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少女学区  作者: uka
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竹馬之友

 薄暗い寝室の隅っこで今日、もう何度目かわからないため息を付いてお昼のことを思い出す。

「宗教って……」

 そりゃまぁ確かにさ、姫様なんて呼ばれてるし、周りの子達は信者なんていわれてるけど。宗教なんてあんまりだ。ただ私の事を好きだといってくれる子達が集まっているだけなのに。

 その上小っ恥ずかしい説教をして、助走をつけてぶん殴るだなんて、一時の感情の乱れから千歳に嫌われたなんてことになったら数ヶ月は寝込んでしまうだろう。。周りの姫を慕ってくれる子達も大好きだし、とても大切だけれど、千歳に対するこの気持ちは彼女達に向ける好意より随分と強くて、自分でもすこし戸惑うほどだ。

 それは確かに、傍から見たら不誠実に映るかもしれない、でもこれでも皆と真面目に付き合っているつもりなのだ。皆平等に愛しているという自信はある。それを分かってはもらえないのだろうか。この少女学区と言う特別な街でさえ。

 姫の考えが甘いことくらいわかっている。姫の事を好きだと言ってくれる人を、姫の手の届く範囲の人を皆幸せにしようだなんて、所詮絵空事だ。だけどせめてこの街にいる間くらいはそんな夢を見たっていいじゃないか。ここはそういう街なのだから。

 わかって欲しいと言うのは、傲慢なのだろう。でも否定はしないで欲しい。

 自然とまたため息を付いたところで、急に部屋の明かりが付いた。

「何やってるんですか姫様。もう七時も過ぎてるのに電気もつけないで」

「なんだやまめか、まぁいいや聞いてよやまめ」

 寝室の入り口で呆れた顔をしているやまめに抱きつこうと手を伸ばす。が、あっさりとかわされてしまう。

 今時珍しいおかっぱ頭に、赤いフレームに分厚いレンズのメガネ、身長こそ高い物のいかにも文学少女風で運動のできなさそうな見た目のくせにやたらと身のこなしがいい。

「話ならいくらでも聞きますけど、くっついてたらまた悪さし始めるでしょう姫様」

「ケチねやまめは、美袋ちゃんなら寧ろ進んで抱きついてくるのに。

 それに姫様だなんて余所余所しい。昔みたいに姫ちゃんって呼んでいいんだよ?」

「私はTPOをわきまえているだけです。呼び名にしたって主のことをちゃん付けで呼ぶ僕がどこにいますか。皆平等にと言ったのは貴方でしょう? 私だけ特別扱いなんてしたら回りの者に示しがつきませんよ」

「そうだけどさ、なんていうかもうちょっとラフでいいと思うのよ。姫達、ちょっと最近固すぎないかしら?」

「昼間から学校サボって女の子をナンパして一緒に寝て信者を増やして。そんなことしてる人が一体何を」

「それはそれ、これはこれよ」

 やまめの呆れたような表情が諦めの表情へとかわる。やまめももう少し柔軟な考え方を学ぶべきだと思う。

「それで、聞いて欲しいことってなんなんですか? 冷蔵庫にあるプリン食べられたのがそんなにショックでしたか?」

「え、だれか食べちゃったのあれ?」

「いや、なんでもありません。それで結局なんでそんなに落ち込まれているんですか」

「え、ああ、うん、なんだか今とても重要なことをさらりと言われたような」

「気のせいです、それより早くしてください。夕食の時間が迫っていますので」

 なんだか腑に落ちないけれど、今は千歳との事のほうが深刻で早急な課題だ。

「今日ね、お昼に明星行ってきたのよ」

「いなくなったと思ったら何やってるんですか。授業日数やばいのわかってます?」

「今重要なのはそこじゃないの。

 それでね食堂で皆と食事してたら千歳に出会ったのよ。あの広い食堂で待ち合わせもなしに偶然出会うなんて、もう運命ばりばり感じちゃうわね」

「傍から見て目立ちますからね姫様」

 どうでもいい合いの手は無視しておく。

「それでまぁ色々省くけど、千歳に宗教じみてるなんていわれて、ムキになって反論しちゃったのよ。それで千歳に嫌われてないかなぁなんて不安になってるわけ。わかるかしらこの乙女心」

「わからなくもないですが、後悔するだけ無駄でしょう? 過去は何一つ変りませんよ」

 やまめの言うことは最もだ。確かに今更悩んだって仕方ないし、どうしようも無いことだけれど、そんなことに一々悩んでしまうのが乙女心と言うもので、割り切れるほど、姫はまだ強くない。

「嫌われたと思うなら、好きになってもらう努力をすればいいんじゃないですか?」

「具体的にはなにをすればいいのかしら」

「それは姫様の考えることです」

「丸投げとは……」

「私の悩みではないので」

「冷たいなぁ、やまめは」

 まぁ確かに、くよくよ悩んでいるよりはそっちのほうがよっぽど建設的だろう。しかし、千歳に好かれる方法なんていわれても、早々簡単に思いつくわけもなく。というか思いついていたら最初から実行している。

「話は聞かせてもらいました」

 寝室の入り口に今度は小さな女の子、高地美袋が仁王立ちしていた。無い胸を強調するようにそらせた姿がとても可愛らしい。

「美袋ちゃん、いつからそこに」

「ご飯ができたのに呼びに来たのですが、それどころではないご様子。姫様の悩み、このあたしが解決して見せましょう」

「やまめと違って頼もしいわね、ハグしてあげるからこっちきなさい美袋ちゃん」

 そういうと喜んで美袋ちゃんは飛びついてくる。中等部一年の彼女の体は華奢でとても軽い。姫でも楽々と受け止めれてしまう。ギュッと抱きしめるとすっぽりと腕の中に納まるちょうどいい大きさをとても愛しく感じる。

「して、なにか案があるのかしら美袋ちゃん」

「お任せください姫様。昔の偉い人が言った言葉に彼を知り己を知れば百戦危うからずと言う名言があります」

「かの有名な孫子の言葉ね」

「そんなわけでとりあえずまず千歳さんについて知りましょう。姫様、千歳さんのことどの程度知ってますか?

「誕生日、血液型、身長、体重、スリーサイズ、寝る時はワイシャツ一枚で趣味は読書。家族構成は父、母に姉が一人、儀兄が一人。それであとは――」

「ストップです姫様」

 スラスラと姫の知る限りの千歳の情報を上げていっていると美袋ちゃんに止められる。たったこれだけの情報で策を練るとは我が方の軍師は偉大である。

「色々と突っ込みたいところですが、今のところ役に立つ情報、趣味が読書って所だけですからね。もうちょっと絞っていきましょう」

「というと?」

「具体的にあげるならやはり、趣味、嗜好、好きなもの、嫌いなものをはっきりさせるところからじゃないかしら」

「そうですね、やまめさんの言うところか上げてみましょうか」

「千歳の好き嫌いねぇ」

 言われて少し頭を捻りぽつりぽつりと呟いていく。

「趣味は、読書でしょ。あと服を作るのも好きって言ってたかしら。嫌いな物は甘い食べ物で、後は……後は……あれ?」

 たったの三つで詰まってしまう、思いの外、千歳の事をまだまだ知らないのだと自覚する。

「ちょっと少ないですけど、その三つを踏まえた上でデートコースを組みましょう。服を作るのが好きなら多分見るのも楽しいでしょうし、ショッピングの先には困りませんね。食事のほうも甘味どころでなければ大丈夫なようですし」

「ちょ、ちょっとまった美袋ちゃん! デートなんてそんないきなり過ぎないかしら」

「何言ってるんですか姫様! この間のことを謝りたいからと誘った上で一緒にデート、さらに千歳さんのことを知ることで次回以降の作戦立案にも繋がる。まさに一石三鳥の作戦なんですよ」

 中等部一年にしてこの才覚。美袋ちゃんは将来相当なプレイ・ガールに育つことだろう。頼もしい限りである。

「なるほど……参考になるわ。日取りとデートコースはどうしようかしら」

「日取りのほうは直接約束を取り付けてからでいいでしょう。デートコースに関しては皆に聞いていい場所を絞り込んでおきます」

「完璧だわ、完璧な策戦だわ美袋ちゃん!」

 二人してパーフェクトな策戦に喜んでいると、すっかり静かになっていたやまめが口を開いた。

「そもそも嫌われていたら断られるんじゃないですか?」

 あまりにも的確すぎるつっこみだった。

「そこは……仲直りが目的のデートですし! 姫様が頑張って誘うしか!」

「うん、姫がんばるわ。美袋ちゃんとやまめの手伝い報いるためにも!」

「私はなにもしてませんけどね、まぁ応援はしてますよ」

「ありがとうねほんとに」

 言いながら、腕の中の美袋ちゃんの頭を撫でるとくすぐったそうに彼女は笑う。こうして彼女達と触れ合っているだけで悩んで暗くなっていた気持ちは随分と楽になっていく。

「ほら、やまめもこっちきなさい、ハグして撫でてあげるから」

「私はいい」

「なによ、遠慮しなくてもいいのよ?」

「いいったら、いいの」

 頑なに拒むやまめに思わず苦笑する。腕の中の美袋ちゃんも同じようにやまめを見て笑っていた。

「それにしてもその千歳って人妬けちゃうなぁ。こんなに姫様に思われて。羨ましい」

「ごめんね美袋ちゃん。美袋ちゃんのことも好きよ」

「謝らなくていいです。それにその千歳って人は姫様とこういう風に抱き合ったりは出来ないんでしょ? だからあたしの勝ちなんです」

 にっこりと笑う美袋ちゃんは思わず食べちゃいたくなるくらいに可愛い。

「美袋ちゃんは本当に可愛いなぁ」

 耳元にキスをする。

 美袋ちゃんは甘い声を上げて体を預けてくる。

 お返しとばかりに振り返って唇にキスを返す美袋ちゃん。そこで悪戯心を刺激され、唇を割って舌を入れ、口内を丁寧に這わせて行く。歯、歯茎、舌、じっくりとその姿をやまめに見せ付ける。

 やまめは悔しそうな、物欲しそうな、そんな表情でこちらを見つめている。ゾクゾクと嗜虐心がくすぐられる表情だ。

 唇を離すと美袋ちゃんの方はすっかり出来上がっていてくたりと力を抜いてもう姫にされるがままの状態だ。とりあえず汚さないように服を脱がせてあげようと思ってセーラー服へと手をかけようとしたところで、三度、寝室の戸口に立った人影が声を上げた。

「あー! 遅いとおもったらやっぱり! ずるいですよ、抜け駆けはなしだっていつも言ってるじゃないですか!」

 そこにいたのは美袋ちゃんと同じ中等部一年の渡良瀬陽子ちゃんだ。美袋ちゃんとは違ってすでに胸の大きさは中々の物で、顔を埋めるととても幸せな気分になれるのだ。

「そうね、じゃあ陽ちゃん、皆呼んできてくれる? ついでに夕飯も持ってきちゃって」

「夕飯も、ですか?」

「うん、夕飯も、今日はやまめで女体盛りにするから」

「姫様!」

「主に口答えする様な子じゃないでしょうやまめは?」

 そういうとやまめは悔しそうに目をそらした。耳まで真っ赤になっているのはきっとこれから起こることを想像してしまったのだろう。その表情が昔からすごく、好きなのだ。

「それじゃお願いね、陽ちゃん。こっちはこっちで準備しとくから」

「わかりました。やまめさんご愁傷さまです」

 パタパタと駆け出していく陽ちゃんの姿を見送り、美袋ちゃんと一緒にやまめへとにじり寄る。

 今夜は景気付けのご馳走だ。


 乱痴気騒ぎが終わる頃にはすっかりと夜は深くなり。時刻は既に一時を過ぎていた。

 寝室では姫の恋人達が可愛らしい寝顔を晒しながら寝ている。

 愛おしい彼女達の眠りを邪魔しないようにこっそりと部屋を抜け出し、ベランダへと出る。火照った体に夜の冷たい空気が心地いい。

 少女学区の夜景は暗い。この街に住む人間の大半が年端の行かない少女たちであることを考えれば当然だろう。

 お陰で空を見上げれば星と月が良く見える。

 と言っても姫は子供の頃からこの夜空と夜景しか知らないのだけれど。

 姫がそうして涼んでいると、やまめがグラスを二つ手にベランダへと出てくる。お風呂上りでシャツ一枚の彼女の体からは石鹸のにおいがした。

 差し出されたグラスを手にとって口をつける。

「あら、番茶にしたのね」

「ええ、もう麦茶の季節も終わりですので」

「早いわねぇ。今年の夏、楽しかったせいか随分と短く感じたわ。賑やかになってきたせいかしらね」

「楽しかったですね。来年は街から出て海や山に行くのもいいかもしれません。ただ今年みたいに最終日に宿題に泣くことがないようにしませんとね」

「そうね、最後の最後であれはしんどかったわ。こんな風に過ごせるのも、この街を出るまでなのよね」

 何れ姫達はこの街を出て行く。街の外には知らないものが沢山ある。この街の常識とはまったく違う別世界が待っている。

「姫ね、今のこの生活、凄く満足してるわ。大好きな人が沢山そばにいて、毎日が楽しい。でも、やっぱり絵空事なのよね、こんな生活。姫が女王でいられるのはこの街でだけなのよね。ずっとこの街で生きていけたらいいのに」

 この街で教師になることを考えたことが無いわけではない。でもきっと父も母も許してはくれないだろう。外の世界はきっと姫には生きづらい。

「私はこの街じゃなくてもいい。どこまでも貴方についていって、出来る限り貴方の望みを叶えてみせる。どんな場所でも貴方は私の女王様よ、姫ちゃん」

「主のことをちゃん付けで呼ぶ僕はいないんじゃなかったの?」

「TPOを弁えているんですよ。今はちゃんづけで呼んだほうが、姫ちゃんの心を揺さぶれるでしょう?」

 微笑を浮かべる彼女の思惑に、姫はすっかり嵌っている。まったくもって姫の周りには策士が多すぎる。でも、そんな彼女が傍にいれば、きっと生きづらい世界でも、生きていける気がする。

「ごめんね、我がままばっかりでさ」

「もう、慣れました」

 べランタの手すりにグラスを置いてやまめを抱き寄せる。

 抜け駆けが見つからないよう、眠る子達を起こさないよう。静かに唇を重ねる。

 夜が更けていく。

 短めな分なんとか早めに上げられた第七話。

 キャラクター的に非常に書き辛い話だったのですが、筆自体の進みはよく早めに書きあがりました。

 情報をもっと上手く出していければいいのですが、なかなか難しいですね。

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