ごちそうさまでした
セリオス王子から新しい料理を頼まれた後、瑠璃は早く帰りたい一心で新メニューについて考えた。瑠璃に宛がわれたベッドの上で。
ここは王宮。酒場で出していたような料理を出すのは相応しくないだろう。けれど、高級な食材はおろか、普通の食材にすら詳しくない瑠璃に、王宮で食べていそうな料理が作れるだろうか。
「そう考えると、メインディッシュは難しいですわね」
メインディッシュなど、華やかすぎる。そんな料理は作れるはずがない。
魚料理は魚が捌けないから出来ない。デザートは、すでにコンクリートを作った。他に必要そうなものは……。
「そうですわ、オードブルなんてどうかしら」
それなら瑠璃もどんなものなのか分かる。それから、オードブルには火を使わないで済みそうなメニューもあるはずだ。例えばそう。
「テリーヌはどうかしら? 見た目もきれいですし、お野菜も美味しく食べられますわ」
作れるかどうかはさておき、瑠璃は考えるのが楽しくなってきた。魚や野菜で作ったテリーヌは大好きだ。自分の好きなものだけで作ったテリーヌは美味しいに違いない。
「……そもそもわたくしには、わたくしの料理が口に合わないのでしたわ」
王宮の料理は、瑠璃にとっても十分美味しい。だが、セリオス王子やヴァルドリックを始め、瑠璃の料理を絶賛する人たちはどういう味覚なんだろう、と瑠璃の思考はそちらに流れていく。
結局机で色々考えても、現場に立ったらその時の考えで動くことになる。
瑠璃は布団を被り、料理のことは明日の自分に任せることにした。
翌朝、一人厨房に立った瑠璃は、用意された豪華な食材を前に意気込む。
「試行錯誤の時間ですわ」と言って、シェフを全員締め出した。これを作ったら帰れる。
「テリーヌなら、魚や野菜を入れて固めるだけですわ。火を使わなくとも……って固めるものはどれかしら? あら、これは牛乳」
正式には「ニフィオの乳」と呼ぶらしいが、瑠璃の頭からはすっかり消えていた。
「そうですわ! これにクリームチーズや生クリームを入れれば、コクが出るのではないかしら!」
今度は「固めるものがない」という先ほどの呟きが頭からなくなったようだった。
「では次は入れるお野菜を決めましょう」
カルザートはもう使ったから、違う野菜の方がいい。
瑠璃は冷蔵室へ行き、野菜のスペースを隅から隅まで眺めた。なんというか、全体的にカラフルだ。
「これとこれと……あら、こっちにはチーズ類が置いてありますわね。これも使ってみましょう」
チーズっぽい見た目と色の白い物体を一つ選んだ。ホールケーキのような塊がカットされた状態で置いてあるので、恐らくチーズだろう。深くは考えない。
まずは色とりどりの野菜たちをカットする。切ってから皮が残っていることに気づいた野菜もあったが、瑠璃は気にせず木のボウルに放り込んだ。
サイズがまるでバラバラのカット野菜が、ボウルに入れられていく。
「ふぅ、わたくしも上達しましたわね。ところで、テリーヌのお野菜って生野菜なのかしら」
確かに瑠璃は、ほんの少しだけ成長していた。ぐちゃぐちゃ同然のみじん切りもしなくなったし、下ごしらえという概念がほんの少し生まれている。この野菜たちだって、ガッタガタだが形を保っている。
「野菜って火を通さないと食べられないのかしら……いえ、大丈夫でしょう。サラダみたいなものですわ」
瑠璃は下ごしらえについて考えるのをやめた。
さて、次に牛乳とチーズらしきものを混ぜることにする。チーズは当然固まっているが、瑠璃の手によってすでに細かく……ではなく、粗めに切られていた。火を通すつもりは毛頭ないようだ。
「やはり混ざりませんわね……」
ズラッと調味料が並べられた棚を覗き、何かいい手がないか調べてみる。白い粉は事故率が高いような気がしたので、候補からは外す。かといって液体も怖い。
「こ、これは!」
擦りつぶされたハーブのようなものが入った瓶を見つけた。これならなんだか良さそうな気がする、という根拠のない自信をもって、瑠璃はそのハーブを牛乳に混ぜた。
するとどういうわけか、牛乳に少しとろみがついた。まるで乳を固めるための草だったかのように。
「わたくしが探していたのは、貴方だったのですね……!」
それを気が済むまで混ぜた瑠璃は、ヴァルドリックに用意してもらっていた金属製の長方形の箱に、切った野菜を適当に並べ、混ぜた――と思っているチーズ&ハーブ入りの牛乳を流し込んだ。
冷蔵室で固まれば、瑠璃の勝利だ。
昼食を楽しんだ後、瑠璃はルンルン気分で厨房へ向かった。テリーヌの様子を確認するため――だったのだが。
厨房には、何人ものシェフが集結していた。
「サイオン=ジ殿! 待っておりました!」
「ヴァルドリック……貴方の仕業でしたのね」
「サイオン=ジ殿の新作が楽しみで楽しみで来ちゃいました!」
「サイオン=ジ・ルゥーリの新しい料理が見れると聞いて」
「期待しすぎて徹夜しましたっ!!」
「どういう触れ込みをしたらこうなりますの?」
――こうして、シェフに囲まれながらテリーヌを入れた箱の開封の儀が始まった。
まだ全貌を確認していないにも関わらず、すでに何人かは床に崩れ落ちた。
というのが冒頭のシーンである。
瑠璃からしてみれば、型を開けた瞬間石灰石の色をした物体だったため「失敗」なのだが、彼らにとってはそうでもないらしい。
「ドラグミアってなんなんですの?」
おそらく適当に入れた野菜の一つなのだろうが、瑠璃にその記憶はない。
瑠璃は邪魔なシェフたちを厨房の端へ追いやって、テリーヌの開封を続けた。
蓋を開けた今、見えるのは石灰石のような明るい灰色のみ。またコンクリートを作ってしまったんだろうか。色違いのコンクリートになったことに絶望しながら、容器を木のまな板の上にひっくり返して置いてみる。
一息ついてから、容器をそっと持ち上げる。思いのほかテリーヌ(仮)は抵抗なく容器から外れた。
「……暗黒物質?」
ライトグレーの層が1cm程度あり、それ以外は全ての光を吸収する謎の物体になっていた。一切の反射をしないその部分は、ずっと見ていると吸い込まれそうなほどに黒い。その黒は光を反射しないどころか、周囲の輪郭まで曖昧にしているように見えた。
「おお、これはダークマターというんですか?」
「テリーヌですわ」
「ダークマター……斬新な名前の料理ですな」
「テリーヌですわ」
「テリーヌ風ダークマター、ということですか」
「テリーヌですわ」
ざわざわとし始めたシェフたち。そんなざわめきを断ち切るような声が、厨房に響いた。
「その試食、私がしよう!!」
もちろんセリオス王子だ。
走ってやってきたのか、肩で息をしている。
「ずるいです殿下!」
「我々はここまで見守ってきたのに!」
「黙れ、最初にいただくのは王族の特権」
「公務サボってる時にかくまってあげたじゃないですか!」
「それはそれ、これはこれ!」
ごちゃごちゃと揉めるそれらを、瑠璃は遠い目で見つめた。
少し困った顔をしているセリオス王子の従者に、瑠璃は「帰りたいので馬車を」と頼んだ。
「あんなに頑張ったのに、どうして暗黒物質が出来るんですの……?」
それは誰にも分からない。
***
「ただいま戻りましたわ!」
突然帰ってきた瑠璃に、ホールを掃除していた女将さんが箒を放り出して迎えてくれる。
「ああ、おかえりルゥーリ!!」
「お前の料理は、ちゃんと俺が守っていたぞ」
思いきり女将さんの胸に飛び込んだ。大将もすぐ隣にやってきて、瑠璃の様子を優しく見つめている。
安心とは、この2人のことをいうんだろう。
「疲れただろう、しばらくはゆっくり休みな」
「いえ……大丈夫ですわ」
今は、この2人のために料理?――料理をしたい気分だった。そんな瑠璃の希望に、2人は「仕方がないな」と笑う。
こうして、瑠璃はまたグラナ川沿いの町の酒場で働き始める。
テリーヌは酒場に似つかわしくないため、あれ以降テリーヌは作っていない。
一度だけ、ヴァルドリックがやってきて「テリーヌ風ダークマターのレシピを教えてほしい」と泣きついてきた。残念ながら、瑠璃は「試作」として作ったため、自分が何をどれくらい使ったのか、まるで覚えていなかった。
素直にそれを伝えると、ヴァルドリックは真っ白になった。罪悪感がないわけないので、覚えている野菜のビジュアルと、使ったチーズらしきものと、ハーブについてはなんとなく教えたが、それで再現できるかは瑠璃にも分からない。何故なら覚えていないから。
ヴァルドリックは「サイオン=ジ殿の最高のテリーヌ風ダークマター! きっと後世に語り継いでみせます!!」と声高らかに去って行った。
「解せませんわ。やめてくださいませ」
その後、瑠璃が作った最初で最後のテリーヌのレシピは、王族を唸らせた「誰も再現できない伝説のレシピ」と噂されることになる。
噂には「王族だけが口にできる禁断の逸品」「どんな病気も治す」「黄金より価値があるレシピのため、作った料理人は誘拐された」などの尾ひれが付いていくのだが、瑠璃はそんなことを知る由もなかった。
こうして、瑠璃はこの世界で「料理人」として今後も過ごしていくことになるのだが――それはまた、別の物語。




