Marionette
「“操脳”とは名の通り脳を操ることだ。対象を操り自らの僕とする呪文。そしてそのまま僕に命じ、気になる異性の恋路を辿らせる訳だ。ただ、我々は操脳した相手の目や耳を借りるということは出来ない。つまりどういう意味か。テーゼスタ・ストルクム、答えてみなさい。」
テーなんたらと呼ばれた女の子が、教師であるベルサーチに答えるため立ち上がる。
「他人をちゃんと見張りたいなら、外部記録機器を装着させなければなりません。」
はきはきとした口調で答えると、教師が返事をする前に着席した。
それに対しては別段何の反応も見せないまま、ベルサーチが口を開く。
「その通り。操脳しようがなんだろうが、動物は自らのキャパシティー以上の行動は取れない。例えば犬に空を飛ぶよう指示を出しても、跳ぶことしか出来ない。勿論文字なんて書けやしないし、絵を描く才能も恐らくない。とくればやはり、テーゼスタが言ってくれたように、カメラやボイスレコーダーを装着させなければ、気になるあの子を恋敵の手から守る事は出来ない訳だ。」
「……なんであんなに絡めてくるんですか?」
隣でニコニコしながら座っているネクローシスに話し掛ける。
「ははは。見逃してあげて下さい。」
と言いつつニコニコが加速した気がする。
[あのベルサーチとかいう男は、過去にそういったことをしてきたのではないか。]
そうなんかね。
巨大なデータディスプレイの前で、“操脳”と、ストーキングについて熱弁しているのは、ベルサーチ・マリオネット。
惑天使と同化している“操脳”のエキスパートらしい。
25歳、綺麗な赤の髪を、前髪はオイルで撫で付けオールバックに、後ろ髪は肩まで伸ばしている。
黒いスーツに身を包んだ細身の紳士といった具合の先生だ。
そんな人がストーキングなんてあまり想像に難い。
[人は見掛けによらぬ。貴様の隣に座る奴が良い例だ。]
確かに。ネクローシスにしてもニコニコした柔弱な、所謂優男っぽい奴だが、悪魔によればかなりの力の持ち主らしいからな。
「さて、では“操脳”を使う上で最も重要な事を説明しよう。んん?……いや、その前に先ず質問することにしよう。更月涼治。」
……あれ?今俺の名前が出された気がするが。
[気がするだけではなく、しっかり呼ばれている。]
やっぱり?
「ほら、返事をした方がいいよ更月君。」
ネクローシスに促され、取りあえず立ち上がる。
「は、はい。何でしょう?」
途端に、教室にいる約600の目がこちらを向く。
さっき受け答えをしていたテーなんたらもこっちを向いている。
「君は、今日からW.W.Sに通いはじめたんだったね。」
「はい。」
正確には今日は転入手続きをしにきただけで、通学しているという訳ではない。
ま、説明は面倒なので割愛させてもらうけど。
「魔術に対する知識は如何ほど持ち合わせているのかな?」
「えーっと、一般人が知るくらいは、って具合だと思います。」
「よろしい。では私の質問にも答えられるだろう。」
「はあ。」
いきなり質問されるのかよ。
横目でネクローシスを見ると、相変わらずニコニコ、じゃないなこりゃ。
ニヤニヤだ。
「では聞こう。“操脳”は動物を操る呪文だが、操れない動物も存在する。それを挙げてはくれないかな。」
「“操脳”で操れない……。」
何だっけ?
[人だ。]
「ああ。人。人です。」
「その通りだ。おっとまだ座らないでくれ。」
「へ?」
正解に安心して座ろうとしたが止められた。
……あれか。これが所謂新入生いびり?
「では更に質問だ。何故人を操る事は出来ない?」
「……。」
そんな事まで一般人は知らないだろ。
[教えてやろうか?]
……頼む。
「えーっと、なになに…。油断してはいるけれど、“操脳”に対する意識は持っているから……ですか?」
周りの生徒は若干見開いていたが、ベルサーチはにこりと笑っただけだった。
「よろしい。座ってくれ更月涼治。意地悪をして済まなかったな。君が勤勉家だということは分かった。また後でネクロと一緒に私の所に来たまえ。では次に“操脳”と“魅惑”の組み合わせについて話していく。」
話しつづけるベルサーチから視線を外し席に席につく。
「よく分かったね更月君。」
座ると、ニコニコに戻ったネクローシスが話し掛けてきた。
「たまたまですよ。昔本で読んだんで。」
[間違ってはいないな。私の存在自体古文書の様な物だからな。]
確かに。
その後の授業は聞き流し、ぼーっとしながら20分間を過ごした。