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帰宅こそロマン

魔王軍に勤めて三年。魔王の顔を知りません。


魔王城第三棟、地下二階。窓のない石造りの部屋に、ランタンの光が揺れている。スケルトンが運んでくる書類の山は、昨日よりも確実に増えていた。


職場に宿屋があるせいで、俺は数か月自宅のドアを見てすらいない。こんなの、勇者に休んでいってくださいと言っているようなものだろう。


「ロド、俺は帰るぞ…」


「オルガ、本気か……?この繁忙期に…お前…」


隣では、同期のオルガが真剣な顔をしている。ちなみに、こいつのこのセリフを聞くのはここ三日のうちに五回目だ。


俺のこの反応も、前回より少し真剣さがプラスされるようになった。名演技だ。



――――――――――――――――――――



「ロド、例の補給申請、今日中に処理しておけ」


上司のダリウス副長が、入口から顔だけ出して言った。もう帰るんだ、この人は。


「ちょっと待ってください。今日中って、もう九時ですよ」


「うん、だから急げ」


それだけ言って、足音が遠ざかった。


 ロド=グレイシャドウ、二十七歳。魔王軍・管理課・第四係、一般兵。戦闘力はほぼない。魔法は得意ではないが、計算石板の操作と書類整理だけは部内で一番速い。それがゆえに、仕事が集まる。


「……はぁ」


 ため息が石壁に吸い込まれた。隣のオルガからの視線を感じる。


「まあ…頑張ろうや」


肩にポン、と手を置くオルガのデスクには、まだ大量の書類が積み重なっていた。



――――――――――――――――――――



 実はこれでも、有給休暇は制度上「存在する」。


年に二日。


ただし、申請書類が煩雑なうえに、副長の「今それどころじゃないだろ」の一言で握りつぶされてきた。二年間、一度も使えていない。


 回復魔法があるので、過労で倒れてもその場で立たされる。「倒れた」という事実がリセットされる。これを発明した魔法使いを、俺は深く恨むことにした。


ちなみに、「魔法が使えない」とか「覚えてない」とかの言い訳は使えない。


奇跡のアイテム、回復薬という邪悪な存在のせいだ。新入社員を一番泣かせてきた存在が、まさにこの回復薬だと思う。



「補給申請、か」


「またか。あそこ最近多くないか?」


「勇者が経験値稼ぎに来てるんだと」


「はぁ〜お気の毒様」


 火炎部隊からの要請だ。回復薬三百本、即日調達。「即日」。夜の九時に届いた「即日」。


「どこの在庫から引くんだよ……」


「天空部隊なら余ってるんじゃないか?まだ勇者空飛べないみたいだし」


「おー、サンキュ。聞いてみるわ」



結局、回復薬は足りた。天空部隊もそうだったけど、勇者自宅付近の草原組も協力してくれた。


幼少期から強いヤツと対峙させると、勇者が強い状態で冒険に出てしまう。だから弱い部隊を勇者自宅付近に配置させる。


そのせいで、冒険に出てしばらくすると、彼らは見向きもされなくなる。実質自由の身だ。俺は今すぐ部署異動ができるなら、この草原組になりたい。


魔王軍からの離脱は、書類上「敵前逃亡」と同じ扱いになる。処分は「即時抹消」。つまり、死ぬ。


 逃げたら殺される。残れば過労死する。ならば残るしかない。


 それが魔王軍というところだった。

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