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3.悪魔王子に脅されています

 好奇心は猫をも殺す。

 まさかそのことわざを自分が体験するとは思いもしていなかったと、私は昼休みの廊下をとぼとぼ歩く。隣には穏やかな笑み――私からすれば悪魔の笑みを浮かべた四条が並んでいた。

「四条くん、先生が職員室へ来いと言っていたから、一緒に来てくれる?」

 美人で有名な女の先輩から告白され、クラスで質問攻めにされそうになっていた彼を、そう言って連れ出したのが先ほどのこと。もちろん呼び出しは口実で、向かっているのは職員室ではなく校舎の屋上だ。最近の彼のお気に入りの逃げ場らしい。

 人気のない階段を上り、何故か四条が持っている鍵を使って、屋上に繋がる扉を開く。屋上へ出た彼は私を振り返り、いつもの笑みを浮かべる。

「ここまでで大丈夫だから」

 すぐに扉が閉じられて、私は大きなため息をついた。ようやく一仕事終了だ。

 四条から取引を持ちかけられたのが一週間前。それからずっと、私の生活は彼が中心になっている。

 人と話して顔色を悪くしていたら誰もいない場所に連れ出して。女子に絡まれて面倒そうな顔をしていたら用事を装い連れて行って。苦手らしい体育の時間には休む口実を横から与えて。他にも何かと四条を気に掛けざるを得ないのだ。もしも放置しようものなら「秘密を明かされてもいいの」と脅してくるのだから。

 しかも四条と一緒にいることが増えたせいか、周りには付き合っていると勘違いされているらしい。一週間前の呼び出しは単なる用事と説明したさつきでさえも、生暖かい目で「四条くんの用事なら仕方ないよね」と毎回送り出してくる。

 あのとき最後に質問なんてしなければ、こんな事態にはならなかったのに。この一週間で何度そう思ったか、もはや数え切れなくなっていた。四条に避けられなかったのはよかったのかもしれないが、こういう関係を望んでいた訳ではない。

 どんよりした気分で教室へ戻り、なんとなしにスマートフォンを取り出すと、「四条遥」の名前が入ったメッセージの通知が見えて、更に気分が落ち込んだ。

 渋々開いて中身を見ると、猫が頭を下げているスタンプと共に、感謝の言葉が送られてきている。

『ありがとう。さっきはさすがに助かった』

 きっと屋上から送ってきているのだろう。四条は私に逃亡の手伝いをさせた後、毎回一人になれる場所に着いたらすぐに送り返してしまう。その後こうしてメッセージを送ってくるのだ。律儀に感謝してくるのは悪くないけれど、直接言ってくれた方が早いのに。

 チャット欄を遡れば、一日に二回は四条からの感謝のメッセージが送られてきている。つまりこの一週間、一日二回以上、彼を助けていることになるのだ。

 いくら何でも多過ぎる。しかし四条がそれだけ不安定なのも間違いない。

 ここ一週間見てきた彼は、例えるならヒビの入ったガラスのコップのようだった。人と話せばすぐに顔色を悪くし、その場に居たくないと訴える。彼の笑みは少し衝撃が加われば、何かが崩れてしまいそうだった。それに周りの誰も気付かないのがまた不思議だ。

 確実に彼は、何か事情を持っている。けれどどれだけ問いかけても、四条はなにも語ってくれなかった。だから私はもやもやとした気持ちになりながら、彼が逃げ出す手伝いをするしかない。

『たまにはメッセージじゃなくて、別の形の感謝が欲しいけど』

 燻った感情をぶつけるように、四条へメッセージを打ち込んだ。ちなみに四条と二人だけの時には、素の自分で話している。全て知られている手前偽っても意味がないし、四条もそれで構わないと言ってくれた。

 私のメッセージはすぐに既読がついて、続けざまに返信が送られてきた。

『秘密を守ってあげているじゃない』

『それじゃ足りないって言うの』

 別に追加で何かしろという訳じゃない。ただそろそろ四条の事情を知りたいだけだ。取引相手の私は、知る権利があるだろう。

 それを返信で伝えると、ややあった後に悩んでいる猫のスタンプが送られてくる。

『今日の放課後、空いてる?』

『ファミレスで奢ってあげるよ』

 ようやく折れてくれたのか。

 胸のつかえがすっと取れていく。彼の話を聞くことができれば、今の自分が置かれた状況に、少しは納得できるかもしれない。奢られるのはさすがに申し訳ないけれど、行ってみる価値はあるだろう。

 自分の口角が上がるのを感じながら、私は四条へのメッセージに「空いている」と返信した。


 そう、信じた自分がバカだった。


「いやぁ、これ食べたかったんだよね~」

 机の上には三十センチもあろうかというガラスの器に入った巨大なパフェ。生クリームとイチゴとブルーベリーと……その他お菓子やら果物やらアイスやらが山のように盛られている。いかにも甘そうなそのパフェを前にして、四条は満面の笑みを浮かべている。

 放課後、私は四条の話を聞くために、彼と一緒に学校近くのファミレスへやってきた。しかし四条は店に入って以降、まったく話を始める様子もなく、スイーツに夢中になっている。

「ずっと気になってたんだけど、一人じゃこういうのも食べにくかったからさ。桜ノ宮さんが来てくれて良かったよ」

「…………おい、話が違うだろ。ここにはあんたの事情を聞くためにきたんだろうが」

 スプーンにクリームを大盛りすくい取り、大口を開けてほおばる彼を、私はフライドポテトをがりがりと囓りながら睨みつけた。

 すると四条はパフェの向こうからきょとんと顔を覗かせた。

「事情なら現在進行形で教えてるじゃない」

「いやどこが」

「僕が甘い物を好きだってこと」

「???」

 話の趣旨が全く見えない。甘い物が好きなことと、しばしば見せる無理な微笑みは、どう関連していると言うのだろう。頭に疑問符を浮かべていると、四条は呆れたようにこちらをじっとり見つめてきた。

「君、僕が普段、何が好きで何が嫌いって言ってるか知ってる?」

「いや全然」

「……君って本当に僕のこと興味ないんだね」

 そう言われても困る。大して話さない四条を気にするより、友達のさつきと楽しい学校生活を送る方が大切だったのだから。

 無言の私に、四条はスプーンを置いて愉快げに笑う。どこか自嘲しているようにも見えた。

「好きな物は辛い物。嫌いな物は甘い物。それが学校にいるときの僕だ」

「つまり普段は嘘をついていて、本当は甘い物が好きだと?」

「そういうこと。ほら、甘い物好きなんて言うと、完璧王子様のイメージ崩れちゃうでしょ?」

 その気持ちは分からないでもない。私も素ではフライドポテトのようなジャンクフードが好きだが、さつきとカフェに行くときは甘い物が好きと偽って、ケーキやプリンなんかを食べていたから。

 しかし。だからと言って。

「あんたが隠してるの、絶対それだけじゃないだろ……!」

「あはははは」

 私の嘆きを、四条は軽く笑い飛ばした。

「これ以上は教えないよ。大体君、僕のことを聞いてくる割に、自分のことは話さないし」

「私の話、もうしてなかったか?」

 またもや不満な気持ちになりながらも、私は仕方なく四条に経緯を説明する。

「不良呼ばわりされるようになったきっかけは、いじめられてた弟を守ってたから。でもその弟が守らなくていいくらい強くなったから、高校じゃ学校生活を思い切り楽しんでみたくて、おしとやかな振りをしてた。不良のままだと友達もできなくて、何にも楽しくなかったからさ。それだけ」

 四条はパフェを口に運びながら、「ふぅん」と鼻を鳴らしていた。

「でも君、素と建前のギャップがすごいよね? それだけ差があったら、ずっと演じてるのも辛くない?」

 問われてこれまでのことを思い出してみる。

 全く辛くない、といえば、それは嘘になるだろう。ボロが出ないよう常に気を張っていなければいけないし、好きなジャンクフードは滅多に食べられない。女子から容姿で妬まれ因縁をつけられて、ガンを飛ばしそうになったのも一度や二度じゃない。

 それでもその先にある喜びが――学校生活が上手くいっているという実感が、私のモチベーションになっていた。

「まあ学校が楽しければ、それで辛さも消えるかな」

 そう答えつつ、けれど、と私はポテトを数本口に運ぶ。

 演じる辛さはやりがいで打ち消せる。それとは別に、本当にものすごく非常に不本意ではあるが、最近では息抜きもできたのだ。そう――四条と過ごす時間である。

 関わるのは一日の中で僅か十数分。言葉を交わしても二、三言だけ。それでも何の遠慮もなく素の自分を出せる時間は、思った以上に気を楽にしてくれていた。

 そもそも自分が素を出しても避けられない相手は家族以外に初めてで……だからこそ私は、彼に対して複雑な気持ちを抱いている。

「なに、こっちをじっと見て」

 四条がパフェから顔を上げ、眉根を寄せて首をかしげた。どうやら考えながら、見つめすぎていたらしい。

「別に、たまには素で話すのもいいなと思っただけで……」

 呟いている途中で、私ははっと失言に気付いた。これでは時々四条と話したいと言っているようなものだ。

 けれど訂正するにも手遅れで、四条はにこにこと笑みを浮かべていた。悪魔のような、あの笑みで。

「そっか~、しょうがないなぁ。一週間に一回くらいなら、こうして話してあげてもいいよ?」

「いやいやいや、遠慮しとく!」

 乗ってしまえば、また違うことを要求されてしまいそうな気がする。これ以上面倒ごとは増やしたくなかった。によによと笑う四条から顔を背けて、私はフライドポテトに集中する。

 そうして互いに頼んだ物を食べ終わり、会計をしてファミレスを出た。もちろん奢りは断って、私はポテトの値段をきっちりと払った。


 けれどそれ以降、四条は本当に私を毎週呼び出してきた。初めは警戒していた私だったが、何かを要求される様子もなかったので、いつの間にか彼との会話を純粋に楽しむようになってしまっていたのだった。


   ***

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