第伍歩・大災害+69Days 其の壱
此の度は、皆様に色々エロエロとお騒がせ致しました。
今後も規約違反を起こさぬように留意し、ぼっちらぼっちらと進めさせて戴きまする。
御心配をおかけしました。
数々の御言葉を頂戴致し、誠に有難く、忝く候(平身低頭)。
誤字脱字を見つけましたんで、早速訂正致しました(2016.03.09)。
トゥーメイン大回廊の上で行われた簡易公聴会は、日没直前に始まった。
証言するために起立しているのは、たった一人の冒険者。
其れを取り囲む、他十九名の冒険者は思い思いの姿勢で座している。
レオ丸は幾多の好奇の眼差しに晒されながら、弁明やら釈明やら解説やらを口先の赴くままに捲くし立てた。
元の現実においての職務で、衆人環視の中で話す事には慣れている。
普通ならば、喋れば喋るほどにボロが出るものだが、相手が受け止めきれぬほどの情報量を供給すれば、ボロはボロではなくなり、錦となる事を知っているが故に、レオ丸はベラベラと舌を高速回転させたのだ。
結果として。
レオ丸は概ね、不備と不都合を誤魔化す事に成功する。
以下の如くに問われた四つの事柄について、最小限の陳述を過大な表現でもって語り終えたのだ。
一つ、何処から来た何者なのか?
一つ、此処で何をしていたのか?
一つ、<変異蟻>に何故襲われていたのか?
一つ、圧し折れた剣を何処で手に入れたのか?
一つ目の問いに関しては、アキバからの援護によって安易に切り抜ける事が出来たのは、レオ丸にとっては僥倖だった。
アキバの街を運営する<円卓会議>の主要メンバー数人が、レオ丸の名前を記憶しており、尚且つ、直近の行動を知り得ていた者がアキバから派遣され、レオ丸の身上と行動規範を傍証してくれたのである。
そして、ハニャアや海底人#8723達とも顔見知りとなっていた事により、些細な不具合も難なくスルーされた。
身元不明な怪しげな輩と、身元の確認が取れた者とでは、其の言葉の重みは全く異なる。
住所不定ながら不審者的存在ではなくなったレオ丸は、身元の確かさを認識された事を逆手に取り、質問された事柄に真摯に答える努力を見せる、フリをした。
其の顛末が、過剰なまでに積み上げた情報の山である。
アキバ近辺に居続けた者達が大半の冒険者達は、彼らが知りようもない事柄を知っているレオ丸の発言に対し、疑念を挟む事は出来ても、異を唱えて否定する事など出来はしなかった。
知っている事柄については、不必要な情報を多めに付加する事により最小限の内容でしか回答せず、知らない事については、明確に知らないと答える。
反対に、知らないと答えた質問に関しては、何故に其れが知りたいのかと訊ね返す事により、情報を引き出す事さえしてみせる。
冒険者としてのレベルは90に達していたとしても、年齢による人生経験の差は二倍以上、最大ならば三倍だ。
ニヤニヤ笑いを浮かべたホンの一握りを除けば、実年齢が十代半ばから二十代前半の青少年で構成されている冒険者達。
不惑をとうに過ぎたレオ丸に伍する者なき此の場は、正に独擅場であった。
事の次第は、言わずもがなである。
一対多数の質疑応答は、中途よりレオ丸側が主導権を握る形で推移し、開始から凡そ二時間後には閉会となった。
曖昧な満足感を得た冒険者達の殆どは、三々五々連れ立ちながら、晩御飯の支度も含めた野営の準備を開始する。
聴衆と査問官を兼ねていた彼らのざわめきをBGMに、書記役を務めたT&S&R&Rが書き留めた内容に誤りがないか、眉間に皺を寄せてチェックしていた。
「何だか上手い事、はぐらかされてしまったような気がする……」
「全くだぜ、ブラザー」
公聴会の議事進行役を務めた百万理力は、消化不良を起こしたオオカミウオように苦り切った顔をし、主席査問官を担当した当方無敗は、獲物を捕らえ損ねたオニイソメのように天を仰いだ。
「……やれやれ」
強制的に参考人招致を受けたレオ丸は、ヌタウナギのように惚けた感じでこっそりと首を竦める。
期せずして視線を交わらせた三人は、異口同音に溜息を漏らしたが、其の色合いと温度は真逆であった。
「何て言ったらいいか……お気の毒様……ですかねぇ、法師?」
「ああ、そやねぇ、……ホンマ難儀な目に遭ったわ」
「いや、法師じゃなくて」
「はい?」
「あちらさんの方ですよ」
レオ丸の話し相手が指差す先は、<D.D.D>のメンバー達だ。
「ワシの心配はしてくれへんのかいな、大アルカナのぜろ番君よ?」
「何故に、法師の心配をしなくちゃならないんです?」
ナゴヤの頃に着ていた派手な服装ではなく、フォーマルな三つ揃いの燕尾服、糊の利いたワイシャツにリボン・タイを締めた大アルカナのぜろ番は、シルクハットを乗せた頭を僅かに傾げる。
「口先一つで、ナゴヤで角突き合っていた百名からの冒険者を望むがままに踊らせて、尚且つ剣呑な大地人を捻じ伏せたのは、誰でしたっけ?」
ミナミの街を後にして以来、ほぼ着たきり雀のレオ丸は明後日の空へと無音の口笛を吹き鳴らしてから、さも驚いたような表情を作ってみせた。
「いやいやいや、ワシは堤防に穴が開いとったから、こらアカンって思って手ェを突っ込んだだけの、可哀想な通りすがりの『家なき子』やんか?
同情をした上で尚且つ銭もくれ、やで?」
「……言いくるめた法師にも、言いくるめられた彼らにも、同情の余地はありませんし、する気もないですから御安心を……。
まぁ、安全地帯まで運んで下さった事への恩は、忘れてませんけどね」
「自分……<D.D.D>に入団したんやねぇ」
「寄らば大樹の陰、どうせ寄るなら一番デカイ樹が良いでしょう?」
「まぁ、確かに」
「幸いな事に、簡単な身辺聴取だけで加入出来ましたし」
「今回の事で……自分の心証を悪してへんか?」
「大丈夫ですよ。ギルマス直々の命令による派遣と証言でしたから」
「其れならエエけど」
「では此れ以上、不審者との交歓で、新しい仲間達に俺への疑念を抱かせないように、向こう側へ戻ります」
「はいな、御疲れさん、おおきにさんでした」
おどけた仕草でシルクハットを胸の前に下ろし、恭しく一礼する大アルカナのぜろ番に、レオ丸も深々と直角に腰を折って礼を返す。
「ナゴヤでは道化師やったけど、アキバでは道化師にクラス・チェンジってか?」
新たに得た“仲間達”の元へと歩み去る大アルカナのぜろ番の背に軽く会釈をすると、レオ丸も半回転し、少し離れた場所で待機していた家族の方へと爪先を向けた。
虫除け、獣除けのための魔法の焚き火を中心にして、大半の冒険者達が寝静まった夜半。
天上にかかる月は細く、十七世紀に地中海世界で最大の領土を獲得した世界帝国の国旗に描かれた三日月よりも、更に細い。
雲が晴れた夜空の暈は、淡く儚げであった。
「“どんなにさびしい生活の日暮れを色づくことぞ
いま疲れてながく孤獨の椅子に眠るとき
わたしの家の窓にも月かげさし
月は花やかに空にのぼつてゐる”……ってか?」
今日一日で余りにも多くの出来事を体験し過ぎた所為か、はたまた習い性となった夜更かし癖の所為か、寝つかれずに居たレオ丸は、<彩雲の煙管>を燻らせながら見るともなしに見上げた夜空に、何とはなしの思いを馳せる。
「其は、何どすん?」
同じく未だ、眠りを遠ざけていた冒険者の問いに、レオ丸は頬杖をつきながら五色の煙を口の端から漏らした。
「萩原朔太郎大先生の詠いはった、一節やわ」
「萩原朔太郎様……其は確か……」
「ほら、『魔神 月に咆える』で有名じゃが」
「其れは、ジャックな光の巨人のサブタイトルや」
「何やいの、ソレ?」
「……謎いっぱい」
「名前ほどにグロテスクじゃない宇宙人と、ハニャアみたいな鎧を着た御神体が活躍する話じゃが」
「やから、何やいのソレ?」
「モーレツ隊長がじゃな、休暇中にじゃな……」
「……益々、謎いっぱい」
「何でそないな地味な話に詳しいねん、自分?
未だ自分が生まれる前、ってか、自分の親御さん達が生まれたかどーかって頃の番組やで、アレは?」
レオ丸に問われた秘密工作員ハタナカは、照れ臭そうな表情で目深に被ったフード越しに頭を掻く。
「いや、褒めてへんし」
十人委員会のメンバーのように、一切の装飾を排した赤茶色の中世風ロング・ローブを纏ったハタナカは、眼帯をしていない方の右目を丸くし、不満気に口を尖らせた。
「そう仰る法師じゃって、理解してるじゃが?」
「そりゃ、ワシはジャストミート世代の端くれやもん」
<D.D.D>ばかりが集まった冒険者の輪から少し外れた処に、レオ丸達は居る。
安心した顔つきで眠る小さなラスボス達を丸抱えにして、穏やかに目を閉じる<獅子女>を背にしたレオ丸を起点に、円を描いて群れているのは、<D.D.D>ではないギルドタグを着けた冒険者達だ。
其のメンバーは、<海洋機構>が#8723、ハニャア、ハタナカ、Kumap×Kumap、湯沢A吉の五名。
更に加わるは、<グランデール>所属のアサクラ・デ・ステラ。
同じ<グランデール>の仲間である真田サン・マルコと、マーロン・モン=ブランの二人は、夜間哨戒任務で何処へかと赴いていた。
グリム童話を題材とした映画で主役を演じた、アマンダ・サイフリッドそっくりの顔立ちと衣装をしたクマクマは、抱え込んだ膝に顎を乗せている。
やたらと突起が多い秘宝級の防具、<荒ぶる魂の鎧>で全身を固めた湯沢は、細い口髭や申し訳程度の顎鬚を指先で軽く撫でつけながら、ラテン系のチョイ悪イケメンみたいな笑みを浮かべていた。
金色の長髪を二つに分けて捻り上げ、まるで二本の角の様に纏めた髪型のアサクラは、満天の星空を仕立て上げたような天鵞絨のマントを羽織り、頻りに小首を傾げている。
因みにハニャアと#8723は、明け方近くに見張り番を担当するために、レオ丸達の直ぐ傍で仰臥し、深い眠りについていた。
睡魔に身を任せた者達の眠りを妨げぬように、ヒソヒソと他愛のない会話を続ける、宵っ張りの五名。
<大災害>をアキバで迎えた者達は其々、誰かに話したい事は山とあり、語りたい事には事か欠かない。
話せぬ事や、語りたくない事情を差っ引いたとしても、だ。
其れはレオ丸とて同じであったが、一先ずは相槌や話の続きを促す短い言葉に終始する事で、場を穏やかにする事に意識の半分を注ぐ事にする。
そして、先ほどの簡易公聴会で得られた情報を整理する事に、もう半分の意識を使用していた。
<海洋機構>を中核としたパーティは、レオ丸とファースト・コンタクトを果たした後も、トゥーメイン大回廊を利用しての探査と測量を続けていた。
地味で地道な活動ながら、其れを各々の特技と趣味でもって実益へと変換している事に、レオ丸の頭は自然と下がる。
伊能忠敬や渋川春海、間宮林蔵などと同じような世界で呼吸をしている、稀有な人材であるのだから。
レオ丸には彼らが、とても眩しく思えた。
まるで、光に翳せば幻想的に輝き出す翠銅鉱に取り込まれた、無垢な煌きを燦然と放つ水晶のように。
<大災害>後の混迷から脱却した弧状列島ヤマトに在する冒険者達の多くは、安心を切望し、安定を得ようと必死に藻掻いた。
其の果てに縋ったのは、頼れるリーダーを長に頂いた大規模ギルドである。
ヤマトの西半分では其れが、新たに生み出された<Plant hwyaden>という化物じみたギルドだ。
健康な細胞を蝕む病巣のように、驚くべきスピードで既存のギルドを併呑し、肥大化の一途を辿っている。
他方、アキバでは事情が異なり、既に存在していた幾つもの大規模ギルドへと分散化する事で、混乱の多くは収束を得た。
元々はソロ・プレイヤーであったり、弱小零細ギルドに所属していた冒険者達の一員であったのが今、レオ丸の視界の先で眠りについている<D.D.D>メンバーの大多数である。
彼らは大手ギルドに身を寄せた新参者であるが故に、共同作業に関しては未だ熟成されてはいなかった。
其処で、ギルマスであるクラスティや幹部達は、短期間で急激に増員されたギルドの運営を円滑にするために、自発的なクエストを内部に課す事を目論む。
古参、もしくは中堅のメンバーをアドバイザーにして、新規加入者でパーティを結成させ、イースタル圏内の各地へと派遣する事にしたのだ。
習熟を目的とした臨時編成パーティの、リーダーを任ぜられたのは、百万理力。
サブ・リーダーには、当方無敗。
<D.D.D>に参加して今年で三年目になる田崗十目六と、八年目になる東雲遊々斎が、彼らのアドバイザーとして補佐を務めている。
そして他の役なし一般メンバーとして、T&S&R&R、UNDO司書長、入野とど松、グラーフ・ユッキリン。
彼らを含めた八名で構成された変則パーティに与えられたクエストは、スリーリバー地域で生活する大地人達との積極的な交流であった。
百万理力達は、クエストに対し意欲的に取り組んだ。
寒村と行っても良いほどの少人数の居留地へと赴けば、持てる能力を最大限に発揮して農地拡張のために尽力する。
大木を根っ子から引き抜き、障害となる岩を撤去し、用水路を引く手伝いさえした。
また街道沿いの町へと足を踏み入れれば、アキバの街で花開き始めた技術革新の産物を紹介し、冒険者と大地人の架け橋となる働きもする。
そんな最中の事。
偶々、ひょんな事から面識を得たスリーリバーに混在する小領主家の一つに、頼み事をされたのだった。
伝来の家宝である甲冑一式を持ち出し行方を晦ませた、跡取り息子を捜してもらえないだろうか、と。
其の者は二十歳を越えて尚、英雄に憧れる夢見がちな者であったと聞かされたパーティは、ファンタジー小説のネタにありがちな事だな、という感想を持ちながら消極的に依頼を受ける事にした。
旅程の途上で発見出来れば、直ちに拘束し、速やかに送り届けると。
其れが、あそこに転がっていた甲冑やったとはなぁ。
レオ丸が、ゼムアントの巣穴での往路で見つけ、復路で回収した圧し折れた剣。其の柄には、小領主家の紋章がハッキリと刻印されていたのだ。
拾った当人のレオ丸は気づかなかったが、依頼を受けた<D.D.D>のパーティ・メンバー達は其の事に気がついた結果、開かれたのが先ほどの簡易公聴会。
時間的な差異を考えれば、夢見がちだった青年が屋敷を飛び出してから半日ほどは生きていた事になり、レオ丸が甲冑一式を見つける二、三時間前に死亡していた事になる。
元の現実と違い、今の現実だからこそ誤差の範囲とも言える青年の推定死亡時間が、<D.D.D>のメンバーに胡乱な人物に、レオ丸に対する疑念を抱かせたのだった。
いらんもん、拾うんやなかったなぁ……。
御蔭でいらん詮索を受ける羽目になってしもうた……けど、逆に考えたら、ワシが拾わんかったら完全なる失踪事件の出来上がりか。
ほんなら、怪我の功名……みたいなもんか。
寒戸の婆伝説みたいに、皆が忘れかけた頃にヒョッコリと現れて、“実は生きてましてん、ほなサイナラ♪”ってな事は此の世界やと、ほぼありえへんしなぁ。
まぁ、やっちまった事を後悔し出したら、生きていかれへんしねー。
クヨクヨすんのも、人生の一部ではあるが、全部ではあらへんし。
「法師の方は、如何どすのん?」
グダグダと悩み続けるレオ丸の意識の半分が、アサクラの問いかけにより急に現実へと引き戻される。
「ワシの方はなぁ、さっきの話に追加させてもらうとやね……」
ミナミの街で<大災害>の余燼間もない頃に開催した、<ウメシン・ダンジョン・トライアル>の経緯と顛末。
<赤封火狐の砦>でのアレやコレ。
そしてナゴヤ闘技場で行った野球の試合と、ドサクサ紛れの逃避行。
レオ丸が語る、冒険とは言い難い空騒ぎの数々に、聞く者は皆、唖然とする。
「つまり……全て、口八丁で乗り切って来られたでおじゃる?」
「ありえネー」
「警察に即刻通報レベルだわー」
背後からの幾つものツッコミに、レオ丸は口を窄めて嘯いた。
「せやけど、横車を押されたら、片っ端から口車に乗せるしかないやん?
どれも此れも、内情は火の車のチキン・レースやったけどなぁ。
も一つ言うたら、ぜーんぶ誰かに、おんぶに抱っこで肩車までしてもろうたさかいに、どーにかこーにか何とかなった、ってなもんでって、うわぉッ!」
いつものように装飾過剰気味にボケ返したレオ丸は、ツッコミをしたのが最前までは居ていなかった者達である事に、素で驚く。
慌てて振り返れば、見張り番をしていた<D.D.D>の所属の三人が興味深げにレオ丸の不必要なほどよく動く口元を凝視していた。
七三に分けた艶やかな黒髪、悪戯を思いついたように楽しげな口元意外は、何処にでも居そうな所謂、キャラ作成時のサンプルモデルのような外見と身形の入野とど松は、新しい玩具を与えられた子供みたいに目を輝かせている。
UNDO司書長は、直垂姿に白いブーツ、収まりの悪いボサボサ頭にちょこんと乗せた垂纓冠、背中には製作級の琵琶型の楽器アイテムを斜に負ったままで、目を細めながら顎を擦っていた。
ニットキャップような布兜から食み出た前髪、荒野を巡る旅人風のマントも布鎧も、全てがセピア色のdot#HAQQは、感情の見え難いクリスタルのような瞳でレオ丸を凝視している。
彼らの内、前者二名は百万理力のパーティに属しており、後一人は違っていた。
レオ丸の身許を確認するために、そして、冒険者達が遭遇したゼムアントというゲーム時代には存在しなかったモンスターを危険視した<D.D.D>上層部と、<円卓会議>の判断で派遣された援兵の、一員である。
高速移動が可能なモンスターを従える<召喚術師>のdot#HAQQとアサクラ、<海洋機構>の武力補正要員として<守護戦士>の湯沢、<グランデール>の武力補正要員として<武士>のマーロンの四名。
そういう意味では、レベルが他の者達よりも低い大アルカナのぜろ番は、レオ丸の身許を証明するためにのみ選ばれ、派遣されたと言える。
「こんな夜更けに楽しそうに、何してるんさね?
今はお喋りよりも先に、与えられた役割をちゃーんと果たすんが、第一さね」
新たな宵っ張りの参加者は、夜の見張り番第二陣担当の遊々斎だった。
ソフト帽を被り、袖のだぶついたコートに身を包み、真夜中なのに丸いサングラスをかけた、一見、満州国崩壊直後の康徳帝のコスプレをしたような<暗殺者>。
女性らしさはシャープな線の頤と、真っ赤なリップくらいだ。
其の怜悧な唇から発せられた注意勧告に、レオ丸を除いた全員が首を竦めた。
「レオ丸老もレオ丸老、さね。
若人を啓発し、知識を施すんは結構な事なれど、時と場合を考えて欲しいもんさね」
「せやったねぇ……コイツぁ、申し訳ない」
「判ってくれたら良いんさね。
人家も、今が単なる訓練なら口出ししたりは、しないさね。
実際……レオ丸老の与太話は、後学に値する事も稀にあるし……」
「稀って何やねん、稀って?」
「事実さね?」
「事実やとしても、年上を敬う気持ちがあるんなら、其処はパラフィン紙とかオブラートとか鉛の合板なんかで、優しく包み隠さんかい」
「東雲女史は、レオ丸さんとお知り合いでおじゃる?」
とど松の問いに、遊々斎は口の両端をニンマリと吊り上げる。
「意味ありげに無言で笑うたぁ、自分も性悪に育ったなぁ、ホンマ。
頭や尻に卵の欠片つけてたルーキー時分は、“老師、老師”って呼んで、崇め奉ってくれてたのに……」
「其れは、総合訓練所を卒業するまでの間さね。
メイン職ごとの個別専科に分かれてからは、人家の師匠はプラム・ストゥーカ大姐と、忍冬大姐さね」
「彼女らはどっちも、自分と違うて<守護戦士>やんけ」
「“師”とは己で選ぶもんさね。そうだろう、レオ丸老?」
「そらまぁ、そーやけど……」
「質問が、いっぱい!」
「“インカレ”とか“チュートリアル”とかって、何やいの?」
クマクマと湯沢が代表する形の質問に、レオ丸と遊々斎は視線を交わし、眉毛を僅かに上下させた。
「そっか、最近の若モンは知らへんか……そらそーやな。
今からざっと…………十一年前か。
五番目の拡張パックの<ムーンクレスタの宝珠>が発売された時にな、生産システムのパッチやらギルドシステムやらが大幅に改訂された事があったんやわ」
「武器強化システムの搭載も、其の頃にされたんさね」
「せやった。ホンでや、ワシみたいな古参が其れらに対応すべくワーワーしとる時に、新規プレイヤーがドッと増えたんやわ。
ソレはソレで嬉しい事やったんやけど、嬉しい悲鳴ばっかやなくて、な」
「揃いも揃ってベテラン達がてんてこ舞いしてる最中に、人家らルーキーが右も左も判らずに大挙参入したんさね……」
「もう“無茶苦茶でござりまする”的なワヤクチャでな、何とのーな、ゲームが荒れた感じがしたんやね。
そんで“こりゃアカンわ”って思った経験豊富な有志達でな、ギルドもソロも垣根を取っ払って何とかしよー、ってな具合で臨時の研修会を作ったんや。
三ヶ月間限定のボランティアっちゅーか、NGOモドキっちゅーか、な。
来る者は拒まず手取り足取りシゴキ倒して、去る者は相手にせずってゆー、実に心温まる人情劇場・虎の穴、やったんやけどね」
「花も恥らう女子高生だった人家は、其の第一期生やったんさね」
「今じゃ、<人喰い草>も裸足で逃げ出す徒花やけどな?」
「レオ丸老?」
「ああ、スマンスマン……トリフィドは、元々裸足やったな♪」
ジャキン、と物騒な音を立てて遊々斎の両の袖口から、か細い月光を浴びて不気味に光る肉太の大型ナイフが現れる。
不気味な呼吸音を漏らしながら、獲物を見つけたカマキリのような体勢をとる遊々斎に対し、即座に立ち上がったレオ丸もファイティングポーズをとった。
もっとも其の姿は、へっぴり腰で前肢を突き出す臆病猫そっくりだったが。
「二人して、何を遊んでいるのかしら?」
睨み合うレオ丸と東雲の視線が火花を散らしているであろう間へ、不意に一本の薙刀が差し込まれた。
魂の緒さえ断ち切りかねない物騒な刃の持ち主は、コロコロと鈴を転がすような声で、二人へ話しかける。
「ポーンと、首を刎ね飛ばされたいのどちらかしら?
往年の敬意を込めて、レオ丸教官殿からかしら?
其れとも同期の誼で、遊々斎からにしようかしら?」
「“どちら?”ってゆー選択肢は、デッド・オア・アライブやのうて、キル・ユーの順番かいな、マーロンさんや?」
苦笑交じりのレオ丸のボヤキに、江戸中期の絵師・蔀関月が描いた巴御前の如き女武者姿のマーロンは、夜目にも鮮やかな笑みを嫣然と湛えた。
「“首捻じ切って捨ててんげり”は勘弁やさかいに、今宵は此の辺にしといたろう」
「人家も、さね」
へっぴり腰を真っ直ぐに伸ばし、鳴らせぬ口笛を吹き出すレオ丸。
両手を挙げ、そそくさと武器を袖に仕舞い込んだ遊々斎は、何事もなかったかのように愛想笑いを浮かべる。
とは言え二人共、額から右頬へと伝う冷や汗を拭うまでには、気が回らなかったが。
「ホンで、巣穴の辺りはどないやったん?」
「然らばウチから言上仕る」
「うわぉちッ!!」
汗を拭い振り払い、平静を取り戻したばかりのレオ丸は、足下からかけられた声に慌てふためき、凡そ一メートルは飛び上がった。
「其れで、どうだった?」
ジャンプした拍子に舌を噛み、悶絶するレオ丸の代わりに報告を求めたのは、余りの喧しさに休息を妨げられた#8723である。
細身の肢体をメタリックレッドのボディスーツで包んだサン・マルコは、片膝立ちの姿勢から訥々と仔細を語った。
「月茫漠として凛ならず星天空に数多散ず成りしが影宿す事なし山河草木闇に沈み形容虚仮に相似たり耳傾けれども風悄悄として静謐を運ぶ事頻り怨嗟湧かず魑魅魍魎出でず夜来甚だ穏当にして蓋し無聊也」
「つまり、……どういう事なんだ?」
「つまり、危険はないって事ニョ」
「そーみひゃいやねー」
やはり眠りから覚醒させられたハニャアの抄訳に、漸く不慮の事故から立ち直ったレオ丸の同意が重なる。
「然り然り」
柳眉直上のラインで前髪を切り揃えたサン・マルコが、御河童頭を盛んに揺らしながら首を縦に振った。
「其れは、何よりだ」
安眠を奪われた事以外の疲れが滲む#8723は、草臥れきった風情で溜息をつく。
「って事は、ゼムアントは元の現実の蟻と同じように、基本的には昼行性で夜行性ではないんやろうなぁ」
「蟻ん子は、夜には働かないニョ?」
「絶対に働かんって事はないけれど、な」
「あんだけ狩ったんだし、単に兵隊が居なくなったのかもしれんぜ、ブラザー?」
「其れはどうだろうか?」
「生物の時間に習ったのでは確か、一つの巣には数千から一万匹以上は居るはずですの」
「……蟻がいっぱい」
「じゃが、ゼムアントはモンスターじゃが、昆虫の蟻とは違うと思うんじゃが」
いつの間にか寝ていたはずの<D.D.D>のメンバー達皆も起き出して来、気がつけばレオ丸の周りの其処彼処で、議論を繰り広げ出した。
ベテランもルーキーも、男女の差もなく全員が冒険者である。
僅かな休息を得るだけで体力は勿論、精神力や気力さえも充分に回復出来る便利な体の持ち主達ばかり。
しかも其の中身は、昼夜の別なく暇さえあれば休む事なくプレイに没頭し続けた、ゲーマー達なのだ。
十代、二十代の頃とは比べ物にならぬほど体力の落ちたレオ丸でさえ、元の現実では徹夜をする事もしばしばであった。
偏見の見地に立てば、ゲーマーとは夜更かし上等主義者である。
今の現実では、夜更かしの大事なパートナーであるゲーム、漫画、テレビ、パソコン、携帯端末が存在しないために誰もが、真っ当な人間らしい人間の生活を日々過ごしているだけなのだ、渋々ながらも。
議論の輪が幾つも生まれ、幾つかが融合し、幾つにも分散する。
集散離合するアメーバにも似た、有機的な人の輪から身を引いたレオ丸は、咥えた<彩雲の煙管>を実に美味そうに喫した。
「一羽二羽なら可愛かろうが、こうも群れ集えば夜鳴鶯も、喧しいもんさね」
「あら、女子高生の頃は彼らが束になったよりも五月蝿かった遊々斎が、どの口で言うのかしら?」
ギルドタグは違えど、同じ時間を冒険に費やしてきた戦友同士の会話に、レオ丸は小さな笑い声を立てる。
嘲りの色合いは欠片もなく、ただただ朗らかに笑うレオ丸。
「二人共、被告台に立たされてたワシに助け舟を出さんと、ニヤニヤと小気味良さそうに北叟笑んでやがってからに。
な~んて、薄情なやっちゃなぁって思うてたけど、……ワシだけやのうて、彼らにも甘くはないんやねぇ?」
「人家は、差別なしの平等主義者さね」
「雛鳥の群れがピーチクパーチクと鳴いたくらいでは、教官殿には痛痒すら感じなかったでしょうから」
「さり気なく、酷い事言うなぁ」
「何事も経験さね」
「何事も経験じゃないかしら」
「スパルタ方式は結構やけど、何事もほどほどやで?
さて、処で。
自分らは、“災害ユートピア”って言葉を知っとるか?」
「いえ、全く」
「さっぱりさね」
揃って同じ方向へと首を傾げるマーロンと遊々斎に、レオ丸は五色の煙を吐き出した先の、三日月を見上げる。
「ワシが体験した西の震災、自分らが身を以って知った東の震災。
何万、何十万、何百万、……一千万以上、詰まり多くの人間が一斉に大災害に見舞われた時にな、偶発的に生まれる共同体意識の事や。
災害発生後、概ね数日から一週間以内にな、被災者達の心に奇妙な連帯感が生まれるんやて、ね。
老いも若きも、富める者も貧しき者も、皆等しく同等の存在、同じ被災者やないか、ってな感じでな。
人によって多少の差があるにしても、“頑張ろうや!”って高揚感に誰もが包まれた状態になるんやて。
処が、や。
そんな連帯感も日が経つに連れて、多少の差がどんどん広がり出しよる。
……何でやと思う?」
「そりゃあ元々……差があったんだから、仕方ないさね」
「そういう事を、教官殿は尋ねられているんじゃないんじゃない?
多分ですが、被害の度合いや再起への条件差じゃないかしら」
「ザッツ・ライトや、マーロンさん。
いち早く立ち直れる人と、立ち上がるための気力も体力も余力も財力も伴わん人とに、ドンドンと二極化されてしまうんやね。
結果、大体一ヶ月もしたら共同体意識は、自然消滅してしまうらしいわ。
そう考えたら……」
咥えていた<彩雲の煙管>を右手に持ち、指示棒代わりに真っ直ぐ突き出すレオ丸の視線の先には、賑やかに会話の花を彼方此方で咲かせている、若き冒険者達が居た。
「あの子らは未だに、<大災害>直後の其の……“災害ユートピア”って世界に居るって事かい、レオ丸老?」
「彼らだけじゃ、ないんじゃないかしら」
「どういう事さね?」
「ワシらも同じやって事やわ、遊々斎さんよ。
元の現実と同じ一日が二十四時間である世界を過ごす生活をしとんのに、死後がない事でワシらの時間は停止中やったんかもしれへん。
せやけど。
料理を初めとした諸々の諸事情の変化により、止まっていたワシらの生活時計は少しずつ動き出しよった。
種々雑多な事情の差異は、此れから現れるんと違うかな?」
「なるほど、ねぇ」
「最初に現れ突きつけられた差異は、レベル差……だったのかしら」
「其れなら今は差し詰め、財力。後は、友人や仲間の数さね」
「一番最後に襲いかかって来るんは、……気力の差、やろうねぇ」
ギルドも立場も年齢も環境も状況も違えど、同じ世界観を共有する者達が楽しく過ごす夜を、三人の冒険者は口を閉ざして眺め続ける。
優しい眼差しで、穏やかに見守るように。
何れは必ず訪れるであろう、厳粛な未来から目を逸らさぬために。
「現実はいつも、残忍で無残で冷酷やもんなぁ」
もう少し進めるつもりが、結局はキャラ紹介のみでござんした。
当初の目論見では、夜明け直後まで書くつもりだったのに。
さて、次回は。
小休止を除いた、丁度100話目でございまする。
御読み戴いている皆様方には、本当に感謝感謝でございます(平身低頭 の2)。