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第伍歩・大災害+68Days 其の陸

 誠に申し訳無しです。

 都合により既出のキャラ名を以下のように変更させて戴きたく存じまする。


 <桂花麗人(ドリアード)>の名をナナEから、エミTに。

 <冥界の毒蠍(セルケト)>の名をエミTから、アヤメGに。

 <夢魔の黒烏(モリガン)>の名をマリヤNから、クララCに。


 ハルカAと併せまして、此れで「ATGC」になりますので。

 混乱させて御免なさい(平身低頭)。

[ <ダンジョン>ノ運用モードハ停滞モードヘト移行シマス ]


 唐突に告げられたメッセージに、レオ丸の足が止まった。

 右上方を見上げながら首を捻ったままの姿勢で、物思いに耽る。

 三秒後。

 首の位置を水平に戻し上体ごと背後を振り返れば、其処には地下隧道一杯に広がる<動く骸骨(スケルトン)>の一団が居た。


「此れじゃあ、戻りとうても戻れんわなぁ?」


 受け取ったメッセージを、ダンジョンが機能停止とは言わずとも其れに順ずる状態となった事を意味する、と理解したレオ丸。

 其れが、パソコンに例えれば“スリープ”なのか“ログアウト”なのかは定かではない。

 しかし、前方を進軍するモンスター軍団も、背後に控えるスケルトン達も、何よりも抱きかかえているハルカA達さえも、メッセージが通告される前と様子に何ら変わりがない事を勘案すれば、“強制終了(シャットダウン)”でない事だけは確かなようだ。


「つまり現在地より先は、<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>の稼動有効圏内から外れたって事なんやろうね。

 ……アンテナ一本分の余地もなし、なんやろうか?」


 きゅおん?

 ぷしゅ?


「ふむ、彼女らに変化がまるで感じられへんってのはつまる処、ワシが持っとる<ダンジョン支配権>にはケチつけられとらんようや、な。

 ほな、“停滞モード”による弊害は、どないなモンやろうか?

 ……恐らく其れは、此処でモンスターが死んでも<迷宮の真核(ダンジョン・コア)>に吸収されず、ダンジョン内で即日リサイクルされへんって理解でエエんかな?」


 すこー。

 くかー。


「なるほど……、……なるほど、でエエんかなーって、まぁ、エエか!」


 レオ丸は首を一振りしてから、再び歩き出す。

 此処で、少なく不確かな情報を元に推論を展開したとて、実を結ばぬだろうと納得した体での表情を浮かべながら。

 ホンの些細な事でも思考してしまう癖がつき過ぎたレオ丸ではあるが、其れに拘泥し過ぎて良い場合と、そうではない場合の分別くらいは持っていた。

 あくまでも、一応だが。


「……戻れば機能が回復するんやろうけど、此れは進まんとしゃあないか」


 フーッと長めの一息ついて再び歩き出すレオ丸の足音は、ガシャガシャと喧しいスケルトン達の足音に掻き消される。

 心強くもあるが、一抹の不安が過ぎるような其の騒音に励まされ、レオ丸はゆっくりと着実に進み続けた。

 急がず慌てず、慎重に。

 進む道筋は既にモンスター軍団が露払いをしてくれてはいるものの、地図もない未踏の地下世界だ。

 しかも、四体もの護るべき存在を抱えての道中である。

 擦りつけるように身を寄せる、ハルカAとエミTの温もりを感じているレオ丸の思いは、何とも複雑怪奇なモノであった。


 冒険者が、モンスターを護る?

 しかも、ダンジョンのラスボスを?


 冒険者とは、モンスターを狩る職種だ。

 決して、モンスターの味方ではない。

 時にはモンスターを便利な日用道具として使用し、いざ戦闘時には武器とし防具となし身代わりとして使い捨てる。

 全ての冒険者がそうだとは言えないにしても、多くの冒険者の認識ではそうであろう。

 其の認識が薄い冒険者が、<召喚術師(サモナー)>であった。

 全ての事が須らくゲームであった頃ならば兎も角、全ての事が須らく現実となってしまった今において、モンスターを眷属もしくは愛玩対象ではなく、道具と同視している<召喚術師>は、恐らく一人も居ないであろう。

 もし居たとすれば其れは、紛う事なき競技者(ゲーマー)であって、冒険者(プレイヤー)ではない。

 一方、モンスターとてゲームの頃と今とでは、趣がかなり変容している。

 金貨やアイテムをドロップし、経験値を提供してくれる、単なる狩りの対象ではない。

 恐るべき、野生の生物の一種なのだ。

 例えレベルが低くとも、甘く見てよい存在とは決して言えない。

 レオ丸が抱きかかえているハルカAもエミTも、居眠り姫と化したままのアヤメGもクララCも、姿形は怪物のコスプレをした童女であるが、間違いなくモンスターであった。

 レオ丸と同じ物を食べ、意志の疎通が図れたとしても、冒険者とモンスターは同じ生き物ではない。

 本来ならば、相容れぬ存在と言っても過言ではなかった。


「呉越同舟……ってレベルやないわなぁ」


 出会ってから二時間と立ってないにも関わらず、レオ丸の心には親近感以上の何か、増大した保護欲による情が沸き起こっている。

 <召喚術師>であるから、見た目が可愛らしい女の子だから、行きがかり上仕方がなく、と理由を羅列すれば、レオ丸のしている事は至極真っ当な事なのかもしれぬし、其の心情も理解され易い得られるやもしれぬ。

 だが、其れらの事由を一つだけを主張したとて、もしくは全てを並べ立てたとて理由らしい理由にならぬと、レオ丸は自覚していた。

 誰かに対しても、己に対しても、言い訳にはならぬ事も。


 言い訳、なぁ?


 誰に対して何のためにする言い訳なのか、と思わず自嘲するレオ丸。

 其の脳裏に、ある動物の学名が浮かび上がった。

 漢字で書けば、“鯱”。または“逆叉”。

 アイヌでは(カムイ)とも崇められてはいるが、英語では“Killer Whale”となる。

 そして学術名は“Orcinus orca”、和訳すれば“冥界からの魔物”であった。

 レオ丸が了解している範囲で、此の世界(セルデシア)における<冒険者>と<モンスター>の立場は、正しくシャチの学術名そのものである。

 亜人を含めたモンスターは、本来は此処(セルデシア)に居てはならぬ存在である。

 大地人の脅威となる恐るべき化物達は、全て他所から招き寄せられた異分子だ。

 其の脅威を除去するために招き入れられた冒険者もまた、同様である。


 此の世界(セルデシア)を現実として以来、レオ丸は自分という存在が如何なる存在なのか、度々考えては袋小路に陥っていた。

 隠棲した哲学者の暇潰しと、曲学阿世の徒の言葉遊びの狭間を、当て所なく彷徨うだけの思索ではあったが。

 独りぼっちで考え続けても答えが得られるはずもないが、誰かに相談したとて解決する事もないだろう。

 全ての事が、謎なのだから。

 但し、とレオ丸は思う。


 此の世界(セルデシア)における(ルール)は、元のゲーム(エルダー・テイル)に準ずる。

 不整合があったとしても、其れは元の現実でも起こりえる誤差の範囲内だ。

 不可思議に思える現象でさえも、理性的に観測すれば理解の範疇に落とし込む事が出来る。

 魔法も(ルール)の一種であり、魔術も技術(テクノロジー)の一環なのだ。

 故に。

 大地人とは違う生き物だと規定すれば、冒険者もモンスターに差異はなく同じカテゴリーに纏める事が出来る。

 此の世界(セルデシア)の本来の住人からすれば、憧憬と尊崇の対象となると同時に、忌避し恐懼すべき存在となる。

 何れにしても、此の世界(セルデシア)の人間ではない。


(まさ)しく、“オルキヌス・オルカ”やわなぁ」


 溜息混じりに述懐するレオ丸の顔を、不思議なモノを見るような目で眺めるハルカAとエミT。

 二体のラスボスの額に顎を擦りつけながら、レオ丸は呟く。


「ワシも自分らも、皆(おんな)じってな?

 さてさて、と……」


 不意に足を止めたレオ丸は、何かを探るように耳を傾けた。


「うん、やっぱ聞こえへんな」


 レオ丸に習い、足を止めたスケルトン部隊をチラリと振り返ってから、レオ丸は独り言ちる。

 ダンジョン内を行動中、五月蝿いくらいに聞こえていたメッセージが一切聞こえなくなったのだ。


「……って事は、呼び出してもモーマンタイって事でオッケー?」


 誰にともなく問いかけたレオ丸は、ゆっくりと深呼吸をし、静かに長く息を吐き出しながら、己の中にある扉にかけていた南京錠を取り払うイメージをした。

 其の途端。

 レオ丸の足元から、暗い地下隧道へと昏い影がズルリと湧き出した。

 あるかなきかの微粒子の集合体に似た影は、程なく実体化する。


「やっとのお呼びでありんすか」

「あ~~~、此れで思う存分に踊れる~~~!」

「ナイスアイディアでーす♪」

「御無事で何よりかと」


 暗室でも視界を確保出来る<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>越しに見える処に現れ出でたのは、頼もしき四体の家族(ファミリア)達であった。


「いやはや、ゴメンねアマミYさん。

 アンWちゃんとユイAちゃんは、ちょっと待ちなはれ。

 心配かけたな、アヤカOちゃん」


 何処かホッとした笑みを浮かべたレオ丸に対し、顕現した契約従者達は其々違ったポーズで相対する。

 <吸血鬼妃(エルジェベト)>は腕組みをしながら、顎を軽く突き出していた。

 <暗黒天女(カーリー)>はまるで花道を進む歌舞伎役者のように、片足立ちで全ての腕を振り上げている。

 <首無し騎士(デュラハン)>は高くない天井を気にしてか、珍しく<首無し馬(コシュタ・バワー)>から降りていた。

 <獅子女(スフィンクス)>はいつものように穏やかな雰囲気を醸していたが、背に生やした翼には緊張感が漲っているようにも見える。


「お待たせしてゴメンな……」

「其れよりも、主殿」


 家族(ファミリア)を前にして安心したのか、何気にヘラヘラした言い方の契約主に対して、アマミYは氷点下の如き声音を発した。


「な……何かいな?」

「其の、見かけぬ新参禿(かむろ)は如何に?」

「え? ……ああ此の子らか」


 レオ丸がヤレヤレと腰を落とし、両手を開く。

 だが、<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>と<桂花麗人(ドリアード)>はレオ丸の懐から離れようとはせず、反対に、より必死にしがみついた。


「まぁまぁ、そないに睨みなや」


 嘘くさい笑顔を貼りつけたレオ丸が上を向きながら、軽口めいた言葉をペラペラと湿った空気に乗せようとする。


「ほら、此の子らがビビッとるやんか?

 産まれて間もないし、世間の(しがらみ)も荒波も知らへんのやし。

 其れに自分らと比べたら随分とレベル差もあるし、何より体格差があるやん?

 自分らの方が能力も上やし、年齢も……」

「主殿」


 ドレスの衣擦れの音さえ立てずに一歩踏み出したアマミYは、真上からレオ丸の顔を覗き込み、口角を吊り上げた。


「説明してくりゃれ?」


 笑顔が崩落させ、引き攣らせたレオ丸の顔面に一筋の冷や汗が筋を作る。

 やがて其れは、滝の如く迸り出した。

 アワアワとしながら、三百代言に身を落としたレオ丸は口の中をカラカラにして、弁明を尽くす。

 其の姿と言説は宛ら、“涜神罪”で公訴されアテナイの民衆裁判所に立つ古希の男性の如し。

 耳元まで裂けた薄い唇から覗く鋭利な二本の牙から意識を逸らすべく、言葉の限り最終弁論、もしくは無駄な抵抗を試みるレオ丸。


「……と、言う訳やさかいにワシの赤心には一片の曇りも油汚れも水垢もないし増してや不貞行為も不逞な振る舞いもしてへんしあくまでも偶然に偶然が重なって肥大化した結果であるからにしてワシが正しいままにゃらばワシはとてもハッピーであるはずやねんけど此処でアマミYさんに一つの質問をしたとするやんか?

 例えばそーやなーユニコーンの事やとするやん?

 ある人物がユニコーンに危害を加えたんやけど他のモンは全員がユニコーンに優しゅうしてやるとするとして其れは事実とは正反対になりゃせぇへんかいなと考える事が出来たりするんやけどユニコーンにしてみりゃ良くしてやれるんは一人だけであるいは少なくとも大勢ではあらへんやん。

 言ってみりゃユニコーンの世話をする奴だけがユニコーンに良くしてやれるんであってやユニコーンに付き合わなくてはならへんかった其の他大勢は逆にユニコーンを痛めつけるんやないやろうか?

 ユニコーンについては其れが事実と違うかなぁと思うし他のモンスターについてもそうやと思うんやけどアマミYさんが同意するにしろせぇへんにしろ其れは殆ど確かな事やとワシは考えるんやけど。

 堕落させるのはただ一人で世の中の残り全員が善導者なんやったらばモンスターの状況はホンマに幸せな事やわなぁ。

 山のあなたの空遠く幸い住むと人のいうああ我ひとと尋めゆきて涙さしぐみかえりきぬ山のあなたになお遠く幸い住むと人のいうってな感じのな?」


 長広舌を思う存分振るい倒したレオ丸が漸くにして口を噤むと、アマミYの薄い唇から伸びた牙がみるみる内に短くなり、冷え冷えとした雰囲気と共に姿を消してしまった。

 残されたのは、賑やかな金属音と楽しそうな歌声をBGMにした、苦笑い混じりの溜息だけである。


「ホンに、主殿の舌はようもまぁ回る事でありんすねぇ」

「はっはっはー、褒め言葉と受け取っておこう!」

「……詰まりは主殿は、保護者となられた訳でありんす、ね?」

「まぁ、そーゆーこっちゃ」

「……童女趣味へと堕落したのではのうて、安堵したでありんす」

「そんな誤解や六回は、即座にゴミ箱へ捨てといてんか!

 変態やとかダメ人間呼ばわりされるんは兎も角、ロリコン扱いだけは御免被るさかいに!

 其れだけは、マジで言われなき誹謗中傷やからな!」


 ヘラヘラした空気は何処へやら、顔を真っ赤にしてずれた論点を叫ぶレオ丸の激した様子に、思わず踏鞴を踏むアマミY。


「……ああ、スマン。つい、カッとなってしもーた。

 オタク・イコール・ロリコンってレッテルに、散々嫌な思いをしてきたもんでな、思わず沸点を下げてしもうたわ、堪忍堪忍。

 其れよりも……」


 レオ丸は、アマミYの肩越しに、其の向こうを覗き込んだ。

 契約主に正対したままで顔を百八十度捻り、同じ方を見遣る契約従者。


「君らは一体、何しとんねん?」


 六本の腕を優雅に動かしながらアンWが爪先立ちで飛び跳ねる度に、全身を飾るアクセサリーがチャリンチャリン、シャラシャラと派手な音を立てている。

 其のマズルカの舞を真似ようとして、<暗黒天女(カーリー)>の足元でジタバタとしているのはハルカAだ。

 いつの間にスケルトンの(かいな)から移動したのか、<首無し馬(コシュタ・バワー)>の背にへばりつくように乗っかり、舟を漕いでいるクララC。

 其の背を優しく撫でながら、ユイAは美しい声音を朗々と響かせている。

 選曲は、やたらと勇壮な『ワルシャワ労働歌』だったが。

 完全に覚醒していたアヤメGは、エミTと共に満面の笑顔ではしゃいでいた。

 鬣を揉みくちゃにされ、畳んだ翼を引っ張られ、滑り台だかジャングルジムだかと同じ扱いを受けているアヤカOは、何処か達観したような表情をしている。


「ホンに女童は、姦しいでありんすねぇ」


 口をへの字に曲げ首を振るアマミYの横で、レオ丸の口は奇妙な動きをした。

 やがて、感嘆符で彩られた息を大きく吐き出す。


「やっぱ、モンスターも生き物なんやねんなぁ!」

「……何がでありんす?」

「いやね、彼女らにも郷愁ってゆーたらエエんか、ある種の帰巣本能みたいなんがあるんやなぁ、ってな?」

「毎度の事でありんすが、主殿の言う事は……」

「ああ、せやなぁ、アマミYさんには判り難いやもしれんねぇ。

 解説するとな」


 レオ丸は、ダンスに夢中の二体を指差した。


「彼女らは二人共、<マハーヴェーダ亜大陸>……つまり<竜国(ナーガ・ランド)>の出身やねん」

「アンWは然様でありんしょうが、そこな小さきモノは……主殿のお話では此処(ヤマト)の生まれでありんせんか?」

「えーっとな、元の現実(オリジナル)ではって事やねん」

「オリジナル、でありんすか?」

「せや。此の世界(セルデシア)におけるモンスターの分布ってのはな、ワシら冒険者の立場からしたら、ちょいと可笑しい事が多いんやね。

 生態系ってゆーたらエエんかな。

 あるいは、進化体系ってゆーたらエエんかな?

 まぁ何れにしてもや、アマミYさん達の種族である吸血鬼(ヴァンパイア)は世界中に居るんやけどね、実はヤマトには居らへんねん」

「そんな事はないでありんしょう?」


 心通じ合うものがあるのか、<暗黒天女(カーリー)>と<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>は笑顔を交し合い踊り続けている。


「ああ確かに、ヤマトの彼方此方にヴァンパイアは棲息しとる。

 其れも、紛れもない事実や。

 事実やねんけどね、本来は居らへんはずの存在やねんわ」

「……理解しかねる言い草でありんすねぇ」

「“外来種”って説明するんが、一番判りエエかなぁ。

 兎も角、ヤマト原産種ではないんやね。

 何らかの理由でユーレッド大陸の西の方、アマミYさん元の棲家辺りをスタートしてな、世界中に分散したって事になるんやろう、って説明になるんかも。

 其れと同じなんがこっちだけやのうて、あっちとそっちもやねん」


 レオ丸の指先が、ワルシャワ民謡をメドレーで歌い続けるユイAを示してから、巨大な物言わぬ縫ぐるみと化しているアヤカOを指した。


「あっちは、アルスター辺りの出やし、そっちは、カーヒラとアクロポリス大神領に関わりがあんねんさ。

 ……ってゆーても、今一つ判らへんやろーなー」

「さっぱりでありんす」


 腕組みをし、首を捻る<吸血鬼妃(エルジェベト)>の横を擦り抜けたレオ丸は、苦笑いを浮かべている。

 冒険者同士ならば、大して説明など必要としない事柄も、モンスター相手に説明をするのは難題であった。

 <暗黒天女(カーリー)>と<荼枳尼女御(ジャッカル・レディ)>はインド神話に、<首無し騎士(デュラハン)>と<夢魔の黒烏(モリガン)>はアイルランドの伝説に由来する。

 <桂花麗人(ドリアード)>はギリシャ神話で、<冥界の毒蠍(セルケト)>はエジプト神話にて語られ、<獅子女(スフィンクス)>は其の両方で言及されていた。

 少なくとも元の現実での世界に散らばる、四種類の神話や伝説について語らねばならぬのだから。

 しかも、元の現実と今の現実の相違から説明を始めなければならぬ事を考えれば、此の世の全てを説明せねばならない。

 恐らく、丸一年全てを費やしたとて、説明しきれるものか?

 心の中で吐き出した大きな溜息を、レオ丸は鼻から軽く吹き出した。


「ふん、まぁ其の内にゆっくりと説明したるさかいに。

 さてほな、お嬢さん方。……Shall We WAR、としけ込みまひょか?」


 レオ丸の言葉に、契約従者達とラスボス達が一斉に右手を振り上げる。


「あいあーい!」きゅおん!「オッケーでーす!」くあー!「承りまして」ぷしゅー! きしゃー!


 不揃いの応答に、眉尻を下げたレオ丸は両手をパンと打ち鳴らし、振り返りながら視線を上げた。


「ってな訳でアマミYさん、ヨロシコ♪」

「……了解でありんす」


 そう答えるなり、アマミYは無数のコウモリのような影へと姿を変え、前途が定かでない隧道の先へと羽ばたいて行く。


「ほな、ワシらもヒア・ウィー・ゴーや」


 懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥え、気負いなく歩き出すレオ丸。

 其の頼もしくも頼りない背中を、契約従者とモンスターの混成軍が同じスピードで追い出した。

 踊るような足取りのアンWは、嬌声を上げるハルカAを肩車しながら。

 <首無し馬(コシュタ・バワー)>の背に揺られるクララCは、ユイAが片手で抱える美しき生首が奏でる歌を聞きながら。

 アヤカOは相変わらず微妙な顔つきで、鬣を弄んでいるエミTと、両翼に包まれて眠るアヤメGに配慮をしながら。

 そして錆びついた武器と楯を携えたスケルトン達は、無言のままでガシャガシャと。

 真っ暗な地下世界に響くのは、百数十年前にアメリカで歌われ出した名曲である。

 埋葬された心優しき主人を黒人の奴隷達が悼み偲ぶといった内容の。

 歌声としては文句のつけようもないのだが、状況的には不適切過ぎる其の選曲にはクレームを発したい気分のレオ丸は、意識の表層に耳栓を嵌めた。



 ガイア理論を持ち出したらば、本来的な相互関係は原生の生態系たる大地人達と此の世界(セルデシア)やわな。

 冒険者(ワシら)にしても彼女ら(モンスター)にしても、外来因子やわなぁ。

 “IT CAME FROM OUTER SPACE”!

 ……ウィルスみたいなモンやわなぁ。

 そーいやインフルエンザなんかも、宇宙からやって来るんじゃねーかってな説があったよなぁ。

 質量としちゃ極小にして極細微やさかいに空気抵抗を受けへんさかい、当然にして摩擦熱で燃え尽きる事もあらへん。

 ゆっくりと静かに空から降り注ぎ、大気と大地に浸透しよる。

 ……まぁ、ワシらの場合はそない静かでもなかったやろうけどもね?

 ホンで冒険者(ワシら)は、ワクチンか。

 ワクチンって、よーは弱毒化したり無毒化したりした、病原菌やんなぁ。

 つまり冒険者もモンスターも、限りなく同等な存在なんと違うかなぁ?

 って事は、さ。

 ヴォルテールの『寛容論』を持ち出したならば、冒険者はモンスターを敵と看做さんでもエエって事になるってゆーんは、論理の飛躍かね?

 一粒で三百メートルくらい、明後日の方向へと飛び出したような。

 『寛容論』に曰く、“自分にして欲しない事は自分もしたらアカン”とか。

 モンスターは、大地人を襲い、冒険者を攻撃しよる。

 モンスターが攻撃して来るが故に、冒険者や大地人は防衛活動としての攻撃を加える。

 そもそも、モンスターって、何で攻撃するんやろうか?

 空腹を満たすための捕食行動なんやろうか?

 絶対生存圏、つまり必要限界の縄張りを保持するためなんやろうか?

 其れとも、理解し難い特別な趣味や独特の嗜好に基づくんやろうか?

 いや、其れを言うにゃらば。

 ワシらは、何でモンスターを攻撃するんやろうか?

 モンスターには人権もなけりゃ、生存権もないからやろうか?

 “自分にして欲しない事は自分もしたらアカン”に基づけば、“攻撃して欲しないけどモンスターが攻撃して来るんやから、仕方なしに攻撃するんや”ってな理由でモンスターと戦う冒険者が居るか?

 “冒険者はモンスターと戦ってナンボ”。

 “モンスターを倒さんとレベルが上がらんねんもん”。

 “モンスターって、歩くアイテムと金貨の自販機やん”

 概ねの理由は、そんなモンやろう。

 詰まる処、海底在住の怪物に詰問されて苦悩する光の巨人を他所に、無慈悲な攻撃をかまして万歳三唱しとる超警備隊、其れが冒険者(ワシら)なんやろうさ。

 モンスターが攻撃して来ようが、無抵抗で白旗を揚げてようが、魔法の絨毯爆撃をしたり、刃物と鈍器でオーバーキリング(ぼてくりこかす)

 ホンで勝利の凱歌を上げて、お宝を掻っ攫い、経験値の増減に一喜一憂し、レベルアップを歌って祝福したら、次の獲物へと襲いかかるんや。

 モンスターの攻撃理由は今ひとつ判らんけども、冒険者の攻撃理由は単純明快やわさ。

 ずばり、“死への欲求(タナトス)”と“愛への欲求(エロス)”やわ。

 “自分の抑え切れん欲求を爆発させたいから、すんねん!”ってな。

 事件は現場で起きてるけど、其れを事件と認定するかどうかは会議室やし、敵は本能寺に居るけど、ホンマの敵は内なる自分自身なんやろうな。


“われわれの本性の悲惨が許容する範囲で、この世で幸せであるには、一何が必要か。寛容であることである”ってな。


 此の世界(セルデシア)に叩き込まれたワシらは、此の世界がセルデシアなんか<エルダー・テイル>なんか、未だに判別出来んとボウフラみたいに揺れ惑っとる。

 ワシは今んトコ、八対二でセルデシアやと思うとる。

 ……つまり二割はまだ、疑いを持っとる訳や。

 其の二割ってのは、自分自身へのブレーキでもあるんやろうね。

 もし疑いなく、百パーセント丸々セルデシアであると受け入れてしもうたら、元の現実には戻れず、此の世界(セルデシア)に取り込まれてしまうんやろう、恐らく。

 せやからこそ。

 ワシは此の世界(セルデシア)を疑い続け、僅かな瑕疵や些細な誤謬を探し出しては、穿り倒しとるんやろうね?

 もし、此の世界(セルデシア)の完全なる住人となる事が決定してしもうたら、其の時は“寛容の精神”でもって、モンスターを少々厄介な隣人程度に思える心持ちになれるんやろうな。

 そんな時が来れば。

 ワシらの事績が此の世界(セルデシア)の歴史と一体化し、“事件史”や“大人物史”みたいな歴史叙述に傾斜した歴史学やのうて、社会全体の大きな流れに埋め込まれた“集合記憶”となるんやろうな。

 “アナール学派”万歳!ってか? けっけっけっけ!

 ……まぁ与太はさておき。

 ワシは幸い……何かどーなんかは判らんけど、<召喚術師>をしとる御蔭でモンスターとは自然で当たり前な意志の疎通、あるいは会話が出来たりする、って事を知っとる。

 全てのモンスターと出来るかどーかまでは、知らんけどな。

 せやけど、ワシが選ばんかったビルドの<人形遣い(パペットマスター)>や<造形術士(アルケミック)>やったら、<不定型体(スライム)>や<人造兵士(ゴーレム)>なんかとも意志の疎通が図れるんやろうね。

 口がないからゆーて、シャイで無口って訳やなかろうし。

 他の職種とは違う<召喚術師>なれば、野良モンスターとも対話を成立させる事が出来たりせぇへんやろうか?

 デビルズ・タワーに着陸した宇宙人とも、いざとなりゃ手話や音階で会話出来るって、スピルバーグ監督作品で言うてたし♪



「主殿」


 不意に耳元で囁かれたアマミYの声に、我に返ったレオ丸は些か慌てて、無意識下で行っていた自動歩行を停止させる。


「何ぞありやした?」


 覚醒した頭で周囲を見渡せば、其処は隧道と言う地下通路ではなく上下左右ともかなり広がった地下空間であった。

 其の空間には、縦軸にも水平軸にも、複数の穴が開いている。

 どうやら其処は、分岐点と表現して差し支えのない場所のようだった。

 レオ丸達を本陣とするならば、<魔狂獣(ダイアビースト)>と<洞穴大蛇(ケイブスネーク)>と<人喰い草(トリフィド)>が中央の第一陣となり、<彷徨う鎧(リビングアーマー)>が中央第二陣、<巨大な地虫(ワーム)>が其の左右の脇備えとなっている。

 背後の守りはスケルトン達だ。


「……此処は虎口か竜穴か、ってか?」

「何の例えか理解不能でありんすが……」


 全ての穴から闇よりも昏い影の塊が飛び出し、レオ丸の右肩に留まる一体のコウモリのような影の元へと集まって来る。


「偵察、おおきにさん」

「指呼の距離でありんす」


 其の言葉が終わらぬ内に、レオ丸の鼻腔を濃密な甘い臭いがくすぐり出した。

 そして。

 例によって例の如く、耳障りな軋む音が辺りに充満し始める。


「ハルカA、エミT、アヤメG、クララC、みんなこっちにおいで」


 レオ丸の呼びかけに、チョコチョコと集合して来る四体のラスボス達。

 彼女らを己の背後に集めるや、レオ丸は右手を高々と挙げる。

 腰にぶら提げていた六本の円月刀を一斉に抜き放つ、アンW。

 翼を広げ、モンスターの軍勢を飛び越え、単独で先陣へと降り立つアヤカO。

 <首無し馬(コシュタ・バワー)>に跨り、剣を抜き放つユイA。

 漆黒のドレス姿になったアマミYが、レオ丸の背後に屹立する。

 地下空間の天井と床、全方位の壁に開いた複数の穴に、数え切れぬほどの光点が現れた。


「……対話をしたいのは山々やけど、“話せば判る”の前に“問答無用”から始めなアカンようやねぇ。

 部外者(エイリアン)との初めてのお付き合いは、『Close Encounters of the Third Kind』よりも先に『The War of the Worlds』からってのが、正しい順序なんかねぇ全く!

 蟻ん子に耳があるんやったら、ハッピーなラブソングでも歌ってやれば万事オッケーなんやけどなぁ、アイツらには振動を感知する機能があるだけで、聴覚があるとは言えんしなぁ。

 ホンなら一丁、エルヴィスの大将を見習って『Jailhouse Rock』でも?」

「戯言のお時間はお仕舞いでありんすよ、主殿」


 全ての穴からドッと溢れ出す、<変異蟻(ゼムアント)>達。


「レッツ・ロケンロールッ!!」


 レオ丸が右手を振り下ろすや否や、アヤカOが先制の一撃である<呪縛の咆哮(リドル・ロアー)>を放った。

 地下の重たく湿った空気を一瞬で圧する、其の咆哮。

 凍りついたように動きを止めたゼムアントの群れに、ヒラリと宙を駆け抜けたアンWとユイAの白刃が襲いかかる。

 闇の中、縦横に刻み込まれる微かな軌跡。

 僅かなタイムラグで発生する、幾つもの光の泡。


「ル~ラララ~♪」

「イエ~~~イ♪」


 ダンジョンからの遠征軍による反攻戦の火蓋は、そうして切って落とされたのだった。

 にゃあ様が『工房ハナノナ』シリーズの第四作目、『リーフトゥルク・クライシス』を完結なされました。

 誠に慶賀に存じます。

 更に、短期間で通算80話プラス3話も書き連ねられた其の労力、文章力、発想力に深く敬意を表させて戴きまする。

 私も頑張らねば……。

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