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少女学区  作者: uka
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少女学区

 明の星特別学区。通称、少女学区。

 三つの全寮制女子校が一箇所に固まったがために生まれたこの町は少女達ばかりが集まる少女の街だ。

 どこを探しても、いつさがしても、異性の姿形一つ見られない。

 そんな奇妙な街に住むのは、同じように少し変わった少女達。

 写真狂い、美少女作家、少女学区の女王、家出した女優、人攫いの劇作家数え上げればきりがないほどに、この街には沢山の変わり者の少女が住んでいる。

 そんな奇妙な町に逃げ込むようにやってきた私は、そこでやはり変わりものの先輩と出会って、恋に落ちた。

 私もこの街に住む、そんな変わり者の一人。


「綾、朝よ! 起きなさい」

「んっ、えっぁ!?」

 体を揺すられて、耳元で叫ばれて、ぼんやりとした思考と視界。

 寝起きのぼぉっとした頭で、私の名前を呼ぶ園子の顔をじぃっと見つめて、あれっと不思議に思う。

 そうして、首を回して、目覚ましを眺めれば、時刻は九時を過ぎている。

「綾、今日も仕事でしょう? 早く起きないと」

「わ、わっぁ、なんでこんな時間に!」

 ベッドから飛び起きてクローゼットに駆け寄る。十時出社なのに余裕が一時間もない。コーディネートを考えている暇もないから、着慣れた白と黒を基調とした、フリルのふんだんに使われ可愛らしいドレスを手にする。六年経っても私の外見はそれほど成長せず、高等部に通っていた頃の服が今でも着れてしまう。

「長谷部さんはどうしたの? 昨日ちゃんと起こしてって頼んだのに」

「まゆりさんが院に急用が出来たからって朝一で送り届けに出ちゃった」

「帰って来たらこっぴどく文句言わないと……」

 愚痴を言いながらも顔を洗って部屋に戻ってと慌しくいったりきたり、後ろをついてくる園子が髪を梳いたりメイクをしてくれたりと世話をしてくれるのが有難い。まるでクッキーモンスターだった頃の事を思いだすようだ。

「朝からバタバタと、いい加減自分で起きれるようにならないの宮戸さん」

 眠たそうな顔をしながら私の部屋に顔を出した大上さんはごく当たり前といった風情で寝巻き姿で私の部屋にはいるとそのまま流れるように私の後ろの園子と唇を重ねる。

「んっ……おはよう、柚子」

「おはよう大上さん……朝から人の部屋でいちゃつかないでもらえます?」

 別に今更二人の仲をとやかく言うつもりもないけれど、こうして目の前でやられると反応に困る。

「だいたい朝は確かに起きれないけど、ちゃんと私は仕事して自立してます。園子なんていつになったら仕事につくの?」

 メイクはあまり濃くしない、引き篭もっていたのと、母の遺伝で白い肌には感謝する。

「だって仕事みつからないんだもの」

「うちでモデルすればいいじゃない」

「嫌よ、私、古河さんの世話にはなりたくないの」

「じゃあ、あたしの父の会社でいいじゃないですか」

「最初から親御さんの庇護を受けてるようじゃ、これからさきちゃんと柚子を支えて行けるってご両親に証明できないでしょう?」

「はいはい、朝から人の部屋で惚気ないで、園子もハロワ行く準備したら?」

 メイクを済ませて食堂に下りても、人の気配はない。学生の子達はもうとっくに登校してしまっているし当然と言えば当然だ。コーンフレークに牛乳をかけて流し込み、エネルギー飲料のゼリーをデザート代わりに一気飲みして朝食は完了だ。歯を磨きながら自分の服装をみて、ドレスだけでは少しラフだと気づく。口をゆすいで部屋に戻ると園子と大上さんが私のベッドで深く口付けを交わしていた。爆発すればいいと思う。

 二人を無視してクローゼットからジャケットを一枚取り出して羽織る。姿見で悪くないのを確認して肩がけのポーチを手にとって帽子をかぶれば出勤準備は完了だ。

「んぅぷっぁ……クッキーモンスターが立派になったものですね、お気をつけて」

「ふっぁ、いってらっしゃい綾」

「いってきます」

 盛りあってる二人を自分の部屋に残していくのは不安だったものの時間はギリギリだったから何も言わずに私は寮を出る。時計を確認しながらバス停まで走ると、どうやらまだバスは来ていないらしく、ちらほらと人の姿がバス停にはあった。髪の毛を整えながら、念のためサングラスをかけて帽子を深くかぶりなおしてバス停の前に立つ。

 すぐにバスがやって来て人の少ないバスに乗り込めば。安堵のため息が漏れる。

 少女学区は学生の街ということもあって、平日のこの時間帯に外を出歩く人はとても少ない。営業をしている店も少なくコンビニはガラガラでまるで廃墟のようにすら思える。

 窓の外から視線をバス内に戻すと、広告に懐かしい名前を見つける。

 針谷由布子待望の新刊、表紙写真、木津澄香と銘打たれた広告には、顔の映っていない綺麗な女性がベッドの上に横たわる写真で装飾されたハードカバーの小説がプリントされている。

 もともと同じ寮に住んでいた写真狂いこと木津先輩は、同学年で恋人であった新人作家針谷由布子さんと今は少女学区を出て、外の世界で二人暮しをしている。一年前、新居を構えた二人に招かれ、すっかりうまくなった木津さんの料理と二人のあまあまな様子をおなか一杯にごちそうになった。

 二人の仕事は順調なようで、今もきっと仲良く暮らしているのだろう。

 こんど本屋にいったら新刊探して読んでみようかと、タイトルをメモにとっているうちにバスが目的のバス停に止まる。私はバスを降りて人気のない道を早足に歩いていく。

 こんな風に歪な街で、本当によく経済が回っているものだと不思議に思う。不思議と奇妙と変人の渦巻く街の最大の謎はそこかもしれない。

 まぁでも人でごった返す街中を歩くよりは気分がいい、雑貨屋の前を通り過ぎ、カフェを横切り、珍しく昼間から出歩いている住人とすれ違う。二人とも似たような外見からして双子だろうか、軽く会釈をすると二人とも同じタイミングで返してくる。

 二人の横を通り過ぎ、ふと電化製品店の前で足をとめる、ショーケース内の薄型テレビに流れるCMに目がとまったのだ。贔屓にしているメーカーのリップの新商品の宣伝用CMらしく、これもチェックしておかなければとメモに残す。CMに起用されているのは綺麗な舞台女優。たしか少し前に、有名な脚本家と駆け落ちをしたって話題になっていたっけ。

 メモをとり終えて、その先の分かれ道を右に曲がってすぐにある小さなビル。そこが私の勤める小さな会社だ。階段を上がって二回の事務所に入ると、もう既に出社している人達の賑やかな声が聞こえてくる。

 時計を確認してちゃんと間に合った事を確認して、サングラスと帽子をはずして中へと入る。

「おはようございます」

「おはよ」

「おはよう宮戸さん」

「おはようございます綾ちゃん」

「おはようございます」

 それほど広くない事務所には人が溢れている。社員数は昨日まで私を含め八人程度だったはずだが、聞き慣れぬおはようございますの声が聞こえた気がする。

 声の出所は予想がつく。部屋の一角、仕切られた一番奥のスペースの中をのぞけばそこにはソファにふんぞり返りながら書類に目を通す美しい女性の姿がある。

 この少女学区に置いてすら珍しい銀色の髪を高い位置で複雑に編みこみんだその目立つ頭髪。どこか怪しげな光を宿す灰色の瞳。血管を透けて見せさせるほどの白い肌。引き締まった体と、私のほぼないそれと比べるのも失礼な位の大きな胸。美女という言葉を形にしたかの様な未だ現役の少女学区の女王、小鳥遊姫子その人である。

 そうして彼女の周りには三人ほどの少女達がお茶をいれたりキーボードを叩いたりとせっせと仕事をこなしている。その中には、見知らぬ顔が一人いた。もはやそういった事態にも慣れたもので怒る気にもならない。

「おはようございます姫子さん、そっちの子は?」

「昨日知り合った小岩井衣里ちゃんよ、かわいいでしょぉ。姫のことが大好きで仕事お手伝いしたいって」

「お邪魔しています」

 紹介された小岩井さんは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げるとすぐにパソコンの前に戻ってたどたどしくキーを打ち始めた。身長は私とそう変わらず、身につけているのは天津星の中等部のセーラー服だ。私は頭が痛くなってくるのを感じながらもサラサラと彼女のプロフィールをメモしていく。

「そのこ、どう見ても中学生なんですけど」

「そう、そうなの! ちっちゃくてかわいいでしょ。小等部のことは違う、知識が少しあるこの恥じらいがたまらないの!」

 少女学区の女王は相変わらず頭がおかしい。

「犯罪だけは……今更ですね、その子今日学校なんじゃないですか?」

「小さい事気にしちゃだめよ綾ちゃん、愛の前にはどんなことも許されるのよ。ね、衣里ちゃん?」

 そんなことを口走りながら小鳥遊さんは小岩井さんの腰を抱くとぐっと抱き寄せてその唇を情熱的に奪ってしまう。耐性のなさそうな彼女はあっさりと陥落し、私の目など気にした様子もなく小鳥遊さんの虜になってしまっている。

「あーもう、いいですから、仕事だけちゃんとしてくださいね。小岩井さんのバイトの手続きはこっちでしときますから」

「ありがとー綾ちゃん」

 小鳥遊さんの言葉を背中に受けながらその一角をさっさと出て自分の席について深くため息をつく。今日は朝から本当にハードだ。

 かといって落ち込んでもいられない、先程言ったとおり書類を作成していると、机の上にコトリとココアが置かれる。ふと振り向けば皐月やまめさんが「おつかれさまと」声をかけてくれる。

「朝から大変ですね宮戸さん」

「そう思うならとめてくださいよ皐月さん。小鳥遊さんの従者なんでしょう?」

「私が姫様を止めるなどご冗談を」

 ふんと鼻で笑いながら彼女は肩をすくめて見せる。

 小鳥遊さんも皐月さんも大学院に行きつつ仕事を手伝ってくれているので正直強く文句は言えない。二人ともお金がいるしといってはいるものの、教師の勉強と両立するのはなかなかた大変なことだと思う。

「ま、そうですよね……ところで、ちと……社長は?」

「まだきてませんね」

「そうですか」

 それなら別にいそがなくてももう一本遅いバスでもよかったかなと思いながら、書類にサインをして皐月さんに渡すと、その場で確認して一つ頷くとそれをもって自分の席へと戻っていく。

 ココアを口に含んで一息ついて、他の書類仕事もこなしていく。まだあまり仕事には慣れていないけれど、いずれ小鳥遊さんたちが居なくなる事を考えると早く慣れてしまわなければならない。

 一時間ほどそうしてパソコンに向かっていると何の前触れもなく事務所の扉が音を立てて大きく開いた。

 驚いてそちらを振り返ると、社長こと、千歳さんが入ってきたところだった。

 普段は緩くウェーブした茶色い髪の毛は走ってきたせいか乱れており、目にはくまを隠すためか少し野暮ったい太めのフレームのメガネをかけている。服装はいつものシンプルな白いブラウスと黒いロングスカート。肩には大きなスポーツバッグをかけており、とても社長とは思えない姿なのはこれもまたいつもどおり。

「おはよう」

 荒い息を整えてから発せられた元気のいい社長の挨拶に、事務所の各所からは疎らな挨拶が返る。千歳さんが遅刻してくることは然程珍しくもないので、皆なれた様子である。

「ごめんごめん、昨日さー唐突にインスピレーヨンきちゃってさー。というわけで綾、今手あいてる?」

「大丈夫ですけど」

「じゃあスタジオはいって。私と綾は衣装合わせと撮影入るから、皆は自分の仕事おねがいね」

 席を立って千歳さんの所までいくと手首を捕まれてそのまま事務所から連れ出される。もう誰かに触られてもなんとも思わない。

 スタジオはビルの地下にある、といっても見よう見まねのものであり、服を着替えるスペースはついたてで仕切られているだけであまりほめられたものではない。

 私が働くこの会社は、千歳さんが立ち上げたロリータファッションを中心としたブランドで、私はここで、事務、デザイン、そしてモデルと多岐にわたる仕事を任されている。まだきちんとした店を出せるほどの規模ではないものの、ネット通販では一応、私達に給料を払える程度の売り上げは上げている。

 私は千歳さんに手を引かれたままついたてで仕切られたスペースへと身を滑りこませる。

「それじゃ、きがえましょうか」

 促されて、頷いて、私は着てきた服を脱ぐ。

 本当は別に、一人で衣装を着て、髪をセットし直して、メイクだってあわせられるけど。千歳さんと二人きりの時は、彼女が私を着替えさせる。それはもう、二人の間の暗黙の了解という奴だ。

 姿見にうつる下着姿の私の体はあまり成長していない。ただ、千歳さんの指が肌のを撫でていくと、そこから熱を帯びるように、薄い色の肌が、赤く色づいていく。

 ただ撫でられるだけで、強くは触れられないけれど、この先の事を期待して、体は熱く疼いていく。

「昨日の夜ね、急にびびっときてね、綾に着せたいなと思って寝ずにがんばっちゃった」

 いいながらその手はゆっくりと私に服を着せていき、襟や袖を整え、頭にちょこんと帽子を載せてくれる。

 ネイビーブルーの生地をメインに袖口や襟に白を飾られた、海軍のセーラー服を思わせるデザインになっていて、腰周りの大きなリボンや裾の白いフリル、肩を覆うケープが可愛らしさを出している。

 これを一晩でというのだから相変わらず千歳さんの才能には驚くばかりだ。

 私が服や鏡に映る自分の姿をしげしげと眺めていると、千歳さんが、後ろからふっと耳に息を吹きかけて来る。そのくすぐったさに体がぶるりと震えた。

 そのままぎゅうっと後ろから抱きつかれて、頬に何度も軽いキスが振ってくる。すぐそばに大好きな人がいることを感じるだけで胸が一杯になる。

 きっと私にとってこの仕事は天職だ。好きな人のそばにいられて、好きな人が作った服に包まれて、毎日が楽しくて、それはまぁ、仕事だから嫌なこともあるし、私のデザインだけが掲示板でこき下ろされてたりすると落ち込んでたまに引き篭もったりもするれけれど。

 私は立ち上がって千歳さんに正面からぎゅぅっとだきついて自分から唇を重ねる。

 ただ、間違いなく、この時間は幸せだと思えるから。

 私はこの少女学区という街で大好きな人と一緒に生きている。

 これから先、どうなるかはわからない。モデルの仕事はいつまでもできないだろうし、そのとき他の誰かが千歳さんの服を着るのかと思うと、少し悲しいけれど、私と彼女の左手の薬指には、同じ銀色の指輪が輝いている。私はただこの輝きを信じていればいい。

 この街の沢山の変わり者の先駆者達がそうしてきたように。

 少女学区、変わり者の少女達の街。

 きっとこれから先もここで変わり者の少女達が、少しだけ変わった恋をしていくのだ。

 長い間、主に投稿期間があいたせいで続けてきた少女学区の連載もこれでひとまず終わりとなります。まだ書きたいキャラクターや、書きたいお話はいくつかあるのですが、それはまた気が向いた時にでも別に更新していきたいと思います。

 もともと長編練習として、好きなものを好きなように書くという適当なスタンスで始まったこの少女学区も予想外に多くの人の目に触れて、評価してもらい他の作品の執筆においてもモチベーションを高く維持させてくれました。

 この作品を書いていくうちにキャラクターのもっとしっかりとし書き分けの必要性や、話の構成のむずかしさ、書きたいものを書くだけでもこんなにも難しいのだとたくさんの事を学ぶことができ、多少なりとも自身の成長につながったと思います。

 好きなように書きなぐるだけのこの作品に点を入れてブクマしてくださった方々には本当に頭があがりません。

 長い期間を開けてしまいましたが本当にありがとうございました。

 次作は近いうちにあげられたらと思いますのでその時はなにとぞよろしくおねがいします。

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