3月8日
……なんだあいつは。
「さーなんだろね?おかしいってのは分かるわね~。」
頻りにキョロキョロと周りを見る男が一人。
この距離では聞こえないが、ぶつぶつ呟いてもいるようだ。
「春だしおかしー人の一人くらい珍しくもないんじゃなーい?」
「そうかもな。だが……。」
ここの所いわゆる“おかしー”事が起きすぎな気がする。
重力の原点使いである春日井直太と出宮真の戦い。
妙な赤い奴の出現。
「轍醍醐でも倒せなかったってあれね~。」
「そうだ。」
三人の孤立狼が此処HAJACKに来た。
そしてその内の一人糸井草春が、ベルサーチ・マリオネットを殺した。
「なーに?なんかが動き出したとでも言いたいの?」
「……かもな。」
「まー私にとってはどーでもいいけど、って左宇君。」
「ん?なんだ?」
ついついとシャツの裾を引っ張られたので立ち止まる。
「あのおかしー人こっちに来るよ~?」
「おおホントだ。」
人を掻き分けつつ、時に人を押し抜けてこちらに走って来る。
「お、おおおお前か!お前があああ!」
「は?俺?」
無駄な被害を被らない様下がった民衆の間から、俺に指を指すおかしー男。
「お前が俺を!」
「知り合いなの左宇君?」
「いや。俺にこんな支離滅裂を絵に描いた様な友人はいないと思う。」
俺が知らないだけで、何処かで恨みを買ったのかもしらんが。
「お前……お前が俺の名前を言うかあああああ!」
「は、ちょっと!おいおい何なんだ一体……。」
いきなり殴り掛かってきた男の拳を軽く弾き躱す。
「はあ……はあ……避けるなよおおお!」
「いや、だって。殴られたらよっと。痛いじゃん。」
ぶんぶんと、まるで対象を補足しない拳の嵐から離れる。
一体全体なんなんだマジで。
「やっぱ知り合いなんじゃなーい?」
「そんな筈は無いんだがな。ちょっとあんた落ち着いてくんねえかな。」
「うわああああ!」
……無理みたいね。
仕方ない。
「動きを止めるためだ。恨むなよ!」
「があっ!?っげほ!」
腹に軽く殴りを入れてやる。
あいや、軽いつもりだったが、思いの外綺麗に決まったらしい。
男は外聞も気にせず、涎を飛び散らせながらのた打ち回っている。
「ゴメン。結構痛かったみたいだな。でもあんたが悪いんだぜ?いきなり殴り掛かってくるからさ。」
「あ、はっ……ぐう……。」
「で、ちょっとは落ち着いてくれたか?」
男の前に座り込み話し掛ける。
痛みが引いてきたのか、男はのた打ち回る事を止めた。
代わりに血走った目で俺を睨んでいるけど。
「俺があんたの名前を呼んだとか言ったな?あんたの名前なんて俺は知らないんだがな。」
「は……。じゃあ一体誰だ!答えろよおおおお!」
……全然落ち着いてない。
「いや誰だって言われても。俺は阿部左宇って名前なんだけど。」
「お前じゃない!誰だって聞いているんだあああああ!」
「はあ?だから左宇だって―――」
「うるさあああい!お前じゃないだろ!うわあああああああああ!」
「いてっ!あ、おい!」
起き上がった男に突き飛ばされよろめく。
その内に男は走って近くのビルに入ってしまった。
「あららー。行っちゃったね~。」
「ったく。なんだったんだよありゃ。」
「さーねー。ってあれ?ねえ左宇君。」
「あ?なんだ?」
「ほら~。あれあれー。」
つんと立てた人差し指で妙が宙を指す。
正確には、さっき男が入っていったビルの屋上みたいだ。
「ん。ありゃさっきの男じゃねえか。この短時間で、エレベーター無しの10階建てのビルの屋上まで行くなんて凄いな。」
「ん~。感心してる場合なのかなー。あれ飛び降りるんじゃないの?」
「かもな。」
死にたきゃ勝手に死ねばいい。
正義を謳ってはいるが、他人の自殺願望を押し止める役まで買った覚えはないからな。
衆人の“あ”という声と共に男は落ちた。
奴は走馬灯を見ながらゆっくり落ちてきたつもりだろうが、実際は十秒も経っていないだろう。
落ちた男から血、肉片が吹き飛び周りに散った。
衆人は悲鳴を上げ、口々に“警察だ”だとか“救急車を”とか言っている。
「……自殺するのはいいが、ほらよく言うだろ?“死ぬのは勝手だが、他人に迷惑をかけるな”ってさ。」
再び倒れた男の前に座り込みながら言う。
「その点でいくと、あんたは0点だな。」
ま、誰にも迷惑かけない様死ぬなんて、天涯孤独でもなきゃ無理か。
そうでないなら全人類殺さなきゃな。
「行くぞ妙。警察が来ると面倒だ。」
「あいあいさ~。」
……面倒な事は既に起きているかもしれんが、これ以上増えるよりはマシだろう。




