、駄目でした」

「そら、そーやろ」


 肩を落とし戻って来るタクミに、レオ丸は労いの意味合いにも取れるような苦笑いを浮かべ迎える。


「ワシが言うたんは、“塗り壁”を払う方法やがな。

 此処をグルリと取り巻いてるんは、“障壁(バリア)”やねんから」


 レオ丸の窄められた口から吹き出された五色の煙が、一筋の線となって空気を貫き、何もない空間で弾かれるや頼りなく形を失くし、フワリと拡散した。



 <ハーフ・ガイア>の世界は、数え切れぬほどのエリア、もしくはゾーンで実に細かく区切られている。

 都市文明の萌芽である古代シュメールで神殿の装飾としてあしらわれたモザイクのように、“此の世界(セルデシア)”は微細なパーツで出来上がった美術品であるとも言えた。

 其のモザイク美術を形作るパーツは全て、面積も違えば、形状も違う。

 そして、担う“役割”もまた違っていた。

 生命に溢れた場所と、そうではない場所。クエストやイベントが設けられた場所と、そうではない場所。禁じられた場所と、そうではない場所。

 だが其の“役割”とは、全てがゲームであった頃の話である。

 セルデシアという名の現実世界においては、其れらは役割ではない。

 厳然たる事実であった。

 レオ丸とタクミの二人が今居る場所は、<霊峰フジ>に隣接した<ホワイティ・フォールズ>ゾーンである。

 此れより北へと進めば<モータル・ホロウ>があり、更に其の先にあるのは<フジ樹海>に通ずる<ウィンディ・ホロウ>だ。

 <ホワイティ・フォールズ>は、ゾーン名がつけられているものの、取り立てて何も起こらない所謂、“安全地帯(セーフティ・ゾーン)”であった。


 <エルダー・テイル>における安全地帯は、概ね二種類に大別出来る。

 モンスターとの遭遇戦(エンカウント)が設定されているか、否かだ。

 設定されていれば其処は、レオ丸のように十年以上のゲーム歴を誇るプレイヤー達が苦笑い混じりで口にする、“LCFラッキークローバー・フィールド”または“EEZイースター・エッグ・ゾーン”。

 遭遇戦(エンカウント)率が、極限までに下げられているゾーンだ。

 設定されていなければ、其処は文字通りの安全地帯である。

 <ホワイティア・フォールズ>は、後者の安全地帯であった。

 ザアザアではなく、耳を済ませなければ聞こえぬほどの音を立てて落下する、ゾーン名の由来となった純白の流水は、見る目に優しく、緊張感を解してくれる。

 適当に配置された一抱えサイズの石は、自然が用意してくれたベンチであるかのよう。

 離れた場所で奏でられる、汚れなき絹糸のような滝音を背で聞きながら、のんびりと石に腰を下ろせば、眼前に聳え立つ<霊峰フジ>の威風堂々とした姿に、胸が躍る。


「贅沢な風景やなぁ、ホンマ」

「直には、どうやっても触れませんけどね」


 石の上で胡坐を掻き、暢気に五色の煙を吐き出すレオ丸の隣へと、タクミは少しだけ残念そうな顔で、腰を下ろした。



 <エルダー・テイル>に設定されたゾーンやエリアの中に、“聖域(サンクチュアリ)”に指定された場所が存在する。

 其れは、運営する各サーバが其々独自に、設定しているものだ。

 独自に設定されているが故に、設定の基準もまた千差万別で、設定個数もまた違っている。

 北米サーバで一つ例を挙げるとすれば、<盟約の石碑>があるシリコン・バレー。

 アタルヴァ社の本社がある場所だ。

 最も広大なのは、チョモランマを含むヒマラヤ山脈一帯であろう。

 中国サーバとインド・サーバに跨る地帯であるが故に、両サーバが主権を主張し合い、危うく法廷闘争にまで発展しそうになった曰くつきのエリア。

 結局は、本社の管理案件となっていた。

 そして日本では、文句なしに<霊峰フジ>がソレである。

 “聖域(サンクチュアリ)”に指定された場所は概ね、攻略が不可能な設定が各サーバ独自に設けた基準でなされている。


 攻略可能と言われる“聖域(サンクチュアリ)”は難易度が最高値にまで引き上げられており、襲い来るモンスターの数もレベルも尋常ではない場所となっていた。 

 所謂、屠殺の檻(スローター・ハウス)マクロの決死圏(ファナティック・ヴォエッジ)と称され、無謀な冒険を望むプレイヤー達の狂気の遊び場となっていた場所である。

 そして。

 攻略不可が宣言されている“聖域(サンクチュアリ)”は、詳細な設定がなされているものの、其の設定において進入が出来ないように明言されていた。

 <エルダー・テイル>において。

 元の現実で霊峰とされている世界最高峰の山を含む巨大な山脈は、攻略可能な“聖域(サンクチュアリ)”エリアであり、日本最高峰である世界的に稀な独立峰は、攻略不可指定がされたゾーンだった。

 日本サーバにおいては、次のように設定されている。

“<霊峰フジ>は、大地人の魂の拠り所であり、死せる全ての魂が帰還する場所であり、産み出される全ての魂の始まりの場所であるが故に、何人も侵してはならぬ。

 許可なき者は触れる事すら許されず、許可を受けし者も僅かばかりの端緒にしか触れる事非わず。

生ある諸人は即座に立ち去るべし”。

 詰まる処。

 結界という“障壁(バリア)”にて立ち入りが封鎖されたゾーン、ソレが<霊峰フジ>なのだ。

因みに、結界には二種類ある。

 内部を封じ、外部への露出を防ぐための、結界。

 もう一つは、内部を保護するために、外部からの進入を封じるための、結界。

 <霊峰フジ>は、其の名と先に記した役割を兼ねるがゆえに、外的要因からの影響を限りなく排除するための結界で、“ほぼ”守られていた。

 “ほぼ”という但し書きがつくのは、理由があっての事である。

 張り巡らせられた結界には、二箇所の“穴”が設けられているのだ。

 ゾーンの名称にもなっている、<ウィンディ・ホロウ>と<モータル・ホロウ>。

 どちらもゲーム時間ではない現実時間で、大晦日の午前零時から元日の二十四時までの四十八時間だけ封印の一部が解除され、1人ずつしか入れぬほどの綻びが生じる。

 意気揚々と冒険者が踏み込めば、其処にあるのは<妖精の輪(フェアリー・リング)>だ。

 <妖精の輪(フェアリー・リング)>を踏んだ者は、<霊峰フジ>ゾーン内の何処かにランダムで飛ばされる。

 <霊峰フジ>ゾーンとは実は、モンスターハウスと呼んでも差し支えのない、至る所にモンスターがポップする危険地帯であった。

 特撮マニアの冒険者達は其れを、とある番組に登場する架空の島になぞらえ、“怪獣無法地帯”と持て囃している。

 しかも。

 新規パッチが導入される度に、其のモンスター達のレベルは常に最高値に書き換えられるのだ。

 そんな危険地帯でもあるヤマト・サーバ最大の“聖域(サンクチュアリ)”へと、次々に進入する恐れを知らぬ冒険者達の目的は、二つあった。

 一つは、何処かの戦闘系ギルドに所属する者達の目的。

 仲間といち早く合流する事で、多くの“最強”モンスターを討伐する事。

 特に、戦闘系を標榜するギルドにとっては、レベルアップと希少なドロップアイテムの確保の一石二鳥を狙えるボーナス・ステージとも言えるのだ。

 もう一つは、ソロを含む戦闘系ではない冒険者達の目的。

其れは、如何に早く山頂を征服出来るか、だった。

 モンスターとの戦闘を極力避けての、少数もしくは単独での登頂行。

 成功出来れば、征服者としての“栄誉”が与えられるのだが、裏を返せば、一番乗りを果たしたとしても実質的な特典は、何も得られやしない。

 そもそも運営側の意図は、単に“戦場”の一つを提供しているに過ぎないのだから。

 冒険者が主たる目的とすべきモノは、モンスターを討伐し、レベルを上げる事。

 “登山”を目的にするなど、想定の範囲外であったのだ。

 御褒美(ボーナス)を用意するかどうかを審議した<F.O.E(運営側)>は、今後の課題という名目で先送りする方針を固める。

 結果、登山だけを目的としたプレイヤーが得られるモノは、多くの同好者達の喝采や賞賛だけとなった。

 尚、“登頂”に成功した冒険者は一人も居らず、<霊峰フジ>は“前人未踏”の冠を外される事なく今に到っている。

 冒険者(アバター)の成長と強化、そして皆の記録と記憶に名を残す行為。

 どちらも平たく言えば、自己満足でしかない。

 だが。

 冒険者というプレイヤー達にとっては、“自己満足”こそがプレイする理由なのだ。

何を望むかは異なれど、望んだ事が叶えられる機会を決して見逃しはしないのが、冒険者の冒険者である所以であろう。

 故に、年末年始の二日間。

 毎年数千人の冒険者達が、<ウィンディ・ホロウ>か、<モータル・ホロウ>のどちらかへと、大騒ぎしながら押しかけていた。

 <二年参りトライアル>と誰かが命名したイベントに、心血注いで“お祭り騒ぎ”をする事のみを求めて。

 因みにレオ丸は、と言えば。

 大晦日は大掃除を仕上げ、公共放送が流す年末恒例の歌番組を見ながら年越し蕎麦を食べた後、日本各地の年の瀬の中継の最中にコタツで寝落ちする。

 元日は元日で、夜明け前に起き出して新年最初の勤行をし、初日の出中継を見ながら雑煮を食べ、徐に関係各所への年始の挨拶廻りをするのが通例の行動だ。

 <二年参りトライアル>はいつも、後日に“まとめ”を読むだけである。



「タクミ君は、こん中に入った事はあるん?」

「ええ、一昨年と去年の二回だけですが。

 ……<黒剣(うち)>は基本、強制参加でしたから」

「まぁ、死んでもペナルティは経験値の0.1パーセントを喪失して、ゾーン内の登場地点(スタート)へ死に戻りするだけやし、なぁ」

「装備を何一つ失わずに済みますし、失った経験値も大した痛手になりませんし」

「死に戻りは三回までで……四回目は即・強制退場やったっけ?」

「はい。自分はどうにか、食らわずに済みましたが。

 追い出されたら、<霊峰フジ>ゾーンに再入場出来ませんから、もう必死でした」

「三百六十五分の二、しかないチャンスやもんな」

「いえ、排除処分(ban)食らったらペナルティ、ってのが<黒剣(うち)>のルールでしたんで……」

「ペナルティ?」

「はい。……皆が遠征する時に留守番をさせられるんです。

 其れだけじゃなくて。

 情報の整理とか、倉庫の整頓とか……面倒な雑用をしなきゃ駄目なんですよ!」

「其れは、自業自得なんと違うん?」

「……まぁ、そうなんですけど」

「ああ、そーゆー意味と違うで」

「え?」

「其の“ペナルティ”は個人に帰するもんやのうて、ギルドに科せられたもんやと思うたからやねんけど、ねぇ。

 戦闘系ギルドにとって、最も大事な人材って何やと思う?」

「そりゃあ当然、戦闘で体を張る奴らでしょう」

「ブッブー!」


 胸を張り仁王立ちするタクミに、レオ丸はカラカラと乾いた声で笑った。


「戦闘系やもん、戦闘力は標準装備やんか?

 さてさて。

 古代中国で前後四百年……ああ、今はワシん時と違うて西東かな、其の漢王朝を興した高祖・劉邦が臣下に言うた言葉があるんやけどな。

 “上曰く、諸君、猟を知れるか。獣を逐殺する者は狗なり。発従(はっしょう)して指示する者は人なり。諸君は(ただ)能く走獣を得たるのみ。功は狗なり。蕭何の如きに至っては、功は人なり”

 『十八史略』の一説やけど。

 さて、ワシが何を言いたいかってゆーとやな。

 二人以上の人間が集まって何かをしよーとしたら、道を示して皆を導く者と、皆が遺漏なく道を進むための支度を調える者が必要になる、ってのは判るやろ?」

「はい」

「政党で例えりゃ、導くモンが党首で、調えるモンが幹事長か事務局長やわな。

 ほいで、<黒剣(じぶんら)>に関してやけど。

 ワシの気が確かなら……<黒剣(じぶんら)>って、最強の戦闘集団を目指して切磋琢磨しとるんやろ?」

「はい、其の通りです!」

「積極的に、難易度の高いクエストやイベントへ果敢に挑戦し、しょっちゅうレイド戦闘をしてるんやろ?

 って事は、さ。

 タクミ君が言うたように、“武”に秀でたモンは仰山居るんやろう。

 エンちゃんは其の立派な一例やわな。

 朝右衛門とか言う小娘もせやろうな。

 ほな、“文”に優れたモンはどんだけ居るんや?」

「“文に優れたモン”ですか」

「せや、“武”に秀でたモンが百人居っても、“文”に優れたモンが其れをサポートしてへんかったら、そいつぁ欠陥組織やわさ。

 其処で、質問やけど。

 レイドの準備や情報収集と整理とかなんやらの事務処理……もしくは、雑務全般を担当しているんは誰で、其の下に居るんは何人くらいや?」

「副団長格の、レザリックさんです。

 本人は“倉庫番”を自称されていますが」

「ほいで、其の“倉庫番”さんの下には、何人居るん?」

「…………」

「<黒剣騎士団>には文官が、独りしかおらんの?」

「…………はい」

「其のレザリック氏って、どんだけ内政チートやねん!?

 自分らみたいな武力オンリーを何十人と……」

「今は百数十人、居ます」

「そんだけの人数を、たった独りで差配してるんか? マジか!?

 冒険者の体やなかったら、胃に穴どころかブラックホールが出来てまうで!」

「時々は自分やヴィシャスさんや……手の空いた何人かが、手伝いしますが……」

「其の口ぶりやと……“猫の手”レベルっぽいな?」

「……はい」

「なるへそ……其れが、自分が此処に居る理由なんやな」

「え? どう言う事ですか?」

「<大災害>に適応しなアカンのは、“冒険者”だけやのうて“ギルド”もや、って事やわさ、ああ大変大変」


 少しも大変そうには聞こえない言い方で五色の煙を撒き散らすと、レオ丸は腰かけていた石に上体を預け、天を仰ぐ。


「こー見えてものワシは、こっちに来てから結構色んな事をやって……いや、やらかし倒して来たわ。

 たった独りでやれた事は、何一つないけどな!

 其の代わりに、周りの人間を巻き込み倒し捲くって、まぁ甘え倒して来たなぁ。

 処で、タクミ君は“ダニング=クルーガー効果”ってのを知っとる?」

「いえ」

「“能力の低い人は、自分の無能さを認識できず、自己を実際よりも高く評価する”ってヤツらしいんやけど。

 ある特定の事柄に関して“無能な人”は“自らのスキルの欠如”“他者の本物のスキル”“自らのスキル不足の程度”なんかが認識出来ひんらしい。

 所謂、自分を客観視出来ひんねんて。

 別の言い方をすりゃ、“群像の感覚”を持っていないって事やな。

 さて、そんな状態に陥らんためには、“あえて反論するもうひとりの自分”を常に用意しとかなアカンらしいわ。

 さてさて。

 <黒剣>の屋台骨を独りで支えているレザリック氏は、決して河原で拾った只の石ころを売るしか出来ひん“無能の人”、ではあらへんのやろ?

 自分の話を聞く限りじゃ、真逆の、“有能過ぎる人”やわな。

 “有能”であるが故に、“転ばぬ先の杖”を早急に必要としとるんやろう。

 ワシはギルドに属していた期間が短いけど、組織運営に関しては決して門外漢やあらへんさかいに。

 何の因果か、リアル世界でオフ会の運営やら仕切りをさせられたりしていたもんでなぁ……」


 のたのたと体を起こし、俯き加減で溜息をつくレオ丸。

 青年冒険者は、ハマグリの化物が吐き出す蜃気楼のように鮮やかな、五色の煙に包まれた中年冒険者の横顔を興味深げに覗き込む。


「そーいや、タクミ君は日本じゃ何の仕事をしてたん?」

「スポーツインストラクターを、していました」


 其の回答に違和感を感じ取ったレオ丸の、片眉がピクリと動いた。


「していました?」

「ええ。交通事故の後遺症で……腰を痛めまして……」

「ああ、ソレで過去形なんや。……ホンで?」

「インストラクターは出来なくなりましたが、其のままスポーツジムで事務員をしています、って……駄洒落じゃないですよ」

「うん、まぁ、そーやろな。

 って事は、レザリック氏の苦労は他の団員(モン)よりも、理解してるって事か」

「はい、レザリックさんには頭が上がりません」

「ほな、頑張らんといかんや、な。

 明日のための其のいち!が、ワシん処での研修って訳か。

 “ダニング=クルーガー効果”的に自惚れた言い方をさせてもらえりゃ、レザリック氏もエエトコに目ェつけたと思うわ、な」

「と、言いますと?」

「自分が<黒剣>の団長から……いや、<黒剣>ってギルドから受けた指令は、二つあるんやろ?

 表の指令は、ワシの行動を監視するお目付け役の任務で、裏の指令は<黒剣>へのスカウトや、……違うか?」

「其れは……ノーコメントで」

「語るに落ちた、やねぇ。

 もうちょい、腹芸が出来んと此の先が大変やで。

 さて、ホンでや。

 此処からが本題や」


 チェシャ猫のような笑みを浮かべたレオ丸は、咥えていた<彩雲の煙管>を右手に持ち、タクミの胸元へ静かに突きつける。


「其の他大勢の名もなき冒険者で居続けるか、其れとも、タクミ・ワンピースという名のある冒険者として独り立ちをするんか?

 今、自分が居てる其の場所が、此れからの進路を定める“分岐点”って事やな。

 <黒剣騎士団>というギルドが存続するための、<大災害>後を生き抜くための重要な役割を担う事が出来るんか?

 自分を含めた<黒剣騎士団>は、ワシを品定めしとる。

 ワシが有益なんか、有害なんかを、見定めようとしとる。

 ホンで、其の実は。

 自分を含めない<黒剣騎士団>は、団員一人一人の能力を見極めようとしとる。

 “ただの冒険者”から、ステージアップ出来る人材なんか、どうかを。

 詰まりワシは、レザリック氏からすれば、実に便利な“触媒”やって事やな。

 そいつぁそいつで、何とも面映いくらいの高評価やけど。

 ああ、せやけどな」


 思わせぶりな口調のレオ丸は束の間口を閉ざし、<彩雲の煙管>を咥え直した。


「今までのは、あくまでも、ワシの類推もしくは邪推やで?

 <黒剣>の幹部達が何を考えてるんかは、彼らに聞かんと判らんさかいな。

 胡散臭いヤツが近くをウロウロしとるんが目障りに思うたさかいに、ちょいと気の利いた団員を張りつかせといたろ、ってだけの事やもしれんし。

 処でやけど……」


 眉間に皺を寄せ、腕組みながら考え込んでしまったタクミを嘲笑うように、レオ丸は楽しげな声で問いかける。


「もしワシが、アキバの街に災いを持ち込もうと企んでたら、自分はどないするん?」

「え?」

「ワシが、<黒剣>を含む<円卓会議>に対して悪意を持つモンやったら、タクミ君はどないするんかなってな?」

「そりゃあ、其の時は……」


 タクミは組んだ腕を振り解くや、レオ丸の鼻先へと鋭く右の拳を突き出した。


「こいつで、粉砕させて貰います」


 其の手を覆う篭手(グローブ)の名は、<白狼手甲>。

 <雪原の白狼(ツンドラ・ヴォールク)>がドロップする毛皮を加工したモノで、MPを消費する事でモーションを起こすと同時に<狼の波動(ウルブズ・エコー)>を飛ばせる<製作級>アイテムだ。


「あるいは、コレで」


 拳を引く動作から僅かに腰を捻るや、真っ直ぐに天へと伸ばされた左足の踵が、レオ丸の頭上に影を作る。

 <森林の黒狼(シュヴァルツ・ヴォルフ)>の毛皮で作られた<秘宝級>アイテムの<黒狼足甲>は、美しいデザインのロングブーツだ。

 フレーバー・テキストには、<白狼手甲>との併用で威力が向上し、狼牙族が使用すれば更に効果が倍加する、と記されている。


「なるほろ」


 レオ丸は首を竦め、“桑原桑原”と嘯いた。


「……まぁ、ワシが何を考えて此処に居るんかは、ワシにしか判らん事や。

 実はワシにも判ってへん、って事は内緒やけどね?

 さて、ほな。

 タクミ君は一体、自分は何を以って此れからの行動指針にすりゃ、エエんかな?

 其れは、自分自身にしか判らん事やさかいに。

 今まで通り闇雲に、親分が命ずる“突撃(ヤシャスィーン)!”に従うんか?

 親分の突撃命令には、どのような意図が込められているかを汲み取ってから、従うか?

 同じ“突撃(チャージ)!”をするんでも、意味合いは全然違うさかいに。

 悩めよ悩めよ、考えろよ考えろよ。

 ソクラテスもプラトンもニーチェもサルトルも、悩み倒して大きくならはったんやし、ワシら凡人なら尚一層の努力が必要やわ。

 でも、ホンマに大事なんは、答えを見つける事よりも、答えを見つける努力の方やねんけどねー」


 いつしか佇まいを正したタクミは、僅かに頭を下げて傾聴の姿勢を取っている。


「まぁ暫くは、都会(アキバ)の喧騒を離れるんも、人生にゃあ必要な事かもな。

 例え、出口のない迷路みたいな“此の世界(セルデシア)”の、何だかよー判らん“冒険者人生”でもな。

 此の雄大な景色が心に宿り続ける限り、まー何とでもなるやろさ♪」



 其れから二人の冒険者は、口を閉ざし、<霊峰フジ>を見上げ続けた。

 タクミ・ワンピース氏の設定は、創手カケラ様御公認でござんす。

 更にアイテムを二つも設定戴きまして、誠に感謝でござんす(平身低頭)。

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