表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人見代行なんでも屋  作者: まっは
第3話 吾朗がいく
14/16

 吾朗が山健組の事務所に着いたのは、辻から電話をもらったあと、一時間ほど経った頃だった。辻に呼び出された事務所は、山健組の秘密のアジトのようで、ここを知っているのは限られた人だけだ。組長が襲われたという現状に、次に狙われるのは間違いなく辻であり、身を隠すにはもってこいの場所になる。

 吾朗は事務所の近くまで車を走らせたあと、三橋の案内で事務所に入り辻と対峙していた。辻の後方にはいつもより多い男たちが立ち、室内はむさ苦しく独特な雰囲気が漂っている。

「あの……それで組長は無事ですか?」

 吾朗はソファーに深く座りながら訊ねた。

「軽い切り傷で済みました。今は自宅にいます。命には別状はなくほっとしてますよ」

「そうでしたか。どこで襲われたんですか?」

「行きつけの店の前で、包丁を持った男が迫ってきたようで……ガードしていた人間が怪我を負いましたがね。いずれにしても相手は足早に立ち去りました」

「相手は何人だったんですか?」

「3人ぐらいで、その中に見かけた男がいたそうです」

「伊達組の人間ですか?」

「いや、それはわかりませんが……神田組の小野寺がいたそうです」

「小野寺が……」

 吾朗は懸念していたことが現実となり、思わず顔を歪めた。根本には憶測で話をしていたが、これはもう確固たる事実だ。

「伊達組がいるかはわからないけど、小野寺はいたと……いうことですか」

「はい。今、うちでは組長が襲った人間が神田組の奴ということで荒れに荒れています。いつ報復するか考えている」

「ちょっと待ってください。報復だなんて……今回の件は神田組長はもちろん、根本も知らないことです。小野寺が独断でやったことは明らかなんですよ。それに自分は、小野寺と古川が裏で繋がってるかもしれない事実を掴めそうなんです」

 吾朗は早口でまくしたてるように言った。

「そうは言っても、うちが狙われたのは事実でこのまま何もしないというのはありえない。なめられてたまるか……だから、こちらも同じように報復を」

「まさか……神田組長を?」

「ここからはヤクザの世界の話です」

「そんなことをしたら……伊達組の思うツボですよ。きっと奴らは二つの組が揉めている隙を狙ってこの街を奪うつもりです。騙されてはいけません。ここは穏便に……」

「人見さん。私は間違っていたかもしれない。神田組に助けを求めるなんてそんな考えがこういう事態を引き起こした。反省してますよ」

 辻は悔しさを滲ませながら言った。もはや、彼は吾朗の意見など聞く耳はないし、沸騰した怒りは報復という形でなければ収まりそうもない。だが、こうして山健組と神田組の争いがはじまってしまえば、古川の思惑どおりになり――これではせっかく根本が前向きになったことが無意味を意味し、吾朗自身も今までの動きが無駄に終わる。それだけは避けなければいけない。

 吾朗は悲痛の叫びを辻にぶつける。

「辻さん……先程、根本は条件を飲むと約束してくれました。もはや、山健組と神田組は手を結んだも同然です。それなのにここで報復にでれば全てが水の泡です。それでもいいのですか?このチャンスを逃したら二度と手を組めませんよ。ここはぐっと我慢を――」

「人見さん。あなたは口を出さないでください」

 吾朗の言葉を辻の隣にいた三橋が遮る。彼も怒りが滲みでていて、まさに鉄砲玉になる覚悟すら感じ取れる。

「人見さんの言いたいことはわかる」辻が牧師のように吾朗を諭すとさらにつづけた。「しかし、我々はヤクザです。やられたらやり返すのが原則でたとえ、それが勝手にやったことだとしてもやられたのは確かです。しかも、今回狙われたのはトップなわけですからこのままでは顔がたちません」

 また、顔かよ――と吾朗は聞き飽きたフレーズを耳にしてため息が漏れるのをこらえる。このまま報復すれば、顔はたつかもしれないが争いが激化すれば両方の組にとっていいことはない。それでもいいのだろうか、そう吾朗は質問をぶつけたくなる。伊達組の罠に嵌められても、嵌められているとわかっていても顔を気にするのかと――

「顔……ねえ……」

「人見さん。根本が指示した可能性は本当にないんでしょうかね?彼は元々伊達組と話を進めていたわけで、うちにも恨みはあるはずで……」

「あり得ない」

 吾朗は頑として否定した。

「どうしてそこまで言い切れるんですか?」

「友人だからわかります。あいつが嘘をついているかどうかは見てわかりますよ。それに条件を飲んだ奴が、組長を襲うよう指示するのは理屈が合わない」

「見せかけで、あなたを騙そうとしたのかもしれない」

 辻はぽつりと言った。

「はっきり言いますが……根本はあなたたちを騙すことはあるかもしれない。でも、自分には絶対嘘は言わない。だからここは冷静に対処しましょう。私が間に入って収めます。いや……そうさせていただきたい。根本は友人ですから上手くまとめます」

 吾朗は報復のターゲットになりうる根本を守ろうと熱くなりながら言った。もはや、ここまで事態が悪化しているのなら、依頼や報酬など気にしていられないし――何より友人の根本の身が心配でならなかった。

「しかしなあ……うちはトップが狙われたわけで、やはり黙っていては気がすまない。ここは報復する」

 辻が横目で三橋を伺う。その視線は――お前がやってくれるよなと言っているようで、三橋は黙したままゆっくりと目を瞬く。

「ということは、交渉は決裂ですか?」

「こうなったら全面戦争だ。伊達組も神田組もうちが潰す」

「相手の思う壺なのに……アホだなあ」 

 吾朗は心の声がついでてしまい、あわてて我に返るがすでに手遅れだった。気がつくと、屈強な男たちが吾朗を囲みはじめ、三橋は眉間に皺を刻んで睨んでいる。

「そもそも交渉に難航していた人見さんにも責任がある。もっと早くまとめていればこんなことにはならなかったんだ」

 辻が淡々とした口調で言った。

「ちょっと待ってください。あなたは最初に私が上手くいくかどうかわからないけど、それでもいいと言ったはずです」

「そんなことを口にした記憶はない」

「いや、言ったはずです。だから自分は依頼を引き受けた」

「証拠は?」

 辻の目が厳しくなるのを吾朗は感じると、ようやく辻がヤクザらしくなったことに気づきはじめた。温厚で冷静に見える辻も所詮はアウトローだ。正攻法が通じる男ではない。

 吾朗は責任転換され、腸が煮えくり返っていたが証拠がない以上言い訳ができなかった。このあと自分はどうなるのだろうか――。着手金を返せと迫られるのか、それともこのまま帰れと言われるのか。

 吾朗は立ち上がりたくても、男たちの圧にその場から動けない状況に陥り、どうするべきか思案していた――そのときだった。

 事務所の外から聞こえてくる怒鳴り声が、吾朗の耳朶を打った。吾朗は、さりげなく耳を大きくしながら怒鳴り声に集中すると、山健組の人間が誰かと揉めているようで、中に入れてくれと言っている声もかすかに聞こえてくる。そして、その声は聞き覚えのある声で吾朗は思わずはっとした表情を浮かべた。

「なにごとだ?」

 辻が誰に聞くわけでもなく訊ねた。

「まさか……兄貴を襲いに来たんじゃ……」

 三橋はそう言うと、辻の前に立ち――さらに吾朗を囲んでいた男たちの顔に緊張感が走る。

「根本だ……あいつが来たんだ」

 吾朗がそう確信を抱きながら言った直後、事務所のドアが乱暴に開き、山健組の男たちを振り払った根本が姿を現した。

 根本は息を切らし、額には汗が滲んでいる。

「根本……貴様、何をしに来た!兄貴のたまをとろうとしてるのか?」

 三橋が叫びながら根本に近づく。

「そうじゃない。釈明に来た」

「あんだと、コノヤロー!うちの親父を狙っといて何を言ってやがる!」

「三橋!」

 辻が迫力のある声で三橋を制した。その声は鋭く、たった一言でも寒気がするくらいだった。

「せっかく来たんだから、話だけは聞かせてもらおうじゃないか。うちが報復にでるのはそれからでも遅くはない。それにこのままここで死ぬか、生きて帰れるかはあなた次第だ」

 辻が放った言葉に根本は頷くと、吾朗の隣に腰を降ろした。


「一人で来るとはいい度胸だ。さすが、次期神田組の組長は違うな」

「とんでもない。それで辻さん。今回のことですが、全て小野寺が一人で計画したことで、我々は関知していない。もちろん、私が指示したことはないし、はっきり言って私も驚いているんです」

 根本は潔白を証明する被告人のように言った。彼の口調、表情、仕草をみれば今の言葉が嘘でないことが吾朗はわかっていた。そして、観察力に優れている辻ならばきっと吾朗と同じ感覚を抱いているはずだろう。

「驚く……?自分の下にいる人間を管理できないのは、上に立つ人間として失格だな」

 辻が皮肉をこめると、三橋は馬鹿にするように失笑をもらす。

「ええ……最近の若い奴は何を考えてるのかわかりません。ただ、それはおたくもでは?」

 根本はカウンターパンチを放った。

「ちょっと……どういう意味だ?」

 三橋が即座に反応し喰ってかかろうとするが、吾朗がすかさず間に入り言った。

「こいつは伊達組との揉め事の件を言いたいんでしょう。まあ、それはそれとして……根本。何かわかったことはないのか?こっちの情報では、組長を襲った人数は把握しているが……お前のほうで掴んでいることがあれば教えてほしい」

「襲った人間の中に伊達組の連中がいたかどうかはわからない。ただ、小野寺は裏で伊達組と繋がっていた」

「本当なのか?それで小野寺は?」

 辻が興味深そうに訊ねる。

「いえ、まだですが……あいつの手下を問いただしたら吐きましてね。小野寺は古川から私を潰したあとに神田組のトップにさせると言われていたようです。だから、今回のことも……おそらく古川から指示があったのでしょう。私が伊達組と手を組むことに難色を示したことで、相手はしびれを切らしたのかもしれません。だから、ここでうちが報復されば奴らの思惑どおりになります」

「事情を理解したからといって、すんなり引き下がるとでも?うちらはヤクザだぞ」

 辻がドスのきいた低い声で言った。

「でも、もし報復されたら……うちも黙っちゃいません」

「黙っていない……自身の置かれている立場をわかってるのか?」

「わかっていますが……立場上、仕方ありません」

「なるほど。だったら戦争をはじめるか。神田組を叩いて、木っ端微塵に潰す。勝負は見えているがそれでもいいんだな?」

 辻は脅しではないと言わんばかりに根本を睨みつけた。

「宣戦布告には受けて立ちますが、その前に手打ちにしたくて私はこうして来たんです。血が流れるのはお互いにメリットはないし、そのためには何でもします」

「何でも?」

「私の首がほしいと言うならあげますし、金でということなら対応します」

 根本は覚悟を決めた表情を浮かべた。自分の知らないところで起きたことに腹が立っているだろうが、このままではたくさんの血が流れてしまうのを根本が恐れているのは明らかだ。しかも、それが伊達組の思惑どおりになっていることも考えると、自分の身などどうでもいいのかもしれない。

「なるほど……そこまでの覚悟があるってことか。あなたの気持ちを少しは考えてもいいかもしれない。もし、逆の立場なら私も同じことを思うだろうな」

 吾朗はあまりにもすんなりと、態度を軟化した辻に驚き首を傾げそうになった。ついさっきまでは、顔やプライドとかを気にかけ息巻いていたが、辻の変わりようには違和感を抱く。この心のもやもやは気のせいだろうか――それとも、根本が一人でやって来たことや釈明に納得し、今は戦争などしている場合ではないと考え直したか。いずれにしても、計算高い辻のことだから、何か裏があるのかもしれない。

「しかし、これは私だけでは判断できない。組長の意見を聞いてから、結論をだしたいと思う」

「わかりました……私はどんな条件でも飲むつもりですから。いくら、小野寺が勝手にと言っても、うちの人間がやらかしたことですので」

「それはそうだ。まあ、正直うちとしては、伊達組のことをどうすればいいのかが最優先で考えなければいけない」

「あの……だったら、こういうのはどうでしょうか」

 吾朗は二人の会話がやわらいできた雰囲気を察して口を挟んだ。

「なんだ?いい案があるのか?」

 根本が辻に向けていた二つの目を吾朗に移した。

「山健組と神田組が手を結ぶのに……いくつか条件があって、どちらかと言えば神田組に得があったと思うんです。でも、今回の件を受けて、そうした条件を白紙にして対等に手を組めばいいのではないですか?助けてほしい山健組と迷惑をかけた神田組……どっちもどっちということで。まあ、色々しこりはあるかと思いますけど、そのあたりはお二人が上手くまとめればメンツも保たれるのでは?どうですか、辻さん……」

「まあ、うちがだすものをださなくてもいいのなら、それに越したことはない」

「根本はどうだ?」

「俺としては報復もなく……手打ちにしてくれるならそれでいいが……」

 根本は少しだけ不満気な口調で言った。たしかに――何もなければ神田組にはお金が入り、立場的にも優位に立てるはずだったのだから、難色を示すのもわかる。いくら神田組が山健組の組長を襲ったとはいえ、このままでは根本の方に旨味がない、そうとっさに判断した吾朗は機転を利かせた。

「とはいえ……今回、山健組が神田組に助けを求めた事実は残ります。ですから、この機会に自分が提案した新会社を設立し、それで山健組の仕事を神田組に横流しするというのはどうでしょう。辻さん……そのくらいはいいのでは?それにこの機を逃すとまたいつ抗争が起きてもおかしくないでしょうし……」

 吾朗の言葉に辻は一瞬、眉をしかめた。助けを求めた側であったとしても、やはり優位に立っていたい気持ちがあるのは間違いない。

 辻は唸り声をあげながら考えはじめたが、吾朗は唾を飛ばす勢いで言った。

「辻さん。決断してください。あなたの判断ひとつで全てが丸く収まるか、血が流れるかにかかっています。もし、自分の条件を受け入れればあなたの株はあがるはずです。そして、いずれは組長に就任できると思いますけどね。どうでしょう。新会社設立は双方にもメリットがあります。自分は交渉を任された立場として、今ここであなたに決断を迫りますよ」

 辻は腕を組み直すと宙に視線を泳がせた。彼を取り囲む男たちは、辻がだす結論に固唾をのんで見守り、根本もじっと辻を見つめている。

 数分にも感じられる沈黙が流れ、吾朗がじれったさを感じはじめたそのとき――辻は深く息を吐くと頷きながら言った。

「わかった。あなたの条件を受け入れる。ただし……新会社設立には人見さんも携わってください。第三者がいたほうが何かと安心ですから。それが私の条件です」

「もちろんです。では、後日、正式な場で手を結びましょう。今日は仮契約ということでいいですね?」

 吾朗は辻と根本を交互に見ながら念を押した。

「はい。いいでしょう。根本さん……いろいろありましたが、よろしく頼むよ」

「いえ……こちらこそよろしくお願いします」

 辻と根本は、同じタイミングで立ち上がると右手で握手をする。ここまでいろいろあったものの、山健組と神田組は手を結んだ。

 吾朗はこの瞬間を目の当たりにして、無事に依頼が完了し、胸をなでおろす。一時は、友人との仲が壊れる心配や命の危険すら感じたが、すべてはこうして同盟という形で収まった。このことが広まれば、うかつに伊達組も手をだせず、しばらくは大人しくなるだろう。そして、山形の夜の街には平穏な毎日が戻るはずだ。

 吾朗は満足そうな表情を浮かべながら、堅気の自分が敵対するヤクザをまとめあげたことに鼻が高くなっていた。あの薩長同盟を実現させた坂本龍馬もこうした気持ちを抱いたのだろうか。辻が西郷隆盛で根本が桂小五郎なのかはわからないが、少なくとも自分が龍馬だ、そう吾朗は勝手に思い歴史上の偉人に自分をたとえていた。


翌日の夜――

吾朗は、キャバクラのソファーに座りながらタバコを吹かしていた。彼の隣には爆乳の女王、サラが身を寄せるように甘えている。

「ゴローちゃん、あのときはごめんね。うちの店長がどうしてもって言うから……つい乗っちゃってさあ」

「まあ、仕方ないけど……今日は本当にアフターあるんだよね?」

 サラから吾朗のラインにメッセージが届いたのは今日の夕方のことで、そこには前回のお詫びと今日こそはアフターをしようという文章が踊っていた。

 吾朗は一瞬、前回騙されたことが頭を掠め怪しんだが、サラの爆乳を想像するといてもたってもいられなくなり、その結果――店に行くと返事をした。今日こそは何としてもこの爆乳を揉みまくり顔を埋めたい。いくら辻からデリヘルの無料券をもらっていても、玄人よりは素人がいいときもある。

「もちろんよ。ちゃんと店長にも言ってあるから安心して。多分一時ぐらいにはあがれるから」

 サラは自信たっぷりに言う。

「じゃあ、どこに行こうか。バー?カラオケ?それとも……」

 吾朗はホテルに行こうか――と軽快なテンポで言おうとしたものの、サラは吾朗から目を逸らし言葉をかぶせるように言った。

「あれ?あれは……デラさんかな?随分酔ってるわね」

「デラさん?誰だそれ」

 吾朗は訊ねるのと同時にトイレに歩いて行く男を眺める。スーツ姿のその男は顔を赤くし、明らかにアルコールが回っている。

「あ、あの人のあだ名よ。ここ三日ぐらいかな。毎日来て飲んで帰るの」

「へえ……羨ましいなぁ……金持ちか」

「しかもさうちのナンバーワンのセナちゃんをいつも指名してるわ」

「マジか?何者なんだ?」

 吾朗は羨ましさを滲ませながら興味心に火が点いた。

「私もね、ちょっと興味があったから聞いてみたの。そしたらね……」

 サラが吾朗に顔を近づける。彼女の体から発する甘い匂いが吾朗の鼻を掠め、視線を落とすと胸の谷間がはっきりと目につく。吾朗は胸の先端が見たくなり、思わずじっと凝視しはじめた。ピンクか黒か紫か――

「彼ねどうやらヤクザらしいわ……うちの組と仲がいいみたい。本人は覚えてないけど、セナちゃんが聞いたら全部話してくれたって」

「ヤクザか……ということは山健組か」

「うん。そうみたい。しかも、俺は山健組の若頭と仲がいいって自慢してたとか。誰にも言っちゃだめだって口止めされたけど、言っちゃった……フフフ」

 サラがペロっと舌をだしておどける。胸を見つめていた吾朗はタバコを吹かすと視線をサラの瞳に移した。

「若頭って……辻さんのことだよな。じゃあ、彼は山健組の二次団体の人?」

「さあね……そこまではわからないわよ。でも、二次団体ごときの人が自慢はしないんじゃない?」

「まあ、そうだな」

 吾朗が頷いたとき、男がトイレから戻ってくる。どうやら彼の席は一番奥にある広々としたスペースのようだ。たしかにあそこに座れるのは選ばれし客だけで、彼が待遇されているのは間違いない。

「でもね、ゴローちゃん。気になるのはさ、あの人ね前は神田組の店にいたような気がするの。私、以前ね体験で行ったお店が神田組が仕切っていたところで、あの人がいたような記憶が……確かじゃないけどね」

「ふーん。で、あだ名じゃなくてちゃんとした名前は何というの?」

「知らないわよ。私のお客さんじゃないし」

「そうか……サラちゃん、アフターどこ行こうか?」

 吾朗は早々に話を切り上げ本題に戻す。

「うん。そうねえ……バーもいいし、カラオケもいいけどさどっちもあるところでもいいわよ」

「酒とカラオケの両方?あ……あるよ」

「どこ?」

「ラブホ」

「ラブホかあ。たまにはいいかも……」

「よし。そうしよう。西口の方にあるホテルはめちゃくちゃきれいだし、そこに行こうよ」

 吾朗は下半身が疼きはじめ、興奮気味に言った。

「もう、エッチなことはしないでよ……私、軽い女じゃないんだから」

「大丈夫!俺は紳士な男だから」

 吾朗は心にもない言葉を口から吐きだし、タバコを咥える。

 そのとき――さっきの男が女の子と一緒に吾朗の前を通り過ぎる。相手はおそらくセナで、二人は恋人のような距離感で歩いていた。どうやら、今日はここでお帰りらしい――明日も来るのだろうか。まあ、こちらはホテルで狂うほど楽しむつもりだが。

「あっ!思い出したわ!」

「びっくりした!どうしたの突然……まさかアフターできないとかじゃないよな?」

「違うわよ。あの人の名前よ」

「あっそれね……」

 吾朗の頭の中は、アフターで一杯になっていてすでに彼のことなど興味がなかった。

「小野寺よ……小野寺」

「はい。はい。小野寺ねえ……」

 吾朗はそう呟くと、水割りを口にしたあとグラスに入っていた氷を口に含んだ――その瞬間、吾朗ははっとして勢いよく立ちあがった。

「ゴローちゃん?どうしたの?」

「ちょっと出る!すぐに戻る」

「は?ちょっと……」

 サラの声が届く前に、吾朗は財布から万札を抜き駆け足で外に出て行く。それから道端に立つと、周囲を見渡しはじめた。

 吾朗は目を細めながら、男とセナを探しサラが口にしたことを思い返す。

 男が店に現れたのが一週間前。辻と仲が良いと自慢していたこと。もしかすると神田組の人間かもしれないというサラの考え。そして、男の名前が小野寺だという事実――

 吾朗は全ての糸を繋げていくと、ある仮説が成り立つのを覚えた。もし、その説が的中しているのなら自分も根本も一杯喰わされたことになる。

 唇を噛み締めながら、吾朗は必死になって男を探していると、百メートル先のところで男女が肩を寄せ合っている姿が目に入った。タクシーを待っているのだろうか。だが、そこに現れたのは見たことのあるフルスモークで黒のベンツ、ナンバーはゾロ目だった。

 それから男が後部座席を開けたとき、ちらりと中にいる人間の姿を吾朗はとらえることができた。

 山健組若頭の辻だった――

 吾朗は辻の存在を目と脳で確かめると、自分の仮説が正しいことに確信を抱いた。

 つまり、これは全て辻が仕組んだことで間違いないと。神田組と手を結ぶために想像以上に難航したことから、辻は神田組の若頭小野寺に近づき、山健組の組長村木を襲うよう計画を立てたのだろう。そして、その引き換えに辻は自分たち主導で有利に話を進めようとしたのは間違いないし、吾朗と根本はまんまとその罠にかかってしまったのだ。全ては自分たちの生き残りをかけ、優位な立場で交渉をし無駄なお金と権力を渡さないために――

 辻が小野寺にどのような人参をぶらさげたのかはわからないが、いずれにせよ辻が思い描いたとおりのエンディングになった。さらに彼はこの機会を利用し、組長の立場に就くことも考えているのだろう。

 吾朗は小野寺が勝手に動いていたと思っていたが、大きな勘違いをしていることに気づいた。しかし、時すでに遅しだ。

 辻と小野寺を乗せたベンツが勢いよく発車していく。

 吾朗はその黒い物体を目で追った。

「あら、お帰りですか?」

 セナが吾朗に気づくと、近づき訊ねた。

「いや、ちょっと電話をね……」

「そうですか。早く戻ってくださいね。サラちゃんが待ってますから」

「ああ」

 吾朗は頷くとセナのきれいな後姿を見つめながら、このことを根本に伝えようか思案する。だが、これ以上首を突っ込んだところで誰も得がないことを思い直した。

 それから、吾朗はゆっくりとした足取りでお店に戻ろうとするが、気分は晴れずアフターどころではなく、自分の心の中にあるモヤモヤをどこにぶつけたらいいのかわからなかった。敗北の二文字が頭を掠めると悔しさがこみあげ、友人の根本に悪いことをしてしまった申し訳なさがこみあげてくる。

 吾朗は肩を落としながら、サラのお店ではなく無意識に葉月のいるエンジェルに足を向けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ