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人見代行なんでも屋  作者: まっは
第4話 秘密の約束
16/16

 年が明けた一月二日午前九時、仙台市。

 吾朗と葉月はフォーラムデパートの前の長蛇の列に並んでいた。このフォーラムデパートは仙台で人気のファッションデパートで、今日は初売りが行われる。

 今回、吾朗の元に飛び込んできた依頼は若い女性からで、複数の店舗の福袋を購入したいので協力してほしいという仕事だった。どうやら、このデパートに入っているいくつものブランド店はどれも人気のようで、一つのお店で福袋を購入している最中に、他の店舗の福袋は完売してしまうらしい。だから――吾朗がAの化粧品店の福袋を、葉月がBの洋服店の福袋を手分けして購入する予定でいる。もちろん、依頼者である本人も違うお店で福袋を買うようでなんとも欲張りな女性だ。依頼人の女性は山形在住で、今日吾朗たちは彼女の車で仙台市内に来ている。今回の報酬は半日で一人、五千円ぐらいだがそれよりも吾朗と葉月は久しぶりに仙台に来たので気分が高ぶっていた。こういうときでない限り、ゆっくり仙台の街を楽しむことは出来ない。田舎の山形と違い、大都会の仙台は華やかで杜の都というキャッチコピーが似合う。

 吾朗が仙台に来るときは、ほとんとがピンサロで抜くときか、国分町のキャバクラでチヤホヤされたいときだけで、やはりここでも酒と女がついて回る。今回は葉月がいるので、そういったお店には行けないが、仕事が終わったあとは依頼人と別れショッピングを楽しんだり、美味しいものを食べる予定だ。すでに行きたぃお店、買いたい物は葉月がピックアップしていて、吾朗は金魚のフン状態になる可能性が高い。もしくは荷物持ちか、お金を出すだけのおじさんか――。

 三人が並んでいるフォーラムの前は、オープン前から人だかりができていて、その人の多さに吾朗は顔を歪める。しかし、吾朗の後ろで待っている葉月と依頼人の女性は臆することなく、友人同士のような会話をしている。

 吾朗は長蛇の列の前から数えて十番目ぐらいにいて、その中に並んでいるのは圧倒的にカップルが多い。開店時間は午前九時三十分で、あと三十分もすれば福袋の奪い合いがはじまるだろう。

「あの、人見さん?」

 依頼人の女性――今川が吾朗に声をかけた。

「はい?なんでしょうか?」

「最後の確認をしてもいいですか?」

「は、はあ……どうぞ」

 ギリギリまでどこのお店の福袋を買うか迷っていた彼女は、ついに腹が決まったようだ。

「私は五階にダッシュしますので、人見さんは一階の化粧品売場のタカキで福袋を、葉月ちゃんは二階にあるケイコスズキで福袋を買ってください。必ずゲットしてくださいよ!」

 今川はまるで試合前の監督のように二人に指示をだすと、気合をいれた。

「了解でーす」

 葉月が満面の笑みで敬礼する。

「わかりました……あの、今川さん。ちょっと質問していい?」

「とうぞ」

「こんなに福袋を手に入れて……さらに自分たちに報酬を払って……そこまでしてでも欲しいものなんですか?ネットとかで買った方が安上がりな気もするけど」

「チッ、チッ、チッ……わかってないなあ」

 吾朗の質問に答えたのは今川ではなく葉月だった。彼女は、人差し指をたてながら自慢気な表情を浮かべている。

「どうして、葉月が……」

「今回ね、今川さんが買う福袋は一つ一万円だけど、中身は二万円から三万円ぐらいするのよ。だから、十分元は取れるしここまで来てもお得感はあるわけよ。それに山形じゃ、こういうデパートないでしょ?さらに言えば、今川さんはこのあと駅ビルでもう一つ福袋を買うらしいよ」

「マジで?すごい物欲だなあ」

「社長の性欲ほどじゃないけどね」

 葉月が面白おかしく言うと、今川がくすりと笑った。もしかすると、彼女は買物依存症なのかもしれない。

「こりゃ一本とられました。よし、じゃあ気合入れていきますか」

「人見さん。ブランドを間違えないでくださいね。このマークのブランドですから」

 今川はスマホの画面に映っているタカキのロゴを吾朗に見せる。

「大丈夫ですよ。タカキぐらいは知ってますから!」

「そうですか。まあ、年齢と体力を考えて人見さんを一階にと思ったのでよろしくお願いしますね」

 今川がにこりと笑ったが、吾朗は頰を引きつらせながら頷き心の中で思う。この女、意外とハッキリものを言うな。まあ、かわいいから許すが――

 吾朗は空元気で威勢良く言った。

「おじさん、頑張って走ります!」

「フフフ。では、購入が済んだら十階にカフェがあるのでそこで落ち合いましょう。で……解散ということで」

「えっ、荷物は車まで運ばなくていいの?」

 葉月が間髪入れずに訊ねた。

「えーと……逆にそこまでしていただいてもいいんですか?」

 葉月、よくないぞ――と吾朗は声がでそうになるのを我慢する。あくまで今回の依頼は購入するまでであって、そのあとのことは含まれていない。もし、そこまでするなら時間外になるのでお金が欲しいのが本音だ。現にここから駐車場までは歩いて二十分はかかる。

「もちろんいいですよ。人見代行はアフターサービスが売りですからね」

「ありがとうございます!助かります」

 今川が上目遣いで吾朗を見る。吾朗は愛想笑いを浮かべながら、今川に背を向けあとのことは葉月に任せることにした。

 それから三十分が経ち、ついにデパートの自動ドアが開いた――その瞬間、並んでいた人たちが我先とばかりにダッシュを見せ、お目当てのショップを目指していく。

 吾朗もその波に乗るように、一目散に化粧品売場に走りタカキの売場前にあった福袋を手に取った。そして手にした福袋に満足感を得ると、思わず「よし」と声を出す。だが、吾朗はふと周りからの視線を感じ横目で周囲の様子を伺いはじめた。そして、自分を取り囲んでいる女性たちの目を眺めながら、場違いなところにいることを改めて思い知ると、吾朗は目を伏せた。それから、居ても立っても居られなくなり、大股でレジに向かい颯爽と会計を済ませる。こういうときは逃げるのが一番であるのはわかっている。素早くお金を支払い、待ち合わせのカフェでゆっくりしよう。

 吾朗はそう思うと、あからさまな女性物の福袋を手にしながらエスカレーターに乗り込んだ。葉月と今川はお目当ての福袋は買えただろうか。もし、葉月が購入できなかった場合は、報酬は半分になる。せっかく仙台まで来て、半日も拘束されるのだからミスは許されない。エスカレーターに身を委ねていると、各フロアからショップ店員の声とそれに群がりガヤガヤとしている客の喧騒が聞こえてきた。ここはデパートというより、プロレス会場かもしれない。フォーラムデパートの初売りは凄まじいことは耳にしたことがあったが、吾朗が現地に来て肌で感じたのは初めてだったので、その迫力に圧倒されていた。また、葉月が言っていたように、山形にはこうしたデパートがないため、今川のようにわざわざ山形から足を伸ばす人もいるのだろう。いずれにしても――ショッピングなど全てをネットで済ませてしまう吾朗には、こうして蟻のように群がり福袋を奪い取ることなど信じられないことだった。

 エスカレーターで十階まで辿り着いた吾朗はカフェにはいる。店内は客の姿はなく、一番乗りだ。それもそのはず――ほとんどの客はお目当ての福袋が手に入ればあとはゆっくり店内を眺めるわけで、吾朗のような客は皆無に等しい。

 吾朗は自分の仕事を終えた満足感を抱きながらコーヒーを注文し、さらに小腹が空いていたのでレジの横からサンドウィッチを手にした。お昼は葉月が行きたいと言っていた牛タンのお店に行くが、吾朗はお酒がメインで牛タンは酒のつまみと考えている。それにここ最近を振り返ると、年末年始の依頼が立て続けに入っていたので、今日は少し自分にご褒美をしてあげようそう思っていた。また、このあとは予定がない代わりに明日からのスケジュールはびっしりと埋まっている。合格祈願のお守りを買ってきてほしい、買物を手伝ってほしい、親戚が集まるので掃除をしてほしいなど――

 吾朗はトレイにコーヒーとサンドウィッチを乗せて席に着く。ここのカフェはパンケーキが有名らしいが、四十歳の男の胃には重すぎるし全席禁煙というのが吾朗には気に入らなかった。コーヒーにはタバコでしょうが――と店員に詰め寄りたくなるが、このカフェを指定したのが今川だから我慢するしかない。

 吾朗は割高感があるコーヒーを口に運ぶ。それからパサパサのサンドウィッチを頬張りながら、これのどこが美味しいのか思わず首を傾げた。そして、無駄に八百円も払ってしまったことに後悔し溜息を吐く。そして、早く葉月と今川が来てくれないかと願いつつ、暇つぶしにスマホを手にした。時刻はもうすぐ十時になろうとしている。

 正月のこんな時間に問い合わせなどきていないだろうと思いながらも、吾朗はメールを開き受信BOXを眺めはじめた。基本的に人見代行はホームページがあるがほとんどは電話による問い合わせが多く、最近では葉月が更新しているブログからも引き合いがある。

 吾朗は何気なくメールを読み進めていると、あるメッセージで目が止まった。題名には『その節はありがとうございました』とあり、迷惑メールの可能性を怪しみながらも思わずメールを開き本文に目を通した。

『人見様。先日は寒い中ありがとうございました。あなたからいただいたホットコーヒーとブランケットは身も心も温まり、ただただ感謝で一杯です。さらに、開店まで話相手になっていただき楽しい一時を過ごすことができました。本当にありがとうございました。また、ゲーム機も無事に息子に届きまして今では朝から夜までテレビの前に居座っているようです。勉強をしてほしいと思っている私としては、何とも複雑な気持ちで一杯でいますが。さて、前置きはこのあたりにして……実は人見さんにお願いしたいことがあります。きっとこの依頼には戸惑い驚くとは思いますが、それなりの報酬をお支払いするつもりです。つきましては、大変申し訳ありませんが明日の午前中にでもお会いできませんか?私には時間がなくすぐにでもお話したいと考えています。何卒よろしくお願いします。尚、以下に私の名前と電話番号を記載しておきますのでご連絡いただければ――』

 吾朗はそこまでメールを読んだあと、画面をスクロールしていく。文章の下部には折島雅人というフルネームと携帯の番号が載っていた。そして、吾朗は宙に視線を向けながら折島に思いを馳せた。激しく咳き込み病的に見えた男性――離れて暮らす息子のために並んでいると口にしたときの寂しそうな顔――ソラと謎の寝言を言っていたこと――

 吾朗は彼と過ごした夜がフラッシュバックすると、どこか懐かしさがこみあがるのを覚えた。それは、共に力を合わせあの寒さに耐えたという体育会系にありがちな感覚で、勝手に親近感を抱いている。電機店に一緒に並んだ折島とは翌日の九時三十分頃に別れていたが、吾朗は心の片隅で彼の体調を案じていた。本人はしきりに大丈夫と口にし、無理に笑みを浮かべていた姿は痛々しく辛そうに見えた――その折島から依頼のメールが届いた。ただ、吾朗は彼の文面から嫌な予感が脳裏を過っていた。戸惑い、驚くような依頼と私には時間がないという切迫詰まったところがその思いを更に強くする。ここ最近、吾朗の元には変わった依頼が立て続けに入ってきたので、今さらうろたえるようなことはないが、時間がないというのはどういうことか。

 吾朗は腕を組むと考え込みはじめた。仕事が忙しく打ち合わせをする時間がないということなのか。それとも依頼したいことには期日があるということか。いずれにしても――今は暇なので連絡をしてみようかと吾朗は思った。折島がメールをしてきたのは昨日の午後九時頃で、きっと首を長くして待っているはずだろう。

 吾朗は店内を見渡し、相変わらず客が自分しかいないことを確認すると、スマホに番号を打ち込み耳に当てた。それから呼び出し音が鳴りはじめ、五回目のコール音が聞こえてきたとき折島の声が吾朗の耳朶を打った。正確に言うのなら――彼の咳き込む音だったが。

「はい。ゴホ、ゴホ……もしもし」

「あっ……大丈夫ですか?人見です」

「人見さん!どうも、どうも……ゴホ」

 折島は待ちかねていた電話がきたことに少し声を張った。

「大丈夫ですか?あの、メールを見まして何かお急ぎの依頼があるとか」

「ええ。そうなんです。あの、忙しいでしょうけど、明日お会いできませんか?」

「はあ……何とかしますが、どちらにお伺いすればいいですか?」

「はい。それがですね。場所は――」

 吾朗は折島と会うための待ち合わせ場所を聞いて自分の勘が正しかったことに確信を抱いていた。

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