Idle talk
「では改めて自己紹介を。私はベルサーチ・マリオネット。25歳。主に“操脳”で教鞭を執っている。」
「よろしくお願いします。」
差し出された右手を右手で握り返す。
差し出したベルサーチは、ネクローシスにアイコンタクトを送っていた。
「えー、では私も改めて自己紹介しますね。名前はジェイカー・リットネス。当然ネクローシスは渾名です。殆どの人はネクローシスだとかネクロだとか呼ぶけどね。さっきも言ったと思うけど、“腐食”が得意だ。“腐食”の授業をやるから、良かったら受けにきてね。これからよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
再び差し出された別の手を、前と同じ様に握り返す。
[ははは。良かったな壊死しなくて。]
馬鹿。冗談だよ。
手を差し出された時、一瞬手を握るのを躊躇った。
だって怖いじゃん。“腐食”が得意な人の手を握るなんて。
「さ、お茶でも飲みながらゆっくり話そう。緑茶は日本の文化の極みだ。よくこの時代まで生き残ってくれた。」
「それには同感せざるを得ない。緑茶は美味しい。」
「そうですね。」
斯く言う俺は紅茶を飲んでおりますがね。
[私も緑茶の方が好きだ。]
緑茶さ、煎餅が無きゃ始まらないよ。
「更月のご両親は何をやっているんだい?」
ベルサーチが緑茶の入った湯呑みを傾けつつ、ケーキを摘みながら尋ねてくる。
……な?やっぱ日本人は緑茶と煎餅を貫かなきゃな。
「父は電光社の専務やってます。母は所謂専業主婦です。」
「へえ。電光社の専務とは凄い。」
ネクローシス、いやジェイカーはクッキーを食べながら話し掛けてくる。
「今は二人共旅行に行ってるんですけどね。今年銀婚式なんです。」
「それはめでたい。」
「この歳になっても、恋人の一つも見つけられない私達にとっては耳が痛いですけどね。」
「それは言わない約束だろジェイク?“操脳”が得意な私に恋人が出来ると、怪しまれるんだよ結構。」
ベルサーチが、参った、といった具合に額に手を当てた。
やっぱ日本人よりリアクションが大きいな。
[偏見ではあるがな。日本人でもオーバーな奴はいる。]
そりゃそうだ。
「確かにそれは難儀ですよね。長所が短所とはまさにそれって感じだ。」
「自己否定される気分だからな。」
「更月君はどうなんだい?彼女は。」
「へ?彼女?そんなもんいませんよ。彼女の“か”の字もないです。」
ちょびちょび話す奴はいても、彼女と呼べる様な子はいない。
こういう話題も謙遜と取られる場合が多いな。
[そうなのか?]
ああ。決まって次は“そんなことないだろう”とか、“またまた~”とかがくる。
面倒なので話題転換しよ。
「お、お二人は他にどんな呪文が得意なんですか?」
「呪文か、そうだな。私は“操脳”以外だと“魅惑”、“水”、くらいだな。」
「私は“回復”が苦手です。」
「?」
得意な呪文を聞いたのになんで苦手を答えるんだ?
「つまり“回復”以外なら何でもござれという事さ更月。」
疑問に思った俺にベルサーチが答えを教えてくれた。
「こいつは控え目に見えて私より目立ちたがりだ。君の様に謙遜を持ってほしいくらいにね。」
「否定はしません。」
ニコニコ顔で答えるジェイカー。
お前が言ってた事は正しかったな。
[だろう?]
「けれど、彼は私の上をいくよベルサ。何たってオールラウンダーだからね。」
「ほう。それは期待出来そうだ。」
「期待に沿える様頑張りますよ。」
その後、W.W.Sの事だったり、勝手知ったる同化について話したりで1時間程過ごした。その後ベルサーチとジェイカーは授業をしなければならないので、さっきまでいた第一校舎に戻っていった。
……取りあえずごまかせたかな?
[上々だろう。此処で召喚を行うのは何時だ?]
確か、授業を7回、何でもいいから受ける。で、召喚と同化についての講習を受ければ、召喚出来るって感じだったと思う。
[ということは早くても一週間程か。]
だね。今日から一週間、完璧に隠さなきゃならない。
[そう。私と同化している事をな。]