右往左往
少女学区の冬の始まり、大金星祭。それが終わり、クリスマス、正月と二大宗教行事が終わると待っているのはバレンタインだ。少女学区の住人達が色めき立つ、甘い甘いチョコレートの日。
二月十四日という日が私は苦手だ。甘いチョコレートの香りが漂うこの日、私の顔色は青くなる。
甘い物が苦手な私にとって甘いにおいが充満するこの日は地獄のようだ。
別にやんでも問題はなかったのだけれど、寮は寮で甘いにおいに浸されていることには変わりない。むしろこの一週間ほどずぅっと甘いにおいが充満していたのでまだ外に出ていたほうがましとすら思える。
登校して一応教室に顔を出したものの、教室内は甘いチョコレートのにおいが濃く香り、とてもではないが授業なんてまともに受ける気にも慣れず、私は梓に体調不良で休むと伝えて教室を出てきた。
冬の冷たい空気は嫌いではない、ひんやりとした空気が体の輪郭を浮かび上がらせるかのような、緊張感のようなものがある。しかしけさばかりはそれすらもチョコレートの甘いにおいにどこかボケている気がする。まったくもってバレンタインデーなどというお菓子業界の陰謀など滅びてしまえばいい。
私はこみ上げる吐き気をこらえながら被服部の部室へと向かう。さすがに我が城の中まではチョコレートの軍勢も攻めてはこれない。相鍵を使って部室の扉をあけて、中にはいると、汚染されていない新鮮な空気に感動すら覚えて深呼吸してしまう。
本当にこの部室を無事手に入れられてよかったと思う。大金星祭からこちら、服やマフラーといったものは作っているものの被服部としての活動は特にまだ何もしていない、そろそろ何かしなくては不味いと思ってはいるのだけれど、インスピレーションが沸いてこないことには創作は出来ない。
だからまぁ、しばらくの間はこうしてこそこそと時間を潰しているのが最善だ。
苦いコーヒーのにおいと、本のページを捲る音だけで部室を満たしているうちに放課後になっていた。食欲は朝からなかったのでお昼もとらずにずっと部室に篭りきりで本を読んでいた。分厚い英語で書かれたあちらのファンタジーの原書である。やはり日本語でないと読むのに時間がかかるがわざわざ手間をかける、無駄を楽しむのが私は好きだ。でないとモノの溢れるこの時代に創作なんてやっていられない。
コーヒーのおかわりをいれて、これを飲み終えたらそろそろ寮に帰ろうと思って再び本に手を伸ばしたところで、部室の扉ががたがたと揺れた。ついでノックの音が二回。
「はいはい」
答えながら席を立って、扉まで向かう。鍵を開けて扉を開けば、そこに立っていたのは宮戸さんだった。
「いらっしゃい」
「あ、はいおじゃまします」
最近の彼女は出会った頃のようなだらしなさはあまりなく、ぼさぼさだった髪はしっかりと梳かれ、目の下のくまは相変わらずだけれど、メイクで隠す努力はしているようだ、服装に関しては制服に着られているという風情だったのが、今は綺麗に着崩している。以前までは人前に立つと震えたり、ろくに喋れなかったりしたのに、最近では随分社交的になった用で、たまに、瀬名さん意外の学院の生徒と一緒に昼食をとっている所を見かける。クッキーモンスターと呼ばれた頃の彼女はもうすっかり居なくなっていた……と思っていたのだが。
「どうかした宮戸さん?」
「いえ……なんでもない」
どこか怯えるようなそぶりで、びくびくとしながら彼女は手近な椅子に腰掛ける。私はその様子を奇異の目で見つめながらポットの所まで歩いていく。
「いつものでいいかしら?」
「あ、はい、お願いします、です」
驚いたように飛び上がるその姿はやはり何か変だ。いつもどおりココアをいれて彼女の前に出してやると、恐る恐るそれを受け取って口をつける。しばらくの間口をつけては熱くて離すということを数度繰り返してから、彼女はほぅと深く息をついてカップを置いた。
その動作はいつもどおりだが、表情は相変わらず硬い。
「それで、どうかしたの? なんだかすごいガチガチだけど」
「い、いえ、そんなことない。ただちょっと、ちょっとまって」
慌てたような彼女の姿はどう見てもただ事ではなく、正直見ているほうが心苦しい。一体何をそんなに緊張しているのか。もしかしたら大金星祭の時より緊張しているのではないかと思うほどだ。彼女はしばらく、吸ってはいてと深呼吸を繰り返して、しばらく、それをつづけて、ようやく意を決したように唇を固くひき結んで鞄の中から小さな箱を取り出して私に差し出してきた。
手のひら二つ分くらいの、一抱えほの箱は、綺麗な黒い艶やかな包装紙でラッピングされ、リボンの変わりに鈍い銀色のチェーンで装飾されている。
「あ、あげます」
「私に?」
「はい」
「これは……?」
「バレンタインのチョコです」
受け取って、私がその箱をしげしげと眺めていると。
「そ、それじゃ私は帰る」
そう言って脱兎の如くかけだした宮戸さんの背中は一瞬で遠ざかり。
私はその箱をもう一度しげしげと眺め、事にようやく頭が追いついてくる。
バレンタイン、チョコ。
宮戸さんが、私に。
包装に使われているチェーンは一目で安物ではないとわかる装飾品の類で。
それが意味するところは。
カァッと顔が熱くなるのがわかった。
こんな風に誰かから気持ちを受け取ることがこんなに恥ずかしいとは思いもしなかった。姫子には面と向かって直接告白されたのにこんな風にはならなかったというのに。いったいこの恥ずかしさはどこから来るのか私には皆目検討もつかない。宮戸さんのあれに釣られたのか。
というか宮戸さんはそういう手の人じゃないと思っていたのだけれど。
でも、しかし、今目の前に、確かにその形があって。
いや、今は頭がついてきていない、とりあえず、この箱の中身を確認しよう。
チェーンをはずして、包装を綺麗に剥がして、現れた白い箱がでてくる。
なぜだろう、嬉しいはずなのにすごく嫌な予感がする。かすかな、甘い香り。
結末をなんとなく察しながら恐る恐る箱をあけるとそこには。
綺麗な小さなチョコレートケーキがワンホール。入っていた。
世間一般的には、おいしそうというにふさわしい、店で出していそうな可愛らしいケーキだ。
私は頭を抱えた。
そういえば、宮戸さんには私が甘い者を苦手だという事を話した記憶がない。対して彼女は甘党である。あるいみこれはごく自然な結果だ。誰が悪いわけでもないのに、なぜだか不幸な結末が用意に想像できる。
途方にくれながら私はそのケーキを眺める。眺めるだけだ。においだけで一杯一杯である。
しかし、このままというわけにもいかない。私は意を決して、フォークでその上のチョコクリームを掬い、一口口に含んだ。
口の中に広がる甘いチョコレートの味と香りに、むせそうになる。とろっと溶けるチョコクリームのまとわりつく甘さに吐き気を催す。しかしはこうにもクリームは舌触りよく口の中で溶けてしまっている時既に遅しである。
おそらく、普通の人間が食べれば、皆舌鼓をうつであろうそれが私にとっては毒に等しい。甘いものを食べるとどうしても頭痛とか食べたものをものしたくなる感覚が襲ってくるのだ。こればかりは生理現象であってどうしようもない。
私は途方にくれて頭を抱えた。
一口でこのあり様である、このケーキを全部食べたら、もしかしたら私は死ぬかもしれない。
しかし捨てるなんてそんなこと出来るわけもなく、かといってこのまま放置、というわけにもいかない。
絶望しながら私はただそこにあって動かぬ立派なケーキにただただ打ちひしがれていた。
どれくらいそうして居ただろうか、再び扉がノックされた。
私はとりあえずケーキを片付けてから客人を向かえいれる。r
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは瀬名さんである。彼女もまた、最近ではすっかりと明るくなった用に思う。ずっと宮戸さんにべったりだったのに、最近では、大上さんと一緒に居るところをよく見かける。かといって宮戸さんと疎遠になったわけでもなく、相変わらず、たまに過保護に接している場面に遭遇するが、それでも、互いの問題を解決できたのか、以前のような病的な印象を受けることはない。
「瀬名さんは紅茶でよかったかしら?」
私が早速そうきくと、彼女は首を振って、
「いえ、長居をするつもりはないので」
そう答えながら、あたりを少しきょろきょろと伺った。
「宮戸さんならさっき帰ったわよ」
「そうですか」
そっけない反応になんだか拍子抜けする。なんだか今日の客人は皆どこかおかしいと思う。
「ところで」
私が首を捻っていると、瀬名さんがそういって私を真っ直ぐに見据えてくる。何度も真正面から受けた、真剣なまなざしだ。
「なに?」
「古河先輩って、甘いもの、苦手でしたよね?」
「そうね、得意ではないわ……」
彼女の口角がにぃっとつりあがったのを、私は見逃さない・
「綾が丹精込めて、この一週間、試行錯誤して、すっごく甘くて美味しそうなチョコレートケーキつくってたんですけど、誰に渡すんでしょうかね、あれ、あんなにがんばってる綾、私初めて見て、あれを貰った人はさぞおいしくたべてくれるんだろうなぁと、私は思ってるんですよ、古河先輩。だってあんなに美味しそうなチョコレートケーキ見たことないですから。まさか甘い物が苦手だっていってもあんなにおいしそうだったら食べちゃうに決まってますよね。あぁうらやましい」
「えぇ、そうね……」
ひどく芝居かかった口調と私をじっと見つめながら微笑むその顔。それはもう心底楽しそうで。彼女は私が甘いものを苦手なのをしっていてそのくせ宮戸さんに告げなかったのは明白だ。いい加減宮戸さんの事を諦めたのかと思っていたらこれである、性格がひん曲がっている。
「まぁ、ともあれ、綾のこと、これからもよくしてやってくださいね」
「貴方は? あの子には、貴方が必要だったんじゃなかったの?」
「もう、大丈夫ですよ、綾は私が思うよりずっと強い子ですから」
そう言った彼女の目はどこか、すこし、寂しそうだ。彼女の気持ちも、私は少し、わからないでもないけれど。彼女のとった選択はきっと間違いではないはずだ。
「それじゃ、私は帰りますので、がんばってくださいね、古河先輩」
彼女はそう言うと去っていった。どうやら私をあざ笑うためだけにやってきたらしい。なんとも、まぁ。やれやれと頭を振って、私は相変わらず減るはずもないケーキを見つめた。穴が開くくらい見つめていたら本当に穴があいてくれたらどれほど嬉しいことか。眼力でこのケーキをこの世からなきものにしたい気分である。
しかし、これはもう、どうしようもない、私は携帯を片手に、電話をかける。
しばらくして、部室にやってきたのは、私が呼び出した梓だ。
「もう、なんですの。私これから武田さんとバレンタインデートなのですよ」
のろけ顔で語る自称親友をひっぱたきたくなるを必死にこらえる。今はこの自称親友が頼りなのだから。
「ちょっと、頼みごとがね、武田さんにも悪い話じゃないから」
「それで、なんなんですの?」
「これ、武田さんに食べてほしいのよ」
そう言って私は綺麗に包装しなおしたケーキの箱を梓に差し出す。
「だ、だめですわよ!? 武田さんは私の恋人なのですからね、親友の貴方とはいえ指一本触れさせませんわよ!?」
「何勘違いしてるのよ。これは、私がもらったの」
「といいますと……?」
「私、甘いもの苦手でしょ? でも、これを送ってくれた子のこと、傷つけたくないからさ、武田さん、甘いもの好きでしょうたしか? だから彼女に食べてもらって感想とか教えてほしいのよ」
私がそう説明すると梓は少し、複雑そうな顔をして箱を受け取る。
「いいんですの?」
「お願い。少しだけクリームないとこあるけど、味は多分いいはずだから」
「まったく、しかたありませんわね。食べたらすぐ連絡しますわ」
「埋め合わせは別にするから」
「待ち合わせもありますし、その足りの話は後で、それじゃ私いってきますわ」
「ん、ありがと」
梓の背を見送って、私は一息吐く。気分はさながら時限爆弾の解体を終えた名探偵のそれだ。ほっと一息といったところだ。とりあえずはこれで、明日にはなんとか宮戸さんに味の感想くらいは伝えられるだろう。
申し訳ない気持ちで一杯だけれど、彼女の努力を無駄にはしたくなかった。味をきちんとわかってくれる人が食べてくれるほうがきっといいはずだ。
まったくもってバレンタインなんて滅んでしまえばいい。甘いお菓子しか作らないお菓子会社も一緒に滅んでしまえ。投げやりな気分でそんな事を考えながら、私は椅子から立ち上がる。
「帰ろう」
誰にともなく呟いて、部室の片づけを終えて私は鍵を閉めて部室を出た。
あたりはもうすっかり暗く、少女学区は静かな夜の街の顔を見せつつあった。
ひどくつかれて物事を考えるの億劫である、大金星祭の時よりも精神的な疲労が色濃い気がする。今日の所は全部忘れて、明日、改めて物事を整理しようと決めて、ゆっくりゆっくりと寮までの道を歩いていく。
そうして、姫百合寮の前までやっとたどり着いたところで、私は天を仰いだ。
これは私が滅んでしまえと願ったバレンタインと、お菓子会社からの意趣返しであろうか。土下座でもなんでもして謝るから、是非とも時を戻して欲しいと、私は切に願う。
寮の入り口の前には、宮戸さんが立っていた。
きょろきょろとあたりを見回す仕草が、私の方を向いて、止まる。逃げることもかなわないようだ。
覚悟を決めて私は、ぐっとお腹に力を込めた。
バレンタインなんて大嫌いだ。
私は出来るだけゆっくりと、宮戸さんのところまで歩いていく。
彼女のほうも私がくるまでじっと待っている。
「どうしたの宮戸さん、わざわざこんなところまで」
私が聞くと彼女は少しバツが悪そうに視線をそらしつつ、頬を染めて、相変わらずギクシャクとした体の動きで謎のジェスチャーを混ぜながら答える。
「その、ちょっと、忘れてたことがあって、ほんとは、来る気なかったけど、もうケーキ食べちゃいました?」
未だ恥ずかしさと混乱からから落ち着きがなくテンパっている様子が伺える宮戸さんからの質問に、まるでそれが伝染するかのように、私も頭の中が混乱し始める。背筋を嫌な汗が伝う。まずい、今はまずい。食べてないと答えても、今、手元にはケーキはないし、食べちゃったと答えて、感想をきかれてもまずい。四面楚歌である。とりあえず、今は、少し不自然でも、答えは先送りにしたい。宮戸さんの忘れてたこと、とやらを聞いておきたい。
「忘れてたこと? ケーキと何か関係あるの?」
尋ねると彼女は顔を赤くしながら一枚の二つ折りにされたカードを差し出してきた。
「これ、箱の中にいれるのを、忘れてて……」
「見てもいいの?」
黙って頷く彼女の了解をえて、私はそのカードの中身を見る。
しかしそこに書いてあったのは、ケーキは切り分けて食べてくださいという、当たり前の内容だ。ますますどう答えていいかわからなくなる。これをなぜ彼女はわざわざ届けにきたのか。
彼女がちらちらと私の胸元のあたりをしきりに確認しているのが視線から見て取れた。一体全体本当にどうしたのだろうか。お手上げ状態で神にすら祈る気分である私を助けるかのように携帯が震えた。
着信は、梓からだ。
宮戸さんの前でというのは、少し怖いが、窮地を切り抜けるにはこれしかない。
「ごめんちょっと、電話が。少しいいかしら?」
「あ、はい、どうぞ」
少しシュンとした宮戸さんの表情に胸が痛む。まったくもって何でこんなややこしい事になってしまったのか。私は携帯の通話ボタンを押す。
「もしもし、梓? ちょうどいい所にかけてきてくれたわね。もうケーキ食べた?」
口元を隠しながら、小声で早口でまくし立てるように聞く。
「それどころじゃないのですよ、千歳!」
耳元でキンキンとうるさい梓の声に思わず耳から携帯を遠ざける。かなり興奮しているのか、電話口からかすかに彼女の声が聞き取れるレベルだ。
「なに、どうしたの、こちとら急いでるのよ」
「だって、このケーキ、すごいんですのよ。あなた、軽い気持ちだったみたいだけれど、中から指輪が!」
「指輪……?」
ケーキから結びつかないキーワードに思わず呆けて口からそんな言葉を呟いてしまった。
目の前の宮戸さんが驚いたようにびくっと身を跳ねさせる。まずいと思った時には遅く、ずいずいと近づいてきた宮戸さんが私の携帯のすぐ横に自分の耳を突き出すようにして未だ喋り続ける梓の声を聞く。
「えぇ、サプライズなのかしら、切り分けようとしたら、ちょうど真ん中から、銀色の綺麗なリングが、包装のチェーンと同じ材質ですから、多分これリングネックレスですわ! 千歳いつのまにそんな相手をつくっていたんですの? 浮いた話がないと思って居たのに、こんど紹介してくれてもいいんですのよ」
見事に、私の働いた悪事は、白日の元にさらされてしまった。
そうか、カードはそのために。
感心をしている場合ではなかった。
怒っているのか、恥ずかしがっているのか、泣きそうなのか、複雑な表情の宮戸さんが私のことをきつくにらみつけている。私は未だにキャンキャンとほえている梓の声を消すために携帯の電源を落として、宮戸さんと向き会う。
「どういうことなんですか?」
宮戸さんの悲しいよな、怒っているような、冷たい声。
「ごめん、私、甘いもの苦手で、でもせっかくのケーキ無駄にしたくなくて、他の人に食べてもらおうって。ごまかそうとしてた、ほんとにごめん」
頭を下げて、許されることとも思えないけれど。私は深く頭を下げて謝る。
「そうですか……知らなかった。私のだから食べたくないとか、そういうのじゃ、なく?」
「誓って、それはないわ」
「なら、いい……ちゃんと確認しなかった、私もあれでしたし」
俯きがちに彼女は消え入りそうな声で言う。その顔からはもう怒りとも悲しみともつかない表情は消えて、気恥ずかしそうな赤い頬の色だけが残っている。
少しだけ安心すると、こんどは、今私の身に起こった事を頭が認識し始める。
サプライズで仕込まれた指輪。
あのチェーンと同じ材質となると、それなりの値段がするはずだ。
それは、つまるところ、宮戸さんの気持ちは、それくらいに。
ゆっくりと頭の中にその意味が浸透していくと、急に顔が熱くなる。箱を受け取った時と同じように、なぜだかとても気恥ずかしい。
私のそんな様子を見てか、つられるように再び、宮戸さんも顔を赤くすると。何かをいおうとして、身振りと手振りをとろうとして、諦めて、わたわたと再びテンパりはじめる。
「ん、ま、まぁとにかく、ほんとにごめんなさい」
「いい、から、とりあえず、私、もう帰る」
いつもなら送っていくと答えたい所だけど、このなんとも気恥ずかしい空気でそれを言い出すのは辛くて。私は頷くことしか出来なかった。
去り際に、宮戸さんが振り返って、一言だけ。
「ホワイトデイ、返事……待ってます」
彼女の今日の一連の行動に一体どれだけの勇気が詰まっているのか、私には到底想像もつかない。ただ、出会った頃の彼女の事を思うと。それは並大抵の勇気でないことと、彼女の気持ちが伝わってきた。
私は、もう一度彼女にごめんと、頭をさげて。携帯の電源をいれた。
吐いてでもケーキを全て食べきろうと、決意していた。
チェーンの通ったリングを私はまじまじと見つめる。
銀色の輪が、光を受けてきらりと輝く。
彼女にこんな風に告白されるなんて思いもしていなかった。
昔、好きだった人に似ている、頼りなく、危なっかしい、守ってあげたい子。
だけどあの人とは違う、きっかけはたしかに昔の想い人に似ていたからだったけれど。
彼女に興味を持ったのは、彼女に手を差し伸べようと思ったのは、他の誰でもない、彼女だったから。
私は彼女の事をどう思っているのか。
今まで、意識したことはなかった。少し意識を向ければ、答えはすぐに出た。
彼女の勇気に、思いに、私は応えねばならない。コートを掴むと私は、静かな夜の少女学区に繰り出す。ポケットに部室の鍵があるのを確かめると、そのままかけだした。