起床
「……ッ。……?」
「あ、起きましたかベルサーチさん。」
目を覚ましたっぽいベルサーチに声を掛ける。
「……更月君かい?ええっと、……?」
「説明します。何故俺が此処にいるか。俺の中の悪魔、……ベレトが言ったんですよ。取りあえず調べるなら血痕の近くにある建物を調べるべきだとね。」
本当は悪魔がだが、それをベルサーチに言う訳にはいかない。
「そして、適当に入ったこの家でベルサーチさんが気絶しているのを見つけたんです。」
「……成る程。」
「外傷、もとい内臓系、脳などへのダメージも認められなかったので“回復”は使用していません。気持ち良さそうに落ちていたんで起こすのも止しておいたんです。」
何度か試したが起きなかったので、だが。
「起こした方が良かったですかね?」
「いや、いい。ありがとう。」
「じゃあすまないんですけど、説明してもらえますか?何があったか。ま……。」
床に落ちている物を見れば大体予想はつく。
蟲の脚、蟻の頭、しかもやたら歯?が発達した物が落ちている。
[聞くまでもなく、ベルサーチが戦った相手は十中八九蟲使いだろう。]
だよな。
「ああ……。分かった話そう。今は……二十時か。大分寝てしまったようだな私は。」
「俺が見つけたのが確か十六時くらいですから、大分と言っても間違いないですね。」
「そうか……。よし、寝ぼけた頭で悪いが説明させてもらう。」
血痕から10km圏内の建物を調べようとしたこと。
その範囲に建物が五軒あったこと。
そのうち一軒がその昔、ベルサーチと糸井草春、糸井に殺された5人が一緒に生活していた家だったこと。
そしてこの家に来たこと。
糸井と戦ったこと。
戦況は五分だったこと。
「だが、奴の操る大群が私に一斉に襲い掛かった瞬間、私は誰かに殴られ気絶した。以上が私が体験した出来事だ。」
「成る程。何と言うか、ご苦労様、かな。」
「ははは。ありがとう。」
……しかし。
[“防御”を星三十も掛けたのに、それをただの打撃で破ったのは不可解。か?]
その通りだ。
「ま、何はともあれ無事で良かったですよ。」
「そうだな。気絶した私を放ってそのままにしたという事実には、少し苛立ちを覚えるけどね。」
同時に感謝もしているけどと言いながらベルサーチは立ち上がった。
「感謝ですか?」
「ああ。クサイと言われそうだが、まだあいつを殺せるチャンスがあるということだからね。私が生きているということは。だから、殺さなかった草春と、私を気絶させた奴には感謝している。」
「成る程。」
「さて、悪いが私は行かせてもらう。」
「え?」
「早くセナリアさんを見つけなきゃ、だろ?」
「そりゃそうだが……。」
あんたは起きたばっかりなんだぜ?
[と言った所で、奴が諦めるとは思えんな。]
それもそうだが……。
「という訳で、君はもう帰れ。」
「……へ?今なんて?」
「帰れ、と言ったんだ更月涼治。」
「……いや。いやいやいやいや。待ってください何でそうなるんですか?」
「君が来ても仕方がない。率直に言おう。足手まといだ。」
んな馬鹿な。
言ってはなんだが、俺はここ一週間でかなり腕を上げた。
ベルサーチにだって負けていないという自負がある。
「お言葉ですけどねベルサーチさん。俺だって―――」
「“マリオネット”。」
[避けたほうがいいぞ。]
え?
……言うのが遅いよ。
「な、く……!なんじゃこりゃ!」
右手の人差し指から薬指にかけて糸が巻き付いている。
何て言えばいいかな。
人差し指の上から中指の下へ。更に薬指の上に行き、中指の上へと言った具合に巻き付いているんだ。
「……思い出した。これって前に糸井草春と会った時に使ってた糸だ。」
「その通り。“マリオネット”。私が開発した術式兵装さ。瞬間的人物操作を可能にする代物だ。」
瞬間的人物操作?
[全く……。脚を前に出してみろ。]
は?
[いいからやれ。]
言われたまま脚を……!
「く……ぬぬぬぬぬ!」
「動かないよ残念ながら。」
ベルサーチが椅子を持ってこちらにやって来る。
「何も体全体に巻く必要はない。一般人なら指先に一周巻くだけで操れる。」
俺を椅子に座らせ、ベルサーチは続ける。
「……やはり君は強いね。」
「え?」
「魔術師でも、今の君にした巻き方を一周すれば操れる。なのにどうだ。君の場合は五周だ。こんなことは初めてだよ。」
「お褒め頂き大変光栄なんですけど、さっさとこれ解いてください。」
「大丈夫。例え私が戻らなくても、その糸は一時間経てば自然に消える。」
それで言いたい事は全て言ったとでもいうように、ベルサーチは玄関に向かっていった。
「待ってくださいよ!危険ですって!せめて、俺じゃなくてもいいですから応援を……。」
「……あの日、草春を止められなかった責任は私にある。ならば、責め苦も一人で背負うべきなんだよ更月涼治。」
じゃあねと言い残し、ベルサーチは部屋から出ていってしまった。
「っ……!馬鹿野郎!」
死ぬ気かよあの人!
[死ぬ気で掛からなければ死んで終わりだろうからな。]
そういう問題じゃないだろ!
[取りあえず落ち着け。“マリオネット”、解除出来そうか?]
……糸自体に対した強度は無いっぽい。
ミシン糸みたく、指でプチッと引き千切れるだろうよ。
「だけど……体が動かせない1㎜も。それどころか、呪文も使えないし術式兵装も出せない。」
[それ程の拘束力、そして操作力を持つか……。あの男を見くびっていたかもしれんな。]
だからって……一人で立ち向かうなんて無茶だよ……。
俺は閉ざされた扉を見つめながら、己の無力さに浸り沈んでいった。




