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第1話

目を覚ましたとき、風の音がした。

潮の香りに似た、だがどこか甘い匂い。

足元には白く磨かれた石畳が続き、その先には無数の光の船が浮かぶ港が広がっていた。

「……港?」

柔らかな光が空を包んでいる。

時間の感覚が、曖昧だった。

「驚くのも無理はないわ」

背後から声がして振り返る。

そこに立っていたのは、白い翼を持つ少女だった。

金色の髪、静かな蒼い瞳。

翼は美しいが、よく見ると端のほうに黒い羽根が混じっている。

「あなたは今、魂の港(カミノ)にいる。現世で命を終えた魂が、最初に辿り着く場所よ」

「……やっぱり、死んだんだな」

口に出すと、不思議と恐怖はなかった。

それよりも、現実感がなさすぎて、実感が追いつかない。

「私はミカエラ・ノア。天界守護隊に所属する天使よ」

「俺の名前は……神崎朔」

「朔…良い名前ね」

彼女が微笑む。

思っていたより、ずっと人間に近い。

羽根と光輪がなければ、普通の少女に見えた。

「天国って、もっと……雲の上で歌ってるだけの場所だと思ってた」

思わずそう言うと、彼女は小さく笑った。

「よく言われるわ。でも天国は“安らぐ場所”であって、“何もしない場所”じゃない」

彼女は港を指差す。

「ここは、魂の出入り口。現世、天界、そして……地獄にも繋がっている」

「地獄にも?」

「ええ。だから守らなきゃいけない」

その言葉に、少しだけ緊張が混じる。

「……守るって、誰から?」

彼女は一瞬、視線を遠くに向けた。

「堕天使や悪魔たち。かつては天使だった存在で、今は天界を憎んでいる」

「天使なのに……?」

「だからこそ厄介なのよ。天界の仕組みを、誰よりもよく知っているから」

港に停泊する光の船の間を、魂たちが静かに行き交っている。

皆、穏やかな顔をしていた。

「こんな平和な場所を、壊そうとする理由があるのか?」

「彼らは言うの。“天国は偽りの安息だ”って」

彼女は、こちらを見つめる。

「あなたはどう思う?」

「……まだ、分からない」

正直な答えだった。

死んだばかりで、天国に来たばかりで、何も知らない。

「それでいいわ」

彼女は頷いた。

「ここでは、すぐに答えを出す必要はない。魂は休むために、ここへ来るんだから」

少し間を置いて、彼女は静かに続けた。

「ただし――」

その声は、ほんのわずかに低くなる。

「あなたは、普通の魂じゃない」

「……どういう意味だ?」

「あなたの魂は、天界の力と強く共鳴している。私たちはそれを適合者(レゾナンス)と呼ぶわ」

胸の奥が、微かに熱を持つ。

適合者(レゾナンス)は、選ぶことができる」

「何を?」

「ここで暮らすか。それとも、天界のために力を使うか」

遠くで、低く重たい鐘の音が鳴った。

港全体が、わずかにざわめく。

「……何か、起きてる?」

彼女は剣の柄に手を置いた。

「まだ、戦いじゃないわ」

そう言いながらも、翼が緊張している。

「でもいずれ、あなたも知ることになる。この天国が、決して絶対安全な場所じゃないってことを」

彼女は最後に、優しく微笑んだ。

「安心して。時間は、まだあるから」

魂の港(カミノ)に、再び穏やかな光が満ちる。

だがその奥で、何かが静かに動き始めている気がした。

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