固定の断絶
とは言う物の、相変わらず右手は開いてくれないし、右足も動いてはくれない。
ま、右足の方は靴を脱げばなんとかなるか。
「孝を戦闘不能にしたか。まあそれくらいやってくれなければ話にならない。」
「あんたらの攻撃の仕方、コンビネーションは悪くなかったが、如何せん、片方が弱すぎたな。」
「ふん。耳が痛いよ。」
センマイカに攻撃力は殆ど無い。
弱小の攻撃の要であるスマタカシは戦闘不能。
ネフィリムが入ってこないなら、この戦闘は俺の勝ちだろう。
あ、そういえば今“静止線”使われたら不味くね?
[今頃気付いたのか馬鹿者め。]
……ま、いざとなったら靴を脱げばいい訳ですからはい。
「君は恐らくいざとなれば靴を脱げばいいと思っている。」
「……大正解。」
「ふむ……。」
センマイカが指をパチンと鳴らす。
と、右足の固定が外れ自由になった。
「……何で?」
「足を汚しては可愛そうだと思ってな。」
「お優しいこって。」
ダンダンと地面を蹴りつけてみる。
確かに固定は外れている。
センマイカから攻めて来る事はないのでゆっくり思考に耽させてもらおう。
右手と右足を固定した術式兵装。
仮に姿の無い術式兵装だとしよう。
空間に散らばっている、と考えて、だとするなら一体それは何処にあるのか。
手や靴の裏にあらかじめ仕掛けなければならないのか。
[しかしそれだと辻褄が合わない。貴様は“影の王冠”を掴みながら奴の前にいた。とするなら、あらかじめ仕掛けておくなど土台無理な話だ。]
そうなんだよなー。
足の時は俺の動きに合わせ仕掛けるという事は出来た筈だがな。
……嫌な予感だが、仕掛ける事も出来、更に……空間に突如として出現させる事も出来る。
[そう考えるのが妥当だ。]
……はあ。
そうなってくると更に面倒だ。
「考えは纏まったか?」
「大体な。あんたの術式兵装……“私意たる粘性”とか言ったか?それがかなり厄介だって事は分かった。」
「成る程。それは凄い。」
一度に固定出来る対象は決まっているのだろうか。
それが二つだから俺の足の固定を解いた、とか。
[若しくはそう思わせるためのブラフか。]
……考えたって明くもんじゃないな。
「取りあえず……“攻撃”星三十。」
「おお。」
を一気に解放。
瞬間的にセンマイカの前に移動する。
そのまま“影の王冠”で、切り裂く!
「はあああ!って!?」
掌で簡単に止められた。
しかも……握られている訳でも無いのに動かない。
「“防御”星五十でこれだけの衝撃か……。俺もドルイトスの様に効率の良い使い方をしないとな。」
「く……動けよ!」
「無理だな。俺の私意は全てを固定して捕らえる。」
不味いぞ……このままだと“静止線”が来る。
いや、動かせないなら……。
「動かせないなら、お前ごと動かしゃいいんだよ!“攻撃”星五十!」
「な!?」
“攻撃”星五十を全て脚へ。
思い切り踏ん張り後ろにのけ反る様飛び上がる。
「く!」
巴投げの要領でセンマイカは宙を舞う。
その途中で、不愉快だった重みは消えた。
センマイカは“私意たる粘性”を解き、離脱したのだ。
しかし、一番高いポイントで解除したため、センマイカは着地に失敗して背中から地面に叩きつけられていた。
[“防御”を使い衝撃は消したろうが、体勢は整っていない。行け。]
当然!
“攻撃”星三十。
全て脚へ!
「ぐ……それは甘い。」
「ぐう!?」
本日二度目の転倒……とはいかず転倒しかけた。
完全に転ける寸前で何とか“影の王冠”を地面に突き刺したんだ。
でも、ヤバい……これ、右足折れたんじゃねえかな。
固定された右足をそのままに体が50゜程前に倒れたからな。
しかもかなり勢いよく。
“影の王冠”で体を支えつつ体勢を起こして右足の状態を見てみる。
「……げえ。」
右足の膨ら脛から折れた骨が顔を覗かせている。
これは結構不味いだろ……。
「開放性骨折か。痛そうだな。」
服に付いた砂を払いながら悠々と立ち上がるセンマイカ。
これはヤバい……。
“攻撃”を大して使えないとは言え使える事には使える。
星一でも殴られ続ければ俺は死ぬ。
“回復”じゃ骨折は治せない。
俺はまともに動く事も儘ならない。
[不味い、な。]
「何、苦しめながら殺す気は無い。孝。」
「……分かっている。“月の酩酊落葉に麻酔”。」
……ああそうか。
あいつまだ生きてたんだっけか。
[詰めが甘いのだ。戦闘不能にするだけでなく、殺すまでが戦いなのだ。]
本来ならスマタカシの手に握られる筈のナイフが地面に召喚される。
それをセンマイカがゆっくりと拾い上げ、こちらに向き直った。
「痛みも苦しみも無い。孝を生かしたままでよかったな。」
「く……。」
もう少し我慢だ俺。
右足が使い物にならない以上、近付いてもらわなきゃ。
[刺されるであろう部位に“防御”を掛ければ、センマイカに隙も生じよう。だが“防御”を掛ける事は織り込みずみだろう。]
だよな。
俺が一度に掛けられる“防御”は三十。
それで体中満遍なく掛けた場合、やはり密度は薄くなる。
刺される瞬間に掛けられればそんな事にはならんが、そんな細かい動作まだ出来ない。
やはり……“防御”星三十、体前面に。
「さあ、ではそろそろ幕切れだ。」
つかつかとセンマイカがこちらに歩いて来る。
「“防御”を掛けているだろう。君は細かい動作が不得意と見える。攻撃の動作にも、“攻撃”を使っても斑や隙がある。つまり君は、“防御”を瞬間的に掛けたりという動作も不得意な筈だ。」
「……その通り。」
「前面に満遍なく掛けている、だろ?」
「…………その通り。」
全て読まれている。
しかし、そこまで分かっていて何故正面から来るんだ?
俺は右足を固定されておまけに折れている。
後ろに回り込めば余裕な……!
「お前、ナイフはどこに?」
センマイカが拾い上げた筈の“月の酩酊落葉に麻酔”が無い。
それに気付くのと同時に、右肩に衝撃が走った。
「う……。“静止線”で……。」
少しの痛みが走った直後、それは消えた。
ね、むい……。
今にも閉じそうな目で肩を見てみると、刃渡り7cmの内3cmばかりが突き刺さっている。
それ、なのに痛みが無いだなんて……。
寧ろ心地好い。
普段なら夜に訪れるであろう睡魔が襲ってきている。
「す―――みもな―――。あんし―――れ。」
センマイカの声も途切れ途切れにしか聞こえない。
[……。]
次の瞬間、視線が激しく右にズレた。
殴られた、んだな。
次に腹に重い衝撃と軽い痛み。
本当ならかなり痛い筈だが、“防御”が掛かっているせいかあまり痛くない。
[それもある。が、麻酔が効いているのもある。]
そう、か。
[この程度の痛みでは覚醒しないようだな。]
ああ、そういえばよくあるな。
眠気に勝つために自らを傷付ける。
[……貴様の体重は約60kg。体内に流れる血液の量は約2L。個人差はあるが、動脈が切断された場合、失血死、又は意識不明になるまでのリミットは約3分。]
……え?
腹にまた軽い痛み。
喉から何かが逆流し、口の中に鉄の味が染み渡る。
「ごふ、げほ……。」
「ないぞ―――れたか。それはさぞ―――たいだろう。」
内臓がやられたか。
だってのにやはり痛みは少ない。
[それを超える痛みとショックならばあるいは、貴様の意識も覚醒するやもしれん。]
……成る程。
本当は、こんな間抜けな事で切り札を使いたくなかった。
「……ふん。」
「なんだ?」
「ぎりふだ、ってもんは……がっご、げほ。かっこつける時に、使うもんだよな。」
「なに、っ!」
“影の王冠”強制解除。
右手に固定されていた“影の王冠”を解除し消す。
虚ろな目に映る掌には、剥がれかかった皮膚が付いている。
「集約……結合、じつ、げん。影に形を。“影の王冠”……。」
消した“影の王冠”を左手に再出現。
……同じ側の手じゃ、やりにくいからな。
「何をするつもりだ?」
俺が“影の王冠”を左手に移したのを警戒してか、センマイカは三歩程下がった。
かなり好都合だ。
「いらない……いや、つがえない、物なら……“攻撃”星三十。」
全て左手へ。
「……!やめろ!」
「うああああああああああああ!」
“静止線”が降りてきて俺の左腕の進行を防ごうとするも、そんな事は関係ない。
“静止線”は肉こそ切っていたが、骨に到達した時点で糸の方が切れてしまった。
俺が奮う刃は、的確に俺の右足の膝を捉え、切り裂いた。
一瞬の刺激の後、先程まで感じなかった激しい痛みが。
「っ……ああああああ!うう……!」
流れ出る大量の血液。
固定されていた俺の体は転倒し、“静止線”に固定されていたナイフは抜けた。
「なんて事を……!」
「へ……ははは。誰も予想しない方法で柵から抜け出す……。たまにゃこういう事をしなくちゃな。」
[貴様の意識が無くなるまで後2分38秒。]
そうだ、急いでセンマイカを……。
“影の王冠”を地面に突き刺し、支えとして立ち上がる。
「ううぐ……っ!」
その瞬間に体中、特に腹周りが激しく痛む。
[肋も何本か逝っている。抜け出したのはいいがこれでは……。]
……おま、案外適当……。
「俺は君を殺そうとは―――」
「<よく頑張ったね。>」
え?
同時に聞こえた違う声。
殺そうとは……?
頑張ったね……?
ピリリと体に刺激。
これは、“脳電”……。
動けない筈の俺の体が前に動く。
片足でまあ華麗な……。
「“静止線”!“私意たる粘性”!」
“静止線”が降りてくる。
俺とセンマイカを近付けない様に。
しかし、出現虚しく“静止線”は“影の王冠”に切り裂かれていく。
“私意たる粘性”は俺の左足を捕らえたが、靴が脱げて意味がなくなった。
「やめろ!毬、げほっ!」
「……。」
毬は操る事を止めず、センマイカはどこか諦めたかのように笑みを浮かべている。
「やめ……。」
「っ!……ぬう。」
突進し、押し倒したセンマイカの胸に、俺は“影の王冠”を突き刺した。
“影の王冠”はセンマイカの背中から飛び出して地面にまで刺さっている。
「あ……ああ……。」
「……ごほ。流石に切れ味、いやこの場合刺し味と言うべきか。かなりいい。血がまるで漏れてこない。」
[あと1分40秒。]
……分かってる。
「ん?おいおい、満身創痍とは言え勝ったのは君だ。喜べよ。」
「……なんで。」
「ん?」
「さっき、殺すつもりはって……。」
「ああ……。君は孝を殺さなかった。ならば、戦闘不能にするだけが筋だと、思ってな。」
[……甘い。甘すぎて吐き気がする。]
お前はそうかもしれねえよ。
けどな、殺人が許可されている、からって……人殺しを生活の営みに追加していいなんて、道理は無い。
「甘いと考えるも、よし。ぐ……。しかし、ネフィリムも言った様に、俺達は殺されても文句は言わない。」
「でも……だからって!」
[あと40秒。]
分かっている!
「……ふふふふ。自らを殺そうとしていなかった者は殺さない殺したくない。君の方がよっぽど甘い。“静止線”。」
「やめろ!」
「死に際に会話なんて不要、だ。」
“影の王冠”の柄に降りてきた“静止線”が“影の王冠”を引き抜く。
[……あと20秒]
瞬間、止められていた大量の血がセンマイカの胸から、背中から流れ出た。
俺は、俺は……殺す必要がなかった奴を殺してしまった。
「……はあ。檻という地獄。縛り付ける魂の悲鳴。“水仙煌めく蘭重の間”。」
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