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比翼連理  作者: 美羽
管鮑の交わり
7/22

6

矜牙軍師との顔合わせも無事済み、一先ず最低限武官として認められたのが昨日の事。

今日は新人文官、新人武官がともに初めて出仕する、外朝としても慌ただしい日だ。

この日まで現役の官吏は準備を重ね新人のための教育などに頭を痛め、武官などは特に配属先をどこにするか悩みに悩みぬくものらしい。

そう柳栄様が以前言っていた。

実際今朝は祠苑様もいつになくきっちりした服装で早めに家を出て行ったし、間違いでもないのだろう。

新しく登用された私達武官は鍛錬の場所でもある武殿前の広場に集められている。

新人含め上司にあたる武官の方々も既に整列しているから、恐らくこれからやって来る柳栄様と矜牙軍師によって配属先が告げられるのだろう。

既に各々には文である程度伝えられているし、互いの官衣を見ればそれは一目瞭然なのだが形式美というものもある。


にしてもこの視線はどうにかならないのか。

慣れていると言ってもいい加減煩わしい。

まずは同期から。恐らく武官となる女が珍しい事と、武挙を受けた際主席をとったことが原因だ。

そして先輩方から。昨日の柳栄様との手合せを見ていた者程視線が強い。

両者とも私が纏っている官衣が朱であり、銀と黒の刺繍がなされているという事がかなり気になっているようだった。


「――待たせたね」


ついため息を吐きそうになったところへちょうど柳栄様が広場に現れた。

矜牙軍師も一緒だ。二人並んで私達の正面に設置された壇上に立つと、彼等に一気に視線が集まる。

結果的にたくさんのこちらを見る視線から解放された私も感謝しつつ二人を見つめた。


「まずは武挙及第を祝おう。

おめでとう、君達はこれで今日から正式に武官として国に仕える許しを得たことになる」


壇上からこちらを見下ろす柳栄様と目が合い、微笑みかけられたため小さく目礼を返す。

全員に向けた言葉というのはすなわち一人一人に向けられたもの。

科挙の及第者発表の日にも祝いの言葉を向けられたけれど、何度言われても嬉しいものだ。


「さて、そこで君達に俺から言いたいのは一つだけだ。

君達は正式に武官になったことで、正式な国の駒となった。

国の為に戦って国を守るために命を散らす駒にね。

王が望むならその場で死ねと、つまりはそういう事だ」


少々乱暴に取られかねない物言いだが事実だろう。

武官というのはそういう存在だと、私が武官の道を選び取ったその瞬間から柳栄様も祠苑様も、何度も私にそう言った。

私自身にその覚悟はあるのか、それを確かめるために。


「だがだからこそ同時に君達は生きなければならない。

君達という存在がなければ国が危険に晒される。

国に生きる人民が、他でもない君達の家族が、命を失うことになるかもしれない」


ごくりと、どこかから息を呑む音が聞こえた。

穏やかな表情をしながらも柳栄様が発する気迫が感じ取れるのだろう。

だがだからこそどれだけ柳栄様がこの言葉を重く感じ、私達にそれを語りかけているのかが分かるというもの。


「――幸い、国王陛下は賢君であらせられる。

理由もなしに君達に死ねとおっしゃる方ではないから、安心するといい。

だからつまり、君達が死ぬとすれば天寿か、敵によるものの二択だ。

俺はそれが前者であるよう願っているから、そうなるよう努力していくつもりだ。

君達もそれを忘れず、国を守り天命で死ね」


それだけ言って、柳栄様は一歩下がった。

シンと静まり返ったこの静寂はそれがどんな感情であれ、彼の言葉によるものだ。

私も改めて胸に刻み込んだ。

私という存在は朱家のためのものであるけれど、朱家が国に忠誠を誓っているのだから国のものでもある。

求められれば死ぬ。それだけの覚悟を持ち、それ以上に死なない覚悟を持たなければいけない。


「では続いてお前達の配属先と与える位階だ。

名を呼ばれたものは前に出ろ」


下がった柳栄様と入れ替わるようにして前に出た矜牙軍師はそう言って、懐から巻物を取り出し一気に広げる。

おそらくあそこに新人の名などが書き連ねてあるのだろう。

書物に目を落とす直前、軍師と目が合ったような気がして慌てて目礼した。

だが本当にこちらを見ていたのかすら分からないし、軍師はすぐに巻物の読み上げを始めたため返ってくる反応などない。

けれどもし本当にこちらを見ていたとしたら何もしないというのも失礼な話だ。

この辺りに向いていた視線に気づけただけよかっただろう。


「――次、尉官職に移る」


新人という事もあり、同期の殆どが位階のない一兵卒だった。

武挙の合格者上限は科挙と同じく百人。

だが最低限の実力がなければ命を落としかねない職場であるため、百人もの及第者が出たことは今まで一度としてないという。

私達の年も及第者は五十名程。

軍は万年人員不足らしく、仕事も大変だと柳栄様が以前言っていたように思う。

そしてその中で既に四十人程が名を呼ばれているため、実質位階を得ることが出来たのは十数名という事になるだろう。

そして残りの殆ども一番低い少尉ということだった。


「次、茜陵亥(セン・リョウイ)


「はっ」


尉官職の発表も終わり、次は自分の番だろうかと考えていたところへ別の名前が飛びだし驚く。

返事をして前に進み出たのは、私の隣に立っていた同年代くらいの男だった。

しかも【茜】姓と言えば朱家に次ぐ力を持った五大家の一つだ。

全く横を見ていなかったせいで気づかなかったが確かに茜の官衣を纏っているし、もしかしたら視線がこちらに集中していたのは彼の存在もあったためかもしれない。

それに刺繍が水色だ。青系の色は確か佐官職に与えられるものだったはず。

前に進み出た彼を斜め後ろの位置から見てみれば、珍しい淡い新緑のような緑の髪が目を惹く青年だった。

私は他の五大家と殆ど顔を合わせることは無いが、祠苑様なら知っているだろうか。

五大家当主は定期的に禁城で王と会談を行う。

それ以外にも各家で食事会を催したりと機会を設け互いを見張っている(・・・・・・・・・)から、少しは親しいかもしれない。

五大家はその持つ力が大きすぎるために、どの家も国と王に牙を向くことがないようそんな暗黙の約束事や決まりがいくつも存在するのだ。


「お前を少佐官に任命する。所属は【火鉾(カボウ)】。励め」


周囲がざわめいた。


「身に余る光栄。尽力いたします」


それをものともせずに陵亥は深く一礼し、元の位置――つまり私の横へと戻る。

私が言う事でもないかもしれないが、新人で佐官職はかなりの大抜擢と言えるだろう。

実際あったとして大尉までだ。まあ彼を除く他の位階を与えられた者は全員少尉であったが。

そして配属されることとなった部隊も周囲を驚かせた。


紅国の軍には全部で五つの部隊が存在し、それら全てを大将軍である柳栄様が統括する仕組みになっている。

五つの部隊は【火鉾】、【水掩(スイエン)】、【木癒(モクユ)】、【隠土(オンド)】、【金衛(コンエイ)】と名がついており、それぞれ軍内で大まかな役割が与えられる。

火鉾が実質的な実働部隊で、敵の殲滅を行う特に戦いに優れた者が配属されるもの。

水掩は主に火鉾の補助を行い、天術や遠方からの攻撃を得意とする者が配属される。

木癒はその名の通り傷ついた兵士の治療を専門とし、隠土は諜報や物資の運搬を行う。

そして金衛は禁城の守護を任される部隊だ。


私の上官である矜牙軍師は火鉾の部隊長としての役割も持っているから、必然的に私も火鉾の所属になる。

彼とは他の同期よりも親しくする機会が増えるかもしれない。

同期の殆どは水掩か金衛に配属されていて、火鉾に配属されたのは私を除いて陵亥だけだ。

木癒と隠土はそれなりの適性が無ければ入ることは出来ず、部隊自体が少人数で構成されているためあまり新人が配属されることは無かった。

そう言えば陵亥は武挙でも次席で合格していたように思う。

恐らく柳栄様の目に留まったのだろう。


「最後に、朱玲湶」


そしてようやく私の番だ。

返事をして前に出れば一気に背に視線が突き刺さるのを感じる。

矜牙軍師の方は見ない。

下官にあたる私がこういった場で許しも無く上官と目を合わせることは不敬にあたる。


「――軍師付き補佐官の任を与える。

よって所属は同じく火鉾。……励め」


陵亥の時よりも遥かに大きなざわめきが一瞬で起こる。

上官の誰かが睨みでもしたのだろう、すぐにそれは収まったが、それでもこの場に満ちる空気は落ち着いたものではない。

けれど私にとっては些細な事だ。他人など関係はないのだから。


「この身の及ぶ限り」


補佐官として認められていないこともあり不承不承と言った体が消えない言葉ではあったけれど、それでも嬉しいものには違いない。

こうして公の場で宣言され、私はそれを受けた。

これで私は形式的に正真正銘軍師補佐官となったのだ。

より一層この身に磨きをかけ、実質的にも補佐官として認められるようになれたらいい。

そして私は朱家のため、私を認め受け入れてくれた人々のため、この身が灰となるまで尽くそう。

これがその始まりだ。











無事に式も終わり、上官達も去った。

これから先は各部隊ごとに分かれ様々な説明を受ける段取りになっている。

昨日私が柳栄様から受けた説明は大まかなものや軍師補佐の仕事に対するものだけだったため、しっかりこちらの説明も聞かねばなるまい。

確か火鉾に配属された者は武殿の三階、部隊ごとにある会議室で説明を行うと言っていたのだったか。

三階には将軍と軍師の室、そして火鉾を除く部隊の部隊長室(火鉾の部隊長は軍師が務めているため不要なのだ)と会議室しかない。

配属された新人の人数的に、他には水掩と金衛以外の二部隊しか会議室を使うところもないだろうから、通路が混み合うことも無さそうだと考えながら一歩踏み出した時、隣から声がかかった。


「おい」


「?」


私と同じ火鉾に配属された茜陵亥だ。

彼はその黒い双眸を何らかの感情で燃やしながらこちらを見つめている。

……敵意なら分かるから、そうではなさそうだ。でも、一体何だろう。


「朱玲湶。俺の事を憶えているか?」


……どういう意味だろうか。

正直何が言いたいのか全く分からない。


「悪いけれど、言いたいことがよく分からない。

後、上官を待たせるわけにはいかないから歩きながらでもいいかな?」


正直に思っていることを言いつつそう問えば、陵亥はしばし絶句した。

口を開き何事かを言いかけ、止め――ギロリとこちらを睨み歩き出す。

これは話しながらでもいいと、そういう了承にとって構わないのだろうか。


「……お前が何も憶えていないのはよぉっく分かった!」


スタスタと早足で進む彼の横を歩きながら、どうにか思い当たる節が無いか頭を回転させてみる。

どうして彼はこんなに怒っているのだろう。


「憶えている、という言い方からするに、貴方が言いたいのは武挙での話?

確か武挙の受験者同士の手合せで一戦したように思う。その事?」


「!!そうだ、それだ!思い出したか?」


「思い出したと言うか……それが、どうかした?」


そこに彼が拘る理由が掴めない。

手合せしたのは試験官にあたる武官の指示によるものだし、手合せの内容も特に問題があるものでもなかったはずだ。

首を捻っていれば、陵亥が物凄い勢いでこちらに顔を向けた。……少し、驚いた。


「どうかした、だと!?」


「すまないけれど、やっぱりよく分からない。

説明してもらえないだろうか?」


「………くっ、話に聞いている通り鈍感だな。いいか?俺は――


「あ、室に着いた。申し訳ないけれど、後で構わない?」


話を遮ってしまって申し訳ないのだが、上官を待たせる訳にはいかないし、廊下であまり騒ぐものでもないだろう。

私から説明して欲しいと申し出ておいて勝手かもしれないけれど。

眉をよせつつ彼を窺えば、悔しそうに(何故悔しそうなのか、その理由は依然として謎のままだが)こちらを睨みつつ頷いてくれた。

よかった、いい人のようだ。

少し不安だったけれど、こういう所を見ると同じ部隊の者として、同期として上手くやっていけそうな気がする。


「失礼いたします。朱玲湶、茜陵亥、参りました」


「入れ」


扉越しに声をかければ、聞きなれた声が応じる。矜牙軍師だ。

戸を開き一礼して中に入ると、軍師の他にもう一人武官がいる。


「これからこっちの奴が説明をする。まずは座れ」


簡単に顎で椅子を示され、私はすぐにそこへ腰かけた。

ここで変に拒めばまた軍師に睨まれ注意を受けることだろう。

同じことを二度言われるのは避けたい。

だが矜牙軍師と初対面である陵亥は躊躇ったまま、その場で私と軍師を見比べた。

面倒そうに軍師が舌打ちする。……覚えのある光景だった。


「お前達は揃って……首が疲れる。さっさと座れ」


「ですが…」


「早くしろ」


「は、はっ!申し訳ありません!!」


慌てて陵亥も私の隣の席に腰かけた。

ああして睨まれそう言われてしまえば無理もない。

自らと同じ運命をたどった陵亥に少し同情した。

ここに来る前に言っておけばよかったかもしれない。


「ははっ、矜牙軍師、そうお怒りにならんで下さい」


そう反省していれば、軍師の隣に座った武官が肩を震わせそう言った。

恐らく三十代後半あたりだろうか。

刺繍は白。大佐官である。

髭で覆われた表情は温和そうだが、大佐職だ。

かなりの実力を持つに違いない。


「さて、俺は火鉾所属大佐官、志宇(シウ)というモンだ。

これから共に戦うことになる。よろしくな、玲湶に陵亥」


志宇大佐は見つめる私の目線に気づくと、そう言って手を差し出した。

それに応えつつ私達も頭を下げる。


「玲湶と申します。よろしくお願いいたします」


「陵亥です。お願いいたします」


それを見届けて、軍師が再び口を開く。


「志宇は火鉾の実質的な実働の指揮を執る。

俺は戦いには向かんからな、策を考えるだけ考えて、後は志宇に任せることが多い。

柳栄もいるが、あいつは全体の指揮の役割もあるし自分で突撃していくのが好きな気楽な奴だ。

火鉾のことはコイツに聞いておけば大体間違いはない」


「いやいや、あまり持ち上げんで下さい。

軍師の策が無ければ俺は大佐なんぞ出来ていませんよ」


「ふん、よく言う」


火鉾以外の各部隊はそれぞれ大佐が部隊長を務めている。

軍内に大佐官は五人しか存在せず、一つの部隊に一人の大佐という状態だ。

だが敵への殲滅を主な役割とする火鉾において、実戦が苦手らしい軍師が戦闘中指揮を執ることは難しい。

その補助的な役割として志宇大佐がいるのだろう。

そしてそれだけの実力と役割を持っているからこそこの場で説明役を務めているわけだ。


「こりゃ参りましたね。まあ説明させてもらいましょう。

俺ら火鉾は、お前さんらも知ってるだろうが一番の実力を持った部隊だ。

部隊の構成人数は各部隊中二番目に少ない三十人程。

自分で言うのもなんだが、エリート集団ってとこか。

で、お前さんらは新人でここに配属された。こりゃ異例の事だ。

特に玲湶なんかは俺の一個下の位階になってるからな。実質火鉾内で三番目に偉い」


「はい、存じております」


それに伴う、起こるであろう弊害も。


補佐官はどの位階の者の補佐なのかで位が変わる。

軍師付きとなった私は大佐の下、中佐の上。

軍全体で見ても将軍、軍師、そして五人しか存在しない大佐の下なのだから、序列としては十指に入るという事だ。

将軍付き補佐官がいればまた違ったのだろうが、残念ながらその役職は長年空席で望めそうにない。

代々の将軍になる方全員がそんな面倒そうなお付きの人間はいらないと主張するのだから。


「そして陵亥も佐官職をもらっちまったからな。

火鉾は中佐が二人、少佐がお前さん含め五人。他は尉官職だ。

火鉾に一兵卒はいないからそうなる。

つまりお前さんも既にいる何人かの先達より偉い地位にいるわけだ。

おまけに二人とも五大家出身。しかも朱と茜だろ?色々五月蠅い事になるだろう」


「構いません」

「覚悟の上です」


二人同時に返事をして顔を見合わせる。

陵亥はすぐに嫌そうに前を向いたが。


「まあ、火鉾にいる奴らはあんまり心配してないんだがな。

段階踏めば黙るだろ。ただ面倒なのは他の部隊だ。気をつけろよ?」


段階、とは何だろうか。

不思議に思いつつ頷いおく。

恐らく後々話があるのだろうし、ここで質問して腰を折るべきではない。

それを見届けた志宇大佐は目を細め、再び口を開く。


「まあ心配事と注意はそれくらいだ。

ここから具体的な説明に入る。

まず火鉾についてだが、まあやるのは戦いだけだ。

難しい戦略とかは軍師がいるから心配ないし、それに従っときゃいいからな。

……あ、玲湶はそうもいかねぇか。補佐官だし。

まあその辺りは後で軍師本人から聞いてくれ」


「……おい、何だその適当な説明は」


黙っていた矜牙軍師が口許をひくつかせながら言う。

それに困ったように、あるいは申し訳なさそうに大佐は頭を掻いた。


「いやぁ、俺はこんくらいしか言えませんよ。

いつも訓練してるか戦ってるかですから」


「何を威張っている。阿呆か。もう少しまともなことを言え」


「はっはっは。そりゃ無理です」


「開き直るな」


……軍師は色々な面で苦労しているようだ。


「まあ話を続けますよ?

つまり俺らは軍師以外――この場合玲湶も含めるべきか?わからんが、まあともかく、戦うしか能のない人間だ。

戦う技術だけ磨いて、国守って死ぬために努力した人間しかここにはいねぇ。

だから毎日することも殆ど鍛錬だな。

火鉾内ですることもあるし、他の部隊と混ざることもある。

後は見回りとか一応城の守護とか……国の行事とかがあると王とかお偉いさんの護衛は金衛の佐官と共同でしたりもする。

で、俺らが一番活躍すんのは魔獣がやって来た時だな」


ぴくりと体が反応する。

隣の陵亥も同様で、目を閉じていた軍師も目蓋を持ち上げた。

【魔獣】――人に仇なす穢れた魔物。

私達人間を脅かす、凶暴な漆黒の獣の形をとった生物の総称だ。


「この国が王族の天威で発動し続けている【結界壁】で覆われてるのは知ってるな?」


問われ、頷く。

この国の人間ならば全員が知っている事だ。


「はい。王族の方々はその身に宿る強大な天威を意図せず体外に放出しています。

その強い力を利用して古の時代に特殊な天術を用い、現在の結界壁という仕組みが造り上げられました。

それにより国内への魔獣の侵入が防がれ、民が安全に生活することが出来ています」


「ですが結界壁はその一部だけが異常に弱い。

他の部分は無敵の強度を誇りますが、そこを魔獣に襲われれば結界壁が破られ国内に魔獣が侵入します。

その弱い箇所を守るため、俺達武官が定期的、緊急的に魔獣を討伐する任にあたります」


王都は丁度、その一部分だけ脆い部分――【壁孔】と呼ばれるそれに一番近い位置にある。

これは偶然ではなく故意的なものだ。

王の住まう都市には必然的に一番戦力が集まる。

従っていつ魔物がその部分に近づいてもすぐに兵を差し向けることが出来るよう、古の時代に結界壁を造る際、わざわざ遷都までしたという。

それに現在では天術や天石加工などの技術の向上により、魔獣が壁孔に接触するかなり前から接近を察知することが出来るようになっている。

それが知らせられた場合まずすぐに火鉾が結界壁外に出て、魔獣の殲滅にあたるのだ。

また魔獣が襲ってくるのを防除するだけでなく、軍は年に何度か結界外へ出て国の周囲を彷徨う魔獣を殲滅する遠征も行っている。

どのようにして魔獣が生まれ出ているのかは未だ謎のままだが、こうして定期的に倒さなければその分魔獣が増え、壁孔に辿り着く可能性も高くなってしまうのだ。


「その通りだ。何だ、粗方分かってるな。

なら後は武殿の中で火鉾がよく使う場所だとか火鉾用の室とかの説明と、他の火鉾所属の武官達との顔合わせくらいか。

そっちは移動しながらでいいだろうし、軍師は何かありますかい?

俺が言い忘れてることとかもあれば指摘してくださいよ」


どうやら殆どの説明が終わってしまったようだ。

案外話すことは少なかったらしい。

まあ既に軍全体の説明を先程の式で終えているため無理もないかもしれない。


「いや、俺も特にはないな。

このまま室の説明と顔合わせに入れ。

お前達は例の恒例行事とやらをこの後するんだろう」


「そりゃ助かります。

今回は他のやつらも息巻いてますから」


恒例行事、というのは何だろうか。

先程大佐が言っていた踏まなければならない段階というものが関係しそうではあるが…

矜牙軍師の呆れきったような表情が気にかかる。


「……程々にしろ。使えなくするなよ」


「軍師も見に来られますか?」


「遠慮する」


「そう言うと思いましたけど、将軍から直々に軍師を全ての場に同席させるよう言われてるんで、来てください」


そう言って立ち上がった志宇大佐に、軍師はギョッとした。

次いで額に青筋を浮かべる。


「なっ、柳栄、あいつ……まだ懲りないらしいな……!」


「上官命令ですんで、お願いしますよ軍師。

仕事の方は終わってから玲湶を付きあわせれば終わる分量だからって言ってましたから。

恒例行事も一日一人から五人ずつまでって決まってるんで、手間はとらせません」


がっちりと大佐が軍師の手をつかむ。

……軍師には力づくでそれを外すのは無理そうだ。

取りあえず後で軍師にはお茶を出そう。

ストレスに効く茶葉がひとつくらい用意されているはずだ。

そう心に決めつつ二人を見つめていると矜牙軍師と目が合った。


「……おい」


「申し訳ありません。将軍の命であると大佐が仰っておりますので…」


「くそっ、またこれか…!」


「いやぁ、話に聞いていた通り玲湶は規定に忠実だな」


一体どんな話を聞いたのだろうか。

少し志宇大佐に話を聞きたいところだが、そんな空気ではないため難しそうだ。

ともかく精一杯の申し訳なさを込め一度頭を下げると、軍師は舌打ちして立ち上がった。


「速く済ませろよ…

俺の時間を消費するんだ、無駄だと判断すれば戻る。

それと、後で茶を出せ。室に戻る頃には数時間たっているだろうからな。

その間俺は飲まず食わずだ、作業の前に何か腹に入れたい」


「……はい!承りました」


元々出そうとは思っていたが、直接そう言われると嬉しくなる。

今度屋敷から茶菓子を持ってきてもいいかもしれない。

軍師に甘味が苦手ではないかの確認をしなければいけないが、頭を使う作業中には甘味が一番なのだ。


「へぇ、本当に上手くやっていけそうですね」


「五月蠅いぞ。さっさと進め」


「はいはい、分かってますよ。じゃあお前さんら、ついて来てくれ」


志宇大佐の言葉に考えを頭の隅に留めつつ従う。

けれど何故か陵亥は俯いたまま動くことはなかった。

一体どうしたのだろうか。お二人も何事かと彼を見つめている。


「陵亥?どうしたの?」


取りあえずお二人の代わりに問いかけてみれば、彼は顔を上げ立ち上がり、勢いよく私を指差した。

あまりの勢いに私は瞬き、軍師と大佐も呆気にとられた様子で彼を凝視する。

それに気づいていないのだろう、陵亥は話しかけてきた時と同じく瞳を燃やし声高に宣言した。


「朱玲湶!俺はお前よりも絶対に上にいくからな!!」


「………?」


やはり意図するところが全く分からなかった。

私が首を傾げたのも仕方がない事ではないだろうか。

そんな態度が更に彼の気に障ってしまったらしく、眼光が更に鋭くなる。


「俺は!今回の武挙で、主席を狙っていた!!」


「そ、そうなんだ……」


「だが俺をさしおいてお前が主席をとった。

武挙での受験者同士の手合せでお前に負けて、俺がどれだけ悔しかったか…

しかも家柄も俺よりお前の方がいいし、位階まで上をとった……!」


「……」


どうにも私が悪いような言い方だが、これは謝った方がいいのだろうか。

だがどう考えても言いがかりのような。


「更にだ!あろうことか俺の尊敬する矜牙軍師の直属の補佐官だなんて、なんて羨ましいことか!!」


「おい、俺を巻き込むな」


嫌そうな矜牙軍師の声は陵亥に届いてはいなさそうだ。

大佐は面白そうに事態を見守っている。


「だから俺は!ゆくゆくはお前を追い越して、偉くなってやるからな!!

その時は俺に対して敬語で話して敬ってもらう!」


「うん、それくらい構わない。

元々上官には基本的に敬語で接するものだ。陵亥、頑張って」


「……くそっ、本当に話に聞いていた通り暢気な奴め。

いいか?お前は俺の好敵手(ライバル)なんだ。

そんなポンヤリした調子でどうする!

大体さっきの式でもそうだっただろう!!

あからさまに馬鹿にされた目でじろじろ見られていたくせに、無反応でどうする!なめられるぞ!!」


「ライバル……」


そんな存在は初めてだ。

元々陽峻と知り合うまでは同年代の友人も知人もいなかったし、何だか親しくなれたようで嬉しいと感じるのは、いけないことだろうか。

……言ったら陵亥に怒られそうな気がする。

それくらいは人づきあいに疎い私でも分かった。

けれどただの同期や同じ部隊に所属する者、という括りなどより余程親しい響きだと思うのだ。

最後の辺りなど私のことを心配してくれているような言葉に感じるし、余計に。


「わかった、私も陵亥に負けないよう頑張る。

心配してくれてありがとう。

それと、私の事は姓ごと呼ばなくともただの玲湶で構わない」


「………くそ、後で後悔するのはお前だからな……れ、玲湶!!」


その言葉に志宇大佐は噴き出し、矜牙軍師は何故か同情の眼差しで陵亥を見つめた。

何かおかしかっただろうか。



閑話:ある大佐の心の呟き


なんだこれ、ホントに面白いな。

将軍の言ってた通りと言うか、それ以上と言うか。

このことを将軍に話せばそりゃあ直接見れなかったことを後悔すんだろうな。

まあこれからが楽しくなりそうで何よりだ。

実力的にも皆色んな意味で楽しみにしてるし、退屈しなさそうで結構結構。

だが同時に俺もうかうかしちゃいられねぇ。

こいつらはまだ若い。その分まだまだ伸びしろがあるってことだ。

もうオッサンの俺じゃ、いつか追い越されちまう。

玲湶は勿論、陵亥も向上心が高いみたいだし、日々の鍛錬にも気合入れないとな。

まあ今は陵亥に対してそれほど焦る必要もなさそうだから、ひとまずこの面白い掛け合いを楽しむとするか。

後玲湶と軍師のやりとりは細かいとこまで報告するよう将軍に言われてるし(どうにも聞いて楽しみたいらしい)、注意しとかねぇと。

俺としてもこんな面白い状況、見逃せない。

あの頑固な軍師が天然(レイセン)の前じゃ形無しだもんな。

ホント、今年の新人は面白れぇ。



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