ステーキ
「ルゥーリ特製茶」と「ルゥーリ特製ビスケット」が飛ぶように売れている。
瑠璃にとってはヘドロとコンクリートにしか見えない――しかもまずい――のだが、どういうわけか世間はそうでもないらしい。なんで?
さらに恐ろしいのは、あまり好評なので作るのが追い付かない。大将はそれ以外の料理や円柱コンクリートのカットで忙しいし、女将さんもオーダーをとったり会計をしたりと、ホールの仕事で大忙し。
つまり手が足りないのだが。
「大丈夫ですわ。人間は数量限定などの希少性に弱いはずですもの」
「そ、そういうもんかい……?」
瑠璃の提案で、円盤コンクリートは【数量限定販売】になっていた。
数量限定なので無理に作る必要はない。そのため、コンクリートより多く注文が入るヘドロの作成に、瑠璃は集中できる。
瑠璃の考えは現代社会では一般的。そしてこの酒場でも同じこと――瑠璃の目論見は見事に的中し、数量限定に惹かれて開店前から並ぶ人が増えている。
コンクリートは軽食なので――日本語の崩壊ではありません――ついでに他の料理を頼むことが多い。最初にヘドロとコンクリートをつまみ、その後大将の料理を食べ、最後にヘドロで〆る……そういう流れが多かった。
最初こそ客も不満がっていたが、徐々に「そういうもの」だと不満の声は減っていった。客のニーズに合わせることだけがお店のすることではない――瑠璃の勝利だ。
と思ったのだが、大将から
「そろそろ他の料理も作ってみないか」
と提案を受けた。料理であれば大将も手伝えるからという理由もある。女将さんもノリノリだ。
2人に信頼を寄せられるのは、やぶさかではない――が、どうやって作ったらいいのか分からない。
当然だが、瑠璃に肉を捌く技術などない。煮るのも焼くのも無理。魚を捌く? 論外である。野菜を洗う――いや、水に晒すくらいならできるかもしれない。本当に?
大将が優しく言う。
「ルゥーリ、まずは簡単なものからだ。肉を焼いてみないか? シンプルだろう」
「つまりそれはステーキ……ですの?」
瑠璃は目を輝かせる。ステーキ大好き。
お肉を焼くだけなら、火にかけるだけですわよね。失敗しないはず……!
さっそく明日挑戦することにした。大将も女将さんも嬉しそうだ。
――翌日のお昼。厨房の奥で、用意された分厚い肉を前に瑠璃は深呼吸をした。
「まずは塩を……と言いたいところですが、どれが塩かしら?」
厨房には調味料の入った瓶や箱がたくさん並べられている。
箱に入ったピンク色の大きな石……岩塩の可能性がある。瓶に入った黄色い粉……ターメリック? 隣にある白い瓶は、中身が見えない。
「一番塩っぽいのはこの石かしら? でもどうやって使えば……あら?」
ピンク色の大きな石が入った箱の横には、黒い液体が入った大きな瓶が置かれていた。見た目は醤油やソースのように見える。
これが一番調味料っぽいなと思った瑠璃は、大将に使っていいと教えてもらったフライパンの上に生肉を置き、そのままダイレクトにその液体をかけた。当たり前のように、油や下ごしらえという概念はない。
黒い液体は、肉に染み込むことなく、表面だけを真っ黒に染めていく。
そんな異様な光景にも違和感を覚えない瑠璃は、大将に起こしてもらった火のついたかまどの上にフライパンをセットする。
すると。
――ボワアアアアアァァァァァァ
「わかめ?! ポップコーン?! わかめ?!」
黒い液体がポップコーンよろしく膨れ上がり、ひどい煙と共に、うねうねした形状のまま増加し続けている。
「どどどどどうしましょう! 水!? 水かしら!?」
瑠璃はかまどの近くに置いてあった甕に、透明な液体が入っていることに気が付く。
「そうですわ、これで……えいっ!」
――しゅるるるる
透明な液体をかけると、うねうねしたそれは収縮してフライパンへと戻っていく。
同時に煙も収まっていき、しばらくすると全貌が見えるようになってきた。火事になったかと思い、瑠璃は胸を撫で下ろす。
ようやく落ち着いた厨房で、瑠璃はフライパンを覗き込む。
「海底に落ちている海藻の塊――!」
黒いうねうねした細いわかめのような何かが、塊になっていた。
***
とりあえず、瑠璃は海藻の塊を皿に乗せてみた。
どこからどう見ても海藻の塊だ。それにしか見えない。
「あら? よく考えたら、あの黒い液体しか使ってませんわね。味はどうなっているのかしら」
しかし、瑠璃は味見をしなかった。
ヘドロを生み出した日、お腹をしっかり下した瑠璃は心に強く誓ったのだ。自分の作ったものは絶対に口にしないと。
ちなみに大将や女将さんはケロッとしている。瑠璃は生まれて初めて世の中の理不尽さを体感した。
「肉を焼いただけって聞いたけど……ずいぶんと立派な料理が出てきたねぇ」
「これはラトゥアだな。俺が渡したリンガの肉は……」
味見タイムが始まる。
瑠璃には海藻の塊にしか見えないが、2人には立派な料理に見えるらしい。
「……網膜の違いかもしれませんわね。わたくしもその盛れるフィルターが欲しいですわ」
「ふぃる……?」
「よしいただこうかね」
2人は銀のフォークで海藻を突き刺した。一瞬、フォークが黒く汚れないか心配したが毒素は出ていないらしい。
2人が同時に、それを口に運ぶ。
「……!! 表面のカリカリと、中のモチモチ! そして噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出す……!!」
「この食感……噛めば噛むほど癖になるぞ」
「モチモチ? 中に入っているのは大将からいただいたお肉なんですけれど……?」
その後、瑠璃の疑問は解消されることなく、大将もこのメニューを作れるように特訓が始まった。肉を切ってくれるとか、そういうお手伝いかと思っていたが、なんと瑠璃と一緒に海藻の塊を作ってくれるらしい。
瑠璃が目の前で再度海藻の塊を作り出して見せると、大将は非常に驚いていた。どうやら、瑠璃の斬新な食材の使い方に感動したらしい。
最初に大将が作った「ルゥーリ特製リンガステーキ」は、瑠璃にとってとても美味しい料理になった。
瑠璃が「美味しいですわ」と食べていると、大将は「こんなんじゃルゥーリには届かない」とさらに気合を入れた。
そして試行錯誤を重ね……どんどんまずくなっていった。味見役は女将さんに交代した。
女将さんは、嬉しそうにそれを食べながら瑠璃にそっと言った。
「本当にありがとうね、ルゥーリ。うちはよくある家庭料理しか出してなくて……あの人も喜んでるよ」
女将さんは厨房で食事の準備をする大将を、優しい目で見ていた。
「わたくしは、大将の作ってくださる食事が大好きですわ。常連のお客様だって、そうに違いありません」
「ルゥーリ……」
「わたくしの料理は、この辺りでは珍しいものかもしれません。きっと、わたくしの料理は日常のスパイスなのですわ」
料理として珍しがられるのは恐らく「この辺り」どころではないが、瑠璃は知らないふりをした。




