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6.文化祭・前編

 どんなに気持ちが沈んでいても、時は勝手に過ぎていく。

 結局四条とは一言も喋れないでいる間に、気付けば文化祭当日になっていた。

 クラスTシャツを着た自校の生徒、他校の制服や一般客でごった返す廊下へ、私は看板を持って立っていた。周囲からはちらちらと視線を向けられる。レース控えめ、ロング丈ドレスのメイド服姿は、どうやら一目を引くらしい。

「一年一組の『メイド&執事喫茶』、いかがですか?」

 行き交う客ににっこり微笑むと、ちょうど通りがかった男子学生が数人、教室の中へ吸い込まれていった。客引きは無事成功。開始一時間半で十数組を引き入れたのは、なかなか良い調子なのではないだろうか。この仕事を割り振られた時は、外で立っているだけなんて働いている人に申し訳ないと思ったが、こうして貢献できるなら悪くない。

 続けて客引きしていると、学ランを着た中学生らしき三人組が廊下の向こうからやってくる。その中の一人が私の姿を見つけ、笑顔で手を振ってきた。

「お姉ちゃん!」

「蓮! 来てくれたのね」

 弟の連はいそいそとこちらへ駆け寄ってくると、人懐こい笑みを浮かべた。

「人が多くて迷っちゃった。そのメイド服、似合ってるね」

「ありがとう。こういうのは初めてだから慣れないけれど……蓮は友達と一緒に来たの?」

「うん、そうだよ」

 連は後ろの二人に目をやってにこにこ頷いた。

 その後、私の顔を不思議そうに見つめてくる。

「それにしてもお姉ちゃん、学校ではそういう感じなんだね」

「あっ」

 考えてみれば、家では本性で過ごしているし、蓮に高校でのことを話したことは一度もなかった。つまり蓮は、仮面を被った姉の姿を見るのは初めてなのだ。

「変……かしら?」

 苦笑いしながら問いかけると、蓮は首を横に振った。

「全然。それでお姉ちゃんが高校生活楽しめているなら良いと思う」

「よかった、ありがとう」

 ほっと息をついていると、蓮の両端にいた男子が彼の服のすそを引っ張った。

「なあ、この人が蓮の姉ちゃん? ってことはあの伝説の……」

「思ってたのと全然違うんだけど!?」

 どうやら不良時代の話は、未だに出身中学で噂されているらしい。その噂が蓮を守っているならいいことなのだが、なんだか恥ずかしい気もしてくる。

 蓮は人差し指を口元に当てると、二人へくすりと微笑んだ。

「いい人でしょ、僕のお姉ちゃん」

 二人は蓮と薫を見比べて、ぶんぶんと首を縦に振った。

 そんな三人のやりとりを見ていると、胸がいっぱいになってきた。かつてはいじめっ子の陰に怯えて泣いていた弟が、今ではこうして他の誰かと笑い合えるようになった姿は、姉として感動せずにはいられない。

 それと同時に、同じ境遇をしたもう一人の姿が頭をちらつき、再び心が重くなる。

 しかし弟に気を遣わせてはならないと、私はなんとか笑みを作った。

「蓮、よかったね」

「全部、お姉ちゃんのお陰だよ」

 蓮は照れくさそうにしながら、「ところで」と薫の後ろを指さした。

「さっきから後ろにいる人って、お姉ちゃんの彼氏?」

 ばっと振り向くと、いつのまにか後ろに四条が立っていた。黒い執事服を身に纏い、髪を横流しにセットした彼は、普段以上にイケメンという言葉が似合っている。

「ち、違うわよ。ただのクラスメイト」

「ふーん? 僕のこと凄く見てくるから、彼氏だと思ったのに」

 蓮は腑に落ちない様子で薫と遥を見比べていたが、「まあいっか」と詮索を諦めた。

「ともかく、お姉ちゃんが高校生活を楽しめてるみたいでよかったよ」

 そういって、蓮と友達二人は一年一組の教室の中へ入っていった。

「今の……例の弟さん?」

 三人の姿が消えた後、四条が声をかけてくる。他の女子たちに王子と呼ばれている、穏やかな声だった。

「そうよ。友達と上手くやっているみたいで安心したわ」

 そう言って彼に向き直る。しばらくぶりに顔を合わせた彼は、完璧に仮面を被っていた。弱さも恐怖も、すべて漏れ出さないよう仮面の下に隠して、にこにこと笑っている。それがなぜか、ひどく寂しく思えてしまった。

「四条くん、この前のことだけれど……」

「桜ノ宮さん、シフト交代」

 口にした言葉は、四条に遮られてしまう。それ以上聞く気はないとでも言いたげに。

 彼は笑みを崩さないまま、私の手から看板を奪っていった。

「客引きは僕が引き継ぐから。桜ノ宮さんは文化祭を回ってきなよ」

「ありがとう。その……四条くんはシフトが終わった後に、誰かと回ったりするの?」

 なんとかして、この前の話の続きをしたい。何をどうすれば良いのかは分からなかったけれど、このまま四条と疎遠になってしまうのは嫌だった。

 しかし四条は首を横に振る。

「ごめんけど……もう他の人と回ることにしているから」

「そう……」

 考えてみれば当たり前だ。四条は女子の中で人気の王子様。彼と一緒に回りたいという女子は、いくらでもいるだろう。例えばそう――小峰さんとか。

「四条く~ん。次のシフトの人でミーティングするってぇ~」

 考えた矢先に教室から小峰さんが飛び出してきて、四条の腕に絡みつく。ショート丈のフリルたっぷりなメイド服を着た彼女の姿は、私とは対照的で可愛かった。

「それじゃあ、僕は行くから」

「あっ……」

 引き留める言葉が見つからないうちに、四条は小峰さんと一緒に教室へ入っていってしまった。

 沈む気持ちを紛らわせようとスマートフォンを取り出すと、さつきから「シフトまで一緒に回ろ!」とメッセージが来ている。お陰でほんの少しだけ元気を取り戻した私は、集合場所を決めるべく彼女に返信を打ち込んだ。



 待ち合わせ場所の正門前では、多くの生徒がクラスの出し物の看板を持って、我が一番とばかりに客引きをしていた。まだ時刻は正午を回っておらず、文化祭は始まったばかり。どこのクラスもたくさんの客を入れようと必死なのだろう。

 きょろきょろとさつきの姿を探しながら、人混みの中を歩いて行く。やがて正門のすぐ側にさしかかった時、「やめてよ!」と怒りの混じった悲鳴が聞こえた。

「だから私は友達と待ち合わせしてるから行かないって。いい加減しつこい!」

「ええ~、ちょっとくらいはいいじゃん」

「少し一緒に回るだけだからさぁ。付き合ってよ」

 悲鳴の主はさつきだった。メイド服姿の彼女に、茶髪と金髪の柄の悪そうな男子が二人絡んでいる。着崩された制服には見覚えがないので、きっと他校の生徒だろう。

 どうやら私を待っている間に、絡まれてしまったらしい。もっと早く来ていればと、後悔しながらさつきと男子たちの間に割り込む。

「ごめん、さつき。待たせたわね」

「薫、遅いよ~!」

 腕に抱きついてくるさつきに「もう大丈夫」と頷いてから、男子二人に頭を下げた。

「それでは、私たちはこれで」

 そのまま二人に背を向けて、さつきと一緒に立ち去ろうとする。

 けれども彼らは諦めなかった。

「おいおい、つれないこと言うなって」

「そっちも二人ならちょうどいいじゃん」

 二人は猫なで声を上げながら行く手を塞いでしまった。

「どいてください。通れないのですけれど」

 先ほどよりも少し強く要求してみる。

 けれど男子たちはへらへらと笑うだけ。

「どきませ~ん。君らが一緒に回ってくれるって言うまでは」

「な、いいっしょ? 別に減るもんじゃないんだからさぁ」

 減りはしないが、言うことを聞けば面倒になる気がする。それに隣のさつきが怖がっている以上、二人に従うことはできない。

 気付けば周りには人がいなくなっていた。みな関わりたくないとでも言うように、半径五メートル以上には近づいてこない。

 どうしよう。

 元不良の経験上、この二人のような人間は、女子という「弱い者」相手に簡単には引かない。さつきがあれだけ強く叫んでいても無駄だったのなら、おしとやかの仮面を被ったままの自分が何を言っても意味がないだろう。

 逆に仮面を外せば、この場は簡単に解決する。

 不良の本性を表に出し、ちょっと威嚇してやれば、この手の輩は簡単に逃げていく。万が一殴りかかってきても、拳で応戦すればいい。中学の頃、ずっとそうしていたように。

 けれど決断できなかった。

「お姉ちゃんが高校生活を楽しめてるみたいでよかったよ」

 頭の中に、蓮の言葉がぐるぐるとうずまいている。

 不良の本性を晒せばこの場は切り抜けられるだろう。けれど周りにはさつきをはじめ、たくさん人がいるのだ。彼らに本性を見られれば「桜ノ宮薫は不良だった」という噂が瞬く間に広まり、他の生徒たちに避けられるようになるかもしれない。きっとさつきでさえも、私から離れていってしまうだろう。そうなれば弟の願いも自分の望みも叶わなくなる。

「ちょ、そんな怖がらなくてもいいだろ」

「そうそう、別に脅してんじゃないんだからさぁ」

 男子たちは笑みを深めながら、こちらをなめ回すようにじろじろ見てくる。

「ほら、いい加減一緒に行こうぜ、メイドさん」

 金髪の男子が私に手を伸ばしてきた。じゃらじゃらと鳴るブレスレッドの音に、さつきが小さく悲鳴を上げる。

 もう、迷ってはいられなかった。

 この半年の努力を捨てることになるけれど、それでさつきを守れるなら。

 男子の手が徐々に肩へと近づいてくる。

 私は拳を固く握りしめ、それを振り上げた瞬間――

「やめてください。彼女たち、嫌がっているでしょう」

 別の陰が、私たちをかばうように前へ現れた。


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