第四章 方針を決めること
年が明けて、三十歳になった。
ミコとは月に二度か三度、会うようになっていた。カイを含めた三人の食事は変わらず続いていた。
ある夜、ミコが言った。
「生活共同チームのことを、真剣に考えてる」
「俺のことか」
「あなたのことだ」
「……俺も、考えてた」
「ソラが何か言ってた?」
「該当する可能性があると言ってた。データとしてじゃなく——ソラなりの言葉で」
「ソラなりの言葉」
「俺が問いを立てたとき、ソラが見えていることを話してくれた。俺とミコの間の沈黙の話とか。俺がミコの前では怖さを話せるとか」
「……ソラって」ミコは少し笑った。「観察してたんだね、ずっと」
「そういうAIだから」
「嫌じゃない。むしろ——ソラにそう見えているなら、それは本物だと思う」
レンはその言葉を、少しの間持った。
「ミコは、生活共同チームを作るとしたら——方針を、どう考えてる」
都市国家において、生活共同チームを作るとき、生活の方針を三つ決める。それぞれのAIアシスタントに組み込まれ、方針に沿っているかを計測する。
「考えてた」とミコは言った。「でも、一人で決めるものじゃないと思って、まだ固めてない」
「一緒に考えるか」
「それがいい」
---
その日から、三回会って、方針の話をした。
一度目は、それぞれが考えてきたものを出し合った。
ミコが出したもの。
「一つ目——それぞれが自分の仕事と誓いを、相手のために曲げないこと」
「二つ目——困ったことは、隠さず言うこと。ただし、言えないことを言えと要求しないこと」
「三つ目——まだ決めてない」
レンが出したもの。
「一つ目——問いを止めないこと」
「二つ目——沈黙を、問題にしないこと」
「三つ目——まだ決めてない」
二人とも、三つ目が空いていた。
---
二度目に会ったとき、三つ目の話をした。
「なんで三つ目が決まらなかったと思う」とレンは聞いた。
「難しかったから、じゃなくて——大事だから、かもしれない」
「大事だから、急いで決めたくなかった」
「そう。一つ目と二つ目は、それぞれが今も持っていることだ。三つ目は——一緒になることによって、初めて生まれるものじゃないかと思った」
「一緒になることで生まれるもの」
「でも、まだ一緒になっていないから、わからない」
レンはしばらく考えた。
「わからないまま、決める方法がある」
「どうやって」
「乖離マップを最初に作ったとき、何になるかわからなかった。でも、向いている方向はあった。方針も同じで——何が生まれるかはわからないけれど、向いている方向を決めることはできる」
「方向を決める」
「三つ目は——変わっていくことを、止めないこと、はどうか」
ミコはしばらく黙った。
「変わっていくことを、止めない」
「二人とも、変わっていく。相手が変わることを、怖れない。変わった相手に、また向き合う。そういうことを、方針にする」
「……それは」ミコは言った。「私が一番怖かったことへの、答えだ」
「間違えることが怖い——それが変わることへの怖れだとしたら」
「そう。変わって、間違えることが怖かった。でも——変わっていくことを止めない、という方針があれば。変わることが、間違いじゃなくなる」
「怖さの形が、変わる」
「ユキさんが言ってた言葉みたいだ」
「似てる」とレンは言った。「怖さの形が変わることを、ユキも経験してた」
---
三度目に会ったとき、三つの方針が揃った。
**一つ目——それぞれの誓いと仕事を、相手のために手放さないこと**
**二つ目——言えないことを、無理に言わなくていい。でも、困ったことは隠さないこと**
**三つ目——二人が変わっていくことを、止めないこと**
「これでいい?」とミコが言った。
「いい」
「ソラに入れる?」
「入れる。ミコのアシスタントにも」
「——じゃあ、生活共同チームを作ろう」
レンは少し止まった。
「ミコ、一つ聞いていいか」
「何を」
「これは——ミコのアシスタントのデータが先に言ってきたことだったけど、今のミコは、感情として、どうか」
ミコはレンを見た。少しの間、黙った。
「あなたと一緒にいたい、という感情がある。それは本物だと思ってる。アシスタントがデータとして出してきたことが、感情を作ったんじゃなくて——感情が先にあって、データがそれを確認してくれた、という感じ」
「感情が先だった」
「先だった。ただ、私は間違えることが怖いから——感情だけで動くのが怖かった。アシスタントが確認してくれて、少し怖くなくなった」
「感情とデータが、両方あった」
「両方あった。レンは?」
「俺も——感情が先だった。ただ、どの種類の感情かを言葉にするのに時間がかかった。ソラが整理を手伝ってくれて、少しずつわかってきた」
「ソラとアシスタントも、それぞれ役に立ったんだ」
「役に立った。でも、決めたのは俺たちだ」
「そうだね」




