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人見代行なんでも屋  作者: まっは
第3話 吾朗がいく
12/16

 三橋が思い切りアクセルを踏み向かった場所は、山形駅から数キロ西に行ったところにある山健組のフロント企業――土木会社の事務所だった。

 吾朗と三橋は車から降りると、入口で若い男に顎で中に入るよう促され社長室に足を入れた。そこには、大きなソファーに辻が座っていて、午前零時であるにも関わらず、疲れどころか髪型すら隙なく決まっている。

「お疲れ様です。こちらへどうぞ」

「はい。どうも……」

 吾朗は遠慮気味に辻の対面に腰を降ろし、その背後には三橋が立った。

「早速ですが、話は聞きました。人見さんが見た男はこの人でしたか?」

 辻が高級スーツの内ポケットから写真を取り出し、吾朗の前に置いた。そこには、隠し撮りしたような絵面の男が写っている。

「あっ……多分というか、間違いなくこの男です」

 吾朗は、一瞬見ただけで断言した。

「そうでしたか……この男は、伊達組の古川で今回の中心人物です」

「あのちょっといいですか?」

「はい。どうぞ」

「自分の勘が正しければ、もしかして裏で糸を引いているのは根本なのかもしれません。今日のあいつのペコペコした様子をみる限り、あいつは伊達組と手を組んで山健組を潰すつもりでいるかとも考えられます。それに、今回の一連のことをいかにも目にしてきたかのように話してましてね、それが自分は引っかかったんです」

「やはりそうした動きがあったか……」 

 辻がため息混じりに言った。

「知ってたんですか?」

「確証はなかったんですが、きな臭い動きには鼻が利きますからね。しかも伊達組がピンポイントにうちのシマを狙ってるので、誰かが情報を流してるんじゃないかと予想はしてました。ただ、それが根本だったとは……」

「あいつ、今は言えないけどこっちはこっちで動いているんだとも口にしてました」

「それが伊達組と手を組むことだったとは。抜け目ないというか、なんというか……」

 辻は思わず唸り声をあげる。抗争相手の伊達組に神田組が加わるとなれば――いくら規模が大きい山健組でも喰われてしまうだろう。そして、いずれ山健組から造反者がでて山健組の看板はなくなるかもしれない。

 吾朗は社長室に今まで経験したことのない空気を肌で実感しはじめる。沈黙の中に、社長室にある時計の秒針が進む音が響く。辻の背後にいる数人の男たちも、口を真一文字にしながら険しい表情を浮かべ、状況は最悪だった。

 押し潰されそうな中で、吾朗は後悔に苛まわれていた。お金と女遊びに目がくらみ、飛びついてしまった自分が情けない。今は一刻も早くここから抜け出し、気分転換にデリヘルで遊びたい。 

 吾朗はもれでそうになる失望のため息をこらえ、タバコを手にしたとき、これまで黙っていた三橋が最悪の空気を振り払うように明るい声で言った。

「人見さん、土産話あるんですよね?とびっきりの」

「ほお……早速ですか……で?どんな?」

 辻が体を前のめりにして訊ねる。

「いや、あの……そんなに期待されても」

「結構ですよ。何でも言ってください」

「辻さん、キレたりしませんよね?」

「キレるような話なんですか?」

「おそらく……」

「大丈夫です。私は人見さんに全てをお任せしましたし、あなたにキレるのは筋ちがいですよ」

「そうですか……では」吾朗は居住まいを正し、咳払いをしたあと半信半疑に口を開いた。「実は、根本から手を組むための条件を提示されました。それが、ちょっと言いにくいのですが……山健組のシマをよこしてほしいとのことで……しかも実入りのいいところを半分ほど……」

「なんだって?」

 吾朗は辻のこめかみに血管が浮き出たのを目にしたとき、嫌な予感が胸を掠めていった。さらに、吾朗の後ろにいた三橋からもぞもぞするような音が聞こえてくると、これは只ではすまないと覚悟を決めていた。いくら、キレないと辻が言ってもこの話は流石に――

「ったく……どいつもこいつもありえないことばかりしやがって!言いやがって!俺のことを舐めてんのかぁ!」

 突如、辻の怒号が部屋に響き渡りその迫力に吾朗は、怯えの色を滲ませながら身を固めた。どちらかといえば、冷静沈着――クールな男というイメージがぴったりな人物だが、彼のイライラは吾朗の一言でピークに達していて、感情が制御できないところまできている。だが、吾朗には他にも伝えなければいけないことがあり、この状況はまさに火に油だった。

 辻が眉間に皺を刻み殺気迫る表情を浮かべていると――こういうときはこうすれば収まるという感じで三橋が辻の前に颯爽と土下座スライディングをして言った。

「すみませんでした!俺を気の済むまで殴ってください。根本のところに一緒に行かなかった自分にも責任があります」

 いや――それはないだろう、そう吾朗は思いながら、三橋が遠回りに自分に対して大いに責任があることを示唆しているのに気づいた。しかし、吾朗は辻がキレないと口にした言葉を翻した現状に腹ただしさの方が勝り、思わず我慢ができずに強い口調で言った。

「辻さん。あなたね、さっきキレないと言いましたよね。私に全て任せているから文句はないようなことも。それは嘘だったんですか?はっきり言いますが、そんなことだから相手に舐められるんですよ。いちいち相手の対応に感情を露わにするようでは、手を組むことなんて不可能です。それに私に対して文句があるなら、この件から手を引かせてもらいます。今回は私の好きに交渉を進めていいというのが条件でしたからね」

「なんだって?」

 辻が吾朗を目で殺す。土下座をしている三橋は、吾朗の挑発ともとれる言動に顔面が蒼白し目が点になっていた。

 吾朗は辻の強烈な視線を感じながら、ここまで言ったからにはあとには引けないと思いはじめる。そして、想像以上に場の雰囲気が悪くなってしまったことに我に返ると手のひら返しで態度を改めた。

「ははは……なんちゃって……なんつって」

「なんちゃって……ね……」

 辻は鼻で笑うと、表情を緩め気を静めるように深呼吸を繰り返す。どうやら、怒りは収まったのかもしれない。腹の中はわからないが――

 吾朗は脂汗が滲んだ額を手で拭い口を開いた。

「それで……シマの件はいかがしますか?少なくとも今回はこちら側が助けを求めてるわけで、痛手を負わずに手を組むことは不可能でしょう。しかも、根本にも顔がありますからね」

「まあ、それはそうです。ただ、うちとしてもはいそうですか、とは簡単にいきません。こちらとしては現金の方がいいんですがね」

「いくらほどお支払いできますか?」

「上限は五百万円を考えていますが、安ければ安いほど嬉しいですが」

「なるほど、悪くないんじゃないでしょうか」

 吾朗はそう言いながらも、どこかインパクトに欠ける印象を抱いていた。お金で気が住むなら、すでに山健組と神田組の仲は良好になっているはずだろう。

「できればその金額で交渉を進めていただきたい。シマを渡すのは最後の手段ということで、頼みます」

 辻が小さく頭を下げる。気づくと、土下座をしていた三橋は正座のままで二人の話をきいていた。

「わかりました。それともう一つ。根本から交渉期限を決められました」

「いつまでですか?」

「今日から十日以内です」

「十日ねえ……まあ、仕方ない。上手くまとまるようにしましょう」

 吾朗は意外にもすんなりと受け入れた辻に拍子抜けしていた。予想では――足元を見やがってそう言うと思っていたが、冷静なのは先程キレたからだろうか。

「おそらくその十日ってのは、根本が古川と何かあるからなんでしょうね」

 三橋が思いついたことを口走る。

「そうとしか考えられないな」

「あの……それで、私は近々神田組長と会う予定ですが、どうやら根本の話では以前組長は、山健組と手を組もうとしていたようです」

「ほお……初耳ですね」

「でも、根本が反対してその代わりにあいつが神田組を立て直し、今の地位についたんだと言っていました。さらに、そうした実績もあってかまるで神田組は自分のものだと言っているようにも感じましてね、ちょっと神田組長に根本のことも聞こうかと思ってます」

「今、神田組長は大人しいというか表に出ないからなあ……根本が大きくでるのもわかるが」

「ひょっとしたら、根本が伊達組と手を組むことを神田組長はよく思ってないかもしれません、だから、そこを突いて組長から根本を説得してもらおうかと考えてます」

「う……ん。どうだろうな……」

 辻が腕を組んで渋い顔を作る。

「というと?」

「私の情報では、神田組長は求心力が衰えているので、逆に根本を慕っている組員が増えてきていると耳にしました。おそらく、根本はこの機会に自分がトップに立とうと目論んでいるのでしょう。伊達組と一緒になって、うちを潰せば根本の力はさらに強く大きくなり、神田組長はもう出る幕がなくなります」

「なるほど……」

 吾朗は頷きながら、フィリピンパブで見せた根本の態度を思い出した。神田組長の話をしたときにやけに不機嫌さを滲み出していたこと――あまり一緒にいたくないという雰囲気をかもしだしていたことも。これも、何か伏線があるからなのかもしれない。ヤクザの世界で親子の関係は、絶対のような気もするが、根本にはそうした様子は感じられなかった。

「もし、ですけどね……向こう側からの条件で山健組の組長を引退させるなら、手を組むと言ってきたらどうしますか?」

「すでにそうした条件が?」

「いや、仮定の話です。例えば、どっちも組のトップを変えれればわだかまりが消えるんじゃないかと思いましてね……素人の発想ですが。それに私の感覚では、根本と辻さんの二人の方が上手くいきそうな気がしてるんです。どうですか?こちら側がここまでやるのだから、それで納得してくれというのは」

「もし、本当にそうした話があれば、そのときは私がオヤジに話をします。うちとしては、山健組の看板が守ることが最優先ですからね」

 辻が即答するのを目の当たりにした吾朗は、もしかすると根本以上に辻がこの機会を使って、トップに立とうとしているのかもしれないそう脳裏を過ぎった。

 そして、吾朗は険しかった辻の頰が緩んでいるのを意識すると胸騒ぎを覚えていた。

「わかりました。今の話は頭に入れておきます。とりあえず、自分は神田組長に会って来ます」

「ええ。よろしくお願いします」

 吾朗はつむじまで見えるくらい頭を下げた辻に対して、見えない腹の奥底に隠している思惑があるのを察していた。そして、根本や辻がこれからどうなっていくかは、カタギの自分の手にかかっていることに違和感を感じざるを得なかった。

 交渉期限残り八日――

 吾朗は格式が高い豪邸の和室部屋であぐらをかいていた。建物だけで百坪以上、敷地は三百坪はあるくらい広いこの家は、神田組の組長である神田勲の自宅で妻の他に若い組員が数人常駐しているようだった。カーポートには、いかにもヤクザナンバーの高級車が並んでいて、その圧倒感に吾朗はインターホンを押す手が震えた。しかし、自分の名前を告げるとあっけないほどに玄関が開き、愛想のいい男が出迎えてくれた。

 そして、吾朗は今――上座に座りながら神田が現れるのを待っている。上座に案内されたということは少しは、もてなしてくれるかもしれないと期待を抱く。自分は、招かざる客ではないし神田自身が話したがっている可能性もある。

 吾朗はだされていたお茶をすすりながら、廊下から足音が近づいてくるのを意識するとあわてて正座に組み直す。それから襖がゆっくりと開いたその瞬間――吾朗は頭を下げようとしたが、神田の発した思いがけない言葉に口を半開きにしたまま固まっていた。

「どうも。葉月ちゃんは元気か?あんたが彼女の男だったとは世間は狭いな。よいしょっと……ん?どうした?きょとんとして……」

 神田が吾朗の対面に腰を降ろす。やけに座高が高いのが気になるが、それよりも少し疲れが顔にでているのは明らかだった。

「あ……いや……葉月のことはよくご存知なんですか?」

「そりゃあ、俺はファンだからな。エンジェルができて、彼女が働くようになってからよく指名してるんだ。そこであんたの話をよーく聞くぞ」

「どういう話ですか?」

「人見吾朗は女好きで、だらしなくて、金が好きで、ルーズで変態で、さらに――」

「あ……もう結構です。はい」吾朗は神田の話を遮り、さらにつづけた。「あの一つだけ間違いがあります。自分と葉月は付き合っていませんよ。みなさん勘違いされてましてね。彼女はうちを手伝ってくれているだけです」

「そうなのか?実は、昨日彼女から連絡あってな、そのとき彼氏をよろしくお願いしますと言ってたが……」

「マジですか?」

 吾朗は寝耳に水のことに目を丸くした。葉月が旅行から帰って来たのは、一昨日のことで昨日は朝からたっぷりと土産話を聞かされていた。夢の国でポップコーンをたくさん食べたとか、パレードで人気キャラクターと目が合ったとか、ナンパされたとか――その幸せそうな彼女の話に、吾朗はここ数日自分が大変な思いをしたという実感が湧きはじめ、この依頼が終わり次第すぐにでもキャバクラからデリヘルのはしごを楽しもうと決心していた。

 吾朗が葉月に今回の依頼内容を伝えたのは、昨日の夕方のことで彼女はどこか他人事のように、大変ねと口にしただけだった。だが、彼女は密かに吾朗の力になろうと神田に連絡を入れていた。若干、いらない情報や事実と違うことが伝わっているが――それに、神田の話を聞く限り人見吾朗という人間は最低最悪だ。それなのに、葉月が一つもいいところがない吾朗を彼氏にしたがるのは、吾朗自身が疑問に思うことだったし、矛盾を感じている。

「まあ、まあ、葉月ちゃんが彼氏と言ってるんだからいいじゃないか。ブサイクな女ならまだしも、あんなにいい子なら少しは自慢したっていいだろう。さて……で、そうだ。話は根本から聞いたぞ。山健組が助けを求めてきてるとか?」

 神田は軽いジャブを放ったあとに、強烈な右ストレートを放つように、徐々に口調が鋭くなった。これが、ヤクザのトップに立つ男なのだろう。オンとオフを上手く使い分け、締めるときは締めるというような――

 吾朗は神田の真剣さに襟を正すと、おもむろに口を開いた。

「はい。山健組の辻さんから神田組と手を組みたいから間に入ってほしいと依頼されまして、こうしてお伺いしました」

「代行屋ってのは大変だなあ……なんでもやって。まあ、金になればいいのか。それにあんたは夜が盛んだから金がいるんだろうなあ」

「お詳しいようで……すばり聞きますが、組長は実際どう考えていますか?」

「根本はどう言ってるんだ?」

 神田が質問に質問で返す。そうした話は直接本人から聞けばいいのに、そう吾朗は思うが辻が言っていた神田と根本の今の関係を考えれば、意思疎通が取れていないほうが自然なのかもしれない。

「条件次第だと言っていましたが……本音はわかりません」

「そうか……あんたは根本と友人なんだよな?あいつは心が読めない男で何を考えてるかわからないときがあるんだが、昔からそうだったか?」

「さあ……友人といっても、小さかったときの話ですし、会ったのは数十年振りのことです。今のあいつは昔と変わっててもおかしくはありませんよ」

 吾朗はそう言いながらも、あいつは自分のことを密かに遠くから見ていたようだが――と話を継ごうとしたものの口を閉じた。

「でもな、あいつはあんたのことを大がつくほどの友人だって言ってたぞ」

「根本がですか?本当ですか?」

「ああ。この話を耳にしたときに言ってた。だから、俺はこれはいいチャンスかもしれないと思ってるんだ」

 吾朗は話の流れが掴めず首を傾げる。チャンスとはどういうことだろうか。一体、神田と根本の間にはどんな深い溝ができているのか。

 疑問を抱く吾朗をよそに、神田が落ち着いた素振りでコーヒーを口にすると、思いのたけを話はじめる。

「俺は今回の話に賛成している。先代……つまりうちの親父のときに山健とはゴタゴタがあったが、そろそろ過去は忘れて前に進まなければいけないと思っている。うちとしては、しのぎが減って厳しい状況だし、ヤクザが生きづらい時代だ。だから、やりたくないような仕事もしている。詳しくは言えないがな……そして、それは山健も同じだろう。それによ、山形というところに土足であがってくるようなことはさせない、させたくない。俺のプライドが許せねえ。だから、山健とうちが手を組むことは悪い話じゃないんだ」

「組長が賛成してくれるのは、心強い限りですね」

 吾朗は百万の味方を手に入れ、ほっと胸をなでおろす。それも、組長ともなればもはや勝負あり――意外にも話はいい方向にいくかもしれない。

「ただし…」神田が神妙な表情で言うと、生唾を飲み込みつづけた。「これはあくまで俺の意見であって、上手くいくとは限らん。いくら組長の意向は絶対でも、今の俺には力がないのが現実だ」

「ということは……失礼ですが、今の神田組は根本の力が強いってことですか?」

 吾朗は恐る恐る訊ねた。もしかすると、この言葉は神田のプライドを傷つけるものだったのかもしれない。

「そうだなあ。根本はもはや俺と同等の力を手に入れているし、あいつも俺の座を狙って動いているのだろうよ。いや……正確に言えば、俺を引きずり降ろそうとしてる」

「確信があるんですか?」

「あんたも気づいてるだろう?」

「伊達組ですか……」

「うむ」神田が首を縦にする。「根本はこれを機に伊達組と手を組んで、俺を引退させるつもりだ。まあ、それはいいんだ。俺も年だしな、くたびれたじじいだ。しかし、伊達組と手を組むことだけは許さん。あいつらはうまいこと言いながらも、最後はうちを支配し山形を牛耳るつもりだ。根本は、古川のそうした企みに気づいてもおかしくはないんだが……あいつは今、踊らされているんだ」

「だったら、組長が伝えればいいのでは」

「俺の話をあいつはもう聞かなくなったよ。根本を拾ったときは犬のように忠実で可愛かったが、今は違う。飼い犬に手を噛まれるとは思いもしなかった。なあ、人見……友人のあんたならあいつをいい方向に戻せるだろう。なんとか説得してくれないか?あいつの目を覚ましてやってくれないか?」

 吾朗は息子の更正を願うような神田の思いを知り、今までの疑問や違和感が晴れていくのを覚えた。さらに、神田がチャンスと口にした真意がわかりはじめると、吾朗は納得の表情を浮かべる。

「組長のスタンスは一貫してると思っていいですか?山健側に前向きであると伝えても大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫だ」

「わかりました。でも、根本の件はいくら友人だからといっても組長の希望通りにいくかは自信がありません。根本とは久しぶりですし、こないだ会ったときには懐かしさはありましたけど、昔とは違い距離を感じました」

「そうはいっても友人は友人だ。いくら久しぶりでも友人なら理屈じゃない部分で繋がってるだろう。それに、今まで連絡をとっていなかった二人がまたこうして再会したのは、運命なのかもしれん。ここは俺のためだと思って、あいつを助けてやってほしい」

「そんなことを言われても……あの……聞きにくいことですが、どうして組長と根本は仲が悪くなったのですか?」

 いつもの悪い癖――吾朗の興味心に火が点く。

「これといって思い当たることはないから困ってるんだ……気がついたら距離ができてしまっていたんだ」

「それにしても、どうしてあいつがヤクザになったんですか?さっき、組長は根本を拾ったと言っていましたが……なにがあったんですか?」

「あいつな高校を中退したあと、チンピラだったんだ。うちの人間に喧嘩をしかけて、それでボコボコにしてな。でも、根本はそれでも怯まなかった。根性があって何度も立ち向かってきた。だから、俺はチンピラなんかしていないでうちに来いと拾ったんだ。それかあいつは、頭を使ってあれよあれよと稼いで信頼を得ていった。ときには、違法なことも人に頭を下げたこともある。今、考えると根本はヤクザの一員になったときから、トップに立つことを目指していたのかもしれないな」

 たしかに、根本は小さい頃から人の上に立つことが好きで、野球部でもキャプテンを務めていた。さらに、人一倍努力し全力投球の男だった。勉強はできるほうではなかったが、それでも人が知らないような知識が頭の中に入っていてかしこい奴だったのは間違いない。そして、それは今でも変わっていないし、そうした機転や知識がヤクザの世界では大いに役に立っているのだろう。

「あのな……今回根本が山健と手を組むというなら、俺は引退してあいつに組長を譲ろうと思ってる。俺の中ではもう、決心はついているし、根本に伝えたっていい」

「覚悟があるんですね」

「まあ、このあたりで山健もトップを変えて共存していくのも悪くないだろう。しかし、どうなろうとも今回は山健からの提案だから、それなりの旨味がないとすんなりはいかない。根本もそのあたりは気にするだろうよ」

「たとえば、その旨味が金だったらどうですか?」

 吾朗は探るような目で伺う。

「いくらだ?」

「五百万円です」

「悪くはないが……うちがほしいのは金の成る木だよ。一回きりのお金じゃなくてな」

 吾朗は神田が言いたいことを汲み取る。つまり、彼はシマが欲しいのだろう。だが、山健組はシマを譲ることには懸念を示していて、辻はそれを最後のカードとして考えている。一体、どうすれば上手くいくだろうか。根本に組長引退のことを告げれば、少しは態度を軟化するかもしれないが、問題は山健組が神田組に何を差し出すかということだ。組長の引退と辻の組長就任。さらに五百万円という協力金――だか、吾朗はインパクトに欠けているそう思いはじめる。たったこれだけの条件で根本が手を貸すとは思えない。現状――山健組対伊達組の構図だが、ここに神田組がどちら側にまわるのかということが、互いの組の将来を占うことになるかもしれない。

 吾朗が懸命に考えを巡らせているとき、あることがはっと思いつき口にする。

「組長。伊達組は根本にどういう条件を提示したのでしょうか?」

「聞いた話では、伊達組が山健組のシマを奪ったらそこをいくつかうちに譲るらしい」

「その話、信じられますか?もしかしたら、伊達組は神田組もいずれ喰うつもりなのでは?」

「ありえなくはない。ただ、ヤクザは仁義を大事にするから、言ったことは守るはずだ」

「でも、確信はない……ですよね」

「あんた何か考えがあるのか?」

 神田がぐいっと身を乗り出し訊ねた。

「いや、今のところはとくに……」

「なんだ……そうか。わかった。とりあえず根本のこと頼むぞ」

 吾朗はここ最近、ヤクザの人間からやたら頭を下げられることが多く、自分は何者なのだろうかと自身に問いかけていた。




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