福徳円満
「ごめんなさい、好きな人がいるから」
その一言で私の十数度目の片思いはまたも無残に散ったのだと知った。
私と彼女のほかに誰もいない放課後の教室。
秋の夕暮れは早く、もう窓の外は暗い。
私が呼び出した告白の相手、篠木さんは困り顔で私のことを見つめていた。
「そっか、うん、呼び出しちゃってごめん」
「ううん、でも好きっていってもらえて嬉しかった」
そういって笑う彼女の顔は可愛かった。それはもう胸にざっくりと刺さるくらいに。
「差し支えなかったら好きな人ってどんな人か聞いてもいい?」
特に興味があった訳ではない、ただ居心地が悪くて、なんとなく話題を振ってしまったのだ。
篠木さんは一瞬、寂しそうな顔を見せた後ゆっくりと口を開いた。
「体が弱くて、泣き虫で、ちょっと詩的で、綺麗な人」
彼女の口調から、表情から、ああ本当に好きなんだなとその気持ちが伝わってくるようだった。
それ故に私の傷口は開くばかりか岩塩を塊のまま押し付けられるが如く、酷い痛みを感じていた。
「どうあっても、かないそうにないね、うん、それじゃまた明日」
「また」
小さく手を振って足早にその場を去る。
これ以上あの空間にいたら心の出血多量で廃人になってしまう。
兎に角、今は落ち着ける場所へと帰りたかった。
寮に帰ると珍しいことに既に夕食の準備が出来ていた。
それも私の好物であるエビフライをはじめ、ケーキやピザにいたるまで全て私の嗜好にあったものばかりが食卓に並んでいた。
そうして小さなその食卓の席には、同居人であり、我が妹、藤崎双葉がちょこんと腰掛けていた。双子の妹であるというのに彼女と私はまったく似ていない、短い髪の私とは対照的に彼女の髪は長く、明るく大雑把と言われる性格の私に対して御しとやかで、清楚などと言われる我が妹。その評価については大嘘であると私は声を大にして言いたいのだが、今はそのことはどうでもいい。
「双葉、この料理はなに?」
「姉さんの記念すべき通算十三回めの惨敗記念残念会」
満面の笑みで語る双葉は心底嬉しそうだ。傷心の私の心をいとも簡単に抉ってくれるなんとも鬼畜な妹である。
「準備が良すぎるわよ! 何で振られること前提なのよ!」
「だって姉さんですし」
「理由になってないし」
「世界はそういう風にできているのです」
私が振られるのが世界の常識みたいな言われ方をしてしまった。そんなに私は酷い顔をしているだろうか。一応同じの顔の作りの双葉はそれなりに告白を受けているはずだし、顔は悪くない筈なのに。
「いいから食べましょう姉さん。せっかく姉さんのために作ったのにさめちゃったらもったいないです」
「そうね、いただきます」
「いただきます」
釈然としないものの食べ物には罪は無い。それにこういうときは美味しいものを食べて忘れるのが一番だ。
長年一緒に暮らしているだけあって双葉は私の趣味嗜好をよくわかっている。料理はどれも私の舌に合わせて作ってあり、非の打ち所が無い。
「また料理の腕があがったわね、また太っちゃうわ、この贅肉が、振られた理由なのかしら」
少しだけ気になっているお腹をさする。同じ食事をしているはずなのに、あばらが浮くくらい細い双葉の体がうらやましい。
「大丈夫ですよ姉さん、どんなに姉さんが太ってもあたしは姉さんのこと大好きですから」
「妹に好かれてもしょうがないわ、私も普通の恋愛をしたいの」
「世間一般では女の子同士は普通じゃないですよ姉さん」
「姉妹でなんてもっと一般的じゃないわよ」
「あたしは別に世間体なんて気にしませんから」
席から立ち上がった双葉が身を乗り出してくる、テーブルの上の料理がいくつかひっくり返った。同じ色の瞳が目の前にある。自分と同じ顔がそこにあるのはもうなれたことなのに、少し胸の鼓動が早くなる。
「双葉、料理が」
「後で片付けますから。それよりも姉さん、あたしのどこが不満なんです?」
「不満もなにも、だって妹だし」
「じゃあ妹じゃなかったらいいんですか?」
「それは……」
双葉が妹じゃなかったら、私はきっと彼女に骨抜きにされていることだろう。双葉は小さな頃から、私の趣味に、理想にあわせようとずっと努力している。彼女の長い髪も、細い体も、白い肌に、長いまつげ。料理が上手な所、冷静で大人びているところ。全てが私の好みに合致している。不満などない。
「姉さんの為なら何だってしますよ」
唇を奪われる。
体から力が抜ける。
双葉が私のことで知らないことなんて何もない。
どこが感じて、何に弱いのかも全部知っている。
また、流されてしまう。
「双葉、だめ」
「そんなこといっても姉さん、我慢できないでしょ」
料理などもはや完全に無視してテーブルの上を越えて双葉が近づいてくる。
そのまま床に押し倒される。
「傷心の姉さんをあたしが優しく癒してあげますね」
にっこりと笑う双葉の笑顔は、篠木さんの笑顔とは比べ物にならないくらい可愛かった。
「こんなはずじゃなかったのに」
ベッドの上でしみじみと呟く。隣には裸でけだるそうにしている双葉がいる。
「いい加減あきらめたらどうですか姉さん」
「ダメよ、このままじゃ絶対ダメ。私は双葉に普通に幸せになって欲しいの。こんな生活をしてても将来絶対不幸になるんだから」
「将来なんて先のこと、どうでもいいじゃないですか。それにあたしは姉さんのそばにいるのが一番幸せですよ」
その可愛い顔で言われると心がぐらぐらと揺らぐものの、たかだか数分程度先に生まれた程度とはいえ姉の意地でその笑顔を振り切る。
「ダメったらダメ! 私はきちんと相手を見つけて、双葉を一人立ちさせる」
そう、全ては愛しき人のため。
「無駄だと思いますけど」
「なせばなるのよ」
「まぁがんばってください。あたしは姉さんが諦めるのをゆっくりと待ちますから」
大金星祭が近づく今、相手を見つけるのにこれほど最適なチャンスはない。この期間に私は全力を尽くすのだ。
結局一週間後に再び惨敗し、同じことを繰り返したのは、また別の話。




