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静かすぎる空間に響いた声は、まるで身を切るようなそれだった。
「俺は、お前が……っ」
決定的な言葉など何一つとして無い。
けれどそんなものがなくとも言葉の端々から、その声から、漂う哀しみから。
そのすべてから、愛しいと。
ただそれだけが伝わって、堪らなかった。
今にも漏れてしまいそうな小さな悲鳴を、嗚咽を飲み込むように口許をおさえつける。
そうしなければ気づかれてしまう。
それだけは、駄目だ。
「わたくしは……
――貴方はわたくしの兄。そしてわたくしは貴方の妹です。
わたくしの中でも、貴方の中でも、最初から最後まで永遠に」
応える声は酷く平坦だった。
ただ事実だけを告げるためのもの。
きっと彼女にとっては真実そうなのだろう。
けれど、彼は。
「……っ。…そう、だったな」
もうやめて。
傷ついているのは私の感情によるものなのか、それとも彼に感化されたそれなのか。
叫び出したいような気持ちをおさえて、ただ一心に早く二人が立ち去ってくれることを柱の陰から祈る。
一瞬すら永遠に感じた。
その願いが天に届いたのか、それとも単なる神の気紛れか、この空間から私以外の気配が消える。
いつ二人が立ち去ったのかももう分からない。
ただ自分の気持ちを落ち着かせることに精一杯で、戦いに決して秀でているとは言えないあの二人でなければきっと見つかってしまっていただろう。
――けれど、それももう終いだ。
ずるずると足の力が抜けて床に座り込む。
こんなこと、初めてだ。
例えば今まで立っていた筈の地面が急に崩れ去っていくような虚無感。
例えば自分を保つ柱にしていたものがただの虚構だったような絶望感。
「あぁ、そうか……私は………」
あの人を。
だからこんなにも哀しくて、苦しくて、痛いのだ。
今更気づくなんて、やはり私は大馬鹿者らしい。
――いや、むしろ今でよかった。
誰にも知られず、こうして私の中だけで息づく想いでよかった。
これならきっと隠し通すことができる。
あの人に、いいや、他の誰にも気づかれることなくあの人と共にいられる。
きっと想いを知られてしまえば告げてしまえば、傍にはいられなかった筈だから。
「……私は、盾だ。それ以上でも、以下でもない」
それ以上も以下も、望めるはずがない。
今までだってそれだけで、よかったはずだろう?
ならこれ以上の高望みは止めろ。
私はただの、駒だ。
頬を一筋、涙が伝った。
それを切欠に大切な、最後の心の箍さえ外れてしまいそうで目許を手で覆い隠す。
何も見てはいけない。
見たとして、駒に感情などいらない。
ただあの人を、これから先もこの身が存在する限り守り続けろ。
隣に立つのではない。
ただ守るためだけに、傍に。
傷だらけで、だと言うのに自分の事をちっとも大切にしてくれないあの人を、私が守るのだ。
そして私は、他ならぬ私が、そう望んだはずで。
ならばそれだけで私は幸福な筈で。
………でも、もし許されるなら今だけ。
「ごめんなさい…」
一度だけ、伝わらなくていい。
ただこれだけでいいから、どうか。
「あなたが、好きです………」
久方ぶりに流した涙はいつまでも止まらなかった。