地獄の沙汰も勇者次第
俺は、勇者を応援することにした。
といっても、魔王軍に所属する俺にできることは何もない。前線に立って「頑張れ」なんて言ったら即抹消だ。魔王に「これから内通者になります!」と元気よく名乗り出る気概もない。名乗り出たところで何も変わらない上に、俺の応援が塵ちりとなって消えるだけだ。
つまり、心の中だけでエールを送る。
心の中に留める。それでも、今までの生活が一気に変わった。
たとえば、勇者の戦歴報告。これ一つでも俺には大きな心の支えになっていた。
本来はこれを読んで「対策を取れ」という趣旨で配られる資料だ。今までのおれなら、「勘弁してくれ」「仕事を増やすな」と文句を言っていただろう。
ただ、今宵の俺は一味違う。
「海底軍・前線突破。勇者アレス、ヴァルハルトを使用。被害率八十三パーセント」
(うーっし。よっしよっし。)
心の中で、喜ぶ。
「幹部ガロム、勇者との交戦後撤退。幹部レミス、交戦後撤退。いずれも戦闘不能には至らず」
(いやあ惜しい~~。もっといけるんじゃないの~?)
野次だって飛ばしちゃう…心の中で。
当然顔には出していない。出したら終わりだ。
奥歯をぐっと噛みしめ、拳に力を入れてひっそりと喜ぶ。これがプロの三流魔物の生き方だ。
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「ロド、今週の集計どうなってる?」
ダリウス副長が入ってきた。
「前線突破が四件、幹部二名が交戦後撤退、被害報告が現在十一件です」
「ひどいな……対策を早急に検討しろ」
「はい」
(対策なんてない、無敵だ)
(行け、勇者)
副長が足早に去っていく横で、ガルドが「また増えてる……」とぼやいている。みんなが苦しんでいる中、申し訳ないとは思う。
けど、当然止める気もない。
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勇者の戦歴を読んでいると、勝ったり惜しかったりする。それ自体はいい。
問題は、勇者が負けそうになるときだ。
「勇者アレス、幹部グルドとの交戦において苦戦。一時撤退の可能性あり」
(は?)
「勇者、撤退を確認。幹部グルドとの交戦は継続中」
(撤退って……大丈夫か?)
「続報:勇者、翌日再挑戦。幹部グルド、撃破確認」
(っしゃーーーーー!!!)
このときの俺の心拍数は、かなりのものだったと思う。魔物の心拍数が平均どの程度かということはいったん気にせず、とにかくよかったのだ。
「ロド、大丈夫?」
ガルドが怪訝な顔で見てきた。
「大丈夫って、なにが?」
「なんかずっとニヤニヤしてるけど…」
「あー、疲れてるのかもな」
「お大事に…」
実際疲れている。疲れすぎた結果、こうなっているんだから。
ガルドは本当に気の毒なものを見るように、飲み物を差し入れてきた。
ありがたいけど、少し納得がいかない。
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問題が起きたのは、翌週だ。
城下の道具屋への補給物資の調達担当が、急病で倒れた。
回復魔法で治るタイプの倒れ方ではなく、ただの風邪だ。回復魔法はウイルス系には効かないという謎の仕様がある。これを見逃した魔法使いを俺は恨んでいる。
「代わりに行ける奴いるか」
ダリウス副長が見渡した。全員が目を逸らした。俺も逸らそうとした……だが、一瞬反応が遅れたようだ。
「ロド、頼む」
「……はい」
かくして俺は、城下の道具屋へ買い出しに行くことになった。
魔物が城下に出るときは、人間に化ける必要がある。俺の場合は少々特性な種族で、それなりに人間の形を取れる。背が高め、髪は灰色、目の色が少し濁りめ、という感じになるが……まあ許容範囲だろう。
「いってらっしゃい」とガルドが言った。
「帰ってくる」
「ちゃんとね」
俺は、意を決して城下へ降りた。
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道具屋は城門から北に五分ほど歩いたところにある。外観は石造りで、入口に「薬草あります」という看板が出ている。
扉を開けると、カランコロン、と鐘が鳴った。
「いらっしゃい」
店主のバルガが奥から顔を出した。顔見知りだ。
「いつもの補給です。さっきリスト送ったんですけど……」
「ああ来てる来てる。ちょっと待って、裏から出す」
バルガが奥へ消えた。
俺は店内を眺めながら待つことに。薬草が丁寧に並べられている。魔法道具や地図の棚、防具の類。
ふと、棚の前に客が一人いるのを見つける。
背が高く、腰の下まで伸びた大剣を背負っている。鎧は軽装だが、使い込まれた感じがあった。
俺は特に気にせず調達リストを確認した。回復薬三十本、毒消し草二十束……なんか麻痺を治すやつ十束。
リストから顔を上げると、先程の客が棚から一本の薬瓶を取る様子が見えた。
そのとき、俺は見てしまった。
剣の鞘の紋章。
俺は、この紋章を知っている。
資料で見た。
「……」
もう一度、ちゃんと見た。
剣の輝き。紋章。
何度も見た。間違えるはずがない。
(……ヴァルハルト)
心拍数が、跳ね上がった。
「あの」
客が―――いや、勇者が俺の方を向いた。




