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テリーヌ

 セリオス王子はフードを脱ぎ捨てた。

 フードが翻り、ランプの光を受けた金髪が店内にきらめく。


「我が名はセリオス! この国の第二王子である! ルゥーリという料理人はどこだ!」


 店内が一瞬、静まり返った――次の瞬間、常連客たちが「なんだセリオス殿下か~」「相変わらず庶民の暮らしに興味津々だね~」「フード投げたら埃が舞うでしょうが!」と野次が飛んだ。

 女将さんに呼ばれて出てきた瑠璃は、状況がまるで呑み込めていない。


「わたくしが西園寺瑠璃ですわ」

「おお、そなたが……」


 ヴァルドリックは、目の前に現れた料理人が若い女性であることに目を見張った。華やかな女性が、こんなに斬新で前衛的なスープを作り上げるなんて。自分たちは型に囚われすぎていたのかもしれない……やはり、時代は若者が切り拓いていくものなのだ、とヴァルドリックは人知れず、しかし盛大に涙を流した。


「サイオン=ジ・ルゥーリか、変わった名だな」

「西園寺瑠璃ですわ」

「我々にはこのカルザートポタージュの調査をする義務がある。協力を願いたい」

「わたくしに出来ることなら喜んで」


 アンケートか何かかしら、と軽く考えていた瑠璃に、王子はさらりと言った。


「調査は王宮にて行う。我々と一緒に城へ来てもらおう!」

「え? お泊まりですの? 着替えを持ってきておりませんわ」

「サイオン=ジ殿は身一つで結構だ。全てこちらで手配しよう」


 泣きはらした顔のヴァルドリックが親切に申し出ると、瑠璃は驚きながらも礼を述べた。


「ルゥーリ、頑張ってきな! こっちのことは気にしなくていいよ!」

「ああ。お茶とビスケットは無理だが、リンガステーキとカルザートポタージュは任せろ」

「女将さん、大将……わたくし、行ってきますわ!」


 こうして、ルゥーリの王宮行きが決まった。






 ***






 馬車から降りた瑠璃は、壮大な城門と白大理石の回廊に目を丸くする。


「……豪華ですわね。まるでわたくしの屋敷のよう……いえ、それ以上ですわ」


 セリオス王子が先導し、ヴァルドリックが後ろで涙を拭きながらついてくる。


「ルゥーリ、まずは厨房へ案内しよう。君の料理を、我が国の最高シェフたちに見せてもらうぞ!」

「えっ」

「噂によれば、茶、ビスケット、リンガステーキ、カルザートポタージュ、全て君が作ったそうだな。私はそれが食べた……いや、調査したい」

「殿下、調査には私めも同行します!」

「料理長は持ち場に戻りたまえ」


 ヘドロ、コンクリート、海藻の塊、庭……確かに瑠璃の作ったものだが、あれらを料理と呼べるほど瑠璃の神経はおかしくなかった。


「あ、あれを全てここで……?」

「案ずるな、王宮の厨房なら材料も道具も全て揃っている」

「そうだ! 私がアシスタントとして一緒に付いていきましょう。目の前で調理の様子を見ることができたら――いや、ではなく、不慣れな厨房は不安でしょう」


 セリオス王子とヴァルドリックの目が輝いている。

 アンケートか何かだと思っていたのに……ここであれらを作ったら、怒られないだろうか。

 ヘドロもコンクリートも海藻の塊も庭も、人間が作り出すもの――ではあるかもしれないが、料理で作るべきものじゃない。

 瑠璃は頭を抱えた。




 ――数日後。

 カルザートポタージュに人体へ影響を及ぼす物質が含まれていないことが、セリオス王子から正式に発表された。安堵すべきかどうかは、瑠璃には分からない。

 布巾で口元を拭いているセリオス王子に、瑠璃は帰還を願い出た。もう調査も終わったことだし、何よりいかついシェフたちに囲まれた状態で料理を作り出すのは嫌だ。早く女将さんと大将のところに戻りたい。

 セリオス王子は渋い顔をし、ヴァルドリックは泣きそうな顔をした。持ち場に戻りなさいヴァルドリック、と瑠璃は心の中で呟いた。


「まだサイオン=ジ殿の料理を習得できておりません!」

「必要ないですわヴァルドリック」

「いや習得してくれヴァルドリック」


 そのまま瑠璃の希望は受け入れられないかと思った時、セリオス王子は渋い顔のまま、しかし諦めきれない様子で言った。


「ではせめて……あと一つだけ。ルゥーリの新しい料理を、どうか味わわせてくれないか?」


 ヴァルドリックが即座に目を輝かせる。

 瑠璃は大きなため息を吐いた。


「……わかりましたわ。ですが、これで最後ですのよ」




 ***




 陽光を跳ね返すほど磨き上げられた白石の床。天井は高く、壁一面には銅鍋が整然と吊るされ、長い石の作業台が幾列にも並んでいた。

 瑠璃は、箱の中に石灰石のような物体を見つめた。長方形の型にぴったり納まるそれは、この豪奢な厨房には、あまりにも似つかわしくない色合いをしていた。


「……失敗(成功)しましたわね」


 瑠璃の周りには、白い服に白い帽子を被った、どこからどう見ても「シェフ」と呼ばれる格好の人々が数人集まっていた。彼らの胸元には、王家直属の紋章が金の糸で刺繍されている。その全員が瑠璃を囲むように立ち、大変居心地が悪い。

 その一言に反応して、彼らは一斉に箱の中を覗き込み、興奮の声を上げる。


「なんという馥郁(ふくいく)たる香り! まるで深淵の薔薇が咲き誇るような……!」

「ああ、ドラグミアの香りがこんなにも引き立つなんて……」

「こ、これが……サイオン=ジ・ルゥーリの編み出す最高のレシピ……!!」


 一人が感動のあまり膝から崩れ落ち、一人は恍惚の表情でそれに顔を近づこうとして焦って転んだ。

 勝手に盛り上がっている彼らの様子を、瑠璃は虚無の目で見つめながら小さく嘆いた。


「――どうしてこうなってしまいましたの……?」

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