第伍歩・大災害+69Days 其の弐
今年の春季彼岸も無事に終了致しました。
さて、今回は。
過去に頂戴致しました偉大なる、大きな愚様の二つの感想が着想でありんした。
重ねて感謝申し上げます。
そして。
純粋にお話としては今回が、100話目でありんす。
ホンマなら、<第伍歩>は今回で終了させる予定でしたが……予定はやはり未定で不定なようで(苦笑)。
いつの間に眠ってしまっていたのか?
レオ丸の意識が契約従者の囁き声で覚醒させられたのは、夜明けに近い暁方の頃であった。
上体を起こし、僅かにぼんやりとする頭で周囲を見渡せば、死屍累々の如き有様で、誰しもが無防備に寝こけている。
<D.D.D>に所属する者も、していない者も、分け隔てなく全員が。
ある者は鼾を掻きながら、またある者は抱き合うようにして、完全に睡魔へ身を委ねていた。
「……緊張感の欠片もなく爆睡とは、何とも暢気な事やなぁ」
ハルカAもエミTもアヤメGもクララCも、あどけない寝顔を見せており、其れら小さなラスボス達を抱きかかえたアヤカOすら、スヤスヤと寝息を立てている。
昨日の夕刻の事。
アキバの冒険者達に対し敵意がない事を示すため、レオ丸は率先して武装解除をした。
即ち、契約従者の召喚維持解除、虚空への送還である。
簡易公聴会へ臨むに際し、ほぼ丸腰で挑んだレオ丸にとって安心感を与えてくれるのは、眼の前で就寝中の五体と、襟元に潜んでいるアマミYだけであった。
「主殿」
「元の現実でも苦手な暁起をさせられるとはなぁ……。
しかしまぁ……どいつもこいつも気持ち良さそうに」
「主殿?」
「其れにしても見張り番さえ居眠りしとるとは……、豪胆とゆーか楽天的とゆーか、平和大国育ちらしいとゆーか。
まぁ……不意討ちチェックで戦力が半減するくらいのダメージでも受けへん限りは、何とでもなるだけの人数は居るからエエけどなー」
「……主殿」
「はいはい、どないしたん?」
「おかしなモノが来るでありんす」
「おかしな、って何やいな?」
音なき音を立てながら、幾つもの小さな黒い影が彼方此方から群れ集い、レオ丸の襟元から湧き出た黒い影と絡まり、一体となる。
頭を軽く一振りし、眠気を完全に振り払ったレオ丸は、立ち上がるなり周囲へと視線を飛ばした。
昨日の夕立が原因かと思われる朝靄に薄く広く覆われた、トゥーメイン大回廊。
至近ならば全く気にならない程度だが、二十メートルも先となれば濃度が上がり視界は完全に塞がれている。
通常よりも透明度の高いトレーシングペーパーであっても、十枚二十枚と重ねれば透かし見る事など出来ようはずもない。
しかも、太陽は未だ山の稜線の向こう側にあり、陽光がもたらす明るさも温かみもレオ丸達の元へは届いて来なかった。
遠視機能と暗視機能に優れた性能を持つ<淨玻璃眼鏡>であっても、全てを見通す事など出来ないのである。
「ワシは広目天さんやないさかいに、さっぱり見えへんけど……どっちの方から近づいて来よるんや、アマミYさん?」
「あちらでありんす」
漆黒の長手袋に包まれた、一見嫋やかそうな両手がレオ丸の頬を挟み込むや、其の坊主頭を右の方へと捻じ曲げた。
力尽くで、九十度近くも向きを変えられたレオ丸の首が、少しだけ嫌な音を立てる。
時は過ぎ、今は微かに星々がチラチラと瞬く、明け方の頃。
青っぽく白っぽく霞むトゥーメイン大回廊の西の彼方、レオ丸の見える範囲に置いては、些かも不穏な存在は捉えられない。
「……なーんも見えへんけどなぁ」
鷲掴み状態から解放されたレオ丸は、痛む首筋を揉み解しながら愚痴りながら隣に立つ眷属へ渋面を作ってみせた。
契約主の不興など何処吹く風の<吸血鬼妃>は、軽く肩を竦めながらも、漆黒のヴェールから覗かせる口元の緊張を解こうとはしないでいる。
「……アマミYさんは一体全体、何を察知したん?」
「足音でありんす」
「足音?」
「実に奇妙で、奇妙な、足音でありんす」
「こんな朝っぱら……暗い内から、何をゴチャゴチャと?」
レオ丸の足下で身を横たえていた大アルカナのぜろ番が、大欠伸をしながらノソノソと起き上がった。
「おお、起きやしたか、お早うさん」
「ええ、起こされましたよ、お早うございます」
東の彼方の地平が白々とし始め、いつしか時刻は明け方と夜明けの狭間である薄明の頃となっている。
空と大地の隙間から光が漏れ出すにつれ、西の方の朝靄が一段と濃くなったように感じられた。
其の不透明な空気の帳の向こう側へ、連れ添う契約従者と共に微弱な緊張感を放っているレオ丸の姿に、大アルカナのぜろ番は不審な表情を作る。
「どうかしたんですか?」
「う~んと、な……、虫の知らせっちゅーか、人ならざるものの御注進っちゅーかな、なーんか宜しくない予兆らしきもんがな」
「何ですか、其れは?」
「いや、ワシにも判らへんねんけどな」
内容も発展性もない漫然とした冒険者二人の会話に、何処か遠くから発せられた異音が、不意討ちで割り込んだ。
例えるならば、ドロドロに融解している金属が溶鉱炉が傾いた際に飛沫となって縁から零れ、リノリウム製の床で冷え固まって跳ねたような音、だろうか。
硬質な高い音と、軟性の低い音が入り混じった、日常生活では少なくとも耳にしない異質な音が、レオ丸と大アルカナのぜろ番の耳朶に触れた。
「何ですかね、今のは?」
「いや、ワシには皆目見当もつかへんけどな」
引き摺るような、打ちつけるような。
一定間隔で断続的に響いて来るのは、違和感だらけの奇妙な音。
早朝の時間帯は刻々と移行する、変化の早い時間帯である。
夜の紺色が朝の曙色に追い払われた、彼は誰時。
目も眩む早晨の陽光が地平を薙ぎ払い、レオ丸達の視界を瞬間的に暖かな白色で塗り潰した直後、ソレは其処に居た。
「……何や、アレは?」
トゥーメイン大回廊の西の先を曖昧にしている靄の中に、人の形をした影絵が現れ、徐々に実体となってくる。
「……着ぐるみ?」
「いや……ちゃうやろ」
ソレは、平安期末から鎌倉期初頭に活躍した慶派の大仏師達が造り上げた、金剛力士像に類似する特徴を兼ね備えていた。
具体的に述べれば、頭部が大きく脚部が短い六頭身で、末端の関節部が在り得ない方向へと捩れ、過剰な筋肉質の裸体。
だが、奈良県の大寺院の南門を守護する仁王像とは違い、全体のバランスが歪に狂っているために、上体を前後左右にフラフラとさせながら歩行している。
しかも其の質感は、生理的な嫌悪感を催すような柔らかさが感じられた。
ソレはまるで、SFの先駆者とも呼ばれる英国の女流作家が記したゴシック・ホラーに登場するモンスターのようであり、“SFの父”と讃えられる英国の大作家が書き上げた小説で跋扈する獣人のようでもある。
冒険者とも大地人とも、所謂“人間”との違いを上げれば限がないが、敢えて一つだけを上げるのならば。
ソレは、枝のように細い両腕と両脚の間に、手とも足とも判別のつかぬ一対の肢が胴体の中ほどに生やしていた。
つるりとした頭部には金色の毛髪のようなものがあり、グレープフルーツ並みの大きさの両目は在らぬ方を睨み、口角の両端からは通常の物よりも二周りは大きい牛刀のような牙が突き出している。
子供の落書きにインスピレーションを受けたマッド・サイエンティストが再現した、正に“化物”としか言えぬモノが、其処に居た。
「あ……あ……」
大アルカナのぜろ番のわなわなと震える口が、何かを紡ぎ出そうとした瞬間。
「アリやーッ!!」
レオ丸が、絶叫した。
「其れは俺の台詞ですよ!」
咄嗟に、レオ丸の肩を右手の甲で叩く、大アルカナのぜろ番。
「どっちでも良いやないの」
二人の頭上を飛び越え、着地と同時に駆け出した湯沢A吉が、肩に担いでいた戦斧を真横に打ち払うや否や、ソレの頭部が宙を舞う。
一弾指の間を置き、地に落ちる直前の膨れた頭部と地に崩れ落ちる直前の歪な胴体が光の泡と化し、次第に薄れる朝靄に散じて消えた。
「今のは一体、何ですの?」
「教えてくれよ、ブラザー?」
「謎生物の襲撃じゃが?」
「教官殿なら御存知なのかしら?」
次々に起き出した冒険者達の矢次早の詰問に、レオ丸は口元に皺を寄せて嘆息する。
「ワシに聞かれても知らんもんは……」
「敵襲也!」
レオ丸のうんざりした声音の後半は、真田サン・マルコの危急を知らせる警鐘めいた注意喚起に打ち消された。
寝惚け眼を擦り、寝起きで弛んだ頬を叩いて引き締め、頭を振って眠気の残滓を弾き飛ばす冒険者達。
「百万理力! あんたが頭を張るんさね!」
「私達の事は、遊軍程度に考えなさいな」
「アイコは引き続き、海底人#8723の命令に従え!」
ベテラン冒険者である三人、東雲遊々斎、マーロン・モン=ブランド、田崗十目六が口々に発する指示に、若き冒険者達は二つのグループに分かれた。
一つは、百万理力を中心に、当方無敗、T&S&R&R、UNDO司書長、入野とど松、グラーフ・ユッキリン、dot#HAQQ、大アルカナのぜろ番と、<D.D.D>に所属する者のみで構成されたグループ。
<武闘家>、<森呪遣い>、<付与術師>、<施療神官>、<神祇官>、<召喚術師>が各一名、<吟遊詩人>が二名という、変則的編成のパーティだった。
もう一つは#8723をリーダーとした、ハニャア=ハニマール三世、秘密工作員ハタナカ、Kumap×Kumap、アイコ・ザ・GODslayer、真田サン・マルコ、湯沢A吉、アサクラ・デ・ステラの、三つのギルドを混成させたグループ。
此方もまた、<盗剣士>、<施療神官>、<森呪遣い>、<付与術師>、<暗殺者>、<召喚術師>、が各一名で、<守護戦士>が二名という、変則的編成のパーティである。
強いて言えば、後者のグループが戦場の主力であり、前者のグループが遊撃部隊であろうか。
<暗殺者>である遊々斎と、<武士>であるマーロンと十目六の三名は、全員が独自で状況判断が出来るだけの経験を積んでいる。
追加の攻撃力となり、援護の防壁となれるだけの、経験の蓄積が。
きゅおん?
ぷしゅー?
きしゃー?
くあー?
騒然とする空気に眠りを邪魔されたのか、四体のラスボス達が身動ぎをし、アヤカOの腕から抜け出した。
円らな瞳をショボショボとさせながら纏わりついてくる小さなモンスター達を、レオ丸は腰を下ろして抱きかかえる。
「うん? エライ軽うなってへんか、自分ら?」
ラスボス四体を併せても、子供一人分ほどにしか感じられぬ体重に、大きく首を傾げるレオ丸。
其の鼻腔を、昨日から散々嗅がされてきた、吐き気をもよおす腐ったような甘い臭いが、甚く刺激した。
「来るぞ!」
各々が、手にした得物を構える冒険者達に、百万理力が高ぶらせた声をかける。
最前と同じような違和感だらけの足音が、さっきとは比べ物にならぬほどの音量と音質で、西の方から響いて来た。
背筋を逆撫でするような異質な不協和音に、冒険者達は眉目をあからさまに顰め、奥歯を噛み締める。
朝日を浴び、輝くように白くなったトゥーメイン大回廊の上。
既に朝靄などは存在しておらず、徐々に接近するモノ達の姿が明確となっていた。
ゆっくりと近づいて来るモノ達の大半が、<動く骸骨>に似ている。
次に多いのは、<彷徨う鎧>と<巨大な地虫>に似た、何かであった。
集団を率いる先頭には、<魔狂獣>と<洞穴大蛇>に似たモノ達だ。
そして。
殿から何本もの毒々しい色の触手を伸ばし、爽やかな朝の空気を掻き乱しているのは、<人喰い草>に良く似た巨体である。
どれもこれもが、既存のモンスターに似た姿をしていたが、どれもこれもが、周知のモンスターとは似ても似つかぬ形状をしていた。
レオ丸を含めた冒険者全員の視界、ステータス画面に浮かび上がった名称は全てが同じである。
<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>、<変異蟻>……。
数え切れぬ量の全く同じ単語が一斉に表示され、視界を完全に埋め尽くした。
「おいおい……」
「ゼムアントの“変異”が、過去形じゃニャく、未来形だったニャんて、吃驚ニョ」
UNDO司書長の言葉少な目のボヤキと、ハニャアが思わず漏らした指摘は、其の場に居る全員が等しく抱いた感想だ。
迎え撃つ側のほとんどが目を点にしている間にも、爛れた形状の、出鱈目なデザインの、視覚が狂いそうな姿の、無数のモンスターが大軍でヒタヒタと迫り来る。
彼我の距離が二十メートルを切りそうになった、其の瞬間。
「先手必勝!!」
百万理力が、地平線より顔を出した旭日を背に、攻撃開始の大号令をかけた。
「「「「「応!!」」」」」
攻撃魔法が炸裂し、支援魔法が飛び交い、刃が打ち振るわれ、拳や鈍器が叩きつけられる。
受けて側であるはずの冒険者達が、燎原の火の如く攻め立てるのに対し、攻めて側であるはずのゼムアントの軍勢は、為す術もなく刈り倒されていった。
其れはまるで、進化の過程で見られる自然淘汰のようだ。
現代の視点に立てば、余りにも可笑し過ぎるデザインの見本市でしかないカンブリア紀の生物達の大半が絶滅してしまったのは、理由あっての事である。
“適者生存”とは、生き残れたモノ達に与えられる言葉であるが故に、生き残れなかったモノ達には与えられぬ言葉なのだ。
生き残るために変異を求めた結果、ゼムアント達は大自然の暴虐を体言するかのような冒険者達の前に、次々と屈し、光の泡と化して消え去って行く。
嘗ての仲間であったかもしれぬ存在と、決して相容れず敵対するしかなかった存在とが、奇妙な仕組みで融合したモンスターが無慈悲に殺戮される情景から、小さなラスボス達は顔を背け続けた。
頭を埋めるようにして、しがみつくハルカA達を確りと抱き締めるレオ丸は、幼い姿のモンスター達が見ようともしない光景を、目を逸らさずに凝視する。
其れが、戦いとは到底言い得ぬ、蹂躙あるいは鏖殺に参加出来なかった者の最低限の務めである事を、了解していたからだ。
レベル90の冒険者達は、レベルを平均すれば50程度の敵を遠慮も呵責もなく只管に、撃ち抜き、切り裂き、叩き潰し、焼き払い、薙ぎ倒す。
ある者は、熱に浮かされたように、逆上せ上がったように。
別のある者は、ただ淡々と機械的な作業として。
遠慮も呵責もなく、手当たり次第に殺して、目についた端から殺して、情け容赦なく殺した。
理由は単純明快だ。
殺さなければ、殺されるからである。
冒険者とは本質的に、モンスターと“戦い倒す者”であり、モンスターを“殺す者”だからだ。
しかも、“此の世界”ではレベル差があれば、此方が相手よりもレベルが上位であれば、リアルな戦闘をゲーム感覚で行える。
血沸き肉踊る大活劇の主役を、安全に行えるのだから。
“此の世界”は、現実と仮想空間とが渾然一体となっている世界なのだから、攻撃職であろうと魔法職であろうと、戦闘系ギルドであろうと生産系であろうと、冒険者であるならば立場は全く一緒である。
悲鳴を上げる暇も与えられず、滅ぼされるモンスター達。
冒険者達が主役の一歩的な虐殺は、三十分間に及んだ。
レベル差があり過ぎる相手との戦闘時間としては些か長過ぎたが、其れは駆逐せねばならぬ相手の数が多過ぎた所為である。
最後の一体を倒し終えた途端、冒険者達は残らずグッタリと、精も根も尽き果ててトゥーメイン大回廊の路面に倒れ伏した。
冒険者としてはHPやMPに充分な残量があれども、人間としての精神力はレッドゾーンに突入していたからである。
ボタンやレバー操作で行う無双ゲームでも、休みなしで集中すれば、そうは長く出来たものではない。
同じ事を己の肉体で行えば、尚更だ。
「もう……いっぱいいっぱい」
草臥れ果てた冒険者達の心境を、路面に積みあがった金貨の山の一つに突っ伏した、クマクマの呟きが代弁する。
レオ丸も胸腔に溜まった、いがらっぽい空気をドッと吐き出した。
日の出が眩しい時刻になる。
朝靄を一掃した早朝の爽やかな風が、戦い疲れ休息を得る冒険者達の頬を撫で、何処かへと過ぎ去って行く。
真夏まで其れほど日にちを要さない此の季節の太陽は、天空に現れだした瞬間からジリジリと、大地を少しずつ焙り始める。
元の現実であれば七月上旬の終わりなのだから、其れは至極尤もな事だ。
しかしアイテムである防具は、金属の塊であろうと、分厚い布地を重ね合わせた物であろうと、其の素材の如何に関わらず暑さも寒さも遮断してしまう。
どのような仕組みであるかは定かでないが、ソレはそういうモノであると納得するしかないのが仮想空間の良い処であるが、素肌を晒している部分にまで其の効果をもたらさないのは現実なのだった。
瞼を閉じていても眩しく感じる朝日の光と、瞬く間に素顔や素肌を日焼けさせてしまいそうな陽光の熱に、冒険者達は一人また一人と立ち上がり、夢遊病者のようにフラフラと日陰を求めて彷徨いだす。
路面に散乱している幾つもの瓦礫の内で、最も立派な大きさの物が作る影へと群れ集う冒険者達の姿に、レオ丸は軽く頭を下げた。
「終わったでありんすか?」
日の出の直前に、レオ丸の襟元へと身を潜めたアマミYが、気遣わしげに問う。
「さぁーてなー。……昨日から今日にかけて、自分らやら、ダンジョンのモンスター防衛隊やら、アキバからの出張組やらで結構な数は倒したはずやけど、なぁ?」
レオ丸が脳内で換算すれば、少なくとも千体以上は倒していると解答を弾き出したが、実数はと言えば果たしてどのくらいになるのか。
増してや総数がどのくらい居て、残存数がどの程度なのかとなれば、予想も出来なければ、想像もつかないでいた。
「基礎情報でもありゃ、“御名算!”って言ってもらえる答えが出せるんやけどなぁ……、んん、何や?」
不意に起こった地響きがレオ丸の三半規管を揺さ振り、平衡感覚を狂わせる。
束の間の休息を甘受していた冒険者達も、慌てて立ち上がり、左右を見渡し、武器を手にして危急に備え出した。
「地震じゃが!?」
「違うさね!」
動揺したハタナカの叫びを即座に否定した遊々斎が、ダブダブの袖から覗かせた青白く細い指先を、スッと伸ばす。
指し示された西の方角で、見上げるほどの土煙が吹き上がった。
路面に無数の亀裂が走るや、其れは直ぐさまヒビ割れとなる。
破砕箇所から撒き散らされる無数のコンクリート片。
やがて耳を聾する轟音と共に、トゥーメイン大回廊の橋脚の一つが僅かに傾きながら、大地へと沈み倒れて行く。
僅かな時間差をおいて、再び振動が冒険者達の身を襲い、足元を掬った。
ハルカA達を抱きかかえたままのレオ丸も立っていられず、無様に尻餅をついてしまう。
まともに立っていられる者など皆無に近く、うつ伏せに倒れ込むか、レオ丸と同じように腰を抜かしてしまうかとなる、冒険者達。
上下の激しい振動が左右の揺れに変わると、其れが呼び水となったのか、消え去った橋脚の前後の橋脚もまた、振るえ捩れながら大きく傾き出す。
三百年以上の長きに亘り、弧状列島ヤマトの背骨的威容を誇っていたトゥーメイン大回廊が、突然の崩壊を始めたのだ。
東へ西へと延伸する路面が陥没し、一つ、また一つと倒壊して行く橋脚。
其の光景は、レオ丸が元の現実で体験した大震災において発生した、高速道路の崩壊現場を彷彿とさせた。
時間にすれば数十秒の出来事であったが、レオ丸達にとっては数時間にも感じられるスペクタクルは、ただ一人バランスを保ち続けた遊々斎の目と鼻の先で、漸くにして収束する。
放心状態の者、呆けている者、動転している者、自失の者。
過去のトラウマを呼び覚まされてしまった者達の内、いち早く正気を取り戻した幾人かが立ち上がり、恐る恐る歩を進め、遊々斎の背後から直ぐ先を覗き込む。
「……魂消ました、ですの」
「俺もだぜ、ブラザー……」
「なんてこった……」
「即是仰天也」
凡そ二キロメートル分を、一瞬に近い時間で喪失したトゥーメイン大回廊。
元からの瓦礫と新たなる瓦礫が積み重なる様子が、もうもうと起ち込める土埃の幕の向こう側にハッキリと見える。
惨状としか言いようのない光景が、彼らの前に広がっていた。
「此れはもう、使い物にならねぇな」
#8723の淡々とした感想を風が攫い、何処かへと運んで行く。
他の者達が漏らした呻きのような同意もまた、景色の中へ吸い込まれるようにして消えて行った。
キュオン……
プシュ……
キシャ……
クアー……
ポカンと口を開け、阿呆面を晒していたレオ丸は、小さなラスボス達の上げた悲鳴のような鳴き声を聞き、我に返った。
其れが聞きなれた声質でない事に、咄嗟に気づけなかったレオ丸だが、抱きかかえる違和感には直ぐに気がつく。
いつの間にか、レオ丸が抱いていたのは童女に似た姿ではなく、四種類の生き物に似た形状のモンスターであった。
マメ柴に似た獣、手足の生えた若木、ロブスター・サイズの黒いサソリ、小柄なカラスが、レオ丸が纏う幻想級布鎧の<中将蓮糸織翡色地衣>に爪を食い込ませ、頭を埋めている。
「……どないしたんや、自分ら?」
次の瞬間。
何か思い当たる事があったのか、レオ丸は両手を解き、腰に装着した<ダザネックの魔法鞄>に躊躇なく差し入れた。
そして、迷う事なく一挙動で掴み出したのは例の占景盤モドキ、<迷宮の真核>だ。
棚ボタ的に入手し、後生大事に仕舞い込んでいたアイテムは些かも損なわれる事なく、レオ丸の両手の中にある。
但し、仕舞い込む前は暗闇でも鮮やかな七色の光を湛えていたが、陽の光に当てられた今は、よくよく見なければ判らぬほどにしか、発光していなかった。
「……もしかして……電池切れ……なんか?」
レオ丸は首を折り、顎を胸近くにまで下げて思考の海へとダイブする。
考えられる理由は何やろう?
……材料が少ないさかい、さっぱり浮かばへんけど……、もしかしたら<迷宮の真核>ってのは、ダンジョンの中にあらへんとアカン存在なんかもしれへんなぁ。
つまり、<オーケアノス運河>っちゅー無尽蔵のエネルギーと回路が繋がってなきゃ、ダメなんかも。
例えるにゃらば、<オーケアノス運河>が架線で、<迷宮の真核>が電車みたいなモンで……。
今は差し詰め、パンタグラフが畳まれとる状態なんかな?
一応内部にはバッテリーが内臓されとるさかいに、無電源でも暫くは自走出来るんやが、其れにも限界があった……とか?
「違うかな、どーやろなー?」
レオ丸が問いかけるも、四体の小さなラスボス達は身を縮こまらせたまま、弱弱しい鳴き声を出すばかりだ。
「……もー一度、ダンジョンに戻らんとアカンかねぇ」
口をへの字に曲げたレオ丸は、<迷宮の真核>を再び魔法鞄の中へ戻すと、軽く小さくなったハルカA達を優しく抱き直し、腰を上げる。
「さてさて、こいつぁ困ったなぁ……」
立ち上がったレオ丸の位置は、トゥーメイン大回廊の崩落部分からはやや離れた場所であったが、其処からでも大地の惨状は歴然たる事実として確認出来た。
コンクリートの瓦礫が無造作に重なり、一面に散乱している地表もまた、酷い有様であったからだ。
巨人がこねくり回したのか、はたまた大ナマズが暴れたのか、幅にして十メートルほどの地割れ、いや地崩れが数キロメートルに亘って横たわり、至る所が大きく陥没している。
樹木は引き倒され、根を上にした木々さえ数多散見していた。
芝生にツルハシを打ち込んで線を引き、石灰岩の破片と赤土をぶちまけてから、園芸用スコップで矢鱈滅多に掘り返せば再現出来そうな、其の状景。
レオ丸が脳内に浮かべた地図を、右往左往するだけであった地下世界を平面図にした物を惨憺たる有様の地表に重ねれば、溜息しか吐き出せなくなる。
大地震も斯くやの一帯は、苦労の末に再発見したダンジョンの規模に、ゼムアントが広げるだけ広げた巣の領域とを併せた範囲に、凡そ重なるからだ。
「全ては“冷たい地面の中に”……いや、其れよりも!」
また一段と、質量も重量も減じた気のする幼獣体のラスボス達に意識の半分を向けながら、レオ丸は危惧すべき点がある事を認識する。
「法師……、此れは一体……」
「ああ、どーゆー事やろうな?」
定まらぬ足運びで肩を寄せて来た大アルカナのぜろ番に、レオ丸は首を傾げてみせる。
「此の限定され過ぎた局地災害の、“震源”は何やろうか?
こいつが大戸島やパナマに刻まれた巨大生物の足跡にゃらば、正体は言わずもがなになるんやけどなー」
「あるいは、何処だか判らない雀路羅市の原発や、ユッカマウンテン放射性廃棄物処分場ですか?」
「……おお、いっつ・あ・ジェネレーション・ギャップ!」
「何を……暢気な掛け合いをなさっているのかしら……」
「マーロンさんよ、暢気なんはワシら……やのうて、全員やで?」
「え?」
「此の世界にも“御約束”があるんならば、其の備えをするに越した事やが、な?」
レオ丸の言葉が途切れた、当に其の時。
地崩れ現場の南の端に近い辺り、レオ丸の脳内マップではダンジョンの中心が位置していたであろう所、其処で再び土煙が噴き上がった。
火山の噴煙のように圧倒的で、炸裂したクラスター爆弾の爆煙のように絶望的な、見上げるほどの甚大な土煙が。
脅威と言う名の黒色と、驚愕と言う名の茶色とで、視界を完全に塗り潰された冒険者達は大いに戸惑い、周章狼狽するしか出来ずにいる。
そして数秒後。
天穹を汚す鬱然とした質量の土煙が若干薄れ、風塵へと変わり出した其の中に現れたのは、一言では形容し難い異様なシルエット。
「ほら、な?」
感情をなくした棒読みで、レオ丸はポツリと言った。
大きく見開いた眼を丸くした大アルカナのぜろ番とマーロンは、返事も出来ずに唖然としている。
GIGIGIGWOGOGAGIGIGEGAGA!!
とてつもなく巨大で屈強な翼を広げた魁偉なソレは、耳を塞ぎたくなる不気味な雄叫びで、大気をズタズタに引き裂いたのだった。
『ミミック』という映画をご存知でしょうか?
もし御覧になっておられませんでしたら、御暇な時に御鑑賞あれ。
とても素晴らしい映画ですよ♪
そんで。
ドラマ『精霊の守り人』は中々に素敵ですなぁ。
今季のNHKのドラマは、全て面白いなぁ♪