表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

ごちそうさまでした

 セリオス王子から新しい料理を頼まれた後、瑠璃は早く帰りたい一心で新メニューについて考えた。瑠璃に宛がわれたベッドの上で。

 ここは王宮。酒場で出していたような料理を出すのは相応しくないだろう。けれど、高級な食材はおろか、普通の食材にすら詳しくない瑠璃に、王宮で食べていそうな料理が作れるだろうか。


「そう考えると、メインディッシュは難しいですわね」


 メインディッシュなど、華やかすぎる。そんな料理は作れるはずがない。

 魚料理は魚が捌けないから出来ない。デザートは、すでにコンクリートを作った。他に必要そうなものは……。


「そうですわ、オードブルなんてどうかしら」


 それなら瑠璃もどんなものなのか分かる。それから、オードブルには火を使わないで済みそうなメニューもあるはずだ。例えばそう。


「テリーヌはどうかしら? 見た目もきれいですし、お野菜も美味しく食べられますわ」


 作れるかどうかはさておき、瑠璃は考えるのが楽しくなってきた。魚や野菜で作ったテリーヌは大好きだ。自分の好きなものだけで作ったテリーヌは美味しいに違いない。


「……そもそもわたくしには、わたくしの料理が口に合わないのでしたわ」


 王宮の料理は、瑠璃にとっても十分美味しい。だが、セリオス王子やヴァルドリックを始め、瑠璃の料理を絶賛する人たちはどういう味覚なんだろう、と瑠璃の思考はそちらに流れていく。

 結局机で色々考えても、現場に立ったらその時の考えで動くことになる。

 瑠璃は布団を被り、料理のことは明日の自分に任せることにした。




 翌朝、一人厨房に立った瑠璃は、用意された豪華な食材を前に意気込む。

「試行錯誤の時間ですわ」と言って、シェフを全員締め出した。これを作ったら帰れる。


「テリーヌなら、魚や野菜を入れて固めるだけですわ。火を使わなくとも……って固めるものはどれかしら? あら、これは牛乳」


 正式には「ニフィオの乳」と呼ぶらしいが、瑠璃の頭からはすっかり消えていた。


「そうですわ! これにクリームチーズや生クリームを入れれば、コクが出るのではないかしら!」


 今度は「固めるものがない」という先ほどの呟きが頭からなくなったようだった。


「では次は入れるお野菜を決めましょう」


 カルザートはもう使ったから、違う野菜の方がいい。

 瑠璃は冷蔵室へ行き、野菜のスペースを隅から隅まで眺めた。なんというか、全体的にカラフルだ。


「これとこれと……あら、こっちにはチーズ類が置いてありますわね。これも使ってみましょう」


 チーズっぽい見た目と色の白い物体を一つ選んだ。ホールケーキのような塊がカットされた状態で置いてあるので、恐らくチーズだろう。深くは考えない。


 まずは色とりどりの野菜たちをカットする。切ってから皮が残っていることに気づいた野菜もあったが、瑠璃は気にせず木のボウルに放り込んだ。

 サイズがまるでバラバラのカット野菜が、ボウルに入れられていく。


「ふぅ、わたくしも上達しましたわね。ところで、テリーヌのお野菜って生野菜なのかしら」


 確かに瑠璃は、ほんの少しだけ成長していた。ぐちゃぐちゃ同然のみじん切りもしなくなったし、下ごしらえという概念がほんの少し生まれている。この野菜たちだって、ガッタガタだが形を保っている。


「野菜って火を通さないと食べられないのかしら……いえ、大丈夫でしょう。サラダみたいなものですわ」


 瑠璃は下ごしらえについて考えるのをやめた。

 さて、次に牛乳とチーズらしきものを混ぜることにする。チーズは当然固まっているが、瑠璃の手によってすでに細かく……ではなく、粗めに切られていた。火を通すつもりは毛頭ないようだ。


「やはり混ざりませんわね……」


 ズラッと調味料が並べられた棚を覗き、何かいい手がないか調べてみる。白い粉は事故率が高いような気がしたので、候補からは外す。かといって液体も怖い。


「こ、これは!」


 擦りつぶされたハーブのようなものが入った瓶を見つけた。これならなんだか良さそうな気がする、という根拠のない自信をもって、瑠璃はそのハーブを牛乳に混ぜた。

 するとどういうわけか、牛乳に少しとろみがついた。まるで乳を固めるための草だったかのように。


「わたくしが探していたのは、貴方だったのですね……!」


 それを気が済むまで混ぜた瑠璃は、ヴァルドリックに用意してもらっていた金属製の長方形の箱に、切った野菜を適当に並べ、混ぜた――と思っているチーズ&ハーブ入りの牛乳を流し込んだ。

 冷蔵室で固まれば、瑠璃の勝利だ。


 昼食を楽しんだ後、瑠璃はルンルン気分で厨房へ向かった。テリーヌの様子を確認するため――だったのだが。

 厨房には、何人ものシェフが集結していた。


「サイオン=ジ殿! 待っておりました!」

「ヴァルドリック……貴方の仕業でしたのね」

「サイオン=ジ殿の新作が楽しみで楽しみで来ちゃいました!」

「サイオン=ジ・ルゥーリの新しい料理が見れると聞いて」

「期待しすぎて徹夜しましたっ!!」

「どういう触れ込みをしたらこうなりますの?」


 ――こうして、シェフに囲まれながらテリーヌを入れた箱の開封の儀が始まった。

 まだ全貌を確認していないにも関わらず、すでに何人かは床に崩れ落ちた。

 というのが冒頭のシーンである。

 瑠璃からしてみれば、型を開けた瞬間石灰石の色をした物体だったため「失敗」なのだが、彼らにとってはそうでもないらしい。


「ドラグミアってなんなんですの?」


 おそらく適当に入れた野菜の一つなのだろうが、瑠璃にその記憶はない。

 瑠璃は邪魔なシェフたちを厨房の端へ追いやって、テリーヌの開封を続けた。

 蓋を開けた今、見えるのは石灰石のような明るい灰色のみ。またコンクリートを作ってしまったんだろうか。色違いのコンクリートになったことに絶望しながら、容器を木のまな板の上にひっくり返して置いてみる。

 一息ついてから、容器をそっと持ち上げる。思いのほかテリーヌ(仮)は抵抗なく容器から外れた。


「……暗黒物質(ダークマター)?」


 ライトグレーの層が1cm程度あり、それ以外は全ての光を吸収する謎の物体になっていた。一切の反射をしないその部分は、ずっと見ていると吸い込まれそうなほどに黒い。その黒は光を反射しないどころか、周囲の輪郭まで曖昧にしているように見えた。


「おお、これはダークマターというんですか?」

「テリーヌですわ」

「ダークマター……斬新な名前の料理ですな」

「テリーヌですわ」

「テリーヌ風ダークマター、ということですか」

「テリーヌですわ」


 ざわざわとし始めたシェフたち。そんなざわめきを断ち切るような声が、厨房に響いた。


「その試食、私がしよう!!」


 もちろんセリオス王子だ。

 走ってやってきたのか、肩で息をしている。


「ずるいです殿下!」

「我々はここまで見守ってきたのに!」

「黙れ、最初にいただくのは王族の特権」

「公務サボってる時にかくまってあげたじゃないですか!」

「それはそれ、これはこれ!」


 ごちゃごちゃと揉めるそれらを、瑠璃は遠い目で見つめた。

 少し困った顔をしているセリオス王子の従者に、瑠璃は「帰りたいので馬車を」と頼んだ。


「あんなに頑張ったのに、どうして暗黒物質(ダークマター)が出来るんですの……?」


 それは誰にも分からない。




 ***




「ただいま戻りましたわ!」


 突然帰ってきた瑠璃に、ホールを掃除していた女将さんが箒を放り出して迎えてくれる。


「ああ、おかえりルゥーリ!!」

「お前の料理は、ちゃんと俺が守っていたぞ」


 思いきり女将さんの胸に飛び込んだ。大将もすぐ隣にやってきて、瑠璃の様子を優しく見つめている。

 安心とは、この2人のことをいうんだろう。


「疲れただろう、しばらくはゆっくり休みな」

「いえ……大丈夫ですわ」


 今は、この2人のために料理?――料理をしたい気分だった。そんな瑠璃の希望に、2人は「仕方がないな」と笑う。


 こうして、瑠璃はまたグラナ川沿いの町の酒場で働き始める。

 テリーヌは酒場に似つかわしくないため、あれ以降テリーヌは作っていない。

 一度だけ、ヴァルドリックがやってきて「テリーヌ風ダークマターのレシピを教えてほしい」と泣きついてきた。残念ながら、瑠璃は「試作」として作ったため、自分が何をどれくらい使ったのか、まるで覚えていなかった。

 素直にそれを伝えると、ヴァルドリックは真っ白になった。罪悪感がないわけないので、覚えている野菜のビジュアルと、使ったチーズらしきものと、ハーブについてはなんとなく教えたが、それで再現できるかは瑠璃にも分からない。何故なら覚えていないから。

 ヴァルドリックは「サイオン=ジ殿の最高のテリーヌ風ダークマター! きっと後世に語り継いでみせます!!」と声高らかに去って行った。


「解せませんわ。やめてくださいませ」


 その後、瑠璃が作った最初で最後のテリーヌのレシピは、王族を唸らせた「誰も再現できない伝説のレシピ」と噂されることになる。

 噂には「王族だけが口にできる禁断の逸品」「どんな病気も治す」「黄金より価値があるレシピのため、作った料理人は誘拐された」などの尾ひれが付いていくのだが、瑠璃はそんなことを知る由もなかった。


 こうして、瑠璃はこの世界で「料理人」として今後も過ごしていくことになるのだが――それはまた、別の物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ