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8.文化祭・後編

「四条……くん?」

「大丈夫、桜ノ宮さん?」

 振り向いた顔は、紛れもなく四条遥だった。いつもの穏やかな笑みを浮かべているが、その肩は大きく上下して、ヘアセットも少し乱れている。きっと教室から走ってきたのだろう。思わぬ登場をした彼に、私は目を丸くすることしかできなかった。

 突然遮られた男子二人は、不機嫌そうにガンを飛ばす。

「なんだ、邪魔すんじゃねぇよ。そこをどけって」

「そもそもテメェ、この二人のなんだってんだ」

 猫なで声をやめて威嚇する二人は、中学の頃に何度も相手してきたような不良だった。そんな二人を前に、四条は毅然として立ち向かう。

「僕は二人のクラスメイトです」

「クラスメイトぉ? つまり何の関係もねぇってことじゃねぇか」

「俺たちはこれからこの子たちとデートすんの。部外者はどっかに行けよ」

 不良たちは好き勝手なことを言いながら、二人して四条にガンを飛ばす。

 それでも彼は折れなかった。

「部外者ではありません。桜ノ宮さんは……僕の好きな人ですから。好きな人とその友達が困っているなら、助けない理由はないでしょう?」

 遥の発言に周りがざわりとざわめいた。さつきも「どういうこと!?」と小声で説明を求めてくる。

 もちろん私からしても、四条の話は衝撃発言だった。彼から好かれるどころか、むしろ先ほどまで避けられていたのだから。

 けれど私は発言よりも、別のことに気を取られていた。

 四条の肩が、わずかに震えている。

 考えてみれば当たり前だ。四条は中学の頃に不良にいじめられたと言っていた。それならいま目の前にいる柄の悪い二人が、怖くないはずがない。それでも彼は私と男二人との間から、一歩も動かず立っている。

 堪らず遥の背に触れると、彼は微笑みながら囁いてきた。

「心配しないで、僕は王子様だからね」

 安心させるような笑みの奥には恐怖が隠れていた。取引をしていたから気付いてしまう。トラウマさえも仮面の下に隠して笑う彼は、とても格好よくて――本物の王子のようだった。

 四条は二人に向き直り、怯んでいない振りをしながら声を上げた。

「その制服、三海高校の生徒ですよね。これ以上続けるなら、学校に苦情を入れますが」

 学校の名を出された二人組は、明らかにうろたえはじめた。

「……チッ、仕方ねぇな」

「従ってやるよ!」

 やがてそれぞれ捨て台詞を吐きながら、二人は立ち去っていった。

 四条は、ほう、と息をつき、緊張を解いてこちらを振り返ってくる。

「大変だったね、なにもされてない?」

「え、ええ……」

 私はさつきと共にこくこく頷いた。どうして気付いたのとか、なぜ助けてくれたのとか、色々と聞きたいことはあるのに、うまく口が動かない。

「よかった。それじゃあ僕は教室に戻るから。また後で」

 軽く手を振りながら、四条は校舎の方へ駆けていく。その顔は少し、青ざめていた。

 隣のさつきが、腕を小突きながら問いかけてくる。

「薫、一体どういうこと?」

「知らない、けど……」

 四条が消えた方向をじっと見つめる。

 震える肩。青ざめた顔。それでもなお、私を助けてくれた彼。

 苦しさと、切なさと、嬉しさと。他にも色んな感情が、胸の中で渦巻いている。この気持ちをどう言い表せば分からない。とにかく今は、四条のそばにいたかった。

「ごめん、さつき。私、行かないと」

 言い出すより先に、身体が動いていた。「ちょっと薫!?」と叫ぶさつきの声を後ろに聞きながら、私は彼を追いかけ走っていった。



 教室へ行ってみたが、四条はそこにいなかった。

 小峰さんから恨みのこもった目で睨まれながらも、別の場所を探してまた駆ける。

 踊り場、渡り廊下、屋上――と探して、ようやく彼を見つけたのは、グラウンド端にある自販機の横のベンチだった。

 文化祭ではグラウンドはほぼ使われず、周りに人影は全くない。そんな中、彼はたった一人でベンチに座り、肩を抱いて震えていた。

「やっと見つけた」

 私は自分の仮面を剥ぎ取って、彼の隣へ腰掛けた。

 四条は私が来ると思っていなかったのか、びくりと身体を震わせる。

「どうして……」

「どうしてはこっちの台詞だよ。なんであんたがあそこに来たんだ」

「……教室から、正門の様子が少しだけ見えたんだ。あのままだと、桜ノ宮さんが本当の自分を出さないといけなくなる。君がそれを望んでないのは知ってたから」

「だから助けたって?」

 四条は小さく頷いた。

「今まで助けてもらったお礼と、ひどいことを考えていたお詫びにと思って。でもこんな風になっちゃって……ほんと、かっこ悪いなぁ、僕。王子様なんて言えたもんじゃない」

 苦笑する四条の身体は、未だに震えていた。

 不良を、それも二人を相手にするのは、かつていじめられていた彼にとって、相当勇気のいることだっただろう。それでも彼は恐れを捨てて、立ち向かってくれたのだ。私を――私の高校生活を、守るために。

 他人を守ることはこれまで何度もあった。けれど他人から守られたのは、思えば初めてだったかもしれない。身体の奥がじんわり温かくなると同時に、心臓がとくりと高鳴る音がした。

「いいや。格好よかったよ、王子様」

「あはは……そうかなぁ」

 身体を寄せると、こつりと互いの肩がぶつかった。衣装越しに四条の温かさが伝わってくる。彼の震えはいつの間にか止んでいた。

「そういえば、あの言い訳はなんだったんだ」

 問いかけると、四条は気まずそうに目をそらした。

「あー……僕が君のことをどう思ってるかって話?」

「そう。びっくりしたんだからな。ここ最近あんたに無視されてたから尚更」

「ごめん、切り抜けるためとっさに……でも、嘘は……言ってないよ。罪悪感とか、そういうので避けてたけど……君への気持ちは、少し前からあったんだ」

「へえ、そっか」

 つまり彼は距離を置いていたものの、私が嫌いになった訳ではなかったようだった。ここ最近の四条の行動の理由が分かり、ようやく胸のつかえがすっきりとれる。

 けれども四条は不服そうに睨んできた。

「それだけなの? もっとこう……何かあるでしょ、普通は」

「今はあんたが一杯いっぱいだろ。だから何にも言わないよ」

「…………やっぱり僕、格好悪い」

「はいはい。いいよ、勝手に格好よかったと思ってるから」

 そのときスマートフォンがポケットの中で大きく震えた。取り出してみると、さつきから心配のメッセージが入っている。

「あー……僕の方も連絡いっぱい入ってる」

 同じくスマートフォンを開いた四条が、小さくため息をついた。小峰さんをはじめ、同じシフトメンバーから「どこに行った」とか「戻ってこい」という呼び出しのメッセージが送られてきているらしい。まあシフトをサボってここに居るわけだし、当然と言えば当然だろう。

「なら、そろそろ戻るか?」

 問いかけると、四条は首を横に振った。

「もう少しここにいるよ。いま戻っても、仮面を被れる気がしないから。桜ノ宮さんは羽生さんを待たせてるでしょ? 僕はいいから、行ってきなよ」

「……いや、さつきは分かってくれるから大丈夫だ」

 そう言って、私はさつきに別行動するとメッセージを送る。

 自分を助けるために仮面を剥ぎとられ、弱い自分を曝け出した四条を、一人にしたくはなかった。

「あんたが戻れるようになるまで、一緒にいるよ」

 四条に向かって微笑むと、彼は両手で顔を覆ってうめき声をあげた。

「あ~……本当に、桜ノ宮さんはすごすぎるよ。欲望と安全を満たすために利用してた人間相手にそこまで言えるなんてさ……」

「そういうのは、もう関係ないって」

 以前四条は言っていた。復讐心、征服欲、優越感……一緒に居るときの楽しさが、そういう感情ゆえだからこそ、私と一緒にいることはできないと。

 けれど先ほど不良から助けてくれたのは、純粋に私を考えての行動だったと思う。だって彼の言う汚い感情からくるものならば、自分が苦しむようなことはしないだろう。

 それに理由がどうあろうと、彼は素を曝け出した自分を避けないでいてくれた。それだけで、私には十分だった。

「私は何も気にしない。前のあれこれも、さっき助けてくれたので全部チャラだ」

「ああ~……もう、ほんとにさ~……」

 四条は大きなため息をつき、私のメイド服の裾を引っ張った。顔を逸らしながら、耳だけを赤くして、彼は呟く。

「ありがとう、桜ノ宮さん」

「どういたしまして」

 そのまま私たちは、肩同士を触れさせたまま、二人ベンチに座っていた。

 遠くから響く文化祭の喧噪を聞きながら、他愛のないことを話していく。

「そういえば、誰かと回るって約束はどうした?」

「あれは嘘。別に何の予定もないよ」

「なら後で一緒に回るか?」

「羽生さんに申し訳ないって」

「それもそうか」

「……桜ノ宮さん」

「なんだ?」

「そのメイド服……似合ってるよ」

「……ありがと、そっちもな」

 穏やかな時間の中、寄り添った熱と胸の鼓動を感じながら、私はすとんと自覚する。

 ああ――私は、四条のことが好きなんだ、と。


   ***


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