水仙煌めく蘭重の間
この世は―――美しい―――
自然、それはこの世に満ちている真の美しさ。
だというのに、何故彼は―――
「……う。う……?」
俺は……、えっと……。
そうだ、俺はセンマイカを、殺さなくてよかった人間を……。
[殺した。それがなんだと言う。]
……何?
[貴様は生活の営みに追加する云々言っていたが、そんな事に関係なく、あれは貴様の復讐の一環だろう?]
それは―――
[“殺させてもらう”、と貴様は言った。それは何故口に出した?しっかりとした意思を持っていたか?それともつい出てしまったのか?]
……それは。
[覚悟も無しに殺すなどと口にする。それではベレトに言われた様に貴様が死ぬぞ。]
……。
反論出来ない。
[貴様が殺すと宣言した者を殺した場合、これは私には責めようがない。が、殺さないと宣言した者を殺した場合、これに関しても私は文句は言わないが……。]
言わないが、なんだ?
[それについて貴様が負い目を感じるのは構わん。それが人の営みに追加すべき物だからな。]
……それは十分に理解している。
既に負い目の塊だからな俺は。
[気休めかもしれんが、奴は殺されても文句は言わないと言った。気にするな。]
そりゃ、無理な相談だな。
と、この話はまた今度決めるとして……。
俺は死んだのかやっぱ。
[……は?]
記憶が確かなら、“私意たる粘性”で固定され、更に怪我をして完全に動かない右足が邪魔なんで斬っちまったはずだ。
んで、俺の最後の記憶はあんたがあと20秒って言った所だ。
もう20秒なんて経ってるだろ?
[……満身創痍だったからな。あの時意識が無くなったのだろう。]
意識が無くなった……だけなのか?
だってここ死んだ後の世界じゃないのか?
[何を言っているんだお前は。]
こんなに静かで、こんなに穏やかな気持ちにさせてくれる空間なんだ。
実際、天国か何かだと思いたくもなる。
「此処はね、魂の監獄。“水仙煌めく蘭重の間”。私のサンダルフォンの術式兵装だよー。」
「……大城、毬か?」
「せーかーい。」
「う……。」
頭がくらくらする。
立ち上がってみると、そのくらくらも収まった。
声がした方には席に着いて紅茶を飲んでいるであろう毬がいた。
「水……なんだって?」
「“水仙煌めく蘭重の間”。恥ずかしいからあんまり言わせないでよー。」
えへへと笑う毬。
……ちょっと可愛いかも。
「もーびっくりしたよ私。まさか自分の脚を斬っちゃうとはねー。」
「……あ、あの時はああでもしないと動けなかった……から。」
麻酔を解くため激しい痛みを俺は感じなきゃならなかった。
そして使い道の無い脚がそこにあった。
ならやることは一つだろう。
「まー私が斬られた訳じゃないからいいけどねー。」
「そういう事だ。んで、結局此処は同時どういう空間なんだ?」
「“水仙煌めく蘭重の間”は、魂だけを閉じ込める牢屋なのー。」
「成る程成る程。魂だけを閉じ込める牢屋ね。」
だからこんなに静かで……え?
「牢屋って……。」
「基本的に対象を閉じ込めて出さなくする物、って涼治君ー。逃げようとしなくても大丈夫だから。」
「牢屋なんかに閉じ込めて何が大丈夫なんだ!」
「本当なら入れて出さないけどー、君は特別。助けるために入れてあげてるんだよ?」
助けるため?
助けるために牢屋に閉じ込めるなんて話は、聞かないこともないかな。
「君の体は死ぬ寸前だった。それを助けるために此処に呼んだの。此処にいる間、元の体は何物の干渉も受け付けない空間に置かれているの。」
「干渉を受け付けない……。成る程、つまり“死”という事象すら今の俺の体には関係がないと。」
「そーいう事~。私が“修復”使えればそれで終わりだったんだけどねー。」
「“修復”か。ありゃ“光”が使えなきゃ無理だからな。」
……なんか忘れてる気がする。
うーん……あ、そうだ。
「ネフィリムとスマタカシは?どうしたんだ?」
「スマタカシは帰ったわー。両手無くしちゃったからね~。ネフィリムは外で待ってるー。」
「……あ!金石!金石はどうした!?」
ネフィリム達の目的は俺ではなくあくまでも金石だ。
そして俺の目的も金石。
金石を連れて帰らなきゃ、ライノセンスだったか?そいつとの戦いも辛くなる。
「だいじょぶよ~。君の戦いに免じて、今回は手を引くんだって。」
「そ、そうか。そりゃ良かった……。」
戦いに免じてって、ネフィリムは怒っていないんだろうか。
仲間を、一人は両手を斬られ、剰え一人は……殺されたんだ。
怒ったり、恨んだりするのは、されるのは当然の権利と言えるだろう。
[文句は言わんと言った。二言など私は許さん。]
そう言うけどさ。
人間、実際にそれを目の当たりにすると考えも変わる。
「なあ毬。ネフィリムは怒っていたか?」
「んー?怒ってなかったよ。」
「……そりゃ良かった。」
「うんうん良かった良かった~。じゃ、私はそろそろ行くねー。」
「え?行くって何処に?」
「君を助けるために此処に呼んだって言ったよね。此処に入れてるだけじゃ君はどのみち助からない。」
そりゃそうだ。
此処は言わば保管所であって病院じゃない。
此処にこのまま居たってそれこそ其の場凌ぎだ。
「“修復”が使える奴が知り合いにいるのか?」
「ふっふっふー。それよりもっと上等な物だよ~。」
腰に手を当て胸を張る毬。
残念ながらそこに山は疎か丘も無い。
……可愛いけど。
[……貴様。]
なんだよ。
[何でもない。]
いいだろ、俺だって健康優良男児なんだよ!
「上等な物ってなんなんだ?」
「修復の神様を呼ぶんだよ~。」
「神様……?なんているのか本当に?」
「んーん。天使だよー。」
[修復の神……まさかとは思うが、ラファエル?]
ラファエル?
「悪魔ちゃんはもー分かったかな~?」
「[主天使『ラファエル』、か?]」
「ほいせーかーい♪」
また勝手に喋って……。
[隠す必要は無いだろう?どうせライノセンスとやらに聞いているだろうしな。]
そういう問題じゃないだろ。
[話したかったのは分かるが、たまには私にも話させろ。]
そ、そういう事じゃ……。
「という訳で、連れてくるからちょっち待っててね~。」
「あ、ちょっと!」
毬は消えた。
“水仙煌めく蘭重の間”には静けさが戻った。
と同時に、何とも言えない穏やかさが消えて、無機質な牢屋へと変貌した。
「こりゃ凄いな。奥の方まで牢屋牢屋牢屋だ。」
其処彼処から“出せや”とか“殺す”とか聞こえてくるけど、それはほっとこう。
「……毬が来るまで寝てるとするか。」
魂だけの状態で寝られるのか、また寝ても意味があるのかは知らないけど。
とにもかくにも、俺は目を閉じるのだった。
天使:座天使『サンダルフォン』
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