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第伍歩・大災害+68Days 其の漆

 やぁやぁ、頑張りましたですよ。

 明日は私の四十七回目の誕生日ですんで、其れまでには何とかと、頑張りましたですよ♪

 そして。

 今回のお話には、東方不敗様の御作『 電気代払えませんが非電源アナログゲームカフェなので心配ありません』の第62回『ラビリンス』http://ncode.syosetu.com/n0534cw/62/に触発された箇所がございます。

 当方に取りまして、とてもとても懐かしいネタでもありました故。

 東方不敗様には、厚く御礼申し上げます(平身低頭)。


 ルビの不備と表現の曖昧さを一部、訂正致しました。(20160210)

 闇に閉ざされた世界の其処彼処で、撃剣の硬質な響きが立ち、絶え間なく断末魔が上り、光の泡が音もなく生まれては消えていく。

 闘諍と騒乱の合間に聞こえるのは、数多くの金貨が地面に散らばる音だ。


「“我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である”、引用ば~い芥川龍之介御大ってか」


 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の暗視機能の御蔭で、光なき地下空間でも視界がクリアなレオ丸には、モンスター同士の抗争の全てが見えていた。

 四方へと伸ばした蔓草で敵を絡めとり、巨大な口で噛み砕く<人喰い草(トリフィド)>。

 機敏な動きで敵を撹乱し、四肢の鋭利な爪で引き裂く<魔狂獣(ダイアビースト)>。

 其の長く太い胴体で、万力のように敵を絞め殺す<洞穴大蛇(ケイブスネーク)>。

 集団で鉄の壁となり、敵の攻撃を防ぎ止める<彷徨う鎧(リビングアーマー)>達。

 不気味な蠕動をしつつ、唯一の武器である溶解液を敵に吹きかける<巨大な地虫(ワーム)>達。

 防衛線を突破して来る敵を、集団で押し包み撃滅する<動く骸骨(スケルトン)>達。

 だが最も多くの敵を屠っているのは、レオ丸の契約従者達である。

 六本の腕に握られた六本の剣を縦横無尽に振り回し、敵を斬り飛ばす<暗黒天女(カーリー)>。

 <首無し馬(コシュタ・バワー)>の蹄と、右手で振るう剣で敵に止めを刺す<首無し騎士(デュラハン)>。

 契約主の前で立ちはだかり、敵を威圧している<獅子女(スフィンクス)>。


「……架空やのうて明確に見える敵がこんだけ居ると、恐怖はなくても武器を執らざるをえんはなぁ?」

「何を暢気な感想を……」


 背後から<吸血鬼妃(エルジェベト)>が漏らす溜息に、レオ丸は眉を左右非対称に上げ下げした。

 意識的に冷静さを保たせながら、戦況を勘案すれば。

 レキシントン・コンコードの戦いを再現するかのように、戦列歩兵戦術に徹する<変異蟻(ゼムアント)>の軍勢。

 多様な戦闘能力を組み合わせ、数の劣勢を物ともしないモンスター軍団。

 レオ丸が見る限りでは拮抗以上優勢未満、安心材料は皆無であった。


「バートランド・ラッセル御大の曰く、“戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ”ってなぁ?

 今は此方が先制点分のリードを保ってるけど、五分後には同点、十分後には逆転サヨナラされるやもしれんねぇ……。

 そろそろ、代打策かリリーバーを投入する頃合いやけど、どーするかな?」


 悩む素振りすら見せず、レオ丸は僅かに腰を屈めるや、<桂花麗人(ドリアード)>を両手で掴み上げ、アヤカOの背へと乗せる。

 続けて、<冥界の毒蠍(セルケト)>も乗せた。

 更に<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>を右脇に、<夢魔の黒烏(モリガン)>を左脇に抱え込むや、周囲で鳴り響いている戦場の騒音に掻き消されぬよう、鋭い声で契約従者達へ矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「ユイAちゃん、一旦お帰りよし!

 アンWちゃん、こっちにおいで!

 アヤカOちゃん、ちびっ子達を落とさんように!

 天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! アキNさん、出番だっせ!

 ほいで、どれがエエかな、アマミYさん?」

「此方でありんす」


 ひとっ飛びで、<首無し馬(コシュタ・バワー)>と共にレオ丸の元へとやって来たユイAがレオ丸の足元に沈み消えるや、変わりに現れ出でたのは青黒い肌をした<喰人魔女(キルケー)>だった。


「お呼びでっか、旦那(だん)さん?」

「せや、アンWちゃんと一緒に道を作ってんか?」

「ドカチン仕事ですかいな?」

「違うわ!」

「ほな、どないな感じで?」

「何でもエエさかい景気よう、ブワッとやったってんか!」

「はいな!」


 両手を広げ、目一杯に息を吸い込んだアキNは、爬虫類のような瞳を煌かせるなり大口を開け、火炎魔法を吐き出す。

 トリフィドを喰い散らかし光の泡へと変えた<変異蟻(ゼムアント)>の群れを、綺麗に嘗め尽くし焼き払う青白い劫火。

 妖しい炎が消え去らぬ其処を、無数のコウモリのような小さな影が疾風のように過ぎ去り、アキNとアンWが駆け抜ける。

 そして二体のラスボスを小脇に抱えたレオ丸が走り、其の後を背に乗せた二体のラスボスを翼で包んだアヤカOが疾駆して行った。

 ダンジョンから遠征してきたモンスター達が死闘を繰り広げる最中を、レオ丸達は立ちはだかる障害を薙ぎ払いながら突き進む。

 変幻したアマミYが飛び込んだのは、ゼムアントの姿が全く見えぬ一つの穴であった。

 アキNとアンWの次に身を投じたレオ丸は、チラリと後ろを振り返りながら最後の命令を発する。


「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! ミチコKさん、カマーン!」


 走り続けるレオ丸の足元から顕現した<煉獄の毒蜘蛛(アラクネー)>が、アヤカOの背後につき、鋼よりも硬い<カンダタの糸>を黙々と吐き出した。

 追撃を防ぐべく、隧道を閉ざして行く闇にも鮮やかな白い糸。

 其の向こう側から引っ切りなしに、モンスター達が殺し合う音が聞こえて来る。


 きゅおん……

 ぷしゅー……

 きしゃー……

 くあー……


 仲間と離れ離れになったのが寂しいのか、其れとも不安を覚えたのか。

 <荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>の耳は垂れ、<桂花麗人(ドリアード)>と<冥界の毒蠍(セルケト)>は肩を寄せ合い、<夢魔の黒烏(モリガン)>は翼を小さく丸めていた。

 何とも心細げな鳴き声を上げる四体を慰めたいのは山々であったが、今のレオ丸に出来る事は、兎に角少しでも、戦場から遠ざかる事だけである。

 右へ左へ、左へ右へ。

 右往左往と言い換えても良い遁走を続ける事、凡そ十分。


「……此の辺りまで来れば、一息つけるでありんしょう」

「……みたいやけれど……此処は何処なん?」

「然様な事、わっちが知るはずありんせん」

「せやろねー」


 敵の少ない処、居ない方向へと走り続けた結果、レオ丸達は完全に迷子と成り果てていた。

 もし仮に、レオ丸のサブ職が<地図屋>であれば、其の固有スキルである<地図製作(オートマッピング)>を作動させる事により、全体図を想定する事が出来るであろう。

 だが残念な事に、レオ丸のサブ職である<学者>は、其処まで便利なスキルは持ち合わせていなかった。

 <学術鑑定>と<精密真写>を組み合わせても、通った道順を精確に記憶しているだけである。

 <地図屋>のスキルであれば、脳内において経験則から得られる情報を加味した地図を、思い描く事が出来たのだ。

 空白を推察で埋める事が出来る、<地図屋>。

 空白は空白のままでしか記憶出来ない上に、推察で置き換える事も出来ない<学者>。

 全てがゲームでしかなかった頃には、どちらもロール系サブ職のひと括りであったが、全てがリアルになれば明確な差異が生じてくる。

 使い辛くとも使えぬ訳ではないのだが、使えるからといってオールマイティーだとも言えない。

 須らく全ては、工夫次第。

 未来世界の猫型ロボットも居ない現在、レオ丸には其処までの余裕は、なけなしほどにも持ち合わせていなかった。

 今出来る事と言えば、活発な心拍数と荒い呼吸を整える事だけである。


「ほな……まぁ……アマミYさん……」

「何でありんしょう?」


 人型ではなく、闇よりも昏い旋風状になっている<吸血鬼妃(エルジェベト)>が何処からかは定かでない場所から、静かな声を発した。


「ぼちぼちと、再開しようか?」

「どちらへと行くのが御望みでありんすか?」

「せやねー」


 暗に提示された二つの道。

 寸暇の逡巡の後にレオ丸は、楽とは言えそうもない方を選ぶ事にした。


「したらば、出来る限り途中経過を省きながら、力ずくで解決出来そうな方へと道を探って頂戴な。

 無難な棚上げ策は、其の後でもエエやろうし」

「了解でありんす」


 バラリと解けた旋風は、コウモリに似た小さな影の群れと相成り、隧道の奥へと吹き抜ける疾風に変じて行く。


「スティーブ・ジャクソン大先生の創り上げたシステムにゃらば、2d6振って行き先を決めるんやけどねぇ?

 “十字路だ。北に進む、43へ行け。東に進む、208へ行け。南に進む、252へ行け。西に進む、240へ行け。

 ……行った先で鬼が出るか、蛇が出るかは行ってみないと判らんけどね?

 希望的な展望はあれども、方眼紙はないしなぁ」

「旦那様」

「はいな、ミチコKさん、御疲れ様でした。

 後門の虎への対策は完了したし、前門の狼へと挨拶しに行こうか?」


 レオ丸は、力なく身を縮こませたハルカAとクララCを抱きかかえ直し、眷属(ファミリア)を伴い再び前へと歩き出した。



 幾つかの二股の分かれ道や三叉路の角を曲がり、時には窪みに身を潜めながら進み続けて、暫くが過ぎた頃。

 最初に、其れに気づいたのはアンWだった。


「ご主人さん」

「ん、どないしたん?」

「何かが転がってるです」

「……何かって、何や?」

旦那(だん)さん、鎧兜のようなモンだっせ」

「鎧兜?」

「はいな」


 一行の先陣に立つ二体のモンスターが立ち止まり、足元を見下ろしている。


「そいつぁ……リビングアーマーかいな?」

「違うと思いますです」

「踏み潰しても返事がおまへんさかい、屍のようでっせ」

「もっと穏便に調べんかい」


 やれやれと首を振りながらレオ丸が近づき確認すれば、ひと揃えの鎧兜が確かに転がっていた。


「ホンマやねー、……しかも報告通りに一部がひしゃげてんなー」

「本当ですよねー」

「ホンマだすなー」

「アンタがしたんやろうが、アキNさんよ?」


 近づいて屈み、<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>越しに検分すれば、其れほど古びた感じはしない。

 装備は頭部から順に、フルフェイス・タイプの(ヘルメット)頸当(ゴージット・プレート)喉当(ラッパー)

 両手部は、肩当(ポールドロン)上腕当(リヤープレス)肘当(コーター)腕当(バンブレス)篭手(ガントレット)

 胴体は、胸当(ブレスト・プレート)腰当(タス)

 下半身は、腿当(クイス)膝当(ポレイン)脛当(グリーブ)鉄靴(サバトン)

 キルトか何かの布製の鎧下(ギャンベゾン)を含め、プレートアーマーが欠損部分なく一式、仰向けの状態で其処にあった。

 更に仔細に眺めれば、断片から判断するに戦闘用に作られた物ではなく、細部にまで装飾を施された儀式用甲冑(パレードアーマー)のように、レオ丸には思えた。


「此れならば、毛を刈る前の羊の方が余ほど頑丈でありんすね」


 いつの間に戻って来たのか。

 レオ丸の頭に止まった小さな一片の黒い影が、蔑みを滲ませた的確なコメントを付加する。

 <喰人魔女(キルケー)>のひと踏みで、簡単にペシャンコになったヘルメットの傍に落ちているのは、圧し折れた長剣(ロングソード)と引き千切られた小型盾(バックラー)


「さても、鉛の兵隊の方が強そうかと」


 土汚れで色がくすみ、クシャクシャになっている青いマントを爪先に引っかけたアヤカOが、瞳を細めた。


「二人共、容赦ないなー……、事実やけども」


 大地人の貴族の物と思しき遺品に、レオ丸は心の中で合掌する。


「餌にされるか、何かの理由で此処へと引き込まれたんか?

 其れともウッカリと迷い込んで、武運拙く朽ち果てたんか?

 いずれにしても、運がなかったよーやな」

旦那(だん)さんの末路みたいでんな?」

「不吉な事言いな、フラグを立てんな!」

「其れよりも、主殿」

「けったくそ悪いなぁ、もう!」

「主殿?」

「えーんがちょ……はい、何やろうか?」


 頭頂部にチクリと感じた激痛に、レオ丸は素早く気持ちを切り替えた。


「後少しで、到着するでありんす」

「ほう?」


 レオ丸はゆっくりとした動作で立ち上がり、ミチコKへと顎で合図を送る。

近寄る契約従者に抱きかかえていた二体のラスボスを預けると、引き結んだ口元に緊張感を漂わせながら歩き出した。

 スタスタと前進する契約主の頭から飛び立った小さな影は、凡そ二十メートル先で渦巻く闇よりも昏い影の柱へと吸い込まれる。

 其の横で立ち止まるレオ丸の視界の先には、ダンジョンの最下層に匹敵するほどの地下空間が広がっていた。


「おやおや、まぁまぁ」


 レオ丸の口が、への字に歪む。


「……まさか、怖気づいたでありんすか?」

「いやまぁ、半分正解やねんけどね……」

「後の半分は、何でありんす?」

「……お約束も此処に極まれり、ってな気分でな」


 漆黒のドレス姿へ変幻したアマミYが両肩に手を置くのも気にせず、レオ丸は溜息と共に台詞を吐き出した。


「ごっつぅ、呆れたんやわ」



 人の手による設計図に従って造られたとは到底思えぬ、歪な方形の大空間。

 見上げれば天井はデコボコしており、壁面も丁寧な処理がなされていない。

 見下ろせば床には、至る処に奇妙なオブジェが散乱していた。

 濃密に立ち込める甘い香りに、レオ丸は咽返りそうになる。

 吐き気を堪えながら見渡す大空間の、其の中央。

 其処に、ソレは居た。


 全長は優に、二十メートル以上はあるだろう。

 小型車に匹敵しそうなサイズの頭部。

 赤錆びの浮いた鉄骨の如き六本の脚を生やした有翅体節と、其れに続く腹柄は意外と小さい。

 だが。

 長大な腹部は、全体の三分の二以上を占めていた。

 ぼんやりと黄色く光る其の腹部は、柔らかそうにブヨブヨとしており、ブルブルと脈動しながら微かに上下運動をしている。


【 女王変異蟻(ゼムアント・クイーン) 】

 <レベル/80> <ランク/パーティ×4>

 <出現場所/地下>

 <出現頻度/稀少>

 <攻撃/???>

 <行動/???>

 <移動/???>

 <防御/外皮強度・???>

 <魔法耐性/???>



 耳にこびりつく、粘着質で実に嫌な音を立てながら、腹部の先が何かを地面に吐き出した。

 尖り捩れた奇妙なオブジェのように見えるのは、拙い推理を働かせるまでもなく、ゼムアントの卵だろう。

 満遍なく床を埋め尽くす前衛芸術作品に良く似たソレが、新たに一つ追加されたのを見て、レオ丸の口中に苦いモノが湧く。


「……とある映画で見たシーンと、全く一緒やなぁ。

 コレが所謂一つの、デジャブーってヤツかいな?」


 呻くように呟く、レオ丸。


「違うんは、クイーンのデザインと、シチュエーションと、卵の大きさだけやろうか?」


 遙か未来の、宇宙の彼方の植民地を絶滅させた怪物の卵よりも、其れは一回以上大きかった。

 少なくとも。

 核実験の影響で巨大化した爬虫類系怪物が、大都会の競技場に産みつけた卵よりは小さい事に、レオ丸はほんの少しだけ安堵する。

 何故ならば。

 成虫の姿のままで孵化するのではない、という事が判ったからだ。

 しかし。

 其れが此れっぽっちも安心出来る要素ではない事に、レオ丸の抱いた安堵感は急激に萎む。

 反対に膨れ上がったのは、純粋なる恐怖であった。

 音を、空気の振動として感知する触覚を盛んに蠢かしたゼムアント・クイーンが周囲の異変を察知したのか、俯けていた頭を振り上げ、左右に振る。

 其の動きが、不意に止まった。


 CLATTER! CLATTER!


 鉄骨切断機とも称される油圧クラッシャーよりも凶暴な、巨大な顎を噛み鳴らすゼムアント・クイーン。

 マンホールよりも大きく、そして歪んだ形をした一対の複眼が数メートルの高さから睥睨し、レオ丸の全身を確りと捉える。


 CLATTER! CLATTER!


 視線を合わされてしまったレオ丸の、口の中に広がっていた苦いモノが瞬時にして涸れてしまった。

 カラカラに渇き、ひりつく喉から辛うじて、レオ丸は名前を一つ絞り出す。


「……アキ……N……さん……」

「はいな、旦那(だん)さん♪」


 アマミYに支えながら漸くにして直立するレオ丸の鼓膜に、緊張感の欠片もない弾んだ声が突き刺さる。


「……か……」

「はい?」

「……てんか……」

「はっきり言いなはれ、旦那(だん)さん。

 斑蚊かって、もうちょいマシな羽音でプンプン言いまっせ?」

「焼いて……んか」

「何をだっしゃろ?」

「エエから此処を、焼き尽くしてんか!」

「ミディアムで宜しいんか?」

「ベリーベリーベリー・ウェルダンやッ!

 跡形残らんくらいに消し炭にしてまえッ!!」

「あらほらさっさの、ブワッとな!」


 <喰人魔女(キルケー)>が放つ火炎魔法が、地下の大空間に一条の青白い明りを灯した。

 乱雑に産みつけられた卵の、其の表面を覆う粘液に可燃性物質が含まれていたのだろうか。

 炎が舐めた途端に、次々と燃え上がる奇妙なオブジェ群。

 引火が引火を呼ぶ度に、モンスターに成り損ねた命が弾け、光の泡を宙へと噴き上げて行く。

 内包していた命を失った卵は砕け、残骸を周囲へと撒き散らした。

 軋むような悲鳴が上がる。

 其れは、無数の我が子を無残に殺された母親の慟哭であった。

 より精確を期すならば。

 レオ丸の耳には、そう聞こえたのだった。


「主様、此れで宜しかったのかと?」

「何がかな、アヤカOちゃん?」

「話し合いをなさる御積りではと思いましたゆえ」

「いやいやいやいや、無理無理無理無理!

 ネヴィル・チェンバレン氏やあるまいし、あんな人外の化物に宥和政策なんか、ワシには絶対に無理!

 理性的に考え直したら、生理的には受けつけへんし!

 そもそもからして、いかれたデカさの昆虫と平和的な会話を図ろうやなんて、浅はか過ぎたわ、無理があったわ!」

「……私は?」

「ミチコKさんは、昆虫やのうて蜘蛛やから、問題なし!」


 <獅子女(スフィンクス)>と<煉獄の毒蜘蛛(アラクネー)>の疑問に即答するレオ丸の視線が宙を彷徨ってから、劫火に包まれる床へと落ちる。

 青白い炎と橙色の炎が乱舞する其の狭間、黒く焦げた卵の破片の隙間に、白い輝きがチラリとした。

 其の輝きは、レオ丸の記憶を刺激する。

 突如、地面に這い蹲る契約主の姿に、眷属(ファミリア)達は一様に首を傾げた。

 レオ丸は、両手を大きく動かして地面を掻き、右の拳を何度か打ちつけてから素早く立ち上がり、ミチコKの両手を掴む。


「ハルカA!」


 きゅおん?


 名前を呼ばれた、<煉獄の毒蜘蛛(アラクネー)>が抱きかかえる小さなモンスターの内の一体が、キョトンとした表情を見せた。


「仲間を、……仲間を、呼んでくれるか?」


 奪い取るように抱き寄せた<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>の鼻に、自分の鼻先がつくほどに顔を接近させたレオ丸は、懇願するように依頼する。


「大きな声で、精一杯の大きな声で、呼びかけてくれへんか?」


 煤けた臭いが甘い臭いと入り混じり、破裂音と耳障りな悲鳴が渦巻く地下空間に、甲高い鳴き声が木霊した。

 此れで良いかと問いかける円らな瞳に、レオ丸は歯を見せて笑いかける。


「もっとや、もっと大きな声でや!」


 コクンと頷いたハルカAが今一度、可愛らしい口を大きく開いた。


 きゅおーーーんッ!! きゅおーーーんッ!! きゅおーーーんッ!!


 すると、其の声に触発される何かがあったのか、ミチコKの両腕に抱かれたままのクララCも叫び出す。


 くあーーーッ!! くあーーーッ!! くあーーーッ!!


 更に、アヤカOの背に片寄せあってしがみついていた、エミTとアヤメGも戸惑った様子で顔を見合わせてから、揃って声帯を振り絞った。


 ぷしゅーーーッ!! ぷしゅーーーッ!! ぷしゅーーーッ!!

 きしゃーーーッ!! きしゃーーーッ!! きしゃーーーッ!!


 けたたましい四種類の鳴き声が、灼熱地獄の様相を見せ始めた大空間の壁で乱反射し、凹凸の激しい天井で四方に拡散するや、床へと降り注ぐ。

 首を傾げたままの契約従者達は、何が始まったのかと疑念を抱きつつも、また契約主が何かの思惑あっての事と勝手に納得し、事の推移を見守り続けた。

 不意に。

 レオ丸の背後で、其れまでにはなかった一つの異質な音が鳴る。

 何かが引き千切られるような、柔らかくも危険な音が。

 恐る恐るといった動作で、赤々と炎が燃え盛る大空間へと向き直った、其の時。


 CLATTER! CLATTER! CLATTER! CLATTER!


 硬質な音が、レオ丸の鼓膜をつんざいた。

 みちり、みちり、と柔らかい物が千切り取られる音が連続し、やがて止まる。

 レオ丸達の視界の先で、寝そべるように蟠っていたゼムアント・クイーンが立ち上がっていた。

 ビルの骨組みに使用する鉄骨にしか見えない、六本の足に支えられた胴体は、かなり短くなっている。

 産卵のために肥大化した腹部が、失われていたからだ。

 安住の巣ではなくなった大空間と同じく、不必要となったためにゼムアント・クイーンが自ら引き千切ったのである。


「うん、そんな展開になるんは、随分昔の映画で観たさかいに、ワシ、知ってんねん……」


 譫言が、レオ丸の半開きの口から零れ落ちた。


「主殿」

「ご主人」

旦那(だん)さん」

「旦那様」

「主様」


 ひたすらに鳴き続けるラスボス達の雄叫びの合間から、契約従者達の気遣わしそうな声が投げかけられる。

 其れを一身に受けたレオ丸が、徐に右手を挙げた。

 左手一本で抱かれたハルカAの瞳が、不安そうな色に染まる。


「エエか皆、ワシが合図したら……」


 新たな音がした。

 発生したのは、レオ丸達とゼムアント・クイーンとのほぼ中間辺りで、だ。

 其れは振動を伴っており、消し炭と化していた卵の幾つかが無残に砕け散る。

 次の音は、先の音よりも鈍く鳴り響いた。

 地鳴りのような重々しい音と振動は、間断なく床を揺らせる。

 警戒するかのように頭を振り、一歩目を踏み出すゼムアント・クイーン。


「……撤退や」


 大顎を噛み鳴らし、二歩目を踏み出すモンスターから視線を外す事なく、レオ丸は命令を紡ぐ。


「後先考えずに、来た道を全力疾走するさかいに」


 其の間も、床の一箇所を発生源とする音と振動は鳴り響いていた。

 苛立ったように宙を振り仰ぎ、耳障りな歯軋りを奏でるゼムアント・クイーン。

 其の太くて長い足が、大仰に振り上げられ、床に打ちつけられる。

 また違う、音がした。

 今度は、何かが崩落する音だ。

 ヒビ割れる音もした。

 そして、其れが現れる。

 レオ丸が予想し、待ち望んでいたモノが。

 萎れていた耳をピンと立て、千切れんばかりに尻尾を振り回し出す、ハルカA。

 其の喜びようは、エミT、アヤメG、クララCへと伝播する。

 四体のラスボス達それぞれが、表情と仕草で最大限の喜びを表わした。


 GWAOOOOOOOOO!!


 大理石が敷き詰められていた床を突き破り、首をもたげる<鋼尾翼竜(ワイヴァーン)>。

 散乱する破片が足元へと転がって来た刹那、躊躇なく振り下ろされるレオ丸の右手。


「地底、GO! GO! GO!」


 首を長く伸ばしたワイヴァーンが鋭い牙だらけの口を開き、眼の前に聳える鉄骨のようなものへと噛みつき、力一杯に頭を振った。

 数本の亀裂が走る床面に、バランスを崩したゼムアント・クイーンが倒れるや、其の重量と衝撃が崩落を崩壊へと誘う。

 破滅的な音が溢れ出した大空間に背を向け、隧道を疾駆するレオ丸。

 其の背後を追い駆ける、契約従者達。

 杖状武器(スタッフ)の代わりになるかと、圧し折れた長剣を拾う時もレオ丸の足は止まらない。

 其れ以外の鎧騎士の遺品は、レオ丸の眷属(ファミリア)達に蹴散らされた端から、スクラップへと変わり果てた。

 走る、駆ける、駈ける。

 右手には折れた武器を、左手には<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>を抱きながら、一目散に逃げるレオ丸。

 其の進路上に、分岐が現れた。

 一瞥しただけで、レオ丸は左へと進路を切る。

 其れは、初めて通る隧道であった。

 レオ丸が選択したのは、来た道とは違う方だ。

 偶さか、見知った道筋に出くわしても、サブ職<学者>の基本スキルで克明な記憶に裏づけされた判断に基づくため、間違える事なく未踏の隧道を、見知らぬ方向へと退路を選び続けた。

 其の上で、選択肢が二つ以上あれば少しでも上向きの傾斜がついた方を、躊躇なく選び取るレオ丸。

 途中、幾度かゼムアントに出くわしたが、何れも単体であったため通行の妨げにすらならなかった。

 遁走する一行に遭遇したゼムアントは全て、レオ丸に殴られ、アンWに切り刻まれ、アキNに引き裂かれ、アヤカOに踏み潰され、光の泡へと姿を変えて行く。

 彼らの通り過ぎた後には、拾われなかった金貨が其処彼処に転がっていた。


「……そろそろ、もったいないお化けに襲われるんかもな?」

「主殿」

「ダンジョンから此処に至るまでの金貨を全て拾ってたら、小金持ちくらいには成れたかもしれへんなー」

「主殿!」

「はいな!」

「あの場所が、あのようになっていると御存知だったのでありんすか?」

「え? ……ああ、アレかいな」

「然様でありんす」

「はっはっはー! メッチャ偶然や! 実に超ラッキーやったねぇ♪」


 胴体の半分よりも短めな両足で一生懸命に走るレオ丸の横で、漆黒のドレスの裾を揺らす事なく滑るように併走するアマミYは、薄い唇を引き攣らせる。


「此のままで行けば、謎の地底都市を警備する謎の地底ロボットにでも邪魔されへん限りは、無事に逃げ延びる事が出来そうやね♪」

「然様に上手く行けば……良いでありんすねぇ」


 GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……


「主様」

「はいな、アヤカOちゃん?」

「背後から……またもや聞こえて来ましたゆえ……」

旦那(だん)さんが、フラグを立てはったからでっせ!」

「ねぇねぇ、剣舞する? 剣舞して良い?」

「……如何なさいますか、旦那様?」

「例えゴールが七百キロ先にあろうとも全速前進、全力で突っ走るんや!」


 徐々に押し寄せて来る、何とも嫌な擬音をプレッシャーに感じながら更に走る事、十数分。

 漸くにして前方に、光が見えた。


「もう少しや、皆、気張りや!」


 最後の直線は、百メートルほどの急勾配。

 マラソンコースならば、心臓破りと称されても可笑しくない傾斜を、速度を落とす事なくレオ丸は駆け上がる。

 後五十メートル、後二十メートル、後十メートル。

 そして。

 残り後五メートルが、三メートルになった瞬間。

 レオ丸の視界一杯に広がる地上への出口を、唐突に現れた何者かの影が塞ぐ。


「どいてんかー!」


 ブレーキをかける間もなく、其の影に頭から突撃する全力疾走のレオ丸。

 ギャグ漫画にありがちな衝突音が発生し、レオ丸に弾き飛ばされてしまった其の影は、一言だけを叫んだ。


「ニョ~~~~~ッ!!」

 言わずと知れた、とある有名な映画へのオマージュでもありました今回。

 今からざっと30年前に製作されましたのに、今見ても面白い映画でありんす。

 まぁ、特撮の不備や、表現の古臭さは否めませんが、其れでも面白いと思えるのは何故だろう?

 同じ頃の映画の中には、今改めて観ると、観るに耐えない駄作もありまする。

 ですが此の映画は、観るに耐え得るって事は、名作の一片ってぇ事なんでしょうねぇ。

 もし、未鑑賞でございますれば、是非とも御覧あれ。

 海兵隊ってのは、地上でも宇宙空間でも、似たような存在なんやなぁって思いますぜ♪

 しかも、フラグを立てたらダメだよ!ってシーンもありますし(苦笑)。

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