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少女学区  作者: uka
11/26

会者定離

 大金星祭まであと一ヶ月を切り、街は俄かに活気付いていた。生徒の自主性を重んじ、自立を促すのを目的とするこの祭りでは、生徒への参加の強制は一切無い。有志達が集まり各自、やりたいことを力いっぱいにやる。

 出し物に関しても風紀的に問題がないとされれば基本的に何をしてもかまわない。

 そのため、日頃お淑やかに淑女であれと抑制されてきたお嬢様達が、抑圧された環境から解き放たれ、思うが侭に自由を謳歌する。

 普通の学校ではこのような体系をとれば出し物の数はたかがしれ、失敗に終わるだろう。この少女学区だからこそ成り立つ、そんな祭りといえるだろう。

 各部活動にとっても、この機会は部員の獲得のための宣伝や、日頃の練習の成果を出すにはもってこいの場所であり、積極的に参加する部活が多い。

 三校での合同ということもあり、互いに協力したり、あるいは体育会系の部活が親善試合を行ったりと、普段はあまり見られない光景もこの期間ならば見ることが出来る。

 あたし、幾田棗が部長を務める夕星女学校演劇部も例外なく、この大金星祭に向けて燃えていた。特に今年は去年までとは気合の入り方が違う。

 去年までは年功序列の考えで実力のある部員が主演にまわされていなかったが、今年、二年であるあたしが部長になったことでその状況は一変した。兎に角実力のある人間を使う。本来なら当たり前のこの考えをやってこなかったのは、やはり夕星が体育会系な所があるせいだろう。

 演目に関しても、散々使い古された使い回しの台本ばかりだったけれど、今年からは違う。主演は三年ではなく、二年、台本はあたしが書いた自信作。そのおかげか部員達の士気も高い。

 明日からの準備期間に入れば、授業は一切なし、不眠不休の過酷な労働が待ち構えている、にもかかわらず、部員達は目を爛々と輝かせて部室へと集まっていた。無論、あたしも眼鏡の下で瞳を闘士に燃やしていた。

「諸君、ついに明日から大金星祭準備期間に入る」

 壇上から見下ろす少女達は皆まじめな顔つきであたしのほうを見ている。

「これからは連日連夜、稽古と準備、各種手続きや打ち合わせなどで忙しい日々になると思う。今日のところは十分に寝て休み、明日からの戦いに備えて欲しい」

 皆が大きく頷いたのを確認して、話を締めくくる。

「楽しい祭りにしよう」

 それぞれの歓声をあげて部員達が応える。士気は十分。演劇馬鹿ばかりが集まったこの部だ、皆ノリがよく真剣に取り組んでくれている。今年は本当に凄い舞台になる、断言してもいい。


「お先に失礼します」

「部長がんばって」

 先に部室を出て行く彼女達を見送り、あたしは部長専用の席へと付く。あたしはまだ、明日からの泊まりこみのための書類を用意しておかなければならない。

 あたしは演技も上手くはないし、手先だって不器用だ、だから脚本を書き上げた今、あたしにできることは、彼女達に少しでもいい環境で、些細なことを気にせず自分達に出来ることを全力でやってもらえるよう、裏方に徹することだけだ。

 練習場所の確保、資材の運搬場所、部室での寝泊りの許可申請、炊き出しのための家庭科室の使用許可、書類仕事だけでもやるべきことはたくさんある。

 一人で黙々と作業を進めていると、遠慮がちに部室の扉が開けられた。

 顔を上げて見れば、真白が深刻な顔をして立っていた。寮のルームメイトであり、この度の劇の主演であり、あたしの憧れである彼女には明日からの激務のために早めに休んでおいて欲しいところなのだが、一体何をしにきたのだろう。

「どうしたの真白? 忘れ物でもした? 明日からあなた、あたし以上に大変なんだからきちんと休んでおかないと」

 声をかけても真白は、その長い黒髪で表情を隠すように俯いているだけで何もいわない。どうしたことだろうと、あたしは席を立って彼女の元へと近づく。

「どうかしたの真白? 大丈夫?」

 髪の毛に隠れたその表情を確認しようと、かがみこんで下から彼女の顔を見上げると、ポタリと、水滴があたしの頬に落ちた。

 驚いてその長い髪の毛を掻き分けてみれば、彼女は声もなくボロボロと泣いていた。

「ほ、本当にどうしたのよ真白。何、何があったの?」

 突然の出来事に動転しあたしはおろおろすることしか出来ない。真白の方もただただないているだけで何一つ喋ってはくれない。あたしも泣き出したい気分になってきたが余計に事態に収集が付かなくなりそうなので、何とか堪えてとりあえず彼女を泣き止ませようとその体を抱きしめた。

「なんだからしらないけど、落ち着いて。いきなり泣かれてもなにがなんだかわからないから」

 彼女から香る甘いコロンの匂いにくらくらする。密着する体から彼女の熱を、存在を感じる。どうしようもなく愛おしくて、押し倒したくなる衝動を理性で繋ぎ止め、彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 あたしより身長の高い彼女を抱きしめながら頭を撫でるというのは、なかなかに厳しい体勢を要求されたものの。そのおかげか。徐々に真白も落ち着きを取り戻して、ようやく泣きやんだ。

「ごめん、棗ちゃん。急に、泣き出して」

「心底驚いたわよこっちは、それで、どうしたの急に」

 あたしが体をはなしてそう聞くと、再び彼女の目じりに涙が浮かぶ、

「いやいや、ちょっと無理はしなくていいから、ゆっくりでいいから」

「ごめんね、やらなきゃいけないお仕事もあるのに」

「別に、すぐ片付くからいいわよ」

 それに書類なんかよりも彼女のことのほうがよっぽど大事だ。

 暫く真白は深呼吸をしては何かを言おうとして目じりに涙をうかべ、再び深呼吸を繰り返すという、なんとも不毛なループを重ね、十数回目の挑戦でようやく声を出すことに成功した。

「私、転校することになった」

 そのわずか二十文字にも満たない一言は、今まで見てきたどんな演劇の台詞よりも、強く、深く、あたしの心を抉った。

「いつ」

「ちょうど二週間後」

 行き場のない感情を手近な何かにぶつけそうになるのを必死で抑える、強く、つよく拳を握って、堪える。

「何で早く言ってくれなかったの!」

 つい、語気が荒くなる。

「ごめんなさい。日付ははっきりしてなかったし、もしかしたら大金星祭は出られるかもしれないって思ってたから」

 また泣き出しそうな顔になった彼女に、ハッとする。彼女のほうが何倍も悔しくて、何倍も悲しい筈だ。ずっと中等部の時から、演劇の主役を演じたいと、大金星祭の舞台に立ちたいと、がんばってたくさん、一緒に練習してきたのだから。やっと掴んだこのチャンスを手放すことがどれだけ悔しいことか、あたしが一番よく知っている。

「なんで、そんな急に」

「兄さんが死んだの、交通事故だっていってた。顔も見たことの無い人だから、それはどうでもいいの。でもね、跡継ぎがいなくなったら困るからって、家に帰って来いって。今まで禄に顔も見たこともいのに、ずっと、この街に放り込んで、親らしいこと何もしてこなかった癖に」

 この街ではよく聞く話。縁談が決まったからと、街を出て行く少女。

 全寮制の淑女を育てるための、特別な街。そう言えば聞こえはいいけれど、良家に生まれ、いつか家のために結婚するその日まで、完璧なお嬢様に仕上げられるあたし達と、いつか、加工され、食品となり、食べられる家畜とあたし達に何の差があるだろうか。

 どんな名家の娘であれそれは変わらない。結局権力を持つのは家であり、あたし達自身では決して無い。ただの子供でしかないあたしたちは親に逆らうことは絶対に出来ない。

「棗にも皆にも迷惑かけて、ごめん。折角、今年はいい舞台になりそうだったのに。雰囲気も悪くなっちゃうよね。本当にごめん」

 泣きながら謝る彼女に、あたしの中の行き場の無い感情に火がついた。悪いのは真白じゃないのに。本当に悔しいのは彼女も一緒のはずなんだ。だから、あたしは、彼女のために、あたしのために、やれるべきことをやろう。

「泣かないで、真白」

 もう一度彼女の体を抱きしめて、耳元であたしは言う。

「公演やろう。二週間後」

「無理だよ一ヶ月でもぎりぎりなのに。それにそしたら当日はどうするの」

「無理でなんでもやるの。当日は、二週間前倒し」

「でもそんなの、皆が……」

「納得させる、いや、皆納得してくれる。だって皆演劇馬鹿だもの。大丈夫、あたしに任せて、最後だとしても最高の思い出作って上げる」

 そういうと彼女は再び、大粒の涙を流してボロボロと泣き始めた、あたしは真白を抱きしめて、この子の為に、出来る限りのことをしようと強く決めた。

 これから、望みもしない人生を送る彼女のために、あたしから送れる最高のプレゼントを。


 真白が落ち着くのを待って、あたしはすぐさま部員達を招集した。大金星祭公演についての重要な案件だと告げると、彼女達はすぐさま部室へと集まった。本当にいい部員達に恵まれたと思う。彼女達ならきっと協力してくれるはずだ。

「忙しいところ急に呼び出して悪かったね」

「でも、部長どうしたんですか急に?」

「公演になにか問題でも?」

「ええ、そうね、大問題よ」

 そういうと、彼女達は皆、真剣な顔になって、あたしの次の言葉をまった。

「今回の主演、新垣真白さんが、二週間後転校することが決まったわ」

 そう告げた途端、周囲がざわめく、それはそうだ、今回の演目は、彼女を主演にすることを前提に今までの準備を進めてきたのだ。その主演に穴があくとなれば、冷静ではいられない。

「どうするんですか部長」

「今から脚本書き直しますか?」

「それとも他の主演を」

 騒ぐ部員を黙らせるためにあたしは机を力いっぱい叩いた。シンと静まり返る部室。

「演目も、主演も変えるつもりは無い。変えるのは日程だ、真白がこの街を出る二週間後、その前日に、あたし達は公演をする」

 先ほどよりもざわめきは大きくなる。それはそうだ、一ヶ月の準備期間でもぎりぎり、それを半分の二週間、さらには今まで目標にしてきた大金星祭ではなく、なんでもない二週間後のただの平日に公演をしようというのだから。

「そんなの、いくらなんでも無理です」

「だいたい、そうしたら大金星祭はどうするんですか」

 周りから上がる声を無視して、あたしは大声を張り上げる。

「黙りなさい!」

 再び静まりかえった部室にあたしは腹のそこから声をだす。

「あたし達の目的は何? 大金星祭で演じること? 違うでしょ? あたしたちの目的は、目標は、最高の舞台を作ることでしょう。そのためには、真白の力が必要なの、今のあたし達で出来る最高の舞台には彼女の力が絶対に必要なの。それは皆分かっているでしょ?」

 異論の声は上がらない。皆、知っているのだ、この部活で皆がどれだけがんばってきたのか、各々の実力をよく分かっているのだ。

「あたしだって、彼女だって、万全を期した状態で、大金星祭でやりたかった、でも、それはもうどうがんばっても無理なの、悔しい事だけどね、だったら、今出来ることをやりましょう、最高の舞台を作る為にできることを、彼女にこの街で最後の、最高の思い出を残してあげましょう」

 ワッと歓声があがる。そうだ、ここにいるのは皆演劇が好きな馬鹿者たちの集まりだ。こういう逆境こそ、ドラマこそ、あたし達の求める舞台なのだから、ここで燃えなければ、ここでやらなければ、本物ではない。

「部長かっこいい!」

「やりましょう! 絶対成功させましょう!」

「二週間でどこまで出来るか、逆に楽しみなくらいだわ」

 やれるはずだ、あたし達なら。

 涙をながす真白の頭を撫でながら、これからの二週間のことを考える。

 きっと忘れられない二週間になる。

 絶対に最高の舞台にしてやる。だから、

「まだ泣くのは早いわよ、全部終わってから泣こう、真白」

「うん、ありがとう、棗ちゃん、皆」

 泣いている彼女を皆でからかって、慰めて、本当にいい仲間が揃ったと、部長として鼻が高い。

 初日から徹夜で書類を書かねばならぬなと、皆の為に、真白のために、あたしは気合を入れた。


 それからの日々は目の回るような忙しさだった。朝から夜まで街中を駆け回り、書類作成、手続き申請、資材のチェック、宣伝、開いた時間には稽古に顔を出して脚本家としての意見を出して、再び事務仕事へ。みんなろくに寝られていないのに生き生きとして目の前の目標へと燃えていた。

 もうすぐいなくなってしまう真白のそばにあまりいられないのはすごく辛かったけど、真剣に、楽しそうに、練習する彼女の姿を見るだけでやる気はいくらでも湧いてきた。

 あっという間に時間は過ぎて、公演前日の夜。

 皆、満身創痍で疲れ果てていた、当然だ、一ヶ月かけて準備するはずだったものをその半分で全て終わらせてしまったのだから。でも、まだ、これで終わりじゃない。明日の公演で成功を収めるまで気を抜くことはできない。

 とはいえ、本番に寝不足、というわけにもいかないので部員は全員早めに寝るように言い渡した。いくつか残ったか資材や衣装のチェック、明日の運搬のチェックはあたしひとりで十分できる仕事だ。

 書類を片手に薄暗い部室の中を歩く、

 漏れなどは特にないようだ。今更そんなものが見つかっても困るのだが。安堵のため息をついて席へと腰掛ける。窓からは大きな月が見えていた。

 静かに部室の扉が開く、視線をやれば、真白が缶の紅茶を両の手に部室に入ってきたところだった。

「早く寝て明日に備えてって言ったでしょ? 主演の肌が荒れてともても見てられない公演だったなんていわれたら末代までの恥よ」

「大丈夫だよ、肌は女優の命だから、手入れはかかさないの、それよりもお疲れ様棗ちゃん、差し入れ」

 差し出された紅茶をありがたく受け取る。砂糖たっぷりの甘ったるい紅茶だけど疲れた体には嬉しい味だ。

「折角だから乾杯しましょうか」

「明日の成功の前祝だね」

「そうね、明日の成功を祝して、乾杯」

 軽くぶつけたスチールの缶はなんとも間抜けな音をあげる。競い合うように缶の中身を空にして一息つく。隣に座り月光に照らし出された彼女のシルエットは驚くほどに美しい。

「本当に、二週間でここまでできちゃったね」

「あたしの言葉、疑ってたの?」

「だって、普通に考えたら出来るって思わないよ」

「あたしは、最初から皆ならやってくれるって信じてたわ。ま、予算とかオーバーしちゃって実際はちょっとあれなんだけどね」

 そういって笑って見せると、彼女もまた同じように笑みを返してくれる。こんな幸せな時間はもう味わえないんだと思うと、無性に悲しくなってくる。

「明日終わったら、本当にいなくなっちゃうんだね」

「うん」

「まだ、全然現実味がないんだ。ここの所余裕もなかったし」

「私も、明後日にはもうこの街にいないなんて信じられない」

 小さな頃から、ずっと隣で彼女を見ていた。可愛くて綺麗で、特別な存在なんだと、少しでも近づきたいと、そう願って、努力をし続けてきた。

 本当はあたし、演劇に興味なんてなかった。でも貴方が女優になりたいとそう言ったから、あたしは必死になって演劇を学んだ。

 平凡で、背も低くて、演技も下手で、役者になれないと悟ってからは脚本家になるために全力を尽くした。貴方が主役を演じる、あなたのための物語を書きたいとそう思った。

 気づいたらあたしも演劇を好きになっていた。そんな不順な動機ではじめたあたしが、この先も演劇を続けて行くというのに、本当に純粋に演劇をやりたかった真白がここで諦めなければならないなんて、神様は意地悪だ。

「真白がいなくなったら、あたし、誰のために脚本を書けばいいの?」

「書いてよ、私のために、それで有名になってよ、そしたら見に行くから」

「あたしが書く脚本は、真白が主役じゃないとだめなの」

 真白は困った顔をみせながらぎゅっとあたしの体を抱きしめた。やわらかい暖かさに包まれて、もうすぐ、あたしはこの暖かさを失ってしまうのだと思うと、涙があふれて来た。我慢しようと思っていたのに。

「私、棗ちゃんの書くお話大好きだよ。だから書いてよ、私に見せるためにたくさん」

 あたしは何も答えられなかった。彼女がいなくなってしまったあと、話を書き続ける自信はなかったから。

「書いてくれないの? 書いてくれないと、嫌いになっちゃうよ?」

「や、やだ!」

「じゃあ、書き続けてくれるよね」

 神様よりも彼女のほうが意地悪だった。こんなの頷かずにはいられないじゃないか。

「ごめんね、でも私なんかのことで辞めて欲しくないんだ。棗ちゃんには才能があると思うから。本当は、大好きだよ、棗ちゃん」

 胸を絞られるような、締め付けられるような、息苦しさに、狂いそうだった。こんなときに、もう別れる事が決まってしまっているのに。

「あたしも、ずっと好きだった」

 どこにも行かないで欲しい、ずっと傍にいてほしい。

「もっと早く言えればよかったのにね、もし嫌われたらって思うとずっと言えなかったんだ」

「あたしも、怖くて言えなかった」

「両思いだったのに私達馬鹿みたいだね」

「そうだね、もしこんなことがなかったらずっと言えなかったのかな」

「我慢しきれなくて、私が襲っちゃってたかも」

 そんな彼女の冗談に二人して笑う。すぐ目の前にある彼女の髪が笑い声にあわせて揺れる。それがとてもくすぐったい。

「棗ちゃん、我慢できないからキスしてもいい?」

 突然真剣な眼差しで、そんなことを言われて、あたしは顔から火が出そうになる。部室の電気がついてなくてよかったと思いながら小さく頷く。見慣れた顔が目の前に迫ってくる。潤んだ真白の瞳はいつも以上に綺麗で、吸い込まれそうだった。

 唇と唇の軽いキスを何度も繰り返して、それだけすごく気持ちがよくて、目の前のことにだけ夢中になっていく。

 別れが辛くなるのを自覚しながら、その辛さを少しでも忘れるために。

 これから起こること、全部覚えていようと思った。真白の表情、息遣い、声、指の動き、痛みも、気持ちよさも、全部。


 結果からいえば、公演は夕星女学校演劇部の歴史上、最大の成功で幕を閉じた。

 大金星祭でもぜひ上演してほしいとの声も各所から上がった、それら全てを丁寧に断るのはなかなかに骨が折れる作業だった。

 主演を演じた真白は、少女学区で一躍憧れの時の人となったが、本人はそれを知らぬまま、街を出て行った。彼女が転校してしまったという事実が広まるうちに事態もすぐに収束していった。まるで流れ星のような一瞬だけれども、強い輝きを放って、彼女の女優人生は幕を閉じた。

 メールと電話で連絡は取れるとはいえ、物理的な距離はいかんともしがたく、彼女がいなくなってあたしはすっかりもぬけのからとなっていた。

 間近に控える大金星祭に沸き立つ喧騒の中、あたしは一人部室で、紅茶を飲みながら一枚の写真を眺めている。

 舞台衣装に身を包む凛々しい姿の真白の写真。

 この街でも一際有名な写真狂いに撮ってもらった一枚は、今までに見たことのないくらい完璧な写真で、非の打ち所がなかった。

 しかしそれでも、本物の彼女には到底適わない。写真を胸ポケットへと仕舞い、深いため息をついた。

 ほんの少しだけ、足を止めることを許して欲しい。嫌わないで欲しい。

 この痛みから立ち直ったら、すぐに書き始めるから。

 貴方のために書き続けるから。

 待っていて欲しい、出来るだけ早く、あたしは有名になるから。誰もが知っている、演劇に興味がない人間でも、あたしの名前をしっている、それぐらいのすごい脚本家になって見せるから。

 そうしたら、どこの馬の骨とも知らない奴なんて放っておいて、家の権力なんて捨てて、二人で一緒になろう。

 やれば出来るんだって、また、証明して見せるから。

 あたしの話の主役は真白じゃないとだめなんだって、世界に対して言ってやる。


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