Corrosion
「はい、お早うございます皆さん。」
巨大ディスプレイの前に立つジェイカー・リットネスが、昨日見せた笑顔のまま朝の挨拶をした。
「さて、私が此処に立っている事から分かるように、皆さんには今から“腐食”の授業を受けていただきます。それはさておき、今日は中々冷えますね。こういう日は熱感知細胞に感謝しても仕切れないです。」
「そうですね!」
[……喧しいな。]
確かに。
ジェイカーが喋る度にキャーキャー言っている女が7人いる。
最前列に陣取りキャーキャー言っている。
キャーキャーキャーキャーキャーキャーキャーキャー。
喧しいったらありゃしない。
[だが、苛々しているのは我々だけの様だな。]
言われてみればそうだな。
周りの生徒は手持ち無沙汰といった具合に、ペンを回したり、隣の生徒と話したり、多分ベリネで何かを見ていたりする。
それらをまるで意に介していないのか、ジェイカーはペラペラと“腐食”について関係ない事ばかり話している。
[今日は雑談の日か?だとするならば詰まらん。さっさと此処から出ろ。]
まあ待てよ。授業の前に雑談するなんてよくある事さ。
「ははは。そうですね。ではそろそろ授業を始めましょうか。」
ジェイカーが雑談を始めてからきっかり7分。発したその一言をきっかけとして、今まで余所事に興じ、騒いでいた生徒達が静まり返った。
ほらな?雑談タイムだったんだよ。
[うむ。]
「“腐食”は名前の通り物を腐らせる呪文だ。星の数は腐食速度と腐食範囲に影響を与えます。セナリアさん、例えばどんな物を腐らせる事が出来ますか?」
最前列でキャーキャー言っていた内の一人、真ん中、つまりジェイカーの真ん前に座っている少女が立ち上がる。
「生き物なら何でも。人間から寄生虫まで。木や細菌、ウイルス等も可能です。現代ではそれを応用し、風邪の特効薬も発明されていますジェイカーさん。」
「はいその通り。“腐食”は壊すだけが能ではない。使い方をしっかり知れば修復も可能なんです。」
そうなのか?
[ああ。上手く使えば、癌だって壊死させ消し去る事が出来る。]
マジで?そんな事今まで聞いたことがない。
[だろうな。理論的に可能な事は、“腐食”について学んだ者なら誰でも分かるだろう。]
じゃあやらないのは何故?
[いいか聞け、創造と破壊は常に曖昧だ。創っていたつもりが、実は壊す事に繋がっている等よくある事だ。この場合も同義だ。人間の体が行う生命活動の一つにアポトーシスというモノがある。これについての説明は割愛する。自分で調べろ。このアポトーシスは中々優秀なプログラムでな、人の癌細胞を消してくれる。]
それで?
[“腐食”により癌を消すというのはかなり繊細な作業だ。ピンポイントで消せるのは、負悪魔で、名を冠している奴くらいだ。そうでない奴だと、癌以外の場所にも“腐食”が掛かってしまい、さっき言ったアポトーシスまで損なわれる事になる。]
成る程。つまり更に癌を促進する訳か。
[しかも範囲を広げてな。]
「例えば癌を治療する事も不可能ではない。理論的には、だがね。」
丁度同じ所をジェイカーが説明している。
「これは第二科で話す内容なので割愛するよ。さて、では“腐食”の基本的使用法を詳しく―――」
その後53分きっちり“腐食”についての授業を受けた。
知らないことは、知っている事以上にあったので面白かった。
何となくだけど、俺には向いてないな腐食は。
授業の終了を告げ、俺の方へ感想を聞きに来たジェイカーにそれをそのまま伝えてみた。
すると彼は笑顔のまま、“安心したよ”と言った。
「どういう意味ですか?」
「君が私のポストを狙わないことが分かって、ということさ。」
その一言とウインクを残し、ネクローシスは前へと戻っていった。