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少女学区  作者: uka
8/26

同声異俗

 この少女学区と言う街にやってきてもう半年が過ぎようとしていた。

 中学に通っていた頃のようなことは無いものの、相変わらず友達らしい友達はいなかったし、寮の人たちとも食事時に軽く話す程度で、学校にいる時に至っては園子がいない時は基本的に孤立していた。

 別にそれを嘆くつもりは無い。友達が欲しいとは特に思わなかったし、一人でいることには慣れていた。寧ろ他人と関わるのは怖かった。

 随分とマシになってきたとはいえ人と接する時には色々と自分では制御できない後遺症、とでも言うべき症状が出てしまう。それを見られて、今まで以上に距離をとられるくらいなら、最初からかかわりあいにならないほうがいい。

 逃げていることは自覚している。

 思えば逃げてばかりの人生だ。嫌なことは避けて、園子に頼って、いじめられていたのも当然だ。そうして全部から逃げようと思って飛び降りたのに、死ぬことも出来なくて、この街へと逃げこんだ。

 そんな風にやってきた先でも私は何一つ変われていなくて。

 相変わらず園子に頼って生きてばかりいる。

 いつまでも迷惑をかけてはいられない。

 この街に来てから園子が何度も女の子から告白を受けてきたのを、知っている。

 最初の内は噂どおりの変な街だと思っていたけれど、今ではもうそのことにはすっかり慣れてしまっていた。多分それは園子も一緒だろう。

 だからこそ、申し訳ないと思う気持ちは強くなる。

 大上さんはわざわざ転寮してまで園子のことを追いかけてきた。彼女は私とは比べるのも失礼なくらい可愛いし、最近は園子と楽しそうに話いるのも見かける。園子は大上さんの告白を断ったといっていたけど、私がいなかったら、多分、きっと。

 一人で生きていけるようにならないといけないと思った。

 でもどうすればいいのか、私にはわからない。

 相談できる相手もいない。

 今日も私は、何もしない。


 朝目が覚めたときから今日は不味いなとなんとなく思っていた。

 気分は鬱々としていたし、お腹に特有の痛みがあった、でも園子に心配をかけるわけにはいかないと無理に登校したのが間違いだった。

 私にとって教室という空間はそれだけで落ち着かない、嫌な思い出ばかりのある場所だったし、周りが人だらけというのもストレスの要因だ。体調が普通の時でもしんどいのに、こんな状態の時に無理に授業を受ければどうなるかなんて考えるまでも無くわかったことだったのに。

 自分で、自分の顔が青いのがわかる。冷蔵庫の中に頭を突っ込んだ時のようなひんやりとした感覚。クラスメイトは皆今度のテストに出るというポイントを一生懸命板書している。英語教師は教卓について前回の小テストの採点をしているようだった。

 この静かな教室で、出来るだけ目立つような行動はとりたくない。でも授業が終わるまであと三十分、体のほうが持つとも思えない。

 散々に迷った挙句私は恐る恐る手を上げた。クラス中の視線が私に集まる。冷たい頭が一瞬だけかっと熱くなって、より一層気分が悪くなる。見ないで欲しい。ほうっておいて欲しい。

「どうしました宮戸さん」

「すいません、保健室に行ってきても……」

「あなた随分顔色が悪いわね、なんでもっとはやく言わなかったの。だれか宮戸さんを保健室まで連れて行ってくれる?」

 教室の隅のほう、手を上げようとした園子を目で制して首を振った。保健室まで行くくらいでわざわざ手を煩わせるのはいやだった。

「大丈夫です、一人でいけます」

「余り酷い様だったら早退して病院にいくのよ」

「はい……」

 園子の心配そうな顔に、大丈夫と口の動きで伝えのろのろと教室をでる。視線がとぎれ、教室と言う空間から出たことで幾分気分はよくなった。それでも体調がすぐすぐ良くなるわけでもなく、おぼつかない足取りで保健室に向かう。

 いつもなら五分もかからない保健室への道のりがとても遠く感じられる。永遠と思える時間をかけてふらつきながらもなんとか保健室へとたどりつく。ようやく横になれるのだと安心したのも束の間、ドアにかけられた小さなホワイトボードには外出中の三文字が。最後についたハートマークに体中の力が抜けていき、そのまま廊下に寝転んだ。冷たい床が気持ちいい。

 朦朧とする意識の端っこで靴音を聞いた。授業中だし教師だろうか。別に誰が通りかかろうが、どうでもいいんだけど。

「宮戸さんこんなところで寝てると風邪ひくわよ」

 顔を上げるとそこに立っていたのは古河さんだった。つい最近知り合った一つ上の先輩。私に興味があるとか言う変わった人。授業中なのにこの人は何でこんなところにいるんだろうとか、まったく知らない人に見つかるよりはよかったかなとかそんなことが頭の中に思い浮かんでは消えていく。頭がまともに動いていない。

「軽口叩いてる場合じゃないみたいね、顔色悪いみたいだけど大丈夫? あんまり大丈夫そうには見えないけど」

「大丈夫じゃないです……」

「保健室閉まってるのね、教師を呼んで病院がいいかしら」

「あんまり大事にはしたくないんですけど」

 そうなったらまた、心配させてしまうから。

「なら、被服部の部室でよかったら休ませたげるけど、本当に大丈夫?」

「おねがいします」

「んじゃそうと決まったら教師に見つからない内に急ぎましょうか。立てる?」

 いわれて、差し出された手をどうすべきか迷った。すごく助かるしありがたい行為だったけれど、もし古河さんの手をとって、反射的にその手をはじいてしまったらと思うと、手を伸ばすのは躊躇われた。

 なんとか自力で立ち上がると古河さんは少し困ったように差し出した手をしまった。申し訳ない気持ちで胸が詰まる。

「立ってるのも辛そうだけど、おぶるか、肩かすけど」

「いえ、大丈夫です、本当に」

「なら、いいけど。あまり無理はしないほうがいいわよ。辛い時は人を頼ってもいいんだから」

 言いながら彼女はゆっくりと歩き出した。私もその後に続いて歩き出す。昼間の明るい日差しの中、誰もいない廊下というのはなんだかとても不気味なものに見えた。聞こえてくるのも二人分の足音だけで、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚をうける。

 初めて足を踏み入れた部室棟は高等部の校舎と外観も内装もさほど変わりはなく、教室の変わりに大小沢山の部屋があるようだった、古河さんはそのうちの一つ、小さめの部屋の前で足を止めるとポケットから取り出した鍵で部室の鍵を開けた。

「ここに人を招くのは初めてね、寝られるところ準備するから少し待ってね」

 部室に一歩踏み込むと甘いバニラの香りがした、芳香剤かなにかのにおいだろうか。部屋の中央には大きな机が一つに椅子が一脚、右手にはミシンやアイロン、太刀鋏や物差しといった裁縫道具が棚に所狭しと並べられている。左手には大き目のクローゼットが二つ、奥のスペースには小さな机と椅子、それにガスコンロやティーカップ、紅茶のティーバッグなどが置かれている。

 私が部屋の様子を観察しているうちに奥の小さな机は隅に追いやられ、あいたスペースにすのこと布団で簡易的なベッドが作られていた。手馴れた様子から普段からここで同じように古河さんも寝ているのだろう。

「保健室のベッドに比べたら貧相だけどま、ゆるしてね」

「いえ、ありがとうございます」

「布団はちゃんと干してあるから汚いってことはないと思うから、遠慮なく横になって」

 促されるままに布団の上に横になって薄いタオルケットを被る。布団からはお日様のにおいがしてすごく体が楽になる。

「暖かいもの入れるけど何が飲みたい? 紅茶とコーヒー、緑茶とココアがあるけど」

「ココアがいいです」

「もし眠れそうなら気にせず寝ちゃっていいから、無理はしないで」

 古河さんは言いながら冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを薬缶にそそいで火にかける。

 そこでふと、軽い疑問が頭の中に浮かんだ。

「同好会なのに部室が?」

「現生徒会長とちょっとした知り合いでね、写真片手にお願いしたら快く了承してくれたの」

 それは俗に世間一般では脅迫というものではないだろうか。ただ満面の笑みをうかべる彼女に、そんな野暮なことを言えるほど私に勇気はなかった。

 この人はいったいどんな人なんだろう。私に興味があるといったり、こんな時間に校舎内をうろついていたり、生徒会長の弱みを握っていたり、変わった人だ、というのが正直な感想だけど、私も少しこの人に興味を持ち始めていた。誰かといてあまり気負わずにいるのは久しぶりのことだったから。

「そういえば、瀬名さんは一緒じゃないのね。こういう時率先して引率についてきそうな子だと思ってたんだけど」

「私が断ったの、迷惑をかけたくなくて」

「偉そうな物言いかもしれないけど、いい心がけだと思うわよ」

 薬缶が火からおろされ、ココアの甘い香りが部屋の中に広がる。

「お待たせ、熱いから気をつけてね」

「ありがとう、いただきます」

 暖かくて、甘い。

 内側から体が温まるようで、幾分お腹の痛みも和らいだ気がする。カップの中身はすぐに空になってしまった。

 古河さんの方は香りから察するにコーヒーを飲んでいるようだった。初めて会った時も、ケーキショップでもコーヒーだったし好きなのかもしれない。

「宮戸さん、口の端からココアたれてる」

 そう言われて、差し出されたティッシュを受け取る。既視感を感じずにはいられない。

 受け取ってココアをふき取る。

 彼女はコーヒーを飲む仕草一つをとっても優雅で様になっている。口からココアをこぼしてこうして吹いている私とは雲泥の差。こんな人がどうして私なんかに興味を持ったのか不思議で仕方がない。

「飲み終わったなら、横になってたほうがいいわよ。薬とか必要だったら買って来るけど」

「大丈夫。迷惑、じゃない?」

「別に迷惑ってほどじゃないけど、申し訳ないって思うのなら一つ手伝ってほしいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「今はまだ言えないかな、その時になったら決めたらいいから、ま頼みごとがあるってことだけ覚えておいて」

「はい」

 頼みごととはいったい何なんだろうか。私にできるようなことなんだろうか。もし私にできることなら、積極的に手伝いたいとおもった。世話になってばかりではいけないから。

 ココアと布団のせいか、思考が途切れ途切れになり瞼が重くなってきていた。眠る直前のここちよい感覚で、先ほどまで感じていたお腹の痛みや、鬱々とした気分はあまり感じない。何かを考えるのが億劫になっていく。

 おやすみ、とつぶやく声が聞こえた気がした。


 目が覚めると窓の外には真っ赤な夕日が見えた。見慣れない部屋に少しだけとまどってから古河さんの案内で被服部で休んでいたことを思い出す。体を起こして周囲を見回すと椅子に腰掛けた古河さんが読書に勤しんでいた。

「あら、起きたのね。体調はどう? 顔色はよくなったみたいだけど」

「おかげさまで……」

 体のほうはすっかりよくなっていた。お腹の痛みはまだあるものの、気分はよくなっていたし、それほど問題はないと思う。

「携帯ずっとなってたから、早めに連絡してあげたほうがいいんじゃない?」

 言われて携帯を取り出すと、時刻はすでに四時を回っていていったい私は何時間ほど寝ていたのだろうかと驚く。

 着信を調べると案の定、というかほかに登録されたアドレスもないので全て園子からのものだった。保健室が閉まっていて寮にも私が帰ってないことからどうやらそれなりに大事になってしまっているらしい。面倒くさいことになってしまったなと思いながら折り返しで電話をかける。一コールもしないうちに園子が通話に出る。

「綾! 今どこにいるの!? 大丈夫? いったい何があったの!」

 大声でまくし立てるようにしゃべられて耳が痛い。思わず携帯を耳から放して落ち着いたところで話はじめる。

「ごめん、保健室がしまってたから。たまたま通りかかった古河さんに助けてもらって」

「古河先輩が……?」

「うん、部室で寝かせてもらった」

「そう、大丈夫なの?」

「もう体調もよくなった」

「ならいいけど、早く帰ってきてね。寮の皆も心配してるから」

「わかった」

 通話を終えると目の前に湯気を上げるティーカップが差し出された。

「勝手にココアにしたけどよかった?」

 少し喋るのに疲れていたので黙って頷いて返す。カップに口をつけてほっと一息つく。

「なんか逆に大事になっちゃったみたいで悪かったわね」

 首を振って否定する。もしあそこで古河さんが通りかかってくれなかったらあのまま床で寝続けていたかもしれないことを考えるとなかなかゾッとしない。

「まぁ、良くなったなら早く帰ってあげなさい。瀬名さんが心配を拗らせて死んじゃう前にね」

 その物言いに、自然と笑みがこぼれた。人前で笑うのはいったいいつぶりだろうか。そんなことにすごく自分自身が驚いていた。

「あなた、笑ってるほうが可愛いわよ。あんまりなんでもかんでも気負わずにもう少し気楽に生きてみたら? なにかあれば、私みたいなのでもよければ相談にのるから」

 なんと返していいかわからず私はただ俯くだけで、ただ可愛いなんて言われて、お世辞だとわかっていても耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。

「とりあず、貴方の番号とアドレス、教えておいて貰える? 寝る前に言った頼みたい事の件もあるし」

 今声を出すと上ずった変な声が出てしまいそうな気がして、頷いて返した。画面に映る園子以外のアドレスと番号はとても新鮮で、少しだけ嬉しい。

 そのまま二人で部室をでて鍵を閉め、校門まで向かう、あたりはもう暗くなり始めていた。どこからともなく聞こえる虫の鳴き声に秋を感じる。

「寮まで送る、のはさすがに過保護ね、一人で帰れる?」

「はい」

「うん、それじゃ、またね。帰ったらきちんと体を休ませてね」

 そういって振り返ろうとした古河さんの服の裾を反射的に掴んでいた。

「何? やっぱり送っていったほうがいい?」

 ぶんぶんと首を振って否定する。

 なぜ引き止めるようなことをしてしまったのか、わからないけれど、何かを言わなければならない。何か、何か……。

「……また、ココア飲みにいってもいい?」

 口をついて出たのはそんなどうでもいい言葉で、再び耳まで真っ赤になってしまう。これじゃあただの食い意地の張った子供みたいだ。

 でも、古河さんはそんなことを気にした様子もなく、笑いながら普通に返して食えた。

「もちろん、歓迎するわ」

 この人は、私より一つ上なだけなのに、なんでこんなに落ち着いて、大人に見えるんだろう。私が子供過ぎるというのもあるのだろうけど。

 こんな人になりたいと、そう思った。

「それじゃ、今度こそまたね」

「また……」

 茶色い長い髪を靡かせながら歩いていくその姿を見送ってから私も寮までの帰路につく。今日はなんだか大変な一日だった。次から体調の悪い日は素直に休もうと心に決めた。

 そこでふと、さっきのことを思い出す。

 私、自分から人に触れていた。

 無意識とはいえ、園子以外の人に触れて、何も起こらなかった。

 立ち止まって古河さんに触れた右手を見つめた。

 ここでなら私も少しは変わっていけるのだろうか。

 そうしてふと、この街に変わり者が集まるではなくて、この街が人を変えていくのではないかと、そんなことを思った。

第八話、ようやく綾視点の話が書けました。八話にしてようやくスタートラインに立ったような気がします。

六話あたりからなんだかだいぶ文章がすべり気味で書く分にはスラスラいっていいんですが、読んでもらう分には読みづらい、わかりづらいんじゃないかと心配です。

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