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比翼連理  作者: 美羽
管鮑の交わり
8/22

7

初出仕翌日、私は少しだけ急ぎながら武殿の回廊を歩いていた。

すれ違う他の武官達が胡乱な目でこちらを見ようと知ったことではない。

火鉾の朝の鍛錬開始時間までもうすぐなのだから。


広場に着き周辺を見回す。

どうやら殆ど到着していて、陵亥の方は既に始まっているらしい。

ともかくまずはこの場で一番の高官である志宇大佐に声をかけなければ。


「遅くなって申し訳ありません」


「お、来たか。構わねぇよ。

軍師のとこで仕事してたんだろう?」


その通りだ。どうして知っているのだろうか。

瞬きつつ志宇大佐を見上げれば、彼は喉の奥で笑って私の肩を何度か軽く叩いた。


「軍師から天術で知らせをもらってる。

少し自分の仕事を手伝わせているから遅れるかもしれないってな。

それで軍師も来るのが少し遅れるんだろ?」


確かに天術を使えばこの程度の伝達は簡単だ。

私自身が苦手なため全く思いつきもしなかったが、こうしてあらかじめ伝えれば問題がなかった。

……この程度の天術くらいはきちんと使えるように、後で練習しよう。


「その通りです。現在最後の木簡の処理中ですので、すぐにいらっしゃるかと」


私がそう告げれば大佐は頷いた。

本当は勤務時間はまだだったのだが、新入りということもあり少し早く武殿に来たところ矜牙軍師が書類を処理しているのを発見したのだ。

時間もあったし私に出来る限りの手伝いをさせていただいたのだが……こうして逆に気遣われてしまうなんて申し訳ない。

けれど同じくらい嬉しく感じてしまうのは仕方がない事だ。


「じゃあ先に始めてるか。陵亥ももうやってることだし。

今日玲湶は大尉階級とだったか?」


「はい、少尉とは既に終えてあります。

朝の鍛錬の時間は一時間程ですので、大尉階級もこの時間で終えたいと思います」


「……ホント、末恐ろしい奴だな。

このままじゃ俺とやるのも何日後になることやら…」


「いえ、大佐には万全の状態で向かいたいと思いますので、出来れば明日の朝が望ましいのですが…」


「今日中に大尉から中佐までやるつもりか…」


私の勝手な計画を押し付けるのを申し訳なく思いつつ進言すれば、大佐はその顔に哀愁を漂わせた。

一体どうしたというのだろうか。




火鉾には恒例行事という名の、新人が踏まねばならない段階が存在するらしい。

別名腕試し。火鉾に所属する武官達と階級ごとに一対一で手合せしていくものだ。

腕試しはまず隊の中の一番低い階級――つまりは少尉から始め、その階級を持つ全員に勝つことが出来れば次は大尉、そこから少佐、中佐、大佐と段々位階が上がっていく寸法だ。

曰く、自分の与えられた階級よりも下の者に負ける様では火鉾の隊員は務まらないと、そういうことらしい。

他にも私達のような特例でいきなり高い階級を得た者をきちんと他の武官達に認めさせるためという意味もあるという。

火鉾に集まるのは力を至上とする者ばかりで、だからこそ力を示せば認められるのだ。


私も昨日、室の説明や火鉾に属する武官達との顔合わせの後にやはりそれを行い、少尉の階級を持つ武官七名との手合せを行った。

本当は一日につき一人から五人までという暗黙のルールがあるらしいのだが、少し無理を言って七人全員と戦わせてもらったのだ。

体力的、時間的に余裕があったというのもその理由だが、それ以上に矜牙軍師は柳栄様の命令で腕試しの場に必ず同席しなければならないことがどうにも申し訳なくて。

そう毎日多忙な軍師を付きあわせてしまうのは忍びなく、腕試しに付き合う分仕事に取り掛かるのが遅くなり作業が滞ってしまう。

それを考えての要望だったが、通ってよかった。


「陵亥もまあ早い進みだが、お前さんはホント規格外と言うか…今まで一体どんな風に過ごしてきたんだ?

武者修行でもしてたとか、有り得なさそうで有り得そうなんだが」


「いえ、私は殆ど王都の朱家本邸か管轄の領地で過ごしておりますので、そのような機会はありませんでした」


五代家はそれぞれ国境――つまりは結界の境界に位置する場所を領地として賜っている。

領地を持つのは他の貴族も同様だがそれは王都近くであるし、五代家程の規模ではない。


そもそも五代家が何故ここまで特別視されるかと言うと、それぞれの一族が元々は一つの国を治めていたためだ。

初代紅王は建国に当たり五つの一族をまとめあげ、自分の下につく見返りとして姓と地位、そして元は彼らの国であった土地の統括権を与えた。

それは同時に反乱を起こす可能性を持つものだが、紅王に対し叛意を示せば自らの国が結界により守られることはなくなり魔獣の脅威にさらされる。

だからこそ五代家はよほどのことでもない限り国に従い忠誠を誓うのだ。

まあ、それでも過去に何度か問題は起こったのだけど。

ちなみに歴史に記されるそういった事件の半数は朱家が起こしている。

そしてそんなことを何度しでかしても歴代の国王が朱家とその民を庇護下から出さないのは――それだけ懐が広いのか、それとも朱家が力を持ちすぎているのか。

我がことでもあるためそれを考えると何とも微妙な心境になる。


「だよなぁ……五大家の、それも朱家の一族だもんなぁ。

まあそれを言ったら陵亥も似たようなモンなんだが」


言われて手合せの最中である彼を目に映す。

彼は昨日の時点で全七名中、五名の少尉を降すことが出来ていた。

今日はその残りの二名を相手取るのだろう。


「陵亥の場合は家柄もあるのではないでしょうか。

茜の家は武で知られる家系です。恐らく幼い頃から鍛錬に励んでいたのでは」


「あぁ、五大家にもそういう特色があったんだったか。

俺は下級貴族出身だから、そういう事には疎くてな」


五大家は各部門で大きな力を有することでも有名だ。

茜家は武、鴇家は商、李家は農、今は落ちぶれてしまったが、赤は工。

ちなみに朱家は学と武、両方に優れており、門下にも官吏として城に仕えている者が多い。

そこまで詳しくはないが、軍、省、どちらにもかなりの席を置いていたはずだ。

また知識を活かすことで他の三家が力を持つ商業や農業、工業にも影響力を持っているため、最早朱家の力は他の五大家も無視できないものとなっている。

特に赤家の工業などは実質、殆ど朱家の手に渡ったと言っても過言ではないだろう。

そういった背景からも陵亥が私をライバルとして見るのは仕方のないことかもしれない。

朱家門下の家ではなく、他ならぬ本家筋の私が軍内でもかなりの高官の地位に就いた。

これまで朱家に唯一劣ることのなかった茜家も、私という存在によりその武における力を脅かされることになったのだから。


「私もそこまで詳しいわけではありません。

養子ですから、あまり介入することでもありませんし。

ですが陵亥とは出来れば良好な関係を築きたいと思っております。

ライバル、というのは初めてですから、少し楽しくもあるのです」


今まで同年代の知り合いはいなかったし、関わる者は朱家関連の者が多く、そうなるとやはり曲がりなりにも朱の本家に迎えられた私に対しては皆敬意を払って接してくれる。

従って今までは誰かと競う事もない、自己研鑽に努める毎日だったのだが――やはり、誰かと一緒に何かを頑張るという事は楽しい。

……そうなると、学問上は陽峻がライバルという事になるのだろうか。

少し想像してみたが、あまりにもそれが彼には似合わない響きだったため止めておいた。

陽峻はライバルと言うよりも友人だ。

そして出来れば陵亥とも、ライバル兼友人という関係になりたいのだが……それを言えばまた怒られるだろうか。


「何と言うか、お前さんらしいが…陵亥は怒りそうだな」


「やはり、そうでしょうか」


私はどうも人付き合いに疎い。

もう少しどうにか出来ないかと思うのだが、全く上手くいかないのだ。

祠苑様などはそれが私らしくていいと言ってくれるけれど、やはりそれではいけないと思う。


「まあ玲湶らしくていいんじゃないか?

ともかく大尉階級のやつらを呼ぼう。おーいお前さんら、玲湶が来たぞ!」


志宇大佐にも同じような事を言われてしまった。

やはりどうにかしなければ。

そんな自己目標を頭の隅において、こちらへやって来る十名の武官を見つめる。

考え事をしながらの手合せは相手に対して失礼だ。

手合せをするからには全力で行わなければ。

気持ちを入れ替え、私も彼等の方へと足を踏み出した。
















こちらに向かってくる突きの一閃を紙一重でかわし、そのまま体を捻ることで相手の背後に回る。

その背――心の臓のある側へ、爪へと形状変化させた三叉槍を添わせた。

相手もそれを察したのだろう、体を固くし息を吐く。


「これでどうだろうか?」


「……参りました」


小首を傾げ問えば、最後の相手だった大尉職の彼は肩を落としそう答えた。

敵意がなくなったことを確認してから三叉槍を腕輪に戻し、一度互いに礼をして去っていく背中を見送る。

どうやら同じ大尉階級を持つ他の九人のもとに行く様だ。

哀愁漂うその背を九人に勢いよく叩かれている。

そちらからこれで同じ穴の貉、とか、瞬殺ならぬ分殺、だとか、やっぱり無理に決まってる、などと聞こえてくるのはどう対応すればいいだろう。

だが結局何もせずに(明らかに私との戦いについての内容であるのだからここで私が出ていってもおかしな空気になるだろう)志宇大佐のもとへと向かう。その横には矜牙軍師も立っていた。

たぶん無様な戦いは見せずに済んだはずだ。


「矜牙軍師、挨拶もできず申し訳ありません」


「気づいていたのか」


「はい。十分ほど前にいらしたところを見ておりましたので」


「……お前、その時戦っていなかったか?」


「はい。丁度四人目と対戦しておりました」


それがどうしたのだろう。

不思議に思って首を傾げるが、軍師はいや、と目をそらした。

恐らく大したことではないのだろう。


「それより志宇、まさかあれで大尉階級は終わりか?」


「そのまさかですよ、軍師。もう尉官は全部倒されました」


「……おい、お前は本当に何なんだ」


胡乱気に見つめられても、残念ながらその問いに答えることは出来ない。


「申し訳ありませんが、仰る意味が…」


「……いや、いい。それで?まだ朝の鍛錬の時間の終了まで三十分以上あるぞ?」


確かに始まってからまだ二十分程だ。これから四十分間どうするべきか。

矜牙軍師と共に志宇大佐を見つめれば、彼は唸って視線を彷徨わせる。

その後思い付いたようにこちらを見つめ手を打った。


「いっそ俺とやるか?」


「……それでは本末転倒だろうが。序列順にやることに意味があると聞いたぞ」


「私としてもやはり明日の方が…」


「おい待て。お前、今日のうちに少佐と中佐を相手にする気か?」


苦言を呈していた矜牙軍師は、私の言葉に反応しそう問いかけてくる。

私としてはその予定だ。一応ある程度の算段はついている。


「はい。可能ならば、ですが。

腕試しは昼に時間もとられておりますし、夕刻にはやはり鍛練の時間が置かれています。

昼に少佐階級、夕刻に中佐階級の武官に時間をとってもらう事が出来れば問題ないはずなのですが」


「……出来るのか?」


そう問われたのは私ではなく、志宇大佐だ。

大佐はポリポリと頭を掻き曖昧に頷く。


「まあ、出来るんじゃないですかね。

尉官では相手にならないことは既に証明済みです。

むしろ今、中佐とやるか?時間がくるまでだが」


「よろしいのですか?」


その心遣いは有り難い。それだけ腕試しにさく時間が少なくなり、結果的に長く矜牙軍師の仕事を手伝うことが出来る。

自分でも表情が輝いたことが自覚できる。

それに大佐は戸惑ったように狼狽え、また軍師はため息を吐いた。


「ま、まあ、それじゃ少佐の奴等を呼んでくるから、お前さんはここで待ってろ。

そんじゃ、行ってきますよ軍師。……俺も、調子狂うな…」


最後の言葉はかなり小さかったが、五感は他人よりも優れているという自負があるためきちんと聞き取ることが出来た。

調子が狂うとは、何かあったのだろうか。

よくわからずに首を傾げるが、矜牙軍師にはあの言葉は聞こえなかっただろうから聞くことも出来ない。


「おい、本当に出来るのか?」


「少佐階級の者との手合わせの件でしょうか?

それならばご心配は不要です。自分の限界は弁えておりますし、他者の力を読み取る能力も多少はあります」


「……別に、心配している訳ではない」


「はい。ならば安心いたしました」


上官を煩わせるなど部下として問題外だ。

それが心配というものであっても、あまり褒められたものではない。


「……待て、どうして安心する」


「どうして、と申されましても、私としては上官である貴方を煩わせたくはありませんから。

矜牙軍師には下官として、私に出来る限りのことをしたいと考えております。ですので――あの、矜牙軍師、どうかいたしましたか?」


話の途中で軍師は顔を片手で覆ってしまった。

私は何か不味いことを言ってしまったのだろうか。

そんな自覚はないのだが、如何せん私にはコミュニケーション能力があまり足りていない。意図せず悪いことを言ってしまったのかもしれない。


「……構うな。何でもない。だがそうだな……それだけ自信があるなら、この時間内に少佐を降して見せろ」


「残った時間で少佐を、ですか?」


「……そうだ。出来るか?」


少しの間を置き片側の口の端だけを持ち上げ、まるで私を挑発するように笑んだ彼を前に少し考えてみる。

少し話し込んだこと、相手となる少佐官の準備などもあり、時間は三十分程度になるだろう。

その時間内に少佐四人(陵亥を含めれば五人だが、今回は彼は除外だ)を相手取るとなると、一人当りに対して七分程度の時間しかさくことが出来なくなる。

つまり矜牙軍師の要望に応えるためには、あまりゆっくりはしていられないということだ。

けれど不可能という訳では決してない。


「分かりました。ですがひとつだけ、私から宜しいですか?」


矜牙軍師の笑みが深くなる。


「何だ?言っておくが、失敗すれば俺は一生お前を認めんぞ?」


「はい。勿論です。命令に応えることの出来ない部下は価値がありません。

ですがだからこそ、命じていただきたいのです。明確に私に少佐官を倒せと」


私の言葉に彼は笑みを困惑へと変えた。

私なりに考えた上と言うか、理由のある要望ではあるのだけれどやはり奇妙に映るのだろう。

けれど部下というものは命じられて初めて動くものだと私は思うのだ。


「……それだけか?」


「私にとっては意味のあることですので」


「まあ、構わん。…俺の補佐官だというのなら、少佐を俺の目の前で倒せ」


軍師から補佐官(わたし)への、初めての命令。

不謹慎だが、心が躍る。

今までの行動は柳栄様からの命や私が勝手に行うものばかりだったから、実質これが初めての軍師付き補佐官の仕事だ。

それが戦場の任や軍師の仕事の補佐等ではないことは残念だが、この際そんなことに拘ってはいられないだろう。

ともかくまずは命じられたことを間違いなく遂行することが第一だ。


「は。必ずやり遂げてみせます。

少佐階級は四人存在いたしますので、今までのようにある程度時間を使って相手方の様子を窺いつつ戦うのではなく、こちらから仕掛けていこうと思います」


「まあやってみろ……いや、待て。四人………?」


軍師は訝しげに眉を寄せた。

私もつられて同じく眉間に皺をよせ首を捻る。


「志宇大佐から、少佐階級に属する者は陵亥を除けば四人と聞いたのですが、私の覚え違いだったでしょうか?」


「いや、間違ってはいないが…」


「でしたら問題ありません。では少佐官も来たようですし、軍師の命に応えられるようこの身の及ぶ限り努めて参ります」


きっちりと頭を下げる。志宇大佐が折よくやって来た。


「玲湶、連れてきたぞ。いけるか?」


「はい。少々急ぐ必要がありますので、乱暴なものになってしまう可能性がありますがご容赦下さい」


「乱暴……?いやまあ、これは一応戦いだからそれも当然じゃないか?」


ならよかった。許しが出たのなら早く始めなければ。

この程度の時間で何か変わるとも思っていないが、予想外の出来事というのは何時如何なる時も起こりうる。

大佐にも一礼し、その場を辞して私を待ち構える少佐達の元へ向かう。

背後でどういうことかと大佐が問いかけていることから、結果的に説明役は軍師に任せることになってしまった。後で謝罪しておこう。

けれどまずは命令の遂行が最優先だ。


「急なことで申し訳ない。昨日も挨拶はさせてもらったが、軍師付き補佐官に任命された朱玲湶という」


私は一応彼等より位が高い。

いくら彼らが私より年上でも、私より長く軍に所属していても、こうした分別は上手くつけていかなければ。

自分より地位が高い者か同格の存在以外に敬語を使うことは、このような場では誉められた行為ではない。

軍を一歩離れれば、勿論それも違ってくるのだが。


「改めて宜しくお願いします。俺らも挨拶は昨日済ませましたから、簡単なものでいいですよね?」


恐らく少佐階級を持つ四人の中で一番の力を持つのであろう碧羅(ヘキラ)がそう言って笑う。

挑戦的な笑みだった。戦い、負けるまで決して私を認めないと語るようなそれ。敬語も上辺だけのものでしかないのだろう。

けれどそれで構わない。倒せば認めてくれる、それが明らかに分かるということでもあるのだから。


「構わない。それと、始める前にひとつ謝っておく。すまない」


「……どういう意味です?」


「今の私は急いでいるから、説明は後にさせてもらう。では一人目、前へ」


少々勝手かもしれないが、これも後で謝ろう。

文句の言葉を発することがないことから言っても彼らが優秀だと分かる。

だからこそ早く済ませてしまうのは惜しいが――背に腹は代えられない。

私も必死なのだ。矜牙軍師に認められるために。


「はい。火鉾所属少佐官、戒鳶(カイエン)です」


「よろしく頼む」


前に進み出た若い(勿論私よりは年上だが)彼と一度目を合わせ、互いに一礼して天具を顕現させる。今回は爪形がいいだろう。

合図の代わりに碧羅が指を鳴らした。

それと同時に地を蹴り、正面に迫る。

驚きつつどうにか反応してくる相手の天具には触れないよう一歩下がり、次は右へ。

続いて左、再び右、正面、右、左。

戒鳶が段々と着いてこれなくなってきているのを感じる。

そして正面、右、左のどれかから来るだろうという考えを打ち消すように背後へ。

予想外の動きに彼は即座に反応出来ない。

そのまま首に手を回し固定する。

銀に輝く爪は紛れもなく彼の喉へ。

ザワリといつの間にか集まっていた見物人達がどよめき、少佐三人も表情を険しくする。


「参りましたと言え」


「…参り、ました」


これで一人。手を離し戒鳶を解放する。

時間的には二分程消費しただろうか。同じ少佐階級でも段々とその実力は上がっていく。最初のうちに時間を短縮しておかなければ。


「次。誰だ?」


「は。同じく火鉾所属少佐官、鳴緯(メイイ)です」


「頼む。行くぞ」


次の彼は天術を主に扱うらしい。

水掩ではなく火鉾にいるだけあって、攻撃力の高い火の天術を多用してきている。

私は天術が苦手だからそれに対して同じ天術での反撃は出来ないが、これでもきちんと対抗手段は考えてあるのだ。

今までの手合わせではまだ使っていない手段だから、相手を動揺させることも出来るだろう。


「【炎よ、敵を取り巻きその身を灰塵とかせ!】」


大技なのだろう、鳴緯の唱える文言と共に勢いよく向かってくる炎の渦。

爪のままにしていた三叉槍を双剣に形状変化させ、両手に構える。

どうせだ。このまま行ってしまおう。


「なっ、術を、斬った!?」


思った以上に動揺する彼の声につい首を傾げる。

渦を左手で両断し突き進んで、残った右手を最後に鳴緯の鼻先へ突きつけたまま、私は疑問を口にした。


「何をそんなに驚いている?

初めて見たわけではないだろう?」


軍の最高位、柳栄様も扱う手だ。


「将軍以外、使えないはずじゃ…」


「それは貴方の勝手な断定だろう。現に私は扱えている。

確かに少しコツがいるが、努力すれば誰でも出来るのではないか?」


「………参りました。色々と」


「?よくわからないが、ならいい。

では次、そちらの――確か、飛瑛(ヒエイ)だったか」


飛瑛は少佐階級唯一の女性武官だ。

と言うか火鉾に女性武官は彼女と私しかいない。

少佐でまだ相手をしていないのは彼女と碧羅だけだし、恐らくそうだろうと声をかけたのだが正解だったようだ。彼女はにっこりと微笑んで頷き、前へと進み出る。


「よろしくお願い致します」


「よろしく」


「では早速、始めさせて頂きますわ」


美しく笑んだまま、恐らく天具なのだろう扇を開き彼女は腕を一閃させた。

何をする気だろうかと眉を寄せかけ――すぐに顔を横に傾ける。

僅かな風に、髪が一房靡いた。

それを見届け、飛瑛は驚きと満足を混ぜた形容しがたい表情を浮かべる。


「やはり避けられてしまいますね。見えるはずはありませんのに、流石ですわ」


「風か」


風を用いた天術は威力こそ然程強くはないが、目に見えないことから対処が難しいとされるものだ。

一度攻撃を受ければそのまま術中にはまり嬲り殺されると有名である。

さて、今は手合わせを始めてから十分程経っただろうか。

鳴緯の時に少し様子見をしてしまったため時間がかかってしまったのだ。

今までの二人は最低限、手合わせらしい勝負が出来ていたが――残り二十分ともなると、そうも言ってはいられない。

相手の実力が高くなっていく分、いい勝負になる程度の力を出していてはそれだけ時間を消費してしまう。

耳に風切り音が届く度、体の位置をほんの少しずらして風の刃を避けていく。

五感が鋭くて本当に助かった。そうでなければこうして予め何処からどの程度の速度で攻撃がやってくるのか分かった上ではなく、直前になってから慌てて対応しなければならない。それが一秒程でも、とても有意義な一瞬だ。


「だが何時までも避けてばかりでは時間の無駄だな…」


呟き、今度は三叉槍を基本となる槍の形態へ。

少々乱暴になってしまうが、仕方がない。

勢いよく地面に三叉槍を突き刺し、陥没させる。

飛び散る土の礫がこちらへと向かってくる風に当たり弾けた。

つまりは攻撃の視覚化だ。これで少なくともある程度の攻撃は把握できた。

そのまま見えたそれらを避けるように駆け、攻撃の第二陣は槍を足場に飛び上がって回避する。


「もらった!」


高い跳躍はある意味格好の的。

特に相手は風の天術使い。空中など彼女の手のひらの上、そう言いたげな表情だ。

けれど、甘い。風の天術は威力が低いのだから。


「はっ!?」


それ以上の斬撃をこちらから打ち出せば、風はすぐに消える。

飛ぶ斬撃は柳栄様も得意とする攻撃だろうに、先程の鳴緯と言い彼女と言い、柳栄様の扱う技の全てが彼にしか出来ないものだとでも思っているのだろうか。

何度か目の前で見本を見せてもらえれば、ある程度は習得できる範囲内だと言うのに。

勿論柳栄様程までの域に達するにはそれだけでは足りないが。

動揺した彼女を出来る限り衝撃が伝わらないよう真横に蹴り飛ばし、着地してすぐそれを追って地に彼女の体が投げ出される寸前に受け止める。

私も女にしては身長が高い方なのだが、飛瑛はそんな私より大きいから少し大変だ。


「さて、これで終わりでいいだろうか?」


勿論問いかける間も油断はしていない。

槍から再び爪に変えた三叉槍を装着した状態で、彼女の首許には手をかけている。


「ま、参りました……」


「ならいい。怪我はないか?

一応衝撃が伝わらないよう蹴ったつもりだが、どこか痛むようなら治療してもらって欲しい。

私は天術が苦手だから治療など出来ないし…乱暴にしてしまってすまない」


飛瑛を立たせてそう問えば、問題ないと首を振られる。

ならよかった。やはり手合わせで怪我を負わせてしまうことは避けたかったから。

まだ後一人残っているというのに、ついホッとして表情がゆるんでしまう。

いけないな。戦場では途中で気を抜くことは死につながる事なのに。


「………!」


「飛瑛?どうかしたのか?」


そして目の前で固まったまま動かない彼女はどうしたのだろう。

やはりどこか怪我をしたのだろうか。確認のため顔を近づければ、勢いよく離れられた。何故。


「な、何でも御座いませんわ!

で、では、碧羅と代わりますので!その……ご武運を!!」


そのまま素早く去って行ってしまう。

……やはり、蹴ったのは不味かっただろうか。

けれど応援してもらったし、よくわからない。

つくづく私は人付き合いというものを上手くやれないらしい。


「玲湶補佐官。別に彼女は貴女を嫌った訳ではないと思いますよ?」


けれど代わりにやって来た碧羅はそう言って微笑んだ。

そこには既に私を軽んじるようなものは見受けられない。


「……よく考えている事が分かったな、碧羅。

貴方がそう言うならそうなのだろう。私より付き合いが長いのだろうし。

さて……残り時間は十五分か」


時計を確認する限り、少し気が急いていたのかもしれない。

無駄に早く終わらせてしまい、特に戒鳶などには悪いことをした。


「先程までの戦いから、俺では貴女に及ばないことは分かっています。

なのでなるべく長引かせるよう、努力させて頂きますよ」


「長引かせるように…?」


「はい。すみませんが、軍師にそう命じられてしまったので」


「矜牙軍師が…そう、か……」


「気分を悪くされましたか?」


碧羅は心配そうにそう聞いてくるが、とんでもない。

矜牙軍師が直々に碧羅にそう命じたということは、つまりそれだけ私の力を認めてくれたということで、そしてそれに見合う試練を追加されたということだ。

与えられたものには、それを越える成果を出さねばなるまい。


「……いいや、むしろ楽しみだ。矜牙軍師がそう命じたのなら、それだけの働きが貴方には出来るということだろう?

ならば私は私の力の全てでそれを阻み、貴方を可能な限り早く地に伏せて私に下された矜牙軍師の命を遂行しよう。

その代わり、悪いがかなり乱暴になってしまう。すまないな」


話していくうちにどんどん碧羅の表情がひきつっていくのだが、どうしたのだろうか。



閑話:とある軍師と大佐の会話


「玲湶はどうしたんです?」

「……いや」

「また何か軍師が言って、結局軍師の方が戸惑ってるんでしょう」

「どういう意味だ。別に…補佐官として認めるための必要な試練だ」

「認める気、あんまり無いでしょう。一体どんな難題を出したんです?」

「この時間内に少佐を倒せと言っただけだ」

「……軍師にしては優しいですね」

「どこがだ!大体俺は全員倒せなどとは言っておらんぞ。それをアイツは勝手に勘違いして残り時間で全員を降すと…」

「………ですけど、玲湶なら可能だと思いますよ?それ」

「なっ……!」

「あ、軍師はあんまりその辺り分かってないってのもあるんでしょうな。なにせ軍師の基準は将軍ですもん」

「基準だと?よく分からんが、アイツは柳栄に負けた。つまり柳栄より弱いという事だろう」

「いや……その負け方が問題って言うか。軍師あんた、あんまり将軍の言ってた事信じて…と言うか、聞いてないでしょう」

「言っていたこと…?」

「補佐官連れてくるって言ってた日、将軍は自分と同じくらい強いって言ってたでしょう」

「聞いていないな。興味が無かった」

「でしょうね。俺らと将軍の間にはそりゃもう、天と地ほどの差ってやつがどーんとあるんですよ。で、俺らが地上、将軍が天なら玲湶はまあ……雲です」

「雲…」

「俺らには将軍も玲湶も変わんないんですよ。そんな相手に少佐官ごときを何人ぶつけたとして意味はないでしょう。その証拠に……ほら、一人目がやられましたよ」

「何?」

「あーぁ、フェイントばっかだったから実質上一太刀で勝ちましたね」

「………」

「どうするんです軍師?」

「碧羅を呼べ」

「意地っ張り……」

「おい、いい度胸だな…?」

「すんません」


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