第伍歩・大災害+69Days 其の参
未だに書き慣れぬ戦闘シーンに手間取り、時間がかかってしまいました。
うーむ。次話はもう少し早く書き上げたいなぁ。
さて、今回は。
スペシャル・ゲストが御二方、参戦下さいました! 感謝感謝(平身低頭)。
誤記を訂正致しました。(2016.04.16)
天空に広げられた両翼の羽ばたきは、強風に巻き上げられた砂塵の如き土煙を叩くようにして、彼方へと追い散らす。
其の禍々しい形の翼と、大蛇を連想させる尾は、<鋼尾翼竜>のモノと形状が良く似ていた。
産毛と呼ぶには硬過ぎる剛毛に覆われた三つの頭部には、鮮血よりも鮮やかな紅色の眼が、一つずつ埋め込まれている。
荒く切り出された岩石を積み重ねたような筋肉が脈打ち、油を塗り重ねたように滑った質感の胸部。
腹部はだらしないほどにブヨブヨと膨れ上がり、生理的嫌悪感の塊でしかない。
まるで、初期フランドル派の巨匠、ヒエロニムス・ボッシュが殴り書きしたデッサンを、ハンス・ルドルフ・ギーガーが丁寧に清書したかのようだ。
人類滅亡後の地球を舞台にモンスターを主人公とした、1988年発売のファンタジーゲームに登場する、醜悪を極めたような其の形。
全ての部位が歪で、捻じくれており、自然界ではありえない何処か作為的にも感じられる形状は、幼少期に見る悪夢を再現したようである。
三原色を完璧に混ぜ合わせるのを途中で放棄した感じの、汚物のような黒色で前身を染めたソレは、原形を留めているようにも、いないようにも見えた。
レオ丸達の視界に表示された名称は、<女王変異蟻>。
だが、根本的にデザインの構図が狂っている体形の何処を見ても、其の名称に符合する箇所はない。
敢えて言えば、脚が備えられていない替わりに、太さも長さも違う六本の腕が生えている処か。
更に付加すれば。
レオ丸しか知り得ぬ情報であったが、元の個体よりもレベルが上昇していたのだ。
【 女王変異蟻 】
<レベル/92> <ランク/パーティ×4>
<出現場所/地下>
<出現頻度/皆無>
<攻撃/???>
<行動/???>
<移動/???>
<防御/外皮強度・???>
<魔法耐性/???>
<全長/二十メートル>
<翼開長/四十五メートル>
「反吐が出そうやな」
地下の巣で遭遇した時よりも数倍は肥大化した其の体躯に、レオ丸は苦い味がする唾を飲み込んだ。
「出来れば、モザイク処理をして欲しい絵面っぽい……」
とど松の感想に、仲間達が思わず頷く。
「混ぜるな危険、ってコレの事?」
「其れは違うんやないかな」
ユッキリンのボケに、十目六がツッコミをいれるが、どちらも上の空である。
レオ丸を含め、冒険者達の誰しもが<大災害>に巻き込まれて以降、数多くのモンスターと遭遇して来た。
元の現実では御目にかかれない、様々な異形の存在達に、だ。
だがしかし、モンスター以上の存在に出会った者は只の一人も居ない。
ソレは、正しくモンスター以上の存在であった。
もしダンジョンの最奥で遭遇すれば、ソレはラスボスとして認識されたのやもしれないが、此処はオープン・フィールドでありダンジョンではない。
強いて言うなれば、“怪獣”であろう。
<大災害>以前ならばいざ知らず、“怪獣”と認識してもよさそうな化物と戦った経験のある者は勿論、居なかった。
「どうするニョ?」
「自衛隊にでも電話するか?」
「地球防衛軍の方が、良いと思うんじゃが……」
錆びた五寸釘を束にして、分厚いガラスの表面を強く引っ掻いたような雄叫びを上げ、三つの眼を不気味に明滅させているゼムアント・クイーンを見上げ、ほとんどの者が途方に暮れる。
何故なら其の場に居る全員が、ある一つの事実に気づかされたからだ。
<大災害>以降、自分よりも“レベルで劣る”モンスターとしか闘って来なかった事に。
自分と“同等以上のレベル”のモンスターとは、戦った事がないという事に、だ。
其の事実は冒険者達にとって、かなり深刻な問題である。
相手は絶対に勝てる対象、ではないのだ。
「其れでも、殺るしかねーよな!」
百万理力が、己を奮い立たせるように鼻息を荒くすれば。
「そう言う事だぜ、ブラザー!」
当方無敗が左の掌に、右の拳を力強く打ちつけた。
「勝利する可能性は小数点以下、ゼロが九つだとしても」
T&S&R&Rが、少し曲がったネクタイを綺麗に整える。
「戦いから逃げたら冒険者じゃなくなるからな、俺達は」
#8723が、腰の左右に提げた鞘から愛刀を二本共、スラリと抜いた。
他の冒険者達も疲労感を振り払い、表情を改めると同時に覚悟を決める。
レオ丸もまた、覚悟を定めようとした其のタイミングで、脳内に鈴を転がすような音が鳴り響き、視界にメッセージが割り込んだ。
思わず目を見開き、念話をかけて来た相手の名前を確認するや、素早く右手を動かす。
すると何とも懐かしい朗らかな声が、レオ丸の頭の中に木霊した。
言葉少なく、必要最低限の会話を終えて視線を水平に戻せば、遊々斎とマーロンと十目六がレオ丸を見詰めている。
どうやら彼らもまた、誰かと念話をしていたようだ。
交わる四人の視線。
そして、四人は同時に頷いた。
「いいかしら、百万理力、皆! 良く聞きなさい!」
「もうチョイしたら、アキバから援軍が到着しますよってに!」
「十分間! 十分間だけ、辛抱するんさね!」
レベルは高けれど経験値は少ない若者達の尻を叩くように、経験豊富な者達が次々と発破をかける。
「自分らが守るべき戦闘条項は、三つや!
先ず第一に、自分が死なへん事!
死んでしもうたら、折角のチャンスを逃してしまうさかいな!
次の第二は、仲間を死なさん事!
仲間を守るんも、冒険の内やさかいな!
最後の第三が、アイツを倒す事や!
加勢を受けんと倒せたら、其れが最高の御褒美になるさかいな!」
レオ丸の言葉に、若者達は一瞬戸惑うものの直ぐに理解し、大きく“応”と答えた。
「冒険するのに、臆病は敵でも、慎重さは味方さね!」
「冒険するんに、孤立は下策、協力は上策や!」
「冒険するのに、無謀ではない無理は最高の手段じゃないかしら!」
GIGIGIGWOGOGAGIGIGEGAGA!!
ソレは再び、身の毛がよだつ雄叫びで威嚇をする。
「其れじゃあ、派手に狩ろうぜ!」
冷静に隊列を組み直すと、冒険者達は路面を蹴り次々と宙へ舞い上がった。
其の雄姿を見送ったレオ丸は、両手を広げて影を広げる。
「タエKさん、ミチコKさん、ナオMさん」
染みのように路面を黒くしたレオ丸の影から、三体の契約従者が身を現した。
「ゴメンやけど、此の子らを頼むわ」
ハルカAを<家事幽霊>に、エミTを<煉獄の毒蜘蛛>に、アヤメGを<獅子女>に、クララCを<蛇目鬼女>に其々託すと、レオ丸は不器用な笑みを作る。
「ちょいと、頑張ってみるわさ」
レオ丸が指をパチンと鳴らし、更に契約従者を一体、傍らに召喚した。
「チーリンLさん、ヨロシコ♪」
真っ白い体と眩い金色の鬣を震わせた<麒麟>が、輝くような朝の空気を更に煌かせる鳴き声を放つ。
幸運値を引き上げる<祝聖韻一声>を浴びた冒険者達の第一撃が、ゼムアント・クイーンへ炸裂するのを見届けるや、レオ丸はクタクタと膝を折り、蹲った。
「ほな、後は頼んだで。ワシは暫く休むさかいに……」
キュオン……
気遣わしげに鳴く<荼枳尼女御>の頭を、タエKは安心させるために優しく撫でる。
見えぬ加護を受けた冒険者達が繰り広げる“怪獣”との死闘を見守るのは、戦場の局外に措かれたモンスター達だけであった。
其れから凡そ五分後。
どうにかレオ丸は、朦朧状態から脱却するも回復状態からは程遠く、チーリンLの前肢にもたれながら冒険者達の苦戦を眺めている。
「……“キャリーオール計画”みたいに、ドカンとデカイのんでもかましたらんと、アカンかもしれへんなぁ?」
“キャリーオール計画”とは、国内経済活性化の阻害要因であるモハーヴェ砂漠に横たわるブリストル山脈に、二十三発の核兵器で横っ腹にドデカイ穴を開ける事を企図したものであった。
結局は、技術的な問題で計画は無事に頓挫したが、中止にならなければアメリカの中西部に無人地帯が一つ、出来る処だったのであるが……。
「もし、此の世界に核兵器があったらば……?
……もしかしたら、魔法の規模を最大限に拡大したら、似たようなモンやもしれんけど、ねぇ。
呪いなんかのバッドステータスを付加すりゃ、其れは後遺症みたいになり、其処の大地も空気も何もかもを永遠に毒すんかも、ああ桑原桑原……あ?」
四方八方から群がり、痛打を与える冒険者達を振り払い、ゼムアントクイーンは破断した路面の端に着地する。
その際の加重と振動で、トゥーメイン大回廊は大きく鳴動した。
新たな亀裂が幾本も走り、生み出された瓦礫が轟音立てて落下して行く。
GIGIGIGWOGOGAGIGIGEGAGAGWOGOGAGIGIGEGAGA!
大気を押し潰さんばかりの、張り裂けた鳴き声を上げた“怪獣”は、生革を張り合わせた気球のように醜く膨張した腹部を蠕動させた。
其の途端。
腹部の表面に一本の線が走り、南アフリカを原産地とするヒドノラ種植物の花弁のように左右に割れるや、大きな顎門の如き不快な穴がガバリと開く。
GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI…………。
小型バスがギリギリ通れる高さと幅の空洞から現れたのは、二足歩行する醜悪な姿のゼムアント達だった。
其の数凡そ、三十匹。
汚物のように濁った黒色のモンスター達は、四本の前肢で上体を支える、所謂ナックルウォークでノロノロと前進するさまは、まるで腕が一対多いゴリラだ。
異形の女王蟻が爛れた子宮から産み出した、全長二メートル弱の“不気味の谷”の権化の群れ。
「こいつぁ、やばいやな……遊々斎さん!」
「何さね?」
空中で一番長い前肢に弾かれたにも関わらず、反撃の機会を窺っていた<暗殺者>を、レオ丸は大声で呼び寄せる。
「戦線を縮小させんと、後衛の魔法職が危ないで!
ワシが、あのデカブツを抑えとくさかいに、先に小者共を殲滅しといてんか?」
「……何分間、抑えられるんさね?」
「そやなぁ、三分間かな?」
「了解さね!」
遊々斎はニヤリと笑うと、間を空けずに指令を下した。
「百万理力! 後退さね! 全力で新手を先に叩くんさね!」
其の台詞を聞いた冒険者達が了解の返事をする直前、ゼムアントクイーンの背後に積み重なった瓦礫の上に、闇より深い群青色の巨大な魔法円が広がり重なる。
「序でにスマンけど、ワシの体も護っといておくれやす!」
レオ丸は、魔法円から出現した契約従者に向かって両手を差し出し、詠唱を始めた。
「阿耨多羅三藐三菩提、変わるんだら~変わるんだら~!!」
やっつけ仕事のような呪文を言い終えた瞬間、レオ丸の体から力が抜け落ち、路面にストンと崩れ落ちる。
慌てて支える遊々斎がレオ丸の顔を覗き込むも、其処に意識は存在しなかった。
かわりに。
[オホホホ~! オホホホ~! パパラパ~!!]
豪快な破壊音をBGMに、何処かで聞いたような謎の言葉が轟き亘る。
驚き、振り仰いだ遊々斎達の瞳に映ったのは、自動車サイズの瓦礫を頭部に打ち当てられ、トゥーメイン大回廊から叩き落されるゼムアントクイーンの姿であった。
其の衝撃の余波で路面の破断部が更に崩壊し、巻き込まれたゼムアントが何体も光の泡となって消滅する。
同じく巻き込まれそうになった冒険者達の前衛、当方無敗や海底人#8723、サン・マルコ達が必死の形相で遊々斎達の元まで逃げ戻って来た。
契約従者達の足元で横たわるレオ丸。
其れらの前面に仁王立ちする、遊々斎とマーロン、ハニャアと大アルカナのぜろ番。
そして、百万理力を中核とした残り他の冒険者達が、見るも無残な状態となったトゥーメイン大回廊を檜舞台にして、ゼムアントの軍勢と乱戦を繰り広げる。
一方、トゥーメイン大回廊の外では、“怪獣”と<海魔竜魚>が激突していた。
レベルでは圧倒的にゼムアントクイーンの方が上であったが、冒険者達の度重なる攻撃で受けたダメージが累積しており、かなり動きが鈍くなっている。
レベルだけではなく体格も負けてはいたが、巨大な海棲モンスターはレオ丸が<幻獣憑依>をしているために、柔軟な動きとモンスターらしからぬ戦法で攻めかけていた。
周囲に散らばるコンクリートの塊を絶え間なく投擲し、距離を稼ぎながらダメージを与える事に終始する、レオ丸=ケートー。
元のゲーム時代と違い、此の世界において瓦礫は風景の一部ではなく、暴力の手段に利用出来る小道具なのだ。
直接の殴り合いならば、瞬殺されても可笑しくない両者の戦力比である。
だが、ゼムアントクイーン側のマイナス・ペナルティと、レオ丸ケートー側のプラス・ボーナスの所為で、どうにか均衡した戦いで推移していた。
「此れで一丁上がり!」
<人形遣い>ビルドのdot#HAQQが召喚した<不定形>に纏わりつかれ、行動不能に陥ったゼムアントの喉笛を、アサクラの契約従者である<冥界の番犬>が喰い破る。
相変わらずのワンサイド・ゲームで、三分とかけずにゼムアントを駆逐し終えた冒険者達が足下を覗き込めば。
[パパラパ……]
レオ丸=ケートーは、ゼムアントクイーンの強大な翼で打ちのめされていた。
「……取り敢えず、援護射撃かしら?」
皺を寄せた眉間を揉み解しながら、マーロンが呟くように指示すると、MPに余裕のある魔法職達が一斉に攻撃を開始する。
赤い炎、白い閃光、黄色の稲妻が空中に直線や蛇行線を描き、ゼムアントクイーンの背や翼を穿つも、明らかなダメージを与えるまでには至らない。
往年の日本特撮映画における奇想天外兵器程度の、威力でしかなかった。
今一度、直接的な物理攻撃を挑むべきか?
だが巨体と巨体の、縺れ合うような目まぐるしい戦いに割って入る隙が、中々見出せそうにない。
効果的な手を打てず、呻吟するしかない冒険者達。
「仕方ねぇ、もっぺん肉弾戦を……」
当方無敗が歯軋りをしながら一歩踏み出そうとした、 其の時。
頭の真上から、突然に不思議な言葉が降って来た。
「UT MYAO KIM-KO HollyUG BirdMtAkirA PePePePe PePePePe!」
やはり何処かで聞いたような其の呪文が止むと同時に、トゥーメイン大回廊の砕けた突端に一条の竜巻が発生する。
昏い灰色をした竜巻は、ゼムアントがドロップした金貨を一際盛大に巻き上げると、前触れもなく消滅した。
チャリンチャリンと、何とも現金で賑やかな音を出囃子にして登場したのは武器を背負った一体の、真っ黒な甲冑姿のアンデッド・モンスター。
「影より出でよ! 漆黒の大剣! 我が刃! <凶兆星霊>!!」
再び冒険者達の頭上で、召喚の呪文が唱えられた。
途端に。
真っ赤な雷光が激しく炸裂し、冒険者達の視力を奪い取る。
二、三秒の間を置き、自動回復した冒険者達の視界に映し出されたのは、其の場に居いる全員が初めて見る巨大なモンスターだった。
五階建ての団地ならば簡単に一刀両断出来そうな大剣を振り上げているのは、北欧サーバの特殊クエストにのみ登場するモンスター、<凶兆星霊>である。
元の現実の北欧やアイスランドの神話において、アンデッドとして伝承されている此のモンスターの名前の由来は、二種類の言語で成り立つ。
一つは古英語の“妖怪”もしくは“幽霊”、もう一つはアイルランド語の“前兆”及び“流星”。
黒く膨れた死体の外見ながら、驚異的な力を持ち、等身大から体を巨大化させる事が出来、物を腐らせる悪臭を放つ、“ザ・バケモノ”であった。
「……臭いんじゃが!」
「吐き気がいっぱい!」
只でさえゼムアントが振り撒く、爛れたような濃密な甘い臭いが充満しているのに、其処へ濃厚な蛋白質の腐敗臭が混ぜ合わされたのだ。
両手で鼻を摘んだハタナカと、両手で口元を抑えたクマクマを先頭にした冒険者達全員が、こけつまろびつしながら這う這うの体にて最前線を放棄する。
レオ丸の体を担ぎ上げたハニャアが、レオ丸の契約従者達を追い立てつつ、其の最後尾に続いた。
“怪獣”達の乱闘現場から三十メートルほど後退し、新鮮な空気で大きく深呼吸しながら、人心地を得る冒険者達。
「されば、あの臭いモンスターは一体?」
絹のハンカチーフで鼻を覆いつつ疑問を漏らすUNDOに、頭上から謝罪の言葉が投げかけられる。
「あ゛ん゛で゛っ゛ど゛ハ゛~腐゛ッ゛テ゛イ゛ル゛ノ゛ガ゛~、で゛ふ゛ぉ゛る゛と゛~ヴェェ~ゲホッゲッホッ!!」
音もなく天空から降りて来たのは、ボロボロの汚れた布切れにしか見えぬ、漆黒のマントに包まれた<死神>だった。
ボロ切れ隙間から伸びる枯れ枝の如き骸骨の上腕は、一人の冒険者を確りと抱きかかえている。
白地に真っ赤な一つ目の仮面を嵌め、喉元を押さえて咳き込んでいる<召喚術師>を、其の懐に抱きながら。
不自然な声を無理に出した所為で挙動不審も極まり、度が過ぎた不気味さを良い塩梅で中和している、ように見えなくもない其の人物。
ふよふよと、宙を漂う奇奇怪怪な人とアンデッドを見上げる大アルカナのぜろ番は、肩を軽く竦め徐に口を開く。
「あーっと、……お宅は何方さん?」
「はい! はいはい! はぁ~い!!
此方のアメリカ妖怪の大元締めか?!
はたまた、大神殿で復活したら目玉が増えそうな方は!!!!
人見知り発動中の誰べむらぁ~!!」
細かな砂礫と砂塵を巻き上げながら、派手な出で立ちで滑り込んで来た新たな冒険者の脳天と、グリムリーパーから離脱した<召喚術師>が着地すると同時に、携えていた魔杖を振り下ろした場所が、何故か綺麗に重なった。
三千世界の彼方にまで届きそうな美しい打撃音に、冒険者達は思わず目を瞑る。
「頭に衝撃のアルベルト!! 違うそうじゃない!! 痛い!!」
頭を抱え込み悶絶する愉快な<暗殺者>と、静かに立ち尽くす奇怪な仮面の人。
新参の闖入者達が演じた一幕のコントに、冒険者達の誰しもが唖然となった。
「あーっと、……お宅らは、何方さん?」
挫けずに再チャレンジした、大アルカナのぜろ番の勇気ある問いかけに、光沢のある黒いローブの衿を正した冒険者は、仮面の下からのくぐもった声で答える。
「ゲホッ! ンウガンン…!
<黒剣騎士団>所属、ヴィシャス……ギルドじゃ“シド”で通ってる。
……で、こっちの嬢ちゃんが……」
「はい! 僕、朝右衛門=Yでっす!
元<黒剣騎士団>最強にして最速!!の<暗殺者>~!!
そしてナンバーワン美少女!!
<千変卍華>の朝右衛門です! よろしくみなさん!!」
「朝坊……嘘、大袈裟、紛らわしい…」
「ヒドイ! 嘘じゃないもん! 大袈裟じゃないもん! 紛らわしくないもん!!
……自称なら問題ないJARO!!」
着流し風の布鎧姿の少女は、ゴキゴキと派手に首の骨を鳴らして立ち上がり、無駄にガッツポーズを決めた。
敢えなく、言葉を失くした大アルカナのぜろ番は、途方に暮れた表情で仲間に助けを求めるが、仲間達も似たような表情で沈黙に押し潰されている。
声に出さず“ダメだこりゃ”と呟いたのは、#8723。
アイコも胸中で、“次行ってみよう、次、ですの”と、ぼやいた。
さて。
トゥーメイン大回廊の上では、形容し難い沈痛な空気が満ちていたが、下界では“怪獣”達のバトルが一段と激しさを増していた。
一方的にダメージを喰らっていたレオ丸=ケートーは、ドラウグルの斬撃にゼムアント・クイーンが怯んだ隙に、窮地を脱する。
HP残量が僅少である事を考えれば、レオ丸=ケートーの出番は此処までだった。
<幻獣憑依>が解除されると同時に、ケートーは大地に描かれた魔法円の中へと沈んで行く。
「……こりゃぁ、一対一じゃ分が悪ぃな」
「僕の出番ですね!! ギャフンと言わせてきます!!」
「……今時、“ギャフン”って言うか?」
ヴィシャスの丁寧なツッコミをスルーしつつ、克己心と闘争心の塊みたいな台詞を残すと、朝右衛門は一挙動でトゥーメイン大回廊の端まで駆け、宙へと身を投げた。
「チャッチャラチャッチャチャ~ン、<倭寇の苗刀>か~ら~のッ!!
<超●動●煌斬>ッ!!」
八十年代に、所謂“腐女子”御用達アニメの先駆けとなった作品に登場する、五人いる主人公の一人の必殺技の名を叫ぶ、恐らく十代の<暗殺者>。
「……朝坊の親より上の世代ネタだろ……」
同意を求めるように、ヴィシャスが冒険者達を振り返れば、何故か遊々斎とマーロンの二人だけが親指を立てて、幾度も頷いていた。
其の頷きが同意ではなく、共感である事を悟ったヴィシャスは、やれやれとお手上げポーズをしてみせる。
其れは、其れとして。
斜交いに背負った、曰くつきの秘宝級両手剣を抜き放った<暗殺者>は、ドラウグルの大剣が刺し貫いた“怪獣”の右の翼を、付け根から深々と切り裂く。
「……なんかイマイチ……! こう……九? ん……八十点かな?」
もつれ合う二体の、巨大なモンスターの足元の隙間に右足の爪先を接地させ、左足の爪先で瓦礫を蹴って、再び舞い上がる朝右衛門。
クルクルとスピンしながら背負った鞘に<倭寇の苗刀>を収めると、腰に装着した<ダザネックの魔法鞄>から別の武器を取り出した。
「チャッチャラチャッチャチャ~ン、今度は<殺戮の鋸>!
因みに!!
アイスホッケーのマスクの人の凶器は主に鉈!!
チェーンソーは、人の顔を剥いで作った仮面をいつも被っている人の凶器!!」
「……今、それ必要な情報か?」
空かさず入れられるヴィシャスのツッコミが聞こえていない朝右衛門は、北米サーバ由来の、誰がどう見てもチェーンソーにしか見えない秘宝級アイテムを両手で振り被り、MPを気持ち多めに消費する。
ファンタジー世界には似つかわしくない、真に凶暴な機械音が鳴り響き、血飛沫のような深紅の光が空中に禍々しい光跡を描いた。
GIGAGWOGOGAGIGIGEGAGA!
冒険者達の鼓膜をつんざく悲鳴を上げた“怪獣”は、左の翼を失い、地響きを立てて倒れ伏す。
「ちょいや~!! 満点~~♪ 星三つ!!」
軽業師のように瓦礫の上をジグザグに駆け回り、重力を無視して空中へ跳ね上がる朝右衛門だったが、少し調子に乗り過ぎたようだ。
ゼムアント・クイーンが圧しかかるドラウグルを押し退け、起き上がった際に辛うじて動いた右の翼に当たり、弾き飛ばされたのである。
意図せぬ衝撃を加えられた朝右衛門は、“どひ~~”と可愛らしくない悲鳴を上げながらトゥーメイン大回廊の橋脚に、ビタンと貼りつくと共にヒビを入れた。
既にHPはレッドゾーンの半ばにまで減じていたが、“怪獣”は、死力を振り絞ってヴィシャスの契約従者に反撃を開始する。
此の場に居る者達の中で二番目にレベルの高いゼムアント・クイーンの攻撃に、ドラウグルは踏鞴を踏み、堪えきれず仰向けに倒された。
其の振動は、トゥーメイン大回廊へも追加ダメージを与える。
「……くっそ~~~、エエようにシバキ倒されたわ」
また一段と崩落部分が増えたために、取るものも取り敢えず避難する冒険者達の中から、悔しさが欠片も感じられぬ不平が上げられた。
「大丈夫ニョ、法師?」
「世話かけてスマンなぁ、ホンマおおきに」
ハニャアに背負われたレオ丸が、感謝の念を表わしながらチラリと横を見遣れば、見慣れぬ冒険者が一人。
「貴゛~方゛~ゲフ…ゴホンッ……貴方がレオ丸法師で?」
「無理して変な声を出さんでも、って……、自分がヴィーやんか?」
先ほどの場所よりも二十メートルほど後退した場所で停止すると、冒険者達は再び強大な怪異へと向き直り、即座に戦闘体制を取った。
「はじめまして、何卒ヨロシコ♪」
「お初にお目に掛かる」
己の足で路面を踏み締めながら腕を組み思案するレオ丸の隣に、ヴィシャスが腰に両手を当てて仁王立ちする。
「あ~~一応、確認のために聞いとくけど、……自分らだけなん?」
「いや、俺等は抜け駆けでね……ほれ、そろそろ到着するさ」
右手に握る、如何にも魔法使いでございといった魔杖で、ヴィシャスが天の一角を指し示せば、其処に黒い点が幾つもの現れ出した。
「援軍の編成やらに手間喰っちまってなぁ、申し訳ない」
「ほな此れで、役者が揃ったってぇ訳やな」
レオ丸は口の端をニヤリと吊り上げ、背後へと振り返る。
「さて、と……此れから総仕上げと行きまっせ。
十目六君が先鋒、遊々斎さんが次鋒、マーロンさんが殿や。
後のモンは、……ゴメンやけど此処で留守番しといてくれるかな?」
「何でですの!」
「俺らも闘いたいんじゃが!」
「そうだぜ!」
「仲間外れは嫌ですわ!」
当事者の一員ではあるものの、アキバからすれば部外者でしかないレオ丸が発した勝手な指示に、ほとんどの者がいきり立った。
だが其れも、レオ丸には馬耳東風である。
「スマンけどな、此処からは指示なしでも……阿吽の呼吸で共闘出来るヤツだけで戦いたいんやわ、さ。
出来りゃあ自分らにもチャンスと経験値と……最後まで戦い勝利を得るってぇ栄誉を獲得して欲しいんやけど……」
「だったら!」
「やねんけどね、#8723君…………、アレは、あの“怪獣”は存在自体が想像以上にヤバそうなんでな。
完全抹消するには、自分ら“Monster Attack Team”では、ちょいと力不足やと、ワシは判断させてもろうた。
ああ、オッサンが偉そうな事を言うてると、思うやろ?
其の通りや。
少なくとも自分らよりも無駄に長生きしとる分、偉そうな事を言うとるんや。
ハリウッドのVS宇宙人映画みたいに、此処からは最新鋭のイージス艦よりも、退役軍人と退役戦艦が出張らんと敵の殲滅は叶わんって、思うたんや。
だもんで、な。
自分らは此処で……うん、せやな、予備兵力として残っといてんか?
ほいで、アヤカOちゃん達も引き続き、チビちゃんらのお世話を頼んだで!
ほなまぁ、誠にスマンけど……そーゆー事で!」
レオ丸が両手を水平に広げると、足元に蟠る影から黒く大きなモノが顕現し、翼を大きく広げた。
「UT MYAO KIM-KO HollyUG BirdMtAkirA PePePePe PePePePePePePePe!!
我と共に来たりて、我らの敵を蹂躙せよ!
我が分身にして同胞! <悪魔公>!!」
ヴィシャスが魔杖を頭上に掲げてから足下へ突き刺すと、其処を中心にして直径十メートルほどの召喚魔法陣が路面に刻まれ、紫紺の閃光を放つ。
やがて、ゆっくりと其処から現れ出たのは全長が魔法陣とほぼ同じサイズの、一対の羽根を生やした二肢蛇体のモンスターであった。
其の名称は、<吸血竜>。
北欧サーバと西欧サーバを跨ぐレイドコンテンツの『不死王の挙兵』に登場する、最強にして最凶のレイドボスだ。
ヴィシャスとの従者契約により<悪魔公>と名づけられ、元の三分の一程度の能力しか持てぬ<ミニオン>ランクになってはいたが、中々に侮れぬ実力を誇るモンスターである。
「ほな、若モンにバカにされへんように気張れや、オッサン、オバハン!」
「「「「了解!」」」」
<誘歌妖鳥>の両脚の爪に、肩をガッチリと掴まれたレオ丸が上空高く舞い上がれば、 体格と比すれば小振りなコウモリそっくりの翼を羽ばたかせたニーズヘッグも、ヴィシャスを騎乗させて宙に身を躍らせた。
レオ丸に名指しで選ばれたベテラン冒険者達三名も、二人の<召喚術師>に遅れまいとして駆け出して行く。
「……結局は、良いトコ取りじゃねぇか、ブラザー!」
当方無敗が足元のコンクリート片を忌々しそうに蹴り飛ばすと、其の肩をT&S&R&Rが軽く叩いた。
「仕方ないさ、俺達は戦いっ放しで……満身創痍なのだから」
事実、居残り組全員のHPは半減し、MPはほぼ枯渇している。
装備に不具合は発生していないものの、弓矢などは既に消耗し尽くしていた。
此れほどまでに大掛かりな戦闘を予想しての遠征でなかったのだから、其れも当然である。
あくまでも今回は、習熟訓練であり、レイド参加ではないのだ。
「其れは法師達も同じやないの?」
「いっぱいいっぱいのはず」
「だからこそ……なのですの」
「ギリギリの状態でも、気楽に戦える仲間同士の方がやり易いと?」
「然もありなん」
「若手とベテランの差じゃが」
「納得いかない!」
「じゃあ、今の状態で戦うか? ……正直言って、俺は取り敢えず休憩したいぜ」
「う~~~!」
「……諦めるしかないっぽい」
遣る瀬ない鬱屈した思いを、言葉として口々に吐き出す冒険者達の意見を集約したのは、百万理力の一言だった。
「悔しいが、此れも今の現実なんだな……」
キュオン……
タエKの腕の中で、ハルカAが消え入りそうな声で鳴き、瞳を閉じる。
プシュー……、キシャー……、クアー……
エミTもアヤメGもクララCも、其の身を更に縮めた。
早朝から午前中へと、時刻は急ぎ移ろい行く。
緊張感が切れてしまった幾人かの冒険者が、深く長い息を吐き出しながら腰を下ろし、足を投げ出した。
気を高ぶらせていた者達も、徐々に表情を弛緩させる。
武器をを手放す者も居り、程なく其の場の全員が観戦モードとなった。
「暫くは……お手並み拝見だな」
「だニョ」
疲れ果てた仕草で己の肩を叩く#8723は、大きく伸びをするハニャアと顔を合わせ、ゆっくりと溜息をつく。
そんな彼らの頭上を、契約主に置いてけぼりを食らったグリムリーパーが、所在なさげにふよふよと漂っていた。
佐竹三郎様の御作、『残念職と呼ばないで。(仮)』http://ncode.syosetu.com/n3624ca/ より、シド・ヴィシャス氏と朝右衛門=Y嬢に御出張戴きました。
御出演戴くに当たり、佐竹様には御多忙中にも関わりませず、監修も御願い致しました。
誠に有り難や、有り難や。
さて、次回で決着!の予定ですが、『マハーバーラタ』や『カレワラ』などの古代叙事詩にもある通り、予定は未定ですので。
勿論、どちらの叙事詩にも其のような記載はございませんが。
まぁ、そんな感じで♪