回顧2
「おい……草春!大丈夫か草春!」
全身血だらけで床に転がる草春。
見える範囲でだが、顔や腕、至る所の肉が削げている。
他の箇所も、血に埋もれているだけで、そうではないかと考えるのは難くない。
「あ?ベルサ……か。よいしょっと。」
そんな緊張感の無い声を上げながら壁に寄り掛かり座った。
「いやいやおいおい!大丈夫、ではないよな見れば分かる。何があった?」
「……古代から人ってのは、その欲望を満たすため、時には物を、時には他人を、そして時には自らを犠牲にしてきた。」
「は?いや、一体何を?そんなことよりさっさと“回復”で―――」
「いいから聞けよ。煙草、ないか?吸いたいんだ。」
「あ、ああ。」
煙草を一本渡し火を着けてやる。
「ふー。蟲を強化するには二種類の方法がある。一つ、単純に“強化”を掛ける。」
「……二つ、肉を喰らわせる。」
「御名答。しかも家畜とかそういう肉じゃない。」
端的に言えば、人肉だ。
「すー……ふー。家畜ほど産まれてきて後悔する存在はいないだろう。死ぬことだけでなく、殺されることを産まれた瞬間運命付けられるなんて。彼らに思いを重ねると、死にたくなるよ俺は。」
「またそんなどうでもいいことを……。」
俺は言いたくなどない。
その先に待つであろう言葉、答え、それをきっと俺は分かっている。
だが、それを言うのは躊躇われる。とても。
「目は常に前を見ているし、野心は上しか見ない。」
「え?」
「思いついたことはしたくなるのが俺の性分だ。」
言いながら、ベロっと剥がれかかった皮膚を引き千切った。
何を思ったのか草春は、それを自らの口に運んだ。
含み、咀嚼し、嚥下。
「成る程……俺の味はこれか。大して美味くないってのに、奴ら凄く群がったな。」
「お前やっぱり……。」
自分の肉を喰わせたんだな。
蟲に。
「まあ、“あれだけ”喰ったんだ。当分は必要ない。」
「……草春?」
“あれだけ”……?
「内臓……特に“心臓”が好みの様だ。後は、そう、“脳”だな。後でメモしねえと。」
「……おい。」
「さすがに“脳”はな。手前のもんをやる訳にゃいかねえからな。ははは、まあ“心臓”も然りだけど。」
「草春……。」
「ああそうだ。案外と、“眼球”なんかも好きだったな。中に入ってる液体をちゅーちゅー吸ってた。樹液に似てんのかもなははは。」
「おい草春!」
ヘラヘラ笑いながら独り言を言う草春。
こいつは何時もそうだ。
集中すると周りの声を全て遮断し、一人でまくし立ててそれで終わり。
って、今はそんなことどうでもいい。
「おい。お前まさか。」
「はははははは。ん?ああすまんなベルサ。何か用か、っておいおい。何だよこの腕は。」
「何だよ、じゃないだろこの野郎。」
血だらけのシャツの胸倉を左手で掴む。
草春を壁に押し付け目で威圧するが、ヘラヘラは止まらない。
「お前、人を、自分だけじゃなく他人を喰わせたのか!」
「は。はははははは!話の流れで分かるだろ?一々んな詰まんねえ事聞くなボケ。それに言ったろ。」
「……何?」
「時には他人を、だ。」
一層深く不快な笑顔を見せた所で、俺は我慢の限界を迎えた。
「この、馬鹿野郎!」
左の頬に思い切り拳を振るう。
草春は派手に吹っ飛び、煙草が口から離れて、床に転がる。
それでも奴はヘラヘラ笑っている。
何だよこれは……。
昨日までは普通だったじゃないか。
俺は本を読み、草春は呪文を構成する。
そして夜は7人で食事……を……。
……今は午後四時。
何時もなら皆……。
いきたくない合点がいった。
「おい……。これだけには、この質問の答えにはノーと答えてくれ。」
でないと……俺は。
「他の皆。」
「ああ、それならあっちにいるよ。」
俺が質問を言い終える前に草春は違う解答を示した。
指差す方にあるのは襖だ。
その奥には八畳の畳で構成される和室がある。
当然というか何というか、俺はその襖を開けた。
後悔した。
「……っ!」
鼻を覆いたくなる濃い血の臭い。
赤が染み付いた畳。
そして、転がる骨や皮の残骸。
髪の毛や爪何かも落ちている。
「吐かなかったな。偉いじゃないか。は、ははは。はははははははははははは。」
草春の高笑いが頭に響く。
聴覚には不協和音。
視覚には鮮烈な赤。
嗅覚には不快極まる臭い。
これだけでも十分叫ぶには足りるだろう。
そして更に触覚にも変化が。
不快さを感じた右腕を見るとそこには、血を浴びたヘラクレスオオカブトがいた。
過去を思い出すのを止め、自分の右腕を眺める。
傷痕何かは、無い。
「お前は一応操り師だからな。咄嗟に一匹のカブトムシくらい操るのは訳ないだろう。」
「……草春。」
記憶にだけ存在していた奴が、今目の前に現れた。
記憶と違う事と言えば、血だらけではないという点だけ。
「ベルサ。あのお嬢さんを見つけに来たのか?」
「……やはりお前が関わっていたのか。」
「イエース。仲間に引き入れたい奴がいてなー。そいつが、“千からなる死因の共鳴”と、“多角鋭式六頭霊影刃”を欲しがってなあ。」
それでセナリアを拉致した、という訳か。
となると……更月君には悪いが、あの子の生存確率は……。
「安心しろ。両手両足の腱とベリネを切ってるだけで至極元気だ。」
はははと不快な笑い声。
相変わらずの不快さだ。
「世の中にはな、対象の術式兵装をコピっちまう奴がいんだよ。更にそれを他人に与えることもな。あははははははは。」
「そうか。ならいい。」
「あ?」
「死んでないならそれでいい。お前が誰を仲間に引き入れようとそれもいい。事が済んだのならさっさとセナリアさんを解放しろ。」
「……いいんだよ。いいんだけどよ。」
……!
既に囲まれている、か。
術式兵装“マリオネット”を取り出す。
「何のためにお前を生かしたと思ってんだよ。それ、その糸の術式兵装“マリオネット”。あの時はまだ試作段階で詰まらなかった。」
小さな蟻達が何匹も何匹も蠢動している。
目の前の人を喰らわんがために。
「だから殺さなかった。いや、もしかしたら殺せなかったのかもな。お前は俺にとって一番の仲間だったから。」
「……。」
「……く、はははははははははははは。って、んなこと言うわけねえだろ。」
「ふ。知っていたさ。」
“マリオネット”を両手の指一本一本から垂らす。
「さあ見せてくれよォ!完成した瞬間的人物操作をよ!」
「無論。」
お前は俺と同じ操り師になる事を否定した。
オリジナリティー、アイデンティティーを求めて蟲使いになった。
俺と同じでは詰まらないと。
なら俺も同じだ。
お前は自分を“俺”と呼ぶ。
些細な事だ一人称なんて。とてもとても。
だが、お前から離別し、お前をいつか殺すため、俺は私になったんだ。




