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第4話

皆さん、こんにちは。

前回のお話では、挫折をきっかけに、五十嵐が一時的にヒーローとしての活動を休もうと決めました。


ですが――言うまでもなく、現実はそう都合よくはいきません。

前置きはこのくらいにして、どうぞご覧ください。

「ごめんね、五十嵐くん。せっかく久しぶりに集まれたのに、急に荷物が大量に入っちゃってさ。わざわざ手伝いに来てもらって悪いね。あとでご飯でも行こう。久我さんが奢ってくれるよね?高級焼肉?それとも高級寿司?」

「はぁ?春野、何ふざけたこと言ってんだよ。自分が奢らないくせに、よくそんな注文できるな?」

「はは、大丈夫ですよ。ちょうど最近、あまりやることもなくて。体を動かすのにもちょうどいいですし。」

昼間の倉庫で、五十嵐は春野や久我たちと一緒に、荷物を運んでは棚に並べる作業をしていた。作業の合間には、自然と雑談も交わされる。しばらく顔を合わせていなかったにもかかわらず、場の空気にぎこちなさはなく、どこか懐かしい感覚すらあった。

「ねえ五十嵐くん、一度にそんなに運んで大丈夫?無理しなくていいからね。」

春野は、何箱もまとめて抱えている五十嵐の姿を見て声をかけた。

「あ、平気ですよ。」

この程度の重さは、今の五十嵐にとって大したものではない。軽々と箱を運び、倉庫の中を手際よく行き来していた。

「前からそんなに力あったっけ?最近ジムとか通ってた?」

「えっと……実はその……プロレス、やってたというか……まあ、そんな感じで……」

五十嵐は少し気まずそうに、咄嗟にそれらしい理由を口にした。とはいえ、いつまでも話題を避け続けるのも違う気がしていた。

「え、そうなの?まさかプロレスやってたなんて。どうりで力があるわけだ。」

「でも大丈夫なの?今日は練習とか試合とかないの?」

久我も、少し興味ありげに口を挟んだ。

「ああ……今は、ちょっと休んでて……そういう時期で。」

「え?大丈夫?もしかして怪我とか?」

「いや、怪我じゃなくて……しばらくやってみたんですけど、自分にはあまり向いてない気がして。人気も、全然なくて……。まあ、一応は人前に出る仕事ですし。わかりますよね。」

「そっか……プロレスのことは詳しくないけど、大変だったんだな。」

「じゃあ、いつ頃復帰する予定なんだ?」

「えっと……それも、まだ決めてなくて。正直、うまくいってなかったし……この先どうするかも、まだ考え中です。」

「でもさ、プロレス好きだったんでしょ?簡単にやめちゃうの、もったいなくない?」

「まあ……そうなんですけど。どうしても無理なら、それも仕方ないかなって……。」

「あっ、そっち危ない!」

五十嵐は振り返り、背後の高い棚から荷物が今にも落ちそうになっているのに気づいた。だが慌てることなく、素早く一歩踏み出す。落下してきた箱を次々と両手で受け止め、さらに横にいた春野が巻き込まれないよう、足を伸ばしてさりげなく制した。

「……大丈夫ですか?」

五十嵐はそう言って、春野と荷物の様子を確認した。

「おお……やっぱりプロレスやってただけあるな。すげえじゃん。」

久我は笑いながら、素直に感心した様子を見せた。

周囲の視線に、五十嵐は少し気恥ずかしさを覚えつつも、どこか誇らしい気持ちになるのを否定できなかった。

「だったらさ、たまにでも戻ってきてバイトすればいいんじゃない?」

久我の何気ない冗談が、五十嵐の胸にすっと入り込んだ。

「……あ、そうか。俺……戻ってきても、いいんですか?」

「え?まあ……別に問題ないだろ。前にここで働いてたし、新人よりは全然助かるよ。」

「どうせ人手はいつも足りてないし、店長も話せば分かってくれると思うぞ。」

「……そう、なんですね。」

五十嵐の手際の良さもあって、作業は思ったより早く片付いた。ひと段落ついたところで、彼らは近くの居酒屋で軽く一杯やろう、という流れになる。

「うわ〜、昼間から飲むの久しぶりだな。こんなに気持ちよかったっけ?……ところで、焼肉と寿司は?久我さん?」

五十嵐の向かいに座った春野は、喉を鳴らしながらビールを一気にあおり、隣の久我を肘でつついた。

「そんな約束してないぞ。金出してるだけでも感謝しろよ。」

「でも、五十嵐くんが手伝ってくれたおかげだよ。あんなに早く終わるとは思わなかった。」

「それは確かに。悪かったな。遠慮せず食えよ。……春野は、まあ少し控えめでもいいけどな。」

「え〜、ひど〜い。」

「はは、ありがとうございます。」

五十嵐は串焼きを頬張りながら、ビールをゆっくり口に運んだ。

「そういえば五十嵐くん、前はあんまり酒飲まなかったよな?」

「え?ああ……今は前よりは。慣れた、ってやつですかね。」

もちろん五十嵐は、超能力によって体質が変わったからだ、などとは口にしなかった。今の彼にとって、ビールはほとんどジュースのようなものだった。

「プロレスって、やっぱりストレスも相当あったんだろうね。でもさ、こうやってお酒が飲めるようになったなら、付き合いとかも楽になるんじゃない?」

「……確かに。そこまでは考えたことなかったです。」

春野は冗談交じりに言っただけだったが、その言葉は五十嵐にとって意外な気づきだった。自分の力が、こんな形で日常に溶け込む可能性があるとは思っていなかった。

店内は和やかな空気に包まれていたが、その途中で、五十嵐は店の外を走り抜けていくサイレンの音に気づいた。

彼はふと視線を窓の方へ向け、そして無意識のうちに、自分の足元に置いたバッグへと目を落とした。

「ん?どうかした、五十嵐くん?」

「あ……いえ、なんでもないです。」

五十嵐は小さく首を振り、何事もなかったかのように、再び食事と会話に戻った。

しばらくして、彼らはそれぞれ解散した。五十嵐もまた、一人で帰路につく。

その日の五十嵐は、久しぶりに悪くない気分だった。春野たちに認められ、気の置けない時間を過ごせたことで、胸の奥が少し満たされているのを感じていた。

彼はバッグの中から金のリンゴを取り出し、いつの間にかそれに向かって独り言をこぼしていた。

「……自分の力が、こんなふうに普通の生活にも使えるなんて、考えたことなかったな。ほんの少し変わっただけで、仕事も楽になって……人からも認めてもらえた。」

「そう考えると……前の生活に戻るのも、そこまで悪くないのかもしれない。」

「熊と戦う必要もないし、意味のわからない活動に振り回されることもない。ネットの誹謗中傷もなければ、理由もなく見下してくる連中と向き合うこともない……。」

「持ち歩いてはいるけど、もう何日も使ってない。もしかしたら、いつかは……変身しなくても、普通に生きられるかもしれない。

……少しだけ、人より上手くやれる“普通の人”として。」

「……でも、そんな贅沢をしていいのか?

……いや、やってみなきゃわからないか。とりあえず、店長に連絡してみよう。」

その後、店長との話し合いも思った以上にスムーズに進み、五十嵐は以前働いていたショッピングモールのギフトショップに、時々アルバイトとして戻ることになった。

もともと働いていた場所ということもあり、仕事にはすぐに慣れた。店長や同僚との関係も良好で、余計な気を遣うこともない。

すべてが以前と同じようでいて、どこか以前よりもうまく回っている――そんな感覚があった。

「ねえ、吉川愛ってどう思う?」

「おお、めちゃくちゃ可愛いよな。じゃあさ、池田エライザも可愛いと思わない?」

ある日の閉店間際、五十嵐は同僚たちと片付けをしながら、取り留めのない雑談を交わしていた。

そのとき、外を走り抜けていく消防車のサイレンが耳に入った。五十嵐は無意識に手を止め、言葉少なに外へと視線を向ける。

「……だからさ、ノア・ノヴァってさ、なんか変に“深いこと言ってます感”出してるだけじゃない?超ヒーロー分かってます、みたいな顔してさ。正直、何が言いたいのかよく分かんないんだけど……ん?五十嵐くん、どうした?」

「……あ、いや、なんでも。ほんと、あいつ自分を何様だと思ってるんですかね。」

(……大丈夫だろ。たぶん。

……今回は、誰か他の人が対処するはずだ。)

五十嵐はそれ以上考えないようにして、再び目の前の作業に戻った。

やがて退勤の時間になり、彼らはそれぞれ職場を後にした。五十嵐もまた、一人で帰路につく。

その途中、脇を救急車が走り抜けていくのが目に入った。

一瞬の迷いのあと、五十嵐は理由もはっきりしないまま、その後を追うように歩き出していた。

しばらく進むと、人だかりができている一角に辿り着いた。そこには複数の救急車と消防車が停まっている。

五十嵐の胸が、わずかに沈んだ。

周囲の建物には、明らかに火に焼かれた痕跡が残っており、どうやら消火はすでに終わっているようだった。

そのとき、近くで立ち止まっていた人々の会話が、断片的に耳に入ってくる。

「……さっき、相当燃えてたよ。消すのにかなり時間かかったみたいだ。」

「焦げ臭い匂いがずっとしててさ。逃げられたからよかったけど、何人か怪我人も出たらしいよ。ほんと怖いよね……。」

「だよな……もっと早く中に入って助けられた人がいればよかったのに……。」

「いやいや、普通の人じゃ無理だろ。中に飛び込むなんて。」

会話を耳にし、担架で運ばれていく負傷者の姿を目にした五十嵐は、思わず唇を噛み、視線を落とした。

「……普通の人、じゃなかったら……。」

そう考えかけた瞬間、誰かの視線を感じた。

五十嵐ははっとして振り返ったが、そこには誰の姿もなかった。

「……気のせい、か。」

五十嵐は頭をかき、小さく息を吐いて、その場を後にした。

近くの駅まで来たものの、ちょうど一本前の電車が出た直後だった。

五十嵐は仕方なくホームで待つことになり、気づけば周囲の人影もまばらになっていた。

そのとき、向かいのホームから、言葉にしづらい違和感が伝わってきた。

視線を向けると、向かいのホームでも電車が今まさに発車したところだった。

車両が完全に去ったあと、そこに一人だけ、乗らずに立ち尽くしている影があることに気づく。

顔までははっきり見えない。それでも、その人物がこちらを見ている――そんな気がした。

そして、その人物の傍らには、異様に大きな器具があった。

先端――いや、正確には末端には、巨大な鉤のようなものが取り付けられている。

「……あれは、釣り針か?」

五十嵐は反射的に警戒し、一歩下がった。

次の瞬間、相手は体を大きく反らし、その鉤をこちらへと力任せに振り抜いた。

鉤は流星のような勢いで空気を切り裂き、一直線に迫ってくる。

五十嵐はとっさに身を翻し、横へと転がった。

背後で激しい衝撃音と振動が弾ける。

五十嵐はすぐさま立ち上がり、ホームに設置された非常ボタンを叩いた。

非常警報が鳴り響き、異変に気づいた周囲の人々は、一斉に駅の外へと逃げ出していく。

振り返ると、男はすでにこちら側のホームに立っていた。

その姿は、長年小さな漁船で海を渡り歩いてきた船長のようだった。

無精ひげを生やした、粗野でくたびれた中年の男――という印象だ。

男は一度、釣り針を引き戻し、次の一撃に備える。

五十嵐を見据え、男は歪んだ笑みを浮かべた。

不揃いな歯の隙間には、金や銀で埋められた跡が覗いている。

男は、どこか楽しげに口を開いた。

「やっとだ……ようやく見つけた……金のリンゴ……!」

これで、相手の狙いが自分であることははっきりした。

五十嵐は距離を取りつつ、相手に声をかける。

「悪いけどさ、気持ち悪いおっさん。あんた、誰?」

「俺が誰かなんて、そんなに重要じゃねえよ……」

男は腰を落とし、巨大な釣り竿を再び構えた。

「ただの、釣りが好きな船長さ……」

腰をひねり、一歩踏み出す。その動きに合わせ、釣り竿の先の鉤が勢いよく放たれた。

五十嵐は横に転がってそれをかわし、その瞬間、金色の光が弾ける。

アップルマンとなった彼は、間髪入れずに前へと踏み込んだ。

一瞬、男の表情が驚きに歪んだが、すぐに釣り竿を振るい、アップルマンの攻撃を受け止める。

アップルマンはそのまま竿を掴み、武器ごと奪い取ろうと力を込めた。

だが、相手の腕力も相当なものだった。簡単には引き剥がせない。

拮抗した一瞬、アップルマンは頭突きを叩き込み、続けて膝を男の腹部へと突き上げた。

しかし男は、思ったほど効いていない様子だった。体もやけに頑丈だ。

男は力任せに竿をひねって拘束を振りほどき、そのまま柄でアップルマンの顔面を打ち据える。

さらに蹴りを放ち、距離を取った。

男は反転しながら鉤を引き戻す。

引っかかっていたホームの自動販売機ごと引き寄せ、その勢いで背後からアップルマンを叩き飛ばした。

背後から叩きつけられたアップルマンは、その勢いを利用して前方へと転がった。

体勢を立て直すと、破損した自動販売機の一部を掴み、反動をつけて男の方へ投げ返す。

男は強靭な体と釣り竿で自動販売機を真正面から叩き割った。

だが中から飛び出した色とりどりの飲み物が噴水のように噴き出し、一瞬、視界と足元を奪う。

男が思わず目元を押さえた、その一瞬。

アップルマンは跳び込みざまに強烈なフックを叩き込み、宝石で補われた歯を数本、宙へと弾き飛ばした。

着地したアップルマンは畳みかけるように数発を打ち込む。

男は腕でそれを受け止め、低い蹴りで重心を崩して距離を開くと、素早く鉤を引き戻した。

次は、鋭い鉤先が真っ直ぐアップルマンの体を狙っていた。

アップルマンは即座に身をひねり、腕からアップルファイバーを引き出してそれを受け止める。

アップルファイバーは大きく引き伸ばされ、歪んだが、どうにか鉤の一撃を受け止めていた。

刃が交わるような接触のあと、二人は弾かれるように距離を取る。

男は間を置かず、再び鉤を振るった。

アップルマンもまた、縄を振るうようにアップルファイバーを放つ。

二つは正面からぶつかり合い、激しく引き合った。

まるで綱引きのような拮抗。

だが次の瞬間、男は常軌を逸した力で、アップルマンごと引き寄せた。

その力に一瞬、驚かされながらも、アップルマンは思い切ってファイバーを手放した。

空中で体勢を立て直そうとした、その瞬間――

男はその隙を逃さず、間合いに踏み込み、アップルマンの手足を掴んだ。

そのまま力任せに放り投げられ、アップルマンはホーム脇の線路へと叩き落とされる。

「……っ、痛ぇ……。」

アップルマンが起き上がろうとした、その瞬間。

男が釣り竿を振り上げ、ホームから飛び降りようとした――その直前、

巨大な青い粘液状の物体が横から現れ、二人の体にまとわりついた。

「な……なんだ、これ……?」

アップルマンは、男の攻撃だと思いかけたが、当の本人も戸惑った様子で動きを封じられている。

そのとき、二人の視界に、新たな人影が映った。

二人よりも小柄で、どこかオタク然とした服装の男が、にやりと笑いながら歩み寄ってくる。

「いやあ……最高だ。こんなところにあったんだ……金のリンゴ……!」

一瞬の沈黙が落ちる。

アップルマンと釣り竿の男は、互いにちらりと視線を交わした。

「……知り合いか?」

「……てっきり、お前の仲間かと思ったが。」

「悪いけどさ、今度はあんた誰?

それと、どれくらい前から隠れてたんだよ。隠しNPCさん。」

「俺の名前?そこまで聞かれたなら……この俺の名は――」

「いや、やっぱいい。

どうせ、あんたも俺の金のリンゴを狙ってきたんだろ?

なんでそんなに、みんな欲しがるんだよ。」

「その鼻水みたいなの、あんたのか?」

釣り竿の男までもが、思わず口を挟む。

「おい!失礼だな!

それに鼻水じゃない、これは高級スライムだ!

ここで金のリンゴは俺がいただく!」

「まあ……あんたも金のリンゴが欲しい。

俺も欲しい。

そっちの船長も欲しい。

でも残念ながら、金のリンゴは一つだけだ。

……答えは、分かりきってるよな。」

アップルマンと釣り竿の男は、それぞれ力を込めてスライムの拘束を振りほどいた。

距離を取り、三人はその場で向き合う。

互いに牽制し合いながら、視線だけが行き交った。

「で……誰か、協力する気ある?

それとも、このまま――派手にやるか?」

「いやだね。釣りしてるときに、横から口出しされるのは好きじゃねえ。」

「勝者総取り、か。

……嫌いじゃない。」

「望むところだ。

一応、俺はスーパーヒーローだからさ。

悪役と組んだなんてバレたら、また炎上するだけだし。

……クソみたいなネット民め。」

三人はそれぞれ構え直し、静かに間合いを詰める。

鳴り続ける警報と夜風の中で、緊張感だけがじわじわと高まっていった。

最初に動いたのは、釣り竿の男だった。

大きく振りかぶり、再び鉤をアップルマンへと放つ。

アップルマンはホームの縁へと跳び退いてそれをかわす。

だがその隙を突き、スライムが絡みついた。

スライムはアップルマンの動きを完全に封じ込める。

今度は力を分散していない分、先ほどよりもはるかに厄介だった。

「もらった!」

オタクの声と同時に、釣り竿の男が横合いから踏み込み、オタク本人を狙ってきた。

オタクは慌ててスライムを引き戻し、盾のようにして身を守る。

釣り竿が叩きつけられるが、攻撃はスライムに吸い込まれるように受け止められる。

鉤を突き立てても、衝撃はほとんど通っていない。

その隙に、拘束から解かれたアップルマンは、ホーム脇から重い部材を引き剥がし、次々と二人の方へ投げつけた。

スライムに意識を向けていた釣り竿の男は反応が遅れ、直撃を受けて後退する。

オタクはスライムを自分の前に押し出し、

その陰に隠れるようにして攻撃をやり過ごしていた。

「どうやら、あのスライム……

普通の物理攻撃は、あまり効かないみたいだな……。」

距離を保ちながら、アップルマンは状況を探る。

駅の外から、警察車両らしき気配が近づいているのを感じ取った。

もう少し持ちこたえれば、援護が来るかもしれない。

だが、釣り竿の男もそれに気づいたらしい。

悔しそうに歯を食いしばりながら、アップルマンとオタクの両方を睨む。

「ちっ……今日は、ここまでだ。」

状況が不利になると判断したのか、釣り竿の男は背を向け、そのまま駅の外へと姿を消した。

アップルマンは追いかけようと踏み出したが、スライムが即座に前へと回り込み、行く手を塞いだ。

「おいおい!何してんだよ!

せっかく邪魔なやつが消えたのに!

残ってるのはお前だけだ!

さっさと金のリンゴを渡せ!」

オタクはスライムを操り、間髪入れずに追い詰めてくる。

アップルマンは牽制するように拳を叩き込んだが、手応えは鈍く、まるで巨大なこんにゃくを殴っているかのようだった。

「……だったら。」

アップルマンはすぐに距離を取り、スライムに近づかせないよう動き続ける。

アップルマンはアップルファイバーを伸ばし、周囲の物を引き剥がして投げつける。

ホームのベンチや案内板が次々と宙を舞うが、スライムの動きを止めるには至らない。

ファイバーで絡め取り、壁に叩きつけても、スライムは一時的に形を崩すだけで、すぐに元へ戻ってしまう。

動き回りながら、アップルマンは気づいた。

オタク本人は、最初からほとんどその場を動いていない。

アップルマンはファイバーを振るい、スライムに付着していた物体を引っかける。

腰をひねり、そのまままとめて遠くへと投げ飛ばした。

次の瞬間、アップルマンは一気に距離を詰め、オタク本人へと突進した。

オタクの表情が、一瞬で引きつる。

「問題が解決できないなら、

作ってる本人を止めるしかない。」

オタクも慌ててスライムを呼び戻すが、アップルマンの方が一歩早かった。

アップルマンはホームを蹴り、高く跳躍する。

そのままオタクへと飛びかかった。

「……本体に戦闘能力がないとでも、思ったか?」

オタクは懐から拳銃を引き抜き、素早く構える。

照準は、空中のアップルマンだ。

アップルマンはそれを見た瞬間、思わず息を呑んだ。嫌な予感が背中を走る。

「俺はこの瞬間を待ってたんだ!死ねッ!!」

オタクはそう叫ぶと、ためらいもなく連続して引き金を引いた。

アップルマンは瞬時に身体の向きを変え、持ち前のスピードと反射神経で弾道をずらしていく。

だが――すべては避けきれなかった。

「ぐっ……!」

鋭い痛みが走り、アップルマンは思わず声を漏らした。

致命傷ではない。だが衝撃で体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込む。

次の瞬間、スライムが一気に距離を詰め、倒れたアップルマンの身体へとまとわりついた。

アップルマンは必死に身体を動かし、拘束から抜け出そうとする。

しかし負傷の影響もあり、先ほどよりも明らかに動きが鈍っていた。

スライムはじわじわと広がり、全身を覆い始める。

「もう終わりだ」

オタクは勝利を確信したようにそう言い、落ち着いた動作で拳銃のマガジンを交換する。

次の一撃で終わらせるつもりなのは明らかだった。

「くそ……こういう趣味は持ち合わせてないんだよ……」

アップルマンは歯を食いしばり、最後の力を振り絞る。

まだ完全には拘束されていない腕を使い、真上の天井へとアップルファイバーを撃ち放った。

照明器具や配管、鉄骨が次々と垂直に落下する。

オタクは思わず身をすくめ、スライムを引き戻して頭上に集め、即席の盾として防御に回った。

アップルマンも落下物に巻き込まれ、腕でかばうようにして衝撃を受ける。

それでも――スライムの拘束からは、一瞬だけ解放された。

落下物のいくつかがスプリンクラーに直撃したらしく、

次の瞬間、上方から大量の水が一気に降り注いだ。

そのときアップルマンは気づいた。

スライムが水に触れた瞬間、明らかに不規則な変化を起こしている。

(……反応してる?)

頭の中で、ひとつの仮説が形を成し始めた。

アップルマンはすぐに立ち上がり、線路脇へと走り出す。

それを見たオタクは、慌てて再びスライムを操り、アップルマンを捕らえようとした。

アップルマンは線路脇に転がっていたケーブルを掴み、力任せに引きちぎる。

火花を散らす高圧電流の流れるケーブルを、そのままスライムへと突き刺した。

水と電気が反応したのか、スライムは激しく震え、形を崩し始める。

やがて動きを完全に失い、ただの軟泥の塊となって地面に広がった。

アップルマン自身も感電し、全身に痺れが走る。

荒く息を整えながら、アップルファイバーでケーブルをまとめ、二次被害を防いだ。

アップルマンは、脇目に逃げ出そうとするオタクの姿を捉えた。

アップルマンは慌てることなく深く息を整える。

そして足元に落ちていた瓦礫を拾い上げ、投球の要領で一気に投げつけた。

瓦礫は正確にオタクの背中を捉え、彼はそのまま地面に倒れ込む。

アップルマンはゆっくりと距離を詰めていく。

オタクは恐怖に顔を歪めながら後ずさりし、再び拳銃を取り出して発砲した。

アップルマンは余裕をもって首を傾け、腰をひねり、すべての弾丸をかわす。

オタクが再装填しようとしたその瞬間、アップルファイバーが伸び、拳銃を絡め取った。

ほどなくして、アップルマンはオタクの目の前に立った。

オタクは怯えた表情で彼を見上げる。

アップルマンはオタクの片手を掴み、指先に視線を落とす。

そこには、スライムと同じ色の光を放つ奇妙な指輪が嵌められていた。

「なるほど……これでスライムを操ってたわけか」

そう言うと同時に、アップルマンは指輪ごと指をへし折った。

オタクの悲鳴が駅構内に響く。

「な、なんで……どうやってスライムの弱点がわかったんだ……?」

「……舐めるなよ。誰にも好かれなくても、俺は本物のスーパーヒーローだ」

本当は、ただの勘に近かった。

だがアップルマンがそれを正直に口にするはずもない。

彼はあえて、よりそれらしい言い方を選んだ。

もっとも――今回も、その活躍を見ていた者はいなかったが。

「く、くそ……!」

オタクは歯を食いしばり、自分の完全な敗北を受け入れるしかなかった。

「ほら、お前は縛られるのが好きなんだろ?」

アップルマンは金色のアップルファイバーを引き出し、オタクを厳重に拘束した。

しばらくして、警察や関係機関が到着し、現場の処理が始まった。

救急隊員に簡単な手当てを受けたアップルマンは、立ち去る前に護送されるオタクへと歩み寄る。

「なあ、まだ答えてないよな。

なんでお前らはそこまでして金のリンゴを欲しがる?そんなに価値があるのか?」

オタクはアップルマンを一瞥し、鼻で笑った。

「……金のリンゴの価値もわからないのか?

よくそれで手に入れられたな……。

いいか、金のリンゴってのは、ガチャで言えば最高レアの隠し枠みたいなもんだ。

この世界に一つしか存在しなくて、つい最近まで伝説扱いだった代物だぞ。

しかも、誰が手にしても、その力を授かる可能性がある。

それだけで、いろんな奴らが群がってくる理由には十分だろ。

あの釣り人のオッサンも、たぶんそうだ。

それ以外にも、まだまだ狙ってる奴はいるはずだ。

世界一美しい女と付き合ってるようなもんだよ。

今はお前のものでも、だからって関係が永遠に安全だなんて保証はない。

ああっ!

俺の推しアイドルと結婚したあの野郎を思い出した!

クソ腹立つ!俺が金のリンゴを手に入れたら――」

「はいはい、その起源語りは誰も興味ない。

さっさと行け」

警官たちはオタクを車に押し込み、そのまま連行していった。

アップルマンはその場に残り、先ほどの言葉を反芻していた。

「……あの女も、そうなのか?

それに、あの釣り人のオッサンも……?

いや……そう考えると、今まで出会ってきた連中も……」

アップルマンは無意識に息を吐き、腰に手を当てたまま俯いた。

「つまり……

金のリンゴが存在する限り、必ず誰かが奪いに来るってことか……。

そして俺は……

この危険から、完全に逃げることはできない……?」



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


さて、物語に戻りますが――

五十嵐はついに、自分の力の正体、すなわち「金のリンゴ」の存在を知ることになります。

そしてその存在そのものが、数えきれないほどの厄介事を引き寄せてしまうことも。


彼はこれから、どう向き合っていくのでしょうか。

本当に、何事もなく“普通の人間”として生きていけるのか。

それとも、自分が背負う孤独な運命を受け入れ、スーパーヒーローであり続けるのか――。


もし気に入っていただけたら、いいね・フォロー・コメントなどで応援してもらえると励みになります。


そしてここで、少し残念なお知らせです。

このエピソードが、ことし最後の更新になる予定です。


というのも、しばらくしてから兵役に就くことになりまして(まあ、気にする人はいないかもしれませんが)。

退役するまでの間は、どうしても執筆の時間を確保するのが難しくなります。

さらに退役後は仕事探しも始まるので、いわゆる“社畜”になった暁には、更新ペースは今以上にゆっくりになると思います

(正直、今もそこまで早くはないですが)。


こうして、ほとんど何も気にせず、好きなように創作できる日々も、そろそろ終わりを迎えそうです。

それでも、この期間、作品を読んでくれた皆さんには本当に感謝しています。


とはいえ、安心してください。

僕自身、絶望的な結末はあまり好きじゃありません。

どれだけ忙しくなっても、できる限り時間を作って、更新は続けていくつもりです。


五十嵐の物語は、まだ終わっていません。

このシリーズも、ここで終わるつもりはありません。

まだまだ語りたい物語が、たくさん残っています。


ことしももうすぐ終わりですね。

皆さんは、どんな一年でしたか?

クリスマスの予定はありますか?(笑)


もし何もなくても大丈夫です。

僕はクリスマスも年末年始も、たぶん営内で過ごすことになります。

自由もなければ、女性もいないし、スマホすら触れないかもしれません。

……ほら、世の中にはもっと不幸な人もいると思えば、少しは気が楽になるでしょう?(笑)


物語はまだ完結していないのに、長々と語ってしまってすみません。

それでは、いつものように――

Noah Novaでした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

そして、次回もどうぞお楽しみに。

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