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第伍歩・大災害+69Days 其の肆

 万を持して、“ヒーロー登場”でござんす。

 やっと競演出来ました♪


 因みに。

 劇中採用歌は全て、テレビサイズでござんす。

 左の翼を失い、もう片翼も羽ばたかせる余力はないものの、<変異女王蟻(ゼムアント・クイーン)>の戦意は未だ旺盛なままであった。

 三つ首は相も変わらず不快な鳴き声を上げ続け、損傷が軽微な四本の腕を止め処なく動かしている。

 鈍重な動きで猛り狂う“怪獣”を中心に定めて、低空飛行で円を描く<吸血竜(ニーズヘッグ)>は大口を開け、ギラリと牙を光らせながら威嚇の咆哮を放った。

 敵意を浴びせかけられたゼムアント・クイーンは、目障りなニーズヘッグを叩き落そうと上部の前肢を蠢かせるが、飛び退る速度に反応出来ず、苛立たしげに顎を軋ませるだけだ。

 一方、契約主をぶら提げた<誘歌妖鳥(ハーピー)>は上昇し、充分な距離を保ち待機状態である。

 レオ丸が、足下の状況に注意を凝らしながら攻める手立てを思案していると、場違いでありながら現況にピッタリと符合した男女混成コーラスが、遙か彼方から聞こえて来た。

 レオ丸にとっては何とも懐かし過ぎ、思わず口遊んでしまう曲目である。

 俗に“ワンダバ・マーチ”と称される、特撮シリーズの名曲。

 朗々と響くバリトンと透明感のあるソプラノでハミングされた『TACの歌』バージョンに、何事かと東の空を振り仰ぐレオ丸の視界に映るのは、青空に刻印された二十個余りの黒い点。

 其れがドンドンと大きくなるにつれ、独特のドゥーワップも高らかとなる。


 最初に輪郭を鮮明にさせたのは、二つの頭を持つ十羽の大鷲であった。

 <ロック鳥>よりも一回りほど小柄ながら、対等に戦える能力を持った特異な飛行モンスター、<双頭鷲(ドッペルアドラー)>。

 多数のサーバを舞台にしたグランドキャンペーン・クエストである、『人造天使計画』において、西欧サーバでのシナリオを攻略した冒険者のみ入手出来る<召喚笛>でしか呼び出す事の出来ない、稀少な騎乗モンスターだ。

 威風堂々と羽ばたく其の背には、冒険者を一人ずつ騎乗させている。


 次に現れたのは、冒険者が二人ずつ跨った八頭の、やはり<召喚笛>により使役する事が可能な<飛翔天馬(ペガサス)>。

 此方は、六年前に新規プレイヤーズ・タウンとしてシブヤの街が追加された際の、“ガチャ祭り”に含まれていたアイテムである。


 最後に登場したのは、通常より倍する大きさの<魔神の絨毯(マジックカーペット)>が一枚。

 レイドコンテンツ<神託の天塔>攻略時に、ランダムながら入手可能なアイテムであり、三枚揃えればサブ職<裁縫師>の技能で大型化出来る、実は優れ物でもあった。


 二種類の<召喚笛>にしても<魔神の絨毯(マジックカーペット)>にしても、手に入れるには其れなりの苦労が伴うが、飛行という移動手段は今の現実においては何とも魅力的である。

 全てがゲームでしかなかった頃は、<都市間ゲート>や<妖精の輪(フェアリーリング)>があれば、移動に関する一切の事は然したる問題ではなかった。

 しかし<大災害>後の、現在は事情が違う。

 整備されていない陸路をおっかなびっくりで歩むよりも、海図すらまともにない海路を手探りで進むよりも、比較すれば空路は安全だと言えた。

 現時点では最良の移動手段である飛行、其の手段を所持する者は、其れだけで有能であると言える。

 持たざる者よりは持つ者の方が一等抜きん出た立場になるのは、いつの時代の何処の世界であろうと通用する、絶対の真理であった。

 例え其れが、“異世界”であろうともだ。


 多数の飛行モンスターに守られながら、ヒラヒラと空中を飛ぶ大型絨毯。

 其の上に陣取るカラフルな衣装を纏った五人の冒険者が、“ワンダバ・マーチ”を演奏しつつ、合唱していたのだった。


「歌は流れる貴方の胸に、思えば遠くへ来たけれど、色褪せる事なく燦然と輝き続けるアノ歌コノ歌どんな歌、……歌わせて下さい人生の賛歌を!」


 五人の真ん中に立つ真っ赤な布鎧の冒険者が、昭和の名司会者と讃えられた人物の口調そっくりにスラスラと口上を述べ、ギターそっくりのアイテムを掻き鳴らす。


「アキバで一番イケテル<吟遊詩人(バード)>バンドギルド、<MARMALADE Project>、お呼びとあらば即参上!」


 他の四人が其々の楽器アイテムを派手に鳴らし、吹き上げ、乱打するに合わせて、援軍としてやって来た他の冒険者達もお座成りに拍手を打った。

 思考を中断させられたレオ丸が何かを言おうとしたが、思い直して口を噤むと、一頭のペガサスが接近して来る。


「レオ丸兄やん、ごめんね! おまっとさんっす!」


 何とも懐かしく、そして頼もしい<武士(サムライ)>の声に、レオ丸は一瞬で満面笑みとなり全身で喜びを表現した。


「エンちゃん、おひさ!!」


 カフカSにぶら提げられたレオ丸が伸ばした両手の掌と、ペガサスの後ろにタンデムしたエンクルマの両の掌とが、力強く打ち合わされる。


「それでや、エンちゃん」

「何でしょう?」

「あの……アバンギャルドな彼らは一体、何なん?」

「ああ、あいつらは、……音楽性の違いだとか何とかを理由に<D.D.D>を飛び出した……コミックバンドですわ。

 スタイルはアレでも、ウデは良いモンを持ってるんで」


 ペガサスの手綱を握る<黒剣騎士団>のギルドタグをつけた<妖術師(ソーサラー)>が、苦笑いを浮かべつつ手を差し伸べた。


「初めまして、“ペガサス・リーダー”のハンマーヘッドツバメです。

 其れで、あっちの“イーグル・リーダー”が、アマ野ボールですわ」


 臙脂色の野球帽を斜に被った<施療神官(クレリック)>が高みから、敬礼とウインクを送って来る。

 右手で握手をし、左手で上方へと手を振り返すレオ丸に、エンクルマが鍛え上げられた力瘤を見せつけながら、はにかんだ。


「レオ丸兄やんンために、気張ってでたん云わせん連中ば掻き集めて来たけんね!」

「おおきに、有難う! ……ほな早速に」


 斜め上方で滞空している絨毯に向かい、レオ丸は右手を振って注意を引く。


「お~~~い、其処の衆! 御助力、誠に忝しやわ!

 ワシの名は、西武蔵坊レオ丸。

 身許保証人は、此処に居るエンちゃんや!」


 すると、真っ赤な布鎧の冒険者が、慇懃に頭を下げてみせた。


「初めましてレオ丸さん、俺の名はレッドアップルと申す者にて参候!

 そんで、サイドギターがセピアココナッツ、トランペットがグレイグレープ、ドラムセットがモスグリーンメロン、鍵盤ハーモニカがサーモンピンクピーチにてござい!

 此方こそ、素晴らしいライブ会場を提供してくれて感謝感激、ヨロシクぅ~!」


 個性的というよりはネタっぽい名前を一時に紹介されたレオ丸は、無意識の内に棒読み口調で語りかけてしまう。


「あ…………其れでな、レッドアップル君よ。

 スマンけど、ワシの乏しくなったMPを引き上げてもらえんやろうか?」

「リクエストですね!? どんな感じに回復したいんですか!?」

「へ? あ……あ~~~そやな、…………ドカンと元気に?」

「承りました! じゃあ、<瞑想のノクターン in『Stand Up to the Victory』>で!」

「「「「喜んで!!」」」」


 透き通るような高音域でレッドアップルが歌い出せば、<MARMALADE Project>のメンバーも其のアカペラを彩るように、賑やかなメロディラインを奏で始めた。

 ノリの良い曲調に反して、青色や紫色といった落ち着いた色目の音符が、花火が炸裂するように宙に溢れ出すや、レオ丸達目がけて一斉に降り注いで来る。

 レオ丸は、落ちて来る沢山の音符を無造作に浴びながら、回復ポーションを二本立て続けに一気飲みした。


「あ~~~、不味い! 御馳走さん!」


 空になったポーション瓶を、提供してくれたエンクルマに片手拝みで返却するや、気合を入れるために己の頬をパーンと叩く。

 そしてレオ丸は、腹の底に力を込めた。


「ほな皆さん、適当に、格好良く、エエ感じで、ヨロシコ!!」


 指示とは到底言えぬざっくりとし過ぎたレオ丸の台詞に、全員が違和感を覚えずに右手の拳を振り上げる事で承諾の意志を示す。


「ほいだら! 一番槍ば頂戴仕る!」


 背負っていた秘宝級の槍、<人外無骨>を両手に構えたエンクルマが、素早い身のこなしでペガサスの背に直立し、其のまま空へと身を躍らせた。

 ニッカと笑むレオ丸が両手でハーピーの脚を掴んで引けば、契約主の意図を汲み取った契約従者は大きく翼を羽ばたかせる。


「さん・のー・がー・はい!!」


 落下して行くエンクルマの後を、追いかけるように滑空するハーピー。


「唸れ鉄剣、<飛龍剣>!」


 空中で<大見得>を切り、“怪獣”の注意を一身に引きつけたエンクルマは、<飯綱斬り>を叩きつけた。

 空気を断ち割るように振り下ろされた特殊な形状の槍先から、真紅に輝く衝撃波が真っ直ぐに伸び、ゼムアント・クイーンの胸部に突き刺さる。


「岩をも砕く~♪ ……ってお前! 其れ! “剣”じゃねぇ“拳”だ!

 そしてお前の得物は“槍”だろう!!

 朝坊! グダグダしてるとエンクに美味しいトコを、全部持って行かれちまうぞ!!」

「其れは! 由々しき事態! 僕が目立たない!! エンクルマ先輩ファッ●ュー!!」


 トゥーメイン大回廊の橋脚につけられた破壊痕に腰掛け、ひと時の休憩をしていた朝右衛門が、あたふたとし出した。


「●ァッキューは余計だ! ちゃっちゃと暴れて来い!!」


 ヴィシャスが、<吸血竜(ニーズヘッグ)>の軌道を橋脚の側へと寄せる。


「それじゃあ次は、<剣速のエチュード in『サムライハート』>!!」

「「「「喜んで!」」」」


 赤い八分音符が発生し、武器を構えた攻撃職に取りついた端から“剣”のアイコンへと変化した。

 ニーズヘッグが離脱した間隙を縫い、十目六と遊々斎とマーロンが連続攻撃を放つ。

 タイミングを僅かにずらしながら、断続的に急降下して来たペガサスの背から、騎手ではない冒険者達が飛び降り、斬撃と打撃を果断なく加えた。

 騎手達はペガサスを巧みに操りながら、魔法攻撃を放ち、防御魔法を適宜ばら撒いて行く。

 先制の一撃を放った後、うっかりとバランスを崩してしまったエンクルマは、足元に滑り込んで来たハーピーの背に尻から着陸するも、直ぐに態勢を整えるや再び宙へと飛び出した。


「<レッドアロー>!!」

「うわっ!! エンクルマ先輩が赤い通り魔!!

 僕!まっ…負けないもん! <超●動●炎斬>ッ!!」

「エンク! どう見ても槍なのに“弓(アロー)”とはこれ如何に!?

 其れと朝坊! 赤繋がりか! 赤繋がりなのか!?」


 <瞬閃>を放つエンクルマの背を踏み台にして、朝右衛門が仕掛けたのは<サドンインパクト>。

 絶え間なく攻撃を受け続ける“怪獣”は、苦し紛れに雄叫びを上げた。


「Hey!Hey! ノッテ来たぜエブリバディーッ!!

 <臆病者のフーガ in 『スターダストボーイズ』>! か~ら~の~ッ!」

「「「「からのッ!?」」」」

「<堅牢なるパストラル in 『英雄』>!!」

「「「「喜んで!!」」」」


 広範囲に広がる暗青色の音符が、前線で体を張る攻撃職(アタッカー)達のヘイトを大幅に下げた後、メタルブラックカラーの音符が全員の防御力を向上させる

 エンクルマ、マーロン、十目六、と<武士>が三名。

 朝右衛門、遊々斎、の<暗殺者(アサシン)>が二名。

 其の他として、<武闘家(モンク)>が三名、<盗剣士(スワッシュバックラー)>が四名。

 彼らアタッカーは戦闘開始以来、一度として大地に足を着けていない。

 何故ならば、ペガサス達が絶妙な位置を占めながら飛びまわり、空中での踏み石役を担っていたからだ。

 だが、其々攻撃のタイミングも、移動力も異なる計十二名のフォローを、ペガサス八頭で出来るはずがない。

 <妖術師>と<神祇官(カンナギ)>で構成された騎手達もまたタイミングを見計らいながら、魔法攻撃を行っているのだから。

 其れ故にどうしても出来てしまうフォローの穴を埋める役割は、レオ丸とヴィシャスがキッチリと果たしていた。

 ドッペルアドラー達は上空で待機しつつ、周辺警戒とアタッカー達の魔法支援任務に従事している。

 地下から出現した時にはカンストした八桁のHPを誇っていたものの、四方八方からの同時攻撃に晒され続けては然しものゼムアント・クイーンとて足許が乱れ、フラフラとし始めてきた。

 エンクルマの最初の一撃を受ける前までは六割はあったHPも、遂にレッドゾーンへと突入してしまう。

 更に更にと与えられる、致命傷の痛撃。

 HP残量が二割をきった其の時、“怪獣”は一際高く、悲痛な雄叫びを上げた。

 多くの冒険者達が、勝利目前かと期待した次の瞬間。

 傷だらけとなった醜悪な全身が、濁った赤色と澱んだ青色がドロドロと混合した、不気味さこの上ない悪しく禍々しい光を放ち出す。


「総員退避!!」


 レオ丸が放った咄嗟の掛け声を合図に、ペガサス隊が宙を舞う冒険者達を一人ずつ回収し、残りはニーズヘッグが引き受け、“怪獣”から広く間合いを取った。


「レオ丸兄やん、あれちゃ何やろ?」

「所謂、イタチの最後っ屁と違うか?」


 最も“怪獣”に接近した位置に居たエンクルマを、無事に安全圏と思われる空域まで連れ出したレオ丸が、腕組をしながら首を捻る。


 壊れかけのネオン看板のように体を明滅させていたゼムアント・クイーンは、身動ぎをすると、またもや醜く膨れた腹部を蠕動させた。

 今度は縦ではなく横一文字に線が走り。醜く爛れた内部を日の目に晒す。

 再びの開腹で零れ出したのは、浴びた太陽光をヌラヌラと照り返す、黒い塊であった。

 汚物を寄せ集めて固めた、一個の巨大な団子のようにも見えるソレは。


 BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ BUZZ…………


 息を詰めて警戒していたレオ丸達の眼の前で、バラバラに四散した。


 <変異羽蟻(ゼムアント・インフェステイション)


 一体一体の大きさは二メートルほどだが、<魔狂獣(ダイアビースト)>の如き頭部は金属質の光沢を持ち、<洞穴大蛇(ケイブスネーク)>のような尾をくねらせる、蟻だとは到底思えぬ珍奇なモンスター。

 <鋼尾翼竜(ワイヴァーン)>そっくりの翼を四枚も羽ばたかせる其の姿は、レベルが70程度であっても、不気味さを感じずにはいられない。

 其れが五十体も纏めて現れたのだから、冒険者達の顔色は青褪め、額には脂汗と冷や汗が溢れ出すのも致し方なかった。

 間違いだらけのデザインが立体化したような“怪獣”をすっぽりと覆うように、空中に展開したゼムアント・インフェステイション達が、昆虫的ではない顎を一斉に噛み合わせ、不揃いな遠吠えを陰々と響かせる。

 張り詰める緊張感に、レオ丸ですらいつもの軽口を叩けぬ状態となるが、何処にでも空気が読めぬ、雰囲気クラッシャーは居るものなのだ。

 今此の時は、彼らがそうであった。


「此れはピンチだ、逃げるが勝ちか!?

 そんな君には、<舞い踊るパヴァーヌ in 『Butter-Fly』>だ!!」

「「「「喜んで!!」」」」


 何とも能天気に勇ましい声に尻を蹴飛ばされた思いのレオ丸は、ありったけの大声を張り上げる。


“空軍大戦略(バトル・オブ・ブリテン)”ごっこと洒落込むで!

キル・アント! キル・アント! モア・キル・アントや!!」

「「「「「あらほらさっさ!!!」」」」」


 そうして。

 先ほどまでよりも、激烈な戦いの火蓋が切って落とされた。

 とある著名なアニメーターの名前を冠した、俗に“サーカス”と呼ばれる変則的な演出方法があるが、ゼムアント・インフェステイションの大群の飛び方は当に其れであった。

 直線と屈折と曲線を複雑に織り交ぜた、立体的な動線が残像となって大気に刻まれる。

 一方、加速と減速を不規則に行い、高所と低所を自在に移り変え、集合と分離をタイミングよく何度も行う、冒険者達。

 <吟遊詩人>達の援護歌により、敏捷力を格段に高められた精鋭は、数の上だけを見れば明らかに劣勢なれど、戦力比を単純に比較すれば、圧倒的な強者であった。

 そして、戦いの推移を決するのは戦力比だけではない。

 冒険者達にあって、モンスターにないのは、“連携”という戦術であった。

 大群の来襲に対し、ペガサス隊が散開すれば、急降下と急上昇を繰り返すイーグル隊。

 囮役と追い込み役が、無秩序に行動する羽蟻を数体のグループに纏めて囲い込み、一網打尽にする。

 がっぷり四つで始まったドッグファイトも、レオ丸が敵の前となり後ろとなる間に形勢優位となり、此のままの勢いでゴリ押しが出来るかと思われた。

 だがしかし、そうは問屋が下さない。

 ゼムアント・クイーンが、ヘドロ混じりの汚水に似た光彩を放ち、新たな異形の羽蟻を数十体と産み出すや、大空へとばら撒いたからだ。


「エンちゃん!」

「何です?」


 爪先に噛みつこうとしたゼムアント・インフェステイションの鼻面を蹴飛ばしたレオ丸は、<人外無骨>の刺突で的確に群がる敵を屠っているエンクルマを振り仰いだ。


「ほら、昔から“臭いなんたらは元から断たんとアカン”とか、言うやん?」

「……? クサヤに消臭力……? いやいや、臭い物に蓋……的な?」

「うん、当たらずとも遠いな!」

「そげんですか……」


 頻繁に進路を変えつつ、周囲との相対速度にも変化をつけて宙を舞うハーピー。

 ペガサスの死角を突こうとする敵を駆逐し、背後から迫る敵の処理をイーグルに委ねつつ、乱戦の中を自在に羽ばたく。

 其の背で、片膝立ちという不自由な姿勢ながら鬼神の如き活躍をするエンクルマは、ドレッドヘアーを揺らしながら首を傾げた。


「其れでやな!」


 レオ丸が、カフカSに上昇の意志を伝えれば、契約主の意を受けた契約従者は乱戦の空に尻を向けて、中天へと一目散に翔け昇る。

 戦闘空間が飽和状態となり、臨界点から洩れた羽蟻の一部がトゥーメイン大回廊の方へと移動を始めた。

 其れにいち早く気づいたマーロンが、遊々斎と十目六に注意喚起し、共に戦場を現在地点から直ぐ先の未来地点へと移す。


「あの化けモンが、此れ以上悪足掻きをせぇへんようにして欲しいんやわさ!」

「判ったばい!!」

「よっしゃエエ返事や!」


 戦場は一気に拡散し、二分割された。

 ゼムアント・クイーンを中心とした半径三十メートルの立体空間を舞台とした空対空戦と、トゥーメイン大回廊の崩落箇所を最前線とした地対空戦とに。

 一部回復を果した若手の冒険者達が参戦しようと駆け出そうとするも、遊々斎のひと睨みで足を縫いつけられてしまい、傍観者席へと追い戻されてしまう。

 イーグル隊の支援のみを受けながら、<黒剣>に属さぬ三名の冒険者は一糸乱れぬ連携によって、トゥーメイン大回廊上に鉄壁の防衛線を構築した。

 見本の如き、無駄も隙もない戦い方である。

 さて、其の時のレオ丸はと言えば。

 空対空の戦場の境界線上に到達したハーピーの足元にぶら提げられたまま、目と鼻の先で呼吸を整えている冒険者へと手を上げ、注意を引いた。


「レッド・アップル君よ!」

「何でしょう?」

「ボチボチ、“怪獣(あいつ)”に幕引きさせたろうって思っとるさかいに、一等格好エエ曲を派手にかましてくれへんか?」

「喜んで!」

「ほな、頼んだで!」


 契約主に両足首を強く握り締められたハーピーは、流麗な鳴き声を一際高く奏でてから翼を折り畳み、前傾姿勢となる。

 真っ黒な羽毛を風に靡かせながら、仲間達が其処彼処で獅子奮迅の働きをしている最中へ、逆落としをかけたのだ。


「リクエストを頂戴したぜ、レディース・ーンド・ジェントルメーン!

 それじゃあガツンとかますか、……<猛攻のプレリュード in 『ライオン』>!!」

「「「「喜んで!!!!」」」」


 上を下への大騒ぎの中を突っ切ろうとするハーピーの前方に、宙を駆けるペガサスが一頭滑り込み、障害となる直近の敵二体を蹴散らす。

 露払いを買って出たハンマーヘッドツバメに、レオ丸は親指を立てて感謝の念を送った。

 ゼムアント・インフェステイションが制空権奪取を目論み作り上げる、分厚い防護壁の如き陣容は、逆説的な比喩で表現すれば“蟻の這い出る隙もない”。

 其れらの中央を強引な手法で大きく突き崩すのは、編隊を組んだ四羽の<双頭鷲(ドッペルアドラー)>達だ。

 指揮するアマ野ボールは、擦れ違いざまに右手をグルグルと廻す。

 其の意味合いは当然、“ト”の連打、つまり“突撃せよ”だ。

 不敵な笑みを浮かべた分隊リーダーの二人が、敵の本丸への道を無理からに抉じ開ければ、邪魔立てする存在は皆無となる。

 されど其の本丸自体が、未だ頑強に立ちはだかっているのが大問題であった。

 だが。


 VOWOVOWOV!!


 瓦礫の上に倒れ伏していた<凶兆星霊(ドラウグル)>が身を起しざまに、両手で掴んだ大剣を“怪獣”の背に突き立て、不屈の咆哮を上げる。

 身を捩り、苦悶の悲鳴を発する“怪獣”の頭の一つに、滑った鞭のようなモノがシュルシュルと伸びて巻きついた。


「朝坊、行け!」

「朝右衛門=Y、行っきま~~~すッ!」


 翼を小刻みに羽ばたかせ、器用にホバリングするニーズヘッグの口から伸びた舌を釣り橋代わりにして、不安定な空中を疾駆する<暗殺者>の少女。


「ちえい! “封魔裂風剣・真空斬り”!!」

「コジロウか……」


 攻撃のための助走をつける特技、<モビリティアタック>。

 十数メートルの疾走による勢いは、其のまま続く攻撃技である<アサシネイト>の打撃力へと変換される。

 朝右衛門の横薙ぎの斬撃が、ニーズヘッグの舌に絡めとられた中央の首の付け根を深々と切り裂いた。

 躍動感溢れる支援魔法(BGM)が、真っ赤な十六分音符となって天蓋から雨霰と降り注ぎ、アタッカー達の体へ続々と沁み込む。


「もひとつオマケに、“緋竜覇王剣・貫通突き”!!」

「ムサシか……朝坊……お前ガチだな」


 再使用規制時間を大幅に短縮する効果を受けた朝右衛門が、一旦“怪獣”の前を飛び退りながら空中高く蜻蛉を切り、繰り返し<アサシネイト>を叩き込んだ。

 同時に。

 ニーズヘッグが羽ばたきを大きくし、首を振りつつ舌を引っ込めれば、ゼムアント・クィーンの頭が一つズルリとずれて、地に落ちる。

 仰け反り、地団駄を踏むようにして、首を一つ失った“怪獣”が猛然と暴れ出した。


「エンク、任せた!」

「任せちゃってん!!」


 契約主の意を受け、朝右衛門を回収するや即座に戦域を離脱する、契約従者。

 ニーズヘッグが飛び去り、エアポケットのようにポッカリと空いた空間を、単騎で強襲をかけたのは、レオ丸の戦意を乗せたハーピーだ。

 其の背から、ドレッドヘアが乱れるのも気にせず、狐尾族の<武士>が宙へと身を投じる。

 狙い定めた其の先は、ゼムアントクィーンの土手っ腹だ。


「“羯盤醍那密倶”!!」


 今は昔のツッパリを髣髴とさせるネーミングを叫ぶエンクルマは、錐揉み回転をしながら一直線に、敵の懐へ。

 飛び込んだ先で連続して繰り出されたのは、此れがトドメの必殺の刺突。

 <人外無骨>の槍先が、“怪獣”の最も弱い部分を深々と抉り、僅かに残っていた命脈(ヒットポイント)を根こそぎ絶った。

 断末魔の雄叫びを上げる事も、三度目の逆撃を産み出す暇もなく、ゼムアント・クイーンは一瞬にして光の泡と化す。

 二回、三回と秘宝級の槍、<人外無骨>をビュウビュウと回転させ、撓らせながら両脚で大地を確りと踏み締める、エンクルマ。

 勝利のポーズと会心のドヤ顔を決めた狐尾族の<武士>を、少し離れた処から見下ろしていたレオ丸は、愛すべき年下の友人に緊急事態をソッと告げた。


「エンちゃん、……危ないで?」


 敬愛すべき年長の友人が放った予想外の台詞を受け止め損ねたエンクルマは、眦を凛々しい角度で固定させたまま、微かに首を傾げる。

 其の頭上に。

 華厳の滝も斯くやと云わんばかりの、大量の金貨が降り注いだのだった。


「ほら、……な?」


 ダンプカー三台分はありそうな金色のコインが作る山に、悲鳴を上げる暇さえなくエンクルマは飲み込まれ、あっという間に姿を消す。

 ヴィシャスと朝右衛門は天を仰ぎ、<黒剣>の仲間達は揃って肩を竦めて首を振り、其の他の冒険者達は一斉に手を合わせて瞑目した。


「傷は深いで、がっかりしーや」


 気休めを嘯いてハーピーの脚から離脱し、大地に降り立ったレオ丸は、“南無南無”と口遊みつつ見上げんばかりの金貨の山に歩み寄る。


「こりゃまた大層な、ゴールドラッシュやなぁ……」


 うず高く積み上げられた金貨の中からは、狐尾族にしては太く逞しい左手のみが突き出ていた。

 ピクリとも動かぬ其れを両手で掴み、レオ丸は奥歯を噛み締め、大地に踏ん張り、全身の力を込めて引っ張る。

 だが、金貨一枚一枚は指二本で摘める程度の重さであっても、トン単位となれば<召喚術師>レベルの腕力ではどうしようもなかった。


「皆で『おおきなかぶ』ごっこでも、す……っか……な?」


 レオ丸が無理な救出作業をしたために、金貨の山のバランスが一部崩れ、二の腕まで見えていたエンクルマの左手は、掌だけとなる。

 其の傍に、金貨に半ば埋もれた一つのアイテムがあった。

 思わず魔法鞄に手を入れれば、レオ丸は、右手の先に“あるべき物”が触れるのを確かに感じる。

 で、あるならば。

 レオ丸の眼の前にあるソレは、レオ丸が魔法鞄に秘匿しているモノとは、別個のモノであるという事だ。

 お盆の上に石などを配置してジオラマの如くに一つの世界を作りあげる、“占景盤”と呼ばれる物にそっくりなアイテム。

 <迷宮の真核(ダンジョン・コア)>が、其処に埋まっていた。


「……どーゆーこっちゃ?」


 懐から取り出した<彩雲の煙管>を口に咥えたレオ丸は、両手で其の特殊なアイテムを丁重に掘り出し、燦々と降り注ぐ陽光の下で矯めつ眇めつして観察する。

 貴重な埋蔵品を手にした考古学者のように、じっくりとじっくりと、手触りさえも味わうように。

 レオ丸が魔法鞄の中へ後生大事に仕舞っているモノは色彩があったが、  今、手にしているモノは陰影しかなかった。

 黒色は、塗り潰された黒色ではなく、色彩を喪失したが故の黒色。

 白色は、塗り込められた白色ではなく、色彩が皆無であるが故の白色。

 カラフルな世界に存在していていけない、モノクロのアイテム。

 陽光に翳せば、空気に溶けてしまいそうなほどに希薄な印象を、レオ丸は受ける。


 パリン


 遂、力を込めてしまったのが災いしたのか、薄っぺらい音が鳴り、アイテムの表面に小さなヒビが数本走った。


 パリパリパリパリパリ……。


 あるかなきかだった極小のヒビは、決して留まる事なく繋がっては分かれ、分かれては繋がり、全面を覆い尽くす。

 破局は直ぐに訪れた。

 強風に煽られた反動で釣り糸が切れたガラス製の風鈴が、敷石の上に落ちて砕けたような音が、レオ丸の鼓膜に棘のように刺さる。

 其の両手の中で、微細な粒子となり微風に紛れて消える<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>。

 為す術もなく其れを見ていただけのレオ丸は、何も持たぬ両手を頭上に掲げたままで、ボンヤリと立ち尽くした。

 そして其のまま、思考の海に頭から没入するレオ丸。

 情調に浸る事なく、論理的な思考を司る脳の右半球下前頭回領域が、活発に働き出したために、端から見ればレオ丸は一個の置物と化す。

 仲間を救助するべく集まって来た<黒剣>所属の冒険者達が、作業の邪魔だと判断し、抱きかかえ脇に除けた。

 其れにすら、レオ丸は気がつかない。

 マンガ的表現ならば両目が渦を描いている、意識不明のエンクルマが救い出された時も、レオ丸は思考の海を漂っていた。

 暫くして。


「ああ……、そーゆー事か……」


 充分に沈思黙考に浸ってから、現実へと意識回復したレオ丸は五色の煙を大きく吐き出し、一人合点する。

 <気絶>というバッドステータスを回復させようとした<施療神官>を、後ろから羽交い絞めにしている朝右衛門。

 対象に馬乗りになり、往復ビンタによる治療行為で<気絶>から回復させようとしている、ヴィシャス。

 呆れた風に其の光景を眺めている、ハンマーヘッドツバメ達。

 其の全員が気づきもしない細く擦れた声で、レオ丸は呟く。


「なるほどねぇー」


 汚れを叩き落とすように、両の掌を軽くパンパンと打ち合わせたレオ丸は、大きく伸びをした。

 肺に溜まった五色の煙を天へと吐き出し、<彩雲の煙管>を懐へと仕舞い直す。

 そして、一呼吸おいてから。


「ザッツ・オール・フィニッシュ!! 皆さん、お疲れさんでしたッ!!」


 全ての冒険者達へ、レオ丸は慇懃な仕草で、頭を深々と下げたのだった。

 エンクルマ氏の御出張を快諾戴き、尚且つ、台詞の是正までして戴き、佐竹様には平身低頭、感謝感激あらやめて、でありんす。

 ホンマ、おおきに!


 次回は、後始末の回でござんす故に、<第伍歩>完結は今暫しお待ち下さいませ。


 ああ、もう、戦闘シーンはしんどいなぁ。

 次回以降は、戦闘シーンの無い話を書きたいなぁ(苦笑)。

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