第伍歩・大災害+68Days 其の捌
今回の内容は、執筆の際に点けっ放しのテレビで流していたあの番組やこの番組の影響を、もろに受けております。
更に。
大きな愚 様に、東方不敗 様から頂戴致しました、お言葉も♪
重ね重ねの感謝でありんす(苦笑)。
其れにしても。
戦闘シーンはホンマに難しいっす。マジで苦手だなやー。
ルビの不備などを修正致しました。(2015.02.20)
鹿児島宇宙空間観測所の敷地から打ち上げられたラムダロケットのように、地下隧道から地上へと一気に飛び出したレオ丸。
入り口付近に立ち塞がった何かを、人工衛星“おおすみ”のように何処へかと弾き飛ばし、二歩、三歩と歩いた処で、地面から僅かに顔を出した石に爪先を引っかけた。
レオ丸は咄嗟に、右手に握り締めたままであったスクラップ紛いの剣を放り出し、左手一本で抱えていた<荼枳尼女御>の頭を保護すると、勢いにまかせてゴロゴロと大地をローリングする。
約二メートル転がってから、レオ丸は草原の上で大の字となった。
其のポッコリとした御腹の上で、ハルカAも目を回している。
「……大丈夫でありんすか?」
外気に触れるや否や、闇より昏い霧へと変じた<吸血鬼妃>が、契約主の襟元へと侵入しながら問いかけた。
「多分?」
クラクラする頭に手を当てながら、レオ丸は上体だけを起し胡坐を掻く。
其処へと集合する眷属達。
彼らを照らす太陽は、弛まずに傾き続け、次第に濃くする茜色で世界を染め出していた。
ダンジョンへと潜入する際に降られた雨は夕立だったのか、レオ丸の尻の下の草叢に残る湿り気は、ほんの微か。
レオ丸は、立ち昇る水蒸気に醸された青臭い空気を胸一杯に吸い込み、天を仰ぎながら緩々と吐き出す。
「ああ、助かった」
「安心なされるのは、未だ尚早かと思いますゆえ」
「さいだっせ、旦那さん。其れもフラグだっせ」
「そっかなぁ?」
グルリと首を廻らせたレオ丸の視界に映る世界は、広がる草叢と生い茂る数え切れぬほどの潅木、夕暮れの陽光を浴びて白く輝くコンクリート製の橋脚と回廊。
不自然に盛り上げられた、見上げるような土塊の山にポッカリと口を開けているのは、レオ丸一行が飛び出して来た洞窟の入り口だ。
そして。
『八つ墓村』のワンシーンのように、両足を天に突き上げた姿勢で倒れている冒険者が一人。
「平和そのもんやんか?」
明後日の方向へと視線を飛ばし嘯くレオ丸を、四体の眷属と四体のラスボスが揃って、白い目で見詰めた。
襟元でアマミYの漏らした溜息が、レオ丸の首筋を冷え冷え凍らせる。
其の時。
トゥーメイン大回廊に近い側の潅木が、ガサガサと音を立てた。
「おーい、どうしたハニャア! 何か見つけたのか?」
仲間へと呼びかけながら其の場に現れたのは、レオ丸にとっては一瞥の邂逅以来の知り人である。
「あれ? ……自分は……」
「どうしたんだ、海底人#8723殿?」
「ハニャアちゃんに、何かありましたのかしら?」
其の背後から続けて現れたのは、レオ丸には初見の者達だった。
<海洋機構>に属する<盗剣士>と共に潅木を掻き分け出でた二人は、ピタリと動きを止めるや、手にしていた物をスッと構える。
会議や授業の際に使用する指示棒に似た魔法杖を頭上に掲げたのは、研究者の着る白衣を思わせる布鎧を身に纏う、片眼鏡をかけた<付与術師>。
まるでオリンピア遺跡において聖火の採火式に臨む巫女の如き真っ白なノースリーブドレス状の布鎧の上に、目の細かい金色の鎖帷子を着込んだ<神祇官>は、両手で握り締めた三叉槍を胡乱な者へと突きつける。
仲間が倒れ伏している近くで、数体のモンスターに囲まれながら胡坐を掻いている坊主頭の男。
何処からどう見ても、レオ丸は胡乱な者であった。
やれやれと首を振った#8723が、状況を確認しようと口を開いたが、<付与術師>が其れよりも先に厳しい声を発する。
「何者だ!? 名を名乗れ!!」
「地下道鈴之介だ!!」
強い誰何の声に対し、レオ丸はバビンスキー反射の如くボケた。
其のボケは、救いようのないほどの重苦しい空気を醸成し、致死量レベルで場に満ち溢れだす。
重苦しい空気は、分厚い緞帳のような沈黙へと変じ、全てを遮断した。
もし仮に、其の沈黙の温度を測定したとすれば、地球の北半球で最も寒いとされるオイコミャン村の平均気温に匹敵するだろう。
レオ丸は、凍てついた雰囲気を誤魔化すように愛想笑いを浮かべながら、ノソノソと立ち上がった。
「え~~~っと、ね。……“何者だ!? 名を名乗れ!!”ってのは、な。
福井英一大先生と武内つなよし大先生が合作なされた名作漫画の主人公、北辰一刀流千葉道場に属する少年剣士がな、幕府転覆を企む奴らとかにな、常に言われる呼びかけやねん。
せやけどワシは見ての通りに中年やし、剣士でもないしな。
増してや、“真空斬り”なんざ出来ようもあらへんし、“真空管”に興味もないしな。
だもんで、“赤胴”とは名乗られへんやん?
そやさかいに、別の名前を名乗るしかなかったんやけど、序でに何処から やって来たかも説明した方がエエかなーって思ったんで、な。
まぁ、そんな訳で……」
ベラベラと一方的に捲くし立てたレオ丸は、ハルカAを片手で抱きかかえたままで深々と、腰を折る。
「ゴメンなさい」
其の丸められた背中に、手を添える者が居た。
「丁寧な説明、痛みいりますニョ」
「言語的表現だけやのうて、物理的にも痛みを入れてすまなんだな、ハニャア君」
「不注意による衝突事故はよくある事ですニョ」
「ホンマ、悪かったニョ」
「いいって事ですニョ」
「ニョ?」
「ニョ!」
頭を上げたレオ丸は、<海洋機構>に所属する<施療神官>のハニャア=ハニマール三世と、朗らかに笑い合う。
「……処で」
一頻り高らかに笑ってから、急に真顔となったレオ丸が徐に首を傾げた。
「其処の、海底人#8723君は存知よりやけれど、……自分らは何方さんなん?」
見えない一陣の風が、其の場を吹きぬけて何処へと消え失せる。
「其れは……」
「此方の……」
「台詞だッ!!」
「台詞でしょうがッ!!」
荒々しい男女のユニゾンが鼓膜に突き刺さったのか、ハルカAとハニャアの頭にある獣耳がピンと直立するが、レオ丸の耳には念仏の如しであった。
レオ丸は馬耳東風とばかりに耳の穴を穿るが、襟元から囁かれた契約従者の声には素直に耳を貸す。
「主殿」
「はいな」
「戯れは仕舞いでありんす」
「……後、どんくらいや?」
「百を数える間ほどかと」
「なるほど……さて、海底人#8723君」
クルリと背を向けたレオ丸が、意図的に平坦な声で呼びかけると、#8723は何となく其の声色が伴う雰囲気に微かな違和感を覚えた。
「何ですか?」
「自分らは今、何人で行動しとるん?」
「何故、其れを知りたいんですか?」
「……戦力はどれくらい居るんかなって、な?
アンWちゃん、アキNさん、ワシの前へ。
アヤカOちゃん、ミチコKさん、ワシの後ろへ。
……ハニャア君と海底人#8723君も、武器持ってるんやったら、抜いといた方がエエで。
其処の魔法遣いのお二人さんも、構えたステッキは下さんでエエさかい、何ぞ魔法を唱える準備をしといておくれよし」
何が何だか訳も判らずに命令され、ポカンとしたり目を白黒させたりしている、四人の冒険者達。
展開が読み切れず、頭上に透明な疑問符を浮かべた彼らの鼻腔を、不意に濃密な甘い臭いがツンと刺激した。
更に何処からか、実に耳障りな軋む音が重奏となって迫り来るのを、彼らの聴覚は確かに聞き取る。
先ほどまでの暢気な空気は消し飛び、焦燥感を悪戯に掻き立てられるような嫌な感じが蔓延し始めた事に、四人の冒険者達はあからさまにうろたえ出した。
何とも表現し辛い不安感の、正体を知っているのは誰か?
其れを答えてくれそうな相手を、#8723は目を細めて見詰めた。
「レオ丸さん……でしたよね」
「はいな」
「先ほどの問いですけど……」
「仲間が居るなら、早う呼び寄せるんが賢明やで。
処で、ハニャア君」
「何ですニョ?」
「“ナンバショット”って、日本語に翻訳したらどーゆー意味や?」
「“なんばしょっと”ニョ?」
「いんや、“None but shot”や」
「……“発砲あるのみ”?」
「正解や、海底人#8723君」
「其れがどうしたニョ?」
「つまる処、そーゆー事やわ、皆さん方」
ザワザワとした何かが、レオ丸達の眼前にある洞窟の入り口に満ちてゆく。
止め処なく、止め処なく。
「此処がカジノなんやったら、大喜びする処やねんけどなぁ。
“ヒャッハー! ジャックポットだぜ!”ってな?」
「何を阿呆な事を」
抱きかかえていたハルカAを背に回し、左手一本で支えるおんぶの状態に移行させた契約主に、契約従者は襟元からたしなめた。
其れに対し鼻息だけで返事をしたレオ丸は、左右を一瞬だけ見遣る。
多少は状況が飲み込めた様子の冒険者達。
表情は既に、戦士のモノになっていた。
何処から取り出したのかは不明だが、ハニャアは棍棒よりも凶悪な鈍器を肩で支えている。
金属製の柄の先には、鋭利な突起だらけの金属の塊がついていた。
狼牙棒と呼ばれる打撃武器を担ぎ、兵馬俑の将軍像にそっくりな甲冑姿の狐尾族に、レオ丸は失笑を漏らす。
C・S・フォレスターが紡ぐ物語の主人公の、英雄的な英国海軍士官とそっくりな制服を着た#8723が、両手に其々携えているのは盗剣士にしては珍しく、やや幅広の刃の剣であった。
レオ丸がチラリと見ただけでは定かに判別出来なかったが、通常の片手剣ではないようである。
失笑を収め、フッと息を吐き出したレオ丸は、背負ったハルカAを安心させるために、左手に力を込めた。
ゆっくりと傾いて行く陽の光が、レオ丸達の背を明るく照らし、足元の影を長く長く引き伸ばす。
全体の先頭に立つ二体のモンスターの足元から真っ直ぐに延伸した陰の先端が、洞窟の入り口への矢印となりかけた、其の瞬間。
異変が、発生した。
洞窟とレオ丸達のほぼ中間辺りの地面が、僅かに沈んだのだ。
敢えて音で表現するならば、ボコリ、ボコリ、と。
そして。
局所的な液状化現象を起こしたような草原から、敵が現れた。
「アリだーッ!!」
そう叫んだのは、<付与術師>の青年である。
まるで、サバンナ地方の村の宿泊者のような台詞を叫ぶなり、彼は用意していた魔法を天空へと打ち上げた。
「<パルスブリット>!」
基本的に支援型の魔法職である<付与術師>だが、単体での攻撃手段を全く持たない訳ではない。
持たない訳ではないのだが、其の威力は<妖術師>などに比べれば格段に落ちてしまう。
今、ポシュっという間の抜けた音を発して撃ち出された<パルスブリット>も、其の一つであった。
射出速度、連射性能、低いヘイト上昇率と、決してマイナス要素ばかりではないのだが、如何せんダメージ効果のほどは雀の涙ほどしか与えられない。
“光の豆鉄砲”とも揶揄される<付与術師>の特技魔法は レオ丸達の上空高くで綺麗に四散した。
「Mayday、Mayday! 至急応援請います!」
レオ丸の鼓膜に突き刺さるような黄色い声を上げたのは、<神祇官>の女性だ。
仕草からして、此の場には居ない誰かへと念話をかけているのだろう。
「……出来れば、もうちょい早めにしてくれたら有難かったんやが」
「蟻だけに、ニョ?」
「蟻だけに、な♪」
ニコリともせずに軽口を叩くレオ丸とハニャアに、#8723はしかめっ面で溜息を細く静かに吐き出した。
敵との第一次接触戦が、三人の冒険者の前面で行われているからこその、ゆとりであるのかもしれないが。
洞窟からではなく、地面から現れた数匹の<変異蟻>と対峙しているのは、<暗黒天女>と<喰人魔女>の二体。
六本の曲刀で、ゼムアントの大顎を受け止め、触覚や足を斬り飛ばし、隙を突くように首を刎ねている、アンW。
近距離故に節約するような威力の火炎放射をしてダメージを与え、怯んだ隙を狙っては鋭い爪を素早く使い、ゼムアントを引き裂き止めを刺している、アキN。
レオ丸の眷属となる前の強さならば、ものともせぬ程度の相手ではあったが、契約従者となった現在では一対一でも、やや苦労しているようだ。
地下隧道のような狭い空間ならば、多勢に無勢で挑んでも、一対一の戦いに持ち込めようが、生憎ながら現在地は開けた場所である。
次第に劣勢となるが、崩れるまでには至らずに済んでいるのは、重装甲型ビルドのハニャアが側面から支援し、二刀流剣士ビルドである#8723が斬り込みをかけているからだ。
凡そ二分間の戦闘で、ゼムアントの先鋒部隊は全滅する。
沈み行く太陽の光を浴びて、キラキラと輝く数十枚の金貨。
踏み荒らされた草叢に散らばる其れらを拾い集めもせず、レオ丸達は密集隊形を維持していた。
繊細な者ならば、頭痛すら起こしそうなほどに甘い臭いが、更に濃密に現場を包み込んでいく。
きゅおん……
張り詰める空気に耐え切れなくなったのか、ハルカAがレオ丸の背中で鳴いた。
其の瞬間。
大当たりを引き当てたスロットマシーンと化した洞窟は、決壊したダムのように敵を吐き出し始めた。
レオ丸達の居る場所から洞窟までの、彼我の距離は十数メートル。
だが。
其の空間をあっという間に埋め尽くすかの如く、次々と現れ出でるゼムアント。
「<キーンエッジ>ッ!」
味方単体の武器攻撃力を向上させる補助魔法を#8723に飛ばした<付与術師>は、続けて魔法杖を、迫り来る敵へと向けた。
「<ナイトメアスフィア>ッ!」
精神属性ダメージと移動力低下のバッドステータスを、点ではなく面に与える魔法を浴びたゼムアントの群れの中心部分が、恐慌を来たし停滞する。
敵軍の勢いに乱れが生じた機を見逃さず、#8723がしなやかに宙を駆け、上空から二条の斬撃を放った。
「<エンドオブアクト>!」
ばらけた二本の剣の刃が蛇腹状に分割し、大きく撓る。
二条の波打つ刃の鞭は、即死判定を伴った広範囲ダメージを与えた。
十体近くのゼムアントが一瞬にして、光の泡となる。
「<飛び梅の術>」
転移魔法で、ゼムアントの群れの中にポッカリと空いた場所へと移動した<神祇官>は、#8723にヘイト軽減魔法の<物忌み>をかけるや、己には攻撃力強化の魔法をかけた。
「<犬神の凶祓い>」
状態異常でもがいていたゼムアントの残りが、<神祇官>が振り回す三叉槍で一掃される。
「<ヘヴンズロウ>ニョ!」
ハニャアの詠唱に呼応し、陽光とは異なる真っ赤な明滅が上空に幾つも現れた。
其れは、レオ丸達の眼前に迫りつつあったゼムアント達へと一斉に降り注いだ途端、明滅する赤い光の鎖となって一体一体に巻きつき、異形の体をきつく締め上げる。
「粉砕ニョ!」
一瞬にして拘束されてしまった敵先鋒を、ハニャアの狼牙棒がひと薙ぎすれば、瞬く間に三分の二が木っ端微塵となった。
残りは、アンWの剣とアキNの火炎魔法が、どうにか片づける。
見事な連携プレイで、襲い来るゼムアントの群れの半分以上を撃滅したが、洞窟の奥からは更なる敵の増援が姿を見せだした。
「ワシらだけでチマチマ戦っていた時よりは、すっげー楽やけどなー……」
圧倒的なまでの冒険者の攻撃力に、今更ながらに呆れるレオ丸の耳に、何処からか勇ましい音曲が届く。
次第に大きくなる其れは、どう聞いてもアカペラで口遊まれているようだった。
「♪テーッテテ、テーッテテ、テッテテテテン、ジャン♪」
風を切りつつ、背後からレオ丸達の頭上を飛び越えたのは、一人の冒険者。
<盗剣士>と<神祇官>の後ろ、<施療神官>の前に、四回転捻りを決めながら華麗に着地をしたのは、<武闘家>であった。
「『勇者のテーマ』と共に、オレ、見参!」
右手で前髪を掻き揚げ、左手は真横に伸ばした、片膝立ちのポーズが格好良いのか悪いのかは判断が分かれる処であるが。
「オレが来たからには、もう安心だぜ、ブラザー?」
腰を捻りながら案山子のように立ち上がると、両手をクネクネとさせる。
酔拳なのか蛇拳なのかは判別がつかぬ立ち姿を見れば、少なくとも其の冒険者は只の<武闘家>には見えなかった。
ラフな長袖シャツ、色の褪せた安物っぽいジーンズ、そして体の前面を覆うエプロンには何故か、“象戯図式 上等”とプリントされている。
レオ丸の目には何処からどう見ても、実に可笑しな喫茶店の雇われマスターにしか、見えなかった。
何故、ティーカップを載せた銀色のトレイを持っていないのかが、不思議なくらいにレオ丸には思える。
「其れで?」
状況を理解しているのかいないのか、不敵な笑みを浮かべた<武闘家>は、即座にファイティングポーズを取った。
「ふふん、さては、“秘密基地を知られたからには、帰す訳にはいかん!”って状況のようだな、ブラザー?」
<武闘家>が口にする“ブラザー”が誰の事かは判らないものの、どうやら状況は飲み込めているようだ。
其の事にレオ丸は心底、安堵する。
「“帰す訳にはいかん!”と言われても、オレ達には帰りを待っている家族が居るんだからな……」
「貴君は、独身ではないのか?」
容赦のないツッコミが、<武闘家>を不意討ち食らわせた。
ガサガサと音がしてレオ丸の右側の茂みが揺れる。
「言葉は正しく使いたまえ。誤謬も誤用も辞書には不必要なのだから」
新たに登場した冒険者は、<森呪遣い>であった。
だが彼も、<森呪遣い>の肩書きを名乗るには相応しくない格好である。
ポマードで髪をかっちりと固め、吊るしの背広を着込み、寸分狂いなく真っ直ぐにネクタイを締め、ピカピカに磨き上げられた革靴を履き、右手には万年筆のような物を、左手には百科辞典のように分厚い書籍を持っていた。
「……居ないけれども、……帰る場所はあるんだ!」
「うむ、其れならば認可しよう」
威嚇をし続ける、巨大なアリの群れ。
其れと対峙する、英国海軍士官姿の青年と古代ギリシャの巫女風の女性。
眼前には、古代中国の将軍然とした獣耳の青年。
神話から飛び出して来たような、<暗黒天女>と<喰人魔女>。
背後には、<夢魔の黒烏>を抱えた<煉獄の毒蜘蛛>と、<桂花麗人>と<冥界の毒蠍>を背に跨らせた<獅子女>。
背におんぶしているのは、<荼枳尼女御>。
最前までは幻想な世界であくせくしていると、レオ丸は思っていた。
理科系の大学で教鞭を執る研究者そのものの衣装を着た青年が、ずっと後ろに居るものの、網膜に映っていなければ問題はないし、現に彼は魔法の使用者である。
多少強引でも、未だ夢幻世界だと言い切る事が出来た。
処が、だ。
新しく追加されたキャラクターは、牽強付会に過ぎる妄想をワンパンチで打ち倒すような、現実という豪腕を容赦なく振るっている。
其の破壊力たるや、抵抗も叶わぬほどに圧倒的であった。
ワシの立場ではアレやけど、何や真面目に空想でヒーコラしてんのが、阿呆らしい気分やなぁ?
戦闘中にも関わらず、全てを投げ出したい心地になったレオ丸。
「さて、待たせたな諸君」
「もう安心だぜ!」
慇懃な台詞を吐く背広姿と、やたらハイな文句を口にするエプロン姿に、#8723は草臥れ果てたように項垂れた。
代わりに不平を漏らしたのは、<神祇官>である。
「遅いじゃないの、当方無敗。
T&S&R&Rも、もう少し早く来れたでしょうに!」
「無理を言うなよ、グラーフ・ユッキリン。
此れでも一生懸命に、……歩いて来たんだぜ?」
「走れよ! 歩いてんじゃねーよ!」
「まぁまぁ待ちたまえ、諸君。……百万理力も、落ち着き給え。
私達は同じく、<D.D.D>の同僚ではないか?」
「新規参入の、寄せ集めだけどな?」
レオ丸の前の方と後ろの方とで、不毛な言い争いが始まった。
きゅおん?
戦時下特有の刺々しさが微妙に薄れた事に、ハルカAが不思議そうな声を出だす。
「……<D.D.D>って、アキバの精鋭ギルドやなかったっけ?」
「例外は、何処にでもあるんですニョ」
「わっちからすれば、<冒険者>は皆似たようなものでありんす、よ」
緊張感は何処へやら。
本物の戦闘を前にして、勝手にワイワイと言い争う冒険者達を他所に、洞窟の入り口には益々殺意が高まり出していた。
「いい加減にしろよ、<D.D.D>! ……来るぞ!」
なけなしの緊張感を奮い立たせた#8723が、鋭く叫ぶ。
「生産系と違うんだろうが、戦闘系は、よ!
さっさと蟻の化物を殲滅させないと、日が暮れちまうぞ!
夜間戦闘なんざ、俺は御免だぜ!」
「全くですの」
#8723が放った苛立ち紛れの台詞を引き取ったのは、レオ丸には聞き覚えのある女性の声であった。
「さっさと、潰しますの」
地表を埋め尽くさんばかりに、ドッと溢れ出たゼムアントの集団。
其の上方、土塊の山の頂から降って来たのは<守護戦士>。
コバルトブルーの金属鎧に小柄な身を包んだアイコ・ザ・GODslayerが、敵軍へ深々と斧槍を打ち込み、ゼムアントを二体纏めて両断し、小さなクレーターを草原に穿つ。
抉られた大地の周囲に居たゼムアント達は、為す術もなく見事に吹き飛んだ。
耳障りな軋む鳴き声が、其処彼処で沸き起こる。
其れが、第二ラウンド開始のゴングであった。
凡そ五分後。
肩を寄せ合う眷属達を背にして佇むレオ丸の目の前で、ゼムアントの最後の一体が止めを刺された。
独りと数体では逃げ回るしかなかったモンスターの群れも、冒険者の集団の前では碌な抵抗も出来ず、虚しく光の泡と化す。
「アッと驚くタメゴロー! ……だすなぁ」
「其処は“ビックリポン!”で宜しいやん、旦那さん?」
「ワシは古い人間やさかい、横文字は苦手だすねん」
「そーだすか」
「へぇ」
「……其処で、けったいな妖と漫才していやはる、あんさん」
<彩雲の煙管>を吹かしながら高見の見物を決め込んでいたレオ丸の肩を、不意に叩いたのは朗らかながら低い声。
一応お約束として、意味もなく左右をキョロキョロと見渡してから、レオ丸は右手の人差し指を鼻先につきつけ、キョトンとした表情を作る。
レオ丸の真横から呼びかけたのは、アイコ・ザ・GODslayerの直ぐ後に、戦場へと駆けつけた冒険者だった。
紺糸威丸胴の甲冑の下に深紫地の小袖を着ている総髪の青年の、冷たくも楽しげな眼差しが、<淨玻璃眼鏡>で隠したレオ丸の瞳の色を鋭く射抜く。
組んでいた腕を解くと其処に現れたのは、意匠化された剣酢漿草と児文字があしらわれた胴具足である。
五色の煙を鼻から漂わせつつ、レオ丸は相手の顔色とステータスを値踏みするように、遠慮なく眺める事にした。
< 名前 / 田崗十目六 ><所属 / D.D.D >
< メイン職 / 武士 / Lv.90 >< サブ職 / 毒使い >
< 種族 / エルフ >< 性別 / 男 >
サブ職と、鎧にあしらわれた児文字のデザインに、レオ丸は片腹に腹痛を覚える。
隣の冒険者が、誰のコスプレをしているのかが判ったからだ。
「ワシの事でっか、……“三郎右衛門尉”殿?」
「然様ですわ……御坊。あんさんには、ちょいとお尋ねしたき儀がおますねんけどなぁ、……お答え願えますやろうか?
其れと、ワテの事は“和泉守”って呼んでもらえたら嬉しおますねんけど?」
「スマンなぁ、ワシにとっての“和泉守”は“与右衛門”殿だけやねん。
ホンで、……お尋ねしたい儀って何なん?」
「コレについて教えて欲しいんですよ、ブラザー?」
レオ丸の視界の外から、圧し折れた剣を突き出したのは当方無敗である。
此れ見よがしに其れをブラブラとさせながら、レオ丸の前へと回り込む。
「知りまへんなぁ」
<彩雲の煙管>を咥え直し、わざとらしくそっぽを向くレオ丸。
「ほぅ?」
「あらぁ?」
「本当ですの?」
T&S&R&R、グラーフ・ユッキリン、アイコ・ザ・GODslayerが次々と、レオ丸を取り囲むように肩を並べる。
更に其の背後に、<D.D.D>のギルドタグを着けた冒険者達が。
ハニャアや#8723などの別のギルドに属する者達も合わせれば、総勢十四名の冒険者達に取り囲まれては、流石のレオ丸も冷や汗と脂汗を垂れ流すしかない。
「ノーコメント! …ってな陳腐な言い回しはワシのプライドが許さんのである、さかいに……」
「旦那さんに、プライドなんておましたんか?」
「主様、嘘はいかぬと思いますゆえ」
「しゃべりゃあいーじゃん、ご主人さん♪」
「旦那様、土壇場ですか?」
「諦めも肝心でありんす、主殿」
背後と襟元からかけられたのは、精一杯の応援ではなく、何とも無慈悲な言葉ばかりである事に、レオ丸は首をがっくりと折った。
きゅおん?
其の頼りなさげな背に負われたハルカAが、気遣わしげに鳴くと、俄かに頭をもたげて天を仰ぐレオ丸。
「“兵具ひつしと並べしは~、さながら修羅獄卒が~。
八逆五逆の罪人を~呵責にかくるごとく也~。
いたはしや~小野姫~あらき風にも~あてぬ身を~。
裸になして~縄をかけ~。十二の梯子に~。
胴中を縛りつけ~哀れもしらぬ~~~……”冒険者っ、てな?」
突然。
近世浄瑠璃の嚆矢とされる大作の一節を、義太夫のように唸り始めたレオ丸に、十重二十重に取り巻く冒険者達は一様にギョッとした顔つきで、一歩後退る。
「まぁ隠蔽工作しなアカン事もそないにあらへんし、黙秘権を行使する必要性もそないにあらへんし……」
レオ丸は頭の位置を水平に戻し、咥えたままの煙管をピコピコと上下させた。
「まぁ、ほな、きりきりと白状させてもらいまひょか♪
“残れとは 思ふも愚か 埋み火の 消ぬ間徒なる 朽木書きして”ってな事を近松のジジイも言うてはるように、ワシの言う事も、束の間の戯言やけどね?」
今回からは又、『お気に入りユーザ登録に感謝でござる祭り』の第三弾にて候。
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