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第伍歩・大災害+69Days 其の陸

 改めて計算致しますと。

 レオ丸+新規でお気に入り登録戴きました皆様20名+<黒剣騎士団>団員28名+バンド5名。

 <第肆歩>も大概でしたが、今回も……。

 さて引き続き、エンクルマ氏・ヴィシャス氏・朝右衛門嬢に関しましては、佐竹三郎様の監修を頂戴致しました!

 有難う、佐竹様!

「ホンマにおおきに、助かりました。……流石はエンちゃん、頼りになるわ♪」


 仲間達の手厚過ぎる看護で、<気絶>状態から力尽くで回復させられたものの、今度は<朦朧>状態に叩き落されたエンクルマを微笑ましく見詰めたレオ丸は、右手の親指と人差し指とで輪を作り、口に咥えた。


 ぷしー


 元の現実では出来ない様々な事が可能となる“此の世界(セルデシア)”でも、出来ない事は意外と多くある。

 レオ丸は、口笛が全般的に不得手であった。

 凡そ二センチほど肩を落とし、眉尻と口角を僅かに歪めてから、徐に両手を頭上へと差し上げる。


「カフカSちゃん!」


 ぴーひょろろー


 楽しそうに上空を舞っていた<誘歌妖鳥(ハーピー)>ーが、急降下するや否や契約主の両手を掴み、一気に上昇した。

 瞬きする間に<トゥーメイン大回廊>の路面へと到達したレオ丸は、カフカSの頬を撫でてから虚空へと帰還させるや、大きく伸びをし首をコキリと鳴らす。


「ああ、疲れたねー。自分らも、お疲れさんでした♪」


 両手を背中に回して腰で組み、ブラブラと歩き出したレオ丸。


「勉強させてもらいました」

「絵になる戦闘でしたニョ」


 近づいて来た海底人#8723とハニャアは、居住まいを正して軽く頭を下げる。


「まぁ、ワシはフラフラと飛んでただけやけどな。……其れよりも」


 右手を水平にヒラヒラとさせたレオ丸は、気恥ずかしい気持ちを隠すように背後を振り返り、ワザとらしく大きめな声を上げた。


「自分らも下に降りて、権利を主張せんかったら……金貨を全部<黒剣>の野郎共に掻っ攫われてしまうで?」


 悲鳴、喚声、舌打ちと共に、賞賛とサムズアップを受け取ったレオ丸は、見るも無残な有様となった<トゥーメイン大回廊>上に唯一人、取り残される。

 正確には、唯一の<冒険者>として。


「……静かやねぇ、天道は。人道は……修羅道になったよーやけど?」


 クククと微笑し、ケケケと失笑を漏らしたレオ丸は、留守番を任せていた契約従者達の元へとスキップしながら身を寄せた。


「皆おおきにありがへぶッ!!」


 冒険者の身体でなければ、もんどり打ってのた打ち回っていだろう衝撃を、鳩尾にジャストミートされたレオ丸は、苦悶の表情を浮かべて仰向けに倒れる。


 キュオン

 プシュ

 キシャ

 クアー


 レオ丸のだらしない腹に、頭を減り込ませるように縋りついている四体のモンスター達。

 そっと手を差し伸べ、レオ丸は優しく均等に其の背を撫で摩りながら、よっこらせと上体を起こし、胡坐を掻いた。

 マメ柴に似た獣、手足の生えた若木、ロブスター・サイズの黒いサソリ、小柄なカラス。

 何とも愛らしいサイズの四体は、此れで本当にダンジョンのラスボスだったとは思えぬ姿である。


「“がらがら、ごろごろ、なにがなる。

  そりゃどこでなる、腹でなる。

  六ぴきこやぎのなくこえか”ってか。

 さて、自分らも元の鞘に帰って、お休みするか?」


 <魔法鞄>から<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>を取り出し、左手で胸に抱えたレオ丸は、其の“占景盤”モドキに確りと組み込まれた<大斎の卵(エオストレ)>に、右の掌を翳した。


「“おとなしく、お寝んねするのですよ。

  直ぐ、お茶をこしらえて上げますからね。

  そうしたら。

  明日からは、もう良くなって起っきできるようになりますよ”って……な」

「旦那様が、また妄言を?」

「大丈夫ですか、御主人様?」

「いつもの事でありんす」

「そは、ハンス・クリスチャン・アンデルセンかと」

「“また”って何やねん、タエKさんよ、“また”って?

 懐具合以外は頭も心も大丈夫やから安心しーや、ナオMさん。

 大正解や、アヤカOちゃん、ホンマ物知りやなー。

 ホンで、“いつもの事”は幾らなんでも酷いわ、アマミYさんよ」


 肩を並べて寄り集まって来た契約従者達に、レオ丸は笑顔を見せる。


 キュオン?


 レオ丸は、円らな瞳で見上げる小さな<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>の頭を右手で撫でながら、口元を引き締めた。


「もう暫く、此のままで居たいけどなぁ……」


 再び右手を、不規則に瞬く<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>の上部へと戻す。


「トランプの女王様が首をちょん切りに来るよりも先に、自分らの命脈が尽きてしまいそうやし……ってゆーても、どーすればエエんかなぁ……」


 如何にすれば良いのかは判らぬものの、現時点で最良の方法を脳内検索する、レオ丸。

 湧き出した幾つものヒントを関連づけし、曖昧模糊としたアイディアに形を伴わせる。

 其れを“解”と定め、無言で念じながら手を翳し続ける事暫し。

 不意に、レオ丸の頭の中に何とも軽いチャイム音が鳴り響き、視界にメッセージが表示された。


 [ <ダンジョン>ハ現在稼働中デス。

  <ダンジョン>ヲ停止シマスカ?  Yes / No ]


 ハルカA、エミT、アヤメG、クララCの顔をぼんやりと眺め、襟元に潜むアマミYの息遣いを感じながら、下そうとしている決断の正誤を改めて検証する、レオ丸。

 此の選択は、本当に間違っていないのか?

 とっくりと悩むレオ丸の視界に、新たなメッセージが表示された。


 [ <ダンジョン>ヲ停止スルタメニハ現在作業中ノ<オブジェクト>ヲ停止サセル必要ガアリマス。

  <オブジェクト>ヲ停止シマスカ?  Yes / No ]


 ふーっと、大きく息を吐き出したレオ丸は、己の腹にしがみつく四体の小さなラスボス達に首を突き出し、言葉を選ぶ。


「……強制終了(シャットダウン)は望むトコやないさかい、ワシの意志で決めさせてもらうわな。

 ハルカAちゃん」


 キュオン


「エミTちゃん」


 プシュ


「アヤメGちゃん」


 キシャ


「クララCちゃん」


 クアー


「暫くのお別れや……ワシが落ち着くトコに落ち着いたら……改めて<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>の所有者……“迷宮の主権者(ダンジョン・マスター)”として……」


 スッと吸い込んだ息を、レオ丸は静かに吐いた。


「新しい“ダンジョン(おうち)”を用意したるさかいに。

 まぁ、其れまでゆっくり……お寝んねしぃやぁ」


 そして。

 レオ丸は低い声で、“Yes”を選択する。


 音もなく、光が湧いた。

 <迷宮の真核(ダンジョン・コア)>の上部から湧いた光は一つではなく、四つであった。

 混ざり合う事のない四つの光は、異なる二つの密度と速度を持っており、赤色と青色は濃密で遅く、黄色と緑色は希薄で早い。

 四色の光は複雑に絡み合いながら、平面に広がり出した。

 ヒタヒタと、ヒタヒタと。

 宙を鮮やかに彩る光は、レオ丸の体の上でケルビン・ヘルムホルツ不安定を伴う光の波雲と化す。

 緩やかに、緩やかに。

 レオ丸の腹にしがみついたままのハルカAを、エミTを、アヤメOを、クララCを、包み込んで行く。

 夜の帳が下りるように、まどろむ幼子に薄布をかけるように。


 キュオン

 プシュ

 キシャ

 クアー


「ほな、何れの良き日、何時かの良き時に、また逢おうな」


 <荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>と<桂花麗人(ドリアード)>と<冥界の毒蠍(セルケト)>と<夢魔の黒烏(モリガン)>を飲み込んだ不思議な曲線で構成された光は、現れた時と同じく静かに、一瞬で消えた。


 [ <ダンジョン>ハ停止シマシタ ]


 名残惜しげな吐息を漏らしたレオ丸は、丁寧な手つきで、一切の輝きを喪失した<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>を魔法鞄へと仕舞い直す。


「“汝ら、もし、幼子の如くならずば、天国にいる事を得じ”」


 『雪の女王』の一説を嘯いたレオ丸は、憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情で立ち上がり、臀部を軽く叩いた。


「どういう事でありんすか?」


 難しい課題を解決した面持ちで、大きく伸びをするレオ丸の襟元から発せられたのは、極寒の世界を吹き抜ける強風のような声。

 一瞬で背筋を内側が凍りついたレオ丸は、強張った口元をどうにか動かす。


「そ……りゃ……あ、……アレ……やん?

 鞄の中は、エネルギー保存の法則が十二分に活かされとる空間やさかいに、熱々のモンは熱々のまま、冷え冷えのモンは冷え冷えのまま。

 つまりや、エネルギーを浪費し続けとった<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>も、此れ以上は残量を減らす事なく現状維持が出来……」

「主殿」

「何やろうかなー?」


 降り注ぐ陽光を遮るように己の周りをグルリと取り囲んだ契約従者達に、レオ丸は竦めた両肩を、ソッと落とした。


「ご主人様、“おうち”とは、どういう意味でありましょうや?」

「浮気ですか、旦那様?」

「主様、聞き捨てならぬ事にて」

「言い逃れはさせませんよ、旦那様」

「さぁきりきりと白状しなんせ」

「……Comme on fait son lit,on se couche」

「え~~~っと~~~……」


 レオ丸は、ヒシヒシと迫り来る圧力に抗いきれず、覆う影の中へ身を潜めようと試みるが、……其れは土台無理な行為。


「其れは……やなぁ……」

「「「「「其れはッ!?」」」」」

「ハウス!」


 不意に立ち上がったレオ丸は、広げた両手で交差するように円を描く。

 猛烈な抗議と共に、契約従者達は一瞬にして影へと溶かし込まれ、強制的に虚空へと送り返されてしまった。

 クリアになったレオ丸の視界に映るのは、燦々と降り注ぐ陽光に照らされた、荒れ果てた路面のみ。


「次に呼び出す時ゃ、すっかり忘れてくれていますように!

 でなきゃ、其れまでにマーベラスな言い訳が用意出来ていますように!」


 明後日の方向を向き、二拝二拍手一拝するレオ丸。

 人という生物は、己が過去になした悪行を記憶の彼方に追いやるのみならず、都合の悪い事実すらも全て忘れる事により、性懲りもなく再び悪事を繰り返す傾向にあるとされる。

 此れら一連の行動を総じて、「非倫理的健忘症」と称するとか。

 徐に膝を折って正座をし、低頭合掌するレオ丸の姿は限りなく、“非論理的健忘症”に近いものであった。



「何してるんさね、レオ丸(ラオ)?」


 東雲遊々斎は、五体投地接足作礼をしたまま微動だにしない元指導役に、訝しげな視線を投げつける。


「…………レオ丸(ラオ)?」


 わざと足音を大きくしながら近づき、上から覗き込むように声をかけた遊々斎の耳に届いたのは、鼾未満の寝息であった。


「全く、しょうがないオッサンさね」


 遊々斎は、天を仰いで苦笑いを浮かべるや、仕方ないとばかりに首を振りつつ、レオ丸の後ろ襟へと手を伸ばす。


「お祭りのお開きを告げるのは、レオ丸(ラオ)……あんたの仕事さね」


 ほぼ同じ身長ながら、体重差は二倍近いレオ丸を軽々と片手で背負った遊々斎は、重力を感じさせぬ動きでヒラリと、下界へ身を投じた。



 不意に息が詰まり、続いて襲って来た奇妙な浮遊感。

 レオ丸は、悪夢の中で足掻き、もがく。

 安部公房の小片、『飛ぶ男』の登場人物になった夢心地は、最悪の一言であった。

 そして、背中を襲った鈍い衝撃がレオ丸の意識を、覚醒へと導く。


「ぐへー」


 レオ丸の目覚めの一言は、撞木反りを決められた幕下力士のような呻きだった。


「レオ丸兄やん、大丈夫な?」

「うーん、せやなー……“お前、空を飛んだやろ!”って一方的に攻められた気分で、あまり宜しくはあらへんなー」

「まぁ~た、訳ちゃ判らん(こつ)ば言うて」


 エンクルマの手を借りて立ち上がったレオ丸は、ふらつく足元をどうにか定めると、首を巡らし周囲に目配りをする。

 旧知の顔、ナゴヤからの破天荒な道程を共にした顔、知り合って間もない顔、自己紹介すらしていない顔。

 其れら全ての顔に浮かぶ表情には、程度の差はあれ、困惑色に彩られていた。


「そんで、どないしたん?」

「いややわ、“どないしたん”や、あらしまへん!」

「其の台詞を言いたいのは俺達の方だぜ、ブラザー」


 アサクラと百万理力(メガフォース)が不機嫌と憮然のハーモニーで詰め寄れば、他の冒険者達もずいっと一歩踏み出して来る。

 其の息苦しいほどの圧力に押されたレオ丸は、仰け反らせた背中を片手一本で支えてくれたエンクルマの方へ、首を傾けた。


「何ぞ、問題でもあったんか?」

「問題っち言うたら問題なんばってん……」

「エンク、其の辺りは俺から説明すらぁ」


 冒険者の人垣を掻き分けて現れたのは、ヴィシャスだ。


「今回の戦闘で、俺達は大量の金貨を得る事が出来た。

 ……以前なら魔法鞄を圧迫するだけの、無用の長物……は言い過ぎだとしても、然程重要なモンじゃなかったがな。

 何せ、此処で生活するのに金貨はあって困る事はないが、なかったとしてもどうにか生活は出来るんだからな。

 処が、だ。

 つい先日から俺達が生活する上で、金貨は幾らあっても足りないくらいに、必要不可欠な存在になっちまった」

「……復興(ルネサンス)技術革新(イノベーション)の結果やな?」

「まぁ、そういうこった。

 二ヶ月前までは、塔が打ち砕かれた直後のバベルの街みたいに混乱していたが、今のアキバは……」

「水の都の水路みたいに、金貨が縦横に廻り捲くっとる、と?」

“貪欲な街(ビッグアップル)”も真っ青なくらいに、……序に樹木希林と郷ひろみも真っ青ってな?」

「はっはー、下手すりゃ“衆愚の町(ゴッサム)”へ一直線ってか?

 ああ、悲すぃねぇ~、悲すぃねぇ~、あ、ヨイヨイ」


 薄気味悪い仮面をつけた男と、怪しいゴーグルをつけた男は、目元を隠しながら視線を交わらせ、口元を微動だにさせずに笑い合う。

 <黒剣>の団員達とベテランを除いた、若い冒険者達がドン引きするような、陰気な響きの低い声で。


「さぁ、其処で、だ。

 此の金貨の山をどう分けるのが、最も“公平”なのかが判らなくてな」


 背後を振り返るヴィシャスの仕草につられてレオ丸が見遣る先には、<変異女王蟻(ゼムアント・クィーン)>が遺した莫大な遺産が山を作っている。

 顎に手を当て、首を捻るレオ丸。


「止めを刺したのは<黒剣>(俺達)だが、<黒剣>(俺達)だけで倒した訳じゃねぇ。

 かと言って、<黒剣>(俺達)が殺らなきゃ、あのバケモノは倒せなかったのは確かだろう。

 <黒剣>(俺達)と他の奴らとを比較すりゃ、どちらに天秤が傾くのか?

 更に言えば、だ」

「レオ丸法師の比率が、一番の問題なんですよ」


 頭を掻きながら告げた大アルカナのぜろ番の言葉に、人垣を作る冒険者全員が綺麗に揃えて首を縦に振った。


「ざっくりと……山分けでエエんとちゃうん?」


 後頭部で両手の指を組んだレオ丸は、面倒臭そうな声を出す。


「其れで、いいんですの?」


 アイコの問いかけは、其の場に居る<アキバ>在住の“都市生活者”全員が抱いた疑問であった。

 “都市生活者”とは即ち、“貨幣経済”の枠内で生きる者である。

 レオ丸も元の現実においてならば、其の一員であった。

 文明人の一員であるからして、当たり前の事ながら。

 だが、しかし。

 今の現実においては、其の枠から一歩以上は食み出した生活を送っている。

 ミナミの街を出て以来、自給自足生活をしているレオ丸は、“金貨を使って買い物をする”事をほとんどしていない。

 腰に装着した<マリョーナの鞍袋>に大量の金貨を、途中で遭遇したモンスターを討伐した際に回収した金貨を、機会を逸して銀行預金し損ねた金貨を、所持しているレオ丸からすれば、現状使い道のない金貨を此れ以上渡されても意味がない、としか思えなかったのだ。

 しかも、此れから先の事を考えれば……此の場での金貨の取得は余計な荷物が増えるとしか、思えないのである。

 言い換えれば。

 <大災害>後の生活が、アキバの冒険者達は都会暮らし主体であったのに対し、レオ丸は山野でのサバイバル生活であったのだ。

 “日々旅にして、旅を(すみか)とす”と述べた松尾芭蕉も吃驚の、旅烏生活である。

 そういう事情を抱えたレオ丸は、実に無頓着な空気を纏わせつつ、肩を竦めながら軽く頷いた。


「こーんなトコで意味不明の関数並べて、訳の判らん方程式をもてあそんで、高等数学ごっこなんぞしてても、しゃあないもんなー。

 其れに、さ。

 今のワシには、金貨は全然全くこれっぽちも、必要としてないしなぁ。

 魔法鞄が重たく……比喩的表現やで、重たくする事に意味がちっとも見出せへんしー」

「そげんやったら、ちゃっとアキバん来て、貯金しゃあ良かやないですか。

 そげんしまっしょ、そげんしまっしょ、ちゃぁ~っとアキバんワープして!」

「いやいやいや、エンちゃん、ようよう考えてみなはれ。

 今のワシが<帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>なんぞしてしもうたら、……此処までの道程での苦労が無駄になるくらい西に戻されてしまうで?

 ワシのセーブ・ポイントは、……此処より東にはあらへんのやさかいに」

「忘れちょった……」


 レオ丸の冷静な返しに、青菜に塩の如く項垂れるエンクルマ。


「さて、ほしたらば」


 両の掌をパンと打ち合わせたレオ丸は、他人事のように言い放つ。


「ゴチャゴチャ言わんとチャッチャと山分けしようや、……ワシの気が変わらん内にな♪」


 総勢五十四名の冒険者達は、レオ丸の台詞を合図に金貨の山に群がったのだった。



 一攫千金!

 と、まではいかなくとも。

 其れなりの大金を得てホクホク顔の冒険者達は、お互いの健闘を改めて讃え合う。

 其れはまた、別れの儀式でもあった。

 <黒剣>の団員達は、状況終了の報告と次なる出撃に備えるために、即座にアキバへと戻らねばならない。

 共同作業実習中の者達は、急ぎとまではいかないものの、若気の至りの果てに落命した者の遺品である圧し折れた剣を届けに、大地人の地方貴族の元へと赴かねばならなかった。

 <MARMALADE Project>のメンバー達は、巡業と称して共同作業実習生達について行くと宣言する。

 そして、レオ丸は……。


「ほな、しばしのお別れやねぇ」

「はっ!? なし一緒んアキバに行けんとですか?」

「うん。まだちょいと行ってみたいトコがあんねんわ」

「行ってみたい所っちゃ、何処なんです?

 何やったら儂も一緒に……」

「そんな訳にいかねぇだろうが、エンク。

 <黒剣>の二つ名持ちは、そんなに暇じゃねーぞ」

「そうです! そうですよ! さっさと貰う物貰って帰らないと!」

「朝坊、お前を代わりに置いて行ってもいいが、……ヘルメス嬢ちゃんがうるせーから帰れ!

 ……っで、エンクの気持ちも判らんでもない、其処で提案なんだが」


 エンクルマからの返す刀で朝右衛門を押さえ込んだヴィシャスは、居住まいを正し、とは言っても背筋を伸ばしただけだが、レオ丸の顔を真正面から捉えた。


「エンクをつける訳にいかねーが、かと言って此処で“サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ”ってのも、どうかと思うんでな。

 ……おい、ワンピ!」


 往年の名映画司会者のモノマネを混ぜながらヴィシャスが右手を挙げると、<黒剣>の団員の中から、一人の<武闘家(モンク)>が前に出て来る。


「お呼びですか?」

「ああ。……レオ丸さんよ、暫くはコイツを……護衛につけさせてくれないか?」

「そいつぁ……“任意”かいな?」


 レオ丸は、目の前に立つ偉丈夫の狼牙族の青年を見上げてから、ヴィシャスへと視線を戻した。


「いや、“請願”さ」

「ほほーう……ソレは<黒剣>からかいな?」

「ああ、<黒剣(うち)>の大将からだ」

「……ヴィーやんが“大工(カーペンター)”ち、云わんで“大将”っち云うたばい?

 朝ちゃん??」

「エンクルマ先輩、なっ、な……中身本当にシド先輩ですか?

 シド先輩がアイザックさんを、“大将”呼ばわりなんて!!」


 ヴィシャスは、レオ丸から投げつけられる不躾な視線を全く意に介さず、後輩二人の混ぜっ返しも一切スルーしつつ、変わらぬ口調で言葉を続ける。


「<円卓>の意向を忖度した……ウチからの“請願”だ」


 エンクルマを見て、朝右衛門達<黒剣>を見て、ハニャア達を見て、ヴィシャスを見てと、首を巡らせ<円卓会議>に属する冒険者達を一望したレオ丸は、顎に手を当てて考える事、暫し。


「“御免蒙る!”……って言うたら、どうなるん?」


 やおら問いかけたレオ丸に、ヴィシャスは軽く肩を竦めた。


「どうもしねぇさ……ただな」

「ただ?」

「<円卓>が少ーしだけ……“遺憾”に思うだろうな」

「なるほどなー」


 半円形に取り囲むアキバの冒険者達に背を向けたレオ丸は、僅かに俯く。


「さて、どうする? どうする? ど・う・す・る?

 君ならどうする? ……ってな」


 レオ丸は凡そ一分間、黙りこくった後に唇を真一文字に結んで振り返った。

 其の視界の真ん中では、エンクルマが額に汗を掻きながら身を縮めて恐縮している。


「エエよ、有難く護ってもらいまひょ♪

 邪悪な海か何処かから、やって来るよーな恐ろしい、おっそろしいバケモンがまた出て来るやもしれんしなー?

 ……君は狙われている、ってか、全く難儀な話やねー、ホンマに。

 はてさて一体、“誰に”“何を”、狙われているのやら?」


 顔の下半分だけを綻ばせたレオ丸が、両手を広げ歓迎のポーズを取った。


「スマンな」


 ヴィシャスが深々と頭を下げると同時に、冒険者のほとんどが詰めていた息を安堵の表情で漏らす。

 遊々斎とマーロンの二人だけが、ニヤニヤとしていたが。


「ほな、何卒“暫く”の間、宜しゅうに♪」

「自分は、<黒剣騎士団>遊撃隊所属、タクミ・ワンピースです!

 宜しくお願い致します」


 トルストイ主義者が好んだスモック風のラフな上着、所謂“ルバシカ”を柔らかく身に纏った、ワンピことタクミは踵を音高く合わせて腰を折る。

 其の背後で大きく息を吐き出しているエンクルマに、レオ丸はヒラヒラと手を振ってから冒険者達の元へと歩み寄った。



 解散の場となったのは、<トゥーメイン大回廊>の上。


「次はアキバで会おうニョ!」

「今度はもっとお手柔らかに」

「くたばったら骨くらい拾ってやるさね」


 ハニャアや#8723達と握手を交わし、遊々斎と睨めっこをする、レオ丸。


「次にお会いする時もまた揉め事アリアリ……ですかね?」


 乾いた笑いを発する大アルカナのぜろ番の胸を軽く小突く、レオ丸。


「次はアキバを舞台にして、セッションしたいぜ」


 <MARMALADE Project>のメンバーとフレンド・リストの登録をし合う、レオ丸。


「あんたとは“思惑”抜きで、ゆっくりと語り合いたいもんだ」


 溜息交じりのヴィシャスの手を力強く握る、レオ丸。


「法師! 法師! ヘルメスさんから伝言です!!

 “エン兄、シド兄、朝ちゃんの報酬は他の皆さんの三倍と私に斡旋料よろしく!

 西の<屍体愛好(ネクロフィリア)>さん♪” だ!、そうです!

 で!

 本当に“屍体愛好(ネクロフィリア)”なんですか?」


 小柄な朝右衛門の頭を、ニコニコしながら両手で優しく掴み、ギリギリと力一杯締め上げる、レオ丸。


「ほんなごつ、すまん! レオ丸兄やん……」


 エンクルマの大きな体をハグしたレオ丸は、其の鍛え上げられた大きな掌に、己の掌を二つ共にパチンと打ち合わせる。


「また何ぞあったら助けてーやな、ホンでなーんもなきゃ……アキバで一緒に遊んで頂戴な、何卒ヨロシコ頼むさかいに!

 なぁ、エンちゃん♪」


 そして。

 一部の名残惜しげな顔と沢山の笑顔に、レオ丸は手を振った。


「さて、と」


 去って行くアキバの冒険者達に別れを告げたレオ丸は、大きく伸びをする。


「ほな、ワシらも行きまひょか」

「どちらへですか?」

「ちょいとトレイル・ランニング……いや、トレイル・ウォーキングでもしに、な」


 緑で覆い尽くされた地平の遥か向こう、堂々とした威容の天辺を見詰めながら、レオ丸は暢気に<彩雲の煙管>を咥えた。

 吐き出された五色の煙は風に掻き混ぜられ、何処へかと運ばれて行く。

 運ばれる其の先。

 静かに聳えているのは、<霊峰フジ>だった。

さて、此れで<第伍歩>は閉幕でござんす。

 ほいで。

 <第陸歩>からはウェストランデ圏内を脱し、とうとうイースタル圏内にドップリと突入です。

 つまり。

 タイトルに偽りアリだー! なのですよ。

 どーしよーどーしよー……取り敢えず、寝るとしよう!

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